ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

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ラブを少女と呼ぶのは結構無理がありますねw

MUSIC MANのEVHのレフティは単なる著者の虚しい願望です……。
因みにギターの衝動買いは私も過去に何度かww


第三話   規格外少女

「見れば見る程亜梨亜ちゃん…麻梨亜ちゃんに生き写しだねぇ……」

 

 

 日本戦車道連盟会館内に設けられたプロリーグ設置委員会の委員長室で、その部屋の主である西住流家元の西住しほを始め島田流家元の島田千代と、厳島流家元を襲名し今日が初の家元会議出席となるラブこと厳島恋に加え、その彼女の後見役となるべく数年ぶりに表舞台に姿を見せた坂東相模流家元の榊弓江の四名が対面していた。

 最初こそ微妙な緊張感が漂っていたものの、弓江の懐かしげに語る声音と表情にそれらも直ぐに霧消し和やかな雰囲気へと変わるのだった。

 

 

「榊先生はまり…母の事を……私の生母、麻梨亜の事を御存じでいらっしゃるのですか?」

 

「私も麻梨亜ちゃんの披露宴には出させてもらったよ」

 

「え?そうだったのですか?」

 

 

 驚くラブにしほと千代も無言で頷いたがその表情は至って穏やかであり、二人もまた何処か懐かしげな表情を浮かべていた。

 

 

「しかし先生本当にお久し振りです、この度は恋の後見役をお引き受け頂き有難う御座います。榊先生に加わって頂ければ百人力、これ程心強いお味方は御座いません」

 

 

 つい先程まで千代とドタバタを演じていた時とは一転して真面目な表情を繕ったしほは、榊に礼の言葉を述べた上で最敬礼するのだった。

 

 

「他でもない英子からの頼みだからね、断れないさ。それに私も恋お嬢さんには是が非でも会わねばならない理由もあったからね……」

 

「はい……?」

 

 

 突然弓江の口から出た言葉に、ラブは心当たりがなくきょとんとする。

 

 

「東邦火箭(かせん)の一件、あそこで私が折れなければお嬢さんをあのような酷い目に遭わせる事もなかったのに…この程度で許されるはずもないが今はこれでお許し願いたい……」

 

 

 その場で履いていた半長靴を脱ぐと腰を下ろしていたソファーからスッと立ち上がった弓江は、磨き抜かれて清潔に保たれているとはいえ床板に直接膝と手を突くと、更には額までも床板に擦り付け土下座をしたのであった。

 

 

「さ、榊様!?お、お止め下さい!し、しほママ!?」

 

 

 止めさせようと声を上げるもその姿勢のまま微動だにしない弓江に、オロオロしたラブがしほに助けを求め、我に返ったしほが千代と共に慌てて弓江を立たせどうにかソファーに座らせた。

 

 

「も、もうこのような事はお止め下さい……」

 

 

 突然祖母程に年の離れた立場のある人物に土下座をされたラブは涙目でそう言うのがやっとであったが、とうの弓江はそれまでとは打って変わって沈痛な面持ちでソファーに腰を下ろしていた。

 しほと千代にしても相当に驚いたらしく、今も肩で息をしている。

 

 

「…私もずっと気になっていたからね……英子から連絡を貰って話した際にあの子から聞いたよ……さすがにあの子も守秘義務を盾に中々口を割ろうとしなかったがね、卑怯だが今回の件をダシに恋お嬢さんの怪我がどれ程のものだったかを聞かせて貰ったよ」

 

 

 絞り出すように弓江が語り始めた声にしほと千代が身を硬くしたが、それに気付かぬ彼女はそのまま更に話を続けた。

 

 

「あの時私ら大人が筋を通さなかったばかりに、若く美しいお嬢さんの夢と希望に満ちた将来を台無しにしたばかりか命の危機に晒し、今も苦しみは続いていると聞いた…これ程の事態に加担しながらどう責任を取ればよいかこの老いぼれた頭では何も思い付かぬ……」

 

「榊先生、どうかそのような事は仰らないで──」

 

「忘れたのかい?あの時家元会議に議長を務めていたのは私なんだよ?あの時私が首を縦に振りさえしなければ避けられた事なんだよ……」

 

「それは…ですが……!」

 

