ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

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いっせんろっぴゃくまんえんw


第二話   Silver arrow

『これだよ…昔っからそうだ、コイツは時々こうやってとんでもない荒業を平気でぶっ込んで周りを完全に黙らせちまうんだ……こういう処は昔と何にも変わってない…確かに変わってない、でもさすがにこれはどうなんだ……?』

 

 

 通常の軍用の機体に比べればカスタムされ遥かに静かであるものの、一般的な旅客機に比べれば相当煩いオスプレイの機内で、アンチョビは目の前のラブに絶句した後内心そんな事を考えていた。

 家元会議に出席し厳島流家元襲名の挨拶と同時に流派として会議に復帰する旨を報告するに当たり、旧弊な考えの一部流派の家元達の存在をしほから聞かされたラブは、その対抗手段の一つとして自身のビジュアルを活かした作戦を実行しようとしていた。

 アンチョビの手を借りたラブはその自慢の深紅のロングヘアをギブソンタックに結い上げると、身に纏った厳島流の制服デザインと相まって、今の彼女は有能な女性将校かそれ以上の存在に見える程の美しさでアンチョビとしほを圧倒していた。

 しかし彼女はそこで止まらず、更に禁じ手と言ってもいい強烈な一手を打って来たのだ。

 日頃はその美しい顔の半分を覆い隠すように垂らされている前髪が今はピンで留められ、全てが白日の下に曝け出されている。

 傷、その美しい顔にこれ以上はない程に不釣り合いな、凄惨を極める深い傷痕。

 生気溢れるこの世で最も美しいエメラルドの光を放つ左目とは対照的に、一切光を宿さぬ鉛の右目。

 これらは全て三年前のあの日、理不尽にも彼女に刻み付けられた悪夢の痕跡であった。

 しほに聞かされた家元会議の実情と、そこにこれから赴く自分に向けられるであろう敵意と掛かる火の粉に対し、彼女が取ろうとしている対抗策はまさに特攻とも言える究極の一手だ。

 何しろ彼女がこれ程の深い傷を負ったのは、それが直接的ではないにしても家元会議にも責任の一端があり、ラブはその場で傷痕を曝す事でそれらの勢力を封じ込めようとしているらしい。

 

 

「しほママごめんね、私もしほママが悪いとはこれっぽっちも思ってないけど、これが一番手っ取り早い対抗手段かなって思うから……」

 

 

 これ程過激な手段に打って出ながらも、ラブはしほに対してはそれを詫びるのだった。

 それは未だにしほが当時の事を悔やみ続けていると彼女も知っているからであったが、それでも尚この手を使うという事は、初の家元会議で弱みは一切見せぬという強い意志の表れなのか。

 当時欠陥砲弾の絡繰りを見抜けず最終的に導入を認証した際も、最大派閥の西住流とその頃既に険悪な関係となっていた島田流の千代と、今回後見役となってくれる坂東相模流の家元である榊は東邦火箭(かせん)化学工業が売り込みを掛けた格安弾の使用には揃って反対の立場だったのだ。

 その最大の理由はそれまで使用されていた砲弾の製造元が年月を掛けて築き上げた技術とノウハウから生まれた高い信頼性と、何より戦車道に対する真摯な取り組み姿勢があっての事だった。

 しかし、慢性的に資金繰りに苦労している多くの弱小流派からの声も強く、それを言われてしまうと例え西住流や島田流であっても反対し続ける事は出来なかったのだ。

 そして事故が起きた後も、もっと慎重に見極めるべきであったと悔やむしほ達に対し、導入に積極的であった者達は責任の在り処を巡って擦りつけ合いを始める始末で、それに関してしほは娘同然のラブが犠牲になった事もあり怒りを全く隠そうとしなかった。

 しほの話からそれら過去の事も計算に入れたラブは、それらの輩が自分に対して何も言えぬよう自らを最終兵器として事に臨もうとしているのだった。

 

 

「な…なあオイ、さすがにそれはやり過ぎなんじゃ……」

 

 

 時折暴挙と云われる類の手をラブが使う事は長い付き合いでよく知っていたが、今回のこれはあまりに自虐に過ぎてアンチョビも止めようとしていた。

 

