ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

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台風のしわ寄せからまだ抜け出せず、今週も投稿が遅れてしまいました。

いよいよ梅こぶ茶とローズヒップの暴走劇も終焉を迎えますが、
はてさてどんな結果が待ち受けているやらw


第四十四話   混ぜるな危険

「ほら梅こぶ茶!もっと寄らないと後ろのチャーチルが入りませんわ!」

 

「こう?」

 

「バッチリですわ!それじゃあ撮りますわよ?」

 

「いつでもいいわロージー♪」

 

 

 ラブとローズヒップの二人がピッタリと頬を密着させて、ローズヒップが高く掲げた携帯のカメラの自撮モードで何度もシャッターを切っている。

 二人仲良く得意満面にニカっと会心の笑みを浮かべ写メを何枚も撮っているが、ラブとローズヒップは共にその顔は煤に塗れ髪も乱れていた。

 そして二人はクルセイダーの砲塔上で先程から撮影を続けているが、肝心のクルセイダーはといえば教会を模したセットの壁面に突き刺さり身動きが取れなくなっているうえに、その機関部には大口径の徹甲弾で撃ち抜かれたと思しき大穴も空いていた。

 だがそれ以上に絵的に強烈なのは、二人が写メの背景に取り入れようとしているチャーチルだった。

 一体何をどうやればそうなるのか、その砲身はおかしな具合に折れ曲がり、完全に修復不能なkgナンボのスクラップと化しているのだ。

 しかもスクラップに成り下がっているのはその2両だけではなく、辺り一帯の其処此処で擱座し燻る車両達はどれも似たような状態であった。

 それにしても、何をどうすれば火力の大きく劣るクルセイダーでチャーチルやマチルダなど格上の戦車達をこんな風に破壊出来るのか、謎は深まるばかりだ。

 

 

「う~ん…この場合大惨事と考えるべきかラブ先輩が絡んでこの程度で済んで良かったと考えるべきなのか……まぁ後者の方が楽……でもないか……」

 

 

 スクラップが点在する中にあって奇跡的にほぼ無傷なブラックプリンスの砲塔の上に立ち尽くし演習場を冴えない表情でぼやきながら見回すルクリリの横では、同じくどうにか生き残ったクロムウェルの砲塔上に立つニルギリがその惨状に顔面蒼白になっていた。

 

 

「ダージリン様も知らないはずないのになぁ…私だって見た事あるんだから……だけど普通弾切れした戦車、それもクルセイダーでチャーチルに喧嘩売って勝つかぁ?」

 

「……」

 

 

 有り得べからざる光景を目の当たりにし頭の中が真っ白なニルギリはルクリリのぼやきに何も答える事が出来ないが、ルクリリも別に何か答えが返って来る事を期待している訳ではないようで、荒っぽくワシャワシャと髪を掻き乱しながらこの惨状の後始末をどうするかに頭を悩ませていた。

 

 

「さてどうしたものか…つかどうしてこうなった……ダージリン様のせいだよなぁ……」

 

 

 後半恨み言に変わっていたぼやきと共にルクリリの視線は、チャーチルの砲塔上で呆けた顔をして風に吹かれユラユラと揺れているダージリンに向けられていた。

 

 

 

 

 

「おのれちょこまかとゴキブリですか!?」

 

 

 姿を見せる事なく間接攻撃に徹すれば卑怯者呼ばわりし、姿を見せれば今度はゴキブリ呼ばわりするダージリンの身勝手極まりないセリフに、照準を覗き込むアッサムは呆れるを通り越し既に辛辣な皮肉すら言わなくなっていた。

 だが実際にはダージリンの要求に答えるかのように遂に姿を現したクルセイダー隊が、あっという間に懐に飛び込み高速機動戦闘を仕掛けて来たが為に、その対応に手一杯で無駄口を叩く暇がないというのが本当の処かもしれなかった。

 試合開始以降イニシアチブは常にラブが握っており、率いるクルセイダー隊の猛威は収まる事はなく、常識的に考えれば俄かには信じ難いがここまで聖グロ本隊は一方的にやられ続けていた。

 火力装甲共に有利でありながらも機動力に関してはクルセイダーの足元にも遠く及ばぬチャーチルでは、一旦懐に入られてしまうとその機動性の前に全く成す術がなかった。

 だがやはりクルセイダーの火力ではチャーチルの厚い面の皮を抜く事は到底叶わず、いくら直撃弾を叩き込んでもせいぜいが窪みを付ける程度であった。

 しかしそれがクルセイダー隊強化の為に自らが望みラブに依頼した事であったとしても、ここまで好き放題おちょくられて平静を保つ事が出来る程ダージリンも人間が出来てはいなかった。

