ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

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やっと長い事書きたかったエピソードのうちの一つに到達しました……。


第三十一話   どうしてこうなった?

 それは新設校リーグ戦が行われていた最中、二月のとある週末の事。

 笠女学園艦は東北の地で行なわれる雪上戦に向け相模灘の沖合いを航行中であり、冬晴れの空の下完全に冠雪した富士を背に進む白亜の学園艦の美しい姿は、まさに洋上の女帝と呼ぶに相応しいものであったとそれを目撃した者達は口々に語ったという。

 

 

『さぁラブ、準備は宜しくて?』

 

「ハァ?ダージリン何よ突然?」

 

 

 突然の電話の相手はダージリンであったが、彼女の話は唐突に過ぎ一体何の話をしているのかラブにもさっぱり解からなかった。

 折りしもその日は金曜日であり学食で一番人気の学園艦カレーの昼食を堪能していたラブは、思わず手にしていた携帯とスプーンを交互に見比べカレーが冷める前に電話を切ろうかと考えていた。

 

 

『笠女の学園艦は丁度良い場所を航行していますのね……処でラブ、あなたこんな話を──』

 

「だから何の話よ?ねぇ、人の話聞いてる?」

 

 

 こういう女だと嫌になる程知ってはいるがさすがにイラっとしたラブが本気で電話を切ってしまおうかと考え始めた時、その背後でもう一人の聞き慣れた声がダージリンをどやし付けていた。

 

 

『ダージリンいい加減になさい、一人勝手に喋り続けて──』

 

「この声はアッサムね……」

 

 

 それから暫く携帯の向こうからよく聞き取れないが二人が言い争うような声が聞こえていた。

 

 

「全くこのポンコツは……お待たせラブ、新設校リーグ戦は絶好調なようですわね」

 

「え?あぁ、ありがとアッサム……だけどわざわざそんな事を言う為に昼休みを狙って電話して来た訳じゃないでしょ?」

 

 

 話し相手がアッサムに変わった事でやっと意思疎通が可能になったとはいえ、彼女達が何の為に電話して来たかが読めぬラブとしては目の前で冷めて行くカレーの方が目下一番の気掛かりであった。

 

 

「ねぇラブ、秋に再会した後笠女学園艦にお世話になった時、別れ際にした約束を覚えていて?」

 

「約束……?」

 

 

 携帯を耳に当てたまま首を捻って考え込んだラブの脳裏に浮かんだのは、高校戦車道観閲式後に笠女学園艦で共に過ごした夢のようなひと時の事。

 そして別れ際聖グロ学園艦出港までの時間を、二人と共にしたささやかなお茶会の席。

 

 

「まだ思い出せないかしら……処でラブ、今は何月?」

 

「ん?二月だけどそれが何か?」

 

 

 アッサムの何処か試すような口調に、ラブも暫し考え込む。

 

 

「私達は今()()()()に帰港中ですのよ?」

 

「二月…横浜……あ……」

 

 

 アッサムにここまで言われ、ラブもやっとその小さな約束を思い出した。

 記憶力のよい彼女だが、多忙を極める中さすがにそれを忘れていたのだ。

 

 

「思い出しまして?」

 

「そっか、チャーミングセールか……」

 

 

 聖グロの母港、ダージリンとアッサムの地元横浜は元町で年二回開催されるセールには、三人が出会って以降何度となく訪れてはウィンドショッピングなどを楽しんでいた。

 

 

「ちょうど週末ですし次の試合の為の移動中で特に予定はないのでしょ?ならヘリでこちらに来て一日過ごす程度の時間は取れるのではなくて?一日位なら訓練を休んでも問題はないでしょ?」

 

 

 慢心と取られれるかもしれないが、彼女達レベルになれば余程の強敵相手でもない限り試合直前ギリギリまでハードな訓練をするような事はそうそうなかった。

 例えやったとしても軽い調整レベル程度のものでしかなく、それは日頃の訓練のハードさと密度の濃さ故に直前になってまでジタバタする必要がないからであった。

 

 

「そりゃまぁそうだけどさ……」

 

 

 手にしたままだったスプーンをカレー皿に戻したラブは、例え約束していたとはいえ果たしてこのタイミングで艦を離れショッピングなどに行っていいものかと考えていた。

 

 

「息抜きは必要よ?AP-Girlsの皆さんも連れて来るといいわ」

 

「それはさすがにちょっと…結構な騒ぎになりそうな気がするんだけど……」

 