 

「え?そお?だって初めが肝心っていうじゃない」

 

「それはそうかもしれんがいくらなんでもなぁ…お前だってアイドルなんだからさぁ……」

 

 

 事故後初めて彼女と面会が叶おうとした時、自分の容姿に降り掛かった悪夢に精神の均衡を崩したラブの悲痛な叫びを聞いているだけに、アンチョビはそれすらも武器として使おうとしているラブの変化に驚きを禁じ得ず、どうしたものかと掛ける言葉に詰まってしまった。

 それはしほも同様で、彼女に対しては充分に気を使っているのは伝わって来るのだが、その反対にいざ戦うとなれば我が身がどうなろうと全く意に介さぬラブに向ける目は、戦車道家元ではなく娘の先行きを心配する母のそれであった。

 

 

「恋…気持ちは解りますが、何処で誰が見ているとも限りません、せめて連盟本部の中に入るまでは前髪はいつも通りにしておきなさい……」

 

「…は~い……」

 

 

 少し考えてから返事をしたラブがヘアピンを外し前髪を降ろしたのを見て、アンチョビとしほはやっと安堵の溜め息を吐いた。

 

 

『全く…もしや亜梨亜様はこれが解っていたから来なかったんじゃ……』

 

 

 さすがのしほも小声ながら思わず愚痴が口から突いて出たが、ラブがここまで腹を決めている以上は、明確にその相手となるであろう者の名を伝えておいた方が良さそうだと考えた。

 

 

「恋……」

 

「ん、な~にしほママ?」

 

 

 前髪を降ろすといつもの調子でアンチョビにちょっかいを出し始めていたラブは、しほの表情が少し険しいものになっている事から自分も真面目な表情を繕って彼女の話に耳を傾けた。

 

 

「この話は千代美さんにも聞いて貰った方がいいかもしれません」

 

「え?私もですか?」

 

「えぇ、今後の為にもね……二人共六芒会の名は知っていますか?」

 

『六芒会?』

 

 

 ハモったラブとアンチョビは記憶を辿るように天井を見上げた後、互いに顔を見合わせると揃って首を同じ方向に傾けた。

 

 

「確か…六つの小さい流派が合流して一つの流派に……てかアレって本当に流派って呼んでいいの?なんか理念も主体性もない感じだし実体もハッキリしないっていうか……少なくとも私は六芒会の門下生と対戦した記憶はないわね」

 

「う~ん…中学高校の戦車道じゃ見掛けんなぁ……そもそも門下生なんか本当にいるんか?あれは流派つーか同好会レベルの草戦車道程度の集まりじゃないのか?」

 

 

 アンチョビにしても一応は家元であるラブにしてもその程度の認識な上に散々な言われようだが、実際二人の言う事は概ね事実であった。

 

 

「で、その六芒会がどうしたの?」

 

「二人共実に的確に六芒会の事を把握しているようですね……」

 

 

 二人の容赦ない辛辣な評価にしほは渋い顔をしているが、子供にまでそのような評価を下される六芒会に対し不甲斐ないと云わんばかりな態度で話を続けた。

 

 

「あなた達の六芒会への評価は残念ながら実に正しいわ……実際六芒会は凡そ流派とは呼べぬ六つのグループがそれぞれ単独では連盟への加盟要項を満たす事が出来ず、普通であれば諦めるか努力して流派を大きくしてからそれを目指す処を、連盟経由の国からの助成や微々たるものながら発生する利権目当てに安易な野合を繰り返して出来上がった集団です。あのような輩を加盟させてしまう連盟も如何なものかと思いますが、現実問題として家元会議に在籍し発言権もある以上、無視する事も出来ません。全く嘆かわしい事ではありますが、そういった訳で実力も伴わぬくせに何にでも口を挟みたがる六芒会が恋の家元襲名に関しても難癖を付けて来るのは必定。ですが、今回は先程も説明したように西住と島田の他に坂東相模流の榊先生も後ろ盾となって下さるので、恋も取るに足らない相手の戯言として聞き流すようにするのですよ」

 

 

 ここまで一気に言うとしほは不快感を隠そうともせず、話すうちに増々腹が立って来たのかその眉間にはみほが見れば確実に泣く深い縦皺を刻んでいた。

 

