出て来る人達はあくまでもチョイ役です……とりあえず今のところはw
私立エニグマ情報工学院付属女子高等学校戦車隊隊長である
「総員対衝撃姿勢!」
「えっ?ナニ!?」
血相変えてハッチを閉め転がり込むようにコマンダーキューポラから車内に飛び込んで来た晶の声に、隊長車の搭乗員達が全員驚いた顔をしている。
「急げ!来るぞ!」
『りょ、了解!』
晶の鬼気迫る様子に気圧された搭乗員達が、指示に従い対衝撃姿勢を取った直後それは起こった。
「きゃあっ!」
「な、なに今の!?」
「ちょ、直撃弾!?」
「一体どこから!?」
直上からの激しい衝撃に揺れる車内で、直ぐには事態が飲み込めぬ者達が悲鳴を上げる。
「皆落ち着け!散々映像で検証したのを忘れたか!?」
晶の下したPanzer vorの号令を受け進軍を開始したエニグマの隊列であったが、先頭を進む晶のパンターG型目掛けてラブの放った口付けが襲い掛かり、彼女が警報を発し全員が対衝撃姿勢を取るのと同時に砲塔に徹甲弾が直撃したのであった。
パニックを起した者達に晶が叫んだ通り、彼女達は中学時代の物も含め可能な限りラブの動画を集めては、それこそそれがビデオテープであれば擦り切れるであろう程見返して徹底的にラブの事を研究していたのだが、理屈や計算だけでは計り切れない異能な存在に直接相対した事でその程度でどうにか出来る相手ではない事をその身を以って体感したのだった。
「やりやがった……」
「公式戦デビュー早々にいきなりダイレクトヒットか……」
自分達も中学時代散々喰らったラブ一番の大技である超長距離予測射撃だが、技の性質上命中率と命中精度はラブがターゲットとなる相手の事を知る程に高くなって行く。
因みにやはりよく当たる筆頭は、血縁であり幼少期に一緒に暮らした事もあるまほであった。
その場にいる者達はそれをよく知っているだけに、この試合までの短い時間の間に対戦校の隊長の人となりやものの考え方を把握し、いとも容易く砲塔に直上から直撃させて見せたラブに皆背筋が凍りつく思いだった。
元々戦車乗りとしてあらゆる能力が高いラブであったが、事故により負ったハンデの影響がどの程度残っているか正確には解かっていない。
だが今の砲撃でひとつはっきりしたのは、ラブが相手の事を見抜く能力が中学時代に比べ格段に向上している事であり、それは彼女の中で事故で失ったものを補う為に自然と強化されていった能力の一部なのかもしれないと全員が考えていた。
「あの子ったらエニグマの隊長の性格を既に把握しているようですわね……」
「あぁ…この短期間でな……」
膝の上のノートパソコンでエニグマに関する情報を漁っていたアッサムのうんざりしたような声に、アンチョビもまた何とも渋い声で答えていた。
「処で西住よ…さっきから意図的に
「……」
観戦スタンドに集った者の中で唯一まともというか単に地味な服装のアンチョビに唐突に話を振られたまほは、その視線を同じスタンドの反対側で自分と似たり寄ったりな仮装で悪目立ちしている母親であるしほと西住家女中頭である菊代に向けて固まっていた。
「西住……?」
「……だあぁっ!お母様!菊代さん!またそんなアホな格好で悪目立ちして!安斎、エリカ、すまないがちょっと手を貸してくれ!」
自分の事は完全に棚に上げたまほの頼みに顔を見合わせ小さく溜め息を吐いたアンチョビとエリカは、肩をいからせ母の下に向かうまほと共にしほと菊代の捕獲に乗り出すのだった。
「全くっ!少しは世間体というものを考えて下さい!そもそも菊代さん!あなたが毎度毎度お母様を焚き付けてこんなアホな格好をさせているのは分かっているんですからね!」
『オマエが言うな……』
