今回そういう要素は一切ありませんのであしからずw
『上…左……かな?ん~下……ダメ、解かんない』
大型の双眼鏡を覗き込むようにラブが最新の検査機器で視力の検査を受けている。
元日に術後初めて右目でものを見て以降、彼女は毎日少しづつ右目を使う時間を増やしていたが、5日目の今日からは主治医のルシアの判断により屋内であればほぼ一日中保護なしで過ごす事になっており、その準備段階として朝から各種検査を受けている処であった。
手術を受けた事で確かに彼女の右目は光を取り戻しはしたが、実際にどの程度視力が回復したかの検査は今日が始めてであり、同席している亜梨亜の表情はやはり緊張の為に硬さが見られた。
そしてその亜梨亜の隣に当然のように同席する愛に至っては、まるでこけしか地蔵のように立ち竦み呼吸すらしていないように見えた。
「…?愛さん……?愛さん!息!息してっ!」
どうやら緊張のあまり愛は呼吸まで止まっていたようだった。
「何やってんのよ……」
背後から聞こえた亜梨亜の慌てた声とその亜梨亜に促されて深呼吸する愛の荒い息に、ラブは振り向く事なく器用に背中のみで呆れてみせる。
『Okいいわ、これで全て終わりよ。お疲れ様、もう楽にしていいわよ』
全ての検査を終えカルテに何やら書き込んでいたラブの主治医であるルシアは、満足げに頷きながら彼女に微笑んで見せた。
『それでルシア先生、恋の目の状態は如何でしょう?』
ルシアがカルテへの書き込みを終えた処で、愛を深呼吸させていた亜梨亜はそれを待っていたように前置きなど一切なしに話の核心へと切り込んでいた。
『取り敢えずこちらにお掛け下さい、コーヒーを淹れましょう話はそれから…あ、恋はまだコーヒーは駄目よ、まぁ念の為にカフェインは控えてもらうわ……』
コーヒーと聞いて目を輝かせたラブはルシアにしっかりと釘を刺され、久しぶりにコーヒーにありつけるかと期待した彼女はぷうっと可愛く頬を膨らませていた。
『ごめんね恋、もう一日二日カフェインは我慢して頂戴ね』
自身は湯気を立てるカップからコーヒーを啜りつつ、顔だけは一応申し訳なさそうなルシアがそう言ったが、ただ一人ホットミルクを与えられたラブの顔は不満そうなままだ。
「あ~い~?」
ラブと亜梨亜の間に座りコーヒーの注がれたカップを手にしていた愛は、恨めしげな声を上げるラブから露骨に目を逸らしていた。
『さて、皆さんも落ち着かれたようなので検査結果をお伝えしたいと思います』
デスクにカップを置いたルシアは検査結果を記入したカルテを手に取ると、並んで座る三人の顔を見渡しその表情が落ち着いている事を確認した。
『あまり細かい事を言っても解かり難いと思うので、掻い摘んで説明させて頂きます。まず彼女の右目ですが、物の形状と動体に対する認識力と明暗と色彩に関する認識力、そして視野も無事に回復したと言っていいでしょう』
このルシアの報告に亜梨亜と愛は大きく胸を撫で下ろし、ラブは当然といった風にドヤ顔で腕を組み偉そうにふんぞり返って見せるのだった。
しかしここで一呼吸置いたルシアに向けて、愛が最も重要な質問を投げ掛けた。
『それでルシア先生…恋の……恋の視力はいくつ位なのでしょう?』
彼女もここ数日、短時間とはいえラブと接した事で彼女の右目が視力を取り戻したとはいっても、その数値が決して高いものではないであろう事は察しが付いていたようだ。
『先程の測定で出た恋の右目の視力は0.05ね……』
「0.05……」
例え予想が付いていたとしてもそのあまりに低い数値に、それを口にした愛は絶句していた。
『凄いわルシア先生、私そこまで回復するなんて思っても見なかったわ♪』
だが絶句する愛を他所に、ラブは歓喜の声を以て改めてルシアに感謝の念を示している。
『えぇ、全ての面で私の予想した数値を上回っているわ。うん、大成功と言っていい結果よ』
「大成功……」
成功を喜ぶラブとルシアの二人とは対照的に、自分の想像とは大きくかけ離れた結果に愛は独り日本語で呟いていた。
