ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

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遂に試合開始ですがラブはやりたい放題ですw


第四十一話   牙を剥く梅こぶ茶

「あなたそれ本当に本気で言ってますの!?」

 

 

 ラブの聖グロ短期留学2日目の夕刻、本来であれば優雅なひと時を過ごしている筈の紅茶の園の空気はピンと張り詰め、対峙する二人以外に言葉を発する者はいなかった。

 だがその二人にしても、挑発的な態度で艶然と微笑む余裕を見せるラブに対し、ダージリンには余裕など一切なく険しい表情で彼女を睨み付けるしか出来ずにいた。

 

 

「モチのロンですわ!本気も本気、本気と書いてマジと読むんですのよ!」

 

「ラブ…あなたね……」

 

 

 より完成度の高まったラブのローズヒップ喋りは彼女の神経を逆撫でするらしく、相当イラっと来ているダージリンはその言葉尻も震えていた。

 

 

「あら?ダージリン様違いますわ!私の名前は梅こぶ茶!ダージリン様がお付けになられたのにすっかり耄碌してお忘れになりましたの!?」

 

「耄碌なんかしてないわよ!私はそのふざけた喋り方をお止めなさいと言ってるの!」

 

「まぁ!これはローズヒップさん直伝の完璧な淑女の喋り方ですのよ!?」

 

「こ、この…いい加減に……!」

 

 

 ラブの背後ではローズヒップがドヤ顔腕を組みウンウンと何度も頷いており、それが一層ダージリンの怒りの炎に油を注いでいた。

 ラブとローズヒップとでは声質が全く異なるため、声だけ聴いていれば二人は似ても似つかない。

 だがその特徴的な喋り口調とオーバーアクションな身振りは日頃紅茶の園の住人達が目にしているローズヒップそのものであり、ラブは完璧に彼女の事をコピーしていた。

 そしてその完成度の高さは後からダージリンを追ってやって来たルクリリを始めとする者達の腹筋に、なんとも過酷な試練を与えるのだった。

 

 

『お、お前ら…わ、笑うな……!』

 

『る、ルクリリ様こそ……ぶふっ!』

 

『だ、だからペコぉ!お前……ブフォ!』

 

 

 ブチ切れるダージリンの手前大っぴらに笑う訳にも行かず必死に堪えるルクリリ達であったが、その目の前で完璧なローズヒップのコピーを演じ続けるラブは笑い地獄に拍車を掛けていた。

 だがダージリンの後を追った事を後悔しながらもルクリリ達はそこから逃げ出す訳にも行かず、小声になっていない小声での会話を駄々漏れにしながら激しく腹筋をヒク付かせるのだった。

 

 

「チッ…そんな事より……痛っ!」

 

 

 怒りに任せテーブルに両の掌を叩き付けたダージリンだったが、勢いを付け過ぎたらしく叩いた直後に両手を合わせ祈るようなポーズで顔をしかめていた。

 完全に自分がオチの対象にされている事も腹立たしいが、それ以上に腹立たしいのはラブの態度とその発言内容であった。

 だがそこまでダージリンを怒らせた発言の内容とは一体何なのであろうか?

 

 

 

 

 

「聖グロ対AP-Girls戦とはどういう事ですの?私にも解かるように説明なさい」

 

「はぁ?お判りになりませんの?鈍いですわね~」

 

「ラブ!」

 

()()()()、ですわ」

 

「ったくほんとにしつこい…いつまでそのネタ引っ張る気なのよ……」

 

 

 彼女をからかう為に自身が蒔いた種とはいえ、それを逆手に取って面白がるラブにダージリンはホトホト手を焼き相当にイラ立っていた。

 

 

「仕っ方ないですわね、ならば最初から順を追ってこの梅こぶ茶が説明して差し上げますわ」

 

「……」

 

 

 あくまでも梅こぶ茶の名とローズヒップ語を貫き通すつもりらしいラブの様子に、さすがのダージリンもその顔に絶望的な疲労の色を浮かべている。

 

 