五十歩百歩な格好をしたまほがしほと菊代に説教をかましているが、そんなお笑いな光景に突っ込んでいる者達も、地味な服装のアンチョビ以外は人の事を言える姿ではなかった。
「何ですか母に向かってそのような口を利いて……西住流家元として他流派の家元の試合を観戦するのは当然の事でしょう?それ以前に母が娘の試合を見に来て何が悪いのです?」
「エリカ、今日は
「来てません!」
母のもの言いにイラっと来たらしいまほが
「……とにかく!お二人には試合が終わるまでここで大人しくしていて貰いますからね!」
「菊代、今日は一段と冷えますからお嬢さん達に下の出店で何か温かい飲み物を」
「畏まりました奥様」
「人の話を──」
『ゴチになりま~す♪』
「……」
一切自分の言う事など聞いていないような二人に何か言い掛けたまほであったが、更にそれに被せるように皆がしほに向けて身も蓋もない礼の言葉を合唱し、まほは独り不貞腐れた顔をしていた。
観戦エリアでは対戦する両校の物販ブースで応援グッズを始め飲食物なども販売されており、試合開始前からかなりの盛況ぶりを見せていた。
特に今回は笠女の学園艦カレーにエニグマで製造されているドイツソーセージのトッピングが目玉で、現場で急遽考え付いたコラボながらかなりの人気を博しているようだ。
尚、さすがにアンツィオも無関係な今回はまずかろうと外貨獲得の為の出店を見合わせたのはここだけの話だが、アンチョビなどはつい出店した場合の水揚げを計算しそっと溜め息を吐いていたのだった。
それぞれが様々な思いを抱く中、動き始めた試合の行方はまだ誰にも読む事はできなかった。
「さて…行くとするか……さんきゅ~瑠伽、もういいわ」
「ん、了解」
再び狭い砲塔バスケット内で二人の美少女がたわわを閊えさせながらポジションをチェンジすると、コマンダーキューポラからアハト・アハトなたわわをプルンプルンさせながら姿を現したラブは、彼女が騎乗するLove Gunの両翼を固めるように控えていた四色のハートに向け進発の命を下した。
「Tanks move forward…遂に
一年の夏を
「晶達のエニグマにしても他の学校にしても新設校リーグ出場校は何処も皆弱くないわ。それでも勝つのは私達、無傷の全勝で勝ち上がるわよ!」
『Yeaaaah!』
宣言通りこのリーグ戦を本気で一両の脱落車も出す事なく勝ち抜くつもりらしいラブと、それを信じて全く疑いもせず従うAP-Girlsの結束は、やはり普通の戦車道チームとは一線を画すものだろう。
そして号令と共に動き出したAP-Girlsは、その段階から既にLove Gunを先頭とした極端に間隔の狭い楔形隊形を形成しており、その破壊力を身を以って知る者達はそれを見た瞬間皆揃って凍り付いていた。
「ノックだけじゃなくて立て続けにやる気か……?本気で容赦ないな……」
「大洗戦の段階でほぼ完成形だったのにやる度に破壊力が増していますね……」
かなり凶暴な目付きでモニターを睨むナオミの呟きに、こちらも見た者が凍り付くブリザードが吹き荒れる瞳のノンナがそれに続く。
「いずれにしてもここを勝ち上がらなければ
菊代が手配してくれたコーヒーの湯気を吹きながらアンチョビが誰に言うともなしに言った言葉が全てであり、それを聞いた者達も無言で頷きモニターを注視するのだった。
「ん…笠女はこんな時でもやっぱりダルマイヤーを提供するのか……ま、まず間違いなくラブが勝つだろうが対戦相手のエニグマもただでやられるチームじゃないだろう。相当な見ものになるはずだから気を抜いて肝心な場面を見逃す事のないようにせんとな」
