ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

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遂にラブとAP-Girlsの高校戦車道公式戦デビューの時がやって来ました。
しかしそこには例によっておバカさん達の姿もw


第二十二話   first kiss

「──お嬢さん、恋お嬢さん!」

 

「……え?あ、ハイ!えぇ!?蝶野教官がどうしてここに?」

 

 

 ついに晶率いるエニグマと対戦する当日、試合前に行なわれる車検の為に観戦エリアの運営本部のテント前に集結した両校であったが、指揮を執る晶の姿にこの三日間の事を思い出していたラブは最初こそ楽しげだったものの、初々しくも荒々しい晶達のケダモノぶりにそれまでとは一変しその顔に縦線を入れていた。

 

 

「ま、あれが若さなんだろうけどさ……」

 

 

 妙に年寄り臭い事を呟いたラブが思わず遠い目でぼ~っとしていると、不意に背後から声を掛けられた。振り向いてみれば、そこには別の試合会場にいるはずの亜美の姿があった。

 さすがに予想外の事に、ラブはその目を大きく見開き驚きの表情を浮かべていた。

 

 

「ちょっと当番に変更があって、私がこの試合の担当になったのよ」

 

「あぁ、そうだったんですか」

 

 

 亜美の返事に素直に頷くラブであったが、ハッキリ言ってそれは亜美のついた嘘であった。

 高校戦車道においてはこの試合がラブの公式戦デビューであり、どうしても気になった亜美はこの試合の本来の担当であった同僚に願い出て交代して貰っていたのだ。

 尚その際元々の担当であった同僚も亜美とラブの関係を良く解かっていたので、亜美の願い出を快く快諾していたのであった。

 だがこの一戦が気になっていたのは亜美だけではなく、既に第一線から身を引いた暇人達が却って目立つ変装で多数スタンドに陣取っていた。

 そしてラブもその周囲から浮いた暇人達を直ぐに発見し、疲れた声で呟いていた。

 

 

「あの暇人共が……」

 

 

 そしてそこである事に気付いたラブが更に視線を巡らせると、思わず仕事はどうしたと突っ込みを入れたくなる人物が、使用人と共にひと際目立つ仮装でコレで絶対にバレないといった顔をしてスタンド最上段で周囲からヒソヒソされていた。

 

 

「やっぱりいた…菊代ママ、またしほママをおもちゃにして……なにそのフィリップ・マーロウみたいな恥ずかしいコスプレは……」

 

 

 母である亜梨亜の影響かはたまた長いアメリカ暮らしに起因するかは不明だが、古い洋画が好きな彼女の呟きを耳にした亜美が怪訝そうにラブの顔を覗き込んだ。

 

 

「お嬢さんどうかしましたか……ぶっ!」

 

 

 そう声を掛けながらラブの視線を辿った亜美はその先に馬鹿丸出しなコスプレをした日本戦車道界の重鎮の姿を見い出し、危うく噴出し掛けたがどうにか堪え引き攣った笑みを浮かべていた。

 

 

「おはようございます蝶野教官……どうかしましたか?」

 

『な、なんでもないわ……』

 

 

 試合前の車検の為に部隊の車両全てを審判団揮下の検査員に預けた晶が二人の下にやって来たが、引き攣った虚ろな笑い顔の二人の顔を交互に見比べ不思議そうに聞いたものの、その問いにはラブまでが一緒に歯切れの悪い口調で答えていた。

 

 

「そうですか……それにしても凄いですね強豪校の隊長…あ、皆さんもう引退して元隊長か……お歴々が観戦というか視察に来てるのはやはりラブ姉目当てなのかしら?」

 

『バレてるし!』

 

 

 声に出すのは寸での処で堪えたが、ラブはあまりにも恥ずかしくて心の中でそう叫んでいた。

 

 

「でももっとビックリなのは西住流の家元まで観戦に来ている事ですね、やはり厳島流家元の高校戦車道公式戦デビューはそれだけ関心が高いという事なんでしょうね」

 

『あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛~』

 

 

 悪目立ちするアホな仮装をしているとはいえ、それが西住流家元西住しほその人であるという事を見抜いた晶の鋭さと確かさに、ラブと亜美は揃って頭を抱え地の底から沸き起こるような呻き声を上げながらその場にしゃがみ込んでいた。

 

 

「お二人共どうかしました?」

 

 

 不思議そうな顔をする晶だったが、しゃがみ込んだラブと亜美はそのまま暫く立ち上がる事が出来ず二人して何やらブツブツと呟き続けていた。

 

 

 

 

 

「お前達何だ?揃いも揃ってその恥ずかしい格好は?」

 

「まほさん、あなたにだけは言われたくありませんわ」

 

「だから止めろと言ったのに……」

 

 

 真顔で問うたまほだったが、やはり親子なのかはたまた長年菊代の発想に毒されて来たからなのかは知らないが、彼女の出で立ちはしほとドッチコッチいわないものであり無理矢理付き合わされたエリカは力なく首を左右に振っていた。

 そしてそんなまほに速攻言い返したダージリンも、アッサムと共にお忍びで出掛けたやんごとなき御身分の淑女とでもいった英国面溢れる服装であり、これがホームズの時代のロンドンなら通用したかもしれないが、日本のしかも戦車道の試合会場では単なるお笑いでしかなかった。

 

 

「アンタ達ばっかじゃないの!?」

 

 

 そんなやりとりにいつものように噛み付くカチューシャだが、彼女もまたノンナの趣味丸出しなロリロリなロシアの女の子の民族衣装を着せられて、その姿に皆ニヤニヤが止まらないのだった。

 

 

「な、なによ!纏めて粛清されたいの!?」

 

 

 これもいつもの脅し文句ながら、その可愛いロリな民族衣装のせいで何の効果もないようだ。

 

 

「Ha!こういう時はシンプルが一番よ」

 

「どこがですの…冷戦時代のラングレー(CIA)の工作員じゃあるまいし、今時メンインブラックだなんて安っぽいにも程がありますわ……」

 

「どちらかというとブルースブラザーズだな……」

 

 

 サンダースの二人組みに向けて、嘗てバージニア州のラングレーに本部があった事から合衆国の中央情報局をその地の名で呼んだアッサムに続き、より的確な表現をしたアンチョビであったがそういう彼女は中学時代を髣髴とさせる実に地味な服装な上にお下げ髪であった。

 

 

「呆れたわね~、アンタ中学時代の服引っ張り出して来た訳?」

 

「アホぅ!いくら私だってとっくの昔にサイズアウトしとるわ!」

 

「ああああんざいぃぃ~」

 

 

 胸元を押さえた後に、ずり下がった丸眼鏡を直しながら間の抜けた事を言うケイに言い返したアンチョビであったが、そんな彼女の姿もツボであったらしいまほは声が裏返っていた。

 

 

「だから西住ぃ!オマエも毎度毎度妙な声をだすなぁ!」

 

 

 安定のおバカさん達であったが今回練習試合の日程が被ってしまったみほの姿はこの場になく、もし来ていれば例のボコられグマの着包みを着ていたのではと後にラブは推察し、背中に冷たいものが流れ落ちる思いをしたという。

 

 

「エニグマ情報工学院付属か…うちと同じドイツ系だな……連盟の月報で名前だけは知っていたし去年の観閲式でも一応目にはしていたが、正直あの時はそれ処ではなかったしなぁ……」

 

 

 車検が終了するまでの間外部とは柵で遮断された両校の戦車は、現在検査員の目で違反がないか各部が点検され検査後に変えてはいけない場所に封印が施され、試合後の再検査でもしそれらの封印された箇所に手が加えられている事が発覚した場合、それが勝敗には関係なく失格が言い渡され後に更なるペナルティが課される事になっていた。