 

 弓江が当時の事で相当に責任を感じている事に、しほも掛ける言葉が見付らない。

 

 

「榊様……」

 

 

 ラブに穏やかな声でその名を呼ばれた弓江が、硬い表情のままその顔をラブに向けた。

 

 

「どうかもうこの事でご自身をお責めになるのはお止め下さい…確かにあの日私は多くの物を失いました。ですが今日この日までの間に、沢山のかけがえのない大切なものを得る事も出来ました。ですからあの事故が私から全てを奪った訳ではないのです、確かに時間は掛かりましたが良い事も悪い事も自分なりに受け入れられるようになりました」

 

 

 かけがえのない大切なものという言葉と共にラブの顔に浮かんだ恋する少女の笑みに、深く沈んだ弓江の心にも暖かい光が射し込んだ。

 

 

「お嬢さん……」

 

 

 やっと弓江の表情が和らいだのを見て、ラブもまた安堵の表情を浮かべるのだった。

 

 

「…年寄りの浅慮がまたお嬢さんに迷惑を掛けたね、いや済まなかった……」

 

「いえ迷惑だなんてそんな…逆に私の方こそ今日これからご迷惑を掛けるというか、とても御不快な思いをさせてしまうので……」

 

 

 ラブが言い出した事に怪訝な顔をする弓江だが、それが何を意味するか知っているしほがラブに向かって本当にやるのかと目で問えば、想いもよらなかった弓江の行動に若干躊躇するような気配があったがそれでも意を決したように頷いて見せた。

 

 

「榊様…榊先生……その……ゴメンナサイ!」

 

 

 何と言ったものか言葉に詰まったラブは、ぴょこっと頭を下げた後にヘアピンを取り出すと東京までのフライトの最中にやって見せたように前髪を留めたのだった。

 

 

「……!」

 

 

 露わになったラブの深い傷痕に、驚きのあまり大きく目を見開いた弓江は絶句してしまう。

 その様子にやはり不快の念を抱かせたかとラブも多少後悔したものの、それでも今後の厳島流の為にもここは引く訳には行かぬと弓江に対し事情の説明を始めた。

 

 

「ええと六芒会の事はしほマ…西住流の家元様から聞きました……それと、それ以外の流派からも私の厳島流家元襲名に関して何がしかの難癖という形で横槍が入るであろうと。それで私も自分なりにどう対処すべきか考えた結果…その……ならいっそ()()を曝してしまえば何も言えないだろうと思いまして……さすがに相手も何故こうなったか解らない程に鈍くはないだろうし、まあ先にケンカを売ってしまえばいいかと考えた次第で……」

 

 

 しかしいざ説明を始めてみると何からどう話したものか上手く纏らない上に、これから自分のやろうとしている事が酷く子供じみたやり口に思え段々と恥ずかしくなって来たラブは、最後にはモジモジしながら上目使いで弓江の様子を窺っていた。

 そしてそれを聞いていた弓江も最初はラブの傷の深さとその光を宿さぬ右目に絶句していたが、その背負わされた運命の重さをものともしない彼女の豪胆さに、驚き以上の何とも説明し難い可笑しさが込み上げて来ていたのであった。

 

 

「は…ははは……驚いたねぇ、成る程この年で家元を襲名するだけの事はある、これは英子に聞いた以上だ……相分かった、何一つ心配せず恋お嬢さんの思うようにやるといい」

 

 

 ラブの大胆さにある意味感銘を受けたらしい弓江が全面協力を約束した事で、しほの胸中で一気に張り詰めていた緊張が解け、思わず声が出る程の溜め息を吐いていた。

 

 

『やっぱりこの子といると心臓に悪いわぁ……』

 

 

 さすがにこれは言葉には出さなかったが、しほにとっては偽らざる気持ちであった。

 そして迎えた家元会議は、ここ数年特に険悪な状態にあった西住と島田の両家元が並んで会議室に入室した段階でどよめきが起こり、次いでもう隠居状態ですっかり姿を見せなかった坂東相模流の家元である弓江が姿を現すと、既に入室していた各流派の家元達の間に緊張が奔るのだった。

