ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

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いよいよ手術の結果が明らかになります。


第十一話   エメラルドの姫君

「そんなに心配しないで…私はもう大丈夫だから……」

 

 

 右目の手術から一夜明けた翌日の昼過ぎ、術後最初の検査を受けたラブとの面会を許された一同が、逸る心と内心の恐怖を抑えながら彼女を見舞っていた。

 おそらく熱があるのだろうその顔は発熱時特有の赤みが差し、痛みの方も引いていないはずのラブが彼女達に向けて気丈にそう言ったが、やはり今の彼女の儚げな表情と顔色は正直であった。

 そしてそんな彼女がリクライニングベッドを操作し上体を起そうとするのを押し留め、仲間達は代わる代わる極短く言葉を交わしてはラブにあまり負担を掛けぬよう勤めていた。

 

 

「そ、そうか……」

 

「ラブお姉ちゃん……」

 

 

 ベッドサイドに並んで立つ姉妹の顔を見上げて微笑んで見せたラブの言葉に、二人揃って気の利いた言葉の一つも掛ける事が出来なかった。

 

 

「だからそんな顔しないの……まぁこういう状態だから冬休みに熊本には行けないけど、別に病気って訳じゃないし後は良くなるだけなんだからさ」

 

 

 その手術の成功を信じて微塵も疑わぬラブのポジティブな思考に何も言えず、二人は只黙って頷く事しか出来ないのであった。

 

 

「あぁ、解かってるよ……」

 

「解かったってワリに景気の悪い顔ねぇ……」

 

 

 まだ右目はガーゼで覆われておりラブの左目のみがまほの事をジトっと見ているが、その何ともいえない視線に居心地の悪そうなまほはソワソワと落ち着きがない。

 

 

「…私はいつもこんな顔だよ……」

 

「またそんな開き直って……それよりさ、千代美はどうしたのよ?すっごい顔色悪いんだけど?」

 

 

 手術を終えたばかりのラブに昨夜何があったか絶対知られる訳に行かず、アンチョビは仲間達に緘口令を敷き徹底して昨夜の一件は隠し通すつもりでいた。

 

 

 

 

 

「私達…私達親子は、千代美さんに一体どれ程の償っても償いきれない重荷を背負わせてしまったのでしょうか……」

 

 

 無事手術を終えベッドに横たわるラブの姿は、アンチョビが三年前に目撃したあの悪夢の手術直後の姿を想起させ、自分でも自覚のなかったトラウマにアンチョビの心と体は耐え切れずに悲鳴を上げたのであった。

 断片的にアンチョビの口から零れる言葉にそれが何を意味するか悟った亜梨亜は、そのラブと瓜二つの美しい顔に沈痛な表情を浮かべながらも、直ぐに倒れ込みそうになる彼女を支えていた。

 不幸中の幸いとしか言いようがないがラブは未だ麻酔から醒めず眠っている上に、別室での出来事であった為に彼女にこの騒ぎを知られる事はなかったが、その後落ち着いたアンチョビは仲間達にこの事は決してラブに知られる事がないよう口止めしており、自身が今にも倒れそうな状況下で見せるその気丈さに亜梨亜は只深々と頭を下げるしか術を持たず、そんな彼女の口から漸く搾り出された言葉は非常に苦く苦しいものであった。

 

 

 

 

 

「ねぇちょっと、夕べちゃんと寝たの?」

 

 

 先程短く言葉を交わした際もラブは妙な違和感を感じており、入院前夜の自分の事は棚に上げつつも、それに対する追求の矛先をおそらくは宿舎でアンチョビと同室であろうまほへと向けた。

 

 

「あ…え……?」

 

 

 突然の事にあからさまに挙動不審になったまほの事を、ラブは疑いの目で見る。

 

 

「まほ……まさかアンタ千代美の事一晩中寝かせなかったんじゃないでしょうねぇ?」

 

 

 見当違いにあらぬ疑いを掛けられたまほは、言葉に詰まり目を白黒させている。

 

 

「な!?ちがっ!お、オイ!?」

 

 

