ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

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ラブがいよいよ本領発揮ですw


第四十話   レディース(喧嘩上等)

「一体全体あれはどういうつもりですの?」

 

「ん~?何がよ~?」

 

 

 強い口調と険しい表情のダージリンに全く動じた様子の見られないラブの口調と表情は、彼女とは対照的に気の抜けた至って自然体なものだった。

 

 

「何がじゃありませんわ!とぼけるのもいい加減になさい!」

 

 

 思わずキッとなったダージリンが小さなおままごとサイズの卓袱台に両手をバンっと叩き付ける寸前、ラブとアッサムは素早く自分の湯飲みを卓袱台から取り上げていた。

 

 

「ホラ零れた」

 

「くっ……!」

 

 

 幸い引っ繰り返りこそしなかったものの卓袱台の上に残されていたダージリンの湯飲みに残っていた番茶は衝撃で半分程零れ、卓袱台に小さな水溜りを作るのだった。

 

 

「今日の訓練、あれは一体何の真似ですの!?」

 

「うっさいわね~、そんな大声出さなくったって聞こえるわよ」

 

 

 ルクリリがエリカとの電話を切った頃、ダージリンが今日の訓練におけるラブとクルセイダー隊の行動について喧嘩腰で問い詰めていた。

 

 

「それにずっと見てたんでしょ~?ちゃんと普通に訓練してたじゃない。それがどうかしたの?」

 

「あれの何処が!」

 

 

 ラブも最初からダージリンが何を言いたいか解かっているはずだが、いつも通り処かいつも以上に間延びした喋り口調で受け答えする辺り喧嘩を売っているのは明らかだった。

 だがこういう場面ではラブに勝てる者など一人もなく、結局はダージリンもその例外には為り得ずいいようにあしらわれるのが目に見えていた。

 

 

「ねぇダージリン?ロージーとクルセイダー隊の事は私に一任してくれたんじゃなかったの?もしそうじゃなくてアレコレ口出すって言うなら私今直ぐ帰るけど?」

 

「……」

 

 

 いきなり伝家の宝刀を突き付けられたようなダージリンは何も言えず、いつの間にか彼女が汚した卓袱台を始末し新しく淹れ直していたアッサムから視線のみで促され無言で番茶を啜るのだった。

 

 

「そうそう、そうやって黙って見てりゃいいのよ……そもそもアンタはもう隊長じゃないんだから」

 

 

 再び険悪といってもいい目でラブを睨み付けるダージリンであったが、ラブも何処吹く風で平然とした態度でのんびり番茶の湯飲みを手に湯気を吹き払っていた。

 

 

「チッ!」

 

 

 ラブの涼しい顔に思わず舌打ちするダージリンだったが、ラブは容赦なく彼女に追い討ちを掛けるような要求をするのだった。

 

 

「そんな事よりさっさと夕べの固焼き出しなさいよ、まだ隠してる事ぐらい解かってんのよ?」

 

「ちょっとは遠慮しなさいよ!」

 

 

 余裕で我が家の如く振る舞い厚かましさ全開なラブにとうとうダージリンがキレるが、それすらも実にあっさりとかわされていた。

 

 

 

 

 

「アンタ達ね……」

 

 

 明けて翌朝、起床時間より少し前。前日同様にたわわを両側から揉みしだかれ目が覚めたラブは、状況を把握した途端その目付きが据わっていた。

 何故ならまだ完全に寝惚けているダージリンはともかくアッサムの方は明らかに目覚めており、薄目で様子を窺いながらその顔に期待の色を浮かべていたからだ。

 

 

『このポンコツめ…アレじゃ単なるご褒美にしかならないって事?なら……』

 

 

 昨日と同じように指を動かしかけていたラブは寸での処でそれを思い留まり、少し強引に両腕を二人の太股の間から引き抜くとそれぞれの頭頂部にゲンコツをお見舞いしていた。

 

 

『きゃん!?』

 

 

 二つの鈍い音と共に似たような悲鳴を上げた二人が、頭を抱えてベッドの上で蹲っている。

 

 

「目ェ覚めたか……?」

 

「な…なにするんですのぉぉぉ……」

 

 

 ダージリンは涙目でゲンコツを喰らった頭頂部を押さえ抗議の声を上げたが、アッサムは何処か不満気な表情でラブの事をジッと見るのみであった。

 

 

「このド変態が……」

 

 

 朝っぱらからポンコツを極める自称淑女二人を前に、ラブは疲れた顔で肩を落とすのだった。

 

 

