ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

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実質仕事量が倍近くになり、週二回の投稿が厳しくなってしまいました。
投稿ゼロにだけはならないよう努力はしているのですが……。

今回は新設校の隊長達が登場しますが一年生で隊長を務めるだけあり、
中々の逸材が揃っているようです。


第十六話   ラブ姉

「あれが厳島恋……」

 

「身長一体いくつあるの……?」

 

「それに…本当にでっかい……♡」

 

「そして隣にいるのが…え?あの子が御条愛(みじょうあい)?ほんと小っちゃい……」

 

「で、でもやっぱりでっかい……♡」

 

 

 日本戦車道連盟のヘリポートに降下した異形の機体から降り立った二人の美少女に、たまたまその場に居合わせた者達の視線が集中している。

 

 

「だけど私、オスプレイなんて実物は始めて見たわ……」

 

「私も……」

 

「お、同じく……」

 

 一部航空機マニアの間ではすっかりお馴染みになりつつある厳島のグループ専用機であり、特徴的なマリンブルーを纏ったBell Boeing V-22 Osprey Itsukushima Oneも、旧式な戦車には詳しい少女達には馴染みのない機体であり、ラブと愛共々好奇の目を向けられていた。

 

 

「それにしても本当に同じ高校生なのかしら?なんか色々自信を失うわね……」

 

「え…?だってあの人本当は三年生なんでしょ?確かあの西住まほと同い年で従姉妹同士だって私は聞いてるわよ……?」

 

「違う違う!従姉妹は聖グロのダージリン隊長で黒森峰の西住隊長は腹違いの妹さんよ!」

 

「えぇっ!そうなの!?私はサンダースのケイ隊長が従姉妹でアンツィオのドゥーチェ・アンチョビと生き別れの姉妹だって聞いてたよ!?」

 

「何それ?私プラウダのカチューシャ隊長が厳島さんのお姉さんだってどっかで聞いた気が……」

 

『それはさすがにおかしいでしょ!』

 

 

 この噂に関しては即異口同音に突っ込みが入ったが、どの噂も本人達が聞けばキレるか引っくり返りそうな話であり、もしこれが後輩達の耳に入れば腹筋が崩壊するのは間違いないだろう。

 

 

「でもなんで一年生なの?西住まほ世代と同い年なのは本当でしょ?」

 

「ちょっと!アンタ達榴弾暴発事故の事しらないの!?」

 

 

 どうやら同じ新設校の隊長同士ヘリポートで挨拶を交わしていたようだが、そこに現れたラブと愛に騒然となった少女達が話す内容は噂に尾ヒレが付いたもので色々とおかしな事になっていた。

 昨年秋の観閲式で遠目にその姿を目にしてはいたが、これ程間近でラブに会うのは初めての事である彼女達にとってはそれだけで一大イベントであり、相当に興奮しているのがよく解かった。

 だが彼女達はあまりにも明後日の方向にぶっ飛んだ噂話に熱中するあまり、話が筒抜けになる距離まで二人が近付いている事に気付いていなかった。

 

 

『全部聞こえてるんだけどなぁ……』

 

 

 突っ込むべきかどうか困った笑みを浮かべるラブの隣では、いつもと変わらぬ無表情な愛が器用に立ったままで腹筋運動をしていた。

 

 

「こんにちわ、あなた達も今日の説明会に参加するのよね?」

 

 

 無用な事を言って緊張されても対応し難いと判断したラブは、営業用スマイルを浮かべ勤めて自然に噂に熱中していた一団に声を掛けた。

 

 

「え!ウソっ!?」

 

「な、何これぇ……声聴いただけでキュンキュンするぅ♡」

 

「ら、らめぇ立ってられないわ……」

 

「いや~ん♪眼鏡ぇ!?素敵過ぎるぅ♡」

 

「えぇと…あのね……」

 

 