 

 既にトップアイドルとして確固たる地位を築いているAP-Girlsのメンバー全員がセール中の元町に繰り出せば、果たしてどれ程の事態になるかラブにも想像が付かなかった。

 

 

「あら?私達と一緒にいれば大丈夫よ、いざとなれば本校のセキュリティ部門に言って元町全体を封鎖して、貸しきり状態にする事だって可能ですもの」

 

「それもちょっと……」

 

 

 聖グロもまた地元横浜では絶対的な地位を築いている事を思い出したラブは、その聖グロに籍を置くダージリンとアッサムなら本気でやりそうな気がして言葉を濁した。

 

 

「本当にそこまで心配する必要はないわ、休日に街に出た聖グロの生徒…特に戦車道チームの選手に近付く無粋な者は滅多にいないし、例えいたとしても周りが黙っていないもの……まぁ所謂暗黙の了解というやつですわ、話し掛けるにしてもそれなりのルールがありますのよ」

 

「そ、そう…何だかどっかの歌劇団員の劇場の出入り待ちみたいね……」

 

 

 さすが聖グロと思いながらもラブは少し引き気味であったが、現実問題として自分達AP-Girlsのファン達の間でも似たような状況が出来上がりつつある事は彼女も把握していた。

 

 

「まぁそんな訳ですから安心して遊びにいらっしゃいな」

 

「…解かった、明後日の日曜日にそっちに行くわ……」

 

 

 根負けという訳ではないが、ラブもアッサムの説得に折れる形で横浜行きを承諾した。

 

 

「処でアッサム、そろそろ後ろで見当違いで的外れな薀蓄ダダ漏れさせてる生き物黙らせてくれない?正直さっきからず~っと煩いんだけど?」

 

 

 話が進まぬ事に業を煮やしたアッサムに携帯を奪われた後も、延々と薀蓄と諺の独演会を続けていたダージリンの声が癇に障っていたラブは冷たく言い放った。

 

 

「そう?慣れの問題かしら?毎日聞かされているせいかもう気にならないわ」

 

「…慣れるものかしら……?」

 

「とにかく日曜日に待っていますからね……それではごきげんよう」

 

 

 最後まで優雅さを崩す事なくアッサムは電話を切った。

 

 

「まぁいいか…あ……」

 

 

 暫く手の中の携帯を眺めていたラブが我に返った時、彼女のカレーはすっかり冷めていた。

 

 

 

 

 

「あら?ラブ一人ですの?」

 

 

 そして迎えた日曜日、笠女学園艦は更に先に進んだもののラブは単身Itsukushima Oneで横浜港に停泊する聖グロ学園艦の空港区画のヘリポートに降り立っていた。

 

 

「おはようアッサム……うん、あの子達にも声掛けたんだけどね…何か今回は幼馴染同士で楽しんで来いってさ……」

 

「あらそう?」

 

 

 拍子抜けしたような顔でアッサムは短くそう答えるのみだったが、当のラブの方が何処か納得行かない様子で浮かぬ顔をしていた。

 

 

『これはあれね、愛さんを連れて元町を闊歩したかったけど当てが外れたって辺りね……』

 

 

 そう見当を付けたアッサムであったが、彼女はそれを口にだすような真似をしなかった。

 

 

「ねぇアッサム、さっきからダージリンの姿が見えないけどどうしたの?」

 

 

 Itsukushima Oneを降りたラブが辺りを見回すもアッサム以外に出迎えに現れた者の姿は確認する事は出来ず、彼女も不思議そうな顔をしていた。

 

 

「あぁ、ダージリンなら髪が上手く纏まらないからってペコに編み直しさせているから少し遅くなってるのよ、でももう間もなく来ると思うからもう少し待って貰えるかしら?」

 

 

 アッサムにそう言われたラブは髪を結うオレンジペコに向け諺を乱発するも、尽くスルーされるダージリンの姿が容易に想像が付き思わずクスリと笑ってしまうのだった。

 

 

「そっかぁ、まぁ私はいくらでも待つから大丈夫よ…それにしてもアレね、この光景はさすが聖グロというかなんというか……あれは清水でやったアンツィオ戦の時に()()()()()()()()()()()()()()()ライトニングよね……」

 

 ラブがローズヒップの名を強調すれば、アッサムがポッと頬を赤らめる。

 だがそのアッサムは清水にローズヒップを呼び寄せた際、その夜のお楽しみに為にフェロモンを放出中であったラブにローズヒップを押し付けて発情させるという荒業に出て、仲間達に『コイツ最っ低』と言わせていたのであった。

