「私言いましたよね?」
その時、日本戦車道連盟本部の一室で厳島流第二種礼装に身を包んだラブが勤めて感情を抑えた口調で放った一言と、彼女のエメラルドの瞳の放つ強い輝きは、その場に参集した者達全員を黙り込ませるのに充分な圧力を秘めていた。
「私本当にここにいていいのかしら……」
目の前で展開される熱狂のステージに晶達が夢を見る傍らで、昨夜一晩ラブ達と共に過ごした亜美はそのままなし崩しにLOVE'S VIPとしてAP-Girlsのライブに招待されたのだった。
彼女は教導教官という職務上全国を飛び回る事も多く、公務員の中でも時間に関してはかなり自身の裁量で融通が利く立場だった。
とはいえ、公務員である以上は公私の区別には厳しくあらねばならないはずだが相手が厳島であれば話は別らしく、周囲もその事で彼女に何かを言う事はなかった。
いや、更に厳密に言うなら厳島相手に物申せる者などいないと言うのが正しいのだろう。
そして彼女がそんな事を考えたのも束の間、ステージ上で展開される歌とダンスの熱狂のパフォーマンスに飲み込まれ押し流されて行くのだった。
「こ、これがラブ・トルネード!」
ステージにせり上がったLove Gunレプリカの砲塔上でラブが指揮用の軍刀を抜き大きく振り回せば、それに合わせAP-Girlsのメンバー達が一見無秩序に見えて実は計算された動きで螺旋を描くように激しいステップを踏みながらラブを中心に走り回っていた。
彼女達の定番パフォーマンスの中でも人気があり、ファン達の間でいつの頃からかラブ・トルネードと呼ばれるようになった激しい動きに晶が興奮気味に声を上げていた。
小学生の頃より憧れた相手と相対し砲弾を交え、更にはこうして招待客としてAP-Girlsのステージを目にした彼女はより一層強くラブの事を崇拝するようになって行った。
「ラブお姉様……もう私一生あなたに付いて行くから!」
『うわぁ……』
晶の強烈な一面を見てしまった亜美とエニグマの隊員達の目は何処までも痛かった。
「ねぇ晶ちゃん、私と一つだけ約束してくれる?」
「あ…え?なんでしょう……?」
ステージ終了後、感動も冷めやらぬ内に楽屋を訪れた晶達は、軍服九尾狐のステージ衣装もそのままに汗を輝かせるラブの美しさに中てられぽ~っとしていた。
しかしそんな晶に対し突然ラブが言い出した事に彼女は戸惑いを見せる。
「この後の新設校リーグ戦の残りの試合、何があっても最後まで決して諦めないと」
「えっと…それは……?」
「……晶?」
「あ……はい!勿論全力で戦います!」
ラブの真意までは解からぬが真摯な瞳に見詰められた晶は、襟を正し直立の姿勢を取ると宣誓するようにラブに答えるのだった。
『恋お嬢さん…本気なのね……』
この場にいる者の中で唯一直接彼女からその計画を聞かされている亜美としては、ラブの考える処を思うとこの場でそれを口にする事は出来なかった。
そしてラブがこの時晶に向けて言った事は自身の公式ブログにも書き込み、新設校リーグに参加する全ての学校に向けて暗にその可能性を仄めかすのだった。
しかしこの期に及んで何故ラブがここまで言うようになったかと言えば、最初から諦めるような事こそないが新設校の隊長達が無意識のうちに、全国大会へのチケットはラブ率いるAP-Girlsが手にするであろうと思っている事が見受けられたからだった。
「それでいいわ……それこそが厳島流の教えの真髄よ」
「……!ハイ!」
ここでやっと表情を和らげたラブが晶を抱き締めようとすると、その彼女の腕を夏妃と凜々子が両側からガッチリと極めて引き止めていた。
「それが余計なんだよ!」