「まぁ確かにAP-Girlsは言い過ぎかもしれませんわね…でも()()()()()()()()()()()今のクルセイダー隊の強さは本物……もし聖グロ本隊が戦えば間違いなく苦労致しますわよ?」

 

「なっ……!?」

 

 

 いくらラブとはいえたった二日意味不明な訓練をしただけでのあまりの大言壮語な発言に、その口元を引き攣らせながらダージリンは絶句していた。

 

 

「ダージリン様なんてお顔をしてるんですの?これは云わば仮想AP-Girls相手の模擬戦…尤も模擬戦とは言っても実弾を使用するつもりですけどね……とにかくこんなチャンスは滅多にございませんことよ?」

 

 

 自信たっぷりに厳島の女王の笑みを浮かべるラブはといえば完全にその状況を楽しんでおり、その女狐ぶりに絶句していたダージリンも遂に爆発するのだった。

 

 

「お、思い上がるのもいい加減になさい!宜しい、相手をして差し上げましょう!クルセイダーだけで何とかなる程甘くない事を思い知りなさい!」

 

「ダージリン様…一応隊長は私……いえ、何でもないです……」

 

 

 既に隊長としての全権限を移譲されたルクリリを無視する形で聖グロ本隊とクルセイダー隊の模擬戦を決定してしまったダージリンに、なけなしの根性を振り絞って抗議をしかけたルクリリだったが、完全に逝ってしまった目で睨まれ口を噤んでしまっていた。

 

 

「うっわ~、やっぱり三年生って怖いですわね~」

 

「きぃ────っ!」

 

「あら?おサルさんがいるようですわ♪」

 

 

 しかしこんな小ネタも逃すラブではなく、すかさず拾ってダージリンを弄る材料にしていた。

 まさかそんな事までネタにされるとは思っていなかったダージリンが、猛り狂いながら突き付けたその指先は小刻みに震え彼女の怒りの程が見て取れた。

 だが突き付けられた生な感情すら軽い調子で受け流すラブは更にふざけたセリフでダージリンを挑発し、それに簡単に乗ってしまう程エキサイトしたダージリンは言葉にならぬ声を上げながらドスドスと床を踏み鳴らし後輩達をドン引きさせていた。

 かくしてこの時ラブ留学最終日の戦車道の訓練は、云わば聖グロ正規軍対ゲリラ部隊の模擬戦を行う事に決定した訳だが、それを喜んでいるのはラブとクルセイダー隊の隊員のみで、ルクリリ始め他の現役隊員達は全員揃って絶望的な顔をしていた。

 

 

 

 

 

「本当に何を考えていますの……?」

 

 

 紅茶の園でのひと悶着の後に寮に戻ったラブ達は入浴と精神を病みそうな夕食を終えると、就寝までのひと時を例によってままごとサイズの卓袱台を囲み過ごしていた。

 

 

「ダージリン…まだ言ってるの……?」

 

 

 呆れたと云わんばかりに大げさに肩を竦めて見せたラブが湯飲みの中身を飲み干すと、直ぐにアッサムが急須を手に既に出涸らしに近い番茶を注ぎ込むのだった。

 

 

「もう!だからそうじゃなくて!」

 

 

 ダージリンもアレやコレや口を挟みつつもラブが留学している間、一時的にとはいえクルセイダー隊に関する全権を彼女に移譲した事に関しては最早何も言うつもりはなかった。

 勢いでラブの挑発に乗ってしまった彼女が今最も気にしているのは明日の模擬戦でラブに掛かる負担に関してであり、それが解かっているはずなのに惚けてみせるラブに苛立っていた。

 

 

「解かってないのはダージリン、あなたの方よ?」

 

「どういう意味ですの……?」

 

 

 苛立つ彼女が更に何か言い募ろうとするのを見て取ったラブは機先を制するように軽く手を挙げダージリンの口を封じたが、今度は一転して不安げな顔をするダージリンであった。

 

 

「忘れているようだから改めて教えてあげる…厳島流にとってはこれが日常、そしてその頂点に立つのはこの私……この程度の事が切り抜けられないようでは家元なんて務まらないわ」

 

 

 それまでの呑気な様子から一変、厳島流家元の顔を見せるラブにダージリンも息を吞む。

 

