ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

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仕事の打ち合わせが長引き帰ったのも遅く、
投稿は明日にしようかとも思ったのですが……。


第二十七話   Triple Axel

「…さすがにちょっと聞き取れなかったんだが、凜々子が回避機動を取る時何か叫んでいたけどアレは一体何を叫んでいたんだろうなぁ……」

 

 

 倉庫街に突入後単騎駆けに出たAP-Girlsであったが、最初に敵と会敵し交戦状態に突入した凜々子のイエロー・ハーツは奇襲を受け思いもよらぬ苦戦を強いられたのであった。

 そんなイエロー・ハーツの車長である凜々子が危機回避の為の機動を取る際、中継映像から微かに聞こえた彼女の指示の意味が解からずアンチョビは首を捻っていた。

 

 

「ウィンドとか何とか……」

 

「ナニ……?」

 

 

 アンチョビの些か細か過ぎではないかと言われそうな呟きに、突如帰って来たアッサムの声は特に答えを期待していなかった彼女にとって驚き以外の何ものでもなかった。

 

 

「おいアッサム……」

 

「私だって凜々子さんの声が聞こえた訳ではないですわ……映像で唇の動きを読んだだけですの」

 

「読んだってお前……そうか読唇術か!」

 

「GI6に属する生徒にとって読唇術は必須科目ですから…ですが残念ながらカメラアングルのせいで読めたのは極一部でしたけどね……」

 

 

 涼しい顔で気のない感じで答えたアッサムであったが、それを聞いたアンチョビの方はまた厄介なスキルを身に付けやがってといった感じで渋い顔をしていた。

 

 

「しかしウィンド何とかって何だ……?」

 

「さぁ…でも確か最初の回避機動の時はシックス……シックスステップと……フム……」

 

 

 それまでさして気にも留めていなかったアッサムだが、興が乗ったのか愛用のノートパソコンに細切れなキーワードを入力し何やら検索を始めていた。

 

 

「あら……」

 

「何だどうした……?」

 

 

 検索を始めて早々にヒットした結果に拍子抜けしたような表情になったアッサムに、アンチョビは逆に不安を覚えたようだ。

 

 

「いえ…別に大した事では……多分これだわ…成る程ね……」

 

 

 少ないキーワードの割りに意外とあっさり該当しそうな情報を見付けたアッサムは、その内容を確認し独り納得したように頷いている。

 

 

「アッサム、出来れば私達にも解かるように説明して貰えないだろうか……?」

 

 

 何が成る程なのかさっぱり解からぬまほが少し困ったような表情でアッサムに声を掛ければ、彼女も我に返ったようにまほに向き直り微笑んで見せるのだった。

 

 

「あら失礼…でも本当に大した事ではないのよ……そうね、これはどちらかというと私達が深読みし過ぎといった処かもしれませんわ」

 

「…益々訳が解からないんだが……」

 

 

 一層難しい顔になってしまったまほの表情に、アッサムは思わずクスクスと笑い出した。

 

 

「だからまほさんも含めてあの子の事になると皆深く考え過ぎですわ…まぁこれまで色々とあったからその気持ちは解からないでもないですけど……」

 

 

 アッサムはそう言いながらノートパソコンに表示されている検索結果の説明を始めた。

 

 

「シックスステップとウィンドミル…どちらも彼女達AP-Girlsがステージに取り入れていた、いわゆるストリートダンスのステップや技の名前ですね……おそらく彼女達は咄嗟の場合に使う機動にダンスステップの名称を付けているのでしょう。そうしておけばいざという時一々細かい指示を出す必要がないですから当然効率も良いはずですわ」

 

「なんだ…そんな事だったのか……」

 

 

 てっきりもっと重大な秘密があるかと考えていただけに、そのアッサムが見付け出した答えにまほもアッサム同様に拍子抜けした顔になっていた。

 

 

「ですから言ったでしょう?考え過ぎだって……それよりもホラ、ラブが動き始めましたわ」

 

「なに?」

 

 

 全員が彼女の説明に聞き入っていたが、当のアッサムだけがモニターの様子をチェックしていた。

 そして促されるままにモニターに目を向ければ確かにラブが明確な意思の下に活動を始めており、そんな彼女の美しい姿に丁度観戦客達の間から溜め息が洩れた処だった。

 