 特にダージリンの事が好き過ぎて弄らずにはいられないラブがまたとない好機到来と完全に調子に乗っている為に、彼女がキレそうな挑発行為を連発していたのだった。

 現に今も砲塔から顔を出したラブが本当に職員室から調達して来たらしい聖グロの校名入りの拡声器片手に、切れた時のケイの物真似でサンダース流のFワード交じりにバリバリのブロークンイングリッシュでダージリンをディスっていた。

 そして、ラブもただ挑発しているわけではなく、自らが囮となりダージリンの視線を反らす間にバニラとクランベリーとジャスミンが絶妙の連携でチャーチルに攻撃を仕掛けているのだ。

 彼女とそれに巻き込まれた者達には気の毒であるが、ダージリンのイライラが募るのとは裏腹に彼女の思惑である処のクルセイダー隊の強化という目的は確実に成果を上げていた。

 

 

「ロージー!6時方向よりマチルダ5号車接近中よ!」

 

「ほーほっほっ!後ろを取れば勝てるとでも思っているならちゃんちゃら可笑しいですわ!」

 

 

 ダージリンの気を引く為ラブの拡声器パフォーマンスに合わせ音痴ホーンを鳴らしまくっていたローズヒップは、高笑いと共に軽々とクルセイダーを180度スピンさせる。

 そして軸線に乗ると同時に放たれた徹甲弾がマチルダ5号車の正面装甲にダイレクトヒットすると、例え貫く事は叶わずとも5号車の車長を怯ませるには十分な効果があった。

 

 

「クランベリーとバニラ!トラップ№22発動!」

 

 

 ラブの指示が出ると即座に反応した2両のクルセイダーの主砲が火を噴き、停止したマチルダ5号車の直上にあったBed&Breakfastの看板を叩き落とした。

 

 

「え?きゃあ!?」

 

 

 車長の悲鳴に被さるように破壊音が響き落下した看板が見事砲身を直撃、その衝撃と重量にテコの原理で5号車の車体が前のめりに浮き上がる。

 

 

「今よジャスミン!」

 

 

 そしてそのタイミングを逃す事なく出されたラブの指示に従いジャスミンが車長を務めるクルセイダーがマチルダ5号車の背後に回り込むと、ほぼゼロ距離から無防備に晒された腹目掛けて渾身の一撃が撃ち込まれ徹甲弾が脆弱な底部装甲を貫いた。

 

 

「うそっ……!?」

 

 

 矢継ぎ早に襲い掛かる激しい衝撃と爆発音に翻弄されるマチルダ5号車の車長の視界の隅で、敗北を知らせる白旗が揚がり5号車の戦いはそこで終了した。

 

 

「な……!」

 

 

 自分を挑発する片手間にいともあっさりとマチルダ1両を葬ったラブにダージリンは絶句したが、ラブはその僅かな隙も逃す事はなくチャーチルの砲塔目掛け挑発の一撃を見舞っていた。

 

 

「チッ!よくもやってくれやがりましたわね!」

 

 

 好き放題に暴れるラブに手を付けられずやられっぱなしのダージリンは完全に淑女の仮面を置き忘れ、聞き続ける事でいつの間にか覚えてしまっていた流暢なローズヒップ語で吠えるのだった。

 

 

「これは打つ手なしね……ペコ、私にも紅茶のお替りをいただけて?」

 

「はぁ…でも宜しいのですか……?」

 

 

 癇癪でも起こしたかのように既に空っぽのティーカップを振り回しラブを罵倒するダージリンに、匙を投げたようにお手上げポーズを見せたアッサムは自らのティーカップをオレンジペコに掲げて見せ、状況が状況だけにオレンジペコもその返事は何とも曖昧であった。

 

 

「宜しいも何も、この試合の趣旨はラブのクルセイダー隊強化の成果を確認する事であって、それはもうとっくに確認出来ていますもの…それが解っていてああなのですからこの後どうなろうとそれは私の知った事ではありませんわ……」

 

「……」

 

 

 アッサムの極めて投げやりな物言いにオレンジペコも言葉はなく、彼女も装填手の仕事を放棄し無言でアッサムの為に紅茶のお替りを淹れ始めるのだった。

 

 

 

 

 

「あちゃぁ…遅かったか……」

 

 

 ニルギリのクロムウェルを引き連れ、ダージリンと合流すべく再び迂回路を通り砲声と破壊音が響く方へとブラックプリンスを進めたルクリリが、念の為に物陰から様子を窺って見れば、それは丁度ラブがトラップを使ってマチルダ5号車を仕留め更には挑発の一撃を放った処であった。

