ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

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先週の台風の影響で仕事が押せ押せです……。

ラブとローズヒップはいよいよ絶好調で暴れ回ってます♪


第四十三話   恨みますよ?

「ねぇロージー、こんな感じでどう?決まったかしら?」

 

「バッチリ!完璧に決まってますわ!」

 

 

 その機動力を活かしてニルギリ達がクロムウェルで偵察行動に出て早々、現れたラブの姿を目にした途端彼女達は恐怖のあまり悲鳴を上げ震え上がっていた。

 だがニルギリ達を死ぬ程びびらせた張本人であるラブはといえば、足元の操縦席に納まるローズヒップと小声で何やら意味不明な会話を繰り広げていた。

 

 

「私よく解からないんだけど、悪の組織の怖いお姉さんってこんな感じでいいの~?」

 

「ええ、全く問題ないですわ!超美しい梅こぶ茶が凄んでみせれば、どんな相手だってビビッて任務処ではなくなる事うけあいですわよ!」

 

 

 どうも会話の内容からすると偵察の為に先行して来るニルギリのクロムウェルに挑発行為を行なうにあたり、似非天然のラブが純粋培養天然のローズヒップを焚き付け如何にしてそれを行なうかアイディアを出させ、ラブは何も知らぬフリでそれに乗っかったというのが事の真相だろう。

 だがいくらやっている事がおバカなお遊びであったとしても、ノリノリなラブが彼女に関して予備知識の乏しいニルギリ達に演技とはいえども本気の厳島の顔で凄んで見せれば、恐怖のあまり悲鳴を上げるのも当然の事といえた。

 

 

『こ、ここここちらクロムウェル!に、にににニルギリです!』

 

 

 それでもローズヒップの予想と違いテンパりながらニルギリは無線のマイクをお手玉して取り落としそうになった後、後方から市街地に侵攻しているであろうルクリリに向け報告を開始していた。

 

 

『ちゅ、中央街区メインストリート上にら、ラブこぶ茶発見!』

 

 

 但しニルギリも相当にとっ散らかっているらしく、ニックネームであるラブの名と彼女のティーネームである梅こぶ茶の混ざった妙な名をマイクに向かって叫んでいた。

 

 

 

 

 

「側面及び背後からの攻撃に気を付けよ!」

 

 

 いよいよ市街地への侵入を果たした本隊を指揮するルクリリが周囲に警戒の目を配り部隊全体に再度注意喚起を促した丁度その時、ニルギリの叫びが彼女の耳に届いたのだった。

 しかしニルギリの放ったラブこぶ茶なる珍妙な響きの名を聞いた途端盛大にずっこけたルクリリは、砲塔の上面装甲に鈍い音を響かせしこたま額を打ち付けていた。

 

 

「いたたたた…ラブこぶ茶て……ニルギリお前な……」

 

 

 身を起し打ち付けた額を擦るルクリリは、ぼやきつつも急ぎ無線のマイクを手に取った。

 

 

「……こちら隊長車ルクリリだ、ニルギリ聞こえるか?」

 

 

 呼び掛けの後に無線のトークボタンから手を離し一呼吸置いて再びボタンを押し込もうすると、それよりも早くニルギリから応答が返って来た。

 

 

『ルクリリ様!う、梅です!梅ラブ茶が出ましたぁ!』

 

「ニルギリよ…少し落ち着こうか……ラブ先輩がどんどん違うモノになってるからな……」

 

 

 一瞬わざとやっているんじゃないかとルクリリが疑いたくなる程パニック状態のニルギリに、これ以上放っておくと何か危ない事を言い出しそうな気がして落ち着くよう促したが、残念ながら無線の向こうのニルギリにはあまり効果がなかった。

 ニルギリが何か応答しかけて無線のトークボタンを押しっぱなしにいている為に、ルクリリの耳にはクロムウェルの搭乗員達の意味不明な悲鳴や恐らく全力で後退しているらしきエンジンの唸りしか聞こえず、余りの賑やかさに思わずルクリリは顔をしかめるのだった。

 

 