いつもながらの調子で核心を突くように話を纏めたアンチョビは満足気にコーヒーを啜り、自身も興味深げな視線をモニターに送っていた。
「全員落ち着いたな……?」
痛烈な魔女の洗礼を受け恐慌をきたし掛けたエニグマ隊長車の搭乗員達であったが、同じ一年生ながらもその隊長である晶の日頃の薫陶が行き届いているのか、比較的短時間でショック状態から立ち直り他の車両の搭乗員達も同じく直ぐに平常心を取り戻していた。
「でも一体どうやったらあんな事が可能になるのよ……」
「そりゃ確かに何度も映像では見たけどさ……」
「細かい詮索は後にして今は目の前の戦いに集中しろ、初手を取られたとはいっても損害は無くまだ互いの距離もある、冷静に自分に与えられた役目を果たすんだ」
組織というのは上に立つ者が浮き足立てばあっという間に瓦解するものだが、晶のようにその任に当たる者がブレなければその実力をフルに発揮出来るのだ。
『了解!』
絶妙なタイミングで晶が行った訓辞により統制を取り戻したエニグマの戦車隊は、美しい二列縦隊の隊列を組み直すと進軍を再開し彼女の指揮官としての資質の高さを証明していた。
「そう…それでいい……」
チラリと後方に目をやった晶は小さく呟き前に向き直ると、走行風に踊る肩口で切り揃えた艶やかな黒髪を軽く撫で付け、その勝気な切れ長な目に満足の色を浮かべていた。
信号弾が打ち上げられてから数分が経過し、ラブが高校戦車道公式戦で初の超長距離予測射撃を命中させた以外は意外な程粛々と始まった試合だったが、両校の隙のない隊列は見れば解かる目を持った者達には波乱を予感させるに充分なものであった。
「で?会敵するまではこのまま行くのね?」
「ええそうよ、晶ちゃんも私達の姿を確認するまで分散する事はないわ」
ミニカイルの先頭を行くLove Gunのコマンダーキューポラに収まるラブに向けて、その右後ろ一列目に位置するブラック・ハーツの車上から鈴鹿が確認するように声を掛ければ、ラブはそれが確定しているかの如く言い切るのであった。
『たった三日でここまで晶の事を把握するなんてどんだけ気に入ってるんだか……』
エニグマの隊長が取るであろう行動を予測し楽しげな声音で明確に言い切るラブに鈴鹿は苦笑しつつ、彼女の左隣を走行するピンク・ハーツに目をやれば、副長である愛もいつも通りの無表情ながらその口元に微かな笑みを浮かべていた。
だがそれはラブと愛だけではなく鈴鹿を含むAP-Girlsのメンバー全員が同様であり、彼女達は晶と彼女が率いるエニグマ戦車隊の事を気に入っており砲弾を交える事に喜びを感じているのだった。
「ま、それはいいわ……でもラブ姉は会敵ポイントをどの辺だと見てるのよ?」
「ん?そうね……Ⅳ号もいるとはいえそれなりに車格の大きいパンターとヤークトパンターが主戦力である事を考えれば、せせこましい山側の市街地区画より比較的道の広い港側を中心に展開したいでしょうね。多分晶ちゃんは港の旧フェリーターミナルと倉庫群を活かして戦いたいんじゃないかしら?街自体さして広くはないし流れ次第でそれも変動するけれど、基本は高速機動戦闘になる事は変わらないわ。だからあなた達もそれを常に頭に置いて戦う事、いいわね?」
それは事前に机上のシュミレーションに於いてもラブが予想していた事の再確認であったが、ラブが全員に聞かせる事を意識して無線も使いつつ鈴鹿と会話したので、AP-Girlsのメンバー達もこれからの行動についてその頭に徹底的に叩き込んでいた。
「しかしあの車両編成とチューンの度合いからすると相当厄介な相手ね…それ以前に全車の車格がウチを上回ってるし車両数も倍だからそれだけでも普通に考えれば話にならない訳だけど……」