 声を掛けた事でその距離の近さに気付いた一同は、間近で見るラブの美貌と甘いハスキーボイスに一撃で骨抜きにされピンクに染まり内股になっていた。

 彼女にとっては昔からありがちな展開ではあるのだが、新たに眼鏡属性でパワーアップしてしまったエロさに中てられた少女達はすっかりグニャグニャで会話が成立せず、ラブは途方に暮れていたが、隣に佇む愛は無表情の仮面の下で彼女達の反応を優越感に浸りながら満足そうに見ていたのだ。

 何故ならば、彼女はそんな少女達が憧れの目で見つめるラブの寵愛を独占しているからであった。

 

 

「みんなこんな所にいたのね、もう間もなく説明会を始めますよ?」

 

「え?」

 

 

 聞き覚えのある声に振り向いてみれば、そこには高校戦車道界で多くの選手が憧れる教導教官にして話の解かるお姉さんである蝶野亜美の姿があった。

 

 

「あらあらあら♪まぁまぁまぁ!恋お嬢さんいつから眼鏡を?とっても似合ってるわ♡」

 

「あ、ありがとうございます…でも何で教官がここに……?」

 

 

 予想外な亜美の登場にさすがにラブも驚きポカンとしていると、ラブの眼鏡姿に萌えながらも彼女は仕事を忘れておらず質問に答えていた。

 

 

「何でって新設校リーグ戦も私が審判長ですもの」

 

「あ…そっか……」

 

 

 肝心な事を忘れていたラブが恥ずかしそうに笑うと亜美も釣られて笑っていたが、何を思い付いたのかポンと手を打ちラブの腕を取った。

 

 

「そうだ!恋お嬢さんちょっといいかしら?」

 

「え?あ、はい何でしょう?」

 

 

 まるでじゃれ合う同級生のように振舞う亜美にラブは戸惑うが、美女二人が絡むその場に居合わせた事情を知らぬ者達は降って湧いたご褒美のような光景にぽ~っとしていた。

 

 

「もっとくっ付いて……いいわよね?」

 

「あ…そういう事……ええどうぞ♪」

 

 

 自撮りモードで携帯を構えた彼女の意図を察したラブが亜美に合わせ身を屈めると、二人は頬を合わせレンズに向かってニッコリと微笑み亜美はその瞬間にシャッターを切った。

 

 

「さあ、全力で悔しがりなさい♪」

 

 

 撮ったばかりの画像を確認すると、亜美はそれを添付したメールを誰かに送信していた。

 

 

「あ~あ……」

 

 

 眉尻の下がった困り顔で笑うラブの前で、撃てば響くように亜美の携帯に返信が来たらしく着信音が鳴り響きそれを見た彼女が大笑いした。

 

 

「速っ!っと、どれどれ……ぶはははは!日本語になってないし♪」

 

 

 亜美がこんな悪戯を仕掛ける相手は一人しかおらず、そのターゲットである敷島英子は彼女とは高校以来の腐れ縁であり、つい最近焼けぼっくいに火が着いた間柄であった。

 そんな英子もラブとは因縁浅からぬ関係であり、送り付けられて来たラブの初眼鏡ツーショットにものの見事にブチ切れ意味を成さぬ言葉のメールを返信していたのだ。

 

 

「そうだ、その写真()()()()にも送っておいてくれますか?」

 

 

 亜美もまた即ラブの言わんとする事を理解したらしく、グループ一斉発信でラブの愉快なお仲間達に敢えてタイトルも本文もなしで写真のみを送っていた。

 

 

「教官、説明会中は携帯の電源を切っておかないといけませんよね?」

 

「え?ああそうね♪」

 

『うふふふふふふ♪』

 

 

 更なるラブの企みに乗った亜美は人の悪い笑みを浮かべると、ニンマリ笑うラブと共にワザとらしい仕草で携帯の電源を切り、ケダモノ達の情報収集の手段を断っていた。

 

 

「あ、あの!蝶野教官!教官と厳島さんとは一体どういったご関係なんでしょうか!?」

 

 

 気さく処ではない二人の様子に意に決した一人の少女が声を上げ、それで我に返った亜美は誤魔化すように笑いながら口元を右の掌で覆って見せた。

 

 