「ダメだこりゃ…まぁ初対面でいきなりあんな大技喰らってるから無理もないが、それにしてもこれ程までパニック起すとはラブ先輩一体何をやったんだろう……?」

 

 

 何となくではあるがラブが何をやったかは想像出来たルクリリだが、この状況ではクロムウェル単騎での偵察行動は無理だと判断した彼女は、これ以上ややこしい事態になる前にニルギリを呼び戻す事に決め、ニルギリがトークボタンから手を離すのを待って再び無線で呼びかけた。

 

 

「ニルギリ聞こえるか?一旦後退し本隊と合流せよ……クロムウェルは本隊と合流せよ!」

 

『はいぃぃ!直ぐに戻ります!全力で戻ります!マッハで戻りますぅぅぅ!』

 

「お、おう……」

 

 

 その指示を待っていたかのように反応したニルギリは半べそのような声で答えると、即操縦手に撤退の指示を出し言葉通りにルクリリの下へとすっ飛んで行った。

 

 

「ええと…私ってそんな怖い……?」

 

 

 その一方でニルギリ達の様子を見守っていたラブは、余りのパニックぶりと突然のとっ散らかった遁走劇に只呆気に取られてポカンとした顔で見送ってしまっていた。

 

 

 

 

 

「あの人怖過ぎですぅ!本当に同じ高校生なんですか!?ってか絶対魔女かなんかですよね!?」

 

 

 戻るなりクロムウェルからブラックプリンスの砲塔に飛び移りルクリリの胸に顔を埋め、よしよしと頭を撫でて貰いながらニルギリはポロポロと大粒の涙を零していた。

 

 

『ラブ先輩…ニルギリはまだ一年生なんだからお手柔らかに願いますよ……それにダージリン様、本当に恨みますからね……』

 

 

 ルクリリはニルギリの頭を撫でてやりながらもその恨みがましい視線を背後のチャーチルの砲塔上ダージリンへと向けていたが、ダージリンの方はあからさまに顔を背けわざとらしくオレンジペコに紅茶のお替りを催促したりして嵐が過ぎるのを待っていた。

 しかし彼女達がそんな事をやっていられるのもこの時までで、この直ぐ後に始まるラブの怒涛の攻勢を前に成す術もなく翻弄される事になるのだった。

 

 

「ダージリン、あなたこのままだと絶対無事に卒業出来ないわよ?」

 

 

 ここまでのクルセイダー隊の動き、即ちラブの行動パターンを愛用のノートパソコンに逐次入力する作業に没頭していたアッサムが、ルクリリの恨みの視線こそ見えぬがニルギリの声を耳にして顔を上げる事もなく砲塔上で猿芝居を続けるダージリンに釘を刺す。

 

 

「…アッサム、あなた一体何が言いたいんですの……?」

 

「そのままですわ……これまで何か思い付く度に後輩達を散々振り回して、それで恨みを買わないとでも思っているなら相当に頭がおめでたいと私は言っているんですのよ?」

 

 

 思った事を一切オブラートに包まぬアッサムの辛辣な物言いに、ダージリンもキッと目尻を吊り上げ牙を剥いて言い返す。

 

 

「何よ!私を首謀者にして陰でコソコソやっていたあなたに言われたくありませんわ!」

 

「人聞きの悪い事言わないで下さる?」

 

 

 声高に吠えるダージリンに対し、日頃と変わらぬ口調でアッサムは切り返す。

 

 

『このお二人は本当に仲が良いのでしょうか?試合中なのにいい加減にして頂きたいものですわ…まぁ確かに最近はダージリン様の紅茶に下剤の一滴も盛りたくなる事が多々ありますけど……』

 

 

 実は中々に発育の良いルクリリの胸に顔を埋め大泣きするニルギリの泣き声と突如始まったダージリンとアッサムの言い合いに、心中でそんな事を呟きながらオレンジペコはうんざりした顔でお替りの紅茶を淹れていた。

 

 

「落ち着いたかニルギリ……?まだ試合中だからな…落ち着いたのならクロムウェルに戻って指揮を執るんだ……出来るな?」

 

 

 自身とニルギリに集まり始めた生温い視線が気になるルクリリとしては一刻も早く彼女を任務に戻したかったが、肝心のニルギリが牡蠣のように胸に張り付き離れない。

 