 

 

「やぁねぇ…ラブったらそんな言い方して……」

 

「……他にはハリケーンやスピットファイア(鉄火娘)はいいとしてアッチの格納庫にはソードフィッシュにソッピースキャメルまでいるけど本当に飛べるの?」

 

 

 アッサムは赤らめた頬に両の手を当てモジモジしながらも、欧州大戦機までが並ぶ古風な格納庫に目を向け当然といった風に答えた。

 

 

「飛べるに決まってるじゃない、少なくとも格納庫に並んでる機体は航空科で整備しているからそのはずよ……さすがに裏のヤードに山積みになっている機体は無理でしょうけどね」

 

「山積み…さすが伝統校ね……」

 

 

 呆れ半分関心半分といった感じのラブであったが、アッサムの方はそんな事はどうでもよさげな様子で今度はラブの事を爪先から頭の天辺までしげしげと見つめ溜め息を吐くのだった。

 

 

「こ、今度は何よ……?」

 

 

 彼女らしからぬ不躾な行為に若干たじろいだラブが警戒心丸出しで問えば、今度はアッサムがクスクスと笑いながらラブの不安を解くように答えた。

 

 

「あらごめんなさい、あなたの私服姿を見るのは久しぶりだったからつい」

 

「なんだ…そんな事……?」

 

「コンセプトはやっぱり芸能人のお忍びかしら?」

 

「ちょっ!アッサム!?」

 

 

 思いがけぬアッサムの言葉に、淡いグラデーションの入った度入りサングラスの奥でラブのエメラルドの瞳の目尻が吊り上がった。

 

 

「馬鹿ねぇ、冗談よ……」

 

 

 拍子抜けしたようなラブが自身の姿を確認するように視線を落としたが、彼女の今日のファッションはといえば元町でのショッピングを意識してかさり気なく気合が入っていた。

 

 

「変…かな……?」

 

「そんな事はありませんわ……とっても素敵よ♡」

 

 

 うっとりとした表情でほぅっと溜め息を吐いたアッサムがラブに告げれば今度は彼女の方がその場で恥ずかしげにモジモジするが、そんな仕草は年相応というより幼さを感じさせた。

 

 

「なら…いいけど……でもアッサムだってとても可愛らしくてよく似合っているわよ♪」

 

 

 アッサムが身に付ける白のダッフルコートもまた、清楚で彼女の可愛らしさをを引き立てている。

 

 

「ありがとう……そのトレンチコートの色はもしかして厳島のイメージカラーかしら?」

 

 

 ラブが身に付けるトレンチコートはデザインこそ厳しいが、その色は厳島が好んで使うマリンブルーであり胸元を覆う白のマフラーと合わせラブの真紅のロングヘアーを良く引き立てていた。

 

 

「え?あぁ、そうなるわね……少し前に今年の冬用に亜梨亜ママが用意してくれたけど厳島(ウチ)のブランドで作ってる物みたいだから」

 

『さすが亜梨亜様、どうすればラブの美しさが引き立つかよく解かっていらっしゃるわね……』

 

「どうかした?」

 

「いえ、何でもないわ…それと今日髪を結っているリボンはもしかして……?」

 

「あ、コレ?」

 

 

 アッサムが指差したラブの髪をツインテに結うリボンこそ熊本でアンチョビがプレゼントした物であり、彼女にとって一種の勝負リボンになっているらしかった。

 

 

「うん、熊本に挨拶に行った時に千代美がプレゼントしてくれたのよ~♪」

 

「そう……」

 

 

 清水で行なわれたアンツィオ戦の際、そのツインテ姿にダージリンが嫉妬した顛末を思い出したアッサムは目を逸らし細かく肩を震わせていた。

 

 

「どうかした?」

 

「…何でもないわ……」

 

「変なアッサム……」

 

 

 プルプルするアッサムに事情を知らぬラブが不思議そうな顔をしていると、そんな彼女達の下へと通称Black Cabと呼ばれる黒塗りのオースチンFX3が滑り込んで来た。

 

 

「すっかりお待たせしてしまいましたわね」

 

「ダージリン、これってロンドンタクシーよね?聖グロって徹底して英国面ねぇ……」

 

 