 

「あの宇宙人め…あんな位置からエニグマのフラッグ車の存在に気付いたのか……」

 

 

 その様子からラブが晶のパンターの存在に気付いている事を悟ったまほは、彼女の並外れたというより完全に人外な感覚に呆れていた。

 

 

 

 

 

「さて、晶ちゃんにはもう一度驚いて貰おうかしら?」

 

「今度は何やる気よ?」

 

 

 ラブがこういうもの言いをするときは大概ロクでもない事を思い付いた時なのがよく解かっているので、Love Gunの砲手である瑠伽もあまりいい顔をしない。

 

 

「別にエグい事しようって訳じゃないわ、単に倉庫のシャッター越しの直撃弾で驚かせるだけよ」

 

「はぁ?」

 

「だって考えても見なさいよ、こっちの50mm程度でどうにか出来る相手じゃないのよ?ちょっと意表を突こうってだけの事だってば」

 

「姿の見えない相手に直撃弾とか充分エグいわよ……」

 

 

 ラブの飛び抜け過ぎた言動に慣れているとはいえ、瑠伽を始めLove Gunのメンバー達は揃って地球外生命体を見る目をラブに向けていた。

 

 

「なによその目は~?」

 

 

 その視線にラブは不満気に頬を膨らませるが、それもまた毎度の事なので誰も取り合わない。

 だがそれでもめげずに彼女は指示を出し始め、その指示に対してLove Gunのメンバー達の誰一人異を唱えないのもいつもの事であった。

 

 

「とにかく!香子はその交差点を左折!二軒目の倉庫の前で停止!」

 

「あ~ハイハイ……」

 

 

 異を唱えはしないが至ってぞんざいに返事をした操縦手の香子は、それでもラブの指示通り交差点を左折後二軒目の倉庫の前でピタリとLove Gunを停めるのだった。

 

 

「砲塔右90度旋回!徹甲弾装填!」

 

 

 ラブの指示の下砲塔が滑らかな動きで旋回し、硬質な金属音と共に徹甲弾が装填される。

 普通であればその存在がそこにいる事を全く確認していない状態での砲撃など、単なる弾の無駄であると反対意見が出る場面であろう。

 だが事ラブに関してはそれが普通であり、彼女がそこに獲物がいると言えばそれが事実であった。

 故にAP-Girlsのメンバーにとってこの場面でラブに意見するという事は時間の無駄でしかなく、少数精鋭と云えば聞こえはいいが絶対的戦力で劣る彼女達にはそれこそ命取りになるのだった。

 

 

「瑠伽、砲身チョイ上げ…いいわ……晶ちゃんのパンターの砲塔側面にぶち込むよ」

 

 

 Love Gunの砲口の直ぐ前には何年も開けられる事なく錆の浮いたシャッターが下りたままの倉庫があり、その倉庫の反対側の道路に面したシャッターも同様な状態であった。

 更にトラックが行き交うには充分な広さの道路を挟んだ対面にもその会社の同じつくりの倉庫があったが、こちらもまた同じような状態でシャッターに描かれた社名とロゴは掠れていた。

 今Love Gunと晶のパンターの間は一本の道路と四枚のシャッターで隔てられている。

 これが人間の力なら例え錆び付いているとはいえ如何ともし難い存在ではあるが、50mmとは云えども戦車砲の前には紙同然であり貫くのも容易いだろう。

 

 

「ふふっ♪そう、そのまま後少し進みなさい……」

 

 

 それに気付けと言うのが100%無理な状況下、周囲に鋭く警戒の目を向けながらも晶はラブが待ち受ける倉庫の前にゆっくりと騎乗するパンターを進めて行く。

 そして遂に目に見えぬ晶の姿が倉庫の前に差し掛かったその時、ラブの目がキュッと細まりその表情が妖艶な女狐の微笑に変われば、先程彼女の美しさに溜め息を吐いた観戦客達が今度は一斉にごくりと生唾を飲み込むのであった。

 

 

「撃て……」

 