 

『うぅ…試合中に不謹慎だが仕方がない……』

 

 

 いつラブ率いるクルセイダー隊の襲撃があるかわからに状況下、何とも情けない表情でルクリリは天を仰ぎながら嘆息した後にニルギリの耳元でそっと囁いた。

 

 

「話は今夜ゆっくりと聞いてやるから…言っている意味は解るな……?」

 

「……!」

 

 

 若干震えた声のルクリリの囁きに、ニルギリの肩がピクリと震える。

 

 

「その…今夜はおまえの好きにしていいから……その…な……?」

 

 

 我ながら何とも情けないと思いつつ閊えながらもそこまで言ったルクリリが、胸に顔を埋めたまま固まるニルギリの様子を覗き込むがその顔は既に真っ赤になっていた。

 

 

「…ニルギリ……?」

 

「…はい……ハイ!」

 

「わっ!?」

 

 

 急にガバっと顔を上げたニルギリに驚いたルクリリだが、泣いたカラスがもう笑ったを体現するニルギリの顔は思わぬ想い人の言葉に現金にも歓喜の輝きを放っていた。

 

 

「本当ですねルクリリ様!?」

 

「あ…あぁ本当だ……」

 

「了解致しました!ニルギリはもう大丈夫です!何なりとご命令下さい、ルクリリ様の為にこのニルギリはどんな任務でもこなして見せます!」

 

 

 改めてルクリリの返事を聞いたニルギリは言質を取った事で更に顔を輝かせると、目の覚めるような敬礼を残したわわをプルンプルンさせながらクロムウェルの砲塔に飛び移って行った。

 

 

「…私は今人生最大の失敗を犯したかもしれない……」

 

 

 その背中を見送ったルクリリは、周囲から突き刺さる生温い視線に只独り耐えるのだった。

 

 

 

 

 

「面白い…面白いわニルギリさん……♪」

 

 

 泡食って逃走したニルギリを呆然と見送ってしまったラブであったが、その後我に返るとちゃっかりと後を追い、声こそ聞こえぬが物陰から二人の様子を単眼スコープで観察していた。

 

 

「本隊の様子はどうですの梅こぶ茶?」

 

「とても盛り上がってるわロージー♪」

 

「まぁ!やる気満々ですのね!そうでなくては張り合いがございませんわ!」

 

 

 操縦席からではその様子が解らぬローズヒップがラブを見上げながら聞いたのはあくまでも本隊の展開状況であったが、ラブの答えはその問への回答ではなかった。

 だがそれでも会話が噛み合う辺りが、このコンビの恐ろしい所と言えるだろう。

 

 

「それでこの後梅こぶ茶はどうする気ですの?」

 

「ん?さっきも言った通り当初の予定通りやるだけですわ?徹底して精神的に削りますわよ」

 

 

 スコープを覗いたままニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべ答えるラブはゲスなこと極まりないが、試合に関する方針は一切ブレがなく、ローズヒップ達を迷わせるような事はなかった。

 

 

『でもそうねぇ…お遊びはこれ位にしておいてそろそろ本格的に始めましょうか……』

 

 

 直進ズーム式のスコープの鏡筒を縮め懐に戻すと、ラブはそれまでと打って変わった不敵な笑みを浮かべながらクルセイダー隊を作戦行動に移らせるのだった。

 

 

「全員そのまま聞いて頂戴、本隊がこのまま前進を再開すればトラップポイントNo.8を最初に通過する事になるわ…ここでまず部隊を半分に分断するわよ……前衛のマチルダが通過する直前に砲撃を開始、トラップが倒壊するまでのタイムラグがあるから各車砲撃タイミングは慎重にね」

 

 

 通信機から聞こえるラブの教導教官としての声に各車の搭乗員達が一斉に頷く。

 その様子一つ取って見ても今のクルセイダー隊は非常に良く統制が取れており、そこには嘗てのような脚は速いがそれ以外は残念なアホの子の集団のイメージは見られなかった。

 

 

「私達にまっかせろですわ!見事本隊を真っ二つにぶった切って差し上げますことよ!」

 