 その車検場に並ぶ両校の戦車達は実に整然と並べられそれだけでAP-Girlsだけでなく、晶率いるエニグマもまた高い実力を持つチームである事がそれを見抜く目を持つまほ達にも伝わっていた。

 

 

「う~む、驚いたな…これまで新設校に目を向ける事は中々なかったが、一年生だけでこんなにレベルが高いとは思いもしなかったよ……」

 

「最近練習試合を申し込んで来る再履修校などより、ずっと強いかもしれませんね……」

 

 

 大洗の成功で二匹目のドジョウを狙った学校の中には、黒森峰の真の強さすら理解出来ずに練習試合とはいえ無謀にも戦いを挑む学校も後を絶たず、多忙を極める黒森峰の役付き者達はそれらの選別に多くの時間割かねばならなかったのだ。

 

 

「これからは少し視野を広げた方がいいようです……」

 

 

 黒森峰の新隊長であるエリカもラブや亜美と何やら話し込んでいるエニグマの隊長の姿に何か感じる処があるらしく、真剣な表情を見せていた。

 これは云わば強豪校にとって盲点とでもいうべき点であったが、新設校もまた強豪校同様に全国から実力とチームの立ち上げをやろうという気概のある者を集めているので、例え一年生しかおらずとも流行りに乗っただけの二番煎じ狙いの学校とはそのレベルに既に大きな差があったのだ。

 

 

「う~ん、総車両数10両とはいえパンター4両にⅣ号も4両、更にヤークトパンター2両が相手じゃアンツィオ(ウチ)なんか現状でも、その戦力だけで相当苦労するぞぉ」

 

 

 腕を組み難しい顔をしていたアンチョビは、車検を受けるエニグマの車両に懐から取り出した双眼鏡を向けると更に続けた。

 

 

「それにさっき聴こえて来たエンジン音、笠女程じゃないにしてもありゃ相当チューンしてあるぞ。車両の状態もかなり良いようだしなぁ……」

 

「卒業までに一戦交えてみたい気もするが、さすがにちょっとスケジュール的に無理か……」

 

 

 その気になり掛けたまほであったが、卒業までに残された時間と既に一線を退き全権限をエリカに移譲してしているので、自分に決められる事ではない事を思い出したのだった。

 だがまほの卒業前に晶の率いるエニグマと一戦交えてみたいという希望は、かなり彼女の考えとは違う形だが叶う事になる。

 そしてそれは彼女の考えとは違う予想外の方向に進み、話自体が大きなものになるのであった。

 

 

 

 

 

「中々有意義な合同調査だったようね、特設サイトへの報告は素晴らしいものでしたよ」

 

 

 車検が行われている間の待ち時間を、ラブ達は気軽な立ち話に費やしていた。

 

 

「まぁちょっと豪華な合宿みたいなものでしたね、笠女の学園艦カレーをご馳走になって温泉にも入ってAP-Girlsのライブまで見せて貰いましたし」

 

「あんなのライブでもなんでもないわよ~」

 

「何それ…聞いてないわ、何でそんな楽しい事するのに声掛けてくれなかったのかしら……?」

 

「教官……」

 

 

 晶の話に子供のように頬を膨らませる亜美にラブは脱力し、二人の様子に晶はクスクスと笑いその光景は凡そこれから戦車戦を行う者同士のものに見えなかった。

 

 

「あぁ、でも仮設の入浴施設は私達の後も全試合が終わるまで残しておきますから、教官も今日の試合の後で良かったら入って行って下さい。どうせ私達も入りに行きますからご一緒に如何ですか?」

 

「あらそう?」

 

 

 コロっと態度を一変させる亜美に、さすがのラブも苦笑するしかなかった。

 そんな和やかな時間を過ごすうちに無事車検も終了し、彼女達の頭上を試合開始を告げるように観測機の銀河が爆音を残し通過して行った。

 

 