 

「で、ですが……」

 

 

 それでも尚彼女の身体の事を考えると、ダージリンは不安が隠せない。

 

 

「あのねダージリン、厳島流の家元になるに当たり私がどれだけの指導を受けたと思っているの?それに比べればどうという事はないから気にする事じゃないわ」

 

 

 ダージリンには凡そ想像も付かぬ戦車道の家元に掛かる重圧をその一身に受けるラブは、彼女からすれば大人の一言で簡単に片付けられぬ程に遥か高みにいる存在と言えた。

 

 

「その様子だと解かって貰えたのかしら?」

 

 

 何も言えなくなったダージリンにそれが理解したとの意思表示であると勝手に解釈したラブが、彼女に向け小首を傾げて見せる。

 

 

「ダージリン……?」

 

「解かっていますわよ……」

 

 

 ラブの問いに無言を貫いていたダージリンに、それまで静観の姿勢を取っていたアッサムが助け舟を出すようにその名を呼べば漸く彼女も小さな声で了承の言葉を吐き出したのであった。

 

 

「解かって貰えたようで嬉しいわ…処でダージリン……」

 

「…何かしら……?」

 

 

 やっと満足の行く言葉を得たラブが穏やかな笑みで更に何か言いかければ、まだ何かあるのかとダージリンが緊張の面持ちで身構える。

 

 

「難しい話は以上よね?」

 

「えぇそうね…それが何か……?」

 

「ならサッサと固焼きを出しなさいよ……ここで固焼きを出すか出さないかで、今後のダージリンへの評価が大きく分かれるわよ?」

 

「……チッ!」

 

 

 箱買いでお取り寄せしたちょっと値段の良い固焼き煎餅も残り一袋となり何とかそれだけは温存しようしていたダージリンであったが、それすらもお見通しなラブの高飛車な態度の催促に短く舌打ちし、渋々ながら最後の一袋を隠し場所から取り出すのだった。

 

 

 

 

 

「えっと…そ、それでは聖グロリアーナ女学院対AP-Girls(仮)の試合を開始します、一同礼……」

 

『宜しくお願いします!』

 

 

 明けて翌朝の戦車道演習場には、審判役の引き攣った声に続き挨拶の声が響く。

 クルセイダー隊が欠ける為変則的ながらも全国大会決勝仕様で編成された聖グロ戦車隊と、それに対峙する形でラブ率いる擬似AP-Girlsであるクルセイダー隊が並んでいたが、好戦的な表情で嬉々としているクルセイダー隊の隊員達と明らかに気乗りしない不景気な顔を並べる聖グロ正規軍とでは、その士気の高さからして大きく異なっていた。

 

 

「いつの間に……」

 

 

 昨夜最後の固焼きを食べ尽くされた恨みもあり、あまり目付きの宜しくないダージリンの視線の先には本来はローズヒップが車長を務めるクルセイダー隊の隊長車の姿があったが、その砲塔には昨日までなかったラブのパーソナルマークである真紅のハートを貫く徹甲弾が描かれていた。

 

 

「あの…いいんですか……アレ?」

 

「私に言うなよ……」

 

 

 一応隊長であるルクリリの下にそっと歩み寄った副隊長であるオレンジペコが囁き声で尋ねたが、既に疲れ切った顔をしたルクリリは面倒そうに短く答えるのみだった。

 これまで聖グロの戦車にパーソナルマークを描き込んだ例は聞いた事がなく、もしそんな事をすれば口喧しいOG達が黙っているはずもないので現役隊長であるルクリリには頭の痛い話であった。

 

 

『大方ローズヒップ辺りがやらかしたんだろうがそれにしても厄介な事を…あ、でもあれか……相手があの厳島じゃウチのOG程度じゃ何も言えないか……』

 

「ルクリリ様~♪」

 

 何で私が隊長の時になどと愚痴っぽい思考を巡らせ胃の辺りに何とも云えない重みを感じるルクリリの下に、性質の悪い天然を装った満面の笑顔でラブがその名を呼びながら駆け寄ってくる。

 

 