「そんなのアタイらにゃ毎度の事じゃね~か、それよりあの綺麗に左右対称な車両編成を警戒すべきだろ?あの編成ならウチ相手だと2対1で余裕を持って仕掛けられるからな」
「だから普通に考えればの話よ……ウチは普通じゃないおっぱいがヘッドなんだからさ」
「違ぇねぇ」
「なによ失礼ね~」
ラブと鈴鹿の分析に夏妃が付け加えた事に対し鈴鹿が混ぜ返し、即座に夏妃がそれに同意すればラブは面白くなさそうに口を尖らせる。
もう間もなく戦闘に突入するであろう状況にあってもいつもと変わらぬ彼女達だが、それが彼女達にとって自然体であり一番力が発揮出来る状態であった。
「もぅ……とにかく晶ちゃんがそのつもりで動いているなら私としても願ったり叶ったりだし、広い方が私達も踊り易くて選択肢も増やせるからいいわ~」
例によって間延びしたラブの喋り口調には緊張感の欠片も感じられないが、彼女の言う事に対し異を唱える者は一人もおらず、極めて速やかに行動方針は決まるのだった。
「ん~、でももう少し高火力だったらあそこで勝敗を決められて楽だったかしら……?」
右の頬に人差し指を当てた可愛らしい仕草で考え込んだラブであったが、最初から外す事なく直撃前提で考えている辺りがやはり普通ではなかった。
「あのさぁ……このリーグ戦で私達に
ラブの呟きに砲塔サイドハッチから身を乗り出していた瑠伽が即座に突っ込みを入れた。
「…そうでした……」
言われて思い出したらしいラブの眉がへにょっと下がる。
あのまほ達を相手にした6連戦であれだけ派手にやらかしていても、練習試合と公式戦は別物であるというのがラブの考えであり、対戦校とAP-Girls双方を含め最も
「頼むわよホントに……」
瑠伽の白い目と溜め息混じりの声に気付かないふりをしたラブは喉頭マイクを押さえると、全車にそれを通達すべく少し声に張りを持たせて無線のトークボタンを押した。
「エニグマとの会敵ポイントは旧フェリーターミナルのトレーラー溜まりよ、あそこなら派手に立ち回っても問題ないし様子見にも丁度いいわ♪各車その辺を考慮して動くのよ?公式戦というのは練習試合以上に思いもよらぬ事態が起こるのが常と思って行動なさい、かといって必要以上に警戒するのも動きが硬くなるから良くないわね……でも私がこれまでに教えた厳島の戦い方をすれば大丈夫、その為の練習は充分にやって来たのだから普段通りやればいいだけ……私からは以上よ」
そこまで言ったラブは実際それ以上の事は何も言わずに腕を組むと、コンパクトながら鋭い楔の先端で前を見据え真紅の長い髪を風に躍らせていた。
『──という訳でこのまま両チームが進軍を続けますとおそらくは旧フェリーターミナル周辺での会敵、そして砲撃戦に突入する可能性が高いものと思われます。え~、ここで改めて本日のゲスト解説をご紹介致します、元大学選抜代表、実業団チーム関東車輌の隊長として二度の全国制覇を成し遂げ、現在は同じく関東車輌の監督としてプロリーグのスタート準備中の
『はい、こちらこそ宜しくお願いします……』
今回初の試みとして実施された新設校リーグ戦だが、参加校はAP-Girlsという存在のせいで既に名の知れている笠女以外は何処も無名校ではあるものの、公式戦という事もあり在京キー局による地上波と衛星放送の両方での生中継が行われていた。
「なんだ…この試合生中継だったのか、てっきりローカルのケーブル局辺りかと思ってたよ……」
試合開始後から中継の実況音声が会場内にも流れ始め、それに聞き耳を立てていたアンチョビは自分達から見て大分先輩である実業団の監督の名と声に目を丸くしていた。