 

 

 

「本気で帰りたくなって来たわ…これは既に食への冒涜ね……」

 

 

 思わずケンカ売ってんのかと毒づきたくなるような朝食を前に、早朝の一件に続き大幅にその気力を削がれぼやくラブは早くも笠女の学食が恋しくなっていた。

 だが引き受けた以上は途中で投げ出す訳にも行かず、朝食を終えると冴えない表情で登校前の身支度をダージリンとアッサムの二人に手伝って貰っていた。

 

 

「さ…さあラブ、こちらを向きなさいブラウスのボタンを留めて差し上げますわ……」

 

「いや!だから昨日も言ったようにボタン位は自分で留められるから!」

 

 

 聖グロに来てから着替えの度にハァハァと荒い息で手伝いという名のセクハラに及ぶダージリンとアッサムの二人にもう何度目になるか判らぬセリフを口にするラブだったが、その程度で二匹のケダモノの吶喊が止まる筈もなかった。

 現にブラウスに袖を通す前にもフィッテングと称してブラジャーの中に手を入れられた挙句、散々たわわを揉まれ先っちょを爪先でコリコリされたりしていたのだ。

 

 

「そうは行きませんわ♪我が校は身嗜みに関しても非常に厳しい事はご存知でしょう?登校前に校則違反とならぬようしっかりと着付けをしてチェックしないといけませんの」

 

 

 まことしやかにそんな事を言いながらブラウスのボタンを留めるダージリンだが、やはりその息は荒く何よりその手付きがいやらしかった。

 

 

「そうですわ…さぁ、私がソックスを穿かせて差し上げますから脚をお上げなさいな……♡」

 

 

 頬を上気させたアッサムも荒い息と共に、ラブの日本人離れした長い脚に絶対領域を形成するオーバー二ーソックスを恭しく掲げて迫って来た。

 

 

「噓つけェ!」

 

 

 色ですっかり濁った目で適当極まりない事をほざきながらゾンビ宜しく迫る二人に、反射的にラブは声を荒げていたがその程度で煩悩ゾンビを止める事など出来なかった。

 

 

「あら?ひとつも嘘など言っていませんわ♪」

 

「ええ、そうですわ♪」

 

 

 立て板に水とはこの事かといった風にスラスラ答える二人だが、その雰囲気は何処か通販チャンネルで一気にたたみ込むやり手のバイヤーのようだ。

 

 

「それが嘘だって言ってんのよ!この似非淑女共が!大体なんで先にニーソなのよ!?先にスカート穿かせなさいよ!そもそもが私だけタイツじゃなくてニーソのままっておかしいじゃない!」

 

 

 胸元までしかボタンの留められていないブラウスに、その下は秘部をギリギリ覆い隠す薄布一枚のみという際どくマニアックな処で着替えを中断されたラブが牙を剥く。

 だがラブの指摘する通り校則云々言う割りに彼女のみニーソのままなのは、ラブの聖グロの制服姿で絶対領域が見たいという煩悩の発露に他ならなかった。

 

 

「あらあら♪ラブったらそんな事を気にするなんて意外と神経が細かいのねぇ」

 

「校則はどうしたオイ……?」

 

 

 下半身丸出しの恥ずかしさにラブはブラウスの裾を引っ張り少しでも隠そうと必死だったが、完全に状況に酔っているダージリン相手に声のトーンが下がっていた。

 

 

「あぁいいわ、その表情…素敵……素敵よ、ゾクゾクするわぁ♡」

 

「そうね……ラブのこの表情の前に校則など無意味な存在ですわ」

 

「…このド変態のちゃらんぽらん女共が……」

 

 

 結局この後ラブが教室に辿り着いたのは、予鈴が鳴り終わるのとほぼ同時であった。

 

 

 

 

 

「梅こぶ茶、準備は宜しくて!?」

 

「えぇロージー、いつでもいいですわ」

 

 

 前日と同じメニューで昼食を取った後、戦車道の実習時間となり着替えのひと悶着の後に頬を赤らめたラブがタンクジャケットに身を包み現れると、それに気付いたローズヒップが快活な声と共に子犬のように駆け寄って来てその可愛さにラブもパッと表情を輝かせていた。

 

 

「今日は一体どんな事をやるつもりですの?」

 

「ふふふ♪昨日よりも~っと楽しい事は保障しますわ!」

 

「ホントですの!?それは楽しみですわ♪」

 

 