「あら?ごめんなさいね、ついいつもの調子でやっちゃったわ♪」

 

 

 益々話が見えなくなった少女がワケワカランといった顔をしたが、時計を確認した亜美が笑いながらもそこで話を止めるのだった。

 

 

「は~い、残念ながら今は時間切れよ。続きは説明会の後で……少し長い話になりますから」

 

 

 話の最後に亜美がラブに目を向けてみれば、彼女も了解の印に一つ頷いていた。

 

 

「はぁ……」

 

 

 しかし質問を発した少女は、肩透かしを食ったように気の抜けた返事をするのみであった。

 

 

「──以上が基本ルールになります。これは全国大会に準じたもので、普段あなた達の練習試合などでも適用されているものだから特に難しい事は何もないわ」

 

 

 日本戦車道連盟本部の一番小さな会議室で集まった新設校の隊長及び副隊長達に亜美がルール説明を行っているが、それは通常のフラッグ戦となんら変わる処は無く、あくまでも確認程度の事で、どちらかというと顔合わせと使用されるステージに関する事前説明の方に重きが置かれていた。

 

 

『うん、新設校で一年しかいないとはいえ、隊長やるだけあってどの子もいい面構えしてるわね』

 

 

 会議室に集まった少女達の顔つきをそれとなくチェックしたラブのファーストインプレッションは、自分も一年生である事に固執する割には年長者の目で見たものであった。

 しかしそれは彼女が未成年ながら、既に一流派の家元である事と無関係とはいえないであろう。

 

 

「予定されている全試合会場は、それぞれ三日前から偵察が可能となります。もしその際、選手の目から見て不備と思われる事、危険と思える箇所があった場合は速やかに審判団に連絡を入れて下さい。直ちに我々が確認し対応策を講じますので遠慮なく言って下さいね」

 

 

 そんな事を考えているラブの前で亜美が説明を続けるが、今の話の根底にはやはりみほの一件が関係しているのだろうとラブは考えていた。

 亜美からこの発言が出た事で漸く教訓が活かされたと感じ取ったラブは、亜美の表情からして彼女がその為に相当走り回ったであろう事も読み取っていた。

 しかしこれに関してはもっと上の立場の人間が積極的に動くべき事であり、苦労したであろう亜美の為にもその辺は次の家元会議で追求しようとラブは考えていた。

 

 

「教官!試合会場の偵察ですが、試合を戦う上での情報収集と考えれば対戦校が個別に行うのがセオリーだとは思います。ですが、危機管理の観点から考えれば偵察ではなく、合同で調査を行い情報を共有するのが最適かと思うのですが如何でしょうか?」

 

『へぇ?この子は中々……』

 

 

 亜美が堅苦しい会議ではなく気軽な座談会形式で説明会を行っていたので参加者達も特に挙手するでもなく気軽に意見を出しており、これは彼女の目論見が上手く行った証拠であった。

 ラブがほぉっと感心したようにたった今発言した少女に目を向ければ、それは先程ラブと亜美の関係について言及し掛けていた少女だった。

 

 

「えぇとあなたは……」

 

「はい、私立エニグマ情報工学院大学付属女子高等学校 Panzereinheit(パンツァーアインハイト)Kommandant(コッマンダント)古庄晶(ふるしょうあきら)です」

 

 

 肩で切り揃えた艶やかな黒髪に切れ長な青い瞳の少女は、流暢な発音のドイツ語で戦車隊の隊長を名乗った後に、微かな笑みを浮かべ敢えて思い出したように敬礼してみせた。

 

 

『ふ~ん、中々頭の柔らかい子ね、ちょっと雰囲気がウチの鈴鹿に似てるかな……?』

 

 

 好奇心を擽られたらしいラブがエニグマ付属の隊長に興味深げな目を向けているが、それは面白がっているものではなく好感を持ってのものであった。

 

 

「成る程それはいい考えね、皆さんはどう思いますか?」

 

 

 どうやらこういった意見が出る事を待っていたらしい亜美が会議室を見回し話を振れば、参加する少女達は顔を見合わせた後思い思いに意見を出し始めた。

 