 

 そして下された砲撃命令にLove Gun長砲身50mmが咆哮を上げると、放たれた徹甲弾は四枚のシャッターを易々と貫き、見事晶の駆るフラッグ車の砲塔側面に描かれた魚を思わせる楕円形のエニグマの校章に直撃していた。

 

 

 

 

 

「全くアイツは…年下相手でも容赦なしだな……」

 

「お前マジでラブの前ではソレ絶対に言うなよ、下手すりゃ一生口利いて貰えなくなるぞ…アイツにとっちゃあくまでも同期生同士なんだからな……まぁそれにしてもしょっぱい手を使ってる事には変わりないがなぁ……」

 

 

 渋い表情でぼやくように言うまほを軽く咎めるアンチョビの表情も、昔から散々似たような一撃を喰らっているだけに渋いものであった。

 だが彼女達だけでなくその場にいる者達全員が同様の経験をしているだけにその表情は二人と似たり寄ったりのもので、特に西住姉妹のとばっちりを受け続けたエリカなどは一層その顔は渋かった。

 

 

 

 

 

「な……」

 

 

 突然の直撃弾に黒煙が晴れその姿が見えるようになると、晶はまさに絵に描いたような呆然とした表情で言葉を失い、凹み煤けて掠れた校章を覗き込んでいた。

 

 

「晶……晶!」

 

「……!?す、すまん!全速でこうた…いや!前進せよ!」

 

 

 試合開始直後の()()()に続き再び目視不可能なポジションからの砲撃に暫くの間呆然としてしまった晶だったが、フラッグ車砲手である木戸睦美(きどむつみ)の声に我に返ると即座にそれが一番最適と思われる指示を出していた。

 

 

「だけど今のは何!?」

 

「ってか何処から撃って来たのよ!?」

 

「あちらさん徒歩で観測要員出してた!?」

 

「あれは最初に喰らった超長距離予測射撃と同種のものよ……」

 

「晶……」

 

 

 車内が騒然となる中、晶の口から出た分析にフラッグ車の搭乗員は一斉に言葉を失う。

 

 

「みんなもこれで解かったでしょう?厳島恋がどういう相手かという事が……」

 

「それは……」

 

 

 睦美が何か言い掛けたが、それ以上何も言えず車内にはエンジン音のみが鳴り響いていた。

 

 

「とにかくこうして逃げるだけじゃあの人の思う壺!攻勢に出ないとあっという間に呑まれて終わってしまうわ!ラブ姉相手に何処まで通用するか解からないけど仕掛けるよ!」

 

 

 自分自身を鼓舞するように晶は大きく目を見開き声高に叫ぶと、ラブに挑むべく砲撃を加えて来たであろう予測地点の通りに向け前進の指示を出した。

 

 

「こちらフラッグ車、隊長の古庄だ!ヤークトパンター1号車に砲撃支援要請!」

 

「晶!?」

 

 

 まだLove Gunと会敵しておらずその姿が確認出来ない段階で支援要請を出し始めた晶に砲手の睦美が思わず声を上げ掛けたが、彼女はそれを軽く手で制するとそのまま攻撃ポイントとなる交差点の割り振られた数字とタイミングを無線に向かって伝えていた。

 

 

「晶…あんたまさか……」

 

「そう…そのまさかよ……」

 

 

 悲壮感すら漂う晶の不敵な笑みに睦美も思わず息を呑む。

 彼女は自分でもラブのようには行かないのは解かっているが、自分なりにラブの動きを予想し、その進路に向けてアハト・アハト(88mm)の楔を撃ち込む気だったのだ。

 

 

「こうして狙って来たという事はそれで終わりじゃない、必ずその続きがあるわ……だからこっちもやられる前にやるの、この状況で厳島恋相手に逃げの姿勢を見せては駄目!」

 

「晶……」

 

「大丈夫、私は冷静よ……冷静だからこそこうして対応策を取ってるんじゃない」

 

 

 少しラブに対して思い入れが強過ぎるのではと感じた睦美であったが、彼女の声音からそれを察した晶はそんな睦美の不安を払拭すべく勤めて明快に答えるのだった。

 

 

