ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

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厳島親子は基本的に人を振り回すのが好きなようですw


第五十六話   戦端

「はい、あ~ん♪」

 

「ゆ、結依(ゆい)ちゃん…じ、自分で食べられるから大丈夫よ……」

 

 

 ラブ率いるAP-Girlsが新設校リーグ戦を制した記念に開催されたエキシビションマッチ、そしてこの一戦の観戦を口実に亜梨亜によって特別な招待客が集められた笠女学園艦内のグランドスタンドの一角にあるボックス席。

 試合開催に当たり後輩であるケイの為に参加車両の空輸に力を貸したサンダース大のメグミは、生徒会長権限を行使してボックス席を押さえた木幡結依(こはたゆい)と共に試合を観戦していた。

 だがある程度のプライバシーは確保出来ているとはいえそこは階段状のスタンドの一部でしかなく、完全に周囲から隔絶されている訳ではない。

 故に戦車道関連のVIPが多数を占める場所で、大学選抜で中隊長も務めそれなり顔の売れている自分が高校生相手にイチャイチャしていては身の破滅だとメグミは気が気ではなかった。

 だがそんな危機感を抱くメグミを他所に、結依は切り分けたデザートの生チョコレートをふんだんに使ったケーキを彼女の口元へと突き付けていた。

 

 

「い~え、何を仰います…メグミお姉様のおもてなしは私の大事なお仕事ですからそういう訳には行きません……ですからはい、あ~ん♪」

 

「いや…それお仕事違う……」

 

 

 周囲の視線が全て自分に突き刺さっているような錯覚に囚われたメグミが思わず目を泳がせると、その目に映る人々は皆何処かで見覚えのあるような顔ばかりで、彼女のプレッシャーはいや増すばかりだった。

 

 

『うぅ…あそこにいるのは中部発動機の社長だしあっちにいるのは新日本カーボンの会長……それにさっきから恋さんのお母様と一緒にいるのは西住流の家元じゃない……』

 

 

 この状況下でも何ら動じる事なく『はい、あ~ん♪』を続ける結依に比べ、メグミの方はガクブルで胃に穴でも開きそうな心境であった。

 

 

「あ、パパだ♪」

 

「え……?」

 

 

 メグミの口にケーキを押し込んだ結依の視線を彼女が辿ってみると、下方の広い通路で亜梨亜に紹介されたしほが仕立ての良いスーツ姿の()()()()()()()()()()()と名刺を交換していた。

 

 

『あのイケメンが結依ちゃんのお父様…はて、何処かで見たような……?それにしても結依ちゃんの可愛さを考えればご両親も相当だと思ってたけど……』

 

 

 いくら笠女の生徒会長の父親だからといってそれだけでこの場に呼ばれるはずもなく、ましてや西住流の家元が名刺を交換するはずもなかった。

 

 

「あ、こっち見た♪」

 

 

 結依が父親だと言った男性が果たして誰であったかとメグミが記憶を辿る目の前で、結依がその男性に向かって胸の前で両手を小さく振れば男性もにこやかに笑いながら軽く手を挙げて見せ、更にメグミの方に向き直ると極自然に一礼していた。

 

 

「は?え?なんで……?」

 

 

 突然の事に驚いたメグミは慌てて立ち上がると、結依の父親に向かって機械仕掛けの人形のようにぎこちない動きでピョコっと礼を返した。

 

 

「ちょ、ちょっと結依ちゃんどういう事!?」

 

「はい?何がでしょう?」

 

 

 メグミに一礼した結依の父親は亜梨亜としほに向き直り談笑を再開していたが、一方的に自分の事を認知されていると感じ取った彼女はそれ処ではなかった。

 

 

「何がって結依ちゃんのお父様私の事知ってるみたいだけど、まさか何か話したの!?」

 

「あらそんな事ですか、それなら確かに話しましたよ?」

 

 

 嫌な予感しかしないメグミであったがそれでも一応確認せずにはいらず、恐る恐るではあったが結依に問い質せば彼女はいともあっさりと肯定した。

 

 

「そ、それでお父様には私の事を何と……?」

 

「別に変な事は何も言ってませんよ?ただ私に素敵なお姉様が出来ましたと言っただけですわ♪」

 

「あぅ……」

 

 