 

 

「そんな……」

 

 

 水際立ったクルセイダー隊の戦いぶりと何かの冗談かと思う程鮮やかに効果を発揮したトラップを前に、悪い夢でも見ているような気分になったニルギリは青い顔で震えていた。

 

 

「くっ…参ったな……近接戦闘中のラブ先輩に迂闊に近付けば、こちらが考えも付かない手で不意打ちを喰らってやられかねないから手が出せんぞ……」

 

 

 ティーカップを振り回し発狂するダージリンに一瞬笑いそうになったルクリリだが、直ぐにその顔を引き締めると如何にして無双するラブに立ち向かうか考え始めた。

 だがどう考えても化け物じみた強さを発揮するラブを止める手立てなど思い付かず、ルクリリは暫くの間ダージリン相手に挑発行為を続けるラブの事を傍観していた。

 

 

「あの…ルクリリ様……」

 

「ん……?どうしたニルギリ?」

 

 

 ほんの僅かな時間とはいえ手を拱いて時間を浪費していたルクリリに向け、その傍らに寄り添い同じように状況を見守っていたニルギリが何かに気付いたのかおずおずと声をかけた。

 

 

「あ…その梅こぶ……い、厳島様はさっきからダージリン様をおからかいになる以外は全て片手間で対応しているように見えるのは気のせいでしょうか?」

 

「ニルギリ、それはどういう意味だ?」

 

「え…それはその……」

 

 

 突如ニルギリが言い出した事に不思議そうな顔をしたルクリリが、彼女の言っている事の真意が掴めず思わず傍にいるニルギリの顔をまじまじと覗き込んだ。

 一方即彼女の問いに答えようとしたニルギリであったが、間近で愛し慕う相手から見つめられた為頭の中が沸騰しに直ぐに答える事が出来ずシドロモドロになっていた。

 

 

「ニルギリ、もし何かラブ先輩を止める手立てを思い付いたのなら教えてくれないか?」

 

 

 そんな彼女の心情を知ってか知らずかルクリリが真剣な表情でニルギリに更に迫れば、真っ赤になりながらも必死に説明を始めた。

 

 

「さ、先程から見ていて感じたのですが、厳島様はどうもダージリン様だけをターゲットとして攻撃を続けているように思えるのです…あ、ほら見ていて下さい……」

 

「解った……」

 

 

 ニルギリが説明を始めた傍からラブは再びダージリンに対し挑発を始めていたが、彼女の言葉を信じたルクリリは注意深くラブの行動を観察するのだった。

 

 

「これは…言われてみれば確かに……だが……」

 

 

 彼女が観察を始めて直ぐラブに振り回されるダージリンを見ているうちに、完全にラブがダージリン相手に本気で遊んでいる事に気が付いた。

 今やクルセイダー隊はラブの手足として機能しており、彼女がダージリンと遊ぶ為のおもちゃとしての役割を完璧に果たしているのだった。

 

 

「う~ん……」

 

 

 唸るルクリリを他所に尚もラブはクルセイダー隊を自在に操りダージリンを躍らせていたが、その状況を何とかしようとマチルダの1両が再びそこに介入しようとしていた。

 

 

「あ…あれは7号車か……」

 

「ここからです!よく見ていて下さいルクリリ様!」

 

「お、おう……」

 

 

 ニルギリの勢いに押され気味にルクリリもそれだけ答えたが視線の方はラブから逸らす事はなく、これから起こるであろう事態に注視していた。

 そして二人が注目する中必死にラブに喰らい付こうとするマチルダ7号車は、ニルギリの指摘通りダージリンへの挑発の傍らにラブが出した二言三言の指示に従ったクルセイダー隊にその行く手を阻まれ、最後は5号車同様トラップを絡めた攻撃の前に敢え無く白旗を揚げたのだった。

 

 

「相変わらずダージリン様には容赦のない人だな……」

 

「ルクリリ様……?」

 

「あ……スマン!確かにニルギリの言う通りだがあの人ならこの程度の事は造作もなくやってのけるさ…それより驚異的なのは脚は速いが統制という言葉と今一つ縁遠かったあのクルセイダー隊がだぞ、この短期間であそこまで組織的に戦えるようになっている事だな……やはり恐ろしい人だよ」

 

「ルクリリ様……」

 

 

 ルクリリの口から出た思いもかけぬ感想にニルギリが戸惑いがちにその名を呼べば、ハッとした彼女は慌てて今見た光景に対する感想を口にした。

 しかしその感想もまたニルギリが思っていたものと違ったらしく彼女の戸惑いは続いていた。

 

