今日は今日でほぼ一日自宅周辺の片付けに追われ、やっと投稿に漕ぎ付けました。
今は読者の皆様にも被害がなかった事を祈るばかりです。
作中間の悪い事に台風に絡んだラブのセリフがありますが、
完全に偶然の事なのでご容赦頂けると幸いです。
尚、今回もダー様は平常運転の模様w
「これはいきなりしてやられましたね……」
「……」
ブラックプリンスの砲塔上で振り返り軽く伸びをしながら隊列の後方を確認したルクリリがやれやれといった感じで呟いたが、その直ぐ隣に停車していたチャーチルの砲塔から顔を出したダージリンは苦虫を噛み潰したような渋い顔で何も答えなかった。
つい先程まで整然と組まれていた隊列も今は秩序を失い千々に乱れ、飛び交う無線からもその混乱ぶりが窺える状態となっていた。
「さて…いつまでもこのままという訳にも行かないな……」
その口ぶりからするとダージリンから答えが返って来る事など端から期待していなかったらしいルクリリは、無線のマイクに手を伸ばすと脆くも崩れた配下の部隊を一喝した。
「この程度の事でうろたえるな!各車被害状況を知らせ!繰り返す、被害状況を報告せよ!」
些か処か凡そ聖グロらしからぬルクリリの口調と怒声に、蜂の巣を突いたような騒ぎで醜態を晒していた部隊が瞬時に静まり返る。
『こちらに関してはこれなら何も問題なさそうですわね……』
一声で騒ぎを治め矢継ぎ早に無線を介し指示を出すルクリリの背中に、ダージリンは彼女を後任に選んだ自分の判断が間違っていなかった事を確信していた。
「それはそれでいい…実に素晴らしいですわ……ですがアレは一体何を考えているんですの!?」
ルクリリの申し分ない指揮ぶりに微かにその口元に笑みを浮かべたダージリンであったが、次の瞬間には目尻と口角を吊り上げヒステリックな怒声を発していた。
そんな怒声を無線に向かい指示を出す背中で聞いていたルクリリは、その合間にダージリンに気付かれぬようそっと溜め息を吐くのだった。
『やれやれ…ラブ先輩が関わればただじゃ済まないのが解かってるのに毎度毎度学習しないというか……やっぱりダージリン様も基本がドMなのか……』
ルクリリの内心の呟きを他所に秩序を取り戻し始めた各車両から受けた奇襲による被害状況を知らせる報告が入り始めたが、それはどれも被害とは呼べぬ程軽微なものであった。
だがその中にあってたった1両とはいえ、白旗こそ揚がってはいないが確実に被害といえる報告が無線の向こうから舞い込んで来た。
『…ちらマチルダ隊1号車……隊長車聞こえますか?こちらマチルダ隊1号車、本車は履帯及び転輪の一つに損害を受け現状では走行不能……修復に掛かる時間も今はまだ見当が付きません』
「やられたか…これはラブ先輩1号車の事解かっててやったんだろうなぁ……」
舞い込んで来た唯一の被害報告に、ルクリリが酢でも飲み込んだような表情になる。
何故なら履帯切りをやられたマチルダ隊の1号車こそ、隊長に就任しブラックプリンスに搭乗するまでルクリリが任されていたマチルダ隊の隊長車であり彼女の嘗ての愛馬であったからだ。
『ラブ先輩は私に喧嘩売ったつもりなんだろうか……?お願いですからこういう事は同期のお仲間同士だけでやって頂けませんかねぇ…出来れば私なんかを巻き込まないで頂きたいのですが……』
思わず天を見上げ嘆息するルクリリであったが、そんな彼女のささやかな願いが通じる相手ではない事も充分に解かっていた。
彼女も横浜出身であり一学年しか違わないので、小学戦車道時代から何かと目立つ存在であるラブとダージリンとアッサム達の試合などはよく見ていたのだ。