 彼女の立ち居振る舞いや父親の様子からしても結依の家柄も相当なものであると予想するメグミは、天使の笑みで結依が投げ返して来た爆弾に目の前が真っ暗になった。

 

 

「パパったらお姉様の話をしたら最初は挙動不審になってたんですけど、それがメグミお姉様だと解った途端ニコニコしていましたわ」

 

「え゛……?」

 

 

 既に自分の名が結依の父親に伝わっていると知ったメグミは顔面蒼白になり、ぎこちない動きで隣にいる結依と眼下で亜梨亜達と話し込んでいる彼女の父親を交互に見比べていた。

 

 

「詰んだ……」

 

 

 色々と終わった気がしたメグミが呆然と呟いていると、キョトンとした結依が可愛く小首を傾げながら不思議そうにメグミの顔を覗き込んだ。

 

 

「あの…パパ呼んできましょうか……?」

 

「マダココロノジュンビガデキテナイノデ、イマハマダカンベンシテクダサイ……」

 

 

 まるで出来の悪い自動音声のような口調でどうにかそれだけ答えたメグミだったが、そんな彼女の顔をマジマジと覗き込んだ結依は更に不思議そうな顔をしていた。

 

 

「変なメグミお姉様……あ!そんな事よりこちらのケーキも試してみて下さい。はい、あ~ん♪」

 

 

 最早結依の攻勢に抗う気力も失ったメグミは、言われるまま突き出された既成事実(ケーキ)を前に口を開きされるがまま淡々と繰り返される『はい、あ~ん♪』を受け入れていた。

 

 

 

 

 

「あれは7TPか……」

 

「その後ろにいるのが10TPね」

 

「クリスティ式かぁ……どっちもボフォースの37㎜だけど使い方次第で充分脅威になり得るわ」

 

「14TPなんて国内じゃあの1両しかいないんじゃない?確か47㎜だっけ……このクルセイダーじゃ気を付けないと結構ヤバくない?」

 

 

 AP-Girlsの高速機動に対応するにはクロムウェル1両だけでは如何ともし難く、渋るローズヒップをあの手この手で懐柔し説き伏せたダージリンが持ち出したクルセイダー隊は、現在その機動力を活かして偵察の任に就いていた。

 そしてその中で最も先行していた1両は安普請のパチンコ屋の建物を裏側からぶち破りそのままクルセイダーで侵入すると内部から外の様子を窺っていたのだった。

 

 

「まあね…でもまぁ私もマチルダに乗る前はクルセイダーに乗ってたし、その辺は経験値でカバーかな?それにいざって時は必殺リミッター外しでケツまくれば何とかなるでしょ」

 

「ケツまくるって……あんた日頃のお嬢様言葉は何処行ったのよ?」

 

 

 操縦桿を握る聖グロの隊員の言葉遣いの悪さに唖然とした黒森峰とプラウダの隊員が驚いて顔を見合わせれば、操縦席から振り返りもせずに手をヒラヒラと振りながら悪びれもせずに聖グロの隊員は二人に向かってざっくばらんに答え始めた。

 

 

「あ~いいのいいの、ここにゃダー様もいないしさ……大体冷や飯食いのクルセイダー隊はずっと昔っからこんな調子らしいからね」

 

『マジで……?』

 

 

 しっかりと偵察任務をこなしながらも思いがけぬ聖グロの内情に関する暴露話に、黒森峰とプラウダの二人は只々驚くばかりだった。

 

 

「大体やれチャーチル会だマチルダ会だとOG連が派閥争いしたって生え抜きなんてほんの一握りなんだからさ、人数の帳尻が合わなきゃこうして私みたいなティーネーム持ちだってクルセイダーからマチルダに乗り換えさせられる事だってあるんだ……その辺はアンタ達だって解ってんだろ?」

 

「そりゃまぁ……」

 

「ねぇ……」

 

 

 公式戦以外でも練習試合等で顔を合わせる事が多いだけに、学年が同じであればそんな変化など情報収集するまでもなく解る事で言葉を濁すものの二人もそれを否定はしなかった。

 

 

「だからそういう事なんだよ…尤もその辺の事情に大鉈を振るったのが我らがダー様な訳で、マチルダ乗りのルクリリを隊長に据えたのもその一環でね……ただダージリンが本当に大変なのはむしろ卒業してからなんだよ……ホラ、OG連の圧力を跳ね除けてブラックプリンスとクロムウェル導入しただろ?同じ未成年でも現役高校生の内はさすがにアレだけど、卒業すれば途端にOGのクソババア共が遠慮なくネチネチやりだすに決まってるからな……」