 

 口の端を不敵に吊り上げたローズヒップが操縦桿にかけていた両手を離し、それぞれの手の指を交互にポキポキと鳴らす。

 その他の搭乗員達もローズヒップ同様全員揃って優雅さを貴ぶ聖グロの隊員に有るまじき好戦的且つワイルドな笑みを浮かべ、その様子にラブは女帝の笑みで満足げに頷くのだった。

 

 

「いいですわ、それじゃあ行きましょう……Tanks move forward!」

 

『Yeaaaah!』

 

 

 女帝の笑みから一転、その表情を女豹の笑みに変えたラブが出したGoサインにクルセイダー隊の隊員達がAP-Girlsを彷彿とさせる歓喜の声で答え、4両のクルセイダーに搭載されたナッフィールド製リバティエンジンが唸りを上げた。

 

 

「さぁ、ここからが本番よ?ダージリン……訓練の成果、その身でたっぷりと味わいなさい」

 

 

 深紅のロングヘアを走行風に踊らせるラブの呟きは風に乗り冬空に拡散し、そうと気付かぬうちにダージリン達の身に振りかかりその呪縛に絡め捕って行くのだった。

 

 

 

 

 

「なんてプレッシャーだ…たった4両のクルセイダーが相手なのに、それを操るのがラブ先輩に代わるだけでこうも違って来るとはな……」

 

 

 寒空の下周囲に警戒の目を配りながらも、ルクリリは頬を伝う何とも嫌な汗を拭っていた。

 金沢工業団地での経験も未だ生々しく記憶に残る彼女にとっては、見る物全てがラブの仕掛けたトラップに見えどうにも生きた心地がしないようだ。

 

 

「どこだ…どこから来る……?」

 

 

 極限に達した緊張感は冬の空気以上にピンと張り詰め、周囲の警戒に当たる本隊の隊員達のメンタル面に確実に影響を与えていた。

 

 

『全くあの子と来たらやり過ぎよ…何もここまで圧力かけなくてもいいじゃない……』

 

 

 ブラックプリンスの背後を追走するチャーチルの砲塔上で澄ました表情でティーカップを傾けるダージリンであったが、よく見ればその眉間には皺が寄り口元も微かに歪んでいた。

 しかし元はと言えば自分が蒔いた種であるためそれを口にする事は出来ず、只ルクリリが背中から放つ非難のオーラを正面から浴びるのみだった。

 そんなダージリンが噛み締めていた奥歯をギリリと鳴らした瞬間、遂にその時がやって来た。

 古き良き英国の街並みを模した建築物が連なる谷間に響く連続した砲声は、その立地故にどこが音の出所か直ぐには解らない。

 

 

「来た!どこだ!?」

 

 

 乾いた砲声とその後に続く破壊音にルクリリが周囲を見回そうとしたその時、演習場のセットである柔な造りの建物が隊列中央辺りで左側から崩れ一気に襲いかかって来た。

 

 

「なっ!?しまった!」

 

 

 いくら安普請のセットとはいえ4階建ての建物の構造材が倒れ込めば只では済まず、前衛のマチルダ隊の最後尾にいた1両は完全に瓦礫の下敷きになり、ダメージこそ受けてはいないが完全に身動きが取れず実質戦線離脱の状態に追い込まれていた。

 

 

「チッ!やられた…履帯切りに間接攻撃、やっぱりそう来ますかラブ先輩……」

 

 

 崩れた瓦礫が舞い上げた埃が風に流れ辺りの様子が顕わになり、同時に受けた被害とラブの狙いも明らかになるのだった。

 

 

「ルクリリ様……」

 

「あぁ、完全に分断されたな……ダージリン様!私はニルギリと共に迂回して前衛部隊と合流しますので後衛の指揮をお任せします!再集結ポイントは市街地中央の噴水広場、どうかそこまでの間部隊の半分をお願い致します!」

 

 

 目の前の惨状にさすがにダージリンの表情も険しいものになり、その表情のまま彼女は無言でルクリリに頷き返しそれに答礼したルクリリは、ニルギリのクロムウェルを引き連れうず高く積もった瓦礫の山を迂回すべく脇道に進路を取るのだった。

