ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

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新シリーズが始まって早々エリカさんの苦労が絶えませんw


第四十七話   挑発プレイ

「祝勝ぱれ~どぉ!?」

 

 

 母港横須賀に帰港した笠女学園艦は次の航海に向け専用桟橋に接岸して早々に補給を開始していたが、寄港地で各種イベントを行う都合上、通常の学園艦と比べて消費する物資の量が桁違いに多く、補給にもそれなりの時間を要するのであった。

 桟橋には大型トレーラーから商用ワンボックス、果ては軽トラまで様々な車両が列をなし、続々とランプドアから艦内へと呑み込まれて行く。

 その眼下に広がる光景を艦橋区画の上層部にある亜梨亜のオフィスから見ていたラブは、突如その部屋の主である亜梨亜の口から飛び出した思いもよらぬ言葉に素っ頓狂な声を上げていた。

 

 

「何です妙な声を出して?」

 

「何って亜梨亜ママ……亜梨亜ママこそ何を言ってるの?祝勝パレードって一体何よ?」

 

 

 あまりに唐突に過ぎる亜梨亜の話に付いて行けぬラブ問いに、今度は逆に亜梨亜の方が不思議そうにマジマジと娘の顔を見るのだった。

 

 

「恋……あなたこそ何を言っているの?あなた達は新設校リーグ戦で優勝したではないですか、それを記念してパレード行うに決まっているでしょう?」

 

「イヤイヤイヤ!優勝したって言ったってたった6校で対戦しただけ、しかもリーグ戦とか言いつつ総当たり一回のみよ?あれじゃ新設校だけでやった全国大会の予選…と言うより精々予備予選だわ……それで祝勝パレードとか恥ずかし過ぎでしょ!?」

 

 

 確かに新設校リーグ戦の初代王者として優勝旗は持ち帰ってはいるが、ラブにしてみればそれは全国大会出場の為のチケットにしか過ぎず、それを口実に祝勝パレードなどあり得ない話だった。

 だが亜梨亜には何やら思惑があるらしく、そんなラブの反論に一切耳を貸さなかった。

 

 

「いい加減になさい、例え6校だけの総当たり一回のみといえども立派な全国大会、それに勝ち抜いて持ち帰った優勝旗は横須賀にとって初のタイトルなのですよ?その意味をよく考えなさい。あなた達が地元で応援して頂いた皆様の気持ちに応えないでどうするのです?」

 

「う~ん…そうは言ってもさぁ……」

 

 

 亜梨亜の言う事も解らぬでもない様子にも見えるがそれでもまだ渋い顔をするラブに、ダメを押すように亜梨亜は話しを一気に畳み掛ける。

 

 

「もう準備は全て整っているのですからいつまでも駄々をこねるのはおよしなさい」

 

「え……?ちょっと待って亜梨亜ママ、今妙な事言ったわよね?準備が整ってるってどういう事?一体何の準備よ?それ以前にその祝勝パレードっていつやるのよ?」

 

 

 クエスチョンを連発するラブだったが、亜梨亜は厳島のトップの顔で淡々と祝勝パレードに関する決定事項を通達し始めるのであった。

 

 

「全く次から次へと騒々しい……パレードを行うのは今度の週末の土曜日、既にケーブルテレビと地元FM局を始め各メディアを通じて横須賀市全体にその旨告知済みです。更にパレードを行うコースを中心に中央周辺にその為の準備も万端整えられています、当日の警備も敷島様にお願いしてありますから保安体制も万全です」

 

「は……?今度の土曜って明後日じゃない!そんな手配いつの間にしてたのよ?準備ってナニ?警備が英子さんって、部署が違うのにまた本庁経由で無理なお願いしたのね!?」

 

 

 最初は亜梨亜が何を言っているか理解出来ずにいたラブであったが、英子の名を聞いた途端我に返り母がまた厳島の名で何か力押ししたのかと抗議していた。

 

 

「また人聞きの悪い事を…私は本校の責任者として市の要請に対し、出来得る限り最良の体制を敷くよう依頼したに過ぎませんよ……全くこの子は私の事を何だと思ってるのかしら?」

 

「それが圧力だってのよ……大体準備って言ったって私達何もしてないわよ?」

 

 

 実際ラブもそれらに類する事は何も心当たりはなく全く訳が解らなかった。

 

 

「本当に何を言っているんですか、先週写真撮影だって済ませたでしょう?メンバー全員の等身大フラッグと懸垂幕もとっくに完成して一足先に役所の方に発送済みですよ?もうパレードコースの沿道に設置も終わっていると市の広報課から連絡を頂きましたからね」