 

 

 どの学校でも大なり小なり口煩いOGからの干渉は存在するが、聖グロのそれが度を越しているのは他校の間でも有名な話であり、その聖グロの隊員から聞かされた生な内情は思わず眉を顰めたくなるようなシロモノであった。

 

 

「勿論そんな連中ばかりじゃなくて味方してくれる人達もいるんだけどね…アンタ等も知ってる先々代隊長のアールグレイ様もクロムウェルに関しちゃ()()()()だし、何だかんだ言いながらもダージリンの後ろ盾になってくれてるんだよ……ま、私らも卒業しちまえば立場はOG連と一緒な訳だし、掛かる火の粉の盾だろうが鉄砲玉だろうがやってやるさ」

 

 

 黒森峰とプラウダ、それぞれの先代隊長である二人が背負わされた苦労に想いを馳せた両校の隊員が思わず神妙な顔になると、それを見越していたのか操縦桿を握る聖グロの隊員は殊更砕けた口調で二人に向かって振り返る事なく語りかけていた。

 

 

「ま、これはあくまでも聖グロ(ウチ)の事情だしそう気にしなさんな……っとマズいな7TPの車長がこっちに気付きやがったぞ!」

 

 

 だが彼女が話を締めに掛かるのと同時に監視を続けていたフサリアの7TPの車長とガラス越しながらも目が合い、その声は緊張し引き締まったものに一変させていた。

 

 

「どうする?私らだけで仕掛けるか!?」

 

「いや待て……あ、撤退した?見切り早っ!」

 

 

 任務は偵察であり、遭遇戦の可能性も充分に考慮しているとは言え相手の出方が解らない内は出来れば避けたいと考えていた彼女は、目が合った途端いつでも動けるよう操縦桿を握り直していたが、フサリアの偵察部隊が引くのを見て肩の力を抜いていた。

 

 

「ちょっとヒヤッとしたな…取り敢えず相手が引いた事を本体に連絡だな……あれ?このタイプの無線機は慣れないせいか使い難い……」

 

 

 操縦手は慣れている聖グロの隊員に任せ車長を担当していた黒森峰の隊員は、日頃使い慣れていた咽頭マイクと勝手が違う無線機相手に手を焼いていた。

 

 

「あぁ、こっちに回してくれる?さんきゅ……こちら偵察部隊2号車のリゼでございます、西住隊長聴こえますか?2号車は本隊より約1㎞の地点で敵偵察部隊と遭遇──」

 

 

 それまでのぞんざいな口利きが嘘のように、聖グロらしいお嬢様喋りで無線連絡を開始したトルコ産の茶葉に由来するティーネームを名乗った少女は、ダージリンではなくあくまでも全軍を束ねる隊長であるまほを指名すると簡素且つ明瞭に報告を行い次の指示を仰いでいた。

 

 

「はぁ…なんつ~か猫被りもそこまで行くと感心するしかないわね……」

 

「どっちが地なんだか……」

 

 

 無線連絡を始めた途端口調処かその雰囲気まで一変させたリゼと名乗った少女に、最初こそ呆けていた二人も本気で感心した顔になっていた。

 

 

「そう……?いつもこんなものですわ」

 

「う~ん…ティーネーム持ち恐るべしね……でもリゼって名前は素敵だしとても似合ってるわ」

 

「まあ♪褒めても何も出ませんわよ?でもありがとうございます」

 

 

 狭い車内で振り返り優雅に一礼してみせたリゼの器用さに同乗していた二人は同時に吹き出し、釣られてリゼも噴き出したがその笑い方はあくまでも優雅さを崩してはいなかった。

 

 

 

 

 

「ふ~む…やっぱりクルセイダーを偵察に出して来たか……結構先行してたみたいだけど直ぐに仕掛けて来ない辺りはさすが経験積んでる三年って感じね……」

 

 

 念の為に奇襲への警戒態勢を取りつつ踏切を通過したラブ達は、その先の産廃処分業者が集まる区画の前で戻って来たアーニャ達と合流し詳しい報告を受けていた。

 

 

「えぇ、クルセイダーを建物の中に乗り入れこちらの様子を窺っている辺りは相当慎重だと思う」

 