「解かったよ…晶の思うようにやるといい……でもやるからには解かってるわね?」

 

「うん、絶対に悔いの残らないようにやりきるから」

 

 

 その答えを聞いた睦美はやっと納得したのか、自分の職務に専念すべく砲手席に座り直した。

 

 

 

 

 

『宮本さん今の砲撃は一体……?』

 

『…私のような極普通の戦車乗りには解かりませんよ……』

 

 

 試合中継の放送ブースでこの試合の解説を勤める宮本弘子(みやもとひろこ)は、高校から大学選抜を経て実業団に入り、選手としても監督としても実績を重ねてきた人物だ。

 だがその宮本ですら今のラブの砲撃は説明のしようがないらしく、彼女にしては珍しくえらく投げやりなもの言いをしてしまうのであった。

 

 

『気の毒に……』

 

 

 そしてスタンド上、ラブの非常識にすっかり慣らされている者達は解説の宮本に合掌していた。

 

 

 

 

 

「さぁタイムリミットまで私達も全力で行くわよ」

 

 

 自分の放った鏃が晶に突き刺さった事を信じて微塵も疑わぬラブは、更なる一手を打つべく行動を開始していた。

 

 

「あの晶ちゃんなら下がる事なくそのまま真っ直ぐ進んでいるわ。ならこちらはそれを上回るスピードで追撃して晶ちゃんのお尻に喰らいつくよ!」

 

「ラブ姉がそう言うと凄いいやらしく聞こえるんだけど……」

 

「う゛……か、香子のその発想の方がいやらしいじゃない!とにかく全速で追撃戦を始めるわよ!」

 

 

 香子の突っ込みに何を想像したのか頬を赤く染めた全メンバーを乗せ、Love Gunのエンジンが唸りを上げ猛然と加速を開始する。

 

 

「次の交差点を右折…そうね……その次も右折して倉庫越しの平行追撃をやるよ!」

 

 

 お尻に喰らい付くと言いながらも咄嗟に思い付いたアレンジを加えた指示を出したラブは、目前に迫った交差点をドリフトでクリアする際のコーナリングGに備え身構える。

 そして香子の操るLove Gunはトップスピードのまま反対方向への軽いフェイントを入れた後、車体を右方向へ90度向きを変えると履帯から火花を散らしながらカニ走りに移行する。

 

 

「うん♪完璧ね──ナニっ!?」

 

 

 強烈な横Gに耐えながらも自分の思い描いた軌道を描きながら横滑りするLove Gun上でラブが満足気に薄っすらと笑みを浮かべたその時、タイミングとしては大分早かったが晶の指示でヤークトパンター1号車が放った徹甲弾が目の前の交差点に弾着していた。

 

 

「そのまま行けぇ!」

 

 

 しかし瞬間的にそれが最良であると判断したラブはそのまま交差点を抜ける選択をし、交差点に生まれた火球目掛けてLove Gunは飛び込んで行った。

 

 

「どういう事!?晶は私達の現在位置を知らないはずよね!?」

 

 

 火球に飛び込む直前、一瞬その規格外過ぎるサイズの胸のたわわをコマンダーキューポラの縁に閊えさせながらも車内に飛び込んだラブに対し、操縦桿を握る香子が疑問を投げ掛けた。

 

 

「…面白い……面白いわ♪晶ちゃん私の動きを読んで進路に予測射撃を仕掛けて来たのよ」

 

「なんですってぇ!?」

 

 

 嬉々とした表情でそう語ったラブに、瑠伽が驚きの声を上げる。

 

 

「今のはアハト・アハト(88mm)の砲撃、凜々子が受けたのと同じ攻撃よ。という事は私達を視認していない状態で撃って来たんだからそういう事になるでしょ?」

 

「そんな…晶が……?」

 

 

 これにはさすがに言葉を失う瑠伽であったが、一方のラブの方は至ってあっけらかんとしていた。

 

 

「狙いは悪くなかったけどね~、ちょ~っとタイミングが悪かったわね~」

 

 

 ざわめくLove Gunのメンバーを他所にラブはニコニコとしており、それが一層車内の困惑に拍車をかけていたが彼女は全く気にしていなかった。

 