 

 

 

 

 

『うふふ♪ダメよダージリン、あなたがそこでがそんな顔してちゃ……』

 

 

 最初の間接攻撃を行ったラブはその戦果を確認する事なく次のポイントに向けクルセイダー隊を移動させていたが、その砲塔上で寒風に身を晒しながらダージリンがしているであろう仏頂面を想像し一人楽し気に笑っていた。

 

 

「さぁこの調子でダージリン様の戦力と神経をゴリゴリ削ってやりますわよ~♪」

 

 

 心底楽しそうにラブが何とも残酷なセリフを無線に向かって吐き出せば、クルセイダー隊の隊員達が一斉にドッと沸いた。

 たった三日の付け焼刃ながらラブは今や完全にクルセイダー隊の人心を掌握しており、ローズヒップを筆頭に隊員達は皆彼女の期待に応えるべく、持てる力の全てを発揮しようとしていた。

 僅か4両のクルセイダーでは全国大会決勝仕様の聖グロ本隊を前にすれば、成す術もなく狩られる側になると考えるのが普通だろう。

 だが一年に満たぬ短期間でAP-Girlsを育て上げたラブの手腕は伊達ではなく、その彼女の指揮の下クルセイダー隊もまた急成長し彼女の期待に応えているのだ。

 

 

「そろそろ分断された部隊を合流させる為にルクリリ様が動く頃ですわ!みなさん次のトラップポイントに移動しますわよ~♪」

 

「Ooh-rah!」

 

 

 二度目の奇襲も成功しすっかりノリノリなラブがクルセイダー隊を引き連れ狭い裏通りを高速で駆け抜けて行くが、その姿はさながら子分をお供に暴れ回るガキ大将のようだった。

 そして音痴ホーンの調子っ外れな音色が阿鼻叫喚の地獄の幕開けを告げるベルの如く鳴り響き、それに合わせて高笑いするラブの声は、宛ら地獄の底から這い出して来た冥界の女王の歓喜の声だった。

 

 

 

 

 

「そっちに行きましたわ!ってコッチ来た────っ!」

 

「当たれ当たれ当たれ!え?こっちに当たった……?」

 

「きゃあ!何!?何が起こったの!?」

 

 

 縦横無尽好き放題に走り回っては予想の斜め上の攻撃を仕掛けるクルセイダー隊を前に、ルクリリの奮闘空しく合流する処か更に細かく分断された聖グロの本隊は翻弄され続けていた。

 走行中すぐ目の前に落とされた看板に突っ込みその衝撃で砲身がひん曲がり攻撃不能になった車両があれば、へし折られた街灯が機関部に突き刺さり黒煙を上げている車両もいる。

 いつ何処でトラップに引っ掛かるか解らぬ恐怖感に加え、明らかに面白がっているラブが不意打ち的に姿を現す為に彼女をよく知らぬ者達は恐慌をきたし、中学時代散々世話になったルクリリなどは思わず頭を抱え突っ伏しそうになっていた。

 

 

「落ち着け!浮足立つな!ええい、だから無駄に電波を飛ばすな!」

 

 

 無線を介し指示を飛ばそうとするルクリリだが、恐怖に駆られた者達が肝心の無線を乱用し飛び交う悲鳴にそれすらもままならなかった。

 本来カッとなり易い性格のルクリリは、自分自身に冷静であるよう頭の中で言い聞かせながら辛抱強く指示を出し続けていた。

 だがパニックに陥った者達の耳にその声は届く事はなく、其処此処で無駄な砲声と悲鳴と破壊音が響き続けるのみだった。

 

 

「ダメだ…やっぱり一回戦った位じゃラブ先輩に対する免疫は付かないか……ダージリン様も連絡が付かないって事は今はそれ処じゃないって事だよな……」

 

 

 実際彼女の耳には先程から数回、チャーチルに搭載されているオードナンス75㎜の聴き慣れた砲声が届いており、その間隔の短さからオレンジペコがフル回転で装填を続けている事が容易に想像出来た。

 

 