 

「ちょっと待って!あの撮影そういう事だったの!?」

 

 

 亜梨亜の言う通り確かにラブ達は先週個別にパンツァージャケット姿の撮影を行っていたが、それがこの為のものだとは何も聞かされてはおらず、彼女も特に気にも留めていなかったのだ。

 

 

「呆れた…何の撮影かも知らずに撮っていたのですか……?」

 

「言わなかったクセにぃ……」

 

 

 涼しい顔の亜梨亜にラブは母がここまで確信犯で何も言わずに事を進めていた事に漸く気付いたが、ここまで来るとそれは完全に手遅れであった。

 

 

「あ…それで立ちポーズばかりだったのか、気付くべきだったわね……う~ん、なんかちょっと…いや、凄く嫌な予感がする……それに何か忘れてるような気がするんだけど……」

 

 

 思いもよらぬ事態を前に不安を抱くラブであったが、そんな彼女の想いを他所に祝勝パレードの準備は着々と進められているのであった。

 

 

「そうそう、先程あなたがここに来る直前に()()()()()と連絡が来ましたよ」

 

 

 だがそんな彼女に向け亜梨亜は如何にもたった今思い出したような顔で、何の脈絡もなく意味不明な何か伝言めいた事を言い出した。

 

 

「え?あぁ…そっか……でもパレードでお披露目って訳にも行かないわよね……」

 

 

 しかしラブもそれが何を意味するか理解したらしく、今度は思案顔になった。

 

 

「う~ん…でもあれね、アッチなら丁度いいか……」

 

 

 パレードは決定事項であり梯子も外され逃げ道はないと悟ったラブが浮かぬ顔で立ち上がり掛けたが、そのタイミングで亜梨亜が何やら含みを持たせたもの言いで告げた言葉はそれだけで彼女にそれが何を意味するか伝わったらしく、腕組みしたラブは何やらブツブツと呟き始めた。

 

 

「恋…程々にするのですよ……」

 

「何が……?」

 

「……」

 

 

 何を画策するのか自分の思考に埋没し始めたラブは亜梨亜の言葉に適当に返事を返すだけで、一応言うだけ言っておくかとといった感じで口を開いた亜梨亜も、娘のぞんざいな反応にその顔から表情が消え去っていた。

 そして亜梨亜が無言で見守るうちに、ラブは考え事に没頭したたまま独り言を言いながら亜梨亜のオフィスから退室して行ってしまった。

 

 

「…一応しほちゃんにも伝えておいた方がいいかしら……?」

 

 

 娘の背中を無言で見送った亜梨亜は何が起こるのかある程度察しがついているのか、ぼやくように呟いたその表情は何処か疲れの色が滲んでいた。

 

 

 

 

 

「フム、そうか…いや、こちらこそ連絡をありがとう……あぁ、必ず行かせてもらうよ」

 

 

 既に代替わりしていながらも未だ空いた時間をエリカが主となった黒森峰戦車隊隊長の執務室で過ごしているまほは、そのエリカ相手に昼食後のコーヒーを共にしていた処にある人物から電話を貰い、声こそ落ち着いているがその表情は完璧に舞い上がって緩んでいた。

 

 

「何です……?」

 

「ん?あぁ、いやちょっとな……ラブ達の笠女が今度の土曜日に横須賀で祝勝パレードをする事になったそうでな、たった今その連絡を貰ったんだ」

 

「祝勝パレード……?」

 

「あぁ、AP-Girlsは新設校リーグ戦をパーフェクトの成績で制しているだろ?それを受けて地元からの要請で今回の帰港のタイミングで実施するんだそうだ」

 

 

 携帯を懐に戻し再びコーヒーカップに口を付けたまほの緩み切った顔を見たエリカは、その様子から連絡を寄越した相手に大体察しが付いていた。

 

 

『うわぁ~、この程度の事でパレードとかラブ姉嫌がりそう…だけどこのアホ面、写メ撮ってドゥーチェに送ってやろうかしら……?でもまほ姉がこんな顔する相手っていったら…まぁあの子しかいないわよね……しっかし毎度毎度こんな簡単に情報漏洩させてていいのかしら?』

 

 

 見た目は超ロリながらそのガラの悪さからAP-Girls最強のギャップクイーンと仇名される少女の姿を思い浮かべながら、エリカは目の前で機嫌良くコーヒーを啜るまほに呆れていた。