 

「すまんなニルギリ、やはり今の私があるのはラブ先輩のお陰だからな……」

 

「そんな!ルクリリ様が聖グロの隊長になられたのはご自身の努力の結果です!」

 

 

 ルクリリもニルギリが何を思ったかは気付いたらしく、穏やかに微笑みながら中学時代幾度となくラブに導かれた事に言及すれば逆にニルギリが彼女の努力を強調するのだった。

 

 

「そう言ってくれるのは嬉しいが事実は事実だからな……って今はそんな事を言っている場合じゃななくてあの二人を早く何とかしないと被害が広がる一方だ……」

 

 

 現実に立ち返ったルクリリだがその現実が一番厄介であり、果たしてどうすれば無双するラブとブチギレたダージリンを止められるかに頭を悩ませ始めたのだった。

 何しろ彼女自身が騎乗するブラックプリンスは聖グロ最大火力である17ポンド砲を搭載してはいるが、その動きは至って鈍重でラブが操るクルセイダーにとてもではないが太刀打ち出来なかった。

 装甲の厚さと火力頼みで押し通ることも考えないではなかったが、ラブ相手にそれが通用しないことは彼女も重々承知しているのでそれを実行する気にはならず、思考はいきなり堂々巡りの悪循環に陥りかけていた。

 

 

「ルクリリ様……私に行かせて下さい!」

 

「え…このタイミングでか……?」

 

 

 今クロムウェルを投入するという事は即ち彼女を囮に使うという事に他ならず、付いて来いとは言ったもののいざとなるとここまでに散々怖い思いをさせているだけに、ルクリリもニルギリをその任に付かせる事が躊躇われるようであった。

 

 

「はい、今をおいて他にそのタイミングはありません!それに私なら本当にもう大丈夫ですから行かせて下さい!これ以上遅らせるとそれこそ事態が悪化するのではありませんか?それにルクリリ様、あれだけ撃っているのですからそろそろクルセイダー隊も弾薬はもうそれ程残っていない思うのですが如何でしょう?」

 

「ラブ先輩は弾切れしてからが怖いんだがなぁ…ニルギリ、本当に大丈夫か……?」

 

「はい!今度こそ大丈夫です!」

 

 

 彼女の決意を疑う訳ではないがまだ若干の不安をその胸に抱いていたルクリリも、改めてニルギリの瞳に並々ならぬ決意の光が宿っているのを見て覚悟を決めるのだった。

 

 

「結局私の迷いがこの事態を招いたのだな…解った……これよりブラックプリンスとクロムウェルの二段構えで奇襲を仕掛ける、先鋒はニルギリに任せるから速度を活かしてクルセイダー隊の目を引き付け隙を作ってくれ。その隙を狙って私がラブ先輩を狙撃するから、何としてでもフラッグ車をブラックプリンスの射線上に引き摺り出してくれ」

 

「ハイ!」

 

 

 チャーチル同様致命的に鈍足なブラックプリンスではラブの仕掛ける高速機動戦闘に付いて行く事は出来ず、ルクリリは固定砲台宜しく自らは動く事なくその射線上にラブを誘き出す作戦を選択したが、それは同時にニルギリを囮に使う事を意味し彼女としては苦渋の決断だったろう。

 

 

「よし、仕掛けるタイミングは私が計る……車両に戻って準備するぞ」

 

 

 ルクリリとニルギリの二人は偵察を行う為身を隠していた物陰から離れると、足早に待機しているそれぞれ車両に向かうのだった。

 

 

『でもあれだよなぁ…ラブ先輩絶対私の事なんか眼中になくて、ダージリン様おちょくって遊ぶのに夢中になってるよなぁ……』

 

 

 愛し慕うルクリリの為に健気な姿を見せるニルギリに聞かせる訳にも行かず、先を行くニルギリの背中を見ながらルクリリは胸の中でそんな事をそっと呟いていた。

 

 

 

 

 

「梅こぶ茶様!もう残弾が一桁になりましたわ!」

 

 

 本来は定員3名である処に無理矢理大柄でたわわなラブが乗り込み鮨詰め状態なクルセイダーの車内では、彼女の窮屈な足元で奮闘していた砲手兼装填手が残弾が僅かである事を報告していた。

 

 

「他の車両ももう似たようなものでからっけつに近いですわ!」

 

 

 その報告に続いて忙しなく操縦桿を操作するローズヒップも声を上げ、ラブもそろそろ決着を付ける頃合いだと鷹揚に頷いて見せるのだった。

 