 年代物ながら良く整備はされているらしいBlack Cabから降り立ったダージリンは、ロイヤルブルーのダッフルコートがギブソンタックに編み込んだ金髪に良く合っていた。

 

 

「さ、それじゃ早速行きましょう、二人共お乗りなさいな」

 

 

 ダージリンに促され挨拶もそこそこに二人がBlack Cabに乗り込めば、初老といって差し支えのないベテランドライバーは慣れた手付きで滑らかに年代物のオースチンFX3を発進させた。

 

 

「もういいんですの?」

 

「えぇ、やっと納得行く()()()()になりましたわ」

 

 

 アッサムの問いに意味深に視線を交わしたダージリンだったが、ラブはアーク・ロイヤル型を原型とする聖グロ学園艦内の街並みを興味深げに眺めておりそれに気付く事はなかった。

 

 

「街並みまで本当にロンドンみたいなのね……」

 

 

 石畳のメインストリートと思しき道を行くBlack Cabの車内のラブは、聖グロとの練習試合の際にはあまりゆっくり見る事の出来なかった流れ行く街並みをポカンとした顔で眺めていた。

 

 

「ラブ……もしかしてあなたロンドンに行った事がありますの?」

 

「ん?あぁ、言ってなかったっけ?ホラ、小学生の頃亜梨亜ママとアメリカで暮らすようになった頃にね、仕事で飛び回る亜梨亜ママにくっ付いて何度かね」

 

「そうでしたの……」

 

 

 ラブにとっては辛い過去に直結するはずの話であり、地雷を踏み抜いたような心境に駆られたダージリンであったが当のラブは気にしていないようだった。

 

 

「まぁでもそれっぽいのは中心部と学校周辺のみで、それ以外は至って普通ですわ」

 

「そうなの?」

 

「えぇ、そうでなければ艦内で暮らすには不便極まりないですもの…コンビニだって普通にありますわよ?……もしなければそれこそ艦内でクーデターでも起きますわ」

 

「あぁ…なる程ねぇ……」

 

 

 ダージリンが身を硬くしたのを察したアッサムが絶妙のタイミングでフォローを入れ、彼女が明かした身も蓋もない話にラブは苦笑していた。

 

 

「あ…氷川丸だわ……」

 

 

 そうしてあれこれと話すうちにBlack Cabはいよいよ陸に上がるべく長いランプウェイをゆっくりと下り始め、彼女達の眼下には商港横濱の街並みが広がっていた。

 

 

 

 

 

「これ可愛いわ♡でもこれが似合うのはアッサムだと思うの♪」

 

「確かにそうですわね」

 

 

 ラブが手にした紺と白のストライプのリボンは、アッサムの背後からラブが彼女の金髪に合わせてやれば、なる程確かにとても良く似合っていた。

 

 

「ではこっちのバレッタはダージリンかしら?」

 

「あら?それも素敵ね~♪」

 

 

 アッサムが手にする品の良いワインレッドのバレッタもまた、合わせてみればダージリンの髪色に良く似合う物でラブも満足気に何度も頷いていた。

 元町に乗り込んで早々精力的に店から店へと練り歩いていた三人は、今も髪飾りなどを扱う輸入雑貨店で品定めに余念がなく、その姿は極普通の週末の女子高生のものであった。

 地元横浜の誇りでもある聖グロにあって、絶大な人気を誇る戦車道チームの隊員達が陸に上がった際は、所謂暗黙の了解で迂闊に声を掛けるものはおらず彼女達も快適にウィンドウショッピングを満喫し、気になった物全てを買う訳ではないが少しづつその荷物を増やしていた。

 

 

「ふ…寒いとはいえこれだけ歩き回ると少し喉が渇きましたわね……この先に美味しい紅茶を出してくれるお店がありますからそこで一息吐くのは如何かしら?」

 

「そうね、確かに喉が渇いたわ」

 

「なら参りましょう」

 

 

 ダージリンの先導で再び元町商店街を歩き始めたラブは、内心こんな時でもやっぱり紅茶なのねと可笑しさを覚えたがそれを面に出す事なく彼女に従って歩を進めていた。

 

 

『あ…見て、ダージリン様よ!それにアッサム様もいらっしゃるわ!』

 

『え?ちょっと待って!もう一人一緒にいるのはAP-Girlsの厳島恋じゃない!?』

 

『どういう事!?』

 

『あなた達知らないの?ダージリン様とアッサム様はあの厳島恋とは幼馴染でいらっしゃるのよ』

 

