ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

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嵐の前の静けさとか言いながら既にドタバタやってますねw


第五十九話   Calm before the storm

「うっそぉ────っ!?」

 

 

 その奥の手の存在は彼女も知ってはいた。

 だが実際にその目で見るのは初めてであった。

 故に不意を突かれた彼女はらしくなく素で驚き、らしくない程素っ頓狂な声を上げたのだった。

 

 

 

 

 

「え?ちょっといきなり!?」

 

 

 図体に似合わぬ高加速でレオポンが突出すると、大学選抜戦に於いてその加速力を間近で体験し、更にはその直後に何が起こるかよく知っているエリカは驚きの声を上げていた。

 モータスポーツの世界ではマシン開発に携わるエンジニア達がレギュレーションブックを熟読し、盲点とも云うべき穴を見つけ出してはライバルを出し抜く技術でアドバンテージを稼ごうとするのが云わば日常だが、砲弾を撃ち合い破壊し合う戦車道では耐久性が重視されるため速度を求める事は滅多になく、唯一の例外は高速機動戦闘が流派の基本戦術である厳島流ぐらいだろう。

 だが、レオポンを運用するのは自動車部であり、モータースポーツ的思考の下に戦車道のレギュレーションを徹底的に見直し、その結果モーターの改造に関する規定が一切ない事に気付きレオポンにEPSシステムを導入したのだ。

 とは言え、大学選抜戦で使用した際にはまだレオポンも強度面で多くの問題を抱えており、強烈な加速で思惑通りカチューシャのT-34/85とエリカのティーガーⅡを引っ張りバミューダアタックの一角ルミのパーシングを討ち取る原動力となったが、その代償としてエンジンブローにより戦線離脱の憂き目に遭っていた。

 そこで、昨年秋の高校戦車道観閲式の後に笠女の工廠を見学して以降、足繁く笠女学園艦に通っては整備班とコミュニケーションを深め惜しげもなく整備に関するノウハウを伝授し、その見返りに余り物とはいえ大洗の予算では手に入らぬ高価な資材をお裾分けして貰っていたのだった。

 そして、それらの資材を投じ地道にコツコツとブラッシュアップを続けたレオポンは、これまでとは比べものにならぬ程耐久性が向上し滅多な事では故障しなくなっていた。

 

 

「どういう事?選抜戦の時は直ぐに火を噴いて動けなくなったのに……みほ、説明しなさいよ!」

 

「ふぇ!?せ、説明って何を……?」

 

 

 

 レオポンが大幅に改良された事とその辺の詳しい事情を知らぬエリカにしてみれば、超音速の貴公子をするレオポンのエンジンがドカンと逝く思うのも当然だった。

 だがエリカの予想に反しレオポンはエンジンブローする事なくLove Gun目掛けて突進して行き、頭の中が疑問符だらけになった彼女は隣でぼけ~っとレオポンの突撃を傍観するみほのほっぺをムニっと引っ張り自分の方へと向き直らせるとドスを効かせた声で説明を求めた。

 

 

「えっと…整備とか全部お任せだし、自動車部が普段何やってるかまでは私もちょっと……」

 

「アンタねぇ!仮にも隊長なんだからチームの状況位ちゃんと把握しておきなさいよ!そんなんで来年度の全国大会大丈夫なの!?もしつまんないトコで負けたりしたら承知しないからね!」

 

「ふえぇ…そ、そんな事言われても……って、イタタ千切れちゃうからやめてぇ~!」

 

 

 みほの相変わらずなフニャフニャした態度にカチンと来たエリカは目尻を吊り上げると、今度は一切容赦なく両のほっぺをグイっと引っ張っていた。

 

 

『餅か?』

 

『餅でしょうか?』

 

『餅ね』

 

『餅だわ』

 

 

 全国大会優勝校とは思えぬ杜撰な管理体制に呆れ、さすがに誰一人みほに助け舟を出さなかった。

 

 

 

 

 

「チッ!」

 

 

 思いもよらぬ事態にさすがのラブも驚き悲鳴のような声をを上げたが、Love Gunの操縦桿を預かる香子は咄嗟の判断でスピンギリギリの回避機動でレオポンの突進と砲撃を躱していた。