 

「そうねぇ…もうダージリンもクルセイダー隊が温くない事は充分に理解した頃合いよね……うん、それじゃあボチボチ仕上げと行きましょうか♪」

 

 

 あれだけダージリンをおちょくっておきながらまだ止めを刺す気満々なラブであったが、彼女の様子からするとやはりフラッグ車を倒す事よりダージリンを討ち取る事に重きを置いているようだ。

 そして彼女に従うクルセイダー隊の隊員達もそれに同意しているのか、全員何一つ異を唱える事なくラブの無線越しの声に歓声を上げていた。

 

 

「うんうん♪クルセイダー隊は可愛くて元気があってホントいいわぁ」

 

 

 激しい機動で走り回るクルセイダーに身を任せるラブは満足そうに微笑んだ後、今度はその美しいエメラルドの瞳をスッと細め見た者を凍り付かせる厳島の魔女の微笑を浮かべたのだった。

 

 

『さぁ覚悟なさいダージリン、ラストダンスのステップを踏んで貰うわよ……♡』

 

 

 歌うように呟いたラブの口角がキュっと吊り上がれば、それを合図としたようにクルセイダー隊はチャーチル目掛け一斉に襲いかかって行くのだった。

 

 

 

 

 

『来るっ!』

 

 

 それは理屈などではなく彼女の直感でしかなかったが、ダージリンはその瞬間明確にラブの()()が自分に向けられた事を感じ取っていた。

 

 

「ラブが勝負に出ます…総員備えなさい……」

 

『やっと豆知識女の頭も冷えたようですわね……』

 

 

 それまでブチギレて喚き散らしていたダージリンが一転して冷静に指示を出したのを受け、アッサムは少し小馬鹿にしたように背中で呟いていた。

 彼女もまたラブがいよいよ本気になったのを感じ取り砲手席に座り直すと、トレードマークの黒いリボンを気合を入れるかのように絞め直した。

 装填手のオレンジペコもまた緊張した面持ちで装填手用の皮手袋をはめ直すと、グッとその手を何度か握りしめその感触を確かめていた。

 だがそんな高まった緊張感を根底から突き崩すのを狙ったかのように辺り一帯に轟く調子っ外れな音痴ホーンの音色に、再びブチギレたダージリンの目尻が吊り上がった。

 

 

「そう…そうやって何処までも私をコケにするつもりですのね……宜しい……なら徹底的にお相手して差し上げますからサッサと掛かってらっしゃい!」

 

「ダージリン様……」

 

「もう放っておきなさい…こうなったら何を言っても聞かないわ……」

 

 

 高まった緊張感は何処へやら、ダージリンがブチギレるのと同時にチャーチルの車内の空気もあっという間にグダグダなものになりアッサムも投げやりに言い放った。

 

 

 

 

 

「げっ!?もう始まっちゃった!?」

 

 

 奇襲を仕掛けるべくそのタイミングを窺っていたルクリリだったが、彼女がその隙を見出すより前に音痴ホーンが轟き出端を挫かれてしまい、狙撃に備えセットの建物の中に潜ませたブラックプリンスの車内で思わず間の抜けた声で叫んでしまうのだった。

 

 

『ルクリリ様行きます!仕掛けるなら今しかありません!』

 

「い、行けるのか!?」

 

『ハイ!お任せ下さい!』

 

「解った!だが決して無理はするなよ!」

 

『了解!』

 

 

 無線交信を終えると直ぐに通り一つ隣りで待機していたクロムウェルのエンジン音が高まり、履帯を軋ませ一直線に交戦エリア目掛け走り去って行った。

 

 

 

 

 

「まぁクロムウェル、ニルギリさんが来たのね♪」

 

 

 後先考えぬというよりここで決めるというラブの明確な意思の下、チャーチルに襲いかかるクルセイダー隊の勢いは凄まじく、火力面で問題にならぬはずなのにチャーチルは先程から延々と防戦一方の戦いを強いられていた。

 だがそんな戦いの均衡を崩すようにニルギリのクロムウェルが、ほぼトップスピードで一直線にラブ目掛けて乱入して来た。

 

 

「厳島様御覚悟ぉ!」

 

「あらニルギリさん意外と古風ねぇ♪」

 

 

 まるで時代劇の仇討のような掛け声と共に突撃して来るニルギリにラブも思わず笑ってしまったが、その裂帛の気合は凄まじく、それだけで並々ならぬ彼女の決意が感じられるのだった。

 

 

「撃てぇ!」

 

 