 朴念仁の彼女には珍しくラブの言っている事が()()を意味するか直ぐに理解したらしく、反論しようとするが狼狽し過ぎて言葉になっていなかった。

 

 

「うえぇ…そうだったの?お姉ちゃん最低ぇ……」

 

「お、おま…みほぉ……!?」

 

 

 しかしここでみほが素でボケをカマした為にラブの見当違いな思い込みは彼女の中で信憑性を増してしまい、周囲の者達までもが疑いの目をまほに向け始めた。

 

 

「おいぃぃぃっ!」

 

 

 堪り兼ねたまほが声を荒げかけたが、もう一方の当事者であるアンチョビは最悪な状態ながらしたたかにもその状況を利用する事にしたようだ。

 

 

「あまりまほを責めないでやってくれ…求めたのは私なんだから……」

 

「は?」

 

 

 まほの背後に立つアンチョビの思いもよらぬ発言に、ベッド上のラブが間抜けな声を上げた。

 

 

「そのさ…お前の手術が成功してホッとしたけど独りでいるのが怖かったんだよ……」

 

「う゛……」

 

 

 少し恥ずかしげに俯き右のツインテの房の先をくるくると指に絡める姿が可愛らしい上に艶かしく、アンチョビ迫真の演技にさすがのラブも言葉に詰まった。

 

 

『コイツも転んでもタダじゃ起きねぇ……』

 

 

 咄嗟の事とはいえその捨て身のアンチョビの大技に一同驚愕の表情を浮かべているが、彼女の自爆によりどうにかラブの追求はそこで終わらせる事が出来た。

 

 

「全く…人が大変な思いをしている時に()()やってるのよ……」

 

 

 横たわったまま口を尖らせるラブの頬が、ほんのり赤らんでいるのは多分発熱だけのせいではないだろう。

 しかしまほという完全に巻き添えの犠牲者を出しはしたが、これでどうにかアンチョビの目論見通りに昨夜の一件からラブの追及を逸らす事が出来た。

 そしてここでタイミングの良い事にルシアより面会時間終了の宣言がなされ、別れの挨拶をすると先に面会を済ませたAP-Girls共々ラブの病室を後にする一同であった。

 

 

「千代美さん……」

 

 

 今日はこのまま笠女学園艦から退去する予定の為ラブの病室の隣にある談話室に置いてあった荷物を取りに行ったところ、後を追うように亜梨亜がやって来たのだがその表情には皆が一様に驚いた。

 

 

「あ…亜梨亜さま……?」

 

「お、おば様一体どうされたんですか!?」

 

 

 アンチョビに続き驚きの声を上げたまほも亜梨亜のそのような表情は未だ嘗て見た事がなく、何が起きたのかと驚愕し目を剥いていた。

 

 

「…千代美さんのご両親には三年前の件でも未だにご挨拶すら出来ていないのに、更にこんな事になってしまって私もうどんな顔してご挨拶に伺えばいいやら……あぁ~失敗したわぁ~、こんな事ならしほちゃんの所(熊本)に行った時に来て頂けばよかったわぁ~」

 

 

 その場にいる全て者が、初めて見る亜梨亜のポンコツな姿に我が目を疑う。

 しかしその中にあってまほとみほだけの二人だけが、亜梨亜のその表情になんと云うか口の中が酸っぱくなるようなデジャヴを感じていた。

 

 

『うえぇ…お姉ちゃん……』

 

『あぁ…似てるな……』

 

 

 肩を寄せ囁き合う姉妹の視線の先では、解かり易く言うならば実に情けない表情の亜梨亜がアンチョビ相手にオロオロしているのだった。

 

 

『やっぱり親戚なんだね……』

 

『うん…さっき一瞬お母様に見えたな……』

 

 

 初めて見る亜梨亜のテンパった姿は、何かやらかして菊代に泣き付く時のしほにそっくりであり、子供の頃から何度となく目撃しているのと同じ姿に血の力を感じずにはいられない二人であった。

 

 

「亜梨亜様…おば様ぁ……どうか落ち着いて下さい、私はもう大丈夫ですからぁ~」

 

 