 

「ん~、つまりはアレでしょ?遠慮のいらない相手っていう事よね?」

 

 

 しほが話し終えた後、暫し考え込んだラブは実につまらなそうな表情で、なんだそんな事かといった風に軽い口調でどうでもよさそうに言うのだった。

 しかしそれを聞いていたアンチョビがさすがに油断は禁物だと言い掛けたが、ラブの表情を見て途端に物凄く嫌そうな顔になり口元を歪めたのは、ラブが尊敬に値しない相手と対峙した時に見せる表情を浮かべているからであり、しほもまたアンチョビ同様な表情をしているのは戦車道を心の底から愛するラブが、そういった存在に対して一切手心を加えないのを知っているからだった。

 

 

『こういう処も亜梨亜様そっくりね……』

 

 

 口には出せぬ事を心の中で呟いた後、しほはそれまでに比べるとかなりトーンダウンした声でラブに向かって多少窘めるような口調で言うのだった。

 

 

「確かにそうですが何事も程々にね……」

 

 

 そんなしほの様子に、ラブの母親を務めるという事はこの世で一番の難業なのかもしれないと、漠然とではあるがアンチョビは考えていた。

 だがそれと同時に、家元であるラブはともかく、自分までが連盟の内部事情を聞いていいものかと疑問に感じたアンチョビは、一息吐いたしほにそれを訪ねてみた。

 

 

「あの…家元であるラブは解るのですが、私までこんな話を聞いてよかったのでしょうか……?」

 

 

 パーサーからお代わりのコーヒーをカップに注いで貰いひと口啜って喉を湿したしほは、アンチョビに向き直ると穏やかな表情でそれに答えた。

 

 

「ここには()()しかいませんし、いずれは千代美さんも西住家に関わる事を考えれば何も問題ありません。むしろこれからは色々学んで貰わねばなりませんが、それはまた大学に進んで落ち着いてからでいいでしょう」

 

 

 しほは特に何も意識せずに言った事であるが、アンチョビは身内と西住家というワードにその身を微かに震わせるとほんのりと頬をピンクにしているのを、こういう事に関しては目敏いラブがその変化を見逃すはずもなく、まるで獲物を狙う猫のような目でじぃっと観察していた。

 

 

「あ…キタ……」

 

 

 そしてその時、短期留学の途中から完全に滞っていた曲作りのアイディアが纏めて湧いたらしいラブは、客室に持ち込んでいたギターケースを開き愛用のアコースティックギターを取り出すと、猛然と弦を弾いてはブツブツ呟きながら何かをノートに書き込み始めるのだった。

 

 

「なんなんだ急に……」

 

 

 ラブの突飛な行動には慣れているが、それでも突然のこの行動には呆れる他ないようだ。

 何しろ話し掛けてもその声が耳に入らないらしく、一心不乱にギターを掻き鳴らしてはノートに何かを書き込む行為を繰り返している。

 

 

「あ…コイツもしかして……」

 

「千代美さん、恋がどうかしましたか……?」

 

 

 そのラブの行動パターンに何か気付いたらしいアンチョビの呟きにしほが恐る恐る声を掛けたが、その顔はお母さんは不安で仕方ありませんといった表情をしていた。

 

 

「あ、いえ、ラブのヤツはどうも数学の問題解くのと同じ事やってるみたいなんですよ」

 

「というと……?」

 

「覚えてらっしゃいませんか?コイツが一度に数学の問題を纏めて解いていたのを?」

 

「あ……」

 

「えぇ、そうです。ラブのヤツどうも作詞と作曲を同時にやってるみたいなんですよ……」

 

「そんな事出来るものなんでしょうか……?」

 

「…さぁ……?」

 

 

 そんな二人の会話もやはり耳に入っていないラブは尚も黙々と曲作りを続け、そんな彼女の事を完全に異次元から来た謎の生物を見る目で見ている。

 

 

「よし!取り敢えず出来た♪はぁ……これで凜々子に嫌味言われなくて済むわ~」

 

 