 日頃は何処かおっとりとした印象のニルギリだがそこはやはり戦車道を履修するだけあり、闘争心剥き出しで攻撃命令を下す姿はそれなりの迫力があった。

 そんな彼女の気合と共に撃ち出された徹甲弾がクルセイダーの砲塔側面に描かれたLove Gunの象徴、ハートを貫く徹甲弾のパーソナルマークを掠め火花を散らした。

 

 

「わぉ!やるじゃないニルギリさん♪」

 

 

 掠めた程度の事とはいえこの日初めての被弾にラブはニッコリと笑って見せたが、渾身の一撃を回避されたニルギリは歯噛みしながらもそのまま一直線にその場を駆け抜けて行った。

 ニルギリが選択した戦法はヒット&アウェイ。ラブ相手に格闘戦は不利と判断した彼女は、自らが駆るクロムウェルの機力を活かして交戦エリアをぶった切るように高速で何度も駆け抜け、ルクリリの為にチャンスを作る戦いに徹する事に決めていたのだった。

 だがラブも中々それに釣られる事はなく駆け抜けるクロムウェルを深追いしてくれなかったが、それでも彼女は諦める事なく辛抱強くヒット&アウェイの攻撃を続けていた。

 

 

「もう一度行きます!何としても厳島様をブラックプリンスの射線の前に引き摺り出すのです!」

 

 

 以前のクルセイダー隊であれば間違いなく囮に喰い付き暴走する場面だが、今の彼女達は統制の取れた猟犬の群れのように組織的な行動を崩す事がなかった。

 

 

『こちらクランベリー!私のクルセイダーは残念ながら今の砲撃で弾が尽きましたわ!』

 

 

 しかしニルギリが予見した通り遂にその時がやって来た。

 まず最初にクランベリーからの弾切れを告げる無線報告を皮切りに、バニラとジャスミンからも残り1発という普通であれば試合終了となる知らせがラブの下に届き始めた。

 

 

「大丈夫!ここからが本番♪クルセイダー隊の真の恐ろしさを見せ付ける場面よ!」

 

 

 この期に及んで尚余裕を見せるラブにローズヒップ達は怯む処か弾切れでどう戦うのかと、興味津々な様子でどんな指示が出るのかとワクワク顔で待っていた。

 

 

「そうねぇ──」

 

 

 ラブもまた芝居がかった仕草で少し考えこむ素振りを見せた後、期待に応えるよう少し勿体ぶった口調で最後の作戦の説明を始めた。

 

 

「面白い!面白いですわ梅こぶ茶♪それ最高に面白いですわ!」

 

 

 クルセイダーを振り回しながらもハイテンションではしゃぐローズヒップを筆頭に、無線から返って来る各車の反応も似たようなもので、その騒ぎっぷりはノリと勢いのあの学校のようであった。

 

 

「それじゃあこの作戦でいいのね~?」

 

「もっちろんですわ!」

 

 

 ローズヒップの答えがどうやらクルセイダー隊の総意らしく、ラブが提案した作戦は満場一致で受け入れられクルセイダー隊はダージリンにキツイ最後っ屁をかますべく動き始めた。

 

 

 

 

 

「あと少し…もう少しでルクリリ様の射角に厳島様を押し込める……」

 

 

 少しづつ突入角度を変えながらニルギリは必死にラブの騎乗するクルセイダーを、ルクリリが定めた狙撃ポイントに向け誘導し続けていた。

 しかしターゲットとなるラブも『オマエはローズヒップか!?』と思わず突っ込みたくなる程じっとしておらず、彼女をキルゾーンに押し込むのには途轍もない忍耐力を必要とした。

 だがルクリリの為なら全く苦労を厭わぬ健気なニルギリは、ひたすら辛抱強く自らを囮とした一撃離脱の突撃を繰り返すのだった。

 

 

「それにさっきからクルセイダー隊は一切発砲していない……やっぱり弾薬が底を突いたんだわ!」

 

 

 ニルギリが気付いた通り4両のクルセイダーはちょこまか走り回っているが、その主砲は彼女が介入して以降全く火を噴いておらず、彼女はもうラブも悪あがきをしているだけに過ぎないと確信した。

 だがそんな彼女の心情を見透かすように、無線から注意喚起を促すルクリリの声が響いた。

 

 

『気を付けろニルギリ!ラブ先輩は例え弾切れでも全く諦めずに勝ちに来るぞ!あの人が本当に怖いのはここからだ!』

 

 

 実際彼女の指摘通りラブは弾切れになっても逃げる事なくカウンターでも狙うかのように交戦エリアに留まっており、その事実に薄ら寒いものを感じたニルギリはゴクリと唾を飲み込んだ。