『先生、そうしますと眼鏡かコンタクトレンズを使う事になりますよね?』
『はい、そうなります…ただ恋の場合手術によって大きく改善したとは云え、目の状況を考慮すると、コンタクトレンズの使用はお勧め出来ません……ですが今はレンズもかなり薄く作る事が出来ますし軽量なフレームも多いので、例え眼鏡着用であっても戦車道の試合への影響は最小限に出来ると思います』
それは亜梨亜が質問した事であったが、最も気にしているのはやはりラブであり、ルシアも彼女が一番気になるであろう事をストレートに答えるのだった。
『眼鏡かぁ…私が眼鏡ねぇ……』
腕組みをして首を捻るラブはどうやら自分の眼鏡姿を想像しているらしいが、どうにも自分では今ひとつピンと来ていないようである。
「恋が眼鏡……」
その一方で彼女の隣に座っていた愛はポツリと呟いたが、その数秒後にポっと頬を赤らめた。
「な、何よ愛…何想像したのよ……?」
「…べつに……」
その呟きを耳にしたラブが彼女の方を見た瞬間ちょうど愛の頬が赤くなり、大体理由は察しが付いていたがそれでも突っ込まずにはいられなかった。
『それで先生、眼鏡はもう作った方が宜しいでしょうか?』
『えぇ、それは構いませんがまだ直ぐに外出許可は出せませんよ?』
『それは大丈夫です、グループ傘下に眼鏡のブランドもありますので、ここに出向して貰います』
亜梨亜の言った事が直ぐには飲み込めなかったルシアだが、どうやら入院中のラブの為に眼鏡店を丸々出張させるらしい事に気付いた彼女は言葉をを失いポカンとしていた。
『…でもまぁ相手は世界の厳島だしこの程度は大した事じゃないか……』
しかしよくよく考えてみれば、自らが勤務する星条旗記念病院自体が厳島の傘下といっても過言ではない程の資金援助を受けており、その規模から考えれば入院中の娘の為に眼鏡店を出張させる程度の事は確かに大した事ではないのだろう。
だが心中そんな事を呟いたルシアもまた厳島と付き合ううちに、一般的な感覚がある意味鈍っているというか毒されている事には気付いていなかった。
『それではその際には私が立ち会いましょう、その方が色々とアドバイスも出来るでしょうから』
『では早速手配させて頂きます、ちょっと失礼……』
ルシアの申し出を受けて亜梨亜は携帯と手帳を手に席を外し数分後には戻って来たが、驚くべき事に翌日には眼鏡店がラブの病室に出張して来るよう手配を終えていた。
「は?明日ぁ?またそんな無茶振りしていいのぉ?大体まだお店ってお休みじゃないの?」
「何を言っているのですか、もうとっくに営業しています。学生の冬休みではないのですからね」
「なんかお金にモノを言わせ過ぎてヤダな~」
「何を今更……それに後々の日程を考えると時間がないのでしょう?それこそ贅沢を言っている余裕などありませんよ?」
「なんだかなぁ…まぁ現実問題今までとはまた違う左右の目の差も結構疲れそうだから早めになんとか出来るのは私もありがたいけどさ……」
亜梨亜の手配で翌日にはラブの眼鏡を作る事も決まった処で、最後はお茶会のようになった彼女の視力の検査も終了した。
『では恋、就寝前に保護処置をする時まではそのまま過ごしてみてね。だけどテレビを見たりとかはまだ控えて欲しいの、それ以外は普通にして貰って大丈夫よ』
『解かったわ、この後はちょっと曲作りしたり冬休みの課題をやりたいけどそれはいいかしら?』
『えぇ、それなら大丈夫よ。でももし違和感を感じたりしたら直ぐにナースコールをするのよ』
『はい、ルシア先生……』
ここまで来て何か起こるとはラブも思いたくはないが、何事にも絶対という事はないので最後は彼女の返事も少し慎重なものになっていた。
「やっぱりラブ姉の瞳の色って綺麗よねぇ……♡」
病室の隣の談話室でラブが検査から戻るのを待っていたAP-Girlsのメンバー達のここ数日の楽しみはといえば、右目を保護していたガーゼを外し露になったラブの美しい両の瞳を愛でる事であった。