 目の前でとっ散らかる亜梨亜の姿は、アンチョビにはやらかした時のラブにしか見えない。

 

 

「やっぱりあれかしら?私が千代美さんをご実家までお送りして、ご両親に事情説明とご挨拶した方がいいかしら?あぁ~、でもそれには恋も連れて行かなければ意味がないし……やっぱり熊本に行った時にお呼びしてご挨拶しておくべきだったわぁ~」

 

「ですからおば様落ち着いて。私は一度アンツィオの学園艦に帰らなければいけませんし、そこまでは西住…まほが送ってくれますから……大体おば様はラブの入院中はここを離れられないでしょう?とにかく私はもう大丈夫ですから落ち着いて……」

 

 

 最初はどう対応すべきか解からずアンチョビの頭も真っ白になったが、中学時代散々見たラブそのままな亜梨亜に急に可笑しさが込み上げクスクスと笑い出した。

 

 

「あ、あんざい?」

 

 

 まだ顔色こそ悪いままであるが、それまでの何処か影の差した表情とは違う柔らかい笑みを浮かべたアンチョビに、まほはその突然の変化に戸惑いを見せている。

 

 

「済まない西住心配を掛けた……亜梨亜様、昨夜は私こそご迷惑をお掛けしてしまいました。でももう大丈夫ですからどうか今はラブの傍にいてやって下さい、私の両親だって状況は理解しておりますのでどうかそれ以上気に病まれぬようお願いします」

 

「千代美さん…私ったら……解かりました、今はお言葉に甘えさせて頂きます。ですが千代美さんのご卒業までに一度ご両親の所へは恋共々ご挨拶に伺いますので宜しくお伝え下さい」

 

「は、はぁ……」

 

 

 やはり一度は自分の両親と引き合わさねばならないかと少し気が重くなったアンチョビではあるが、漸く亜梨亜が落ち着きを取り戻した事にほっとしたのであった。

 

 

「まほちゃん、千代美さんの事くれぐれも宜しくね」

 

「はい!心得ていますのでご安心を!」

 

 

 亜梨亜にアンチョビを託されたまほは、思わず姿勢を正し敬礼までしていた。

 

 

『なんつ~かアタイらの出る幕なんもなかったな……』

 

『そりゃそうよ…ラブ姉にしてもそのお仲間にしても濃過ぎるんだもの……』

 

 

 ここまでの展開に夏妃の言うように一切出る幕がなく、壁際に並びその壁と同化したように見守っていたAP-Girlsであったが、彼女達の気持ちは夏妃と凜々子の囁きが全て代弁していたのだった。

 かくしてラブの手術が無事終わった事を見届けた一行は、AP-Girlsに見送られ順次それぞれの母艦に帰投すべく横須賀の空に舞い上がって行き、ラブはそれを病室の窓から見送るのであった。

 

 

「やっと帰ったか…ホント騒がしかったわね……」

 

 

 自分一人しか居なくなり静かになった病室で、見送りの為に起こしていたベッドをコントローラーで戻しつつぼやくように呟いていた。

 

 

「今日が28日で術後5目に一度経過観察するって言ってたけど考えてみたらそれって元旦よね……」

 

 

 目の前に掲げた右手で指折り数えてみたラブは、聞かされている日程通りであれば今はしっかり保護されている右の目が、状況を確認する為に瞼を開くのが元日である事に今更ながらに気が付いた。

 

 

「ま、アッチ(アメリカ)じゃお正月関係ないもんね~」

 

 

 アメリカ暮らしが長かったラブはその辺の事情も分かっているので特にそれを気に留めた風ではないが、逆にルシアのクリスマス休暇を実質返上させてしまった事が気になっていた。

 

 

「それ考えるとルシア先生には悪い事しちゃったかなぁ…?ん~、もうちょっと早くに決断するべきだったわねぇ……でもあの状態で実戦を経験してみないとさすがに判断付かなかったし……」

 

 

 しかしラブの杞憂を他所に執刀医であるルシアは彼女の退院する日まで日本に滞在する事になっており、その間初の日本で自身の好奇心を充分に満足させるのであった。

 