 

「問題ないわ、カラクリは解かってるんだしそうそう簡単に当たらないから大丈夫よ~」

 

 

 お気楽に言うラブだったが、他のメンバーにとっては彼女から訓練中に仕掛けられた以外で超長距離予測射撃などというふざけた攻撃を受けたのはこれが初めてであり、動揺するのも無理はなかった。

 

 

「……だから落ち着きなさい、AP-Girlsのメンバーがこの程度の事で浮き足立っては駄目よ?」

 

 

 突如その声音と口調を変えたラブにハッとした彼女達はそれだけで平常心を取り戻すと、ラブはそれを見て鷹揚な態度で笑みを浮かべ頷いて見せた。

 

 

「それでいいわ……香子、次の交差点でもう一撃くるから直前で一発フェイントを入れて」

 

「了解」

 

「美衣子は徹甲弾の連続装填用意、倉庫越しに併走しながら連続でシャッター抜き仕掛けるよ」

 

「解かった」

 

 

 指示を出す間にもラブは周囲の状況に気を配り、他にエニグマの車両がいないか探っている。

 

 

「うん…他は大丈夫ね……香子今よ!」

 

 

 香子の操縦で再びトップスピード近くまで加速していたLove Gunだったが、次の交差点に進入する直前ラブの指示でつんのめるような急減速を行なえば、先程よりタイミングはあっているもののそれでもラブの読み通り交差点の真ん中に徹甲弾が弾着していた。

 

 

「よし!突っ切れ!」

 

 

 見事晶の攻撃を見切ったラブは再度加速を命じ、Love Gunを爆炎の中へと飛び込ませて行く。

 

 

「砲塔左90度旋回!仰角そのまま!徹甲弾装填!」

 

 

 旋回した砲塔上で横風を受ける形になったラブは、暴れる真紅の長い髪を気にも留めず次々と指示を出し続け晶のパンターに追い付くその時に備えている。

 

 

「後ちょっと…いる……間違いなく直ぐそこに晶がいる……」

 

 

 全神経を砲撃のタイミングを読む事に集中させているラブが、倉庫を挟み併走するも姿の見えない晶のパンターの存在を捉えていた。

 

 

「並んだ…もう少し……次のシャッターで……」

 

 

 国内のみならず海外に於いてもこれ程の高加速を誇る戦車はいないであろうという敏速で駆けたラブの指揮するLove Gunは、遂に倉庫を挟み晶のパンターG型と併走体制に入っていた。

 その模様はその上空を飛ぶ空撮用ドローンが観戦エリアにも届けており、観戦客のみならずテレビ中継の実況アナウンサーもこれから起こるであろう事を興奮気味に伝えていた。

 

 

 

 

 

『またしても厳島選手が攻撃を仕掛けようとしていますが、彼女は一体どうやって相手の位置を特定しているのでしょうか……?』

 

『…私には全く想像も付きませんよ……あんな事が出来る選手は今まで見た事ありませんから……』

 

 

 倉庫を隔て併走するLove Gunは主砲の砲口を姿が見えぬ晶のパンターに指向しており、彼女が何を意図しているかは誰の目にも明らかだった。

 だがラブを知らぬ者にとって今日の体験は、俄かには信じ難いあまりにも衝撃的なものであった。

 

 

 

 

 

「まぁ仕方ないですわね……」

 

「確かに仕方ないな……」

 

「免疫のない者にいきなりアレはな……」

 

「それにしてもまたエグい手を…でも仕方ないか……」

 

 

 困惑する実況席の二人の会話を耳にしながら、観戦スタンド上のまほ達は何処か心ここに在らずな様子で感想を口にしていた。

 だがそれも無理からぬ事で、彼女達の手元には菊代が調達して来た笠女の学園艦カレーが届いていたからであった。

 そして観戦エリアがそんな状況である事など関係なく、Love Gunの主砲が火を噴こうとしていた。

 

 

 

 

 

「いいぞ……撃てぇ!」

 

 

 観戦エリアでも注目が集まる中、遂にLove Gunの主砲が火を噴けば、再びシャッターを易々と貫いた徹甲弾は魔法でも掛けられたかのように晶のパンターの砲塔側面を叩いていた。