 しかしこれが原因で後続の隊列は大きく乱れ、まほをカレンのFortress cannon(要塞砲)のキルゾーンに誘き出す計画は頓挫しそうだった。

 

 

「ちょっとラブ姉!」

 

「解ってる!各車後退開始!急げ!」

 

 

 当初から囮として行動し、最終的には戦線を維持出来ず圧されて後退する風をラブは装うつもりだったが、想定外の伏兵の登場に本気の撤退を余儀なくされていた。

 

 

「少し予定が狂ったけどこのままターゲット(まほ)をキルゾーンまで誘導するよ!如何にも圧されて下がるように見せかけるのを忘れないで!」

 

 

 だがこの時既に大きく体勢を乱したLove Gunに三年生連合の火線が集中していたので、操縦手の香子は演技などではなく回避機動を取るので手一杯だった。

 

 

「ったく!見せかける処じゃないよ!こっちはマジでギリギリいっぱいだってば!」

 

 

 無線に向かって指示を飛ばすラブの声に香子は怒鳴り声で愚痴を叩き付けるが、彼女の手足は休む事なく操縦桿とペダルを操作し続け、Love Gunは激しいダンスステップで飛び来る徹甲弾を躱し続けていた。

 

 

「下がれ下がれ!急いでラブ姉が踊るスペースを作れ!」

 

 

 ラブが後退の指示を出すのと同時に晶もまた揮下のエニグマ戦車隊に全力で後退し、Love Gunが回避機動を取る為の空間を確保するよう追加の指示を出していた。

 通常であればここはフラッグ車であるLove Gunの後退を優先し援護射撃を行う場面かもしれないが、ラブがこの程度で討ち取られる事はないと信じ切っている彼女はラブが暴れ易い環境を作る事を最優先事項として行動していた。

 

 

 

 

 

「始まるわ……今よ!」

 

 

 三年生連合の前衛が攻勢に転じた直後は、その長く伸びた隊列故に後衛を任されるダージリンとカチューシャはまだ動き出してはいなかった。

 彼女達とて決して油断などしてはいなかったが、それでも作戦が始まった直後は僅かながらその意識が行動を開始した前衛部隊の方へと向いていた。

 そして唯一冷静に状況を観察する事が出来る立場にあったアーニャは、その僅かな隙を見逃す事なくAP-Girlsと風林火山の混成部隊に絶妙なタイミングでGOサインを出したのだった。

 

 

「おらぁ!てめぇら遅れんじゃねぇぞぉ!」

 

 

 毎度の事ながらアイドルらしからぬ口の悪さで檄を飛ばす夏妃のブルー・ハーツに続き、AP-Girlsと風林火山の混成部隊がトップスピードで突撃を開始した。

 もしこの場にペパロニを始め血の気の多いノリと勢いのアンツィオ勢がいたとすれば、拳を突き上げそれこそノリノリでそれに続いたであろう。

 

 

「……!敵襲!」

 

 

 先頭を任された夏妃が得意とするハイスピードの突撃にダージリンが気付き警報を発したが時既に遅く、ブルーハーツから放たれた徹甲弾は狙い違わずカチューシャのKV-2の砲塔を叩く。

 街道上の怪物相手に長砲身の60口径とはいえ50㎜ではとても歯が立たぬが、それでも直撃弾となれば受ける衝撃はかなりのもので、激しく揺さぶられたカチューシャは牙を剥いて吠えていた。

 

 

「何よ!何なのよ!?」

 

 

 だが夏妃の一撃は始まりに過ぎず、ブルー・ハーツに続き次々交差点を駆け抜けるAP-Girlsと風林火山が撃ち出した徹甲弾は全弾KV-2に弾着したのだった。

 

 

「ちょっ!ま…な……くっ!」

 

 

 まるで速射砲のターゲットにでもなったように計12発の徹甲弾を連続で撃ち込まれ、大波に翻弄される小舟の如く揺れるKV-2の砲塔上のカチューシャは喋る事も儘ならず完全に目を回し、フラフラになり頭の周りにヒヨコをグルグルさせていた。

