ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

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やっぱりダー様を弄るのは超楽しいw


第三十八話   茶飲み話

 しなやかで美しく長い指、その指先の爪にはただ単純にマニキュアを塗っただけではなく、凝った意匠のネイルアートまで施されていた。

 その美しい指が茶色く所々焦げ目の付いた、薄べったい直径10cm程の円形の物体を摘み上げる。

 そしてその物体が美しい指の持ち主の口元に運ばれると、肉感的で艶かしい唇が開き一切躊躇する事なく齧り付き勢い良く噛み砕き始めた。

 バリバリぼりぼりとその物体を咀嚼する音と、お茶を啜る音が室内に響く。

 

 

「あ、茶柱……」

 

「……」

 

 

 湯飲みの中を覗き込んだラブはもう一口番茶を啜ると、目の前のままごとサイズの卓袱台の上にある100均の物と思しき安っぽい菓子器の中からもう一枚固焼き煎餅を摘み上げた。

 

 

「ったく…どうせこんなこったろうと思ったわ……つまんない見栄張ってないでさっさと出しゃあいいものを何勿体付けてんだか……」

 

「くっ……」

 

 

 セントラルヒーティングで充分に暖められた室内故問題ないのかもしれないが、キャミソールのみ身に着けたあられもない姿で座布団に座る彼女は、その破壊力抜群なプロポーションも相まって実に色っぽく扇情的だった。

 しかし今の彼女は胡坐を掻いた姿勢から立膝を突き煎餅を齧り茶を啜るなどという、トップアイドル以前に厳島家令嬢という立場にあるまじき酷い行儀の悪さであった。

 だがそれにしても彼女が今いる空間に漂う違和感は一体なんだろう?

 そこは如何にも英国の寄宿舎然とした聖グロリアーナ女学院の戦車道履修者達が住まう寮の一室だが、その片隅に敷かれているのは花茣蓙でありその上には座布団と卓袱台が据えられていた。

 そして卓袱台の上に並ぶのはティーポットとティーカップではなく急須と湯飲み、ティーフードではなく煎餅を始めとする茶菓子だった。

 いくら英国面に色濃く染まってるとはいえそこはやはり日本人、ダージリンもカップ麵のうどんや蕎麦やラーメンに焼きソバも食べれば当然煎餅も食べる。

 とはいえ彼女の無駄に高いプライドがそれらの物を飲食する場面を他の者達に見られる事を屈辱と感じ何よりも恐れていたが、実際の処は同じ寮で暮らす全ての隊員達にはバレバレだった。

 

 

「ねぇラブ、そんな馬鹿話よりさっきの話の続きを……」

 

「馬鹿話ですって!?」

 

「ダージリン、少しの間その口を閉じていて下さる?」

 

「ぐ……」

 

 

 態々お取り寄せした固焼き煎餅をラブに取り上げられた上に、アッサムにまでぞんざいに斬って捨てられたダージリンは不満気に唇を噛み締めていた。

 

 

「さっきの話って何だっけ?」

 

「ラブ……?」

 

 

 ラブがまたとぼけたと感じたのかアッサムの声には少し咎めるようなニュアンスが込められていたが、彼女もとぼけたつもりは毛頭なくそれ程意識しての発言ではなかったらしい。

 

 

「さっきマッサージの前にあなたが言った事よ……?」

 

「え~?あ…あぁ、そういう事……ゴメン、そんな深い意味で言った訳じゃないのよ」

 

 

 探るような口調のアッサムの言葉に、ラブも漸く彼女が何を云わんとしているか察したようだ。

 それは愛がダージリンとアッサムの二人に依頼したラブの就寝前のマッサージとストレッチを施す少し前、彼女が本当に何気なく放った一言であった。

 二人の卒業前に一緒に過ごす時間が取れた事をラブが何処かしみじみとした様子で喜んで見せた為に、ダージリンとアッサムは彼女の心情を深読みしたのだった。

 

 

()()でも飲もっか……」

 

 

 そんな二人の様子にやっと自分のミスに気付いたラブが、お茶でも飲みならゆっくりと話をする事を提案しそれを二人も受け入れたのだった。

 だがそこでダージリンが紅茶を淹れる準備をし始めた事にラブは難色を示した。

 何故ならこんな時にいつもの聖グロスタイルで紅茶など淹れられては、その場の雰囲気が堅苦しいものになりざっくばらんに話す事など出来ないと感じたからだった。

 

 