「な、なによ凜々子…アンタそれキャラが違うでしょ……」
検査から戻ったラブが腰を下ろしたソファーの傍らに跪き、彼女の膝を枕にしながら頭上に輝くエメラルドの瞳をうっとりと見つめる凜々子は日頃容赦なく毒舌を浴びせる彼女らしさが欠片も見えず、ついにはラブの膝に人差し指でのの字を書き始めた辺りで引き攣った声を上げたのだった。
「ねぇお願いよ夏妃…怖いからやめて……」
だがラブがそれ以上に恐怖したのは、凜々子の対面で彼女と同様に振舞う夏妃であった。
その口の悪さと裏腹なあのまほすら虜にする可愛らしさは、チーム最強のギャップ女王といわれる所以であり、それをよく知っている身としてはそんな夏妃に蕩けた表情で膝にのの字を書かれるなどというのは恐怖以外の何ものでもなかった。
「あぁ?まぁいいじゃねぇか♡」
しかしそんな夏妃だが、言葉遣いまではそう簡単には変わらぬようだ。
『眼鏡?ラブ姉が眼鏡……♡』
ここ数日の恒例行事がひと段落すると、これも恒例である冬休みの課題のテキストを開き始めたが、その合間に愛が明日ラブの眼鏡を作る話をすると少女達は一斉に妄想に花を咲かせ始めた。
「…だから人の事妄想してエロい目で見るな……」
毎度の事ながら好き勝手に盛り上がる少女達がラブの言う事など聞くはずもなく、翌日は眼鏡選びにもメンバー全員で同席する事を勝手に決めていた。
そして翌日ラブが朝食を終え就寝中は貼られていた保護ガーゼを剥がす頃には、AP-Girlsのメンバー全員が前日と同様病室に集結していた。
「ホントに全員来てるし…ねぇ、アンタ達他にやる事ないの?ってか少しは休みなさいよ……」
ラブの入院以降毎日欠かさず通い詰める少女達にラブも少々お小言めいた事を言うが、やはり彼女の事が心配で日参しているだけにあまり強い事も言えなかった。
「恋、準備はいいかしら?」
「亜梨亜ママ♪えぇ、私はいつでもいいわ」
病室を訪れた亜梨亜の背後には複数の人の気配があり、どうやらグループ傘下の眼鏡店から出張して来た従業員達が待機しているようであった。
ラブの返事を確認した亜梨亜に促された眼鏡店の従業員達が、談話室に各種機材や眼鏡が収められたアタッシュケースを大量に運び込み始めた。
「なんか結構凄い事になってるわ……」
準備中の談話室の偵察に行った鈴鹿は病室に戻るなり呆れ顔で肩を竦めて見せ、それを聞き付けた好奇心旺盛なAP-Girlsの少女達は代わる代わる談話室の様子を見に行くのであった。
「おいおい、眼鏡屋がそのまま一軒引っ越して来たみてぇじゃねぇか」
「確かにあれより小さなお店もざらにあるわね……」
ああでもないこうでもないと少女達が騒ぐうちに準備が整ったようで、ビジネススーツを着こなした出来るお姉さんな雰囲気の店長らしい人物が落ち着いた笑顔で迎えに来た。
「こりゃ子の子達が騒ぐだけの事はあるわ……」
ズラリと並べられた眼鏡の数と種類は街中のそれなりの規模の店舗に引けを取らぬものがあり、さすがのラブも目を丸くして驚いている。
『ハァ~これはびっくりね~、やっぱ厳島ってハンパないわ~』
『ルシア先生……』
自身も鏡を見ながら手近にあったフレームを試すルシアに気の抜けた声で言われ、反論したいが目の前の現実がその余地を与えてくれなかった。
「さあ恋、こちらにいらっしゃい」
「うぅ……」
手招きする亜梨亜は何を言われても動じた様子はなく、その辺がまだお姫様のラブと厳島のを束ねる女王の差かもしれない。
「日常に使う物と戦車道で使う物、それにステージ用も必要ね…後必要なのは……」
「え?ちょっと待ってよ亜梨亜ママ、そんなに何本もいらないわよ……」
指折り数えて確認するように言う亜梨亜だが、使う本人はそこまで考えていなかったらしく母が何本も作るつもりでいる事に驚いている。
「何言ってるんです?絶対に必要になりますよ。さ、まずはこれを掛けてみなさい」
「亜梨亜ママ……」
