ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

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お気に入り件数も評価も凄い事になって来て驚きが止りません。


第十四話   Love Gun

 泣いている……。

 

 

 Love Gunが泣いている。

 

 

 荒れ地の只中で主の帰りを待ち、たった独りLove Gunが泣いている。

 

 

 

 

 通勤ラッシュの渋滞が始まるより少し早い時間。

 私は英子さんの操るチンクエチェントに乗り臨海中学の地上演習場に向かっていた。

 カーステレオからは地元神奈川のFM局のジングルの後にトラフィックレポートとウェザーニュースが聴こえて来る。

 幸い今日も天気は良いようで、夏も近く大分気温も高くなるようだ。

 演習場に向かう道すがらチラリとラブが入院している病院が見えた。

 ラブはまだ意識が戻らないのだろうか…?

 少し気持ちが沈みかけた頃、車は演習場に辿り着いた。

 英子さんは入り口を封鎖している制服警官と二言三言話した後再び車を走らせる。

 

 

「解ってるとは思うけど少し揺れるから気を付けてね」

 

「はい、大丈夫です」

 

 

 未舗装の荒れた道をチンクエチェントはゆっくりと進む。

 よく見れば周辺には履帯が刻み付けた跡が其処此処に見える。

 私もこの演習場で合同演習を何度となくやった事がある。

 私が刻み付けた跡もまだ残っているのだろうか?

 そんな思いに耽りながら揺られる事数分、チンクエチェントは射撃演習場に到着した。

 そしてそこにLove Gunは居た、たった独り主の帰りを待ち侘びる様に。

 Love Gun…パンターG型戦車。主砲前面防循が原因の跳弾による車体上面への被弾、そのショットトラップ対策を施してありしかも赤外線暗視装置を搭載した後期型の中でも数少ない個体にしてラブの愛馬。

 そのLove Gunが泣いている……。

 

 

「申し訳ないけど中までは見せられないの、ここで勘弁してね」

 

「はい、充分です。私こそ我儘を聞いて頂いて申し訳ありません」

 

「寂しそうに見えるわね……」

 

「英子さんにもそう見えますか…ラブとLove Gunは一心同体ですから」

 

「そうね、試合で見る動きは人馬一体…いえ人車一体ですものね」

 

 

 二人で見上げたLove Gunの砲塔側面に描かれた白縁取りに深紅のハートマーク、その中心を貫くキューピットの矢ならぬ徹甲弾。そしてハート下部に掛かる緑の弧を描くリボンバナー、そこには黒文字でパーソナルネームのLove Gunの文字。

 このパーソナルマークこそLove Gunの象徴だ。

 

 

「素敵なパーソナルマークよね」

 

「これ、ラブが一年の時にその年の新人賞ヤング・タイガー賞を受賞した時、私達仲間みんなで考えて贈ったものなんです」

 

「そうだったの、あなた達は本当に仲がいいのね」

 

「はい、ラブもとても喜んでくれて直ぐにこうしてLove Gunに描き込んでました」

 

 

 英子さんが無言で私の肩をそっと抱き寄せてくれる。

 今はそのさり気ない気遣いが嬉しい。

 

 

「千代美ちゃんゴメンねそろそろ時間なの、私も一度署の方に行って現場検証の準備をしないといけないから」

 

「ええ、大丈夫です、本当に有難う御座いました」

 

「それじゃあ行きましょうか」

 

「分かりました、でも少し歩きたいので演習場を出たら降ろしてもらえますか?」

 

「いいけれど大丈夫?」

 

「何度か横須賀には来ているので道も大体分かります。少し中央を歩いてから今夜の買い物をして帰ろうかと思います。処で亜美さんって好き嫌いってありますか?」

 

「アイツにはお茶漬けでも食わしとけばいいのよ!」

 

「またそんな事を…」

 

 

 私は呆れながらも英子さんと亜美さんも仲がいいのだろうとなと思った。

 

 

 

 