 

 

「ダッシュ!一気に回り込んで頭抑えるよ!」

 

 

 ラブの命を受けた香子がスロットルを煽れば、Love Gunはまだ上があったのかという勢いで加速してその先の交差点めがけてすっ飛んでいった。

 そしてその砲撃を合図とするように倉庫街の各所で会敵した両チーム車両達が、ほぼ同時に激しい砲戦を展開し始めるのだった。

 

 

「ラブ姉!」

 

「うん、あの程度で折れる子じゃないわよね晶ちゃんは♪」

 

 

 Love Gunがこの日一番の高機動で晶のいる通りに回り込めば、晶はラブの言うように彼女の仕掛けた揺さぶりに心を折られる事なく牙を剥き挑み掛かって来た。

 

 

「さぁ第2ラウンドよ♪」

 

 

 そんな彼女の様子にラブもまた実に嬉しそうにそれを迎えていた。

 

 

「本当に信じられないような事を平然とやってのける人ね……でもそんな人だからこそ!」

 

 

 ラブが今の自分では到底太刀打ち出来ない相手である事は、晶にも充分に解かっていた。

 だがそれでも憧れの相手であった彼女相手にこうして挑む事が出来るチャンスが巡って来た事に、晶は形容し難い興奮と快感を覚えその頬を上気させながら戦っている。

 倉庫街の中で始まったその戦闘は、最初のうちは双方建ち並ぶ倉庫を活用しながら時に体当たりでシャッターや脆い外壁をブチ破りあいながら行なわれていた。

 だがストリートファイトを得意とし経験値で上回るラブの方が、火力と装甲で圧倒的に不利な立場にありながら常に試合のイニシアチブを握っていた。

 しかしそれでもラブ相手に奮戦を続ける晶の姿はそれを見守る者達に大いなる感銘を与えていた。

 

 

 

 

 

「凄いな彼女は……どうにかして我が校に迎えたいくらいだ……」

 

「今更何言ってんだオマエはぁ…まぁそう言いたくなる気持ちは解からんでもないが……」

 

 

 あの事件さえなければその可能性もあった事を知る由もないまほの呟きにアンチョビが突っ込むが、彼女もまたもし晶がアンツィオに来ていればその能力が如何に強力な戦力となりうるか頭の中でソロバンを弾きそっと溜め息を吐いていた。

 

 

「帰ってからの事ですが、あの古庄という子の事は詳しく調べてみる必要がありそうですわ……」

 

「そうですわね……」

 

 

 アッサムが何やらパソコンに入力しつつ呟けば、ダージリンも少々険しい顔でそれに同意した。

 もう間もなく卒業するとはいえ、近い将来後輩達の脅威となり得る存在は気になるようだ。

 

 

「fum…それにしても見なさいよ……あの二人だけじゃないわ、両校揃って()()()()しかいないのにあの暴れようは何よ?あっという間に倉庫街が穴だらけじゃない」

 

「何なのよ!?あの子達本当に一年生なの!?」

 

 

 強豪校の隊長格が雁首揃えて驚くのも情けないといえば情けないが、それ程までに激しい戦車戦が彼女達の眼前で展開しているのであった。

 

 

 

 

 

「見付けたぁ!さっきはよくもやってくれたわねぇ!」

 

 

 最初の戦闘でパーソナルマークを抉られそのプライドを甚く傷付けられたらしい凜々子は、執念でパンター3号車を見付けだすとそのまま格闘戦に突入し大破壊劇を演じるのだった。

 

 

「時間ねぇんだちゃっちゃとやるぞ!纏めて掛かって来やがれぇ!」

 

 

 そして夏妃はそのパンター3号車に随伴していた車両達相手に喧嘩を売っていた。

 

 

「愛ちゃんやっと会えた♡」

 

紗江子(さえこ)……」

 

 

 索敵行動中不幸にもガチでロリなエニグマの副隊長原沢紗江子(はらさわさえこ)と遭遇してしまった愛は、そのまま彼女と熱い格闘戦に突入していた。

 

 