 ラブは完全に沈黙した二人が見つめる前で、一気に曲を作り上げてしまったようだ。

 そしてその間二人の存在は彼女の頭の中から消えていたらしく、肩凝りを解すように首を左右に振った後に自分の事をジッと見つめる二人の目に気付き、ポカンとした顔になった。

 

 

「あ…そっか……」

 

「あ…そっか……っじゃねぇっ!」

 

 

 曲作りを始めた途端に、自分達の存在がラブの頭の中から綺麗さっぱり消去されていた事を見抜いたアンチョビが思わず彼女をどやしつけると、一瞬ヤベって顔をしたラブはヘラっと笑ってその場を誤魔化そうとしていた。

 しかしその表情も見逃さなかったアンチョビはカチンと来たらしく、速攻で彼女の耳をつねり上げたのだった。

 

 

「あ──っ!い~た~い~っ!千代美やめて──っ!」

 

「やかましい!ったくオマエというヤツは毎度毎度!」

 

 

 耳を引っ張られ目尻に涙を浮かべたラブはなんとか逃れようとするが、アンチョビは中々耳をつまんだ指を離してくれなかった。

 

 

「一体お前の頭の中はどうなっているんだ!?いくら集中力が高いといったって普通は目の前にいる人間の存在まで忘れたりせんぞ?」

 

「や──っ!だって思い付いたらスグ書き起こして音にしてあげないと、忘れちゃったりイメージ変わっちゃったりするからしかたないでしょ!?!」

 

 

 ああ言えばこう言う目の前の宇宙人をどうしてくれようかとイライラしている処に、機長の声で間もなくアンツィオ艦に着艦するとのアナウンスが流れ、思わず舌打ちするアンチョビだった。

 

 

「チッ!この話はまた今度だ!」

 

 

 アンチョビはズカズカと歩きドカッと自分の席に着くと、シートベルトを締め腕を組み自分を落ち着かせるよう瞑目していた。

 やがて滑るように高度を落としたオスプレイは、ローターの向きを変えホバリング状態に移行すると今度は垂直に降下を始め、特徴的な円形の石造りの建築物の中に着陸した。

 

 

「おいおい…コロッセオの中に誘導したのか?大洗といいウチといい一体何考えてんだ……?」

 

 

 着陸後に機外に目をやれば、そこはドゥーチェ・コールでお馴染みコロッセオの中であり、そんな場所に誘導した管制と苦もなく着陸させたパイロットの技量にアンチョビは一人呆れていた。

 

 

「姐さ~ん!アンチョビ姐さ~ん!」

 

 

 しほが彼女の為に用意した大量の熊本土産と共に、大きく開け放った後部ハッチからコロッセオの中心に降り立った処で、自分を呼ぶ声に振り向けばカルパッチョがハンドルを握るコロニアーレ(フィアット508CM)の助手席から身を乗り出したぺパロニが大きく手を振りながら近付いて来るのが見え、更にその後方には大学選抜戦でタンケッテを運ぶのにも使われたフィアットSPA 38Rも追走しているのが見て取れた。

 

 

「ぺパロニ…出迎えか?にしちゃあ随分大所帯だな……」

 

 

 訝るアンチョビの前にやって来たぺパロニ達は、挨拶もそこそこに例によって例の如くいつも通りの作業を始め、瞬く間に宴席の用意が整って行くのだった。

 

 

「おい!なんだいきなり!私は聞いてないぞ!?」

 

 

 帰り着くなり出迎えたぺパロニを筆頭にアンツィオの隊員達がオスプレイの前に宴会場を展開させてしまい、いつもはそれをやる側のアンチョビもさすがに面食らったようで、つい大声で問い質すもぺパロニは姐さんこそ何を言ってるんだという顔をしていた。

 

 

「どうしちまったんっスか姐さ~ん?少し早いけどもう昼っスよ?客人にパスタの一つも出さずに帰したとあっちゃそれこそ失礼ってもんじゃないっスか~。ましてその客人がラブ姐さんと西住の大姐さんとあっちゃ尚更ってぇもんっスよ~」

 

「ば、ばばば馬鹿モン!お前言うに事欠いてなんて事を……!?」

 

 