「ねぇ、私()()って言ったわよね……?」

 

「ですからこうして──」

 

「空気読めよ……」

 

「……」

 

 

 事此処に至って漸くダージリンも部屋のミニキッチンに後輩達にもバレバレながら一応隠してあるつもりな急須と湯飲みの用意を始め、更に無言で追求を続けるラブに屈し渋々花茣蓙やら座布団やら卓袱台などを部屋の各所の隙間から引っ張り出すのだった。

 

 

 

 

 

「さて、ダージリンで遊ぶのはこれ位にしてと……」

 

「あなたねっ!」

 

「冗談よ……」

 

「……」

 

 

 完全にラブのペースで振り回されキレるダージリンをあっさり片手を挙げ制すると、そこでやっと手綱を緩め気の抜けた表情を見せた。

 

 

「二人には少し深読みさせちゃったようね、ホントそんなに深い意味はないのよ」

 

 

 手にしていた湯飲みを卓袱台に戻しながらラブは改めて二人に顔を向けたが、ダージリンにしてもアッサムにしてもその瞳には何処かまだ探るような色を浮かべていた。

 

 

「だからそんな目をしないでよ…ホラ、6連戦の時はさ~、横須賀と横浜で距離が近い事もあって通いみたいな状態で泊り込んでどうこうって事がなかったじゃない?だからよ……」

 

 

 ここでやっと二人も言われてみればといった表情になり、漸く彼女が何を言おうとしていたか理解したようであった。

 

 

「なる程、そういう事でしたか……」

 

「そういう事よ……大洗以降はさ、遠いから泊り込みになる分色々と楽しくさせて貰ったじゃない?後から考えれば聖グロ戦じゃその辺失敗したな~って思った訳なのよね~」

 

 

 下がり眉毛で苦笑するラブに、二人もなる程と釣られて苦笑していた。

 

 

「でもそれを言ったら小学生の頃からそうでしたわ……試合の度に規制した16号線を行ったり来たり、いつも日帰りで泊り掛けで何かやるといったら地域の合同合宿くらいだったのではなくて?」

 

「懐かしい話ですわね」

 

 

 ダージリンの掘り起こした記憶に、アッサムも懐かしげな顔をする。

 

 

「だからさ、今回こうして時間が持てて良かったなって思ったの……ただそれだけの事よ」

 

 

 ラブの語った話に二人もそういう事かとやっと納得した様子だったが、ラブが再び湯飲みに手を伸ばし僅かに目を逸らした一瞬の間にダージリンとアッサムはアイコンタクトを交わしていた。

 

 

『決して油断はするな』

 

 

 それはラブを短期留学生として聖グロに迎え入れる少し前、笠女への短期留学を終え帰艦したオレンジペコから報告を受けた時の事。

 留学中ラブの日常の様子をそれとなく観察するようオレンジペコに言い含めていたダージリンは、その報告の中でラブが度々薬の服用に難色を示す場面があった事を聞かされていたのだった。

 昨年の秋の東富士で再会を果たした彼女達であったが、笠女学園艦で共に過ごした数日の間ラブを密かに観察し続けていたアンチョビはラブの心の不安定さと、それに関わるであろう一般的ではない薬を多数服用している事に胸を痛めていた。

 それを彼女から聞かされていただけにその後の経過が気になり、ダージリン達もオレンジペコに別命を与えていたのだった。

 結果ラブがその種の薬の服用を嫌がる事が多々あった事を耳にし、彼女が未だ心の中に何某かの闇を抱えている事を推察していたのだ。

 故に二人も彼女の言う事を、そのまま額面通りに受け取る事をしなかったのだ。

 

 

「本当なら一週間は留学させたかったのですけれどね……」

 

「まあ仕方ありませんわ、今のラブのスケジュールで三日空きがあっただけでも御の字でしょう」

 

 

 戦車道のみならず今やトップアイドルとしてその名を轟かす上に、現役高校生にして厳島流の家元であるラブの日々のスケジュールは多忙を極めそれこそ秒単位で日常を管理されていた。

 

 

「あ~、その辺もゴメンね~、ウチに受け入れる分にはどうとでもなるんだけど私が外に出るとなるとこれが中々ねぇ……ほ~んとゴメンとしか言いようがないわ」

 

 

 エリカが奔走し周到に用意した黒森峰留学でさえ四日間であった事を考えれば、来年度に向け忙しいこの時期に例え三日とはいえ日程を抑えられたのは奇跡に等しかった。

 