 

「そうですね、いいと思います……ね?」

 

「うん、いいと思う…ウチの学校が去年の秋の終わりにやったアウェイの練習試合でね、対戦校が崩れ易い場所があるの知っててそれを隠しててさ、更にそこに偽装工作されててまんまとそれに引っ掛かったフラッグ車が撃たれて負けたのよね……」

 

「汚い手使うわね~」

 

「まぁでも審判が最初からそこで狙ってたのを把握してて、崩れ易いと解かっていなければ出来ないって事と、ウチの偵察時の写真と比べてばれないよう偽装工作されてたことも確認してくれて、大事故の可能性もあったから悪質とみなされて相手の反則負けになったけどね……」

 

「性質ワル……」

 

「その件は私の方にも報告が来ていたわ、あの学校は残念ながらその後も反省の色が見られなかったので、向こう三年間一切の対外試合の禁止の通達が連盟からなされています」

 

 

 さすがに亜美も厳しい表情を見せ、ラブも同様に黙って頷いていた。

 残念ながら急速に増えた履修校の中には軽率な行動に奔る学校も多く、通常のスポーツや武術とは桁違いに危険度の高い戦車道故、その処分は非常に厳しいものになっていた。

 だが、俄か履修校とは違い新設校の隊長ともなると中学時代の実績からスカウトされて進学した者も多く、皆がそれも当然の事と受け止めていた。

 

 

「それでは試合前の調査は対戦校が合同で行い、情報は共有するという事で宜しいですね?」

 

「教官!それならいっそ参加全チームが調べた会場の情報を、互いにメールで送り合うといいんじゃないですか?データベース化すれば後々も役立つはずだと思います」

 

 

 一年生のみの新設校の集まりはまだしがらみなどは一切なく、文科省絡みのゴタゴタで笠女程ではないにせよどの学校も辛酸を舐めさせられて来た経緯から、この短時間で一種の仲間意識のような感情も芽生えていたようだ。

 

 

「そういう事なら専用アカウントを連盟で用意させますので、そちらを利用するといいわ」

 

 

 その後も様々な運営に関する改善要求が出され、亜美は想定していた以上の成果を得ていた。

 

 

「うん、今日の処はこれ位かしら?もしまた不明な事があればいつでも連絡してくれていいわ」

 

 

 ほぼ意見も出尽くしたと判断した亜美が少女達の様子を窺えば、この短時間で互いに相当打ち解けたらしく彼女の望む方向に纏まり始めたようであった。

 

 

「さ~て、それじゃあ面倒な話はこれ位にしてみんなでお茶でも飲みに行きましょう。いつまでもここにいるのもなんだし人数が多いから、ルクレールに席を予約しておいたのよ。そこで約束通りさっきのあなた達の質問に答えるわ」

 

「あぅ……」

 

 

 ラブにとってはこっちの方がどう考えても面倒な話になるのが解かり切っているだけに、既に自分に集中している好奇の視線に彼女は口元を引き攣らせていた。

 そんな彼女の思いを他所に一同はルクレールに向かうべく会議室を後に階段で一階へと降りると、亜美を先頭にぞろぞろと廊下を進み連盟事務局の前へと差し掛かった。

 

 

「え?これって厳島さん……?」

 

「あ……」

 

 

 一人の少女がそれに気付き指差す先の事務局の廊下の壁には、連盟に登録加盟している全流派の現家元の肖像写真が流派名と名前のプレート付きで並んでいた。

 そしてその中には暮れの家元会議の際に撮影されたラブの写真も他の家元同様掲示されており、その写真に添えられたプレートを見た少女達は騒然となった。

 

 

「厳島流家元…い、厳島……恋……?」

 

「え……?」

 

「は……?」

 

「えぇっ……!?」

 

『えぇぇぇ────っ!?』

 

「ちょ、ちょっとみんな……」

 

「はいは~い、詳しい事はルクレールに行ってからのお楽しみよ♪ね?」

 

『は~い♪』

 

「…人事だと思って……」

 

 