 

 

「で?横須賀に行きたいと……?」

 

「え?あ…その今度の週末は特に予定もないし……その、ダメか……?」

 

 

 淡々と白い目でエリカに短く問われたまほは途端にトーンダウンしてしまったが、それでも上目遣いに問い返す辺り彼女の中で行かないという選択肢はないようだ。

 

 

「ドラッヘも空いていますし行くのは構いません、ですが本艦の位置的に明日のうちに出て前泊しないと間に合いませんよ?宿の手配とか考えてます?」

 

「ええと、それは……」

 

 

 行く気満々ながらもその辺の手配はこれまでいつもエリカがやっていたので、そこまで考えていなかったまほはあっさりと言葉に詰まった。

 

 

「まぁそこまでまほ姉考えてないですよね…えぇと電話じゃマズいか……」

 

 

 エリカにとって最早毎度の事であるまほとの間抜けなやり取りに軽く肩を竦めると、携帯片手に誰かにメールを送り始めた。

 

 

「エリカ……?」

 

 

 送信ボタンを押した後暫し無言でコーヒーカップを傾けていたエリカに、沈黙に耐えられなくなったまほがおずおずとその名を呼びかけたその時、エリカの携帯から最近ダウンロードして変えたばかりのAP-Girlsの新曲の着メロが流れ始めた。

 

 

「あぁ、もしもし愛?悪いわね、今大丈夫なの?そう…それでメールでお願いした事だけど……いつも急で悪いわね、でも助かるわ……では明日の夕方には…え?言われてみれば確かにそうね……それじゃあお願い出来る?えぇ、お言葉に甘えさせて頂くわ、それじゃあ当日に……」

 

「ええとエリカさん…愛君か?今のは愛君なのか?話が見えないんだが……?」

 

 

 状況がさっぱり見えないまほが通話を終えたエリカに恐る恐る声を掛ける。

 だがエリカはまほを一瞥すると携帯のスケジュール管理帳を開き明日からの予定を更新し、それを終えた処でやっとボケっとしているまほに説明してやるのだった。

 

 

「ラブ姉のことですから、この事を知れば面倒がってパレード自体中止とかゴネそうですし、愛に笠女の宿舎に泊まれるよう頼みました。それとウチ(黒森峰)のドラッヘで行くと目立つので笠女の方からスーパースタリオンで迎えに来てくれるそうです……後他のお仲間の所にも迎えを出してくれるそうなので連絡だけしておいてくれとの事です」

 

「お、おう…そうか……」

 

 

 エリカの手際の良さと展開の速さに、まほの思考は直ぐに追い付く事が出来ずにいた。

 

 

 

 

 

「これでいいの……?」

 

 

 エリカとの通話を終え携帯を切った愛が振り向けば、そこにはエリカが警戒していたラブの姿があったが、そこにはラブだけではなくAP-Girlsのメンバー全員が勢揃いしていた。

 

 

「おっけ~バッチリよ~♪」

 

 

 何処か気乗りしない様子で振り向いた愛に、ラブが人の悪い笑みを浮かべたわわの南半球で腕を組んだ状態で右手の親指をグッと立てて見せた。

 

 

「エリカさんまで騙すのは気が進まないわ……」

 

 

 日頃基本的に表情の変化に乏しい愛だったが、彼女が心を開いた数少ない相手であるエリカまでラブの計略の巻き添えにする事に抵抗があるようであった。

 

 

「アタイも正直まほ姉騙すのはちょっとなぁ……」

 

「何言ってんのよ?いつも情報漏洩してるクセに」

 

 

 愛に続いて何処か申し訳なさそうな顔をする夏妃であったが、初対戦以降ポンコツな側面も度々目撃しているとはいえ基本的にまほに惚れている彼女は事ある毎にいらん事まで報告してしまうので、その度にラブは迷惑を被っていた。

 

 

「それはともかくよぉ…何で電話一本かけるのに椅子に縛り付けられなきゃいけねぇんだよ……」

 

「何がそれはともかくよ……それは夏妃が余計な事をまほにご注進するからに決まってるでしょ?」

 

 

 余程腹に据えかねていたのかラブはこめかみに怒りのバッテンを浮かべて微笑みながら、椅子に縛り付けられた夏妃の傍に屈み込むと彼女の右頬をすらりと長い人差し指でグリグリしていた。

 

 

「まぁいいわ…これでお膳立ては出来たから後は当日ノコノコやって来るお馬鹿さん達を型にはめてやるだけ……みんな単純だからちょっと煽れば簡単に引っ掛かるわ」

 