「さ、それじゃあ二人共スタート地点に戦車を置いてらっしゃい」

 

『はい!』

 

 

 ラブと晶が連れ立って車検場に向かい、やがて一斉にエンジンに火を入れた両校の戦車の群れが列をなし整然と観戦エリアから退場して行く。

 

 

 

 

 

「やはりあのエニグマという学校の練度も戦車の質も相当だな…あのAP-Girlsと行動を共にして全く遜色のない動きをしている……」

 

 

 まるで同一のチームの戦車のように綺麗な等間隔の一列縦隊で観戦エリアを後にする両校の戦車達は、同じドイツ戦車を使用しているだけによりその印象が強かった。

 そして先にアンチョビが指摘したようにエニグマの戦車もエンジンが非常に良い音をさせており、それだけでも解かるものにとってこの試合に対する期待度は高まるのであった。

 

 

「学校側の配信している公式の情報だけみても、質を重視している事が良く解かりますわ」

 

 

 膝の上に乗せた愛用のノートパソコンでエニグマに関する情報を検索していたアッサムが、まほの呟きを肯定するように検索結果を語って聞かせる。

 

 

「どうやら現在の隊員は開校に併せて全員スカウトで集めた人材のようですわね、AP-Girls程極端ではないにしても現段階では少数精鋭が最良と判断してチーム編成を行ったようですわ。実際その判断が正しかった事を、数こそまだ多くないものの練習試合の結果がそれを証明しています」

 

「ほう、してその結果の方は?」

 

 

 興味深げな表情を見せたまほの問いに、アッサムは打てば響くで即答した。

 

 

「7戦7勝……対戦相手は新設校と舐めて掛かった学校と十人並みの平均点な学校が半々といった感じですが、エニグマ情報工学院付属は約一年黒星は一つもありませんわ」

 

「なんと…それは大したものだな……まだ戦う姿は見ていないがあの隊列行動だけでもその実力の一端は垣間見えるからな、ふむ……これは中々興味深い学校が出て来たものだ」

 

 

 頤に手を当て考え込む仕草を見せるまほにアッサムは、彼女が戦ってみたいという以上に伸びしろのある者達を指導し鍛えたいという想いに駆られている事を見抜きクスリと笑った。

 

 

「な、なんだ?」

 

「いえ別に……」

 

 

 自分の考えを見抜かれた事を感じ取ったまほの問いに答える事なく尚もクスクスと笑い続けるアッサムに、少し険しい目を向けるまほであったがその頬が少し赤らんで見えるのはこの寒さがだけが原因ではないだろう。

 

 

「あら…?あぁそうか、この子は……」

 

「ん?どうかしたか?」

 

 

 なおもパソコンの画面をスクロールさせていたアッサムの手が止まり何やら呟き始めた事をいぶかしんだまほが、流れ的にまだ何か新しい発見でもしたのかと声を掛けた。

 

 

「いえ、このエニグマの副隊長の原沢紗江子(はらさわさえこ)という選手ですが、我が聖グロリアーナのスカウトも特待生候補として交渉していた子だったのを思い出しましたの……」

 

「何?それは本当か?」

 

「えぇ、立場上私はそういった情報に接する機会と権限を持ち合わせていますので」

 

 

 聖グロの情報機関であるGI6に所属するアッサムが、この手の事で誤った事を言う筈がない事を皆よく知っているので一様に驚いた顔をしていた。

 

 

「ちょっと……見せて下さる?」

 

「…どうぞ……」

 

 

 自分の下に来なかった者までは覚えていなかったらしいダージリンが少し険しい表情でアッサムの手元を覗き込めば、彼女も特に隠すでもなくパソコンをダージリンの方に向けてやった。

 そこにはいかにも優等生タイプな紗江子がダージリンと似たような雰囲気で髪を編み込んだ姿の写真があり、確かにそんな彼女には聖グロの制服とタンクジャケットが似合いそうであったが、ダージリンがいくら記憶の中を探っても彼女に関する事は思い出せないようであった。