故にラブの仕掛けたトラップや挑発という名のおちょくり行為も目にしている訳で、その対象というか矛先が自分に向いた事にぼやくのも無理のない事かもしれなかった。
「…こちらフラッグ車、隊長のルクリリだ……マチルダ1号車、修復に支援は必要か?」
『いえ、それには及びません、本車の人員だけで充分です!支援を受ければその分戦力が割かれるのでそれこそ相手の思う壺です!修復が終わり次第後を追いますので、隊長は我々に構わず先に行って下さい!』
1号車の車長はマチルダ隊の隊長でもあり、ルクリリも信頼して殿を任せていただけあってその判断は的確であったが、いきなりその盾の要を潰しに来る辺りやはりラブは全く以って油断のならない相手であると痛感させられたルクリリであった。
「…了解した……」
忸怩たる思いもあるが試合開始早々にラブにしてやられた事に関しては、正直に言ってしまえばルクリリも仕方のない事と半ば諦めている部分があった。
勿論ルクリリとてそれを予想していない訳ではなかったが、例え予想していたとしてもどうにも出来ない事が世の中にはあるとも彼女は同時に考えていた。
「解かっていても防げないか…まぁ天災みたいな
もしラブがこのルクリリの呟きを聞いていれば『わたしゃ台風かなんかか!』と抗議したかもしれないが、やられる側からすれば考えてそれをやっている分ラブの方が台風などの自然災害などよりも遥かに性質の悪い存在といえるかもしれない。
だがそんな彼女達にとって一番頭が痛いのはラブの行動の結果もたらされる被害以上に、そこに至るまで経緯の方にあるだろう。
何しろラブは今回もまた初っ端から実にふざけた行動に出ており、それを思い出したルクリリは改めて脱力せざるを得ないのだった。
「よし!後ろ取った!」
その車体の小ささと脚の速さを活かし草原の細道を一気に駆け抜けたクルセイダー隊は、ラブの目論見通り聖グロ本隊に気付かれる前にその背後に回り込む事に成功していた。
「ロージー準備はいい!?」
「まっかせろですわ!いつでも行けますわよ!」
冬枯れしているとはいえ高く生い茂る草むらの中、視界が利かぬにも拘らず右に左に舵を切りながら高速走行を続けるローズヒップが振り返る事なくラブの声に応えた。
「おっけ~♪それじゃロージーやっちゃって~!」
「了っ解ですわ!」
返って来たローズヒップの快活な声に、ラブも思わずにっこりと微笑みを浮かべる。
「それじゃあ……」
微笑んだままラブは一瞬瞳を閉じ、その次に瞳を開いた瞬間ラブの表情は一変していた。
「吶喊!」
そう叫んだラブの表情は明らかにロングの黒髪も美しい知波単の美丈夫絹代を意識しており、その喋り口調もその時だけ絹代になり切っていた。
「おほほほほほ!音痴ホーン鳴らしちゃいますわよ!」
ほぼトップスピードで疾走するクルセイダーを操りながらローズヒップが操縦桿に新たに増設されたホーンボタンを嬉々とした表情で押し込めば、前日の訓練でもダージリンを大激怒させた調子っ外れなラッパが連続して鳴り響いた。
その突撃は唯一機動力のあるニルギリのクロムウェルが部隊を離れた後であり、タイミングとしてはこれ以上はない程絶好のものであった。
だが態々音痴ホーンを鳴らすという事は事前にそれを相手に察知させるだけであり、本来であれば全く無駄な行為以外の何ものでもなかった。
しかしそれを実行してしまうのがラブであり、彼女がそれを実行した場合は事情が異なって来る。
誰もがその音を聴いた瞬間まさかと自分の耳を疑い、次いで一気に雪崩れ込んで来た一見考えなしな突撃に全員完全に頭の中が真っ白になった結果、クルセイダー隊の敵陣中央突破などという暴挙を易々と許す事となったのだ。