 だがそれらの事すら前座であったかのように、厳島流の第二種礼装を一分の隙もなく着こなしたラブが圧倒的な存在感を放ちながら会議室に入室した瞬間、見惚れた者達から一斉に感嘆の声が上がる。

 だが、その直後には彼女の美しい顔半分に刻み付けられた凄惨な傷痕に言葉を失った上に、その傷痕が何を意味するかを思い出し全員が慌てて目を逸らしていた。

 そこで目を逸らした者達は知る由もないが、この段階でラブの目的はほぼ達せられており、この日の家元会議は完全に彼女の支配下に置かれていたのであった。

 中には何かを言いかける者もいたが、何しろ彼女の脇は西住流と島田流に坂東相模流の家元ががっちりと固めており、この強固なパンツァーカイルに付け入る隙などあろうはずもなかった。

 

 

『いやはや大したもんだ…こりゃあ私なんかが出る幕はなさそうじゃないかい……』

 

 

 感心頻りな弓江の前でラブが涼しい表情で淡々としている中、圧倒的な彼女の存在感に呑まれたその日の議事進行役がしどろもどろで会を進め一通りの伝達事項や議題が消化された後、後見役の筆頭であるしほが満を持してラブの紹介をし、優雅な身のこなしで立ち上がった彼女が厳島流家元を襲名した旨の挨拶と、長く疎遠であった家元会議へ厳島流の復帰を宣言する口上を述べ、その有無を言わさぬ女王の貫録で並み居る老獪な各流派の家元達を緘黙させていた。

 

 

()()と大したもんだねぇ……』

 

 

 再び少女の横顔に目を向け弓江だが、とある一点で視線が止まり、年甲斐もなくラブのたわわな傾斜装甲に軽い嫉妬心を抱いた彼女は雑念を追い払うよう軽く目を閉じた。

 

 

『しかし何が凄いかといえばあのような一手を講じるその心の強さかね…いや、不甲斐無きは年端も行かぬ娘に斯様な手を取らせてしまう我ら大人のだらしなさか……確かに効果は絶大だがこうも我が身を厭わぬ戦い方をしていたら幾ら心強き者であったとしても、その心がいつまで持つか知れたものではない……やはり先程止めておくべきであったか……』

 

 

 弓江は圧倒的な女王の気品溢れる威厳で家元会議を制圧しつつある少女、厳島流の若き家元にしてアイドルボーカルユニットAP-Girlsのリーダー、厳島恋の横顔に改めて目をやった。

 そして弓江が見守る中、ラブが形式上必要な一種儀礼的な段取りを踏み終えたその時、それを待っていたかのように口を挟む者が現れた。

 50代か60代か、綺麗に纏めたというより只束ねたという感じのひっつめ髪で、どうにも実年齢以上に老け込んで見えるその人物は、神経質そうな顔に神経質そうな酷く癇に障る声で何やら早口に捲し立てているが、虚勢を張るような語り口調で内容が取り留めもない上に、何度も噛むので結論から言えば何を言っているかよく解らなかった。

 

 

『おや?何もする事なんぞないかと思えば…これだけ格の違いを見せられてもまだ噛み付くとはねぇ……さすが六芒会、ある意味期待を裏切らないね』

 

 

 六つの異なる流派の寄せ集め故に家元と名乗るのもおかしな話だが、名目上家元と呼ばれる六芒会現代表の田荘芳乃(たどころよしの)は恐らくそれしか攻め処が見付けられなかったのであろう、回りくどい話を要約すればラブが家元には若過ぎるという一点だけを責め立てていた。

 一方で責められるラブはといえば何処か面白そうに、目の前で盛んに吠える田荘の事を珍獣か何かを見る目で見ていた。

 

 

「やれやれみっともないねぇ……」

 

 

 ちょうどラブがそろそろ何か言い返そうかというタイミングで、弓江がそんな彼女を軽く手で制しつつスッと立ち上がり、それを受けてラブは一礼しその場を弓江に一任して腰を下ろした。

 

 

「な!さ、榊…様一体何を仰って……」

 

 

 話の腰を弓江にへし折られた田荘が食って掛かろうとしたが、たったひと睨みで口籠ってしまう。

 

 

「六芒の、お前さんとこちらの厳島のお嬢さんとじゃ役者が違うんだよ、流派としての歴史も戦車乗りとしての実力も格が違うと解らないかい?分を弁えな」

 