 よりにもよってしほの事を大姐さんなどと呼んだぺパロニに、真っ青になったアンチョビがどやし付けようとしたがあまりの事に言葉が続かなかった。

 そしてアンチョビが口をパクパクさせているうちに、怖いもの知らずな隊員達にエスコートされたしほとラブ始めオスプレイの搭乗員達が何の疑問も持たず既に全員テーブルに付いていた。

 

 

「……」

 

 

 その状況に順応してにこやかにしているしほに、アンチョビは溜め息と共に大きく肩を落としツインテを留めるリボンも力なく下がっていた。

 そこからは諦めの境地に達したようなアンチョビも給仕する側に回る。全てが整うとなし崩しの昼食会が始まり、思いがけぬサプライズにラブ達は大いに喜んでいるようだ。

 アンチョビもまた経緯はどうあれこのような席で野暮な事は言わぬので、この後のラブ達の予定も考えて短い時間であったが、和やかなランチタイムとなっていた。

 

 

「千代美、それじゃあまたね♪」

 

「あぁ…会議の方、あまり無茶はするんじゃないぞ……」

 

 

 昼食会が終わると思わずしほが目を剥くようなスピードで、オスプレイが直ぐに離陸出来るよう宴会場の撤収作業が行われ、機材としほの熊本土産を積み込んだフィアットSPA 38Rは隊員共々速攻で安全圏に退避し、残るは最後の見送りをするアンチョビとカルパッチョが運転するコロニアーレだけだ。

 

 

「大丈夫よ、しほママが一緒にいるんだし他にも味方してくれる方がいるんだもの」

 

「それはそうだが……とにかく気を付けろよ!」

 

「うん解った、ありがと千代美」

 

 

 ラブの事が心配で自分も付いて行きたそうなアンチョビを安心させるようにラブが微笑むと、彼女の隣でしほも後は任せるよう一つ頷くので、アンチョビもそれ以上はもう何も言わなかった。

 踵を返したアンチョビが乗り込んだコロニアーレが充分離れるのを待ってエンジンを始動したオスプレイは、激しいダウンウォッシュをコロッセオの石畳に叩き付け力強く冬空に駆け上がると、一路東京を目指して相模湾の空を飛び去って行くのだった。

 

 

「これでもう後は連盟本部に一直線?」

 

「いえ、連盟のヘリポートはあまり広くないので混み合うと帰りが大変なのよ。なので、一旦西住の別邸のヘリポートに降りてそこから車で行きましょう、その方が却って効率がいいですからね」

 

「別邸……あ、本郷の?懐かしいなぁ、最後に行ったのは中1の夏休みかな?確かアレよ、まだ小学生のみほがドームでボコられ熊のショーを見たいってコッチに来た時じゃない?」

 

「…そうだったかしら……」

 

 

 どうもボコに纏わる話は思い出したくない事が多いのか、しほは言葉を濁した。

 そんな会話をするうちに順調に飛び続けたオスプレイはラブのホームである横須賀上空を一気に通過し、瞬く間に文の都である文京は本郷の西住家東京別邸に降り立っていた。

 

 

「今日は早朝よりご苦労でした。明日のフライトは時間に余裕があるので、それまでは自由にしていて下さい。何か御座いましたら屋敷の者に何なりと」

 

 

 駐機スポットに入りエンジンカット後挨拶に出て来た機長に向けて、しほが明日までの予定を軽く伝えているとラブがポカンとした顔をしている。

 

 

「あれ?今日は日帰りじゃなかったの?」

 

「恋は何も聞いていなかったのですか?会議の終わりは夜になりますからね、あなたの過密日程を考慮して一泊するよう亜梨亜様から言いつかっているのですよ?」

 

「そうだったんだ……」

 

 

 たった一晩の事とはいえ、ラブのオーバーワークを苦慮した亜梨亜の親心であった。

 

 

「さぁ、まだ時間に余裕があるとはいえ都内の車での移動は熊本のようには行きませんからね、少し早いですが出掛けるとしましょう」

 

「まあ時間単位の移動距離は桁が違うわよね~」

 

 

 苦笑するラブにしほもまた苦笑いで返す。

 

 

「でもどっちも道路事情は横須賀よりいいと思うけどな~」

 

 

 それを聞いてしほは何を思い出したのか、今度は顔をしかめていた。

 