「何事だ…!?って考えるまでもないか……」
風向きの関係で隊列の最前列で隊長自ら前衛として行動していた為に、ルクリリの耳に音痴ホーンと砲声が届いた時には既にクルセイダー隊は隊列の中程まで切り込んでいた。
AP-Girls戦でラブのデタラメぶりは経験済みであっても彼女が今率いているのはあのローズヒップのクルセイダー隊であり、誰もが実戦の場でこれをやるとは思っていなかったので完全に虚を突かれ、されるがままやりたい放題され、何も出来ぬまま走り去るクルセイダー隊を見送ってしまっていた。
「ラブ先輩!」
「はあ~い♪ルクリリさま~♡」
隊列のど真ん中を突き抜けて来たラブがブラックプリンスとチャーチルの間を駆け抜けんとしたその時、ラブはルクリリに向けウィンクと共に得意の投げキスを放ち直後にはダージリンに対して徹甲弾を放っていた。
「ラブ先輩……」
「ちょっと!この扱いの差はなんですの!?」
「…ラブ先輩……」
走り去るラブの背に向けダージリンが怒鳴りながら愛用のティーカップを振り回す。
そこには淑女姿はなく、あるのは絵に描いたような噛ませ犬の姿だけであった。
「あれはまぁ軽い挨拶って事か…それにしてもラブ先輩が絡むとこの人は……」
マチルダ1号車のみ足回りの補修の為その場に残し、改めて進発すべく隊列を組み直す指示の合間に、ルクリリは先程のラブの奇襲が挨拶代わりの軽いジャブであろうと考察していた。
しかしそのジャブでいきなりマチルダの1両が喰われたのは痛恨事であったが、逆にそれだけで済んだ事に安堵もしていた。
「取り敢えずは部隊の再編を……ふぁ!?」
すっかり乱れてしまった隊列を組み直すべく指示を出そうとしたルクリリは、周囲を見回しその時になってある事に漸く気付き思わず妙な声を発したのだった。
「どうかしましたかルクリリ?」
それまでポンコツと化しとっくに姿の見えなくなったラブに向け延々と罵詈雑言を垂れ流していたダージリンだったが、ルクリリの上げた妙な声に反応しその表情を即座にいつもの乙に澄ました営業用のものに変え彼女の顔を覗き込んで来た。
「だ…ダージリン様……ブフォ!い、いえ!な、ゲッホゲッホ……なんでもありません!」
「そんなに咽てどうしましたの?おかしな子ですわねぇ」
ダージリンに背を向けルクリリは咽ながらその肩をプルプルさせ、そんな彼女の背中をダージリンは不思議そうに見ていた。
『ら、ラブせんぱいぃぃぃ……!い、いつの間に……!?』
堪え切れぬ笑いを堪えながら激しく咽込むルクリリだが、何故そこまで苦しむ程笑いそうになるのかといえばその原因は彼女が目を背けたダージリンが搭乗するチャーチルにあった。
ダージリンが騎乗するチャーチルの車体各所には誇らしげに聖グロの校章が描かれているが、彼女が納まる砲塔部の校章だけが何やら細工が施されていた。
おそらく上からステッカーを重ね貼りしたであろう校章には本来のティーポットとティーカップではなく、日本茶を淹れる土瓶と寿司屋が使う魚の名が漢字で書かれた湯飲みが描かれていたのだ。
『な、なんで今まで誰も気付かなかったんだよ!?つーかあの人いつの間にあんな物用意してたんだ!?ぶ……ぶふっ!ラブ先輩、ど…どんだけダージリン様を弄れば気が済むんですか……!?』
端からそれがラブの仕業であると決め付けているルクリリだが、彼女がそこまで明確に言い切るのにはそれなりに根拠があっての事だった。
まずルクリリが知る範囲でも中学時代からラブはこの手のイタズラをよくやっており、彼女も何度となくそんな場面を目撃した事があった。