「くっ…なっ!?私は……うっ!?」

 

 

 弓江の容赦ない言葉に尚も何か言い募ろうとしたが言葉にならず、更には弓江の両翼でしほと千代が一切希釈していない特濃の戦闘用オーラを叩き付けて来た為に、腰を抜かし掛けた田荘はヘタるように椅子に腰を落としていた。

 

 

『うは~カッコいいなぁ、さすが敷島さんのお師匠さんて感じね~♪』

 

 

 表情を変える事なくそんな気持ちなどおくびにも出さないが、ラブは鮮やかに六芒会の代表をやり込めた弓江に心の中で喝采を送っていた。

 更に周りをよく見れば日頃は隙あらばと虎視眈々な他の弱小流派の家元達も、田荘のそんな姿に失笑を漏らしている辺りそれらの勢力の底の浅さも垣間見えるようだった。

 結局はそれっきりラブの厳島流家元襲名に対し異を唱える者は現れず、その年最後の家元会議もそれ以上の波風は立たずに終了した。

 

 

「榊先生、本日は本当に有難う御座いました」

 

 

 会議終了後、再び委員長室にその場を移し一息吐いた処でしほが弓江に礼を述べていた。

 

 

「いやなに、恋お嬢さんの惚れ惚れするような口上も聞けたしね、何より辛気臭い六芒のしみったれにも言いたかった事が言えたから礼を言うのは寧ろ私の方さ」

 

 

 そう言うと快活に笑う弓江にしほは最敬礼し、その隣で既に前髪を元に戻したラブもそれに倣う。

 

 

「失礼ですが榊先生、今夜この後は何か御予定が御座いますか?」

 

「いや、特にはないが気を遣うのだけは止めとくれよ?」

 

「お礼にもならぬのですが、もし宜しければ本郷の方まで御足労願えませんでしょうか?」

 

「本郷?あぁ、そういえば西住の別邸が本郷だったね」

 

「はい、先生もお好きでしたよね?当家の地の物(熊本)を用意致しましたので一献如何でしょうか?島田も同席致しますので是非」

 

「ちょ!しぽりん、ソレ聞いてないわよ!?」

 

 

 しほの騙し討ちに騒ぐ千代を余所に考え込んだ弓江だったが、三年前の事故でラブの負った傷に心を痛めもしたものの、その後の会議では愉快な気分にもなれた弓江としてはもう少しラブと話してみたい気持ちもありその申し出を受け入れる事にした。

 何よりしほの言う通り行ける口の彼女にしてみれば、そちらの方面でも勇名を馳せるしほの誘いは中々に魅力的なものであった。

 

 

「……そうかい?それじゃお邪魔させて貰おうかねぇ?」

 

「えぇ、是非お越し下さい……処で先生、本日はこちらまでどのようにおいでになられましたか?」

 

「ん?あぁ、本厚木からロマンスカーでね。最近じゃヘリを飛ばすのも車も億劫になって来たのもあるが、恥ずかしい話列車の中で駅弁つつくのが昔から好きでね……」

 

「成る程、それでは直ぐに車の手配を──」

 

「それには及ばないわ、私の車に乗って頂くから。後ろを着いて行けばいいんしょ?」

 

 

 別邸から新たに迎えを出させようとしたしほに、千代がそれを制止すると自分の車で弓江を乗せて行く事を申し出た。

 

 

「あぁ、助かるわちよきち」

 

 

 もうアレコレ隠したり取り繕うのも面倒くさくなったしほも嘗てのあだ名で呼び始め、千代の方もさっきうっかりあだ名で呼んでいる手前もう何も言わなかった。

 そしてそうと決まればいつまでも此処に長居は無用とばかりに一行は駐車場に向かった。

 

 

「わぉ♡911カレラS4のカブリオレ」

 

「アンタもまた派手なの乗ってるわね…ま、似合ってるとは思うけど……」

 

 

 鮮烈なイエローを纏ったボディにしほも何といえない顔をしている。

 

 

「主人の付き合いで仕方なくよ…都内で乗るには小回りが利く方がいいって言っておいたのにこんなのが来ちゃったのよ……」

 

