「恋?」
ほんの一瞬とはいえ心ここに在らずな恋に愛がやや訝しんだニュアンスを含んだ声を掛ける。
「あ、愛ゴメン!じゃあ行こうか!」
仕切り直しといった感じで大きく息を吸い込んだ恋が再び号令を掛ける。
「Tanks move forward!」
そしてLove Gunを先頭に愛のピンクハーツ、イエローにブルー最後にブラックと続き、パドックから観閲スタート地点に向かい五色のハートが綺麗な一列縦隊で前進して行った。
どうやらハートの色はそれぞれの車長の髪色に由来しているらしい。
一方観客席に向かっていた一向だが、みほが何かに気が付き突然大声を上げた。
「あぁぁぁ~!お姉ちゃんどうしよう!?」
「いきなりどうしたみほ?」
「私みんなに知らせるのに夢中でお母さんに知らせてなかったよ!」
「あ……」
今更な事実に気が付くが後の祭り、既にラブ達はスタート地点に向かっている。
わたわたと狼狽えながらどうしようと騒ぐ二人にアンチョビの大声が重なる。
「そうだぁ!私も亜美さ…いや、蝶野教官に伝えないと!」
「それなら連盟の観閲席に二人共居るから直接行って伝えた方が早いぞ!」
まほの声にみほとアンチョビが頷くと、まほは他の者に声を掛けた。
「すまんがそういう訳で私達は連盟の方に行ってくるから、みんなは先に隊長席に行ってくれ!」
「そういう事ならHurry up!あまり時間無いわよ、もうじき前段も終わるわ!」
「分かった!行って来る!」
まほがそう言うや三人は連盟の観閲席に向かい走り去って行った。
その背中を見送りつつ他の者も隊長席に向かうがその道すがらカチューシャが声を上げる。
「だけどおかしいじゃない?連盟もそうだけど、蝶野教官や西住師範だって参加名簿には目を通しているはずでしょ?ならラブの存在に気が付かないはずがないわ。知っていれば当然マホーシャとミホーシャに直ぐに教えていたはずよ?」
「確かにそれは……」
アッサムもその事実に頤に手を当て思考を巡らせ始める。
「アンチョビにしたってそうよ、あの時最大の功労者はアンチョビじゃない。蝶野教官が彼女に知らせないのもおかしいわ」
ここまでのカチューシャの抱いた疑問に対し、それまで何も言わずのんきに風船ガムを膨らませていたナオミが口を挟む。
「まああの三人が家元と教官に会えば解る事でしょ?」
「そりゃまあそうだろうけどさ……」
一同のそんな会話を余所に三人も連盟観閲席に辿り着くと、見付け出したしほの元に駆け寄り身振り手振りで要領の得ない説明を始めていた。
「何を騒いでいるのですか!ここを一体何処だと思っているのか!」
最初は厳しい西住流師範の顔で叱責を始めたしほであったが、騒ぐ娘達のその言葉の中に『ラブ』と『Love Gun』という単語を聞くにおよびその表情は困惑へと変わっていった。
と、そこに何事かとやって来た亜美も加わると今度はアンチョビが声を上げる。
「蝶野教官!」
「あら…アンチョビさんお久し振りね、一体どうしたの?」
「居たんです!新設校にラブが!Love Gunが!」
「家元?」
「さっきからこの調子で…とにかく!もう一度最初から落ち着いて順序立てて説明しなさい」
しほの言葉にみほが一歩前に出て再び話し始める。
「だからね!私とお姉ちゃんが新設校エリアを見に行ってたの、そうしたら私立三笠女子学園っていう学校のパドックにLove Gunのパーソナルマークの入ったⅢ号が居たの!それで驚いてたら中から…中からラブお姉ちゃんが出て来たんだよ!」
「み、みほの言う通りです、そしてラブが言うにはその学校は亜梨亜おば様が創られたと…」
『はぁ!?』
しほと亜美が同時に素っ頓狂な声を上げ、出来の悪い絡繰り人形の様な動きで顔見合わせる。
「しかもラブは自分がその学校の一年生だと言っていました」
今度はそのまま固まってる二人にアンチョビが説明を加えた。
「ええと亜美さん?今手元に参加校名簿はあるかしら?」
「え?ああ、こちらに」
そう言うと亜美は上着の内ポケットから畳まれた参加校名簿を取り出しガサガサと広げる。
そして二人してそれを覗きこみ目当ての校名を探し始めた。
「え~、みかさ…三笠…ありましたコレですね」
「私立三笠女子学園…学園長名は知らない名ね…監督責任者も…生徒名は……何コレ?」