 聴こえて来るまるでローズヒップが二人いるような錯覚を起しそうな体育会系お嬢様言葉の応酬に、ブラックプリンスの砲塔上でクリップボード片手に訓練前の点検報告を受けていたルクリリは、何ともいえない薄ら寒い感覚に囚われていた。

 

 

『…ラブ先輩、お願いですからそれ止めて頂けませんか……?』

 

 

 ローズヒップが二人いる状態を想像してしまったルクリリは本気で頭が痛くなって来たのか、クリップボードを砲塔上に投げ出すとこめかみを両手の中指でグリグリやり始めた。

 そんな彼女は既に今日の訓練もロクな事にならぬと直感的に感じていたが、残念ながら彼女の予感は不幸にも的中するのであった。

 

 

「あの、ルクリリ様…頭痛薬でもお持ちしましょうか……?」

 

「え?あぁニルギリか……大丈夫、問題ないよ」

 

 

 いつの間に来ていたのかブラックプリンスの直ぐ傍で気遣わし気げな表情でルクリリの事を見上げていたニルギリに、彼女は軽く頭を振って嫌な妄想を脳の中から追い出して微笑んで見せた。

 だがニルギリは愛するルクリリの頭痛の種が誰であるかよく解かっており、少し不満そうな視線をラブの方に向けていた。

 

 

「なぁニルギリ、そんな目でラブ先輩の事を見ないでくれないか?」

 

「えっ!?ルクリリ様……?も、申し訳御座いません!」

 

 

 見下ろす形の彼女からは見えないはずだったが、まるでそれを見ていたかのようなタイミングでルクリリから指摘され驚いたニルギリの心拍が一瞬跳ね上がり慌てて頭を下げるのだった。

 

 

「ははは、そんなに恐縮しなくていいよ、だがあの(ひと)のやる事には全て意味があるからね、今の我々が成すべき事は只黙って見ている事……まぁこれは云わば生みの苦しみってヤツなんだよ」

 

「はぁ……」

 

 

 何処か釈然としないものを感じながらも、ルクリリがそう言うのであれば彼女もそれに従うしかないと頭を切り替えルクリリに再度頭を下げるのだった。

 そんな視界の外の二人のやり取りに気付かぬラブは十年来の親友のようにローズヒップの肩に腕を回し、ハイテンションに会話を交わしながら格納庫に向け歩み去って行った。

 

 

 

 

 

「さん、ハイ♪」

 

 

 隊長のルクリリの指揮の下、聖グロ戦車隊が演習場に向け履帯を軋ませ動き出した。

 しかし昨日と同様ラブの指揮下にあるクルセイダー隊のみがその隊列に加わらず、隊員達が格納庫前に整列しラブの振るタクトに合わせ合唱していた。

 昨日と同じ木箱の上でラブが指揮を始めたその時、丁度その背後をダージリンが騎乗するチャーチルが通り過ぎようとしていた。

 そして砲塔上には、ダージリンが腹に一物ありそうな表情でラブの背中を睨み付ける姿があった。

 改めてクルセイダー隊に関してはラブに一任する旨約束をしたダージリンであったが、やはりその訓練方法とそれが一体何を意味するのかが理解出来ず、何か言いたいという気持ちがモロに彼女の顔には現れていた。

 だがそういった自分に向けられる感情には敏感なはずのラブは、間違いなく気付いているだろうはずなのに全く真逆の態度で振る舞い、尚一層クルセイダー隊への歌唱指導に熱を入れていた。

 

 

「うん!いいよいいよ♪でもそこはもっと声を伸ばそうね~」

 

「……チッ!」

 

 

 軽くスルーされ目付きの宜しくないダージリンの舌打ちの音を残し、彼女を乗せたチャーチルはラブの背後をノソノソと通り過ぎて行った。

 

 

「いいわ♪みんな最高よ~♡」

 

 

 ラブは殊更上機嫌でクルセイダー隊への指導を続け、ローズヒップを始めとする隊員達もまた実に楽しそうにそれに従い歌い続けていた。

 

 

 

 

 

「あのぉ…本当にこれで宜しいのですか……?」

 

 

 約一時間程の歌唱指導を終えたラブが格納庫の大扉を開放すると、その中でクルセイダーの整備を行なっていた整備科の担当責任者が何とも不安げな様子でラブの下へとやって来た。

 

 

「い~のい~の、私のオーダー通りに取り付けてくれたんでしょ?」

 

「それはその通りに…ですが……」

 

「ならいいわ、後の動作確認はこっちでやるから…うん、良さそうね……短時間で見事だわ、さすが聖グロは整備科の技術も一級品ね~♪」

 