 

「私は戦車が止まり切れずに坂を滑り落ちるなんて、他では見た事がありません……」

 

「あ~遅刻坂ね~、あそこは変に石畳風になってるから雨降り後とかてき面滑るわね~」

 

「それを解っていてやったんでしょうに……」

 

「だってまほって直ぐに私の挑発に乗るんだもん……でもさ、あそこまだ傾斜緩い方よ?」

 

 

 どうやら中学時代、例によって地の利を活かした戦術プラス、ラブのやっすい挑発にまほが乗ってまんまとしてやられた事をしほは思い出したらしく、我が娘ながら不甲斐無いという思いと横須賀の道の無茶苦茶ぶりに何とも渋い顔になっていた。

 

 

「さ、乗りなさい……」

 

 

 アレコレ昔の事を話すうちに辿り着いたガレージで、しほは目の前に鎮座する白銀の矢(シルバーアロー)に乗り込むようラブを促すのであった。

 

 

「わぉ♡AMGのGTじゃない、しほママ随分尖ったのに乗ってるわね~♪」

 

「常夫さんの仕事の付き合いで仕方なくですよ…都内で小回りが利くのにしてくれと言っておいたのにこんなのが来てしまって……とにかく乗りなさい、早めに行って会議の前に榊先生にご挨拶せねばなりませんからね」

 

「は~い」

 

 

 飛び切りの美女二人が乗っているとあれば否が応でも目を惹く白銀の矢が、4.0ℓV8のエキゾーストを轟かせ落ち葉舞い散る文京の街を行く。

 信号で止まる度集まる視線に始めは二人も毅然としていたが、停止線に先頭で止まった時など横断歩道を渡る歩行者が立ち止まって見惚れるに至り、何とも言えぬ居心地の悪さを感じ始めていた。

 歩行者の中には助手席に座っているのがあのAP-Girlsの厳島恋だと気付く者も出始め、今も横断中だった歩行者があっという表情で立ち止まってラブに目が釘付けになっていたが、視覚障害者を誘導する電子音が信号の切り替わりを告げ始め慌てて渡って行った処であった。

 

 

「…やはり恋と一緒にいるとイヤでも目立ちますね……」

 

「いやいやいや!しほママみたいなカッコいい美人がAMGのGTなんて転がしてれば、それだけでも充分に目立つから!」

 

「そんな事を言っても何も出ませんよ?」

 

 

 愚にも付かない事を言い合っているうちに車はまた信号に引っ掛かり、ドロドロというV8エンジン特有のアイドル音がまず歩行者の耳を引き付け、次いでその押しの強いルックスとその車内にいる二人の美貌がその目を奪う。

 

 

『う゛……』

 

 

 何となくそれらの視線から目を逸らした二人の視線の先には、ちょうど遮る物ない歩道に面した鏡張りのウィンドウのビルがあり、そこに映る己が姿を見た二人は自分達が如何に目立つ存在であるかを此処に至ってやっと自覚したのであった。

 

 

『……』

 

 

 それから暫くの間、信号で捕まる度に二人は何とも言えない居心地の悪さを感じる事になり、これはやはり無理矢理にでも連盟のヘリポートに直接降りてしまうべきであったかと思い始めた頃、車は漸く連盟の駐車場へと辿り着いたのであった。

 

 

「しぽり…()()()()……」

 

「ちよき…()()()()……今日は宜しくお願い致しますね……」

 

『この二人ホント面白いなぁ……』

 

 

 歴史を感じさせる日本戦車道連盟会館に入り、板張りの廊下にヒールの音を響かせながら進む事暫し。階段を登り上階に上がった処で二人は島田流家元である島田千代と出くわした。まだ何処かぎこちなさの残る二人のやり取りにラブが内心そんな事を考えていると、彼女の厳島流の制服姿に気が付いた千代は大きく目を見開いた後に頬を色っぽく染め、蕩けた表情になっていた。

 

 

「あ、あの…島田様……?」

 

 

 その熱っぽい視線に何ともいえないむず痒さを感じたラブがオズオズと千代に声を掛けると、雷に打たれたようにビクッと反応した千代が悩ましげな声を上げた。

 

 