『羨ましい…でもさすがねぇ……』

 

 

 直接声を掛ける者こそいないがそんなヒソヒソ声と視線は常に付いて回り、気にせぬ素振りをしてはいても耳に入る声はなんともむず痒いものだった。

 

 

「落ち着かなくてごめんなさいね……」

 

「いや、こっちこそごめんねぇ……」

 

 

 ダージリンとラブが互いに済まなそうに小声でそんな言葉を交わす傍から、更なるヒソヒソにならぬヒソヒソが聞こえて来る。

 

 

『やっぱり美人同士自然と惹かれ合うものなのかしら?』

 

『うわぁ…厳島恋って本当に背が高いのねぇ……』

 

『でもそれよりもさぁ…ホント大っきい……』

 

 

 やはり最終的に全ての視線が行き着くのはラブの胸のその一点であり、周囲からは一斉に露骨な溜め息が聞こえて来た。

 

 

「……」

 

 

 涙目になりながらも胸を買い物袋を持った両腕で覆い隠すのを思い留まったラブの姿に、ダージリンとアッサムの二人は思わず件のヒソヒソ話をしていた一団を睨み付けていた。

 

 

「落ち着きましたか……?」

 

 

 ラブが心安らぐ香りと共に乾いた喉を潤した紅茶に一つ息を吐けば、気遣うように優しい声音のダージリンが声を掛ける。

 どうにか逃げ込んだティールームは上質な紅茶の香りと落ち着いた雰囲気で、いかにもダージリン達聖グロの生徒が好む店であった。

 実際彼女達は帰港する度立ち寄っては一息吐くのが恒例行事になっているらしく、店の者達も高校生ながらも聖グロの生徒達を第一級の上客として扱っているのが良く解かった。

 

 

「うん…ありがとう……」

 

 

 それに答えたラブもまた穏やかな笑みを浮かべ、もう一口紅茶にを口着けるのだった。

 

 

「それは良かったですわ……」

 

「さすが元町、素敵なお店ね……」

 

 

 漸く気持ちに余裕が出来たラブが穏やかな表情で興味深げに店内の様子を見回す。

 

 

「そう言って頂けて私達も嬉しいですわ」

 

 

 ラブの様子に漸く二人もホッとしたようで、その表情から硬さが取れたのだった。

 

 

「うん、やっぱり元町って素敵だわ…そう、この雰囲気あの年の今頃以来ね……」

 

「あの年…?……!」

 

 

 ラブの言葉の意味を考えた二人の表情がその意味する処に気付いた瞬間再び硬くなった。

 あの年、それはラブが榴弾暴発事故に巻き込まれた年を意味しており、三人はその年の秋のチャーミングセールにも一緒に訪れる約束をしていたのだった。

 だがその約束は今日この日まで果たされる事なく時間だけが過ぎ、ラブの言葉にそれを思い出した二人もここまでに費やした時間の長さに言葉を失っていた。

 

 

「あ、ごめん二人共…また変な話をしちゃったわね……でも今日は本当に楽しいわ、何て言うのかな~?私の地元じゃないけどこの懐かしい感じ……帰って来たって感じね」

 

「…お帰りなさい、ラブ……」

 

「……ふふ、ありがとダージリン♪」

 

 

 ダージリンのお帰りの言葉に含まれる暖かさに、ラブの顔にも自然と笑みが浮かぶ。

 

 

「でもあれねぇ…そんな風に思わせるこの粋な雰囲気とかさ……なんて言うかその辺が軍港の横須賀との違いな気がするのよね~」

 

「まぁ横須賀は横須賀であの雰囲気が魅力なのだと思いますけど?」

 

「ん~、でも横須賀じゃあこんな気の利いた買い物って中々出来ないのよねぇ」

 

「まぁ♪」

 

 

 軍港と商港の如何ともし難い差を強調するようなラブの発言に最後は揃ってクスクスと笑い出し、それでやっと本当に落ち着きを取り戻した三人であった。

 その後も暫く元町でのショッピングを存分に楽しんだ三人の姿は、昼を大分過ぎた頃になって中華街へと移動していた。

 

 

 

 

 

「ねぇ…本当にいいの……?」

 

「大丈夫よ、このお店は高校生のお小遣いでも安心して食事が出来るお店なのよ?」

 

 

 お昼を食べようという段になってダージリンから中華街に席を予約してあると聞かされたラブは、再び現れたBlack Cabに揺られ中華街へとやって来たのであった。

 