『どっかで聞いたような話ね……』

 

 

 ほんの数時間前しほから全く同じ内容の事を聞かされたばかりのラブは二人のやり取りをぼけっと見ながらそんな事を考えていたが、二人も弓江がいるので下らぬ話は早々に切り上げ本郷にある西住別邸目指して連盟会館の駐車場を後にした。

 

 

「さすがにこの時間は混み合いますね……」

 

 

 連盟を出て暫くすると途端に流れが悪くなり、信号が青にも拘らず先に進む事が出来なくなった。

 

 

「あ~しほママ、事故渋滞みたいよ~」

 

 

 ラブが弄っていたカーナビの画面には水道橋の交差点から飯田橋の辺りが赤色で表示されており、事故で渋滞している事を示していた。

 

 

「ん~、九段下から神保町抜けて、駿河台下から御茶ノ水駅の方に行けばまだ空いてるみたい」

 

 

 渋滞中で動かないのでその間にしほもナビの画面を確認し仕方ないという風に首を振ると、携帯をラブに渡し千代にも今のルートを伝えるように言った。

 そして迂回ルートに回ってみればラブの言うようにまだそれ程混んではおらず、比較的順調に車は御茶ノ水駅へと向かう坂道の駿河台下交差点へと辿り着いていた。

 

 

「う~、折角の茶水なのに素通りなんてないわ~」

 

「どうしました?」

 

 

 恨めしそうに身を乗り出し前方の坂を見ているラブに、しほが訝しげに声を掛けた。

 

 

「…あのねしほママ、私みたいなミュージシャンにとってお茶の水の楽器街は云わば聖地よ?そこを素通りするなんてあり得ない事なのよ、お客様がいなければ絶対立ち寄りたい所なのよ……」

 

「そういうものですか……」

 

 

 今ひとつピンと来ないしほは丁度そこで信号が変わり、アクセルを踏み込んで交差点を抜けるとダラダラと楽器街へと続く坂道を登り始めた。

 

 

「あ~、もう信じらんな~い」

 

 

 御茶ノ水の駅も近付き、多少混んで流れの悪くなった道の両側に並ぶ楽器店を、ラブはキョロキョロと見回しながら未練がましいセリフを吐き続けている。

 今も信号に引っ掛かりブチブチ言っているラブにこれは明日出立前に連れて来てやるかとしほが考えかけたその時、突然ラブが信じられないといった感じで声を上げた。

 

 

「…え?ウソ!?MUSIC MANのEVHモデル!?あそこレフティ専門店よね……?レプリカ……でもあのトランスゴールドはエディの色よ?誰よあんな物造ったのは!?」

 

「ど、どうしたんですか恋!?」

 

 

 最後は悲鳴のように叫んだラブに、さすがにしほも驚いて問い質す。

 

 

「と、止めて!車を止めて…って今止まってる!し、しほママちょっと待ってて!あ、もしあれだったら先に帰ってていいから!」

 

「ちょ、ちょっと恋!待ちなさい!」

 

 

 そう叫ぶなり信号で引っ掛かっていたのをよい事に車を降りたラブは、しほが止めるのも聞かず信号が点滅し始めた横断歩道を対岸の楽器店目指して一目散に走り去って行った。

 

 

「全く…一体どうしたというの……ん?はい、モシモシ…あぁ、ちよきち……」

 

『何かあったの?恋お嬢さん血相変えて走って行ったけど……?』

 

「それが私にもよく解らないのよ……あ、ごめんなさい、ちょっと路肩に寄せてくれる?」

 

 

 15㎝のヒールをものともせず目の前をダッシュで駆け抜けて行ったラブを見た千代から電話が掛かって来たがしほもそう答える事しか出来ず、しかもそのタイミングで信号が替り後方の車からクラクションを鳴らされた為に、取り敢えずしほと千代は路肩に車を寄せハザードランプを焚いてラブが戻るのを待つ事とした。

 それから暫くそこで様子を見ていると、店に飛び込んで行ったラブがその楽器店の店員らしき人物と共に再び店頭に現れたが、相当にテンパっているらしく、盛んにショーウィンドウの中に飾られているギターを指差してはバタバタと身振り手振りを交えて騒いでいるのが解る。

 