 

 

「りょ…了解ですルクリリ様!でもあと少しで厳島様をキルゾーンに誘導出来るのでもう少しだけお待ち下さい!」

 

 

 無線のトークボタンからニルギリが手を離すのと同時に一旦交戦エリアを駆け抜けたクロムウェルが、鮮やかなスピンターンを決め再びラブ目掛けて加速を開始していた。

 

 

「あと少し…あと少しよ……」

 

 

 まるで何かの呪文のように彼女はその言葉を繰り返し呟きながら、その時が来るのを待っていた。

 

 

 

 

 

「あぁもう!ですからダージリン様は余計な事をしないで下さい!」

 

 

 ニルギリが必死にラブをキルゾーンに誘導する間、何度となくダージリンが彼女の努力を無にするような攻撃を仕掛け、その度狙撃ポイントで待機するルクリリはそんなぼやきを吐き出していた。

 

 

「うぅ…下手に連絡すれば今更不自然な動きで狙いが見破られそうだしなぁ……だけどラブ先輩とローズヒップが組むとここまでヤバいとは思いもしなかったよ……まぁとにかく今は我慢だ……」

 

 

 中々思い通りにならぬ状況にヤキモキしながら待機するルクリリだったが、根気よく突撃を繰り返すニルギリの姿に自分も辛抱せねばと自戒するのだった。

 だが彼女がそんな内なる戦いを続けるうちに、待ち望んだその時がついにやって来た。

 

 

「よし、いよいよ次のタイミングでLove Gunを仕留めるぞ!徹甲弾装填せよ!」

 

 

 ここまで終始好き放題暴れ続けたラブに引導を渡すべく、ルクリリは装填手に聖グロ最強の攻撃力を誇る17ポンド砲へ徹甲弾の装填を命じた。

 

 

「ラブ先輩、この短期間でここまでクルセイダー隊を鍛え上げて頂いた事には礼を言います…ですがもうこれ以上ダージリン様を弄るのは止めて下さい……」

 

 

 ラブを討ち取る準備を整えたルクリリは何とも締まらぬ事を言いながらも、虎視眈々とその瞬間を待つのだった。

 

 

 

 

 

「もうちょい…あとちょっとよ……」

 

 

 ニルギリの突撃を躱すふりを続けながら少しづつ目的のポイントに移動を続けたラブと彼女に従うクルセイダー隊は、最後のトラップを発動させるタイミングを計っていた。

 だがさすがのラブもこの直ぐ後に恐ろしいまでに偶然が重なり、その結果とんでもない結末が待ち受けている事には気付いていなかった。

 

 

「よ~しいいわ……それでは師匠(ロージー)宜しくお願いします」

 

「え?いいんですの?」

 

「もちろんですわ!この役目を果たせるのは師匠(ロージー)しかいませんわ♪」

 

 

 クルセイダー隊に残された砲弾はLove Gunに残された物も含め計3発、にも拘らず至ってお気楽な態度のラブに持ち上げられたローズヒップのテンションが一気に跳ね上がった。

 

 

「それじゃ行きますわよ……せ~の!」

 

『リミッター外しちゃいますわよ!』

 

「だからそれはお止めなさい!」

 

 

 ラブに唆されたローズヒップの音頭にクルセイダー隊の隊員が揃って唱和し、ガバナー(調速機)を外された4両のクルセイダーが限界速度である時速60㎞まで一気に加速して行く。

 だがご丁寧に無線の共用回線で飛ばされた故障確定なその叫びに、キレっ放しなダージリンの空しい叫びが重なっていた。

 

 

「な、なんだ!?こっちの存在に気付いたのか!?あ……撃った!?」

 

 

 潜伏しLove Gunを仕留めるタイミングを窺っていたルクリリの方へと向かい、突如加速したクルセイダー隊が発砲した事で彼女は一瞬自分の存在に気付かれたかと焦っていた。

 だがその狙いは彼女ではなく見当違いなセットを破壊し、無駄な瓦礫の山を作るだけだった。

 そしてギリギリの所でスピンターンを決め反転したクルセイダー隊は、そのまま前方にいるチャーチル目掛け突進して行った。

 

 

「さぁ行きなさい!ここからが腕の見せ処ですわよ!」

 

 

 ラブの檄にクランベリーとバニラとジャスミンのクルセイダーが、エンジンブロー必至の強烈な加速でチャーチルに急接近すると三方向からドリフトで体当たりして身動き出来ぬように押え込んだ。

 

 

「あ…あなた達一体何を……!?」

 