そしてその目撃した幾つかのイタズラのターゲットはダージリンであり、更に言えば仲間達は全員洩れなく被害にあっていたので彼女も迷う事なく断定していたのだ。
試合に集中しなければという思いとは裏腹にラブの情け容赦のないイタズラが生み出した産物が、ルクリリの腹筋を責め立て今の彼女は指揮処ではない状況に陥っている。
『か…カンベンしてくれぇ……』
それから暫くルクリリの腹筋は事態を心配したニルギリが戻る頃まで、その激しい痙攣という名の運動が止まらなかった。
「上出来よ~♪みんな見事にダージリンのお尻を蹴っ飛ばして来たじゃない♪」
本隊への最初の奇襲を成功させたラブはその勢いのまま再び草原に飛び込むと、偵察に出ていたニルギリの裏をかくように彼女の予想とは別ルートで市街地区画へと潜り込んでいた。
「それで梅こぶ茶、この後はどうするつもりですの?」
上げた戦果に手放しで喜びながらクルセイダー隊の隊員達を褒め称えるラブに、ローズヒップも嬉しそうにしながら次の作戦行動について興味深げに尋ねていた。
長年訓練に使われ今は廃墟のような状態の市街地にある教会前の広場に集結したクルセイダー隊の隊員達は、ラブの指揮の下過去のように醜態を晒さず戦果を上げた事に相当興奮した様子だった。
そんなクルセイダー隊の隊員達は頬を上気させ熱の籠もった視線をラブに集中させており、今や彼女達は完全にラブに心酔し従う親衛隊のような状態になっていた。
そんな熱い視線にラブもまた満足気に頷きながら艶然とした笑みで応じると、自信たっぷりにローズヒップの問いに答え始めた。
「こうして市街地への突入に成功した以上は当初の予定通りに行きますわよ!あのお高く留まったダージリンをこの市街地に引きずり込んで、徹底的におちょくっておちょくって精神的にすり潰してやりますわ!とにかく練習した通り間接攻撃に徹する事、例えチャーチルにクルセイダーの6ポンドが通用しなくとも頭上からあの教会の鐘が落ちれば只では済みませんわよ!」
『おぉ~♪』
ラブが指差した先にある朽ちかけた教会の鐘楼にぶら下がる、緑青に塗れた鐘を見上げたクルセイダー隊の隊員達の間から感嘆の声と共にパチパチと拍手が巻き起こる。
「それじゃあみなさんダージリンをヒィヒィ言わせに行きますわよぉ!」
『お~っ!』
クルセイダーの砲塔に登ったラブが煽り文句と共に右の拳を天に向かって突き上げれば、それに倣い隊員達も鬨の声を上げながらラブと同様に拳を突き上げる。
その光景はやはり聖グロというより完全にノリと勢いのアンツィオのようで、もしそれをアンチョビが見れば全員纏めてアンツィオに連れて帰りそうな程ノリに乗っていた。
「ルクリリ様!」
「あ…あぁニルギリか……」
耳に届いた砲声と混乱の極にある無線交信に言いようのない嫌な予感を覚えたニルギリが、独自の判断で偵察任務を中断し速度最優先でルクリリの下へと戻ってみれば丁度彼女は独り笑ってはいけない聖グロリアーナの真っ最中であり、腹筋をプルプルさせながら目尻に涙を浮かべ泣き笑いのような苦悶の表情を浮かている処だった。
「い、一体どうなさったのですかルクリリ様!?」
「あ…いや、何でもないんだ……気にしないでくれ……」
肩で息をするルクリリの下へと駆け寄り気遣わしげに潤んだ瞳でニルギリが見つめるが、笑いのドツボにはまった今のルクリリはそれ処ではなかった。
「そんな訳にはまいりません!もしや厳島様に何かされたのですか!?」
妙な処で勘の鋭いニルギリがラブの名を出すと、それに反応してルクリリの肩がビクリと震える。
「やっぱり!厳島様に何か恐ろしい事をされたのですね!?」