 

 いきなり亜梨亜から祝勝パレードの話を事後承諾の形で聞かされた時は大いに不満を抱いたラブであったが、もう一つの報告を受けた瞬間少し前から考えていた計画にそれを利用する事を思い付き昼休みに入ると即座に行動を起こしていたのだった。

 

 

「でもラブ姉本当にやる気?(あきら)達は了承してるの?」

 

 

 新設校リーグ戦で戦った私立エニグマ情報工学院大学付属女子高等学校の隊長である古庄晶(ふるしょうあきら)の名を引き合いに出した鈴鹿が、まほ達をおちょくる時に見せる表情のラブに半ば呆れた様子で一応確認した。

 

 

「勿論よ、新設校が全国大会常連校……それも引退したとはいえそこの隊長達と纏めて対戦出来る機会なんて滅多ににある事じゃないからね、全員二つ返事でおっけ~したわよ?」

 

「ならいいけどさ……でも何でこういつも話が急な訳よ?」

 

「パレードは私のせいじゃないわ!」

 

 

 全てがラブに原因がある訳ではないとはいえ、突発的なイベントが日常的に発生する事に些か疲れた口調で鈴鹿がストレートに感想を口にすれば、すかさずラブが強い口調で反論していた。

 

 

「別に責めちゃいないわよ…出来ればもっと早く知りたいって言ってるだけよ……」

 

「だから私のせいじゃないって言ってるのに……」

 

 

 何処か投げやりな様子の鈴鹿に、ラブはブツブツ言いながら唇を尖らせていた。

 

 

 

 

 

「お忙しいのにまた亜梨亜ママが無茶なお願いして済みません……」

 

「なんのなんの、こんな役得他のヤツ等にそうそう渡してやるもんですか♪」

 

「役得……」

 

 

 翌日のパレードの前に警備に関する打ち合わせに笠女学園艦を訪れた英子を前にラブはひたすら平謝り状態であったが、当の英子はお気楽に手を振り至極機嫌が良かった。

 何しろ厳島のトップからご指名でラブの警備を任される上に、ラブの檜舞台となれば当然彼女が妹分と決めているお気に入りのアンチョビもやって来る事が彼女の中では確定事項なので、こんな機会を他人に譲る気などさらさらない英子であった。

 

 

「──それで今回のコースなんですけど、ベースを出発後小川町から16号を外れて海岸通りを平成町へ、その後三春町4丁目と大津の交差点を右折して再び16号に戻り市役所前を通過、その先の本町1丁目交差点を左折して中央駅前まで進みYデッキ下でUターン、最後はそのままベースへと戻る事になっていますが、それで間違いありませんね?」

 

「はい、とは言ってもコース設定なんて私達には何も決定権はないですけどね~」

 

 

 自治体と商工会を始め更にはその他諸々の思惑でコースは事前に決められており、ラブの言うように彼女達にそれに関して口出しする権限はなかった。

 尤もそれ以前に亜梨亜がこれで問題なしと許可を出しているのでそちらの方がラブにとっては難敵であり、これ以上無駄に体力を消耗する気のない彼女は唯々諾々と決定に従っていた。

 

 

「あはは……ま、横須賀でやるパレードとしちゃあ長めのコースですけど、警備の方は本庁からも応援が来てますので何も問題ないですよ」

 

「本庁……」

 

 

 要人警護じゃあるまいしと言いかけたラブであったが、亜梨亜が英子に警備を依頼する為その本庁経由で話を進めた以上それも当然の事かもしれなかった。

 

 

「ただ今回は云わば凱旋パレードですので、派手なパフォーマンスなしの単純な低速走行を強いられる事になります。長丁場になるのでその辺がちょっと辛いかもしれません……」

 

「それはいいんですけどそうなるとYデッキ下のUターンもドリフトなしですよね……?」

 

 

 解ってはいてもつい聞いてしまったラブに向けて、英子はただ無言で微笑むのみであった。

 

 

「…ですよね……」

 

 

 言うだけは言ったが英子の無言の笑みに恥ずかしくなったラブは、口元を引き攣らせ力なく笑う。

 だが英子の方はそんな事は気にも留めず、夢見るようにだらしなく口元を緩ませ笑っていた。

 

 

「うふふ♪久しぶりに千代美ちゃんに会えるから楽しみだわぁ♡」

 

『あ…英子さんの中じゃ千代美が来る事は決定事項なんだ……』

 