「はぁ……」

 

 

 ラブの褒め言葉に果たして本当に喜んでいいのかどうか、それ以前に何か良くない事に加担してしまったような不安感に駆られた整備責任者は、暫く虚ろに泳がせた視線をクルセイダー隊の隊長車の砲塔に自らが取り付けた奇妙な物体に向けていた。

 

 

「さ、それじゃ私達もそろそろ行こっか~♪」

 

 

 ラブがパチンと両手を打ち鳴らしたのを合図に、クルセイダー隊の隊員達がそれぞれの愛馬に駆け寄り搭乗前の目視点検を始めた。

 

 

「ねぇ梅こぶ茶、これは一体なんですの?」

 

 

 車体の周りをグルリと回って点検を終えたローズヒップは、砲塔に駆け上がると早速ラブが取り付けさせた謎の装備にその旺盛な好奇心を向けていた。

 

 

「うふふ♪ここじゃまだちょっと不味いから演習場に行ってからね~」

 

「まぁ!何かのサプライズですのね!?それじゃあ一刻も早く演習場に行かなきゃですわ!」

 

 

 勿体ぶったラブのもの言いに待ち切れぬとばかりにローズヒップが砲塔上でその場駆け足をすれば、その様がラブにとっては大層可愛らしく見え思わずクスクスと笑うのだった。

 だがローズヒップの興味を引いた物体は果たして何なのか?

 他の者達も物珍しそうに見に来たが、凡そ戦車道には関係なさそうなその物体に皆一様に首を捻ってはそれぞれ搭乗する車両へと戻って行くのだった。

 

 

「ロージー準備はいいかしら?」

 

「もっちろんですわ!私もクルセイダーも絶好調です事よ!」

 

 

 ローズヒップが操縦席に納まってはいるが元の乗員を下ろす事なく全員搭乗させている為に、元々狭い車内は鮨詰めに近いクルセイダーであった。

 しかしそれが逆に楽しいのかラブを筆頭にクルセイダー隊の隊長車の車内は異様なまでにテンションが高く、いつも以上に賑やかな状態になっていた。

 

 

「おっけ~♪了解よ……Tanks move forward!」

 

 

 ラブが進発の号令を下せば、クルセイダー隊の4両が蹴飛ばされたような勢いで格納庫から一斉に飛び出し、演習場目指してすっ飛んで行った。

 だが、この時もし聖グロの試合を熱心に見ている者がいたとすれば気付いただろう。

 一見いつも通り暴走して飛ばしているように見えて、実際にはその動きは今までと違い統制が取れたものに変化していた事に。

 

 

「大丈夫でしょうかアレ……」

 

「…私に聞かれても困りますわ……」

 

 

 排気煙を残し走り去ったクルセイダー隊を見送った整備科の生徒の一人に問われた上級生の整備責任者は、何処か虚ろな表情で短くそれだけ答えるのだった。

 

 

 

 

 

「3時方向に敵主力発見!距離約1,000!正面はブラックプリンスとチャーチルに任せマチルダ隊は先行偵察中のクロムウェルと連携し左側面を叩け!」

 

 

 設置されたダミーターゲット目掛け、ルクリリ指揮下の戦車群が一斉に襲い掛かって行く。

 隊長に就任してまだ日が浅いとはいえルクリリの指揮ぶりは中々堂にいったものがあり、これまで彼女が如何に戦車道に真剣に取り組んで来たかが窺えるのだった。

 

 

「よし、ブラックプリンスとチャーチルは牽制の砲撃を開始せよ!マチルダ隊が敵本隊に肉薄するまで徹底的に援護をするぞ!」

 

 

 そのこれまで聖グロにはいなかった漢前(おとこまえ)なルクリリの隊長ぶりは校内外で大分話題になっており、現在彼女は急速にファンを増やしつつあった。

 

 

『フム…タイミング的にはこれで間違いないとは思うが、聖グロ(ウチ)の主力の機動力から考えるともう少し早く仕掛けた方がいいか……』

 

 

 砲撃を繰り返しながら前進を続けるブラックプリンスの車内で、自分の出した命令に問題がないかルクリリは頭の中で何度となく検証を繰り返していた。

 

 

「ルクリリ様、目測で凡そ500まで到達致しました!マチルダ隊もクロムウェルと共に間もなく敵本隊左側面に取り付きます!」

 

「よーし!それではこちらも本格的な攻撃に──」

 

 