「ラブ先輩、フラッグ車のブラックプリンスじゃなくて明らかにダージリン様狙って遊んでるよな…大体ダージリン様もこうなる事が解ってるはずなのに、ラブ先輩相手になると学習しないというかどうしてああなんだろう……?」

 

「ルクリリ様…如何致しましょう……?」

 

 

 ニルギリのクロムウェルと共に行動するも前衛と合流する事も叶わず、見付かるのは徹底した間接攻撃の前に無残に討ち取られたマチルダの姿ばかりであった。

 その光景を前に思わずぼやくルクリリだったが、ニルギリの声に我に返ると、かなり強めに両の頬を叩き自らに喝を入れるのだった。

 

 

「ルクリリ様!?」

 

「いや…すまん大丈夫だ……」

 

 

 ルクリリの思いがけぬ行動に慌てるニルギリであったが、自分なりの方法で頭を切り替えたらしいルクリリは軽く片手を上げ彼女が傍に来ようとするのを制していた。

 

 

「こうも分断されては再集結して組織的に戦うのは難しいだろう…さして広くもないはずの市街地区画でここまでやられるとはな……かくなる上はブラックプリンスとクロムウェルだけでも連携してクルセイダー隊を叩くしかないのだが付き合ってくれるか?」

 

「ルクリリ様…当然の事を聞かないで下さいますか……?」

 

「あ…すまん……」

 

 

 少し怒ったような表情を見せたニルギリに狼狽えたルクリリが小さくなると、そんな彼女の様子にニルギリもクスクスと笑い出していた。

 

 

「参りましょうルクリリ様、砲声が続いているという事はクルセイダー隊がダージリン様に攻撃を続けている証拠でしょう?なら今の我々はノーマークな訳ですから、今度は逆にこちらが奇襲を仕掛けるチャンスなのではありませんか?」

 

「ニルギリおまえ……」

 

 

 予想もしなかったニルギリの提案にルクリリもその目を丸くする。

 

 

「確かにその通りだ…解った……行くぞ!付いて来いニルギリ!」

 

「ハイ!ルクリリ様♡」

 

 

 引き締まった表情のルクリリの命令に、うっとりした表情のニルギリの頬がピンクに染まる。

 だがそんな二人の足元では、ブラックプリンスとクロムウェルの搭乗員達がごちそう様な表情でルクリリとニルギリに生暖かい視線を向け肩を竦めていた。

 

 

 

 

 

「いい加減姿を現しなさいこの卑怯者!」

 

 

 度重なる間接攻撃に大きな損傷こそないが、チャーチルの見た目は既にボロボロになっていた。

 そのチャーチルの砲塔から顔を出したダージリンはここまで散々ラブに振り回されコケにされまくった結果、その神経はささくれ立ちこうして姿を見せぬラブに対し吠え続けているのだった。

 

 

「そんな事をしたら勝負にならないしそれこそここまでの苦労が台無しでしょうに……何よりここはクルセイダーの特性を活かした戦い方だと褒める場面ではなくて?」

 

 

 ラブ相手となると毎度学習する事なくドタバタを演じるダージリンに、アッサムは砲撃の合間に辛辣な言葉を投げかけていた。

 

 

「何事にも限度というものがありますわ!」

 

 

 牙を剥いたダージリンが更に吠えていたが実際ラブは昔からお堅いダージリン相手となると殊更ふざけた行動に出る傾向があり、今日もまた明らかに撃破狙いではなくおちょくるのが目的な攻撃を何度も繰り返し行っていたのだった。

 

 

「それよりダージリン…あなたいつまでそんな物を被っているおつもり……?もういい加減お脱ぎになったらいかが?」

 

 

 車内を覗き込みアッサムを睨み付けたダージリンであったが、その頭の上を指差し呆れ半分の小馬鹿にした口調でアッサムは指摘していた。

 最初はアッサムが何を言っているのか解らない様子だったダージリンも、指差された自らの頭の上に何かが乗っているのにやっと気付いたようであった。

 

 

「……?……!」

 

 

 被っていた何かを手に取りそれが何であるか理解した瞬間、暫く呆けていたダージリンの顔に朱が奔り次いでその口元がヒクヒクと痙攣し何かを掴む両手はワナワナと震えていた。