「ルクリリ様!今日は宜しくお願い致しますわ!」

 

「あの、ラブ先輩…それ止めて頂けませんか……?」

 

「はい?何がですの?」

 

 

 解かっているクセに完全に面白がっているラブに対し、内心胃薬が欲しいと思いながらもルクリリがやんわりと抗議したがラブは更にとぼけてみせる。

 

 

「私の方が後輩なんですから様は止めて下さい…それに──」

 

「まぁ!何を仰いますの!?違いますわよルクリリ様!」

 

「は!?」

 

 

 皆まで言わせずルクリリの話を遮ったラブの言葉に、彼女は思わず間抜けな声を上げた。

 

 

「私の名は()()()()ですわ!それに今の私は一年生、先輩であり隊長でもあるルクリリ様を呼び捨てにする事など出来るはずが御座いません事よ!」

 

 

 立て板に水の如くキッパリと言い切るラブを前に、思わず右手で顔を覆ったルクリリは搾り出すように恨みがましい声で呪詛の言葉を吐き出した。

 

 

「全くもう…本当に怨みますよ?ダージリン様……」

 

 

 恨み言と共に大きく溜め息も吐き出したルクリリは、クルセイダー隊の下へと盛大にたわわを上下に揺らしながら駆け戻っていったラブの背を見送った後、思わず空を見上げてしまうのだった。

 

 

 

 

 

「さぁ!それでは皆さん参りますわよ!遂に私達クルセイダー隊の真の実力を知らしめる絶好の機会がやって来ましたわ!今日は皆で力を合わせ、あの高慢なダージリン様の鼻をポッキリとへし折って差し上げましょう!」

 

「梅こぶ茶の言う通り!この試合で実力を示し、私達クルセイダー隊こそ聖グロ最強である事を証明して見せるのですわ!」

 

『Yeaaaah!』

 

 

 L()o()v()e() ()G()u()n()の砲塔上でラブとローズヒップが並び立ちアジ演説を繰り広げ、クルセイダー隊の隊員達も天に向かって拳を突き上げそれに応えている。

 だがその光景はやはり聖グロではなくアンツィオ的であり、ローズヒップがアンツィオ枠と呼ばれる所以であろう。

 

 

「さて…間もなく信号弾も上がる頃合いね……みんないい?とにかく昨日まで訓練で教えた事を徹底して戦う事、さすれば聖グロ正規軍など恐るるに足らずよ?但し油断だけは絶対にしては駄目…大丈夫、あなた達の強さは私が保証するわ……私にその実力を見せて頂戴」

 

『ハイ!』

 

 

 頃合い良しと見たラブが引き締まった表情で話の最後を締めれば、それに同調するかの如くクルセイダー隊の隊員達の表情も精悍なものに豹変した。

 かくして準備万端整ったラブ率いるクルセイダー隊は、試合開始を告げる信号弾が打ち上げられるその時を今や遅しと待つのだった。

 

 

 

 

 

「ハァ…あのラブ先輩の仕込みだ、まぁただじゃ済まないよなぁ……」

 

 

 ラブ同様試合前の準備を全て整えブラックプリンスの砲塔上に立ち部隊の様子を確認するルクリリは、先程から甚だ景気の悪い呟きを何度となく繰り返しては溜め息を吐き続けていた。

 全国大会決勝仕様に近い陣容を率い戦う事になるルクリリであったが、相手がたった4両のクルセイダーとはいえそれを束ねるのがあのラブである事を考えると、その大戦力差であっても勝てる気がしない上に悪い予感しかしないのだった。

 

 

「ルクリリ様……」

 

「ニルギリか…この試合機動力でどうにかなるのはお前のクロムウェルだけだ、何かと頼る場面が多くなるが頼んだぞ……だがあのラブ先輩を相手するのだから決して無理はするなよ」

 

「は、はい!お任せ下さい!それでは!」

 

 

 心配げな表情で砲塔上のルクリリの姿を見上げていたニルギリだったが、ルクリリに期待する旨声を掛けられた途端瞳を潤ませながらも笑顔に顔を輝かせ敬礼を残し愛馬の下へと駆け寄って行った。