「こっちは私に任せてあなたは存分に楽しむといいわ」

 

「鈴鹿……」

 

 

 非情なる鈴鹿はその場に居合わせるも紗江子の相手は愛に一任すると、自分は紗江子の支援車両全てを引き受け倉庫街で暴れ始める。

 

 

 

 

 

『無茶苦茶だ……』

 

『ハイ……?』

 

 

 実況席で解説を続けていた宮本は、凡そ高校生のもの、それも新設校の一年生同士の試合とは思えぬ戦いぶりに仕事を忘れ呆然と呟いていた。

 

 

『い…厳島流の家元である厳島さんはともかく、他の子達は正真正銘の一年生ですよね……?』

 

『あ~それは……』

 

 

 その発言が地雷であることは重々承知している宮本であったが、それでも敢えて彼女はそれを言わずにはいられなかったのだ。

 だが思わず彼女がそれを言ってしまう程に、この試合の展開は激しいものになっていた。

 

 

 

 

 

『おいラブ姉!時間制限が短過ぎだ!リミット解除しやがれ!』

 

「うわっ!夏妃煩いって……!」

 

 

 Love Gunの通信手の花楓はその立場上試合中は非常に多忙であったが、突如ヘッドホンから鼓膜を突き破りそうな勢いで轟いた砲声をBGMにした夏妃の怒号に思わず顔をしかめていた。

 

 

「全くもう夏妃ったら……だってさラブ姉どうする~?」

 

 

 ラブもまた晶相手に激しい格闘戦を演じている最中であったが、夏妃と鈴鹿は一対多数の戦闘を行なっており確かにその状況で時間制限を設けたままでは不測の事態も起きかねなかった。

 

 

『夏妃の言う通りよ、このままやり合える程温い相手ではない事はラブ姉も解かってるでしょ?』

 

「鈴鹿まで…解かったわ……時間制限の解除を許可する!但しエンジンのリミッターカットまでは認めないからそのつもりで戦いなさい!エンジンブローなんて不始末は絶対に認めないわよ!」

 

『了解!』

 

 

 当初は時間制限を設けどのような状況にあろうとも時間が来れば一旦引いて仕切り直しを考えていたラブであったが、彼女もまた晶達がそれ程温い相手ではない事を自覚していた。

 そして晶の戦いぶりからこのまま一気に勝負を決めに行くのも悪くないと思ったのだ。

 

 

「晶ちゃん、あなた本当に凄いわ……あなたならこのままAP-Girls入りしても問題なくやって行けるレベルだと思うわ♪でも今は敵だもの、全力で行くから覚悟なさい」

 

 

 ラブの形の良い唇の口角がキュッと吊り上り、見た者を凍り付かせる微笑がその面に浮かぶ。

 そして遂にこの日一番の見物となる大乱闘がここに幕を開けるのであった。

 

 

「さぁ歌え!そして舞え!誰よりも美しく!」

 

 

 一種の狂気を孕んだラブの叫びと共にAP-Girlsの機動が豹変し更に激しいものとなれば、それに釣られるようにエニグマの動きもそれに付いて行こうと一層激しくなり、飛び交う砲弾はアスファルトを抉り倉庫に大穴を穿つ。

 そしてそのあまりの激しさにそれまで観戦客の歓声に溢れていた観戦エリアは、いつの間にか静まり返り時折息を呑む音が聞こえる程であった。

 

 

 

 

 

「ちょっと待て……コイツら後先考えてないだろ!?」

 

 

 一般的な戦車道の試合の時間経過から考えればまだ序盤と云ってもいい時間帯であり、それを考えれば双方の動きはアンチョビが思わず叫んだ通り試合を決めに行く終盤のものだった。

 

 

「どうやらどちらもそのつもりのようですわ…両校の隊長の表情を御覧なさいな……」

 

「ナニ!?」

 

 

 ダージリンの指摘にアンチョビが改めて両校の隊長車を追う映像に目をやれば、確かに二人の表情は完全に本気でありそれがもたらす結果は一つしかなかった。

 

 

「どんな結果であれこの試合はもうじき決着が付くな……」

 

 