 

「でもまさか冬休みを丸々使い切る事になるとは思わなかったね…あ、あの子らにちゃんと()()()するようにもう一度釘刺しておかないとダメかも……あの調子だと絶対帰らずに毎日ここに来てそれで冬休み終わりそうだもの……」

 

 

 日が傾くまではまだ少し間のある冬の空を見ていたラブは、まだ前日に手術を終えたばかりで疲れもあり気が付けばその瞼を閉じ規則的な寝息を立てていた。

 しかしその日からラブが退院するその日まで、ラブにきつく言い渡された事もあり観音崎にある厳島の城に一応は帰省したものの、AP-Girlsのメンバー達は結局一日も欠かさず彼女の病室を訪れこれに関してはいくら言っても頑として譲る事はなかった。

 そして日参するAP-Girlsに苦笑しつつ年が明けて迎えた元日、手術から5日が経過したラブは術後初めて経過観察の為にその右目の瞼を開く事になっていた。

 

 

『怖がらなくても大丈夫、最初はぼんやりするかも知れないけど無理して焦点を合わせようとか考えないようにね…さ、これから最後のガーゼを剥がすわ……うん、特に腫れなどは残っていないわね』

 

 

 いきなり強い刺激を与えない為であろう照明を抑えられた処置室では、Dr.ルシア自らの手でラブの右目を覆っていたガーゼが剥がされ5日ぶりにその面を露にしていた。

 そして処置を施すルシアの背後では母親である亜梨亜と共に、特別に立会いを許可された愛が緊張の面持ちでそれを見守っていた。

 

 

『それじゃあ瞼を開いてみましょう…難しく考えないで、自然にでいいからね……』

 

『はい……』

 

 

 さすがに緊張の色を含んだ声で返事をした後に、抑えられた照明に影を頬に落とす長い睫毛が微かに震え、やがてゆっくりとラブの右の瞼が開き始めた。

 

 

「ん……」

 

 

 聴こえるか聴こえないか程度の声でラブが呻く。

 5日間の完全なる暗闇を経験した後に開かれた右目には、例え抑えられてはいても照明の光は強い刺激となって襲い掛かり、彼女は思わずパチパチと瞬きを繰り返した。

 

 

『うん、良い反応だわ…ちょっとごめんなさいね……』

 

 

 ルシアはラブの両の頬に手を添えると彼女の右の瞳を覗き込む。

 

 

『うん、美しいエメラルドね……どうかしら恋、変化は感じられる?』

 

 

 そう言いながらルシアはラブの右目の前で軽く指を振って見せ、手術を受けた彼女の右目がそれに反応している事を確認して満足げに頷いた。

 

 

『…光を感じるわ……変な感じ……あ…光の色が解かるわ……!』

 

「恋……」

 

「恋…姉さま……」

 

 

 仄暗い処置室の中、微かな光に照らされそれを反射させるラブの右の瞳は淡い光を放つ。

 今までとは明確に違うラブの反応に、亜梨亜に続き愛が恐る恐るその名を呼んだ。

 

 

「亜梨亜ママ…愛……もっと近くに来てくれる?」

 

 

 二人が確認するようにルシアに目で問えば、彼女も微笑みながら無言で一つ頷いてみせた。

 

 

「さ、愛さん……」

 

「は、はい……」

 

 

 亜梨亜に促された愛がおずおずと歩み寄ると、気を利かせたルシアが診察台の背もたれを少し起してやり、ラブは顔を愛に向けその双眸は確実に彼女の顔を捉えていた。

 

 

「恋……」

 

「もっと近くに……」

 

 

 更に一歩前に出た愛の顔を、ラブが腕を伸ばしその頬に両手を添える。

 

 

「あぁ…愛の可愛い顔が今までよりもっと可愛く見えるわ……」

 

「……!」

 

 

 その言葉の意味する処に愛は殊更大きく目を見開き、そんな彼女の髪をラブが微笑みながらひと撫でしてやると、感極まった愛がラブの胸に飛び込もうとした。

 

 

