戦車と聞いてあなたは一体どのような姿を思い浮かべるだろう?
ドイツ戦車の頂点ティーガーか、それとも最高傑作の呼び声も高いパンターか、あるいは数で勝負のシャーマンやドイツ戦車の優位性を突き崩しショックを与えたT-34だろうか?
その戦車は予備知識のない者が見れば何かの冗談かと思う程に、凡そ一般的な戦車からかけ離れた異形の容姿を有していた。
「ふざけんじゃないわよ!いつまでチマチマやってるつもり!?まどろっこしいのよ!」
車体のキャパシティを考えれば、余りにも不釣り合いな20口径152mmなどという化け物じみたサイズの榴弾砲を搭載されたその戦車の見た目は、一言で言えば頭でっかちで凡そ洗練という言葉からは程遠く、実用性の観点から見ても多くの問題を抱えていた。
だが152㎜の破壊力と桁外れの頑丈さを以って前線に居座り、ドイツ兵からは
巨大な砲塔上で癇癪を起して足をガシガシと踏み鳴らし、拳を振り上げ怒鳴る少女はその怪物とは対照的に驚く程に小さかった。
素で小学生と間違われる高校三年生(間もなく大学一年生)。
スーパーに買い物に行けば陳列棚の陰に隠れて見失われ、事情を知らぬ買い物客に迷子と間違われサービスカウンターに有無を言わさず連行される高校三年生。
一部ではノンナの愛玩動物か或いは付属物、歩く豆戦車やら独りどんぐり小隊など好き放題言われているミニマム高校生三年生。
ノンナにはその生態を日記形式で克明に記録され、小さくて可愛いもの好きなラブに危ない目で見られ、時としてマジで身の危険を感じる高校三年生。
そう、彼女こそがプラウダの怒れる元ちびっ子隊長カチューシャその人であった。
ダージリン発案のオペレーション・ボッシュバスター発動後、重砲部隊は数度の砲撃を試みるも観測に当たる偵察隊3号車からの結果報告は芳しいものではなかった。
作戦開始から暫くして部隊は武田菱の風林火山の襲撃を受けた結果、元々低かった命中精度は更に低下し単に無駄に弾を浪費するだけだった。
このような状況に爆竹の導火線より気の短いカチューシャが黙っているはずもなく、護衛の部隊がグダグダになったのを引き金に遂に彼女の怒りは暴発したのだ。
「もうこんな時間のムダに付き合ってらんないわ!私はもう発電所に行くわよ!」
「カチューシャあなた!?」
風林火山の襲撃に攻撃と守備の両方に対応せねばならず、ダージリンの注意力が散漫になっていた処にカチューシャの怒声が響く。
彼女も作戦自体に相当無理がある事は自覚はしていたが、作戦中敵の奇襲を受けている状況でカチューシャがまさかの作戦放棄をするとはダージリンも予想してはいなかった。
驚いたダージリンが止めようとするがカチューシャは聞く耳を持たず、操縦手に向かって進発の指示を出すとのそりと動き出したKV-2は隊列を離れ発電所目指して走り出した。
「街道上の怪物は伊達じゃないわ!止められるもんなら止めて見なさいよ!」
砲塔上で仁王立ちしていたカチューシャが振り向いて拳を振り回し声を限りに叫ぶが、こうなると最早誰が敵で誰が味方か解らなかった。
「ありゃ……?オイ…オイオイオイ!KV-2が隊列離れて……あ!オイ!何処行きやがる!?」
クロムウェルの快速を活かし、風林火山が陣地展開する重砲部隊に一気に肉薄する。
だが護衛に当たるマチルダとシャーマンとT-34/76が必要以上に殺到し、更にはメイプルにおちょくられキレ気味なケイまで
過剰なまでに分厚い壁が出来た為に風林火山が重砲部隊に手が出せなくなったのはいいが、逆に護衛の部隊も身動きが取れずマチルダとT-34/76がそれぞれ1両づつ撃破され、これでは例えカチューシャでなくとも怒って当然だろう。
カチューシャの気が短い事はラブから聞かされ知ってはいたが、まさかここまでと思わなかった真奈は、呆気に取られ走り去るKV-2の後ろ姿を見送る。
「付いて来るなら好きにすればいい!けど私はもうこんな所でウダウダやってる気はないわ!」
カチューシャが動けばノンナは無条件でそれに従うので、彼女が騎乗するIS-2もKV-2に続き隊列を離れ発電所に向かって走り出す。