「大体私達まだ汗塗れでしょうが!」
「ぐっ……!」
何とか二人の手から逃れようとしたラブだったが、傍らに佇む愛の目が据わっている事に気付きそこでやっと抵抗するのを止めたのだった。
そんな彼女の様子にその場にいる者達が一頻り笑った後、AP-Girlsを擁する笠女学園艦は全てのイベントが滞りなく終了した事を宣言し、翌朝の出港に向けその準備態勢に入るのだった。
空けて翌朝。笠女学園艦の学食で朝食を共にした両校の隊員と亜美は、別れを惜しみつつそれぞれ次の目的地に向け旅立って行った。
「本当に仮設入浴施設はそのまま残して行ったのね……」
揃って両校の学園艦が出港したのに合わせ、一晩厄介になった笠女学園艦から公私共に使い倒しているニンジャの名で知られる陸自の観測ヘリOH-1で飛び立った亜美は、ラブと晶の戦いの舞台となった再開発待ちのゴーストタウン上空を確認するように一回りしていた。
その途中に見付けたテント群は笠女施設科が構築した仮設の温泉とその施設科の生徒達が温泉の維持管理の為に泊り込んでいるベースキャンプであった。
「う~ん…それにしてもあのテントの張り方仕込んだのはどう考えても
上空から見ても一糸乱れず並ぶテント群は地上で見た際もロープ一本取っても全く乱れはなく、その常軌を逸したと言ってもいい整然とした様は明らかに陸自仕込みの規則正しさであったが、彼女はそれに関して聞くのが怖くてその場で突っ込む事が出来ずにいた。
「…もうこの事は考えるのやめよ……それにしても恋お嬢さん…う~ん、彼女なら本当にやりそうだけど……あ~もうこの件も考えるのやめ……彼女を信じましょう」
全てを吹っ切るよう亜美の操るニンジャはゴーストタウンの上空を後にした。
全国大会地区予選も目前に迫り、全国を飛び周り指導に審判にと多忙を極める彼女に考える時間などなく、今はラブを信じる事に決めた亜美のニンジャは冬の空に溶け込んで行った。
「やっと…やっと勝てた!……あの子達を勝たせてあげられた……」
試合会場となった街の港を出港したその日の夜、ラブは只独り演習場の仕込みと称しLove Gunで人気のない演習場の市街地区画、嘗てまほ達とペイント弾戦を楽しんだあの場所に来ていた。
そこで彼女は大粒の涙をぽろぽろと零しながら、AP-Girlsの練習試合と公式戦を通じての初勝利にそれまで一切表に出さなかった感情を爆発させていた。
まほ達を相手にした連戦に於いても、例え連敗しようとまるで自分達を量るためだからと勝ちに拘るようには見えなかったラブであったが、やはり彼女も人の子であり隊長である以上は自分を信じて付き従う少女達に一刻も早く勝利を味合わせたかったのだ。
そんな彼女は初の白星にも表向き騒いだりする姿は見せなかったが、今は独りで溜め込んだものを吐き出すべくこうして誰もいない場所に来ていたのだった。
彼女もこの新設校リーグ戦でその先を見据え全戦完勝する事を目標に掲げながらも、勝利だけが全てという考えをよしとする人間ではない事は周知の事であった。
だがそんな彼女ではあっても隊長である以上一刻も早くAP-Girlsに初勝利と願い今日まで奮闘を続けて来た訳だが、開校から秋までを文科省の不始末で棒に振り心の内に色々と溜め込んでいたのだ。
故にこの感情の爆発も当然と云えば当然の事であったが、彼女としてはこんな姿を誰にも見られたくないというのは、家元の体面以前に一人の少女として恥ずかしいという思いが強いようだった。
だがここで全ての心の内を吐き出した彼女は、有言実行とばかりに破竹の快進撃で新設校リーグ戦で勝ち星を重ねて行くのであった。