 耳に飛び込んで来た報告にそれまでの思考を中断したルクリリが、次なる命令を下そうとした時ソレは聞こえて来た。

 

 

「ん?なんだぁ?」

 

 

 聴こえて来る間の抜けた連続音に、ルクリリまでが思わず間の抜けた声を上げる。

 だがそれは無理のない事で!聴こえて来るその音は単調な音階の繰り返しながらも、どの音も本来の音程からは微妙に外れたものであった。

 

 

「うら~っ!行けぇ~♪喧嘩上等!」

 

 

 ルクリリが間抜けな声を上げた丁度その時、並べられたダミーの仮想敵の左側面に取り付こうとしていたマチルダ隊の対面、敵本隊の右側面に当たる茂みを突き破りラブが指揮するクルセイダー隊が雪崩れ込むように突撃して来たのであった。

 

 

「い゛ぃ゛ぃ゛!?ラブせんぱぃぃぃ~!?」

 

 

 砲塔上に身を乗り出し音の招待を確認しようとしていたルクリリは、拳を突き上げたラブを乗せたクルセイダーが茂みから飛び出した瞬間そのまま砲塔の上に突っ伏していた。

 

 

「よっしゃ奇襲成功!そのまま一気に突き抜けろ~!」

 

 

 その間も調子っぱずれな音が鳴り止む事はなく、ラブは嬉々とした表情で勢いそのままにイケイケで主戦場となるはずのポイントを一気に駆け抜けて行った。

 

 

「な…なんだったんだ今のは……?」

 

 

 呆気に取られたルクリリ達は完全にその動きが止まり、思考の方も完全にフリーズしていた。

 

 

「ハッ!?いかん、思わず呆然として演習を中断して──」

 

「おのれ乳タンク!神聖なる聖グロ戦車道の訓練によくもあのようなおちゃらけを!」

 

 

 我に返ったルクリリが訓練を再開しようとしたその時、その腰を折るように隣に並ぶチャーチルの砲塔上から肩を怒らせたダージリンの怒声が轟いていた。

 

 

「ダージリン様……」

 

 

 元はと言えば自分が蒔いた種であるにも拘わらずラブに好き放題やられキレるダージリンに、ルクリリはこれ以上はない程疲れ切った顔で深い溜め息を吐いていた。

 だがいつまでもそうして時間を浪費する訳にも行かず、彼女は無線機に向かい全軍に訓練の再開の指示を出すのだった。

 

 

「う~ん…それにしてもクルセイダー隊の動きがやたら統制が取れてたし手際が良く見えたけど、これはさすがに気のせいかなぁ……?」

 

 

 前段階からやり直す為に元の位置に部隊を戻しながら、ルクリリは奇襲を敢行して来たクルセイダー隊の動きを思い出し背後を振り返りながら首を捻っていた。

 だがそれが思い違いではない事を、彼女はこの後直ぐ思い知る事になるのだった。

 

 

 

 

 

「うん♪みんな最高よ!」

 

 

 最初の奇襲を見事成功させたクルセイダー隊は、襲撃ポイントから少し離れた場所にある朽ちた教会を模した建物の陰に集結していた。

 そこでラブは集まったクルセイダー隊の隊員達を絶賛し、代わる代わる全員にご褒美のハグを与えては自身もその抱き心地を堪能していたのだった。

 

 

「それにしても梅こぶ茶、あの変な音がするラッパみたいのは一体なんですの?」

 

 

 クルセイダーの操縦手としても抜群のセンスを見せ、真っ先にラブからご褒美のハグをされたわわをムニュムニュさせたローズヒップは、改めて愛馬の砲塔後部に括り付けられた奇妙な6本の小さなラッパが生えたような機械を指差した。

 

 

「あぁアレ?アレは音痴ホーンよ~♪」

 

「音痴ホーン……ですの?」

 

 

 ラブの口から出たその音同様に間の抜けたその名前に、ローズヒップが思わず妙な顔で首を捻る。

 

 

「まぁ本当はミュージックホーンって言うらしいんだけどね~」

 

 

 最近ではあまり聞く事もなくなって来たが、暴走族が暴走する際、空吹かしのコールと共に6連ホーンで得意げに鳴らしていた有名なマフィア映画の曲である愛のテーマは、その微妙に外れた音から別名音痴ホーンとも呼ばれる代物であった。

 今回ラブはいつもの騎兵隊の突撃ラッパ代わりに何処からかこの音痴ホーンを取り寄せ、整備科に依頼しクルセイダー隊の隊長車に取り付けさせていた。

 しかしこれはダージリンをおちょくる為だけに用意したのは明らかであり、先程のダージリンのキレっぷりをみればその狙いは見事に成功していた。

 