 

 

「……」

 

「そうそう思い出したわ……」

 

 

 何も思い出せぬダージリンの隣で更に何やら思い出したらしいアッサムが口を開き、それがどんな重要な情報かと皆が固唾を呑んで聞き耳を立てていた。

 

 

「このエニグマの副隊長を勤める原沢紗江子という選手……」

 

 

 何やら含みを持たせ一拍おいたアッサムに釣られ、皆が身を乗り出す。

 

 

「…この原沢紗江子という子……この子はガチでロリよ」

 

 

 何か途轍もない秘密の情報かと身を乗り出していた者達が一斉に雪崩を起し観客席の雛壇から一段下に転がり落ちたが、幸いその怪しい一団を不気味に思い誰も直ぐ傍に座っていなかった為に巻き添えを喰らう者はいなかった。

 

 

「あだだだだ……」

 

「こ、このバカモノが……」

 

「ど、どんな重要な情報かと思えば……」

 

「ふざけんじゃないわよっ!」

 

「F●ckin!もっの凄くどうでもいい情報を目いっぱい溜め入れてっ!」

 

 

 全員がモロに強打したらしく頭を抱えながらアッサムをどやし付けたが、当の本人は一人しれっと涼しい顔でスタンドに座っていた。

 彼女達がそんなアホなやり取りをするうちに両校の隊列は二手に分かれ、それぞれのスタート地点と定めたポイントに向け移動を続ける姿が観戦エリアのモニターに映し出されている。

 

 

「オマエ達は現段階でこの一戦の展開をどう予測する?」

 

「この段階でか?」

 

「そう、この段階でだ」

 

 

 オマエ達と言いながらもアンチョビの目はまほに向けられており、その瞳は好奇心を擽られたらしく策士の光を宿しドゥーチェ・アンチョビの顔をしていた。

 まほはその問いに何を急に思いながらも考え込み、他の者達も同様に思考を巡らせこの一戦の行方を占い始めるのだった。

 そしてモニターに映る両校の隊列がほぼ同時にそれぞれのスタート地点に到着した時、まほが最初にその口を開いていた。

 

 

「この一戦、かなりの高速機動戦になるだろうな……」

 

「ほう?してそれはどの程度のものだろう?」

 

 

 アンチョビは望み通りの答えが得られたような表情を一瞬だけ見せたが、それを直ぐに若干意地の悪いものに変えるとその表情同様な質問を重ねていた。

 

 

「それは……」

 

「それは?」

 

 

 少し重くなり掛けたまほの口に、アンチョビが先を促すよう彼女の瞳を覗き込む。

 

 

「…重戦車運用が基本となる黒森峰(ウチ)では対応に苦慮するレベルだろう……」

 

「そうか……」

 

 

 まほの答えに満足したらしいアンチョビが優しく微笑み彼女の膝の上の手にそっと自身の手を重ねてやると、それだけでまほも嬉しそうに笑顔になるのだった。

 

 

「あんざい……♡」

 

『コイツは~』

 

『マホーシャったらもう完全にアンチョビの掌の上じゃない!』

 

『Wow!ごちそうさまって感じよね!』

 

『まほさんは昔からこういう事に関してはチョロいですわ』

 

『だってなんだかんだ言って箱入りのお嬢だからな』

 

 

 視線を絡める二人を他所に外野は言いたい放題言っていたが、アンチョビの真意とまほの予測には皆理解を示していた。

 そんな彼女達の視線の先のモニターには、試合開始前の両校の戦車達に最後の給油が行われている光景が映っており、それが済み補給部隊が退避すればいよいよ新設校リーグ戦の開幕ベルが鳴る瞬間が訪れるのであった。

 

 

 

 

 

「恋…全車給油完了、最終点検も問題なしよ……」

 

 