 そして強襲で足止めを受けた後衛部隊が完全に出遅れた事で隊列は更に長く伸び、部隊全体の統制も急速に失われつつあった。

 

 

「まだだ!もう一撃行くぞぉ!」

 

 

 全車交差点を通過後、夏妃がそう叫びながら振り上げた右手を横に振り下ろせば、それに合わせ隊列は一列縦隊を維持したまま右回転で全車同時に180度のスピンターンを決めて見せた。

 火花を撒き散らしながら接触ギリギリの距離を維持したままの同時スピンターンに、空撮による中継画像を見ていた観戦者達の間からは悲鳴とも歓声ともつかぬ声が上がっていた。

 

 

 

 

 

「はっ…何今の……?」

 

 

 もし接触すればマルチクラッシュを引き起こし、全車纏めてリタイアし兼ねないカミカゼ機動に騒然となる観戦エリアにあって、少しでも新設校の情報を収集せんと中継画像に集中していたエリカは、突然の荒業に少し間の抜けた声を出していた。

 

 

「AP-Girlsだけならともかく武田菱もか…どうせラブ先輩の仕込みだろうけどなぁ……」

 

 

 エリカに続き呟いたルクリリは、この先対戦する可能性を考えてかその表情はかなり渋い。

 しかし彼女の呟きは他の者達にとってもその思いは同様であったが、これに関しては全員が完全に思い違いをしていた。

 何故なら、今の一列縦隊での高速突撃による連続砲撃は完全に夏妃達の即興でありラブは一切関わっていないのだが、モニター越し観戦する彼女達にはそこまで見抜く事は出来なかった。

 

 

「あ…またやる気ですよ……」

 

 

 エリカ達があれこれ議論し始めた処で話に耳を傾けながらもモニターを注視していたカルパッチョは、スピンターンで殿から一転して先頭となった真奈のクロムウェルを指差した。

 

 

「一体いつからあんな訓練してたのかしら……?」

 

 

 完全に勘違いしたエリカの呟きとモニター越しに視線が集中する中、真奈は陣羽織風のパンツァージャケットの裾を翻しながら突撃を開始していた。

 

 

 

 

 

「来ますわよ!カチューシャしっかりなさい!」

 

でぃやーひりん(ダージリン)られにもにょいっへるにょよ(誰にもの言ってるのよ)ひゅふへいひゃへたひの(粛清されたいの)……!?」

 

 

 ダージリンもあれで終わりとは思っておらず次の攻撃に備えるべくカチューシャに喝を入れたが、洗濯機にでも放り込まれたように激しくシェイクされたカチューシャは未だ頭がピヨっているらしく、いつものように虚勢を張ったつもりが全く呂律が回っていなかった。

 そして彼女の予想通り再びAP-Girlsと風林火山の強襲を受けた後衛部隊は、その名の通り背後からの攻撃に対応していたがあまりにもタイミングが悪く今や完全に部隊の前進から取り残されていた。

 

 

「くっ……速い!」

 

 

 あまりにも速過ぎるが為に高い射撃スキルを誇るアッサムも攻撃タイミングを掴む事が出来ず、そうこうするうちに始まった速射砲のような砲撃は今度はブラックプリンスに集中していた。

 

 

「なっ……!このっ!」

 

 

 怒涛の12連射を前に反撃すら出来ず只耐えるしか出来ないダージリンも、言葉を発する事も叶わず実に悔し気に歯を食いしばるのみだった。

 この攻撃の結果、数と火力で優位ながら後続が脱落した三年生連合の攻勢も文字通り後が続かず、体勢を崩され窮地に立たされたラブに対しそれ以上の圧力をかける事が出来なかった。

 結局双方共に決め手に欠く状況での戦闘が続き、Love Gunとエニグマ戦車隊による後退劇は再び奇妙な均衡を保ちながら進行していた。

 

 

「夏妃達も始めたか…けどこっちがこのざまじゃ話にならないわね……」

 

 

 回避機動の指示を矢継ぎ早に出す合間にラブは飛び込んで来る無線報告にも耳を傾けていたが、今の彼女はまほの猛攻を躱しながら後退するので手一杯だった。

 

 

「とにかく今はカレンとメイプルの前にまほを引っ張り出すまで耐えるしかないわ……」

 