 

 相も変わらず千代美ちゃん大好きな英子の反応に、自分もそうなるよう仕込みをしていながらラブは困ったように眉尻を下げている。

 

 

「折角だからパレードの後は千代美ちゃん連れて何処かに食事に行こうかしら?でもその前にゆっくりお茶でもしながら近況を報告しあわなきゃいけないわよねぇ……」

 

『あはは…またまほが死にそうな顔になりそうねぇ……』

 

 

 まほの天敵である英子が勝手に明日の予定を組み始め、彼女の真剣な様子にラブは吹き出しそうになるのを押さえるのにえらく苦労していた。

 

 

「いやぁ、明日が楽しみだわ~♪」

 

 

 そんなラブの苦労を他所に、明日の警備主任となる英子は何処までもお気楽であった。

 

 

 

 

 

「Tanks move forward!」

 

 

 ラブの号令と共にベース内の笠女学園艦専用桟橋を出発したAP-Girlsの隊列はその間隔を一切乱す事なくニミッツ大通りを進んでいるが、その沿道には空母を始め多くの第7艦隊の艦艇が帰港中という事もあり、その乗員とその家族で埋め尽くされ大いに賑わっていた。

 

 

「まいったわね…ベース出る前からこんなに人が多いとは……」

 

 

 砲塔後部に掲げられた新設校リーグ戦の優勝旗に若干の気恥ずかしさ覚えながらも、ラブは営業用スマイルで微笑みながら沿道に集まったギャラリーに向け手を振ったり投げキスを決めていた。

 

 

「なんかベースを出る前にお腹いっぱいになりそうね……」

 

 

 同じく砲塔側面から身を乗り出し声援に応えていたLove Gunの砲手である瑠伽も、あまりのギャラリーの多さに笑顔こそ崩さぬもののかなり閉口した様子だった。

 ラブがちらりと背後に視線を奔らせれば、後続の車両上に顔を出すメンバー達も皆一様に瑠伽と同様の感想を抱いているようで、先が思いやられたラブはそっと溜息を吐くのだった。

 だがやがて隊列がベースを出てからの先導役である英子の待つメインゲートに近付けば、見えて来た外の様子にラブは自分の予想が甘かった事を思い知らされるのであった。

 

 

「ちょっと待って…何よあの人の数は……?」

 

 

 事前に歩道だけではスペースが足りなくなると試算されていたらしく、車道に迫り出す形で設けられた防護柵とカラーコーンの後ろにはびっしりと隙間なく人垣が出来ていた。

 それを見て本庁にも動員が掛けられた理由をやっと理解する事が出来たものの、さすがに驚きを隠す事が出来ずそれが顔に出したラブであったのだが、ゲート前で待つ英子が目敏くそれに気付きクスクスと笑っているのがラブにも解った。

 

 

「英子さん……」

 

 

 ラブが少し困ったように呟きを洩らせばゲートの向こうの英子は実に楽しそうに微笑んで見せ、先導に備えて品川ナンバーのオープンの黒塗りパトカーに乗り込んで行った。

 

 

 

 

 

「なぁエリカ、本当にここでいいのか……?」

 

「はいまほ姉、ここならベースから出た直後と戻って来て駅前のメインストリートの往復時の計3回、AP-Girlsの隊列が通過する姿を見る事が出来ますよ」

 

「そ、そうか……」

 

 

 国道16号線の本町1丁目の交差点、横須賀中央駅までの直線を見渡せる一等地に、エリカの事前リサーチでいつもの御一行は最前列に陣取っていた。

 

 

「西住ぃ…オマエ相変わらずエリカにおんぶに抱っこだなぁ……」

 

「う…いやそれはその……」

 

 

 まほの隣でエリカとのやり取りをずっと聞いていたアンチョビは、自身のパートナーが戦車道以外ではとことんポンコツな事にがっくりと肩を落としていた。

 

 

「あのな…大学行ったらエリカはもういないんだぞ……?もうちょっと自分の身の回りの事は自分でやらんとこの先にっちもさっちも行かなくなるぞ?」

 

「わ、解ってるよぅ……」

 

 

 アンチョビの呆れ声にまほは狼狽えながらどうにかそれだけ答えたが、そんな二人のやり取りに周囲の視線は只々生温かった。

 

 

「しかしこの人出はさすがに驚きですわね……みほさんの時(大洗の優勝の時)は如何でした?」

 

「ふぇっ!?わ、私達の時ですかぁ!?」

 