「何がどうなってんだ…仲間割れか……?」
カチューシャに続きノンナが戦列を離れると指揮系統の混乱に拍車がかかり、既に止まっていたラブに対する砲撃に加え真奈達風林火山に応戦する手も止まっていた。
「……イカン!取り敢えずラブ姉に報告だ!」
予想外の事態にさすがの真奈もどう対処したらよいか直ぐに思い付かずにいたが、カチューシャに続きノンナが隊列を離れた辺りで我に返ると無線機のマイクに手を伸ばした。
「は?何だって?ゴメン真奈もう一回言ってくれる?」
カチューシャとノンナが離脱した事で、少し前から重砲部隊からの砲撃は止まったていた。
だがそれでもまだまほ達は攻撃を続行しており、AP-Girlsもラブの新曲の振り付けに合わせトリッキーな機動で回避とカウンター攻撃を繰り返していた。
そして砲戦の最中真奈からもたらされた報告に、よく聞き取れなかった上にいま一つ要領を得なかったラブは無線に向かって再度説明を求めたのだった。
「成程ね…それで砲撃が止んだか……おっけ~解った、カチューシャがキレた理由は大体察しが付くわ……カチューシャは小さくて可愛いけどチマチマした事が嫌いだからね~♪」
『小さくて可愛い……』
鮮やかなスピンターンで砲撃を躱し再装填されるまでの僅かな間に、真奈から再度受けた報告の内容からラブは凡その事態を察していた。
「多分カチューシャはそのまま発電所に行くと思うわ、如何せんカーベーたんは脚が遅いから先に行くつもりなんでしょ…これはアレね、遊んでないで私にも早く来いって事かしら……」
『カーベーたん……』
無線で状況報告を行った真奈はラブからの端々に妙なキーワードの混じる応答を、麦茶と間違えて麺つゆを飲んでしまった時のような顔で聞いていた。
「それで真奈達はこれからどうするつもりかしら?マチルダとT-34/76を撃破して戦果としては充分だと思うけど…まぁ納得はしてないわよね……いっそ私達と合流する?」
あくまでもKV-2の撃破を目標に真奈が行動しているのはラブも承知していたが、戦史に残る逸話から考えてもクロムウェルだけでは相当に高いハードルである事も彼女は解っていた。
『いや、もう少し様子を見る……少しづつ後を追う車両が出てるからな、追跡してもし隙があれば仕掛けようかと考えてんだ』
「そう?真奈の判断に任せるけど無理はしないで全車揃って戻るのよ?」
『解ってる、ヤバいと思ったら速攻ケツ捲るから大丈──』
今回のエキシビションマッチの交戦エリアが決定した段階で、ラブは役目を終え解体の決まった久里浜の火力発電所での大規模戦闘を目論んでいた。
ラブが今回試合に参加した新設校連合に唯一課した課題は、発電所での最終局面まで脱落する事なく全車が生き残る事であった。
それ故に彼女も真奈が突っ走らぬよう一言添え、真奈も忘れていないと答えかけた。
だが真奈が大丈夫と言いかけた処で、試合中は運営の判定コールか非常事態にしか使わない共用回線を通しカチューシャの怒声が轟いた。
『ラブ!聴こえてんでしょ!?何時迄ウダウダやってる気!サッサと発電所に来なさいよ!』
それは通常の練習試合や公式戦ではあり得ない、云わば禁じ手とも言える行為であった。
ダージリンのザルな作戦にに付き合いきれなくなったカチューシャは、試合中にも拘わらず無線の共用回線を使用しラブに対し挑戦状を叩き付ける暴挙に出たのだ。
これにはさすがのラブも驚いて指示を出す手を止め、呆気に取られた顔でそれまで砲弾が飛来して来ていた方角の空を見上げていた。
そしてそれはラブだけに限った事ではなく、まほ達も唖然として攻撃の手を止めていたのだった。
「え~っと……」
暫しの沈黙の後漸く事態が呑み込めたラブであったが、気が付けば砲声も止み全てが静止し、説明を求めるAP-Girlsのメンバー達の死んだような視線が彼女に集中していた。
「……だって」
何と答えたものか返答に窮したラブはへにょっと眉を下げ困ったように笑うと、自らのヘッドホンを指差し短くそう答えるのがやっとだった。