 

 普通ならとっくに戦列を維持出来ずに力負けしてしまう場面だが、そこは百折不撓を掲げる厳島流の家元であるだけにラブは粘り強く戦い続けていた。

 

 

 

 

 

「ダージリンとカチューシャが動けんか……あまりにも隊列が伸び過ぎだ、このままじゃ攻撃の密度が下がって逆にこっちがジリ貧になるぞ」

 

 

 レオポンの奇襲は見事に成功しラブを防戦一方の処まで追い詰めたまでは良かったが、ほぼ同じタイミングでAP-Girlsと風林火山の猛攻に晒された後衛部隊も身動きが取れず、その結果として隊列は長く伸び部隊の中団は何も出来ずに今や完全に言葉通りの()()と化していた。

 役割を果たし無事隊列に戻ったレオポンと共に楔の一角を担いLove Gunに集中砲火を浴びせていたアンチョビは、隊列が長く伸び部隊の一部が機能不全に陥っている事に危機感を抱き始めていた。

 

 

「これで所在がはっきりしているのはLove GunとAP-Girlsにエニグマ、それと武田菱の風林火山か…残りのパーペチュアルとクワイエット、それにフサリアは何処にいる……?偵察部隊を全て戻してしまったのは失敗だったなぁ……」

 

 

 後悔先に立たずな事は解っていてもついそんな事をボヤくアンチョビだったが、あの状況下でラブがまず偵察部隊から潰しに来る公算は非常に高く、その判断を責められるものは誰もいなかった。

 やっとAP-Girlsが姿を現した事はある意味安心材料であったが、それ以外の新設校はあまりにも情報量が少なく、何をやって来るか解らないだけにアンチョビの警戒心は高まる一方だった。

 双方共仕掛けた作戦自体は全て成功していたが、皮肉な事にそれらが全て同時に進行した結果、全体を俯瞰して見れば試合は一種の膠着状態に陥っていた。

 迂闊に一気に下がれば却って相手に距離を取られ兼ねぬ状況下、ラブは辛抱強くカメの歩みのような後退劇を続けるのだった。

 

 

 

 

 

「あれでルミのヤツはやられたのよね……」

 

 

 レオポンがEPSシステムを使用してLove Gunに肉薄した瞬間驚きの声を上げたメグミだったが、改めて見るその爆発的な加速はやはり驚異的だった。

 

 

「でもどういう事?あの時は直ぐにエンジンから火を噴いてたのに……」

 

 

 大洗連合との一戦は試合後に録画画像をそれこそ何度も見直し検証を繰り返したので、レオポンにその裏技がある事は彼女も把握していた。

 何しろルミがレオポンに続いたカチューシャとエリカの捨て身の攻撃の前に討ち取られた為に、その後バミューダアタックを仕掛ける事が出来ず愛里寿を守れなかった事は、試合の勝敗は別にして彼女にとっても痛恨事であったのだ。

 

 

「あら、それなら簡単な事ですわ」

 

「え…どういう事……?結依ちゃん何か知ってるの?」

 

 

 全く事情を知らず驚くメグミにニッコリと微笑んで見せた結依は昨年の観閲式以降の経緯を詳しく説明してやり、話を聞くうちに彼女の表情は段々としょっぱいものへと変わって行った。

 

 

「う~ん、またなんと厄介な…けどもう戦う事もないからまぁいいか……」

 

 

 大洗の廃校騒動で云わば悪の枢軸側の片棒を担がされる事になったメグミは、それが原因で一時期は相当なストレスに晒されただけにその胸中は非常に複雑だった。

 あの一連の騒動に関わった者は端的に言えば文科省のメガネ以外は全員が被害者であったのだが、視野の狭いやじ馬にはそれが理解出来ず彼女達も試合後に随分と不快な思いをさせられていたのだ。

 大洗連合側に対する恨みもなかったが、それでもやはりバミューダ瓦解の直接の切っ掛けとなったレオポンを見る目はどうしても微妙だった。

 だが相手は高校戦車道で運用される車両であり、普通に考えれば今後は二度と戦う相手でもないのでその事だけが唯一の安心材料であった。

 しかし彼女の安堵は束の間の事で、その年のうちにメグミは再び頭を抱えるような事態に遭遇する事になるのだが、今はまだそんな事など知る由もなかった。

 