そう言いながらも淡いピンク色が可愛いハーフリムのフレームを差し出す亜梨亜に対し、ラブは返答に詰まったがそれを合図にAP-Girlsが並べられた眼鏡のフレームに群がっては、ああでもないこうでもないと言いながら一斉に物色を始めていた。
「ちょ、ちょっとアンタ達……」
困惑するラブを置き去りに少女達は次々フレームを見繕って彼女の下へ持ち寄り、とっかえひっかえそれを掛けさせては好き勝手に評価を下す事を繰り返していた。
「こういうロリな路線はどうかしら?」
「すっごく危なく見えるわ~」
「このちょっと吊り上ったデザインとか」
「絶対後ろ手で鍵閉めて閉じ込められていかがわしい事されそうだわ~」
「このちょっと清楚なお嬢様っぽいのとか?」
「それだと逆に自分から誘ってエロい事期待してそうに見えるわね~」
「アンタ達いい加減にしなさいよね…人の事おもちゃにするんじゃないわよ……」
AP-Girlsは全員揃って完全にラブを着せ替え人形にして楽しんでおり、いい加減堪り兼ねたラブは彼女達の事を怒鳴り付けたかったが、また大声など出したりすれば亜梨亜に怒られるのが目に見えていたので、静かに搾り出すような声で不満を口にしていた。
しかしそんな彼女に対して一番のハイペースで次々フレームを試させているのは愛であり、放っておけば並べられた全てを試着させそうな勢いであった。
「愛……」
ラブが不満を口にした処でその勢いは衰える事がなく、彼女はガックリと肩を落とすのであった。
「ラブ姉、コレは?ねぇコレはどう?」
ノロノロと顔を上げたラブの目の前に凜々子が嬉々とした表情突き出しているのは、何故そんな物まで用意されているのか謎な、何処かのノーコンポンコツ砲手が掛けているのと同じタイプの片眼鏡であった。
「…それだけは勘弁して下さい……」
更に肩を落としたラブは、力なくそう言うのがやっとであった。
「でもラブ姉って小顔だし顔立ち自体が派手だから何掛けても似合うわよねぇ♡」
『ね~♪』
「アンタ達……」
鈴鹿までもが頬を上気させうっとりしながらそんな事を言えば他の者達もそれに同調し、ラブにはもうそれに突っ込みを入れる気力も残っておらず、そんな彼女の傍らでは愛が次のフレームを手に獲物を狙う猫のように目を輝かせて待ち構えていた。
『うふふ♪楽しそうね』
『先生ぇ……』
AP-Girlsの大攻勢に閉口するラブの前に、ルシアが今度はエロいお姉さんっぽく見えるフレームを試しながら実に楽しげな表情でやって来た。
『確かに恋の顔立ちならどれも似合うけどちょっと待ってくれる?』
楽しそうに笑っていたルシアだが試着していた眼鏡を台の上に置くと、医師の顔に戻りラブの為に彼女に合った眼鏡選びのアドバイスを始めるのだった。
『恋、あなたの場合補正が必要になるのは右目だけになる訳だけど、使い勝手を考えるとやはり普通の眼鏡が一番ね。今は軽量なフレームが多いから日常使いにはそれをお勧めするわ、一番掛けている時間が長くなるはずだから軽い方が断然楽よ』
話す片手間にルシアはAP-Girlsがチョイスして並べたフレームの中からレンズに枠のないリムレスのフレームを数点選び出してラブの前に並べていった。
『確かにそのデザインの物は、どれも軽くて長時間掛けていても楽そうだったわね……』
並べられた中から試着した中でも特にその軽さが印象に残っていたプラスチックフレーム手に取ると、改めてそれを掛けて鏡を覗き込んでいた。
『うん、ソレが一番のお勧めね♪レンズもプラスチックレンズを使えば本当に軽く出来るし、フレーム自体柔軟性が高いから耳の上に当たって痛い思いをする事も少ないはずよ』
ラブが鏡から視線を戻すと、ルシアの傍に来ていた店長も営業スマイルで頷いていた。
「そのお品でしたらフレームカラーも豊富でレンズの形も自由に選べますし、当店でも非常に人気の高いシリーズですよ」
「そうなんだ……」
外した眼鏡を念入りに観察していたラブは、もう一度掛けて鏡に映った自分を観察している。
「うん…悪くないかも……みんなはどう思う?」