 

「そんな心配する事ないわ……種明かしをすればこのお店のオーナーは聖グロ(ウチ)の戦車道チームOGなのよ、だから学校側もこのお店にはお墨付きを与えているって訳」

 

「は…なる程……」

 

 

 ギターの買い物の一件などで解かるように時として非常識極まりない思金銭感覚を発揮するラブであったが、友人達と行動を共にする時などは年齢に見合ったお金の使い方を心掛けており、中華街の中でもかなり立派な門構えを誇る店の前で種明かしを受け思わず呆けた声を出すラブであった。

 

 

「とても綺麗な方ねぇ……♡」

 

 

 態々挨拶に訪れた店のオーナーは年の頃なら亜梨亜達と同世代であろう雰囲気のあるオリエンタル美人であり、その抜群のスタイルを誇るボディに金糸で鳳凰を描いた純白のチャイナドレスを身に纏った姿に美しいもの大好きなラブは蕩けた表情を浮かべていた。

 

 

『コイツはぁ……』

 

 

 内心でそんな事を思いながらもそれを面に出す訳にも行かないダージリンとアッサムは、明らかにその雰囲気を楽しんでいるオーナーとラブのやり取りを見守っていた。

 基本的にラブが年上から可愛がられる体質である事をよく知る二人としては、その何とも危うい雰囲気に先程から飲茶と共に溜め息を飲み込み続けていたのだ。

 

 

『だ、大丈夫よね……?』

 

『え、えぇ…でもあの方も現役時代は相当に浮名を流した方ですし……』

 

 

 心配する二人を他所にまるで寸劇のようなやり取りを、ラブと店のオーナーは揃って楽しんでいるようであった。

 

 

「全くあなたという子は……」

 

 

 まるで真昼の情事でも見せられたように頬を赤らめたダージリンとアッサムの二人が、何やらぶつくさと文句を言いながら春巻きを齧っている。

 

 

「え~、何よ~?連れて来たのはあなた達じゃないよ~?」

 

 

 美人に可愛がられすっかりご機嫌なラブが、ニヤ付いた顔で口調だけ変え文句を言う。

 

 

「鼻の下……伸びてるわよ?まぁいいわ、あの方ならこれ位やると解かっていたのにここを選んだ私達が愚かでした……それよりもラブ、あなたに頼みたい事があるんだけどいいかしら?」

 

 

 ラブの態度に多少イラっとしたダージリンであったが、何やら目論見があるらしくそれをグッと堪えた彼女は勤めて落ち着いた口調と態度でラブに向き合っていた。

 

 

「ん?何よ急に改まって?」

 

 

 ダージリンとアッサムの様子が変わった事に気付いたラブも姿勢を正した。

 

 

「ねぇラブ、確か笠女は随時短期留学を受け付けていると言っていましたわよね?」

 

「え?えぇ、そうよ……それがどうしたの?まさか三年の二人がウチに来たいの?」

 

 

 思いもよらなかった話にラブが意外そうな顔で首を捻るが、二人は至って真面目な表情で頷き合うとその先を話し始めた。

 

 

「まさか…そんな訳ないでしょ……あなたの所……あなたに暫く預かって欲しい子がいるのよ」

 

「私に?誰かしら…もしかして新隊長のルクリリさん?彼女なら私なんかが何かしなくたって聖グロに新風を吹き込む名隊長になるわよ~?」

 

 

 少し考えてラブがルクリリの名を出したが、ダージリンはゆっくりと左右に首を振った。

 

 

「私もルクリリに関しては何の心配していませんわ……あなたの言う通りだと思っているし何より彼女を次期隊長として選んだのはこの私でしてよ?」

 

「そうだったわね…それじゃあ一体誰を預かれと……?」

 

 

 

 

 

 それから暫く時間が経ちラブ率いるAP-Girlsが見事新設校リーグ戦をパーフェクトの成績で勝ち抜き、その優勝旗と共に地元横須賀に凱旋してから数日後の事。

 

 

「何故…どうしてこうなったのでしょう……?」

 

 

 私立三笠女子学園芸能科歌唱部1-Aの教室には、ラブ達と同様桜色の制服に袖を通したオレンジペコが呆然とした表情で嬉しそうなラブと机を並べる姿があった。

 

 

 




個人的にこういう横道な話を書くのが好きなんですよね。
あぁ、でもこれでやっとペコを酷い目に遭わせる事が出来るww

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