「ハイ、愛さんストップ、今は堪えてね」

 

 

 そんな愛の行動を見透かしていたかように、亜梨亜は背後から彼女の事を羽交い絞めにして易々と引き止め、一瞬中に浮いた愛の身体に不釣合いなサイズのたわわがプルンと揺れていた。

 しかしAP-Girlsのメンバー中最も小柄でありながらも、チーム最速の装填速度を誇るパワフルな愛の突進を止めてみせた亜梨亜もやはり只者ではないだろう。

 

 

「も、申し訳ございませんっ!」

 

 

 亜梨亜に引き止められ我に返った愛の顔は部屋の暗さ故パっと見では解からないが、ラブのクサイ台詞でものの見事に暴走し掛けた恥ずかしさで真っ赤になっていた。

 

 

「恋、あなたもこんな時はもう少し言葉を選びなさい」

 

「だってぇ……」

 

 

 親の目の前で恋人相手にクサイ台詞を吐いた娘を亜梨亜が窘める。

 

 

『ふふっ♪手術は成功ね、問題なく見えているようで私も嬉しいわ。でも今日の処はこれ位にしておきましょう、明日から少しづつ慣らして行く事になるわ』

 

 

 ラブの右目の機能が無事に回復している事を確認したルシアは、愛が垣間見せた微笑ましい解かり易さとラブのジゴロぶりに笑いながらその日の検査の終了を宣言した。

 

 

「あ、あの!私AP-Girlsのみんなにこの事を知らせて来てもいいでしょうか……?」

 

 

 ルシアが再びラブの右目を保護する為の処置を始めると、気恥ずかしさを隠そうとするように愛がそんな事を言い出した。

 

 

「えぇ、構いませんよ、でもあまり目立たないよう気を付けてね」

 

「ハイ!」

 

 

 亜梨亜の許可を取り付けると早々に処置室を抜け出した愛は、メールや電話ではなく直接仲間達にラブの右目が見えるようになった事を伝えるべく、逸る心を抑えつつ足早にラブの病室目指して最短距離を行くのであった。

 

 

『全くねぇ、あの子達も元日まで来なくたっていいのにねぇ……』

 

『あら?いじらしくて可愛い子達じゃない』

 

『まぁそうなんだけどさぁ……』

 

 

 念入りに右目の周りを消毒したルシアは、清浄なガーゼを貼り直す片手間にラブの話に付き合っていたが、今日まで欠かさず日参していた少女達の表情を思い出し微笑ましげにしていた。

 

 

『大体あの子達ちゃんと雪緒ママの御節食べてるのかしら……?』

 

 

 少し考え込んだラブは、亜梨亜に問うように左目を向けた。

 

 

「あの子達なら毎日旺盛な食欲を見せているそうよ、尤もその分トレーニングも欠かす事なくしっかりこなしてるようですけどね」

 

「も~、ここまでオーバーワーク気味だから、お正月位ゆっくり休むよう言ってあるのに~」

 

『ユキオママ…?オセチ……?あぁ、日本の新年を祝う料理の事ね、それなら今朝亜梨亜様にご馳走して頂いたわよ。オゾウニって言ったっけ?あれも中々興味深い食べ物だったわ』

 

『雪緒ママは実家のメイド頭で私の素敵なお姉さんよ♪でも御節食べたってどういう事……?』

 

『ルシア先生は昨夜から私の部屋に泊まって頂いているのよ』

 

『は?ナニそれ?』

 

 

 そんな話は全く聞かされていなかったので、ラブも思わず聞き返していた。

 

 

『手術が目的とはいえ折角来日されたのですから、これ位はさせて頂かないと失礼でしょう?』

 

『あ、そう……』

 

 

 疎外感という程ではないが自分抜きでも周囲の者達が普通に交流している事に、ラブはこの時初めて入院している事に苦痛というか退屈だという感情を抱いたようであった。

 食事に特に制限はないので多少の差し入れはあるものの、基本的に病院の食事を口にしているラブは同時に本格的な御節も恋しくなっていたようだ。

 しかしその特異な体質故()()()()()だけが太り易い彼女は、食べ過ぎでとんでもない事にならぬよう自重していただけに余計にこの状況は堪えるようだ。

 