「アイツ…本当にやりやがった……」
「あぁ、そうだな……」
新設校リーグ戦AP-Girls最後の対戦相手は
そしてLove Gunが武田菱のフラッグ車を仕留めたその瞬間、アンチョビの何処か苦々しさの混じった声にまほもまた似たような声音で答えていた。
「ねぇお二人さん、あなた達また何か私達の知らない事を知っているようですわね」
例によって観戦エリアのスタンドの一角を占めていた集団の中で、こういう事にはやたらと耳聡いダージリンがすかさずねめつけるような視線と共にアンチョビとまほに絡み始めていた。
「別に隠していた訳じゃないが…まぁここまで来たら話してももう構わんか……」
まほと顔を見合わせたアンチョビが熊本の西住家での一件を語って聞かせると、問い詰めたダージリンを始め皆一様にその口元を引き攣らせるのであった。
「そ、それは……」
「そんな有言実行ってあり!?」
「No way!ありえない…マジで……?」
アンチョビ達ですらこの宣言の裏にある彼女の真の狙いは聞かされていなかったが、それでも直接話を聞いた者達は何か彼女には考えがあると戦車乗りの勘で感じ取っていた。
しかしそうでない者達にはそれが中々伝わらず、只騒ぐのみであった。
だが彼女達の目の前で宣言通り1両も白旗を揚げる事なく見事全勝でリーグ戦を征し、優勝旗を掲げるラブの姿は間違いなく現実であった。
「いや、そうは言うがなぁ…オマエらだって昔からラブがそういう事を言う時は、それが決定事項だって解かってるだろうが……」
「で、ですが……」
アンチョビのダメを押すような言葉に、ダージリンもそれ以上反を唱える事は出来なかった。
「そうですわね…確かにその通りですわ……」
「だろ?」
やっと解かってくれたかと安堵の息を漏らすアンチョビであったが、今度はその矛先をその場にいる別の者達に向け始めた。
「処でお話の様子だと熊本のご実家での事ですからそこで目を逸らしているみほさんは当然の事として、更にエリカさんもその席にいらっしゃったようですわね……?」
「うえぇ……」
「ぐ……」
彼女のしつこさを充分に知るだけにみほとエリカは言葉に詰まり、実に嫌そうにげんなりとした表情を浮かべていた。
「そこって今喰い付くトコかぁ……?」
ある意味実にダージリンらしい発言に、アンチョビは只々呆れるのだった。
だがこの時こそラブと彼女が育て上げたAP-Girlsが新設校リーグ戦王者の肩書きを引っ提げ、堂々と全国大会へと乗り込んで来るのが決定した瞬間であった。
『さて、これでお膳立ては出来たわ…ここからが私の闘いだけど見てらっしゃい石頭共め……』
手にした新設校リーグ戦優勝旗を一瞥した後に、ラブは表情こそにこやかに祝福の声に応えながらもその心の内では何とも殺伐としたセリフを呟くのだった。
『全くこの子は…その顔はやる気ね……』
西住流家元西住しほは隣を歩むラブの横顔を見上げ、その表情から彼女の思惑を読み取りそっと小さく溜め息を吐くのであった。
「ん~どうかしたしほママ?」
「いえ、別に……」
新設校リーグ戦が終了して数日後の事、ラブは日本戦車道連盟本部で開かれる定例の会合に出席すべく厳島流第二種礼装で武装し、会議室に向けてしほと共に連盟本部の廊下を進んでいた。
新設校リーグ戦優勝後の今日このタイミングでラブが連盟の会議に臨む為に上京して来た理由は一つしかなく、それを知るしほとしてはそれが原因で会議が紛糾するであろう事は容易に予測出来るだけに、何か急を告げる電話でも掛かって来ぬかなどと愚にも付かぬ事を考えていた。
『…まぁちよきちと榊先生もいらっしゃるし何とかなるか……』