「イニシャルだけですね…どういう事でしょう?というか何故これで審査を通ったのか…」
「私も忙しさに感けて細部まで見ていなかったけど……」
「恥ずかしながら私もです」
「何より亜梨亜様ともあれ以降一切連絡がないですから…」
続く言葉を失い暫し無言で見つめ合う二人。
そんな事をやっているうちに前段終了のアナウンスが場内に流れ始め、引き続き30分後に新設校の紹介が始まる旨のアナウンスも流れて来た。
「と、とにかくここでこうしていても何も解らないから三人は席に戻りなさい」
『はあ…』
しほの言葉に三人は気の抜けた返事をするとトボトボと隊長席へと向かう。
その後隊長席で合流した面々から質問攻めにされるも見た事聞いた事を話すのみの三人。
「Why?何よそれ?」
「ホント、どういう事ですの?」
「私達にそう言われてもだなぁ…」
ケイとダージリンに詰め寄られてもそう答えるしかないアンチョビ。
その横で先程から携帯で何か検索していたアッサムが口を挟む。
「私は私立三笠女子各園で色々検索してみたのですが駄目ですね、まだ開校間もないとしても今時学校のホームページはおろかロクな情報がありません。GI6にも調査を依頼しましたが今の処まだ何も連絡はありません…こんな事って初めてです」
「謎は深まる一方ですね」
普段滅多な事では表情を読ませないノンナですらその顔に困惑の色が浮かんでいる。
するとその傍らで腕を組み難しい顔をしていたカチューシャが口を開いた。
「ねぇ、さっきのアレは本当にラブだったの?」
「な、何言いだすのよ?」
その発言で思わず膨らませていた風船ガムを割り顔に着けてしまったナオミが問う。
「だってよく思い出してよ、あのふざけたしゃべり口調と見た目は確かにラブそのものだけど、あの子昔はあんな檄の入れ方した?それにあの英語、昔から英語の時だけは早口だったけどあそこまで早口だった?なんていうかテンションがおかし過ぎでしょ?全体的に凄い違和感感じたのは私だけ?」
カチューシャの投げた疑問に対しそれぞれ無言で考え込んでしまう。
その中でみほだけが何か思い当ったらしく小さく声を上げた。
「あった…あったよお姉ちゃん」
「なんだ?何があったんだみほ?」
「ラブお姉ちゃんがあんな風な感じになった事があったよ、お姉ちゃん覚えてない?」
「みほ、一体それは何時の事なんだ?」
「……ラブお姉ちゃんのお父さんとお母さんが亡くなった時…」
「…
「覚えてるよ!だってお葬式の後、亜梨亜おば様と一緒に暮らせるようになるまで、半年位家で私達と一緒に暮らしてたじゃない!」
そこまで言われた処でまほも古い記憶の中、似たような状態に思い当った。
「確かに似ているかもしれない…だがあの時とは……」
「ううん、似てるよ!家に来てからもずっと泣いていたラブお姉ちゃんが、暫くしたら突然元気になってはしゃいだりし始めたじゃない。私も小さかったからよく解らなかったけど、それでもラブお姉ちゃんが元気になったのが嬉しくて一緒に騒いだりイタズラしたりしてたもん!」
「ちょっとどういう事か説明して下さらない?」
ここで西住姉妹にダージリンが詳しい説明を求めた。
それに対し姉妹二人で記憶を探りつつ当時の事を皆に語って行った。
「そうだったの、でもご両親は何故?」
「私達も事故としか聞かされていないんだ、当時はまだ二人とも幼かったしな」
「うん、私も泣いてるラブお姉ちゃんを見てると悲しくて、それが突然とはいえ元気になったのが嬉しくて夢中で一緒に遊んでたから」
ラブの両親が幼い頃に亡くなっている事を知っていた一同も、改めて聞かされる当時ののラブの様子に言葉は無く暫し沈黙が一同を支配する。
しかしその沈黙もナオミの放った呟きで姿を消す。
「深い悲しみの裏返し…か」
「あの子いつもそうなのよ、何があってもそんなそぶり見せないでふざけてばっかいて……」
俯いてそう言ったカチューシャが唇を噛む。
それぞれの脳裏に嘗てのラブの姿が思い起こされる、常に何処か面白そうにしていて掴み処がなく下らないイタズラをしては皆を振り回して怒られても自分は笑っている。
しかし一度戦車に収まれば美しく歓喜に満ち溢れた表情で縦横無尽に駆け巡る。
仲間を想い自分の持てる力は惜しみなく人に与え出し惜しみはしない。
そんなラブがこの三年の間一体何処でどうしていたのか?