 

「…あのギターを買うつもりなのかしら……?」

 

 

 その雰囲気からしてそう推測したしほが呟いたその時、左ハンドル故歩道に面した運転席側のドアウィンドウがノックされ、そちら側に向き直れば千代が様子を窺いに来ていた。

 

 

「あぁ…本当にごめんなさいね……」

 

「恋お嬢さんは一体どうしたのかしら?」

 

「う~ん…それがよく解らないんだけど何か特別なギターを見付けたみたいなの……それで多分そのギターを買いに行っちゃったっぽいのよ……」

 

「えぇ!?ギター?」

 

 

 ラブの奇行にはそれなりに慣れているつもりのしほもさすがに困惑の色を隠せず、これが初体験である千代の驚きは尚の事であった。

 

 

「あぁ、やっぱりあのギターを買うみたいね……」

 

 

 しほが視線を戻した先ではウィンドウの内側に現れた店員が、一際目立つよう飾られていた蜂蜜のようなゴールドの輝きを放つエレキギターをディスプレイから外している処で、それを外から見ているラブのリアクションから彼女の興奮も更に高まっているのが手に取るように解った。

 

 

「ねぇしぽりん、アレ放っておいていいのかしら?そりゃあ厳島の金銭感覚は普通じゃないと思うけど恋お嬢さんも()()は高校生でしょ?ああいうものもピンキリでしょうけどあの飾り方とお嬢さんのはしゃぎようからすると相当な逸品なはずよ?そういう代物を高校生がぽんと店に飛び込んで買ったりするものかしら?それにホラ、周りが気付き始めたんじゃない?」

 

「あ……ごめんちよきち、車お願いしていい?」

 

「えぇ、ここは任せて早く行って」

 

 

 楽器店の店頭で騒いでいるのが、どうやらあのAP-Girlsの厳島恋であると気付いた者達が脚を止め始め、それを千代に指摘されたしほも慌てて車を降りると信号が変わるのももどかしげに横断歩道を全力疾走で渡って行った。

 

 

「恋!」

 

「あれ?しほママ…なんで……?」

 

「なんでじゃありません、あなたこそ何をやっているんですか?」

 

「え?あ……だって誰がオーダーで造ったのか知らないけど、正真正銘のMUSIC MANのEVHモデルの左利き用なんだよ?もう製造してないし左利き用なんてこれ一本しかないのが市場に出たんだもの、今買わなかったらもう二度と手に入らないわ!」

 

 

 彼女にはまるっきり解らぬ事を力説するラブに軽い頭痛を覚えたしほは、更に野次馬が増えている事に危惧を覚え、取り敢えずは店の中に避難する事に決めラブの手を取った。

 

 

「それはいいですから周りをよく見なさい、取り敢えず店の中に入りましょう」

 

「ん?あ……」

 

 

 間の抜けたリアクションをするラブの手を引き店内に逃げ込もうとしたしほだったが、たまたま目に入ったそれまでギターが飾られていたディスプレイに残された値札を見て文字通り目を向いた。

 

 

「れ、恋…アナタ……」

 

 

 ゴリゴリと音がしそうな程ギクシャクとした動きでラブに向き直ったしほは、やっとの事で絞り出した言葉も声が激しく震えていた。

 西住にしても島田にしても確かに一般人に比べればその金銭感覚は桁が違うかもしれないが、やはり厳島のそれはしほから見ても別世界である事をこの時痛感していたのだった。

 なぜなら彼女の目に入った値札には七桁の金額が示されており、バイオリンやピアノなどが大変高価なものである事は知っていてもさすがにギター一本がこの値段とは理解出来ない世界であった。

 

 

「ん~?な~に、しほママ?」

 

「ちょ、ちょっとこっちに来なさい!」

 

 

 ラブの手を掴んだしほは店内に飛び込むと店の隅まで彼女を引っ張って行き、さすがに大声こそ出さないが青い顔でラブに問い質し始めた。

 

 

「恋、まさかアナタあのギターを買ったのですか!?」

 

「そうよ、ホント気が付いて良かったわ♪もし渋滞を迂回していなかったら出会えなかったんだもの、そう考えるとゾッとするわね~」

 