「そうね……でもこっちには私がいてそれなりに情報を持っているのに比べて、あっちは私達新設校に関してろくに情報がないとなれば慎重にもなるでしょ」

 

 

 手元の地図にアーニャ達の接触ポイントを描き込みながらその先に目を走らせたラブは、佐原の交差点に星印を描き込んだ。

 

 

「でもアチラさんも長期戦は考えてないだろうし、いつまでも呑気に構えてるつもりもないとは思うけどねぇ……けどここは主催者の方から先に仕掛けてやるとするか」

 

 

 どうしたものかと少し考え込んでいたがいつまでもそうしている訳にも行かず、ラブは頭の中の策の引き出しを開くとこの状況で使える手を選び始めた。

 

 

「取り敢えずは挨拶がてら顔見せに行くか…ねぇ晶、ちょっとあいつ等をおちょくりに行くから付いて来てくれる?それと真奈も風林火山連れて一緒に来てね~♪」

 

「え?ラブ姉もうアレやるつもり?」

 

 

 何やら仕込みはしていたようだがいきなり指名された晶が眉を寄せてみせると、ラブは右手の人差し指立てるとメトロノームのように左右に振りながらそれを否定した。

 

 

「それはまだよ、言ったでしょ?おちょくりに行くってさ」

 

「はい?」

 

「だから~、あいつ等一年相手に慎重になり過ぎてるから~、一発向う脛蹴っ飛ばして頭に血を上らせてやろうって言ってんの~」

 

 

 挑発行動に出るのはともかく、ラブの口調からしてもそのやり口がろくでもない事は容易に想像が付き、晶達は途端に面倒そうな顔になっていた。

 

 

「それはいいけど風林火山まで連れてって一体何やらせる気なんだよ~?」

 

 

 総数8両からなる風林火山を自在に操り神速の機動戦術を得意とする武田菱の隊長國守真奈(くにもりまな)は、戦国武将を思わせる雰囲気を醸しつつも口元をへの字にしながらラブを睨んでいた。

 

 

「真奈達は私と晶の一発芸の後の隠し玉ってトコね~、まぁやる事は簡単よ──」

 

 

 嬉々とした様子のラブが作戦の内容の説明をはじめれば、参加させられる晶と真奈達以外の者達もその辛辣さに揃って渋い顔になった。

 

 

『やっぱこのおっぱいやる事がエグいわ……』

 

 

 説明を聞き終えた一同が得意げなラブを前に一層渋い顔をしていた。

 

 

「まぁ話は解った…だがそういうのはそれこそAP-Girlsの役処なんじゃねぇのか?」

 

 

 配下の風林火山を一瞥した後にAP-Girlsに視線を移した真奈が改めてラブに問えば、得意げに胸を反らしパンツァージャケットを突き上げるたわわを強調しながら言い放った。

 

 

「そこがこの作戦の大事なトコよ♪ここでAP-Girlsが出て来なければ連中あれやこれや色々と勘ぐって、疑心暗鬼のドツボにはまって面白い事になるじゃない」

 

『このおっぱいやる事がトコトンえげつねぇ……』

 

 

 只一人清々しい笑顔で毒を吐くラブに集中する視線は何処までも白かった。

 

 

 

 

 

「そうか…様子見にしても即断で引く辺り余程ラブの行動方針が徹底して行き届いているのか、或いはアンツィオ(ウチ)以上に装甲と火力で苦労しているからか…さて……」

 

 

 無線での一報の後、その脚の速さを活かし即本隊に合流したクルセイダー隊から改めて報告を受けていた隊長格の中、アンチョビだけが複雑な顔で腕を組み考え込んでいた。

 

 

「いずれにしてもこれで我々が試合開始後に、大して移動していない事がヤツに知れた訳だ」

 

「そうね…でも互いにさして距離を取らずに試合を開始しているのですから、いつ遭遇してもおかしくありませんわ……」

 

 

 アンチョビに続きまほとダージリンが現状を再確認するような事を口にしたが、二人共その声音にも表情にもさして危機感は感じられなかった。

 何故ならラブ相手にこの程度の事で騒いでいるようでは端から試合にならない事を皆経験上よく解っているからであり、逆にこれでこちらも行動に移る切っ掛けになると考えているように見えた。

 

 