内心では帰りたいと思いつつもそれを面には出さぬようにしてはいるしほであったが、少しでも油断すれば盛大に溜め息を吐きそうでそれを抑えるのに苦労していた。
「はぁ…帰りたい……特に何もない定例の会合なのに出席するって事はそういう事よねぇ……」
しかしそんな彼女の努力を無にするが如く廊下の先の曲がり角の向こうで、盛大な溜め息と共に情けない声で泣き言を漏らす声が聞こえて来た。
「この声は……」
その声の主こそしほが多少なりとも当てにしていた島田流家元、島田千代その人の声であった。
だがその声には張りがなくどうにも頼りないものであったが、その理由はと問われれば今日の定例の会合にラブが出席するからに他ならなかった。
彼女もまた連盟本部に入館するなり正面玄関内にある古風な登番表にラブの名が書かれた真新しい木札を見い出し、その瞬間にその理由を察していたのであった。
「ちよきち!」
「しぽりん……!」
いきなり聞こえた千代の愚痴とも弱音ともつかぬ泣き言に思わずしほが昔の渾名で怒鳴り付ければ、千代もまた同じく渾名で応えるのであった。
「あんたねぇ!人が折角堪えてたのにいきなりグダグダ泣き言言ってんじゃないわよ!」
「だってぇ……」
「あの…?お二人共どうかされたのですか……?」
澄ました表情が果たして天然なのか確信犯なのか解からぬが、恐らくは後者であろうと思いつつ二人は顔を見合わせた後に揃って力なく溜め息を吐くのであった。
『この娘は……』
だが二人がガックリと項垂れたその時、その背後から快活に声を掛ける者があった。
「おや?皆お揃いだね……って、どうしたい?二人共浮かない顔で?」
「あ、榊先生♪」
振り向いたラブの視界に飛び込んで来た声の主こそ、先程しほもその名を口にした坂東相模流の家元、昨年の暮れの家元会議の席に於いてはラブの家元襲名報告の強力な後ろ盾となった榊弓江その人であった。
「これは恋お嬢さん、まずは新設校リーグ戦優勝おめでとう。いや実に気持ちの良い勝ちっぷりだったねぇ、この年寄りも久しぶりに戦車乗りの血が騒いだよ」
「ありがとうございます♪」
結局AP-Girlsがこのリーグ戦中に被弾したのは初戦となったエニグマ戦で凜々子のイエロー・ハーツが受けた一発のみで、以降の試合では至近弾こそ多数あったものの直撃弾を受ける事は一度もなく戦い抜き、実質全試合を完封で勝ち上がり優勝旗をその手中に収めていたのだ。
そしてこの結果は戦車道のみならず、他の競技に於いてもまず例を見ない程の快挙であった。
その胸のすく戦いぶりに榊は実に愉快そうであったが、この結果を錦の御旗として掲げ連盟の会合に出席したラブは、その席で昨年から再三に亘り主張した通りAP-Girlsが他の追随を許さぬ形で優勝し、必死に新設校リーグ戦を戦った他校の全国大会出場の機会を奪ったという事実をそれを否定した者達の喉元に突き付けるつもりだったのだ。
彼女の要求は只一つ、優勝する事が解かっていた自分達以外にもう一校、二位でリーグ戦を戦い終えた学校にも全国大会へのワイルドカードを与える事。
自分達AP-Girlsが参加しなければリーグ戦優勝の栄誉と全国大会へのチケットは二位に終わった学校のものであり、様々なデータと共にこうなる事を指摘し続けたラブの意見に耳を貸さずに新設校リーグ戦を強行した者達の責任を、彼女は家元の一人として徹底的に追及する構えを見せていた。
ラブがそんな
『あ゛ぁ゛ぁ゛…帰りたい……』
「ん?さっきからどうしたい二人して?」
会った時から冴えない顔のしほと千代に、榊もさすがに何やら不審に思ったようだ。