 

 突然の事に驚くダージリンであったが、彼女が驚かされるのはそれだけに留まらなかった。

 

 

「ダージリンさまぁ!行きますわよ~♪」

 

「ら、ラブ!?」

 

 

 自分目掛けて突進して来るラブの狂気を秘めた笑みに硬直するダージリンの前で、クルセイダーは先程作った瓦礫の山をトップスピードのまま駆け上がり始めた。

 

 

「じゃ、ジャンプ台!?い、いかん!撃てぇ!」

 

 

 ラブの行動が読めないのはいつもの事だが、目の前で無防備なお尻を晒し即席ジャンプ台を駆け上がるLove Gunにハッとしたルクリリは慌てて砲手に攻撃命令を下した。

 

 

「え……?」

 

 

 それらは全て偶然の重なりであり、その証拠にラブも驚き後ろを振り返っていた。

 だがその偶然が重なった結果、ラブすら予想しなかった結末の時がついにやって来たのだ。

 それがどの程度の確率かは不明だが、ラブの仕掛けたトラップとルクリリが設定したキルゾーンが一直線に並んだ上に、その延長線上にダージリンのチャーチルがのこのこと現れるなどという事態はそうそうある事ではないだろう。

 しかも更に間の悪い事にルクリリの砲撃がほんの僅かに遅れた結果、撃ち出された徹甲弾はLove Gunの機関部に直撃し大穴を開けはしたが、あり得ない加速でジャンプ台を駆け上がる後押しをするブースターの役目を果たす事になったのだ。

 

 

「あ゛……?」

 

 

 大学選抜戦の時以上の勢いで宙を舞うクルセイダーの後ろ姿にルクリリの目が点になる。

 

 

「いや~ん♡お尻からなんてルクリリ様だいた~ん♪」

 

「あ゛あ゛ぁ゛!お願いですから誤解を招くような事を言わないで下さい!」

 

 

 想定外の加速に宙を舞いながらもアホな事を宣うラブにルクリリは頭を抱え絶叫する。

 

 

「最っ高!このまま行っちゃえですわ~♪」

 

 

 聖グロ最速を自称するローズヒップはそのカタパルト射出されたような強烈な加速Gに、イケイケで拳を突き上げ絶叫している。

 

 

「な!?な……ななななんですの!?コッチ来ないで!」

 

 

 自分目掛け戦車が宙を舞うなどという非常識な事態に、それまでのキレっぷりが嘘のようにダージリンは狼狽えて悲鳴を上げる。

 だが彼女の悲鳴などお構いなしに飛来したLove Gunは片輪走行でチャーチルの砲身にタッチダウンすると、耳障りな金属同士が擦れる音を立てその衝撃で砲身をへし折りながらも火花を散らし一気に駆け抜けて行き、チャーチルの砲塔から白旗が揚がる。

 

 

「んなアホな……」

 

 

 凡そ信じ難い光景を前にニルギリが呆然と呟くうちに、チャーチルの砲塔上を千切れた履帯をばら撒きながらタッチ&ゴーしたLove Gunが再び宙に舞い上がり、その勢いのまま背後にある教会の外壁に突き刺さっていた。

 そして止めを刺すかのようにクルセイダーが衝突した衝撃で教会の鐘楼から落下した鐘は、まるでコントの一場面のようにチャーチルの砲塔を直撃し辺り一帯にゴワーンと重厚な音を響かせた。

 想像を絶する大破壊劇の後にやっとその息の根が止まったLove Gunから白旗が揚がれば、この悪夢のような試合に参加した者達は全員一斉にその場にへたり込んでしまうのだった。

 このあり得ない展開にヨタヨタと砲塔上に這い出たダージリンは目の前で吹き抜ける風にはためく白旗を呆けた顔で見つめ、そんな彼女とチャーチルを背景にラブとローズヒップの二人は殊勲の大金星の記念に写メを撮りまくっていた。

 

 

『こ、この二人は……この二人は混ぜちゃダメだ!』

 

 

 最早災害レベルの破壊をもたらすラブとローズヒップの暴走コンビの無双ぶりに、その光景を目の当たりにした者達はそれ以外の事は考えられないのであった。

 

 

 




恋愛戦車道の構想を練り始めた極初期から存在していたエピソードの一つで、
早く書きたいと思っていた戦闘シーンもやっと終了を迎えました。
そしてこれもその頃に思い付いたエピローグとなる次回作で、
ラブの聖グロ留学編も終了を迎えます。

しかし毎度の事ながら戦車戦の描写は楽しいけど苦難の連続ですww

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