「私が言っているのはそういう事ではありません!あんなに高価な物を高校生のあなたが気軽に買おうとするなんて一体何を考えているんですか!?」

 

「え~?何よしほママ、自分の稼ぎで買うんだからいいじゃない。それにこれは私にとって大事な商売道具なのよ?」

 

「稼ぎ…商売道具ってあなた……」

 

 

 根本的に話がかみ合っていない事にしほは本格的に頭痛を覚えたが、もっと大事な事を思い出した彼女は一層声を潜めてラブを詰問する。

 

 

「……それはともかくこれだけの高額商品の支払いはどうするつもりなんです!?」

 

「あぁ、それは大丈夫よ、こういう時の為に最低限の用意はしてあるから」

 

「なんですって……?」

 

 

 しほの問いにラブがウィンクをしながら軽くショルダーバッグを叩くのを見たが、その意味する処が直ぐには理解出来なかったしほも、彼女が店員に呼ばれ会計に向かったのを見て漸くその意味を理解すると、その恐ろしい事実に軽い眩暈を覚えるのであった。

 何分未成年故いくら厳島の娘とはいってもまだ年齢的にカードを持つ事は出来ず、つまりはそれだけの現金をラブが持ち歩いていた事にしほは心底ゾッとした。

 

 

『こ…これはさすがに亜梨亜様に意見しないといけないかもしれない……』

 

 

 ぼんやりとしほがそんな事を考えている中、会計手続きをしていたラブが案の定バッグの中から帯の付いた札束を取り出し()()()()で支払いを始めていた。

 そのちょっとあり得ない光景にしほが我に返った頃には既に店長らしき人物が領収書の準備を始め、ラブは念の為に試し弾きをしている最中だった。

 

 

「……」

 

 

 あまりにも現実離れした光景にしほが言葉を失っていると、その間に全ての手続きを終えたラブが突然の厳島恋の来店と高額売り上げにテンションの上がった店の全ての人間と一緒に記念撮影を行ない、更には店員達の揃いのユニフォームにサインを入れたりしていた。

 

 

「あり得ない……」

 

 

 それはしほの偽らざる感想であったが、残念ながらそれは現実であり、そんな呟きを彼女が漏らした時、ちょうど全ての手続きを終えたラブが満面の笑みでギターケースを抱えこちらに向かって戻って来る処であった。

 

 

「お待たせしほママ!見て、すっごいサービスいいの!セット販売じゃないのに結構いいエフェクターやら小型アンプまでオマケで付けてくれたのよ~♪」

 

「あぁ、そう……」

 

 

 どこか虚ろに返事をしたしほだったがそんな彼女にお構いなくラブは説明を続け、それなりの荷物になったので店の人が車まで運んでくれるといった処でしほは再び我に返ったのであった。

 

 

「そ、そうだ!榊様をすっかりお待たせしてしまって!」

 

 

 だがしほがそう叫び掛けはしたが、入店から僅か十数分程の電撃作戦であったのだ。

 

 

「さぁ、これ以上榊先生をお待たせする訳にはいきませんよ?」

 

「ごめんなさい……」

 

 

 店内は従業員が機転を利かせ一時的に入店規制を掛けて大きな混乱は起きていなかったが、その外は厳島恋がいるという事で既に多くの人だかりが出来ていて店を出るのは問題がありそうだった。

 だが逆にしほはそんな事は一向に気にせず店の外に一歩足を踏み出すと、その後ろのラブ目当てに近寄ろうとした者達を凶悪なアハト・アハトの視線で圧すると短く一言命ずるように言った。

 

 

「通しなさい……」

 

 

 有無を言わさぬ西住流家元の迫力に、モーゼが海を割る如く人波が二つに割れ通り道が出来た。

 そしてその間を悠然としほが進み、その後にラブと台車を押した楽器店の店員が続く。

 その様は何処か騎士とそれに守られる姫君、そしてオマケの従者を想わせる光景であった。

 

 

 




一点物でもさすがに七桁万円は行かないかな?でもまあ話の都合という事でw

しぽりんはAMGですがちよきちはポルシェって気がしましたが、
二台で総額さんぜんまん超えww

今の処六芒会は思いっ切り小物な感じですが、
この先どうなるかちょっと私にも解らなくなってます。

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