「全く待ちくたびれたわ!何なら私が先鋒で打って出てもいいのよ!?」

 

「You are so hasty……相変わらずせっかちね~」

 

 

 巨大なKV-2の砲塔上でしびれを切らしたカチューシャが吠えるが、毎度の事にケイは大袈裟に肩を竦めやれやれと首を左右に振っていた。

 

 

「まぁそう焦るな、それで過去に何度失敗したんだ?」

 

「わ、解ってるわよ!ちょっと言っただけじゃない!」

 

 

 生真面目が服を着て歩いているようなまほに素で諫められたカチューシャは、クワっと牙を剥いて言い返した後にプイっとそっぽを向いたが、毎度の事なのでまほも一向に気にしていないようだ。

 

 

「取り敢えずは迎撃態勢を取らにゃならんが、何をして来るか解らんから結局は成り行きだな……」

 

 

 結論から言えばアンチョビが言った事が全てであり、その一言で行動方針が決まったかのようにそれぞれが溜息を吐きラブの襲来に備え始めた。

 

 

「ありゃりゃ?いいのかいこんなんで……?」

 

「No problemよ、アンジーだってあの無茶苦茶ぶりは経験済みでしょ?」

 

「そりゃまぁねぇ……」

 

 

 ケイの無印M4と行動を共にしているカメさんから顔を出した杏は、ここに来てともすれば投げやりとも取れる行動方針に目を丸くしていた。

 しかしこの試合の参加者はカメさんとレオポンの大洗組以外はラブを昔から知っているので、誰一人としてアンチョビの提案に異を唱える者はいなかったのだ。

 

 

「なんだかな~」

 

 

 それっきり何も言わずに黙々と戦闘準備を進めるケイの姿に、杏もそれ以上何も言えなかった。

 

 

 

 

 

「ちょっと消極的過ぎないかしら?」

 

「そりゃまぁそれだけ昔から色々やられてますから……」

 

 

 挨拶行脚の間にもしっかりと試合の状況をチェックしている亜梨亜としほであったが、対戦相手であるラブ率いる新設校連合の情報の少なさ故に、まほ達が必要以上に慎重になっているように亜梨亜の目には映ったらしかった。

 だが娘達がそのラブに散々やられる場面を目にして来たしほは、困ったわねぇとばかりに人差し指を頬に当てて考え込む亜梨亜に向けて弱々しく弁護の言葉を溜息と共に吐き出していた。

 

 

「さぁまほちゃん、あなたが良い処を見せればそれだけ来賓の間でしほちゃんの株も上がるんだから頑張りなさい」

 

「ダメだこりゃ……」

 

 

 丁度大型モニターに大写しになったまほに向けて亜梨亜が優しい声音でビジネスライクな毒を吐き、隣でそれを聞いていたしほはガックリと肩を落としていた。

 

 

 

 

 

「それじゃあ真奈頼んだわよ!」

 

 

 本隊から離れまほ達が待ち受ける佐原の交差点に向かう途中、風林火山の8両はラブの指示により潜伏ポイントに向け別行動に移っていた。

 その真奈に向けてラブが大声と共に敬礼を送れば、真奈もまた無言ながら答礼を返しそのまま建物の陰に姿を消していった。

 

 

「よ~し、こっちも速度上げるよ!」

 

 

 ラブが再び叫ぶように指示を出せば、Love Gunと並走する晶のパンターは更にその間隔を詰め揃って増速しコンバットスピードで進攻を開始していた。

 

 

「ねぇラブ姉!本気でやるの!?」

 

 

 AP-Girlsばりのサイドバイサイドでパンターを並走させながら晶が改めて確認するようにラブに向かって声を張り上げれば、ラブの方は不思議そうな顔で逆に問い返して来た。

 

 

「何で今更そんな事聞くの?晶なら出来るわ……だってあなたは私の分身だもの」

 

 

 ラブに分身と言われた瞬間ドキリとした晶の鼓動は跳ね上がり、耳まで熱くなるのを感じた彼女は慌ててラブから視線を反らしていた。

 それは晶が小学生だった頃、初めて見たラブの戦車道に魅入られた彼女はその時から徹底的にラブを研究し、その結果中学時代の彼女の戦闘機動をフルコピーするに至っていたのだ。

 そんな晶を引き連れラブは何を画策しているのか、楽し気に走行風に深紅の髪を靡かせていた。

 