 通勤ラッシュも落ち着いたとはいえまだ時間も早く、横須賀中央駅周辺のお店も殆どが開店前で、開いているのはコンビニやファーストフードやパン屋さん位だ。

 私はメインストリートをゆっくり歩いて通り抜け、横須賀中央駅の駅ビル併設のコーヒーショップに入り通りに面したテラス席に腰を落ち着けた。

 見下ろせば英子さんと初めて会った改札口前の小さな広場が見える。

 あれから四日、まだたったの四日しか経っていないのだ。

 しかし四日経ってもまだラブの意識は回復していない、まだなのかもうなのか?その四日という時間の流れの進み方に自分は困惑する。

 一度は病院に来た皆も今は自分の時間に戻っているだろう、それが望むと望まざるに拘わらずであったとしてもだ。

 そしてそれは私にも当て嵌まる事…そう、私も何時までもこうしてここに留まる事は出来ない、中学最後の夏はもう目前に来ているのだから。

 

 

「ヨシ!」

 

 

 残っていたモカのフラペチーノを飲み干すとテラス席を後にする。

 そしてメインストリートにある開店したばかりの少し大きな文具店に入りメッセージカードを買い求め、昨日行ったあのスーパー目指して再び歩き始めた。

 今夜は英子さんと亜美さんと一緒に夕食だ、精一杯腕を振るおう。

 そして明日私も自分の生活に戻る事を、成すべき事を成すと伝えなければならない。

 

 

 

 

「やっぱりあのスーパーは凄いぞ!」

 

 

 昨日に引き続き買い物に行ったスーパーでは大戦果だった。

 やはり横須賀は海産物が良いモノが多い。

 これだけ揃えば俄然モチベーションも上がって来る。

 マンションに戻ると取り敢えず買った物を冷蔵庫に入れ、リビングのテーブルに文具店で買って来たメッセージカードを広げる。

 明日、横須賀を離れる前にやらなければならない事がある。

 例え面会は叶わなくともせめて一言でいい、ラブに私の…いや、私達の気持ちをメッセージカードに残して行こう。

 ラブが意識を取り戻した時、例え私達がその場に居なくとも気持ちが伝わる様に。

 

 

『ラブとLove Gunが帰る日を私達は待っています、いつまでも』

 

 

 そう、今はこれでいい、この一文に偽りの無い想いを託せば。

 私達はその日が来るのを信じて待つのだ。

 書き上げたカードをバッグに忍ばせたら今夜の支度を始めよう。

 

 

「ヨ~シ!やるぞ~!」

 

 

 拳を突き上げ気合を入れて下拵えに取り掛かる。

 今夜は英子さんと亜美さんに料理で私の感謝の気持ちを伝えよう。

 そんな思いを胸に私は黙々と手を動かしたのだった。

 そして日も傾き昨日より大分早い時間に英子さんは亜美さんと一緒に帰って来た。

 

 

「千代美さん御馳走になりに来たわよ~♪」

 

「こら亜美!家主より先に部屋に入るんじゃない!」

 

「お帰りなさい英子さん、亜美さん」

 

「千代美ちゃんこんなヤツ適当に扱えばいいから!」

 

「ご挨拶ね英子、客人に向かって」

 

「誰が客人ですって?ホント厚かましい!」

 

「うふふ、もう仕上げるだけですからお二人とも座って待ってて下さい」

 

 

 騒ぐ二人にはリビングに座って貰い私は料理を仕上げ皿に盛り付けテーブルに並べる。

 

 

「えっ!?これを千代美さんが一人で?」

 

「だから千代美ちゃんは凄いって言ったでしょ」

 

「今日はイタリアンにしてみました、気に入って頂けるといいのですが」

 

 

 目を見開いて驚く亜美さんと腕を組んでウンウン頷いている英子さん。

 二人に私も一応作った物を説明する。

 

 

「まず地ダコはトマト煮にしました、イワシも鮮度が良かったのでカルパッチョに。そしてこっちは鶏胸肉のピカタです。パスタはシンプルにペペロンチーノ、トマトは英子さんに好評だったオリーブオイルとパルメザンのトマトサラダです」

 

「千代美さん本当に中学生なの!?私こんな事出来ないわ!」

 

「小さな時からお母さんに包丁握らせて貰いましたから」

 

「これを亜美に食べさせるのは勿体無いわ~」

 

「何ですって!?」

 

「さあ、冷めないうちにどうぞ」

 

『そうね、もう我慢できないわ!』

 

 

 綺麗にハモった二人に私は思わず笑ってしまった。

 そんな私に二人も顔を見合わせ笑い出す。

 そして三人の横須賀最後の晩餐は始まったのだった。




中学編もゴールが見えて来ました。

どうにか正月休み中に終われそうでです。

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