 

 

「…我ながら不甲斐ない……それにしてもこうして試合をするという事は、この短期間でそれだけの仕込みをしたという事なんだろうけどそれにしたってなぁ…ハァ、つくづく恐ろしい人だよ……」

 

 

 隊長であるルクリリが再び溜め息を吐く一方で、チャーチルの車内では当然のように車長席に収まるダージリンと砲手席のアッサムが先程から延々とやり合っていた。

 

 

「解かってますわよ…いい加減あなたもしつこいわね……」

 

「いいえ、解かっていないから言ってるんです。現にこうして今も当然のような顔をして車長席に収まって…既に我々は引退した身、こういう事はこれで最後になさい……いいですね?」

 

 

 本来ならその席を譲った副隊長のオレンジペコが納まるべき車長席にダージリンが腰を据え、そのオレンジペコが装填手として皮手袋の感触を確かめつつ試合開始に備えている。

 つまり今のチャーチルの車内はといえば、ダージリン達の引退前と何ら変わらぬ状況にあった。

 そんな車内では散々おちょくられ完全に冷静さを欠いているダージリンに対し、先程からアッサムが些かお小言めいた口調で窘めていたのだが、話は完全に堂々巡りな悪循環に陥っていたのだった。

 

 

『もう何でもいいですから早く試合が始まってくれないでしょうか……?』

 

 

 そのやり取りにいい加減うんざりしていたオレンジペコは内心でそんなグチめいたセリフを呟きながら、独り積み込んだ砲弾の点検をするふりを延々と続けていた。

 思いはそれぞれ、戦車という狭い空間内でそれが交錯し混沌を生む。

 そしてそれらが充満しきって破裂寸前の処まで達した時、彼女達が待ち侘びたものが一足先に冬ばれの青空に破裂音を響かせるのだった。

 

 

 

 

 

「Tanks move forward!」

 

 

 ドキリとするような魅力的且つ精悍な笑みを浮かべたラブが進軍の命を下せば、解き放たれた猟犬のようにクルセイダー隊の4両が一斉に走り出した。

 

 

「さぁ行きますわよ~!クルセイダー隊の恐ろしさをたっぷりと味あわせて差し上げますわ!」

 

 

 だが走り出して早々にラブはその直前に見せた表情から一転、ふざけた笑みと共にふざけた事を叫びクルセイダー隊を煽っていた。

 しかしその叫びは更にクルセイダー隊の隊員の闘争心に火を着けたらしく、彼女達は口角を吊り上げ恐ろしい笑み浮かべ物凄い勢いで走り去っていった。

 だがその勢いならさして時間もかからず本隊と会敵し、交戦状態になるのは間違いないだろう。

 

 

 

 

 

「全車全方位警戒!あのラブせ……う、梅こぶ茶は何処からでも来るぞ!金沢での練習試合を思い出せ!常に360度全ての方向に注意を向け絶対に油断するんじゃないぞ!」

 

 

 無線は別回線を使っているからラブに聞かれる事はないと解かってはいるが試合開始直前にもそれをネタに絡まれたルクリリは、なんとも言いようのない不安に駆られ意を決してラブの事を梅こぶ茶と呼び捨てにしたが、案の定というかやはり抵抗感が強いらしく微妙に噛んでいた。

 それでも隊長としての能力にまで影響を及ぼしてはいないらしく、彼女はラブとの戦いに際し教訓として金沢工業団地でのAP-Girls戦を思い出すよう隊員達に注意喚起を行っていた。

 

 

「さて、これは云わばクルセイダー隊の強化試合な訳だが、こちらとてみすみすやられる訳にはいかんからな…いかん……どうもラブ先輩相手だと考え方が後ろ向きになってしまうなぁ……」

 

 

 既に自分がラブの掌の上で踊らされているような気がしてならないルクリリであったが、傍から見ればそのマイナス思考とも取れる発言は聞く者が聞けば思わず解かると頷いてしまうものだった。

 何故ならその思考はラブと対戦経験が多い者程陥り易いものであり、ルクリリのように伸び悩んだ時に彼女から手解きを受けた者もそれは同様であった。

 