 それが彼女にとって一番ニュートラルな状態である無表情と抑揚に欠ける口調で、愛は隊長であるラブに副官として報告を行っていた。

 給油車を見送りその報告を受けたラブもまた副官であり最愛の少女がベストな状態である事に満足気に頷くと、自らが手塩の掛け育てたAP-Girlsのメンバー達に楽しげに声を掛けていた。

 

 

「さぁ試合前の両校挨拶に行くわよ~♪」

 

 

 そして双方の選手が観戦エリアに戻ると亜美の仕切りで両校挨拶が行われ、観戦客達もいよいよ試合開始の時が来たと盛り上がりを見せ始めていた。

 

 

「晶ちゃん宜しくね~♪」

 

「こちらこそ~、どうかお手柔らかに~♪」

 

 

 ラブと晶が含みいっぱいにニタ~っといやらしく笑いながら握手を交わし、それを見た亜美が困ったように苦笑していた。

 そんななんとも緩いやり取りの後それぞれがスタート地点へと戻れば、信号弾が上がるのを待つのみで俄然選手たちの闘争心にも火が着き始める頃合いだ。

 その上がり始めたテンションを感じ取ったラブが視線のみで促せば、24名の少女達も無言で頷き合いラブの下へと集まり指示がなくとも極自然に互いに肩を並べ円陣を組むのだった。

 

 

「去年一年間あなた達にもどかしい思いをさせた事は、指揮官としてとても申し訳なく思うわ」

 

 

 文科省の不始末により宙ぶらりんな状態にその身を置かれ、結果ほぼ一年を棒に振ったに等しかった事を指しラブはAP-Girlsのメンバー達に謝罪の言葉を口にしたが、それが彼女には何の責任もなく、まほ達と公式戦で戦えなかった事を誰よりも悔しく思って来た事をそこにいる少女達が誰よりも一番良く解かっていた。

 

 

「でもやっと私達にもその時がやって来たわ…このメンバーなら絶対にやれる、みんなでトップをとりに行くよ……でもこれはまだほんの前哨戦であり序の口だからね、全勝で全国に行くよ!さぁ、私にあなた達の本気を見せて頂戴!」

 

 

 全員が前のめりに屈み込み円陣を組む試合毎に見られるその光景は一部の者達には既にお馴染みの光景だが、戦いの当事者ではない者達にも緊張と恐怖心を抱かせるものであった。

 故に観戦エリアの大型モニターでそれを目にしている者達も、AP-Girlsが円陣を組んだ事でその時が来た事を知りゴクリと喉を鳴らすのであった。

 

 

「それじゃあ行くよ……AP-Girls!Get ready! Get set!」

 

Go for it!(やっちまえ!)

 

 

 その可愛らしく美しい容姿からは想像も付かぬ荒っぽい掛け声と共に円陣を解いたAP-Girlsは、素早い身のこなしでそれぞれの搭乗車両に乗り込んで行った。

 

 

 

 

 

「皆そのまま聞きなさい……」

 

 

 エニグマの隊長車でありフラッグ車でもあるパンターG型のコマンダーキューポラに収まる晶は、最終点検を黙々とこなす隊員達に向けて喉元の咽頭マイクを左手で押さえると、無線を通し試合前最後の訓示を行っていた。

 

 

『新設校リーグ戦が行われる事が決まった日から今日まで私達はAP-Girls…厳島恋に関する研究を徹底して行って来たわ……それでもあの厳島恋率いるAP-Girlsを相手に戦うという事は、これまでに戦ったどんな相手よりも手強い事は皆良く解かっていると思う。だが諸君ならそれで最初から諦めたり必要以上に恐れたりもしない事を私は信じている。勝敗がどうなろうとこの一戦は必ずや諸君の糧になる戦いだ、全力を出し切れ、あの厳島恋と戦えるまたとない好機を決して無駄にするな』

 

 

 彼女自身も気負う事なく淡々と語っているが、無線機から聴こえる彼女の訓示を聞き流す少女達は皆自然体で極めて良い状態にあるようだった。

 そしてそれぞれの思惑を他所にいよいよその時がやって来た。

 