 連盟の廊下で大騒ぎになり掛けた処を言葉巧みに亜美は収めたが、結局全てが自分に降り掛かって来る事が前提にされているラブは、少し恨みがましい目で亜美を見ていた。

 

 

「いや…確かにまほとみほは遠縁の親戚で一緒に暮らした時期もあって妹みたいなもんだけど、腹違いの妹なんかじゃないしダージリンもケイも私の従姉妹じゃないわ……千代美と私が生き別れの姉妹とかカチューシャが私のお姉さんとか…あ、それはちょっと嬉しいかも……っじゃなくって!」

 

 

 戦車道喫茶ルクレール、そこに集った少女達から改めてラブに浴びせられた質問に付いている鯨並みのサイズの尾ひれに亜美の腹筋は脆くも崩壊していた。

 

 

「いやぁ、現役女子高生の発想って凄いわぁ……」

 

 

 何をどうすればそういう話になるのか頭を抱えたくなるような無理のあり過ぎな設定の連続に、さすがのラブも開いた口が塞がらなかった。

 だが、過去の経緯を話す段になるとその内容からどうしても亜美の表情も硬いものになり、更にぼかさねばならぬ事も多く気を使う場面に言葉選びも慎重になっていた。

 その一方でラブが自分に注目している少女達に気を使っていた事といえば、話の内容から彼女達が戦車道に対して恐怖感を抱かぬようにする事であった。

 そして二人は交互に語るような形でこの三年とちょっとの間に何があったのかを話して行き、そのソフトに表現しても尚ハードな内容に聞く者達は衝撃を受けていたが、そこはラブが合間に今はもう大丈夫だと何度となくフォローを入れていた。

 

 

「そうだったんですか…それで去年から高校に……」

 

「でもその為に学校を創っちゃうお母さんって……」

 

「そりゃ大きい会社なのは知ってるけど……」

 

「あ、いや笠女創設は前々から決まってた事だから私の為ってだけじゃ……」

 

 

 話の流れからすれば笠女がラブの為に創られた学校と思われるのも当然の事で、それでも彼女はいつもの説明をしたがそれはあまり効果が上がっていなかった。

 

 

「まぁ私がその意思を示した段階で、計画を大幅に前倒しで進めたのも事実だけどね……」

 

 

 そしてそれも毎度の事なので、ラブも一つ肩を竦めそれ以上の事は言わなかった。

 

 

「あの事故の事は私も覚えています……ちょうど私のいた中学にも納品の輸送車が来ていた処でしたから。まず警察が来てその後に陸自の処理班が来て…学校中が大騒ぎの中安全確保の為に輸送車の周りに土嚢で即席の掩体壕が築かれて……たしか移動させるまでの三日間休校になりました」

 

 

 当時は中学一年でやっと中学戦車道にも慣れ始めた頃だったため突如起こった事件を覚えている者も多く、その記憶が薄れる程には時間も経過していないのであった。

 

 

「もし厳島()()が事故にあっていなければ、もっと多くの選手が犠牲になっていたかもしれないんですよね…それは私だった可能性もあるのか……」

 

「先輩……」

 

 

 皆榴弾暴発事故の事で頭が一杯なようだが、ラブはそれだけが気になっていた。

 

 

「でもそれだけの大怪我でまた戦車に乗るのは怖くなかったのですか……?」

 

 

 聞き難い事ではあるが、少女達はそれでもこうして再び戦車に乗るラブに聞かずにはいられないらしく、当時知りえなかった事の核心に迫るべく質問を重ねていた。

 

 

「怖さはあったけど、それ以上に戦車に乗りたいという欲求が勝ったという事ね……渡米後に向こうで日本の衛星放送でまほ達の姿を見たのが大きかったわ」

 

 

 そして彼女の怪我について話が及んだ処で、ラブは少女達が一番気にしながらも決して聞く事が出来ずにいた全身に刻み付けられた傷について話し始めるのであった。

 これは彼女のデビュー以降厳島の影響力もありマスコミでも大っぴらに取り上げられる事はないものの、完全に隠す事の出来ないものであるため、予め話す事に決めていたようだ。