 

 

「ぷふっ!」

 

 

 ついうっかり吹き出してしまったオレンジペコは慌ててダージリンから顔を背けたが、余程ツボに入ったらしく彼女の肩は小刻みに震え続けていた。

 それはラブの徹底した間接攻撃の副産物、瓦礫の欠片と一緒に飛んで来たであろうその物体はおそらく破壊されたセットの小道具の一部と思われるプラスチック製の底の丸い植木鉢であり、まるでスコットランドヤードの警官のヘルメット宜しくダージリンの頭の上に綺麗に被さっていたのだ。

 

 

 

「お、お…おのれラブ!またしてもこの私に恥を……!」

 

「くひっ……!」

 

 

 熱くなり過ぎアッサムに指摘された今の今までそれに気付かなかったダージリンの完全に八つ当たりなセリフに、堪えられなかったオレンジペコが再び妙な笑い声を漏らした。

 

 

「ペコ!」

 

「八つ当たりはおよしなさい……それよりペコの代わりに車長をしているあなたが指揮を執らねばルクリリ不在の部隊はやられる一方ですわよ?」

 

「解ってますわ!」

 

 

 何処までも冷静に指摘を続けるアッサムに思わず怒鳴り返すダージリンであったが、彼女とて現状はよく解っているはずであり、声を荒げたのは恥ずかしさを誤魔化す為であったようだ。

 

 

 

 

 

「やっぱりダージリン様って面白いですわ♪」

 

 

 ダージリンの遠吠えが聴こえたらしくラブは実に楽しそうにふざけた事を言うが、日頃中々出番がなく冷や飯食いな存在であったクルセイダー隊の隊員達も、自分達が試合を支配している事に益々自信を深め遺憾なく実力を発揮していた。

 

 

「今の私達ならチャーチルだって絶対倒せますわ!このままガンガン行きますわよ!」

 

 

 イケイケ状態なローズヒップにラブは更に嬉しそうに微笑むと、彼女の意見に同意するように大きく頷いて見せるのだった。

 

 

「その意気ですわ!そろそろルクリリ様も戻って来るはずですから決着を付けに行きましょう!」

 

「いよいよですのね!?遂にリミッターを外す時がやって来ましたわ!」

 

 

 ある意味全くブレのないローズヒップとクルセイダー隊の隊員達にラブも思わず笑ってしまうのだが、その隊員達がここまでラブの出すオーダーに対し想定した以上の成果を上げている事に彼女も大きな手応えを感じていた。

 中でもローズヒップとラブは抜群に相性がいいらしく、ここまでダージリン達は二人のコンビネーションが生み出す戦闘機動に全く対応出来ていないのだった。

 ラブが車長を務めローズヒップが舵を取るクルセイダーはおとり役やフェイントをかける為に何度となく姿を現していたのだが、ダージリン達がその姿を確認出来なかったのはそれ程までにクルセイダー隊の行動が素早いという事に他ならなかった。

 それでもやはり4両のクルセイダーで聖グロ決勝仕様の本隊を相手にする負担は非常に大きく、燃料に弾薬始め様々な面でクルセイダー隊も限界点に達しつつあったのだ。

 故にラブも敢えてローズヒップを煽り最終的な前面衝突に打って出るつもりだったが、ローズヒップもそれが解っているらしく大げさにはしゃいで見せたのであった。

 

 

「それではみなさん!もう一発ダージリン様のお尻を蹴り上げに行きますわよ~♪」

 

『お~♪』

 

 

 すっかりラブの流儀に染まったクルセイダー隊は、心の底からその状況を楽しんでいた。

 短期間で想像以上の成長を見せたクルセイダー隊に、厳島流の家元であるラブは今、育てる喜びを噛み締め至福の時間を過ごしていた。

 

 

 




ダー様のせいで苦労の多いルクリリですが、
ニルギリが色々と癒してくれるんでしょうねぇ……。
でもそのニルギリも今回相当とっ散らかっていましたw
しかしそれ以上に気になるのはペコがどんどん腹黒くなってる事でしょうかww

次回で試合も決着が付きますが、果たしてその結果や如何に。

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