 

「処で結依ちゃん…そろそろ膝の上から降りて貰えないかしら……」

 

「何でですかメグミお姉様?」

 

「…さすがにもう周囲の視線に耐えきれません……」

 

 

 周囲からある程度隔絶されたボックス席とはいえ、それも万全ではないので、膝の上に笠女の生徒会長を乗せての試合観戦は彼女にとって既に罰ゲームでしかなかった。

 

 

 

 

 

「ちょっと千日手になりかけてるわね……」

 

 

 偵察任務に徹しここまで徹底して隠密行動を続けていたフサリアの隊長のアーニャだったが、目の前で続く堂々巡りの膠着状態を将棋の千日手に準え暫し考え込んでいた。

 お盆の高速の渋滞のようにノロノロと進む隊列の中団は警戒こそしているが基本的に何も出来ず、手持無沙汰が故にどうしてもその警戒心も緩みがちに見えた。

 

 

「どうする?何か仕掛けるの?」

 

 

 フサリアの最大火力である14TPを任される副隊長、アーニャに比べ大人しげに見えるがその眼光の鋭さはやはり猛禽を思わせる少女の問いに、珍しく彼女は即答しなかった。

 

 

「これ以上はさすがにラブ姉でも負担が大きいか…そうね、ここはハンナの言う通り仕掛けるのが最善ね……よし、ワンブロック移動して中団に攻撃を集中、前衛部隊にトカゲの尻尾切りをさせてあげましょう、但しあくまでも一撃離脱の電撃戦で行くからね?」

 

「心得てるわ、それじゃあ攻撃の軸は私の14TPでいいのね?」

 

「ええ当然よ、その他の車両も一斉に仕掛けて即撤退よ」

 

「了解!」

 

 

 軽戦車のみで戦車道に参戦するフサリアにとって交戦エリアに長く留まる事は自殺行為以外の何ものでもなく、必然的にその戦術は一撃離脱を始めとする機動戦術が中心であった。

 日頃から隊長のアーニャの薫陶が行き届いているらしく隊員達の行動も実に迅速で、目の前を進む隊列に気付かれぬよう気を付けながらも即座に移動を開始していた。

 

 

「さすがにこれはまいりましたわね……」

 

「もうちょっと偵察続けてた方がよかったかもね~」

 

 

 三年生連合の隊列の中団、ラブの奇襲を警戒し部隊と合流させられた偵察部隊のクルセイダー2号車の操縦桿を預かるリゼは、熱の籠った車内で汗を拭いつつ少し焦れた表情を見せていた。

 そしてそんなリゼの呟きに応えた黒森峰の隊員も、暑さに閉口しているのかウンザリした顔でパンツァージャケットの袖で汗を拭っていた。

 

 

「え~っと、こういう場合は紅茶でも淹れた方がいいのかな……?」

 

 

 一応念の為にといった感じでプラウダから乗り込んで来た隊員が訪ねれば、途端にリゼは口元を歪めながら嫌そうにそれを否定した。

 

 

「止めて下さる?このクソ暑いのに紅茶とか……それよりそこのクーラーボックスの中からコーラを一本出してくださいな」

 

「はぁ?あ…いつの間に入れたのよ……」

 

 

 言われて足元に押し込まれていたクーラーボックスを開いたプラウダの隊員は、中から缶入りのコーラを一本取り出すと呆れたように呟きながら腕を伸ばしリゼに手渡すのだった。

 

 

「プッハ~でございますわ♪笠女に来ると本国物を飲めるのが楽しみなんですのよ」

 

 

 操縦しながらも器用に片手でプルタブを引き起こすと豪快に半分程を一気に飲み干したリゼは、まるで駆け付け一杯を決めたオヤジのように息を吐いていた。

 

 

「これが聖グロの実態か……」

 

「まるで詐欺よね……」

 

「聞こえてますわよ……それより周囲の警戒を怠りなく願いますわ、何しろ私の位置からでは全く周囲の状況が分かりませんので頼みますわよ?」

 