 

「…入院って辛いわ……」

 

「なんですか今更」

 

「うぅ……」

 

 

 亜梨亜のにべもない一言に、ラブは短く唸るのみであった。

 その後患部の処置を終えたラブは、愛が通ったのと同じ最短ルートを亜梨亜の押す車椅子に乗せられ病室へと戻って行った。

 勿論自分の脚で歩く事は可能ではあるが術後まだ日が浅くナーバスな手術箇所であるだけに、無用の衝撃を与えぬよう長距離の移動には車椅子を使用する事をルシアはラブに義務付けていた。

 だがその移動中はやはりラブが他の患者と行き会う事は一切なく、ここでも徹底した管理統制がなされている事が垣間見えた。

 

 

「ん~?ナニよこの騒ぎは?」

 

 

 エレベーターを降りて病室へと近付けばその手前の談話室が何やら騒がしく、車椅子に乗ったラブが背後の亜梨亜に向き直り見上げると、彼女もまたゆっくりと首を左右に振り自分も何も知らぬ事をアピールしていた。

 聞き耳を立てずとも洩れ聴こえて来るその声はAP-Girlsのメンバー達のものであり、その様子からどうやら数名が電話応対しているらしい事が解かって来た。

 ラブが改めて亜梨亜の顔を見上げると、無言で頷いた彼女は談話室のバリアフリー仕様のスライドドアをノックした後に一呼吸置いてタッチパネルに触れて自動ドアを開いた。

 

 

「あ…ラブ姉……」

 

 

 ちょうど通話を終えた凜々子が顔を上げた処で再び彼女の携帯が鳴り出して、液晶に表示された発信者の名を確認して溜め息を吐いた後に着信ボタンを押すのであった。

 

 

「またか……ハイ、もしもし凜々子です──」

 

 

 事情を聞こうとした凜々子が再び電話に出てしまい話し相手を失ったラブが視線を談話室に巡らせると、ちょうど今通話を終わらせたLove Gunの砲手である瑠伽と目が合った。

 

 

「ねぇ瑠伽、これはどういう事かしら?」

 

「あ~、コレ?ええとね……」

 

 

 瑠伽が説明をしかけた処で彼女の携帯も再び着信音を響かせ始め、瑠伽も軽く手でラブを制して電話に出てしまい話はそこで途切れてしまう。

 結局また話し相手がいなくなったラブが他のメンバー達に目を向けてみれば、24人のメンバー全員の携帯は誰かが切るとまた誰かの携帯に着信があり彼女達はその対応に追われていた。

 そんな彼女達に代わる代わる途切れ途切れに事情説明を受け、その断片的な話を繋ぎ合わせる事でどうにかラブにも状況が見えて来たのであった。

 ラブの経過観察に立ち会った愛がその結果を仲間達に報告した後、今日はさすがに来ていないまほ達に結果をメールで送ったのだが、それぞれお正月という事で帰省しているらしくバラバラに詳細を問い合わせる電話が入っていたのだ。

 しかしその電話を一旦切った後も不安になり再度電話して来ているらしいのだが、どうも全員がそれを繰り返しているようで、掛けた相手が話中だと他のメンバーに掛けるという悪循環の結果としてAP-Girlsメンバー全員の携帯が鳴りっ放しという事らしかった。

 

 

「アホかアイツらは……」

 

 

 まるで通販のオペレーターのように電話対応に追われる少女達を見ていると、身内であるまほとみほを始め自分の古馴染みの者達が迷惑掛けまくりな事に無性に腹が立って来たラブは、ジェスチャーで指示を出しローテーブルの上に現在繋がっている携帯を並べさせた。

 

 

「これがまほでコッチがみほね…ダージリンとアッサムがこの2台でその隣がケイとナオミ……で、この残り2台がカチューシャとノンナか……あれ?千代美とエリカさんは?」

 

 

 