「あぁ、いいわぁ♡その厳島の制服姿、往年の亜梨亜様そのままですわ♪それにその編み込んだ髪のなんと凛々しい事…後れ毛にドキドキが止まらないわ……」

 

「は、はぁ……」

 

 

 内股でその身を捩り熱病患者の視線を浴びせる千代に、さすがにラブも腰が引けている。

 そして更に千代が何かを言い募ろうとしたその時、廊下に乾いた小気味の良い何かを叩いた音が響き、次の瞬間千代が頭を抱え短く悲鳴を上げていた。

 

 

「あだっ!?」

 

 

 それはどうやらしほが、抜く手も見せずに遠慮なく千代の後頭部を引っ叩いた音らしかった。

 

 

「ちよきち!誰に断ってウチの可愛い娘にエロい目線送ってんのよ!?」

 

「し……しぽりん?だ、誰が誰の娘ですって!?そ、それより黒森峰の公式ページの新隊長就任式の写真は一体どういう事!?何で恋お嬢さんが黒森峰の式典に出席してるのよ!?」

 

「あら?この子は立派に西住の娘よ?式典の写真も恋が黒森峰に留学中だったからに決まってるじゃない、そんな事も解らないなんてちよきちもすっかり焼きが回ったようね、私は恋の黒森峰の制服とパンツァージャケット姿も見たわよ!それ処かこの子がパンターに乗って、指揮を執る姿だって見たんだから!でもそれも当然の権利よ、だって私はこの子のお母さんだもの!」

 

「きぃぃぃ──っ!」

 

 

 優越感に浸り徹底して千代を見下すような態度を取るしほと、ハンカチの端を噛んで悔しがる千代という実に低レベルな、今時コントでも見ないような口げんかをする二人に、ラブがこのまま家元会議をばっくれて帰ってしまおうかと思ったその時、三人の前に白髪混じりながらも背筋の通った一人の女性が知波単の隊服に似たデザインの制服姿で現れた。

 

 

「あっはっは!この声はもしやと思って来てみれば、案の定()()()()()()()()()()だったねぇ。やっぱり若い子は元気があっていいねぇ、いや結構結構」

 

「あ!」

 

「先生!」

 

 

 慌てて姿勢を正したその相手こそ、ラブの家元襲名披露に際して最も心強い援軍となる関東最大の戦車道流派である坂東相模流家元、榊弓江(さかきゆみえ)その人であった。

 その双眸にラブを映した弓江は、何処か野武士を思わせるような荒々しくも爽やかな笑みを湛えていたが、ラブの姿に満足気に更に大きな笑みを作り一人頷いていた。

 

 

 




何やら怪しげな名前も登場して果たしてこの先どうなるやら……。

日本戦車道連盟会館ってどこにあるんでしょうね?
建物のモデルは陸自の土浦駐屯地に残る、
土浦海軍航空隊第二士官宿舎(旧霞ヶ浦海軍航空隊水上班士官宿舎)らしいですけど、
やっぱり所在地としては東京かなとは思うんですよね。
個人的には六本木……陸軍省もあった市谷本村町の方がそれっぽいかと思うのですが。

しほさんならAMGのGTも似合うと思うんですけどお値段がw
でも西住家なら行けそうな気もww

今回作中で登場した遅刻坂とは嘗て横須賀の不入斗(いりやまず)に駐屯していた旧帝国陸軍横須賀重砲兵連隊の兵士達が、市街地で遊んだ帰りに門限に遅れぬよう走った事がその名の由来となっており、現在は千石坂と漢字で書くように変わっています。
往時を偲ばせる物で現存するのは、横須賀重砲兵連隊の跡地に建つ学校の校門が当時の営門をそのまま使っている位だったと思います。
坂の街である横須賀には喧嘩坂とか尻こすり坂とかろくでもない名前の坂があり、過去に作中でも坂がきつ過ぎて出前お断りなどというエピソードを出した事がりますね。
実際飲食店を経営する友人の家では、出前注文が入ると必ず地図で確認してました。

しかし遅刻坂ってパンターやらティーガーⅠが通れる程広かったっけw
あ、アンツィオのコロッセオもオスプレイが降りられる程の広さあるかなぁww
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