「解ってるよ、けど正直こっちも大して変わらないのよね……」

 

 

 リゼは澄ました表情で残りのコーラを飲みながらも自分の所業について囁き合う二人に釘を刺したが、砲塔から顔を出した黒森峰の隊員は視界を塞ぐように立ち並ぶ工場の建屋に渋い顔をした。

 彼女達も油断をしていた訳ではないが、ロクに身動きも取れず低速走行を強いられた状況下での奇襲に対し抗う事など出来はしなかった。

 

 

「目の前を壁に塞がれちゃどうにもならな……9時方向に敵影発見!」

 

 

 愚痴りつつも工場建屋の隙間に潜伏するフサリアの偵察隊の姿を見出した彼女の目は確かだったが、それ以上のものを求めるのはこの状況では酷というものだし実際彼女に出来たのは注意喚起の声を上げるまでが精いっぱいであった。

 そして轟く斉射音は戦車道の試合中という事を考えれば、如何にも頼りないものかもしれない。

 だが相手にもよるがピンポイントに狙いを集めれば何がしかのダメージを与える事は可能であり、今回の場合自分達で危惧していた通り集中砲火を受けたクルセイダーの履帯は、14TPの47㎜にプラスして37㎜を束にして浴びせられた事で砕けて千切れ飛んでいた。

 

 

「クソッタレ!よくもやりやがって下さいましたわね!」

 

『あのね……』

 

 

 低速走行中であった事が幸いしたが、それでも意にそぐわぬ旋回運動に陥ったクルセイダーは斜めになって停車し、車線を塞いで後続の行き場を奪うのだった。

 それ以上に被害が及ばぬよう緊急停止させたリゼの手腕は中々のものだったが、その口の悪さに同乗する者達は只々呆れて嘆息していた。

 しかし今の奇襲で三年生連合の隊列は中団で大きく乱れ、前衛と後衛の二つに割れる形になった。

 それこそがアーニャが言う処のトカゲの尻尾切りであり、皮肉にも後続が途切れた事でまほ達の進行する速度は上がりラブの後退劇の負担も大幅に減っていた。

 

 

 

 

 

「は?今のアーニャ達がやったの!?」

 

 

 防戦しつつまほを要塞砲のキルゾーンに誘導中だったラブは、長く伸びて動きの遅くなった三年生連合の動きが分断された事で速くなったことに気づき、それに合わせラブも後退速度を上げていた。

 そんな最中アーニャからの無線連絡で何が起きたかを理解したラブは、思いもよらぬ戦果報告に大いに驚きに目を丸くするのだった。

 ここまでの小競り合いと夏妃達の攻撃でも未だに1両も戦線離脱する車両は出ておらず、白旗こそ揚がってはいないが実質これが最初の戦果らしい戦果であった。

 

 

「よし!こっちも仕上げにかかるよ!晶、全車もっと下げてスペースを作って頂戴!」

 

「了解!ラブ姉が本気で暴れるから全車更に下がれ!」

 

 

 アーニャからの報告を受けてここが作戦の成否の分かれ目と判断したラブは、即座にまほを一本釣りする為のBetを上げる覚悟を決め晶に指示を出していた。

 晶の指示を受け更にエニグマ戦車隊が後退しLove Gunの暴れるスペースを拡大する少し前、後方もそれまでとは違った局面を迎えていた。

 二度の高速機動からの連射攻撃の後にやっと混乱状態から立ち直った後衛部隊が反撃に転じ、それを受けてAP-Girlsと風林火山もこれまでの戦法は使えないと判断し、互いに沿道の遮蔽物を用いての散発的な撃ち合いへと変化していたのだ。

 

 

「嫌んなるくれぇ硬ぇな…あんだけ撃ち込んでるのにロクに凹みもしやがらねぇ……」

 

「まぁ街道上の怪物と言われるだけの事はあるって感じだな……」

 

 

 一撃放っては遮蔽物の陰に隠れるそれまでとは一変して地味な戦闘を繰り返す合間に、夏妃と真奈は頑丈過ぎるKV-2に関してぼやき合っていた。

 何しろ他の車両には遮蔽物を利用させながらも、KV-2だけは道の真ん中に居座りその二つ名通りに街道上の怪物と化して、AP-Girlsと風林火山の進行を封じていたのだった。