 

「どうしましたルクリリ?」

 

「え…?あぁダージリン様……なんでもありません」

 

「そう……それでこの後はどうするおつもり?」

 

 

 市街地区画の手前に広がる冬枯れの草原を進行中併走するチャーチルからティーカップ片手のダージリンが声をかけて来たが、何かを見透かすような表情のダージリンもおそらくルクリリと似たような思考に囚われているだろう事を彼女も薄々だが気付いていた。

 そんなダージリンの問いにルクリリも下手に誤魔化すような事は言わず、自分なりに考えたラブ相手の戦いの基本方針を改めて口にするのだった。

 

 

「事前ブリーフィングで説明した通り基本方針は変わりません…当初予定したように本隊は分ける事なく行動し、ヒット&アウェイの奇襲を繰り返すであろうクルセイダー隊の攻撃を厚い防御陣形で受け流し消耗させるつもりです……まぁ本隊の動きが鈍い分斥候に出るクロムウェルには負担を強いる事になりますが、ニルギリなら充分その任に堪える事が出来る筈です」

 

「なら結構……隊長のあなたに迷いがないならそれでいいわ、存分におやりなさい」

 

「はい、ありがとうございますダージリン様」

 

 

 ダージリンに向け一礼したルクリリも周囲に警戒の目を向け、必ず奇襲を仕掛けて来るはずのラブを迎え撃つべく万全の体制を築いていた。

 

 

『さぁラブこの重包囲陣相手にどう戦うおつもり?いくらクルセイダー隊の強化試合とはいえ、その為に手を抜くつもりは更々なくってよ?』

 

 

 紅茶で喉を潤したダージリンも、やや険しい視線を周囲に配りラブの奇襲に備え始める。

 普通に考えれば相手にならない戦力差であるにも拘わらず、まるで黒森峰を相手にするかのような緊張した空気が部隊全体に張り詰めている。 

 だがそれは聖グロの選手全員が対AP-Girls戦でラブの恐ろしさを身に染みて理解しているからであり、もしそうでなければその場でダージリンの叱責の言葉が飛んでいた事だろう。

 

 

「ニルギリ聞こえるか?」

 

『はいルクリリ様、先行偵察ですか?』

 

「ウム、前方の市街地の入り口周辺の偵察を頼む」

 

『入り口周辺だけで宜しいのですか?』

 

「あぁそうだ、迂闊に市街地に入るのは危険過ぎる、深入りは厳禁だ」

 

『了解しました、これよりクロムウェルは先行して市街地入り口周辺の偵察を行います』

 

「頼んだぞニルギリ、だがくれぐれも気を付けるんだぞ」

 

『ハイ!』

 

 

 無線交信を終え増速したニルギリ揮下のクロムウェルが隊列から離れ、まだかなり距離がある市街地区画にエンジンから鋭い唸りを上げ偵察に向かって行く。

 

 

『あぁ…この二人は本当に……』

 

 

 ルクリリの指示通り周囲への警戒を怠る事なく続けながらも耳に飛び込んで来た二人の無線機越しのやり取りに、作戦行動の指示以外の何かをその言葉の合間に感じ取りダージリンとアッサムも含めた全員がほんの一瞬生暖かい目で身悶えしていた。

 だがそれに気付かぬのは事の当事者であるルクリリとニルギリのみであったが、その辺はまあご愛嬌という処だろう。

 しかしこの時隊を離れ偵察に向かったニルギリも含め、本隊を率いるルクリリを始めダージリンでさえも既に最初の危機が直ぐ傍まで迫っている事に気付いてはいなかったのだ。

 

 

 

 

 

「GO!GO!GO!いいわその調子よ!ぶっ飛ばせ~♪」

 

 

 ラブが砲塔上で何度も拳を突き出しノリノリでクルセイダー隊を煽り、冬枯れとはいえまだ鬱蒼と茂る草むらの中の細道をその車体サイズを活かし4両のクルセイダーが巡航戦車の名に恥じぬ快速ぶりで一気に駆け抜けて行く。