「日本戦車道界全体で昨年はネガティブな話題が多かったですからね…連盟と文科省としてもこれをそれらのマイナスイメージの払拭と、世界大会並びにプロリーグ設立へ向けての新たなテコ入れの一環と位置付けているようです……」
「家元様……?」
いつの間にかアンチョビとまほの間に割って入り、時折アンチョビをモフって地味にまほをイラ付かせていたしほが口を開き、少々生臭さの入り混じった裏事情を語っていた。
実際しほにしても辻の逮捕以降混乱を極める状況下で多忙を極めているはずだが、好むと好まざるとに拘わらず逆に多少脅せば無理の通る立場になっているらしく、最近では時折このように自分の
「あ…アレって東京のキー局だよな……?」
「そうですわね…比較的近いせいか、
所属するアンツィオの本籍地が関東圏の栃木ではあるが、出身が東海圏である愛知県は豊田市のアンチョビにはなじみが薄いせいか確認するように言えばダージリンがそれを肯定する。
「全国区だよな……?」
「ですわね…ねぇ、あなたさっきから何が言いたいんですの……?」
何とも回りくどい彼女のもの言いにイライラし出したダージリンが、少々棘のある声音でしほにモフられている最中のアンチョビに問い返した。
「いや…だからな……私らはともかく家元様がこのままここにいて大丈夫かなと……?」
『がっ!』
そんなアンチョビの言葉にも動じる事なく珍妙なコスプレ姿で彼女をモフり続けるしほに、アンチョビの言葉の意味を察した者達がけったいな声を上げた。
「か、隠せ!早く隠せ!」
「何か被せる物を早く!」
「Jesus!カメラがこっち向いたわ!」
「急ぎなさいよ!」
西住流家元の立場云々以前に自分達の風体も忘れた者達は一緒にいるのが映ったら恥ずかしいとパニックを起していたが、実は彼女達のその考えは完全に杞憂だったのだ。
何故ならテレビ局のクルーもゲスト解説の宮本にしても早い段階でしほの存在に気付いていたのだが、その出で立ちが発する禍々しいまでの何かに触れてはいけないという思いに駆られ、満場一致でスルーを決め込んでいたからであった。
実際実況席はしほの存在には一切触れる事はなく、間もなく接触するであろう両校について解説の宮本に実況アナウンサーが質問を続けていた。
『──成る程、では三笠女子の隊長である厳島選手が厳島流の家元であるのは間違いないわけですね?ですが十代の現役高校生が家元を勤めたという話はこれまで聞いた事がないのですが……?』
『それは私だって同じですよ…ですが彼女が厳島流の家元である事は紛れもない事実であり、連盟と各流派の家元が集まる家元会議でも正式に認証されている事は私達の処にも広報で知らされています……ただ厳島流は元々その身内のみで継承されて来た流派であり、近年対外的に目立った活動をしていなかったので私達の世代も詳しい事はあまり知りません。厳島流について詳しくご存知なのは、現在の西住流家元の西住しほ様の世代でしょうか何しろ彼女が高校入学時……!』
そこまで解説した処で、宮本は自分が危うく地雷を踏み抜きかけた事に気付き慌てて口を噤んだ。
『そ、そうですか、それではこれが厳島流にとって久しぶりに表舞台に立つ機会という事ですね?』
『そうですね…ですが厳島選手の場合中学時代の一件がありましたので、それがなければもっと早くにその名が全国に知れ渡っていた可能性もありますが……』
この話題もまた戦車道関係者にとっては未だ尾を引く問題であり、ラブについて語る以上避けて通れぬ話題ながら話し難い問題であり、自然と宮本の言葉の歯切れも悪くなるのだった。
『ありがとうございます、いずれにしてもこの試合は注目すべき点の多い一戦という事ですね……さて、もう一方の対戦相手であるエニグマ情報工学院付属でありますが──』