 対プラウダ戦の雪上戦の際は凛々子と共に頭でっかちなKV-2を横転させる事で討ち取る事に成功した夏妃だったが、今回のような市街地戦ではその手も使えず我慢の戦闘を続けていた。

 

 

「こっちの火力じゃ普通にやりあっても倒せねぇのは解ってるけどよ、このまま撃ち合っても無駄弾になるだけでいつまでもあのバケモノを足止め出来るもんじゃねえぞ!」

 

 

 一旦突出し一撃放ってから戻って来た夏妃の言う事は尤もだが、自分達で言い出した以上はそこで投げ出す訳にも行かないのは彼女も解っているのであった。

 だが高火力のKV-2やブラックプリンスからの反撃も凄まじく、夏妃だけではなくこの作戦に参加する者達は既に煤と埃に塗れストレスも相当溜まっていた。

 

 

「夏妃も真奈も攻勢に特化したタイプだからこの状況はうまくないわね……」

 

 

 皆辛抱強く戦っているが、この作戦の趣旨から考えるとそろそろ活動限界が近いと考えた鈴鹿は、無線に耳をそばだて司令塔役のアーニャからの連絡を待ち続けていた。

 

 

「後少しなんだろうけど…いけない、私まで少し焦れて来たわ……」

 

 

 珍しく鈴鹿までが状況にいら立ちを覚え始めたその時、ついに待ち望んでいた一報が無線機から鈴鹿の耳に飛び込んで来た。

 

 

『こちらアーニャ、敵部隊の分断に成功!現在敵部隊は中団グループを境に前衛と後衛で連携が取れない状態にあり!繰り返す──』

 

 

 無線連絡で後衛部隊が前衛から孤立状態にある事を知った鈴鹿は、その切っ掛けを作ったのがアーニャ率いるフサリアである事に少し驚いたが、自分達も彼女達に苦戦させられた事を思い出し頭の中で自分を戒めると隣で同じく無線に耳を傾けていた愛と目配せをした後に次の段階に移るべく行動を開始したのだった。

 

 

 

 

 

「チッ!側面から豆戦車だと!?」

 

 

 履帯を切られたクルセイダー2号車からの報告に、もし自身もタンケッテに乗っていれば同じ手を使っていたであろう事に気付いたアンチョビは思わず舌打ちをしていた。

 だが状況は時既に遅く擱座したクルセイダー2号車を中心に部隊の動きは二分され、厚みで圧すような攻撃は出来なくなりつつあった。

 それでもアンチョビはその状況を打開すべく次なる手立て模索して思考を回転させていたが、それを中断させるような間の抜けた音が辺り一帯に轟き、ハッとした彼女が音のした方へと目をやればそこには凶悪な笑みを浮かべたラブの姿があった。

 

 

「ふっふっふっ…それじゃボチボチ本気で行くか……覚悟しろよまほ♪」

 

 

 Love Gunの砲塔に括り付けられたスピーカーから騎兵隊の突撃ラッパが轟くと、それまでの乱戦が嘘のように収まり一瞬だが妙な沈黙が交戦エリアに広がっていた。

 彼女にとって馴染みのある嫌な予感に背中をぞくりとさせられたまほが改めてラブを睨み付けると、そこにはある物を掲げて不敵に微笑むラブの姿があった。

 

 

「う゛、あれは!?」

 

「キタ────────ッ!」

 

 

 まほはそれだけ言うと思わず絶句したが、それに被せるようにラブの後に控えていた晶の歓喜の絶叫が静まり返った辺り一帯に響き渡っていた。

 試合は間違いなく序盤最大の山場を迎えつつあった。

 だがそれはまほにとって悪夢の始まりでしかなく、彼女は口元を引き攣らせながら震える右手の人差し指をラブに突き付け何かを叫ぼうとしていた。

 

 

 




レオポンも今後何かありそうですがもう予想が付いてる方もいるかな~?

まほが狼狽えて晶が喜ぶ物といったらアレしかありませんw
次回は冒頭からもうドタバタしっ放しですよww

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