 これはライバルであると同時に同期であり、同じ新設校として苦労の多い同士でもある者達との間に変な遠慮をさせたくないという彼女なりの配慮であった。

 

 

「あなた達ももう知っている事だと思うけど、確かに私はあの事故で全身に深手を負ったわ……でもそれについてはね、私の中ではもう消化出来ている事なの」

 

 

 テーブルの上で組んで見せた両手の甲にも深い傷痕が残っているのが見て取れるが、その手に隣に座る愛がそっと自分の小さな手を重ね慈しむような視線でラブの事を見つめていた。

 

 

『あぁ…この二人は……』

 

 

 それだけでトップアイドル二人の関係を察した少女達の視線は途端に生温いものになり、緊張気味だった亜美もそれで力が抜けたのか表情が苦笑いになっていた。

 

 

「それでね…まあこういう時代だからある程度画像も出回っているだろうけど……」

 

 

 ラブはポケットから髪留めを取り出しかき上げた前髪を留め、日常は大きく落としたその前髪に覆い隠されている深い傷痕を露にした。

 

 

「見苦しくてごめんね…でもこれが今の私なの……こんな私だけど、これから卒業するまでの間、変に隠し事はせず互いに全力で戦う為にも今のうちに知っておいて欲しかったの……」

 

 

 この時ばかりは少し不安げな表情を見せたラブだったが、彼女の嘘偽りのない真摯な態度と戦車道への想いに少女達も心打たれたようであった。

 

 

「厳島先輩は全てがとても美しい人だわ……そんな先輩と出会えて私達も光栄です」

 

 

 代表するようにエニグマ付属の隊長である晶がその想いを伝えると、ラブも安堵の表情を浮かべ少女達に向かって一礼した。

 

 

「みんなありがとう…それでね、みんなにはもう一つお願いがあるんだけど……」

 

 

 一礼した後話を続けたラブであったが、その態度がそれまでとは打って変わってオドオドとしたものに変わり、話を聞いていた者達は不思議そうな顔をしていた。

 

 

「な、なんでしょう厳島先輩……?」

 

「それ……それよ!」

 

「は?」

 

 

 話が全く見えない彼女達もラブの様子に釣られてグっと身を乗り出すと、ラブは再び態度を変え今度は不満げな表情を浮かべていた。

 

 

「ねぇ、私何年生?」

 

「え?一体なんの話…って、えっと一年生……」

 

「そう!私あなた達と同じ一年生なのよ?なのに何でみんな私の事を()()って呼ぶの?」

 

「そ、それは……」

 

「だ、だって厳島せんぱ…厳島さんは……ねぇ?」

 

「う、うん…た、確かに厳島()()は私達と同じ一年生だけど……」 

 

「ほらまた!普通学年が一緒で仲良くなったりしたらさ、名前で呼び合ったりするわよね?」

 

「う゛……」

 

 

 皆揃ってラブの言わんとする処は何となく解かったが、年上でありトップアイドルな上に戦車道の家元である彼女を名前で呼ぶ事にはかなり抵抗があった。

 

 

「でしょ!?なのに私の事を先輩って呼ぶのおかしくない?普通名前を呼び捨てたりあだ名で呼んだりするわよね!?」

 

「で、でも……」

 

 

 何とか話を逸らそうとするがラブは自分の事を名前で呼ばせようと意地になっているらしく、中々諦めようとせず厄介な事になったと頭を抱えていた。

 

 

『ねぇ、どうする……?』

 

『どうするたってさぁ…さすがにちょっとねぇ……』

 

『う~ん、でもちょっと名前呼び捨ては……』

 

『せめてあだ名なら……』

 

『そ、そうだ…ほら、AP-Girlsのライブの中継でトークの時メンバー達がさ……』

 

『あ…そうか……』

 

 

 ヒソヒソと緊急対策会議を行う少女達をラブが涙目で睨んでおり、早急に何とかしないといけないような強迫観念に駆られた彼女達は一つだけ見付けた答えにすがる事に決めた。

 