 まほの低い呟きは静まり返った観戦スタンドでは思いの外良く聞こえるのだった。

 

 

 

 

 

「やっぱり本当に凄い人なんだ…今の一撃までかわすなんて……」

 

 

 晶渾身の一撃も鬼神の動きでかわして見せたラブは踊るようなスピンから攻撃に転じ、撃ち出された徹甲弾は激しく晶のパンターを揺さぶっていた。

 

 

「でも絶対諦めない!少しでもあの人に近付くんだ!」

 

 

 歯を食いしばってその衝撃に耐えた晶は自らを鼓舞するようにそう叫ぶと、何としてでもラブの操るLove Gunに一太刀浴びせるべく矢継ぎ早に指示を出し続けた。

 

 

 

 

 

「いいわ……本当にいいわ♡」

 

 

 激しいスピンに真紅の髪を躍らせながらラブは熱い視線を晶に送る。

 彼女が強い事はわかっていたが、それが自分の予想を上回っていた事をラブは大いに喜んでいた。

 

 

「お楽しみの処悪いんだけどそろそろいいでしょ?」

 

「ん?あぁそうね……それじゃあ晶ちゃんに取っておきを見せてあげましょう♪」

 

 

 確かに戦い甲斐のある相手ではあるがいつまでも続ける訳にも行かず、瑠伽が少し落ち着いた声で問い掛ければ、ラブも一瞬考え込んだ後に勝負を決めに行くと思い定めたようだ。

 

 

「美衣子、連続装填最速モードで行くわよ!」

 

「了解!」

 

「瑠伽、ピンヘッドショット三連問題ないわね?」

 

「えぇ、任せて頂戴」

 

「美衣子、軌道を変えずにフラットスピン決められるわね?」

 

「誰に言ってるのよ?」

 

「よし!花楓、邪魔が入らぬように徹底的に抑えるよう全車に通達!」

 

「ハイ了解っと……」

 

 

 勝負を決めに行くラブの指示にLove Gunの車内の空気が一気に締まる。

 ラブの表情もまた美しき絶対の厳島の女王の顔となり、観戦エリアのモニターにでそれを見たまほ達もいよいよその時が来たと悟るのだった。

 

 

「よし行けぇ!」

 

 

 晶に向けラブが指を突き付けると、Love Gunはドラッグレーサーのような加速で突撃を開始した。

 それを見た晶もまたその時が来たと即座に迎撃の指示を出し、絶妙なタイミングで撃ち出された徹甲弾がLove Gunの足下を襲いフラットスピンを誘発させた。

 スピンしながら視界の中を横っ飛びで流れて行くLove Gunの姿に、その時晶はこれならば行けると思ったのも無理のない事だが、次の瞬間それが間違いである事を彼女は痛感させられるのであった。

 

 

「……!」

 

「撃てぇ!」

 

 

 スピンするLove Gun上のラブが思わず見惚れてしまう笑みを自分に向けた瞬間、晶は自分が長砲身50mmの射線上にいる事に気が付いた。

 

 

「しまった!」

 

 

 晶がそう叫ぶのに合わせるように徹甲弾が彼女のパンターの起動輪に突き刺さる。

 

 

「くっ!」

 

 

 足下を揺さぶる衝撃に耐える晶であったがラブの攻撃の手はそれで止まる事はなく、その後もスピンを続けるLove Gunから立て続けに二発の徹甲弾が狙いを違う事なく起動輪に撃ち込まれた。

 

 

「なっ!?」

 

 

 驚く晶の足下で計三発の徹甲弾の直撃を受けたパンターの起動輪が砕け散り、それと共に駆動系に致命的な損傷を負ったと判断した判定装置が白旗を射出、その瞬間AP-Girlsにとっての初勝利が確定したのであった。

 

 

 




ラブが徹甲弾を撃ち込んだエニグマの校章は、
エニグマに付けられていたロゴそのものです。
検索すれば直ぐ解かると思うのですが……。

丸々1話分押したエニグマ戦は如何でしたでしょうか?
新しい試みで随所に中継の実況を入れてみましたが、
私としては結構面白かったです。

一応今回で戦闘は終了したので次回はお馴染みのお風呂回ですw

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