 どの携帯が誰に繋がっているか確認していたラブはアンチョビとエリカの二人だけが誰にも電話して来ていない事に気付きメンバー達に問うてみたが、そういえば誰もその二人からは電話を受けていないという証言を得ていた。

 

 

「あの二人はさすがねぇ…ってそれは措いといてコイツら何とかしなきゃね……」

 

 

 アンチョビとエリカの気遣いに感謝しつつラブは目の前に並ぶ携帯を睨んでいるが、その携帯からは好き勝手に叫ぶように声が途切れる事なく聞こえている。

 それにイラっと来たらしいラブはスッと息を吸うと、並べられた携帯に向かって怒鳴りつけた。

 

 

「アンタ達いい加減にしなさいよね!」

 

「恋!まだそんな大きな声を出してはいけません!」

 

 

 まだ当面安静を言い渡されているラブがいきなり声を荒げ、その事に血相を変えた亜梨亜までが思わず大声を出し、それを聞いた電話の向こうにいる者達が全員硬直している事が伝わってくる。

 

 

「亜梨亜ママ……」

 

 

 滅多な事で声を荒げる事のない亜梨亜の大声に、ラブもそこで勢いを失いAP-Girlsのメンバー達も全員ビックリ顔で固まっていた。

 

 

「あなた達にも既に連絡が行っているはずですよね?少し控える事は出来ませんか……?」

 

『も、申し訳御座いませんでした!』

 

 

 その間に亜梨亜が並べられた携帯に向かい大声ではないが底冷えするような良く通る声で語り掛けると、夜叉姫の有無を言わせぬ迫力に全員が電話の向こうで土下座をしていた。

 

 

「…とにかくさぁ、私の右目はもう見えるようになってるし、後は静養して退院を待つだけなんだから私から連絡するまで待っててくれる……?」

 

『解かりました…連絡をお待ちしています……』

 

 

 すっかり勢いを削がれたラブがどこか疲れた声で言えば、夜叉姫の氷の刃の迫力にすっかりビビった一同も最初の狂ったような騒ぎは何処へやらといった風に答えるのだった。

 

 

「もう…お願いだからあまり脅かさないで頂戴……」

 

「いや…それどっちかって言うとこっちの台詞なんだけど……」

 

「とにかく!ルシア先生をお呼びするから念の為にもう一回検査を受けなさい」

 

「えぇ~?」

 

「えぇ~?じゃありません、いきなりあんな大声を出して何かあったらどうするのです?先生には病室に来て頂きますからあなたはベッドで大人しくしていなさい」

 

「…は~い……」

 

 

 これ以上亜梨亜に逆らってもそれは無駄でしかないのはラブは誰よりもよく知っているので、彼女は亜梨亜の押す車椅子の上でひたすら頭を低くして嵐が過ぎ去るのを待つようにしていた。

 

 

「あなた達も災難でしたね、今日の処はもうお帰りなさい、後の事は私がやっておきますから。折角の正月休みなのですから身体を休める事を優先なさい、新学期が始まれば嫌でも忙しくなるのですから充電期間は大事ですよ?」

 

『はい、解かりました亜梨亜様……』

 

 

 これがラブの命令であれば100%何がしか言い返す処であるが、更に上位の存在である亜梨亜の言葉は絶対でありAP-Girlsも素直に従うので、ラブにはそれが少し面白くなかったようだ。

 

 

「私が言っても絶対逆らうクセに……」

 

 

 ベッドに寝かし付けられブチブチと不満を口にしていたラブであったが、そうしているうちに駆け付けたルシアの診察を受けた結果、幸いにも大声を出した影響は見られなかった。

 かくして思いがけぬアクシデントもあったものの、年の初めの一日目にラブの右目は光を取り戻し彼女の戦車道にも新たな道筋が開けたのであった。

 

 

「えぇ、お陰さまで恋の右目の手術の経過は良好よ…いえ、それはいいのよ、しほちゃんにも随分と厄介な役回りを恋がお願いしてしまったし……うん、それは大丈夫よ、だから二人の事もあまり怒らないであげて頂戴……もとはといえば私達親子が蒔いた種なんだもの……」

 

 