 

「…身体にはくれぐれも気を付けるのですよ……」

 

「ありがと、でもその辺も徹底管理されてるから大丈夫よ」

 

 

 榴弾暴発事故で重傷を負った結果、複数の後遺障害を抱えるラブにとって不規則に顔を出す様々な症状を事前に把握する事は当事者である彼女ですら難しかった。

 故に今彼女が言った事は厳密に言えば嘘であったが、そこはやはり二人を安心させたいという思いからラブはそう答えたのだった。

 

 

「ならいいけど…それよりラブ……あなた一体何枚お煎餅食べれば気が済むんですの!?」

 

「ん~?あぁこの固焼き?中々美味しいわね~♪」

 

「美味しいわね~じゃないわよ!それはお取り寄せした物で結構高いのよ!?」

 

「ケチくさいわね~、これくらいいいじゃないよ~何なら後で箱で送ってやるわ~」

 

「そういう問題じゃないですわ!大体こんな時間にそんなに食べて太りますわよ!」

 

「あ~それなら大丈夫よ~、私基本的に太り難い体質だし日頃の運動量が桁違いで基礎代謝も高いから何も問題はないわ」

 

 

 ラブはキャミソールの裾を捲くって細く引き締まったウエストを強調するように見せた。

 

 

「ウソ仰い!このおっぱいデブ!」

 

「きゃっ!?」

 

 

 キッと目尻を吊り上げたダージリンがラブのたわわに突き付けた指先で、勢いに任せ薄布越しにぽちっと浮き出た先っちょをまるで玄関のチャイムのボタンでも押すかのようにプッシュしていた。

 

 

「また始まった……」

 

 

 毎度の事とはいえ、呆れた様子のアッサムが溜め息で湯飲みから立ち上る湯気を祓いお茶を啜る。

 

 

「な、何すんのよ!?」

 

「お黙り!この乳豚!」

 

「ち、ちちぶ……痛っ!?」

 

 

 涙目でたわわの先っちょを指でグリグリしていたダージリンが、今度はたわわ本体をそのままの勢いで鷲掴みにする。

 

 

「一体何をどうやったらこんな不自然な発育の仕方をするんですの!?おっぱいだけこんなに際限なくブクブク膨らんで!」

 

「ちょっ!人の事化け物みたいに言わないでくれる!?大体私の制服用意したんだから私のスリーサイズだって知ってるんでしょ!?私のお腹に無駄なお肉なんて付いてないわ!ダージリンだって仲間内で私よりウェストが細いのはカチューシャだけだって解かってるはずよ!?」

 

「あ、あああアナタいつの間に私のスリーサイズを!?」

 

「そんなの目測で解かるわよ!」

 

「も、目測ってアナタねぇ!」

 

「ダージリン…もういい加減になさい……ラブ、あなたもあまり煽らないで……」

 

 

 段々騒々しくなって来た処で、眉間に微かに皺を寄せたアッサムがストップをかけた。

 このまま放っておけばその声で寮監を招き寄せかねず、無用な厄介事は御免被るとばかりにアッサムは騒動の元であるダージリンを軽く睨み付けた。

 

 

「私は別に煽ってなんかないわよ……」

 

 

 ダージリンに鷲掴みにされたたわわを撫で擦りながら、ラブは不満気に口を尖らせる。

 そしてその傍ではダージリンも何やらブチブチ小声で文句を言い続けていた。

 だが小学生の頃から親交のある三人にとってこの程度の事はレクリエーションの一種であり、例え今のような事があっても長く引き摺る事はなかった。

 

 

「春から二人も女子大生かぁ…地元私立女子外大に戦車道選手として特待生入学なんてモテるわよねぇ……お座敷も引く手数多なんじゃない?」

 

「何言ってるのよ…最上級生から一年生に逆戻りなのよ?遊ぶ間なんてないに決まってるわ……」

 

「……ま、確かに二人なら大学選抜から即招集が掛かるから暇じゃあないかもね~」

 

『……』

 

 

 大学選抜と聞いた途端、隊長である愛里寿の顔が思い浮かんだらしい二人の表情が何ともいえない微妙なものになった。

 

 

「あ、ゴメン…なんか嫌だった……?」

 

「…大丈夫、何も問題ありませんわ……そうそう、大学選抜といえば例のメグミさんとあなたの所の結依さんはその後どうなのかしら?」

 

 