やっと再会を果たしたばかりなのに一層深まるばかりの謎。
ラブの性格を考えると詳しくは追々などと言ってはいたがそう簡単に白状するとも思えない。
それは過去の経験から皆身に染みて解っていた。
ただもうあの時、三年前のあの日から味わい続けた無力感だけはもう御免だと、大事なモノを失う深い悲しみだけは御免だと全員が考えていた。
「とにかく、一度は例え尋問になったとしても問い詰めなければ私は気が済みませんわ」
「オイオイ、そいつは穏やかじゃないなぁ」
ダージリンの不穏当な物言いにアンチョビが渋い顔して窘める。
しかし今度はダージリンのその矛先が窘めたアンチョビに向けられた。
「何を言っているのよ?あなたこそ一番に怒るべきではなくて?だってそうでしょう、先程だってあの子は当時のあなたの働きぶりを知っていたじゃない。それなのにあんなのらりくらりと昔と何にも変わらない態度でやり過ごして」
「まあアイツは昔からああいうヤツだし、私はこうして帰って来てくれただけで充分なんだよ。ただダージリンの言う事も解るよ、でもこの事に関しては少し時間を掛ける必要があると思う。ラブも色々あったと言ってたじゃないか、ああして帰って来た以上もう逃げも隠れもしないだろう、だから私達ももう少し長い目で見てやった方がいいんじゃないだろうか?」
「全くお人好しなんだから…」
ダージリンとて解ってはいるのだがそれでも言いたくなるのも無理は無い。
それ程にこの三年は長く、そして極めて重いものだったいう現れなのだ。
「とにかくだ、今はラブの…私立三笠女子学園の学校紹介をしっかり見てやろう」
まほがそう言うと一同も頷く。
しかし頷いた後、そのままケイが首を捻り疑問を口にする。
「I'm not sure.でもホントどういう学校なのかしら?芸能科?歌唱部とか言ってたわよね?」
「ボーカルユニットと言ってましたね、芸能学校という事でしょうか?」
さすがにノンナまでが首を捻る。
「歌は上手かったわよね、ラブの歌うバラードで私は何度か泣かされたわ」
『えっ!?』
ナオミの意外な発言に一同驚きの声を上げるがその後にまほが思い出した様に言う。
「あれは子供の頃からだ。私達が横須賀の厳島の家に行くとラブがピアノを弾きながら歌ってくれて、私もみほもそれが一番の楽しみだったんだ」
「うん、懐かしいねお姉ちゃん」
そんな二人のやり取りにアッサムが身を乗り出して聞く。
「ラブはピアノも弾けたんですの?早速GI6のデータに付け加えないと。」
「なんだ、みんな知らなかったのか?」
アッサムの言に苦笑しつつまほが言うと皆一様に頷く。
「ラブは正真正銘のお嬢様というかお姫様なんだ、家もまあアレだけど厳島の家は凄いんだよ。お城みたいな洋館で初めて行った時は驚いたよ、何しろアイツは自室の天蓋付きのベッドで寝起きしてたんだから。」
「私もお姉ちゃんもそのベッドで一緒に寝るのがお姫様みたいで楽しみだったよね」
「ああ、そうだったなぁ」
ここまで行くと一同もう言葉が出ない。
それでも何とかアンチョビが声を絞り出して更に問う。
「アイツの家はそんなに凄かったのか…?でも厳島流って流派としては小さい方だと」
「ああ、厳島流は流派としてはほぼ身内のみで継承しているからな。でも厳島の一族は代々商才に長けていて、その財力で言ったら家なんか足元にも及ばないよ。実際世界的なグループ企業だしそういう意味でも高校ひとつ創る位は造作もない事だと思う。それとラブの家ならみんな知ってるはずだぞ、夏に横須賀で合同練習した時
『え゛ぇ゛ぇ゛~!!』
「てっきりリゾートホテルかなんかだと思ってたわ……」
カチューシャが呆然と一言呟く。
もう完全に違う世界の夢物語に一同の困惑も頂点に達していた。
「Why?でもなんでそんなお嬢様が地元の公立校だった訳?」
「あれだけ付き合いがあってまだ知らなかった事があったなんて……」
ケイの疑問とアッサムの呟きにまほは極あっさりと答える。
「横須賀じゃ臨中が昔から一番強かったし友達も多かったからだそうだ」
そんな状況を余所に遂に新設校紹介の開始を告げるアナウンスが流れ始めた。
「お、いよいよ始まるみたいだな」
そのまほの言葉に一同背筋を伸ばし正面に広がる演習展示地域に目を向けるのだった。
何やら凄い家柄ですが、まあガルパンの世界ですからね~。