自分でも気に入ったらしいラブがその様子を観察していたAP-Girlsに顔を向けて微笑んで見せると、全員揃って同時に頬を赤く染め萌えた表情でモジモジとし始めた。
「だからそのリアクションはナニよ……?」
内股で萌えている少女達に、ラブの表情は死んだものに一変していた。
「それでは一本目はこちらで決まりで宜しいですね?そうそう、レンズにUVカットと反射防止のコーティングを施すとお嬢様の目には一層優しいかと思います。それとレンズの縁…断面の部分ですがそちらの見本品ですと磨き上げた仕様になっていますが、こちらの通常の磨き上げないものと選ぶことが出来ますがどちらが宜しいですか?」
「あ……私はこっちの方がキラキラしなくていい感じがするわ」
「通常仕上げですね…レンズのカットはどのデザインがお好みでしょう?」
「好みって云うかこの角型とか吊り上ったのだと、私の場合余計性格きつそうに見えるわ……」
ともすると冷たい印象を与える程のクールな美貌の持ち主であるラブは、逆にその辺がコンプレックスなのかその印象をより強めるデザインは避けたいようであった。
「
店長はテキパキとカルテに何やら書き込みながらも、ラブの好みに合った見本を選んでは彼女の前に並べて行く。
「後はフレームカラーですが──」
「それはもう決まってるの、断然この色がいいわ♪」
ラブが選んだ色は落ち着きのあるブラウンのクリアプラスチックのフレームで、彼女が掛けると確かに派手目の美人である雰囲気が随分と柔らかな印象になりとても似合っていた。
「愛!ちょっと落ち着きなさいっ!」
「どうどうどう!」
ラブが自分でコレと決めたフレームを掛けて見せるとその背後が俄かに騒がしくなったが、それはどうやらラブの眼鏡姿に萌えた愛が一気に臨界点に達し、我を忘れて吶喊しようとしているのを皆が力ずくで押さえ込んでいる為であった。
「愛!オメぇキャラが変わり過ぎだ!」
いつもながらの言葉遣いの悪さで夏妃が愛を羽交い絞めにするが、鼻息の荒い愛はさしずめ暴走機関車かリミッターを外しちゃいますわよのクルセイダーのようだった。
そして愛が落ち着いた後、ラブは更に試合中に使用するスポーツゴーグルタイプのサングラスに眼鏡レンズを装着するものや、ステージ用に少し派手目なデザインのフレームなどを選び出した。
『そういえばルシア先生、これから先の季節日常もサングラスを使わせた方が宜しいでしょうか?』
基本的な物を選び終わった処で、亜梨亜は主治医であるルシアに極母親らしい質問をする。
そこには折角見えるようになったラブの目を何としてでも守ろうとする強い母の想いが垣間見え、ルシアもそれに応えるべく丁寧に質問に応じていた。
『そうですね、安定すればあまり過剰にしなくても大丈夫ですが、用意しておいても損はないと思います。但し過度に色を濃くし過ぎたりしない方がいいでしょう』
『それでしたら問題御座いません、こちらの方にこの通りカラーサンプルもご用意してありますわ』
『まぁ♪抜かりなしですわね』
使う当事者そっちのけで交わされる亜梨亜とルシアと店長の大人三人による言葉のキャッチボールに、それを
「恋お嬢様、通常のサングラス以外にも、このような紫外線の量に対応して濃度が変化する調光レンズという物も御座いますが如何でしょう?」
「ちょうこうれんず……」
どんどん増える選択肢と眼鏡の本数に、頭が付いて行かないラブの声が平べったくなっている。
「構いません、それも作りましょう。恋の目を保護する為に必要な物は全て用意して下さい」
「畏まりました、お任せ下さい代表」
「……」
胸に手を当て厳島の女帝亜梨亜に深々と一礼する店長の姿に、久しぶりにじぶん
「それでは恋お嬢様のレンズ選びを始めましょう」
店長は検眼用の機器を用意しながら意味ありげな笑みをルシアに向ける。
『キンバー先生も宜しくお願いしますね』
『えぇ、早速始めましょう』
再び営業スマイルを浮かべた店長が検眼用の眼鏡片手にラブを手招きする。