確かに何かされたが事情を知らぬニルギリは完全にその方向を見誤っており、それがルクリリを更なる笑いの悪循環無間地獄へと突き落とすのだった。
「そ、そうじゃない…ぷふっ……も、もうカンベンしてくれないかニルギリ……」
「そんな……る、ルクリリさまっ!?」
気遣いが裏目に出ている事に気付かぬニルギリに堪らずルクリリが背を向ける。
そして目尻に涙を浮かべた彼女に背を向けたまま、ルクリリは震える指でチャーチルを指差すのだった。
「ルクリリ様…一体何を……ぶぴっ!?」
その身を案じ駆け付けるもルクリリに無碍に扱われたと思い込んだニルギリが、目尻に浮かんだ涙を拭いながら視線をダージリンが騎乗するチャーチルへと向けた。
失意のあまり直ぐにはその異変に気付かぬニルギリは、暫くの間虚ろで定まらぬ視線をチャーチルの車体の上に彷徨わせていた。
だがやがてその存在に気付いたニルギリは砲搭上のダージリンの存在に声を上げて笑いそうになるのは辛うじて堪えたが、軽く吹いて鼻が出るのまでは押さえられなかった。
「りゅ…
「や…やめ……ニルギ……ぐふっ……!」
悲劇と喜劇は表裏一体、引き攣った笑い顔で滝のように涙を流すニルギリに追い討ちをかけられたルクリリが、噴出す寸前に自ら額をブラックプリンスの砲塔の上面装甲へとガシガシ打ち付けながら必死にそれを堪えていた。
「変な子達ですわねぇ……」
知らぬは本人ばかりなり、悶絶する二人にダージリンは一人不思議そうに首を捻るのだった。
「そうでしたか…やはり厳島様が……」
「あぁ…ラブ先輩は昔からあの手のイタズラが得意なんだ……」
隊列を組み直しラブがいるであろうと当たりを付けた市街地区画へと再度進行を指示したルクリリは、隣に並んだクロムウェル上のニルギリに軽く事情を説明していた。
「でもいつの間にあのような…あのような物を作られたのでしょう……?」
「さぁなぁ…でも相手はあのラブ先輩だからなぁ……今は試合中にダージリン様が気付かぬ事を祈るばかりだよ……もし気付いたらブチギレて試合処じゃなくなるはずだからな……」
「ですね……」
「とにかく試合が終わり次第隙を見て剥がすしかないだろう」
「はぁ……」
二人は時折後方に付けるダージリンのチャーチルにチラチラと視線を走らせながらも、そんな話をしては何度となく目配せして頷き合うのだった。
だが隊列が徐々に市街地区画へと近付けば、其処此処に漂うラブの気配にルクリリとニルギリの表情も緊張感から自然と険しいものへと変わって行った。
「このあからさまな空気…絶対わざとだよなぁ……」
もう市街地区画は目前に迫り、その街中から醸し出される如何にもな雰囲気にラブが全力で遊びに入っている事を感じ取ったルクリリは、緊張しつつもその顔には既に疲労感が滲んでいた。
「ダージリン様!如何しますか?」
しかし、隊長である以上は嫌だからとそれを無視する訳にも行かず、ルクリリは念の為背後に控えるダージリンに確認するように声を掛けた。
「この試合はあくまでもクルセイダー隊の強化が主目的の試合ですからね、ラブがそれを望むならそれに応えて差し上げなさい……それともう隊長はルクリリなのですから一々私にお伺いを立てるような真似は不要ですわ、あなたの思うようにおやりなさい」
「畏まりましたダージリン様」
ダージリンに一礼した後正面に向き直ったルクリリは、気合を入れ直すかのように両の頬をぴしゃりと掌で叩くと無線に向かって指示を出し始めた。