 別に話を変えるつもりではないが大学選抜と聞きダージリンは、サンダース戦の際に笠女のたわわな美少女生徒会長である木幡結依の猛アタックの前に、大学選抜チームでバミューダの一角を占めるメグミが陥落したのを思い出しクスリと笑って見せた。

 

 

「ん?あぁ結依ちゃん?そうねぇ……お休みになるとよく高速連絡機使って出掛けてるみたいだから、多分メグミさんに会いに行ってるんじゃないかしら?」

 

「確か彼女は情報処理学科でしたわね、一度ゆっくり情報交換してみたかったわ……」

 

「あら?そういう事なら大歓迎よ?いつでも言ってくれればセッティングするわ……あ、でも綺麗なアッサムと結依ちゃんが一緒にいたらメグミさんハラハラするかしら♪」

 

「人を他人の色恋のエッセンスに使わないで下さる?」

 

 

 咎めるような口調のアッサムだがその目は笑っており、サンダース戦で間近で見た結依に翻弄されるメグミの様子を思い出しているのは明らかだった。

 だがラブもダージリンも同様に目が笑っており、その会話を心底楽しんでいるのは丸解かりだ。

 

 

「まぁそれはともかくさ、ウチ(笠女)の方は常に受け入れ態勢が出来てるから言って貰えればいつでも留学して貰って構わないからね?」

 

「そんなホイホイ留学させてたら全員行きたがるじゃない……」

 

 

 ダージリンは居並ぶ聖グロの隊員の胸が一人残らずたわわ化している光景でも想像したのか、一瞬だけその顔をしかめた。

 

 

「あれは一種の副産物だから…でも今後は交換留学する機会も設けたいと思ってるのは事実よ……?春になればウチだって新入生を迎え入れるわけだし外的刺激は必要だと思ってるわ」

 

「良きにつけ悪しきにつけ、昨年の大洗の一件は高校戦車道にとって大きな転機になったのは事実ですわね…実際こうして各校の交流が活発になった訳ですし……」

 

 

 アッサムの指摘する通り大洗連合に参加した学校の交流が活発になった結果、各校の戦車道チームはそれまでとは違った形で活性化し確実にその実力を伸ばしていた。

 

 

「ですがオレンジペコから笠女の教育レベルは高過ぎると聞いています…この先留学生を受け入れたとして果たしてどれだけの生徒がそれに付いて行ける事か……」

 

 

 戦車道と芸能科の活動はともかく一般教科でローズヒップがどれだけ惨憺たる結果を残して来たかと危惧するダージリンの表情が曇ると、彼女の考えを見抜いたらしいラブが右手の指を左右に振りながら数回舌を鳴らして見せるのだった。

 

 

「ダージリン、あなた少しロージーの事見誤ってるわよ?彼女の学力は決して低くないわ、そもそも聖グロに入学出来たんだもの当然よね」

 

「そ、それは既に我が校の七不思議に入りかけて…エキシビジョンと大学選抜戦以降あの子はやれ大洗枠だのアンツィオ枠だの言われ続けて……そもそも何故ラブがローズヒップの成績をご存知ですの?完全に個人情報でしょうに……」

 

「何言ってるのよダージリン……短期間とはいえ一緒に机を並べて勉強してれば直ぐに解かるわよ?あの子はとても頭がいい子だわ、アッサムはもうロージーのウチでの成績把握してるんでしょ?」

 

「…えぇ……それではあの評価は特に盛った訳ではないのですね?」

 

 

 ダージリンの酷評を前にしても眉一つ動かさなかったアッサムだが、ラブの意外な高評価と指摘に初めてその顔に変化を見せるのだった。

 

 

「ふふ♪恋は盲目ってヤツかしら?アッサムもロージーの事を溺愛し過ぎて意外とその辺が見えていないようね…一緒に学んで解かったわ、ロージーって頭の回転が物凄く速いのよ……それこそリミッターを解除した時のクルセイダー並みにね」

 

「それはどういう事ですの……?」

 

 

 どうしても聖グロの暴走女王のイメージしか持てぬダージリンが怪訝な顔をする。

 

 

「だから言ったじゃない頭の回転が速いって……ウチの授業の進み方は確かに速いわ、でもロージーはそれに問題なく着いて来る事が出来た……つまりはそういう事よ」

 

 

 ラブの説明に思わず顔を見合わせるダージリンとアッサムであったが、彼女はそれに構わず更に話を続けるのだった。

 

 