「…ここでは何ですからどうかこちらへ……」
胃の辺りに鉛でも流し込まれたような重みを感じたしほが、彼女らしからぬ緩慢な動作でプロリーグ設置委員会の委員長室として宛がわれている自室へと榊を促した。
「あっはっは!成る程そりゃあいい、あの石頭共が目を白黒させる様が思い浮かぶよ」
何とも口が重いしほに成り代わりラブがここで初めて自身の計画の全てを語って聞かせると、榊は大きく目を見開き膝を打つと豪快に笑って見せるのであった。
「榊先生……」
いっそ無責任と言って良い程豪快に笑う榊を前に、しほはガックリと肩を落とす。
「いや失敬、しかし成る程ねぇ…確かにこりゃあ恋お嬢さんの言う通りだよ……よし解かった、そういう事ならこの年寄りも全面的に協力させて貰うよ」
「本当ですか♪」
再び心強い後ろ盾を得たラブの顔が、勝利を確信し輝く。
「あぁ本当さ、私もリーグ戦は興味深く拝見させて貰ったからね……実際参加していた新設校は何処も相当にレベルが高いと見たよ、あれだけの学校が全国大会に出ない事の方がおかしいってもんさ」
「ですよね!……あ、榊先生それならいっその事──」
榊の話を受けたラブが、更に今この場で思い付いた事を提案する。
「成る程そりゃあいい!その方向性で一気に会議を畳み込もうじゃないか」
「はい♪」
「恋……」
「お嬢さん……」
完全に意気投合した二人がより一層企みを膨らませて行くのを、しほと千代は只傍観するのみで止める事は出来なかった。
「いいのしぽりん……?」
「ならちよきち、あんたが何とかしなさいよ……」
「無理に決まってるじゃない……」
盛り上がる二人を他所にこそこそとやり合うしほ千代であったが、この二人を以ってしてもどうにか出来るものではないらしく、諦めの境地でこの日何度目かの溜め息を吐くのであった。
「あ、時間ですね…それじゃちょっと戦闘準備を……」
「戦闘準備……?」
「恋、あなた何を……?」
いぶかしむしほと千代の前でラブはポケットからいつものヘアピンを取り出すと、前回の家元会議の時と同様に顔の右半分を覆い隠す前髪を掻き揚げ凄惨な傷痕を露にした。
「毎度すみません……でも持てる武器は有効に使ってこそですから」
前髪をヘアピンで留めたラブがにっこりと微笑んでみせれば、榊も古参兵の不敵な笑みを浮かべながら張りのある声で応えるのだった。
「いつもながら惚れ惚れする覚悟だねぇ……それじゃ乗り込むとしようか!」
美しきスカーフェイスが
そして始まった日本戦車道連盟定例会議であったが、確かにしほ達の予想通りラブが新設校の全国大会出場に関する動議を提出した瞬間紛糾し掛けた。
だがそれら全てをしほ達が矢面に立つ以前に、リーグ戦完全優勝で自信と凄みを増した厳島絶対の女王のラブがたった独りで封殺していた。
「私言いましたよね?如何に私達AP-Girlsが新設校リーグ戦に出る事が無意味かを……それを裏付けるデータも合わせて提出して何度も何度も何度も……」
『こりゃあこんな年寄りが出るまでもなかったねぇ……』
圧倒的な存在感とその頭脳を以って戯言を武器に斬り掛かる者達を尽く返り討ちにするラブを前に榊は笑いを噛み殺していたが、ラブが老害を論破する度しほと千代は死にそうな顔をしていた。
前回の家元会議の折にラブに散々噛み付こうとした六芒会代表の
結果会議が終わってみればその内容はラブの一人勝ち、彼女は新設校リーグ戦をAP-Girlsに次ぐ二位の成績で終えたエニグマに対しても全国大会本戦出場のワイルドカードを捥ぎ取っていた。