 

『え~とそれじゃあ……』

 

「え?なになに♪」

 

 

 意見を纏めたらしい少女達がラブの方に向き直ると、彼女は期待の籠もった目を向けて来た。

 

 

『ラブ……』

 

「まぁ♪」

 

 

 付き合いが長い者達が親しみを込めて彼女に付けたニックネームで呼び掛けられると期待したラブが、顔をパァっと輝かせ猫のように瞳をキラキラさせ彼女達の事を見ていた。

 

 

『…ラブ姉……』

 

「え……?」

 

『ラブ姉…これで勘弁して下さい……』

 

「えぇぇ……」

 

 

 どうやらそれは想定も望みもしていなかったらしく思わず口を尖らせるラブであったが、全員が合掌して頭を下げてしまいそれ以上何も言えなかった。

 

 

「あっはっはっはっは♪話は纏まったみたいね」

 

「亜美さぁん……」

 

 

 ここまで黙って様子を窺っていた亜美は遂に笑い出し、ラブは涙目ですっかりいじけていた。

 

 

「あの……それよりさっきの事、あれは一体どういう事なんでしょう?」

 

「ん?さっきの事……?」

 

「厳島……ラブ姉が家元ってどういう事なんですか?」

 

「あぁ、その事ね……」

 

 

 亜美がラブに向き直ればいじけていた彼女も真面目な顔に戻り、厳島流の出自に始まりその特徴や思想などを解かり易く語って聞かせ、最後に自分が家元を継承した理由を説明した。

 

 

「そんなに古い流派だったなんて……」

 

「親族だけの流派なんてあったんだ……」

 

「でも高校生が家元なんて聞いた事がないわ……」

 

 

 厳島流の存在とラブが家元を襲名するまでの経緯は驚きの連続であり、あまりに世界が違い過ぎどうにも彼女達は聞かされた話に実感が湧かないようであった。

 

 

「元々が少人数だから厳島の戦い方は自然とああいう形になったのよ。そしてそれに関してはこの総当たり戦で体感して貰う事になるわ」

 

 

 ラブが意味あり気に微笑んで見せると、その妖艶さのせいか或いは彼女から戦車道選手としての本能が何かを感じ取ったのか、少女達は揃って息を呑むのだった。

 

 

「ま、なんにしても私達が高校戦車道に風穴を開けてやるんだからみんなで楽しみましょ♪」

 

『はい!』

 

 

 だがその辺りまで計算しているのか、ラブは彼女達の緊張を解くようになんともお気楽な調子で軽く言い放ち、ニッコリと笑ってみせるのだった。

 その魅力的な笑みに頬を染める少女達にとって、今日の体験は生涯忘れられないものとなった。

 

 

『う~ん、これがカリスマってやつなのかしら?やっぱり厳島のお嬢様なのね……』

 

 

 いくらラブが年上であるとはいえ、あっという間に新設校の指揮官達が彼女の言葉に従うさまを見た亜美は、ラブの天賦の才とでも云うべきものに心中唸っていた。

 

 

「でもさぁ、今回のこの急な日程の決め方はちょっとねぇ……ウチはちょうど緒戦の三日前に練習試合の予定が入ってたから慌てて先方に頭下げてキャンセルしたのよ…まぁ相手の隊長も公式戦が絡む事だから笑って了承してくれた上に同情までされちゃったけど……」

 

「ホント、よく全6校足並み揃ったわよね……草試合でももうちょっと前にオファー来るわよ?」

 

 

 話がひと段落付いた処で雑談が始まり二人の隊長から愚痴っぽい口調でそんな話が零れると、他の隊長達からも似たり寄ったりな話が出始めて、それを聞いた亜美は即座にテーブルに手を突きガバっと頭を下げていた。

 

 

「きょ、教官どうしたんですか急に!?」

 

「この件に関してはあなた達に対して本当に申し訳なく思ってるわ……包み隠さず白状すると、例の件以降文科省が機能不全状態で足を引っ張ってて、それが全てに影響を及ぼしているの。更迭に次ぐ更迭で担当者が不在だったり不明だったり…連盟と防衛省も頭を抱えているわ……」