「全車よく聞け、これより我が隊は市街地内でクルセイダー隊との全面戦闘に突入する!梅こぶ茶率いるクルセイダー隊は徹底した奇襲によるゲリラ戦を仕掛けて来るだろう、確かにクルセイダーの動きは速くトリッキーだ。だが決してそれに惑わされ引き摺られないように注意せよ!機動力で劣るとも装甲と火力は遥かにこちらが上だ、冷静に動きを見極め対処するよう心掛けよ!」
ルクリリの訓示に隊員達の表情も引き締まり隊列行動もそれまで以上の秩序だった動きを見せ、彼女の背後でそれを見守っていたダージリンも口元に笑みを浮かべ一つ頷くのだった。
「ニルギリ、市街地に突入後再び先行して哨戒任務を頼む!」
「了解!お任せ下さいルクリリ様!」
その容姿同様どちらかといえば大人しい印象のニルギリだが、ルクリリから寄せられた信頼に応えるべく眦を決し操縦手に指示を出しクロムウェルをブラックプリンスの全面に押し立てた。
彼女が愛するニルギリの見せたそんないじらしさに、思わず口元が緩みそうになるルクリリであったがギリギリの処でそれを堪え部隊全体に増速するべく指示を出した。
「全車増速!全方位警戒しつつ突入準備!クルセイダー隊の奇襲に備えよ!」
ルクリリの指示の下整然と隊列を組んだ戦車の群れが一斉に速度を上げ、一路市街地に向け地響きと共に進軍を開始した。
その威風堂々な隊列はさすが全国大会で常に上位争いに喰い込むだけはあると思わせるに充分な迫力があり、その一糸乱れぬ隊列行動を指揮するルクリリもそれだけの実力がある事を証明していた。
『さて…一番の問題はラブ先輩がどう動くかな訳だが……何しろあの人は弾切れでも平気で暴れ回って挙句相手のフラッグ車を撃破しちゃうような人だからなぁ……』
立場上毅然とした態度で指示を出したルクリリであったが、嘗て中等部時代のまほが率いる黒森峰戦に於いて弾切れして尚諦めず、追い詰められた状態から逆にまほの騎乗するフラッグ車を仕留めて見せたラブの怪物ぶりをリアルタイムで見た事を思い出し暗澹たる気分になりかけていた。
「ルクリリ様!それではお先に参ります!」
だがそんな彼女の気分を吹き飛ばすように直ぐ前から快活な声が響いた。
「……ニルギリ!気を付けてな!」
「ハイ!」
ルクリリがハッとして声の主であるニルギリに目を向ければ、市街地の入り口目前で単騎偵察行動に出るべくクロムウェルが再び隊列を離れ先行しようとしている。
そのクロムウェルの砲塔から顔を出すニルギリがやや緊張した面持ちでルクリリに敬礼をすれば、ルクリリも答礼しつつ短く一言声を掛けた。
しかしその一言だけで彼女の全ての想いは伝わったったらしく、ニルギリは弾けるような笑顔で最敬礼すると更にクロムウェル加速させ走り去って行った。
「頼んだぞ……」
例え同一チーム内の紅白戦形式の練習試合とはいえ使用するのは実戦仕様のれっきとした実弾であり、単騎駆けの危険な偵察任務に自らのパートナーを送り出さねばならぬ事にルクリリはキュッと唇を噛み締めた。
これがもし並みの相手であれば、彼女もここまで心配する事はないだろう。
だがやはり相手がラブとなると話はまるっきり違い、考え始めればキリがない程不安要素ばかりが頭の中に沸き起こって来た。
『いかんいかん!隊長がこれでは他の者に示しが付かん!』
マイナス思考になりがちな自分にルクリリが勢いよく首を左右に振れば、それに合わせて彼女のトレードマークであるおさげ髪も左右に揺れる。
間違いなくラブが待ち受けていると隊長であるルクリリが確信する市街地区画の入り口に、部隊はもう間もなく到達しようとしていた。
「さ~来るよ来るよルクリリさんが来るよ~♪で・も・その前に~♡」