 その日の夜の日付が変わるより少し前、年末年始は何かと多忙な西住家の当主であるしほがその日の諸々の仕事から解放された頃を見計らい、亜梨亜は無事ラブの視力が回復した事を報告するべくしほに電話をしていた。

 術後に連絡した時はやはりしほの声も不安げなものであったが、今日の報告はその不安を拭う吉報であり、彼女の隣で聞き耳を立てていた常夫にもしほがハンドサインでOKマークを作って見せると安堵の表情を見せると共にその場に座り込んでいた。

 しかし先に連絡を受け知っていたはずのまほとみほが帰省して実家にいるにもかかわらず、母であるしほにこの事を伝えていなかったのは、やはりやらかした一件が露見するのを恐れての事であったが結局は亜梨亜からの話の流れであっさりとバレてしまい、電話の途中菊代の手で連行された二人は彼女の足元で青い顔で並んで正座しているのであった。

 そしてそんな事とは露知らぬ亜梨亜が二人の事を弁護していたのだが、それは手遅れであり無駄な努力だったがそれに亜梨亜が気付く事はなかった。

 

 

「うん、心配掛けてごめんね…え?いいわよ、遠いし受験生のアンジーにこの時期にそんな事させられないわ……まあそんな事お構いなしに押しかけて来た連中もいたけどね~」

 

 

 亜梨亜がしほに電話するより少し前、ラブはアンチョビとエリカ、更に手術当日押しかける事なく母港である大洗で知らせを待っていた杏にも視力が回復した事を報告していた。

 

 

「そういえばまだ()()()()だったのよね…うふふ♪後任選び大変そうね、でも次の()()()()はどんな子かしら?もしかして戦車道チームにいる子?あ、アンジー今ごまかした~、ふふっ♪大丈夫、誰にも言わないわよ……うん、うん……それじゃあねまた会いましょう、えぇ…改めまして明けましておめでとうアンジー……うん、おやすみ~」

 

 

 通話を終えたラブは携帯の向こうでへにょりと眉を下げ、困ったように笑っていたであろう杏の事を想いクスリと笑っていた。

 彼女がこの三人にだけ報告の電話を入れたのは、この手術に際して()()()であった三人に対しての云わばご褒美であり、今日もやらかしてくれた者達へのちょっとした報復であった。

 

 

「う~ん、一応久しぶりに両目で見たけどなんか変な感じだったわねぇ……」

 

 

 ベッドに横になりなんとなく天井に向けて右手をかざし呟くラブであったが、その声はまだ視力が回復した事に実感が持てないように聞こえた。

 榴弾暴発事故から今日まで左右の目で違う世界を見ていたラブにとって、三年ぶりの通常の視界は逆に違和感を感じるようであった。

 

 

「あ…でも愛は本当に可愛く見えたかな……」

 

 

 言ってから数秒、急に気恥ずかしくなったのかスイッチを入れたように頬をぽっと赤らめたラブは、絶対安静を言い渡されている為に迂闊に身悶える事が出来ず、起用に爪先だけパタパタさせて恥ずかしがっていた。

 

 

「ヤバい……考えないようにしてたのに私はアホかぁ~」

 

 

 入院中悶々としない為にも敢えて意識せぬよう自分でも触れずに来たのだが、あれこれ考えているうちに新年早々あっさりと自爆してしまうラブであった。

 

 

「…ちょっと退院してからが怖いわ……」

 

 

 内なるケダモノを自覚しつつ、ラブは火照る頬を押さえている。

 とにもかくにも視力を取り戻したラブは、同時に戦う為の武器も一つ取り戻した事になる。

 新しい年を向かえたラブ達には、全国大会出場のワイルドカードを賭けて新設校のみで戦う総当たり戦が待ち構えている。

 確かに一つの力は取り戻したが、まだまだ彼女にはやるべき事が山積していた。

 そう、手術前自分で言っていた通り、今の彼女にはいくら時間があっても足りないのだ。

 

 

 




恋愛戦車道に登場する以上、やはり亜梨亜さんもポンコツでしたねw
でもこのお話はある意味ここからが本番なんだよなぁww

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