「ロージーは理数系が結構得意みたいね、それと英語はあなた達…聖グロのキングスより私みたいなブロークンの方が性に合ってるようよ……これは厳島流家元の目で見た結果だと思ってちょうだい」

 

「そこまで……」

 

 

 さすがに厳島流家元の名まで出して言われると二人もそれ以上この件に関して何も言えず、それまでのローズヒップに対する評価を改めねばと思うのみだった。

 

 

「でもね、これはロージーだけに限った事じゃないと思うわ……後輩達はあなた達が思った以上に成長してるって事、そしてそれは聖グロ以外にも当て嵌まる事だと思った方がいいわよ?」

 

 

 ここでやっと二人も目の前にいる厳島流家元の指摘に素直に頷くのだった。

 だがその時二人は現段階でも規格外な強さを誇るAP-Girlsもまた、更なる成長を遂げていく事までは考えが至らなかった。

 

 

「それはいいとしてラブ、将来的にあなた自身はどうするのかしら?」

 

「え……?」

 

 

 ここまで彼女達の後に続く者達について家元の顔で二人に話していたラブであったが、不意にダージリンが放った一言に虚を突かれ思わずポカンとしてしまうのであった。

 

 

「わ、私……?」

 

「そう、あなたよ」

 

 

 自分の顔を指差し聞き返すラブに真顔で重々しく頷くダージリンに、今度は彼女の方がその真意を測りかね途方に暮れた顔になった。

 

 

「アイドルであって家元でもある…そんなあなたに言うのもなんですが、今はまだ高校生なのですから将来的には進学という選択肢もあるのではないですか……?」

 

「あぁ、そういう事か……」

 

 

 ダージリンの後を受けてアッサムが補足するように言った事で、ラブもやっと合点が行ったようであったがそこで彼女は腕を組み考え込んでしまった。

 

 

「う~ん、そうねぇ……」

 

「進学に限らずプロ入りという選択肢もありますわね、丁度その頃には多分プロリーグも軌道に乗っている頃でしょうから……当然各チームあなたに接触を図ってくるはずですわ」

 

「プロリーグかぁ…零細とはいえ一応は一流派の家元が選手になれるのかしら……?それにウチの家業を考えると、チームの経営母体やスポンサー企業によっては立場的に声を掛けられない所も出てくるんじゃないかなぁ~?」

 

「企業同士の力関係や立場はともかくとして、あなた程の実力を持つ者が選手として活躍出来ない事態など連盟が見逃すはずないと思うけど?この先の国際大会も見据えれば尚の事ね」

 

「過分なる評価とお言葉ありがと……」

 

 

 二人して畳み掛けるように彼女の将来について具体的な話をして来るので、ラブは肩を竦め素っ気なくそう答える事しか出来なかった。

 

 

「でもラブ、プロ入り云々はともかくとして大学進学は考えても宜しいのではなくて?それこそあなたの家柄を考えれば、高卒で学歴が終わる事の方が考え難いのですけれど?」

 

「そこまでの家じゃないと思うんだけどなぁ…う~ん、大学かぁ……」

 

 

 アッサムの指摘に、ラブは困ったような顔で首を左に大きく傾ける。

 

 

「もし私達の進学する大学に来ると言うなら大歓迎ですわよ?」

 

「狙いはそっちか~」

 

 

 すかさず営業用スマイルを浮かべ擦り寄ったダージリンに、彼女はガックリと肩を落とす。

 

 

「でもあれよ~?あなた達の進学先って外語大じゃない?私の英語って日本の教育者には受けが悪いのよ?二人だって解かってるんでしょ?私が英語だと恐ろしく口が悪いってさ?」

 

『それは……』

 

 

 自覚があるらしいラブの指摘に返事に窮する二人だったが、彼女自身は別段気にした風もなくただ単に事実を述べただけだと言うのみだった。

 

 

「それよりさ、私より先にダージリンは絹代さんを引っ張り込みたいんじゃないの~?」

 

「ひ、引っ張り込みたいってあなたねぇ!?…まさかラブ、あなた……?」

 

「うん、大分前に絹代さんとお話した時に進路の話になって知ってるもんだと思って話しちゃった……ゴメンね、でもそれから絹代さん凄い勢いで英語の勉強してるわよ?あの横文字に関して残念な知波単じゃ大変だからさ、変なクセが付かない程度に私もお手伝いさせて貰ってるわ」

 

「よ、余計な事を……」

 

 