 

「変なの……でもなんか面白いから気に入りましたわ!」

 

「うふ♪それは取り寄せた甲斐があったわね……ダージリンも気に入ってくれたかしら?」

 

 

 ラブの何ともわざとらしい口調に、クルセイダー隊の隊員達が一斉にケラケラと笑う。

 聖グロの淑女らしからぬ姿だが、ラブは元気な彼女達が甚く気に入っていた。

 

 

「さぁみんな、本番はこれからよ?徹底的にやるからそのつもりでね~♪」

 

 

 だがお気楽な口調だがラブがさり気なく物騒なセリフを口にすると、全員の表情が好戦的な笑みを湛えた鋭いものに一変した。

 そんな彼女達の変化にラブも微妙に口角を吊り上げ、一人満足そうに頷くのだった。

 結局その日の訓練中ラブ率いるクルセイダー隊は事ある毎にルクリリ達にとって最悪なタイミングでの介入を繰り返し、本隊の訓練はグダグダなまま日暮れを迎える事になったのだった。

 

 

 

 

 

「ええい全くもって忌々しい!あの風船乳女は何処に行きました!?」

 

 

 紅茶の園へと続く廊下を鼻息も荒くズカズカと進むダージリンは、完全に淑女の仮面を何処かに落っことして来ていたが本人はそれに気付かぬ程の怒りようであった。

 だがその背後に続くアッサムはといえば、対照的に涼しい顔で素っ気なく肩を竦めるのみだった。

 

 

「あの…宜しいのですかアッサム様……?」

 

 

 更にその後に続くルクリリは、すっかり草臥れた様子で力なくアッサムに耳打ちしていた。

 

 

「あなただって中学時代から付き合いがあるのだから、この手の事でダージリンがラブに太刀打ち出来ないのはよく解かっているのではなくて?」

 

「それはまぁ……」

 

 

 皮肉たっぷりで楽しげなアッサムのもの言いに、ルクリリは何とも答え難そうに言葉を濁す。

 

 

『出来ればこういう事は()()だけでやって欲しいなぁ……』

 

「何か仰いました?」

 

「いえ別に……」

 

 

 実に楽しそうなアッサムに最早ルクリリは何も言う気力はなく、重い足取りでただノロノロと付いて行くのがやっとだった。

 

 

「ラブ!ラブは何処にいるのです!?」

 

 

 荒々しく紅茶の園の扉を開け放ったダージリンが声高に叫ぶ。

 自らがラブに預けたクルセイダー隊にその日の訓練を尽く邪魔されたダージリンは、怒りのあまり既に自分が隊長ではない事も忘れ傍若無人に紅茶の園を突き進んでいた。

 

 

「あら?遅かったですわねダージリン様♪」

 

「ら、ラブ!あ……あなたねぇ!」

 

 

 スラリと長い脚を組み優雅にティーカップを掲げて見せるラブに、ダージリンは怒りのあまりそれ以上の言葉が続かなかった。

 

 

「まぁ!ダージリン様ったら違いますわよ?」

 

「な、何が!?」

 

「今の私は()()()()ですわ!ダージリン様が自ら名付けたのにお忘れですの?」

 

「……!」

 

 

 ラブの完全に人を食ったセリフとローズヒップ語に怒りが頂点に達したダージリンは、完全に言葉を失い酸欠の金魚のように口をパクパクさせていた。

 

 

「そうそうダージリン様、明日で私の聖グロへの留学も終わりですわ……ですから最後にちょっとした試合をしませんこと?」

 

「…試合……ですって?」

 

 

 それまでのローズヒップ喋りとは一変し、優雅な口調で語る本物の淑女なラブの姿にドキリとしたダージリンはそう聞くのがやっとだった。

 

 

「えぇ、試合ですわ…そうですね、聖グロ対AP-Girls戦とでも言えばいいかしら……」

 

「ラブ…あなた一体何を言っていますの……?」

 

 

 すっかり混乱したダージリンがどうにかそれだけラブに問うたが、彼女はただ優雅に微笑むだけで直ぐにはそれに答えてくれなかった。

 そんなラブが見せる女王の貫禄を前に、ダージリンは困惑し圧倒されるのみだった。

 

 

 




さて、次回はいよいよラブの聖グロ留学も最大の山場を迎えます。
だけど彼女の最後のセリフは一体何を考えているんでしょうねぇ?

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