そしてそれだけに止まらなかった彼女は会議の直前に思い付いたアイディアである新設校リーグで勝ち残れなかった学校に対しても、全国大会に向け開催される事となった地区予選への出場権を認めさせる事に成功していた。
これに関しては日本戦車道連盟会長である児玉が賛成に舵を切った事が大きかったのだが、その背景にはラブの背後で三人の家元が見敵必殺の視線で睨みを利かせていたのが大きかった。
しかしその過程がどうであれこの時遠く熊本の地でラブが抱いた野望はその全てが成就し、それは同時に間もなく始まる全国大会で大暴風が吹き荒れる事が決定した瞬間でもあった。
『この子が戦車道を続ける限りこれからもこんな事が続くのかしら……』
『止めてよしぽりん……』
静まり返った各流派の家元と連盟役員を前に亜梨亜譲りの女帝の笑みで満足気に鷹揚に頷くラブの姿にしほがぼそりと呟けば、千代が胃の辺りを押さえながら消え入りそうな声で抗議していた。
だがそんな二人の頬もよく見れば若き女帝の美貌の前に薄っすらと上気し、テーブルの下では内股になった腿の奥をキュンキュンさせているのだった。
「私が後10年若ければねぇ……」
『榊先生!?』
ラブの圧倒的な色気に中てられた二人の耳に榊の呟きが届きギョッとするのと同時に、大荒れの連盟定例会議もその幕を閉じたのであった。
「ラブ姉が諦めずに最後まで戦えって言ったのはこういう事か……」
日本戦車道連盟から態々郵送で送られて来たエニグマの全国大会本戦出場の決定を知らせる書簡を前に、エニグマ戦車隊の隊長である古庄晶は独り隊長室でラブがステージ後の楽屋で言った言葉の真の意味を理解したのだった。
「…全くあの
どちらかといえば凛々しい美少年のような面立ち(但したわわのサイズの方は年齢の平均から見ればかなりご立派)な晶が、連盟からの知らせをまるで想い人からの便りのようにその胸に抱き締めている。
その表情はまさに恋する少女のそれであり、日頃の切れ者の隊長ぶりを知るエニグマの隊員達がその場に居合わせればドン引き確実な光景だった。
だがほぼ同じ頃に連盟から全国大会地区予選参加に関する通知を受け取った残る四校の隊長達も、晶程偏執的ではないにせよラブへの想いを新たにしていたのだ。
『私一生あのおっぱいに付いて行くわ!』
「うおぅ!?」
「何?どうしたのよ?」
「い…いや、なんか急に背中に寒いものを感じて……」
「風邪?気を付けなさいよね……」
新設校の隊長達がかなり歪んだ決意をその胸に抱いたその時、執務室で凜々子に溜め込んだ書類の山の処理をせっつかれていたラブは突如背中に奔った悪寒にその身を震わせていた。
「風邪とはちょっと違う気がするけど……」
「本当に大丈夫?まぁ健康管理はしっかりやってよね……やっぱラブ姉の身体は普通じゃないんだから何か少しでもおかしいと思ったら直ぐに私達に言うのよ」
「うん解かってる…ありがと凜々子……」
日常では彼女に毒を吐きながらも気遣いは忘れない凜々子に、ラブも穏やかな笑みで答えた。
だがこの時さすがにラブ自身も残る新設校の全てが地区予選を勝ち上がり、全国大会へと駒を進め波乱を巻き起こすとは夢にも思わなかったのだ。
新設校リーグ戦はその全てを書く事なく今回で終了ですが、
実は今回の話は久しぶりの大難産回でした。
時系列を前後させたりリーグ戦そのものを何処まで書くかとか、
あれこれ苦労の多い話になりました。
この後は番外編ではないですが中休み的な話を幾つか挟んだ後、
いよいよ全国大会突入です。
それにしても小島エミて…なんで今更……。
未だ劇場に行けてないけどそんな情報が目に入りました……。
私も含め直下履帯子ネタで二次創作した人はみんな爆死でつねw