 如何にも怒ったような素振りを見せるダージリンだったが、その頬は微かに赤くなっていた。

 

 

「アッサムもさ、ロージーの事なら心配しないでも大丈夫だと思うわ…学力的に問題ないはずだしかなり本番に強いタイプと見たわ……それ以前に彼女は戦車道選手として伸びしろが凄く大きい子だからね、進学の頃には余裕で特待取る位に成長してるんじゃないかしら?」

 

「ラブ……」

 

 

 ここまで来ると一種の預言者を前にしたようで、二人は只驚きを以ってラブの事を見るのだった。

 

 

「なんにしたって私にはまだ先の話……もう少しゆっくり考えさせてよ」

 

「・・・そうね、少し先走ってしまったわ……」

 

「ごめんなさいね……」

 

 

 まだ一年生であるラブのいう事は尤もであり、二人も神妙な顔をする。

 だが当のラブが軽い調子でヒラヒラと手を振り、重くなり掛けた雰囲気を払うように言った。

 

 

「そこまで難しく考えなくたって同じ戦車道の世界にいるんだもの、この先いくらだって一緒にやる機会は巡って来ると思うわ~」

 

 

 彼女が姿を消した時の事を思えば例え高校と大学に離れたとしても、ラブの言うように同じ戦車道で繋がっていると考えれば何処か気持ちが楽になる二人だった。

 

 

「さて、ラブには早速明日の朝練から参加してもらいますから今日はそろそろ休むとしましょう」

 

 

 時計に目をやったダージリンは引退したとはいえまだ指導者として訓練には顔を出しており、これ以上の夜更かしは早起きに支障をきたすと考え卓袱台の片付けを始めた。

 

 

「あ、それなんだけど私が訓練で何に乗るのか決まってるのかな?」

 

 

 朝練と聞いた段階で何やら不安げな表情になったラブの言った事に、彼女が何を考えているか瞬時に察した二人は訳知り顔で頷きあっていた。

 

 

「それなら安心なさい、私だってラブに脚の遅いチャーチルやマチルダに乗れとは言わないわ」

 

「ホント……?」

 

 

 あからさまにホッとしたような表情をするラブに、さすがの二人も苦笑するしかなかった。

 高速機動こそが厳島流にとって最大の武器であり、鈍足といっても言い過ぎではなくどう頑張ってもいつものような戦闘機動が出来ないチャーチルやマチルダに乗る事は彼女にとって拷問以外のなにものでもなかった。

 

 

「私としてはクロムウェルなら問題ないかと思っているのですが如何かしら?」

 

「え…いいの?でもクロムウェルはニルギリさんが乗ってるんでしょ?何か悪い気がするわ……」

 

 

 ルクリリとニルギリが良い仲だと既に把握しているラブは、聖グロ戦の後にルクリリから改めてクロムウェルを任されている彼女から短期間とはいえそれを取り上げるのに抵抗があった。

 

 

「そうなると残るは──」

 

「ねぇダージリン、私にロージーとクルセイダー…うぅん、クルセイダー隊そのもの全て纏めて預けてくれないかしら?」

 

「それは一体どういう事ですの……?」

 

 

 思いがけぬラブの提案にさすがにダージリンも戸惑い、アッサムも探るような表情になった。

 

 

「別に他意はないわ……ただ聖グロとやりあった時にクルセイダー隊がかなり面白いと感じたからよ。あの子達は鍛えればかなり心強い戦力になるわよ?どうかしら?ちょっとした変化のきっかけ作りを私にやらせて貰えないかしら?」

 

「ラブ…あなた……」

 

 

 それまでと一変し、俄かにその表情を家元の顔に変えたラブに二人も思わず息を呑む。

 

 

「二人共そんなに難しく考える事はないわ、単に私がロージーと一緒にやりたいだけなんだから♪」

 

「そう…?ならお願いしようかしら……」

 

 

 ダージリンとしても自分の卒業までに少しでもチームの引き出しの数を増やし、強くしておきたいと考えるのは無理のない事であった。

 だがこの時の彼女の判断がとんでもない結果をもたらすとは、隣にいるアッサムはおろかもしいるとするなら神ですら予想するのは不可能だったろう。

 そして夜が明ければ、波乱のラブの聖グロ留学生活の開幕ベルが鳴り響く時がやって来るのだ。

 

 

 




さて、次回からはラブの聖グロ留学生活が本格的に始まります。
が、それはダー様に更なる災難の始まりも意味しますww

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