他の競技に比べ遥かに専門知識が必要な戦車道の実況アナウンサーだけに、素早く宮本のフォローをして話題を変え実況を続けるのであった。
『……』
「…なぁ、今の宮本監督──」
『言うなぁ!』
実況の端々に流れる微妙な空気に、渦中のしほの実の娘であるまほが何か言いたくなる気持ちも理解出来なくはないが、今はとにかく無用の騒ぎに巻き込まれたくない者達によって彼女の声は封じ込められていた。
そしてそんな彼女達の苦労を他所にAP-Girlsとエニグマは、もう間もなく互いの姿を直接視認する距離までその彼我の距離を詰めていた。
『各車全方位警戒!AP-Girlsはもう直ぐ傍まで来ているぞ!決して気を抜くな、少しでも油断すればあっという間に懐に飛び込まれてどてっぱらを食い破られるぞ!』
晶の飛ばす注意喚起の檄を無線越しに聞きながらエニグマの選手達が油断なく四方に警戒の目を向けているが、実際その様子からも彼女達がよく鍛錬され士気も高い事が窺えた。
そんな彼女達であるからこそラブが直ぐ近くまで来ている事をその肌で感じ取り、自然とその表情も険しく戦闘モードに変わって行ったが、隊長である晶はそれが気負ったり気後れしたりしたものではない事が解かっておりその表情は不敵な笑みが浮かんでいるのだった。
『よし、いい状態だ…初の公式戦でこれ程の相手と戦えるなんて事は滅多にないわ……あ、ヤバい…私今感じてるんだ……』
好戦的な光を宿す瞳の中に恍惚の色も混じらせた晶は自身もまた最高な状態になりつつある事を自覚し、これからラブ相手に全力で実力を出し切り戦える事に興奮を隠せなかった。
「晶に火が付いたわ……」
「え?何よ紗江子?」
併走するパンターG型のコマンダーキューポラ上でエニグマの副隊長である
そんな彼女の呟きを聞き逃さなかった副隊長車の砲手だったが、紗江子は言葉でそれには応えず意味深な笑みを浮かべるだけであった。
「そっか、行けるか……」
しかし彼女にはそれだけで通じるのか、一言そう呟くと照準を覗き込むのだった。
「9時方向にAP-Girls発見!」
嘗てのフェリーターミナルの入り口にエニグマの隊列が差し掛かった時、先頭左翼を走行中であった隊長車から警戒の任に当たっていた通信手が警報の声を発し、晶がそちらに目を向ければこれから左折して進入するフェリーターミナルの反対側の入り口に、晶達とほぼ同じタイミングで進入しようとしているAP-Girlsの隊列があった。
『やっぱりラブ姉は私の動きを完全に見切ってるのね…凄いわ……こんな人がこの世に本当にいるなんて信じられない……ヤバい…私マジで感じてるんだ……♡』
超長距離予測射撃を当てられた時から何となくそれを感じていたが、晶はラブがこうして目の前に現れた事で彼女が既に自分のものの考え方を把握している事を確信したのだった。
『正直入学してから今日までは、私の高校での三年間は新設の無名校のチームの立ち上げで終わるだろうと思ってたけど、まさかこんな形で強い相手と戦えるとは思いもしなかったわ……』
それは自虐とも少し違うものかもしれないが、自分の役割を分析しどこか少し冷めた処もあったらしい晶にとって、目の前に現れたラブという存在は望外のものであったようだ。
そんな晶が今、左に回頭し正面に来たLove Gunとラブに熱の籠もった恍惚の瞳を向けている。
『素敵だわラブ姉…お願いだから私をもっともっと感じさせて……♡』
やっぱり晶も恋愛戦車道の登場人物である以上危ない娘だったw
次回からはやっと本格的な戦闘に突入しますが、
その合間にしほさんが面白く話に絡んでくれると思いますww