 

 突然ダージリンに話を振られたみほは相変わらずワタワタとしながらも全国大会を制し大洗に凱旋した時の事を思い出したが、どう考えてもこの人出とは比べものにならない程度であった。

 

 

「プラウダが優勝した時もお寒い限りだったわ……」

 

『あ……』

 

 

 状況が状況であった事に加え、青森港と大湊港共に全く盛り上がらなかった事を思い出したカチューシャは、何とも情けない顔になり周りの者達も誰一人フォローが出来なかった。

 

 

「be that as it may…それはともかくさ、このフラッグって……」

 

『あ……』

 

 

 ケイが指差した先では決めポーズのラブの姿が等身大でプリントされたフラッグが靡いていたが、それに関してはこれまで全員が微妙に触れないようにしていた話題であった為、思わずケイがその事を口にした瞬間全員が『あ…コイツ言いやがった……』といった顔をしていた。

 何故ならそのフラッグにプリントされたラブのたわわは明らかにそのサイズが下方修正されており、その修正具合は親しいもの以外の者が見ても明らかなものであったからだ。

 そしてその修正はラブだけに留まらずAP-Girlsのメンバー全員に施されており、その話題に触れるのはある種のタブーのように感じられここまで全員微妙に避けていたのだ。

 

 

「多分何かの配慮があったんだろうな……」

 

 

 アンチョビが自分の胸元に目を落としながら渋い顔で呟けば、つい口を滑らせたケイを含め全員が何とも言えない顔でアンチョビ同様自分の胸元に目を落としていた。

 だが彼女達がそんな事を言っているうちに市内各所に設置されたスピーカーからAP-Girlsのデビュー曲が流れ始め、パレードがスタートした事を告げるのだった。

 

 

「お…始まったぞ……あ…?あれは……英子さん!」

 

「う゛……」

 

 

 アップビートなデビュー曲をBGMにベースのメインゲートを通過したAP-Girlsが国道16号線に姿を現せば、彼女達が進むのに合わせ歓声も波のように近付いて来るのが解った。

 そしてその姿が充分確認出来る距離まで接近して来ると、その先頭を走るオープンのパトカーの助手席に英子の姿を認めたアンチョビの顔がパッと輝いたが、それとは対照的に隣りにいるまほの顔はいきなり現れたトラウマの存在に表情を失っていた。

 

 

「Oh!あれがルーキーリーグ戦のチャンピオンフラッグなのね!」

 

 

 まほが英子の顔を見て固まっているうちに隊列はいよいよ彼女達の前に到達し、そのタイミングを計ったように吹き抜けた風がLove Gunの砲塔後部に掲げられた優勝旗をはためかせ、大地を踏み締め咆哮する若虎を描いた刺繍が顕わになっていた。

 それを見たケイが感嘆の声を上げるのを待っていたかのようにそれまで笑顔で愛想を振りまいてラブが片手を上げると、一斉に5両のⅢ号J型がピタリと彼女達の前で停止していた。

 

 

「え?ナニ?」

 

「どうしたんだ?」

 

「故障した……?」

 

 

 突然止まった隊列に沿道から不審がる声が上がったが、先導車から振り向いて様子を窺っていた英子はラブが何を始めるのか楽しみでニヤニヤが止まらなかった。

 

 

「お、おいラブ…一体ナニを──」

 

「新設校なめんな」

 

『あ゛……?』

 

 ラブの思いがけぬ行動に我に返ったまほが驚いて声を掛けようとしたが、彼女は皆まで言わせずそれに被せるようにあのセリフを口にしていた。

 バレンタインのチョコレートに潜んでいたメッセージカードに続きラブの口から飛び出したフレーズと、彼女が得意とする相手を挑発する時に見せる見下したような表情と態度、更にその声音にイラっと来た一同の声のトーンが1オクターブ下がった。

 ラブの狙いが何処にあるか全く見えなかったがケンカを売られた事だけは理解出来た一同は、Love Gunの砲塔上から小馬鹿にしたように微笑む彼女を眼光鋭く睨み返していた。

 

 

『また始まった……』

 

 

 中学時代を彷彿とさせるラブの挑発行為とそれにあっさりと引っ掛かる先輩達の姿に、エリカは頭痛と共に胃の辺りが重くなるのを感じていた。

 

 

 




このシリーズでやっと新設校が全て出そろいますが、
さて一体どんな学校が出てくるのでしょうね?
まあ何処もクセが強いのは確定してるんですけどw

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