『あ~ラブ姉…取り敢えずコッチはKV-2追うけどな……ただこんな状況だ、何がどうなるかさっぱり解らねぇから成り行き次第で好きにやらせてもらうわ』
「あ……ちょっと真奈!さっきも言ったけど無理しちゃダメよ!」
『
刺さる視線と漂う微妙な空気に何とも居心地の悪い思いをしていたラブの耳に、彼女より一足早く復活した真奈から先程の報告の続きが届いた。
だがその内容は完全に行き当たりばったりなシロモノで、我に返ったラブも改めて注意喚起を行ったが返って来た返事は真奈らしい荒っぽいものだった。
「な~んか真奈と話してると夏妃を相手にしてるような気になるのよねぇ……」
凛々子曰くガサツな野蛮女である夏妃と似たタイプで何かと気が合う真奈に対し、ラブは何処かぼんやりとした様子でそんな事を呟くのだった。
「う~ん…それはともかくボチボチそんな頃合いか……」
しかしそこはラブの事、いつまでもそのままという訳もなく、チラリと時計に目をやり状況開始からの経過時間を確認するとAP-Girls同様死んだ目をしているまほ達に視線を移した。
「ま、そうなるわな……」
ラブとてまさかこの場面でカチューシャが癇癪を起すとは露程も思わなかったので、疲れた顔で風にツインテを揺らすアンチョビと砲塔に突っ伏すまほの心情が手に取るように解るのだった。
「ちょっとのんびりし過ぎたかしら……?」
別に示し合わせた訳ではないがパーペチュアルとクワイエット、更にエニグマの三校はそれぞれの作戦終了後展開したエリアが近かった事もあり合流して昼食を取っていた。
周囲を警戒しつつ無線交信の内容で戦況も確認していた晶は、突然のカチューシャの暴走による急激な状況の変化にサンドイッチを口に運ぶ手を止めたのだった。
「試合にイレギュラーは付き物だからこの程度の事は許容範囲よ」
「そうそう、これ位どうって事ないわよ~」
「いいのかなぁ……」
晶の呟きに黙々とサンドイッチの消費に努めていたカレンが表情一つ変えずに素っ気なく答えれば、彼女とは対照的に世にも幸せそうな顔でサンドイッチにかぶり付いていたメイプルも無責任な調子でそれに同調していた。
「まぁ確かにこの後予定していた計画は変更になるけど、それだって発電所でいくらでも試すチャンスはあるわ…試合自体が終わってしまった訳じゃないもの……そうでしょう?」
「それはそうかもしれないけど……」
カレンの言う事も尤もだとは思うが、晶としては試合中にここまで大っぴらに休憩を取るのは初めての経験なので、戸惑いと一種の後ろめたさのようなものを隠せなかった。
「あれ~?晶もしかしてラブ姉の援護に行かなきゃとか考えてる~?」
「それはない」
呑気にサンドイッチをパクついていたメイプルが口籠る晶の様子に、不意に悪戯を思い付いたような表情で揶揄い口調で茶々を入れた。
しかしメイプルが面白そうに晶の顔を覗き込んだ途端、彼女は即答でそれを否定していた。
ラブに憧れその戦い方をコピーした晶だったが、その彼女から見ても尚ラブの強さはデタラメ域に達していたのでこの程度では支援など全く必要ないと思っていたのだ。
そしてそれは茶々を入れたメイプルを始め、新設校連合全員の共通認識でもあった。
「ま~あの人怪獣だからねぇ……色々とさ~」
「およしなさい……」
普通の高校生と比較すれば充分にご立派なサイズのたわわに両手を添え、上下にユサユサして見せるメイプルを窘めるカレンだったがその頬は微妙に赤く染まっていた。
「何言ってんのよ……ん?履帯音!?」
カレン同様お気楽なメイプルに呆れていた晶だったが、その耳が微かながらも接近する戦車の走行音を捉えるとその表情を鋭いものに一変させていた。
だが彼女は直ぐに履帯音の主の正体に気付くと、その表情を和らげていた。
「随分と苦戦させられたみたいね…処でアーニャ達はもうお昼は食べた……」
「あなた達こんな所にいたのね……えぇ…本当にしつこかったわ……って晶、どうかした?」
海軍工作学校跡の碑文が片隅にある小さな公園で休憩を取る晶達の下に現れた戦車達は、アーニャの10TPを始めとするフサリアの戦車であった。