鼻歌でも歌うように節を付け楽しげに教会の鐘楼から愛用の単眼スコープで市街地を見下ろしていたラブは、お目当ての存在を見付けると一層楽しげに軽やかなステップで踊るように鐘楼の階段を駆け下り始めた。
「梅こぶ茶!来ましたのね!?」
「えぇ、いよいよお待ちかねの本番ですわ♪」
戻って来たラブの姿を見たローズヒップはクルセイダーの操縦席をから抜け出ると、まるで子犬のようにラブの下へと駆け寄りぴょんぴょんと彼女の周りを跳ね回り、その何とも愛らしい姿にラブも思わずクスクスとお姉様笑いをしてしまうのであった。
「やってやりますわよ!クロムウェル恐るるに足らずですわ!」
「その意気ですわロージー、クルセイダー隊の本当の恐ろしさをダージリン様にとくと味合わせて差し上げましょう♪」
拳を握り締めた右腕の力こぶに左手を添える姿も勇ましいローズヒップの大仰なセリフにラブもノリノリで同調すれば、ローズヒップはクルセイダーに駆け戻り勢いよくジャンプして一足飛びでその車体へと軽々と飛び乗った。
「う~んやっぱいいわぁ♪この留学が終わったら本当にAP-Girlsの正規メンバーとして、ロージーを笠女に連れて帰っちゃおうかしら?」
AP-Girlsのメンバー達の間でも人気の高いローズヒップの元気な姿にいたずらっぽく笑いながら、ラブは本気とも冗談とも付かないセリフを口にする。
だがラブ自身も自分を同じ一年生として扱ってくれるローズヒップの事を甚く気に入っており、もしローズヒップがそれを望めば本当に連れ帰ってしまうかもしれなかった。
「さぁ梅こぶ茶!行きますわよ!」
操縦席に潜り込んだローズヒップが待ち切れぬとばかりにラブを呼び、その声にラブも再びクスクスと笑いながら小走りでクルセイダーへと戻って行くのだった。
「どうニルギリ!?クルセイダー隊は?何か見える!?」
「まだ何も見えない!それよりそろそろ速度を落として!」
市街地に突入するもまだ何のリアクションも見せぬラブを不気味に感じながらも、ニルギリは慎重に周囲を見回し逸る操縦手に減速を指示した。
「絶対にいる…はずなんだけど……」
速度を落としたクロムウェルの砲塔上から周囲を窺うニルギリは何も起こらぬ事に、自分が突入すればラブも動くと確信していた気持ちが揺らぎ始めていた。
しかも辺り一帯に濃厚に漂うラブの気配のプレッシャーは凄まじく、ニルギリはその重圧にこの寒さの中いつの間にか額に浮かんだ汗を拭うのだった。
「怖い……」
その漂う空気からニルギリが感じ取ったものはたった一つ、それは純粋な恐怖であり圧し掛かる圧力が限界に達し彼女の唇から抑えていた感情が零れ落ちた時それは起こった。
「え…ウソ……」
その存在に最初に気付いたクロムウェルの操縦手は、そのあまりの大胆さに呆けたような表情でそれだけ言うのがやっとだった。
何故なら交差点を曲がり片側二車線の少し広い通りに出た途端、その正面の通りのど真ん中に停車したクルセイダー上でラブが腕組みをして仁王立ちしていたのだから。
「よく来たわね、お嬢ちゃん」
『ヒイっ!』
美しく整った顔立ちのラブが鬼神の笑みを浮かべそこにいる、ただそれだけでニルギリを含むクロムウェルの乗員全員が青い顔で短い悲鳴を上げた。
クルセイダーとクロムウェル、比較すれば火力装甲共に圧倒的に有利であるにも拘わらずニルギリの背に冷たいものが奔る。
役者が違う、立ち塞がる美丈夫を前に硬直しかけたニルギリの脳裏の片隅にぼんやりとそんな考えが浮かんでいた。
だがこれは真の恐怖の始まりにしかすぎぬ事に、彼女はまだ気付いていなかった。
なんか最近ラブは何に乗せても強いんだろうなぁと思い始めました。
いっそルクス辺りで重戦車撃破する話でも書きますかねw