 

 

 ラブが慌てて亜美に頭を上げさせると彼女は苦虫を噛み潰したような顔に変わっており、その様子からも彼女の苦労が窺えるのであった。

 

 

「でもね…だからこそ急な事で申し訳なかったけど、今日は何としてもあなた達と顔合わせをしておきたかったよ……こんな状況だからこそ試合以外では協力しあえる環境を作りたかったの」

 

 

 亜美のこの考えはおそらくは大学選抜戦に於ける大洗連合の結束を見てのものであり、少女達が大人の都合に負けぬようにとの彼女なりの試みなのかもしれなかった。

 

 

「そうだったんですか……ありがとうございます教官」

 

『きゃ~♡』

 

「ちょ、あんた達!?」

 

 

 ラブが思わず亜美の手に己が手を重ねると、たちまち少女達から黄色い悲鳴が上がる。

 やはり年頃の少女達の前ではあまり難しい話は長続きしないらしく、それで話は脱線し恋バナを始め雑談へと変わって行ったが、どの話も微妙に戦車が絡んでいる辺りがご愛嬌だった。

 

 

「そういえば()()()()、ここの化粧室って確か……」

 

「あ゛ぁ゛ぁ゛~っ!い、今その話はぁ~っ!」

 

「あ…ゴメンなさい……」

 

「え?え?なんの話ですか?」

 

「もしかして蝶野教官の恋バナ?」

 

「マジ!?お相手は一体?」

 

「えっとね…これ以上は武士の情けってヤツよ……一番大事な時期だから今はそっと……ね?」

 

「恋お嬢さん……」

 

 

 英子との関係の過去から現在までを知られてしまっているラブのうっかりにピラニアより素早く食い付いた少女達に対して彼女なりにフォローしたつもりらしいが、それは微妙に傷口に塩を塗っただけに過ぎず、亜美は頭を抱えテーブルに突っ伏して絶句していた。

 

 

「あ!そ、そういえばね、ウチはリーグ戦の前に一戦練習試合入れてるのよ~」

 

 

 自分でも全くフォローになっていない事に気付いたラブが、話題を変えるべくギリギリ直前になって決定した練習試合の話を持ち出した。

 

 

「随分急ですね?」

 

「なんかライブ目当てっぽい気がするわね……」

 

「あの6連戦見てないのかしら?チャレンジャーね……」

 

「強豪ですか?あの6校以外だと……」

 

「で、どこの学校ですか?」

 

 

 この場にいる者達も皆あの6連戦は中継で見ていただけに、AP-Girlsの次の対戦相手には全員が興味津々な様子を隠そうともしていなかった。

 

 

「えっとね…聖ジョアンナ女学院っていう学校よ、去年の夏以降の再履修組みたいだけど……」

 

『えぇっ!?パ~ジリンの聖ジョぉ……!?』

 

「な、なによパ~ジリンって!?あなた達何か知っているの!?」

 

 

 何か得体の知れない不安感に駆られたラブが問いただしたが、皆口元を引き攣らせて愛想笑いを浮かべるのみで直ぐに答えようとはしなかった。

 

 

「ねぇ!聖ジョアンナに何があるっていうの!?教えてよぉ!」

 

 

 悲鳴に近い声を上げるラブに対し少女達はお気の毒にといった表情を浮かべ、その顔は果たして言っていいものかと微妙なものであった。

 その名の響きに嫌な予感しかしないラブは、それだけで自分が既に地雷に足を乗せてしまった事を予感し涙目になっているのだった。

 

 

 




ぱ~じりんw

聖ジョとの練習試合、この名前だけで嫌な予感しかしませんww

ちょっとしたこぼれ話なのですが今回登場したエニグマの晶は、
当初AP-Girlsの鈴鹿と逆の立場にあったキャラクターです。
単にネーミングと性格付けでしっくり来なくて入れ替わった経緯があります。
この辺は物語を作っていると往々にしてある事だとは思うのですが。

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