 

 

 

 

「来たか……総員迎撃準備!」

 

 

 高速で接近する履帯がアスファルトを削る音に、まほの目付きが戦闘中の光を宿す。

 しかしそれはまほに限った事でなく、参加する全ての者に共通した事であった。

 

 

「相当飛ばしてるな…だが数が少ない……どういう事だ?」

 

 

 まほが迎撃命令を下しながらも聴こえて来る音の少なさを訝しむのと同時に、偵察に出てまだ戻っていなかったクルセイダーの1両から無線連絡が飛び込んで来た。

 

 

『こちら偵察部隊3号車!今目の前をパンターが2両通過!1両はLove Gun、もう1両はエニグマの隊長車と思われる!かなり飛ばしてるから気を付けろ!』

 

 

 飛び込んで来た報告にまほを始め主だった者達も妙な顔をする。

 

 

「エニグマの隊長車?AP-Girlsが付いて来ていないだと?」

 

「確か古庄(ふるしょう)さんでしたわね……」

 

「あのラブそっくりな動きは厄介よ!」

 

「あのやろ~また何か面倒な事考え付いたか……?」

 

「Hey!のんびり論議してる時間はないわよ!」

 

 

 既に迎撃の陣形は整えているがラブの出方次第ではそれも無駄になる可能性があり、ケイの注意喚起の叫びに一同は間もなく現れるであろうラブと晶に意識を集中させていた。

 彼女達が陣取った交差点は三方向は直線だがラブ達が進む方向からは緩やかながら大きく曲がっており、攻め込むにしてもギリギリまで相手の姿を確認する事が出来なかった。

 それに関しては迎撃する側も同様だが交差点中央に重装甲高火力な車両を集中配備し、予め攻撃ポイントを指定して決め撃ちが出来る分有利なはずであった。

 常識的に考えればそれは正しいのかもしれないが、相手がラブとなると話が違って来るのは周知の事なので待ち受ける者達の緊張は相当に高かった。

 

 

『後50m…凄い……何て速さなの!?後……え?えぇ!?』

 

 

 偵察隊3号車の車長は迎撃ポイントである佐原の交差点目指し、躊躇する事なく突撃して行く2両のパンターのキルゾーンまでの距離を読み上げ始めたが、突如2両が取った行動に驚きの声を連発していた。

 

 

「おい!何だどうした!?ナニっ!?」

 

 

 無線から聴こえる読み上げに合わせ攻撃命令を下すタイミングを計っていたまほであったが、驚きの声に合わせるように視界に入って来た2両に彼女もまた驚くのだった。

 

 

 

 

 

「行くよ晶!」

 

 

 ラブの叫びに晶が頷き指示を出すと接触ギリギリの並走状態にあった2両のパンターG型が、交差点手前のコーナーのRに合わせた大きなアングルのパラレルドリフトに突入していた。

 冷静な目で一見すればそれは無意味な行動かもしれないが、相手が攻撃に意識を集中した場面でのそれは意表を突くには効果絶大であった。

 事実虚を突かれたまほは完全に攻撃命令を下すのが遅れ、2両のパンターは易々とキルゾーンを突破する事に成功していた。

 

 

「し、しまった!」

 

 

 一瞬とはいえ思考に空白が生じたまほが自らの失策に気付いた時には、既に2両のパンターは交差点に陣取る本隊に肉薄していた。

 

 

「甘いぞまほ!」

 

「ラブ……!」

 

 

 最強の女豹を駆るラブが見せる狂気を孕んだ妖艶な笑みに、まほは唇を噛みながら睨み返す。

 試合開始早々の無謀極まりないラブの暴挙に、他の者達も言葉を失っている。

 だがそうしている間にも履帯から火花を散らしながら、ラブと晶は驚異的なコンビネーションを発揮し一気にまほの懐へと攻め込んで行く。

 これを予想しろという方が無理な速攻は見る者全ての目を釘付けにし、いきなり訪れた山場に観戦者は言葉を発するのはおろか息をする事すら忘れているように見えた。

 

 

 




昨日は同業者のかなり遅い新年会ですっかり帰りが遅くなり投稿出来ませんでした。

毎回戦車戦の描写では苦労の連続ですが、その分書いてて楽しいのも事実です。
ただR指定の描写とどっちが楽しいと問われると言葉を濁すしかありませんがw

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