現れたアーニャがリゼのクルセイダーに執拗に追い回された労を労うように声を掛けた晶であったが、10TPの状態を見るなり言葉が途切れその様子にアーニャも怪訝そうな顔をしていた。
「…私クリスティー式が装輪走行するの初めて見たわ……」
「あぁ、そういう事……市街地戦なら装輪走行でも何の不都合もないからね、今日はもうこのまま行く事に決めたのよ」
両の履帯を回収し修復と再度装着する手間とそのメリットを天秤にかけたアーニャは、装輪走行で行けると判断し昼食後もそのまま活動を再開していたのだった。
「けどちょっと当てが外れたわね…もうちょっと色々試したかったわ……」
彼女もまたカチューシャの暴走で予定の変更を余儀なくされ、これからどうしたものかと途方に暮れる一人だったのだ。
「なんかもうなし崩しだけど発電所に向かうしかなさそうね……」
『…そうね……』
晶の諦め混じりの呟きに何か策はないかと思案するも、結局は他に何も思い付く事が出来ず一同力なく賛同する事しか出来なかった。
「さて、いつまでもこのままって訳には行かないしねぇ…もうちょっとあの子達の好きにさせたかったけど、こうなるともう私達も発電所に行くしかないか……」
恐らくはダージリン相手だろう無線に向かって肩を怒らせ怒鳴るアンチョビの姿に、これ以上この状況でやり合っても何も得るものがないと判断したラブは、自らが決戦の地と定めた発電所に向かう事に腹を決めたようであった。
「で~?私はどっちに舵を切ればいいのかな?目の前は見ての通り
カチューシャの暴走でグダグダなまほ達を横目に、方針の転換を迫られたラブがブツブツと呟きながら今後の策を練っていると、操縦席をリフトさせハッチから顔を出した香子がまほ達を指差し早く支持を出せと言わんばかりにラブの事を見上げていた。
「どっちってに舵ってそりゃ……そっか、せっかくだからドライブしよっか♪」
「ドライブ?」
「そ、ドライブよ♪香子、反転して佐原の交差点を左折して岩戸経由で野比海岸に出るよ」
厳しいラブの指導を受け試合会場となるエリアの地図は暗記出来るようになっている香子は、頭の中に地図を展開しラブの指定したコースを確認していた。
「野比海岸ねぇ……」
「どうせ発電所行くしか選択肢がないなら眺めの良い道通った方がいいでしょ?」
『眺めの良さは試合に関係ないけどね……』
そう思いはしてもラブには言うだけ無駄な事が解っているので、香子はそれを言葉にする事なくラブの指示に従い転進すべく操縦桿を握り直すのだった。
「フム…それじゃやるとしますか……」
ラブが改めてまほ達の様子を窺えば、アンチョビは今も無線越しにダージリンと何やらやり合っている最中で、その様はまるでラブの存在など忘れているようにも見えた。
「しょうがないなぁ…ヨシ……!」
やる事なす事上手く行かずやさぐれているであろうダージリン相手にイラついているアンチョビに苦笑しつつ、ラブはその美しい唇に右手の親指と人差し指で輪を作り添えると、周囲に響くよう高らかに指笛を鳴らすのだった。
その鋭い音はすっかり彼女の存在を忘れていた者達の耳に届いたらしく、無線に向かっていたアンチョビは勿論漸く我に返ったまほを始め前衛部隊全員の目がラブに集まっていた。
「やっと気づいたか…まぁいいわ……」
『あ……』とでも表現するのがピッタリなボケ面を晒すまほ達に向け溜息交じりに呟いたラブは、それ以上は何も言わず挑発的な笑みを作ると無言で右手の指をクイクイと折り曲げ、黙って付いて来いとアピールすると香子に指示を出しLove Gunを発進させたのだった。
カチューシャの暴走に端を発し試合は大きなターニングポイントを迎えたが、漂う空気のグダグダ感は如何ともし難かった。
「ま、この面子だしね……」
チラリと背後を見やりラブは肩を竦めたが、AP-Girlsからすればラブは立派にそのお仲間であり、それこそまさに『お前が言うな』だった。
今回の冒頭のカチューシャネタは、
話を作り始めた比較的初期の段階で思い付いてましたw
次回からはいよいよ戦闘も最終局面に突入です。
けどまたきっと酷い事になるんだろうなぁww