 

 

 

 

「そろそろね……ねぇ瑠伽、ちょっと場所変わってくれる?」

 

 

 目を閉じてLove Gunのコマンダーキューポラ上で吹き抜ける風にその真紅の髪を緩やかに躍らせていたラブは、ゆっくりと目を開くと足元のサイドハッチから身を乗り出しぼんやりと外を眺めていたLove Gunの砲手である瑠伽に呼び掛けた。

 

 

「ん…?あぁ、やるんだ……おっけぇ……」

 

 

 二人が同時に車内に引っ込み暫くすると、ラブに変わって瑠伽がLove Gunのコマンダーキューポラから姿を現した。

 

 

 

 

 

「お、おいアレを見ろ!」

 

 

 試合開始直前ラブが車内にその姿を消し、代わりに砲手の瑠伽がコマンダーキューポラに収まったのを見たまほが声を上げれば、中学時代散々目撃した光景にその場にいる古い付き合いの者達が騒然となるのであった。

 

 

「え…?あ?オイまさかっ!?」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ!」

 

「Jesus!本気なの!?」

 

「本気も何もあの状態で他に何があるというんですの……?」

 

 

 超長距離予測射撃、嘗てははノックと呼ばれ最近では継続のミカにより魔女の口付けと名付けられたその技は、ラブの繰り出す技の中で最も恐れられる彼女の代名詞でもあった。

 だが直接目視する訳ではないので問題ないように思われたが、榴弾暴発事故から三年の時を経て戦車道に復活したラブが試合中直接それを行う事はこれまでなかったのだ。

 これはおそらくメンタル的な問題であろうとアンチョビやアッサムなどは後々分析したのだが、この時はそれ処ではない程の衝撃を受けその光景に食い入るように見入っていた。

 そして彼女達が注視するモニター内で中継カメラが切り替わると、決定的な映像が映り全員が言葉を失い若干青ざめた表情をしていた。

 開け放たれたままのLove Gunの砲塔サイドハッチの中、本来そこにいるべき瑠伽に代わり充満するたわわの姿があった。

 

 

「やっぱり……」

 

 

 涙目のカチューシャが呟く中モニター内のLove Gunの砲身が淀みなく動き始め、彼女達の推測が間違いではない事を証明していた。

 

 

 

 

 

「ま~アイツらの事だから馬鹿みたいに騒いでんだろうねぇ……」

 

「え?ナニ……?」

 

「ん~?別になんでもないわ……」

 

 

 一切無駄のない動きで砲塔を旋回させ砲身を振り上げたラブは一発で超長距離予測射撃の照準を決めており、その動きに砲手の瑠伽は彼女の意味不明な呟きに反応しつつその心の内では改めてラブの凄さを痛感させられていた。

 

 

『やっぱりラブ姉って凄い…私なんかまだまだだわ……』

 

 

 瑠伽がそんな想いと共にラブを見つめる中、遂に信号弾が炸裂し試合開始を告げるのだった。

 

 

「3…2…1、さあ行け!」

 

 

 タイミングを計っていたラブが女狐の目で口角を吊り上げ呪文と共に解き放った徹甲弾は、彼女が高校入学後初めて公の場で撃ったものであった。

 ラブの高校戦車道公式戦デビューとなるその一撃は、轟音と共に冬空を切り裂き獲物目掛けて一気に飛び去って行った。

 

 

 




相変わらず忙しい状態が続き、今日も夕方まで仕事でした。
今週は特に忙しく平均睡眠時間3時間はさすがにきつかったです……。

戦車道に使う戦車も競技車両の一種であり、
試合前には当然車検があるのではないかと私は思っています。
特に今回からは公式戦でありそんな設定と、更にはエニグマの副隊長の小ネタなんかも盛り込んでみましたが如何でしたかねぇ……?

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