何を言っても無駄だと悟ったラブは、もう
『ん~まだちょっとぼんやりするわ……』
『それならこちらはどうかしら?』
店長はラブの掛ける検眼用眼鏡から一枚のレンズを抜き取り別のレンズに入れ替える。
『あまり変わらない…かな……』
『そうですか…ではこれはどうでしょう……?』
ラブは先程からレンズ一枚で微妙に見え方が変わる不思議な感覚を味わっていた。
『あ…これは良く見える……見えるんだけど何ていうか目にグリグリ来るわ~』
『恋、圧迫感を感じるのね?その辺が限界って事よ、あまり度が強過ぎると却って目に良くないし眼精疲労の元になるから気を付けて』
『うん…良く見えてもこれは無理…ツライわ……』
それから暫くの間ラブはルシアと店長のアドバイスを受けながら最適なレンズの模索を続け、どうにかこれという妥協点を見出す事が出来た。
『これね……うん、これが一番いいわ♪』
検眼用眼鏡を掛けた
「そっか…これが普通なんだよね……でも普通なのになんか変な感じ……」
三年ぶりに見る普通の世界は彼女にとって新鮮であると同時に、その広い視野はまだどこか違和感を感じるものであった。
「そうだ……愛、こっちに来て♪」
「…うん……」
両目が良く見えている事を漸く自覚したラブは、一番良く見たい存在を思い出しその名を呼んだ。
「うは~♪
「……」
「な、なによ……?」
萌え萌えなラブに対し、愛は正面から見据えられた瞬間無言で彼女から目を逸らした。
「…その時代劇みたいな眼鏡じゃ私も無理……」
確かに今ラブが掛けている検眼用の眼鏡の黒くて丸いフレームは、時代劇などでたまに目にする紐で留める物に酷似しており、良く見れば顔を背けた愛はその小さな肩を小刻みに震わせている。
「ぐ……」
「恋お嬢様、宜しければこれ位にしておきましょう。今日は大分右目がお疲れなはずですから」
「え?あぁそうね、確かにちょっと疲れたわ」
そんなやり取りに動じる事なく大人の対応をする店長に言われて気が付いたが、確かに右目には微妙に疲労感があり、店長はそんなラブの顔からそっと検眼用眼鏡を外してやるのだった。
「恋お嬢様、大変お疲れ様でした。それではこれでレンズをお作りして宜しいですね?」
「えぇ、お願いします…それにしてもこの数は……」
結局ラブの目の前には通常の物と調光レンズを始め度入りのサングラスやステージ用、更に最も重要とも云える戦車道の試合用スポーツゴーグル数点を含め計8本の眼鏡が並んでいた。
「ねぇ、さすがにちょっと多過ぎない?」
「何を言っているのですか、全て必要な物ですよ?これでもまだ最小限……いけない!夜会などに出てもらう時の物も必要ね……」
亜梨亜の言葉に即座に店長が動き出し、数本のフレームを見繕いラブの前に並べ始めた。
「亜梨亜様!シミュレーター訓練用にブルーライトカットレンズも必要です!」
「凜々子……」
突如小学生のように元気に手を上げた凜々子が進言すると、亜梨亜も当然のといった顔で頷き更にもう一本増える事になり、ラブが凜々子を軽く睨んだが彼女は何処吹く風で平然としていた。
「そうですね、ブルーライトカットレンズはあなた達にも必要ね……丁度良い機会です、あなた達も好きな物を選んで一緒にオーダーなさい」
「ヤタっ♪ありがとうございます亜梨亜様!」
「凜々子…アンタ最初からそれが狙いで……」
ラブが白い目を向けるのも構わず凜々子は亜梨亜に向けてビシっと敬礼すると、すかさず反転して並べられた眼鏡のフレームに突撃して行った。
「コイツら……」
あっという間に並べられたフレームに群がり物色を始める少女達に、完全に呆れてしまったラブはそれ以上の言葉が続かない。
『ルシア先生も必要でしょう、この際ですからご一緒に如何ですか?』
『あら?宜しいんですの?』
亜梨亜の申し出にそう返しながらも、既に彼女の目もキラキラしていた。
何しろ今日用意されている眼鏡フレームは厳島のブランドの物の中でも上位モデルが揃っており、パソコン作業のみに使うにしてはかなり贅沢な物と云えるのだ。