 更にその車間はといえばAP-Girlsを彷彿とさせる程極端に狭く詰められおり、それは元々速さはあっても連係と秩序に欠けていたクルセイダー隊を実質たった二日でここまで纏め上げたラブの手腕が際立つ光景であった。

 

 

「みんな宜しくて?今からダージリンのお尻を蹴っ飛ばしに行きますわよ~!」

 

 

 ラブの煽り文句に、密集した一列縦隊で疾走するクルセイダーの各車から一斉に笑いが起こる。

 その様子からして隊員達に気負いや焦りがない事が窺われ、今のクルセイダー隊がベストのコンディションである事が見て取れた。

 

 

「ねぇ梅こぶ茶!ダージリン様達が今どの辺にいるのか解かりますの!?」

 

 

 一列縦隊の先頭でLove Gunをご機嫌な様子で操るローズヒップが大声で問えば、ラブも負けじと大声でそれに答える。

 

 

「えぇ、あの鈍足ぶりから考えればもうそろそろダージリン達の後背を取れるはずよ!」

 

 

 驚くべき事にラブは試合開始早々にその脚の速さを活かし迷う事なく背後からの奇襲を選択し、脇目も振らず一直線に草原の細い道を突き進んで来たのであった。

 実際彼女の狙いは見事にツボにはまり、クルセイダー隊は全く気付かれる事なく本隊の背後を突くまで後数分の距離まで接近していたのだった。

 

 

 

 

 

「どうニルギリ?何か見える?」

 

「ううん…不気味なくらい静かだわ……」

 

 

 途中道を外れ草むらにクロムウェルを乗り入れ道なき道を突き進んで来たニルギリは、その草むらの中の窪地にクロムウェルを止めると少し背伸びをしながら双眼鏡を覗いていた。

 そんな彼女に向けて足下からクロムウェルの操縦手が不安げに声を掛ければ、ニルギリもまた不安げな様子でそれに答えていた。

 

 

『ほんと怖いくらい気配がないわ…でも何処を見ても罠に見えて来るし疑いだしたらキリがないわ……どうしよう、もう少し接近した方がいいかしら……?』

 

 

 ルクリリの言い付けを守り慎重に偵察行動を行なっていたニルギリだったが、彼女もまたAP-Girls戦の経験から必要以上に慎重になっておりそういう意味でもラブの術中にはまっているといえた。

 

 

「ねぇ、このままじゃ埒が明かないんじゃない?」

 

 

 足下から再び聞こえた操縦手の声に、ニルギリもさすがに迷い始め始めたその時それは起こった。

 

 

「え!ナニ!?」

 

「どうしたの!?」

 

 

 ニルギリが更に前進し見通しの利く場所から改めて偵察行なうべきか考え始めた直後、本隊からの連絡を聞き逃さぬよう聞き耳を立てていた通信手が困惑した様子で声を上げ、その声に緊張した様子でニルギリも車内を覗き込もうとしていた。

 だがそれより早く彼女の耳に、凶報といえる聞き慣れた四つの音が連続して届いたのであった。

 

 

「二、ニルギリ…今のって!?」

 

「砲声…それもあの音はクルセイダーの6ポンド砲の砲声よ……」

 

 

 信じられぬといった表情で本隊がいるはずの後方に目をやったニルギリの顔色はすっかり青ざめ双眼鏡を握っていたその手は小刻みに震えていた。

 だが彼女自身が信じたくなくとも彼女の耳がその音は間違いなくクルセイダーの主砲である6ポンド砲の発射音である事を認めていた。

 

 

「そんな…ルクリリ様……」

 

 

 底知れぬ恐怖感に、ニルギリはAP-Girls戦でラブが何度となく見せた魔女の微笑を思い出した。

 だが試合はまだ始まったばかりであり彼女はこれから何回も信じられない体験をすることになるが、彼女を含めラブと対峙する者達は皆等しくまだそこまで想像が及ばずにいた。

 そう、まだこれは序の口でありラブが本領を発揮するのはこれからなのだ。

 

 

 




ラブのローズヒップ喋りは書いててかなり楽しいです♪
しかしラブはダー様相手に遊びまくってますねぇww

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