『えぇ、この程度の事は恋の目の為にご尽力頂いた事からすればお礼にもなりません』
『ドクターのご帰国までに仕上げますのでどうかご安心を』
『そうですか?なら遠慮なく♪』
亜梨亜に問われる前に店長が先を読んだように答えると、ルシアも好意に甘える事に決め既に賑やかにフレーム選びに熱中するAP-Girlsの間に突入して行った。
「アタイはやっぱコレがいいな♪」
「あーっ!夏妃!ソレ私が狙ってたの知ってるクセにっ!」
「ケっ!こういうのは早いモン勝ちに決まってんだろうが!」
毎度お馴染みの夫婦漫才を始め賑やかな事この上ないその光景は、ここが病院の中だとはおよそ思えないものであった。
「亜梨亜ママ…いくらなんでも甘やかし過ぎでしょ……」
「何ですかその言い方は?あの子達は手術前からずっとあなたの事を心配していたのですよ?これ位の事をしてあげても罰は当たらないでしょう」
「う゛……」
痛い所を突かれたラブはそれで何も言い返せなくなり、疲れた顔でただ騒ぎを見るだけだった。
その後結局は全員がブルーライトカットの眼鏡の他にラブと同じシリーズのスポーツゴーグルも選んでおり、亜梨亜もそれに関して何も云わずいつも通りの太っ腹な処を見せていた。
「なんだかなぁ…ん……?ねぇ愛、今あなたが戻したフレームちょっと見せてくれる?」
「これ……?」
愛がたった今台に戻したばかりのフレームを再び手に取って見せると、身を乗り出したラブが手を伸ばしており愛は彼女の下へとそのフレームを片手にやって来た。
「鏡見る……?」
「ええお願い」
愛が鏡を掲げそれをラブが覗き込んでいると、自然と注目が彼女に集まり始めた。
「ラブ姉…それは……?」
「それってアレか?」
「あぁ、似たデザインね」
「うん、あんこうのさおりんが掛けてた眼鏡にちょっと似てるでしょ?」
ラブが愛に持って来させたそのフレームは、大洗の沙織が料理の時などに掛けている赤いアンダーリムフレームと似たタイプのデザインの物であった。
みほの窮地に駆け付けられなかった事に今も想う処のあるラブにとって、そのみほを支えるあんこうのメンバー達は彼女にとっても特別な存在といえた。
「今度会う時にこれ掛けて行ったらさおりんどんな顔するかな~?」
結局これでラブの眼鏡は総計10本となったが、地味に暴走している亜梨亜を放っておけばまだまだ増えそうな勢いで、そこはどうにか娘であるラブが最後にブレーキを踏んでいた。
視力回復手術の成功に続き眼鏡作りを済ませたラブは、これでいよいよ自身の戦う準備を整えた事になり、駆け足でこれまでの遅れを取り戻しつつあった。
「私の方はこれでいいわね…残る問題はアッチだけど直ぐには無理だから新設校の総当たり戦には間に合わないか……何より運び出す前に私一人で大掃除してからじゃないとね…さすがにアレは他の人には見せられないわ……」
眼鏡選びを終えたその日の夜、自分一人となった病室のベッドの上で就寝までのひと時をラブはキーボードで曲作りに費やしていた。
しかしキーボードの鍵盤の上で躍らせていた指の動きをふと止めたラブは、ぼんやりと天井を見上げ何やら意味不明な事を呟き始めた。
そしてキーボードを傍らに置きゆっくりと後ろに倒れ込み枕に頭を預けると、今は就寝中のトラブル防止の為再び保護されている右目をガーゼの上からそっとひと撫でする。
「ま、あの子らをあれだけ鍛えておけば、総当たり戦に関しては有言実行も問題なしかな……?」
有言実行、それは熊本の西住家に集ったあの日、地区予選ではなく新設校リーグに回された事に対する不満の表れであった完勝宣言を指しているらしい。
気の抜けた呟きではあるが唯一露になっている左目は、不敵で鋭く強い光を放っていた。
漸く新設校同士の戦いも視野に入って来ましたが、
まだその前にいくつかイベントがあってそれを纏めるのが大変です。
特に面倒な存在なのがダー様ですw
彼女が絡むと途端に事態が面倒になるのは何故ww