「何かやたら厳重にパッキングされていると思ったらこういう事だったのか……」
「まあ相手は聖グロですから不思議はありませんが……」
黒森峰とプラウダから出向しリゼのクルセイダーに同乗していた二人は、小さな折り畳みのテーブルの上に広げられたティーセットを前に何やら小声で囁き合っていた。
アーニャの10TPと馬上試合もかくやという壮絶な一騎打ちを演じたリゼのクルセイダーは、僅差で先に白旗を獲りはしたが、自車もまた直後に白旗を揚げ勝負の結果は実質相打ちであった。
走行不能の判定を受けた後車長を務めた黒森峰の隊員は、最後の職務として白旗を揚げた後僅かに許された時間内で総大将であるまほにその旨無線で報告を行った。
その後はリゼの指示で狭いクルセイダーの車内に固定された幾つかの荷物を紐解くと、過剰な梱包の中からは本格的なティーセット一式が現れ、聖グロの紅茶に対する只事ではない執念を二人は目の当たりにしたのだった。
「さて、それでは迎えが来るまでの間お茶でも頂いて一息付くと致しましょう」
「それはいいんだがまだ試合中だぞ?」
「ここは幸い敷地の外れですし主戦場になる事もありませんわ」
「いえ、そういう事を言っているのではなくてですね……」
黒森峰とプラウダの二人が何を言っても糠に釘で、何を言われてもどこ吹く風なリゼは慣れた手付きで着々と紅茶を淹れる準備を整えて行く。
「変わった形の薬缶ですね……」
「あぁ、こんな薬缶は初めてみたよ……」
どう見てもアウトドアで使用するコンパクトなバーナーで湯を沸かし始めたリズだったが、彼女がバーナーの上に乗せた雪だるまのような見た目の二段重ねの薬缶に二人は顔を見合わせる。
「これはチャイダンルックといってトルコ原産のリゼを楽しむのに欠かせませんのよ?」
「トルコ…リゼ……?」
「お二人共?私のティーネームは?」
「え…あ……そうでしたね」
直ぐに話が飲み込めぬ二人に向けて、リゼが自分の顔を指差した後に芝居ががった仕草で腰の両側に手を当て胸を反らすと、漸く合点が行ったのか再び顔を見合わせ確認するように目配せを交わす。
「私はこういう物に詳しくないんだが結構良い品のような気がするんだが……?」
「確かに…これはブロンズ製でしょうか……?」
二人がしげしげと覗き込むチャイダンルックと呼ばれる薬缶は、表面には凝った意匠のレリーフが施され素人目にも高価な物に見えた。
「あら?お二人共中々の目利きでいらっしゃるのね。これは鎌倉の実家のおばあ様が、私がリゼのティーネームを拝命した際に記念にと贈って下さった物ですのよ?」
「鎌倉……」
「おばあ様……」
思いがけぬ話の内容とキーワードに二人は三度顔を見合わせると、急速にその距離を詰め声を潜めてヒソヒソと密談を始めた。
『リゼってもしかして結構なお嬢様なのか……?』
『さあ…戦車に乗っている時の言動からはとてもそうとは思えませんが……ですが今お茶を淹れる立ち居振る舞いは私の知る限りでも相当洗練されているように見えますね……』
あれだけのドタバタを演じたリゼが今はまるで別人のように優雅な所作で紅茶を淹れる準備をしており、二人は奇異の視線を彼女に向けるが当のリゼはそれに気付いた様子もなく、機嫌よくお茶会の準備を進めていた。
「さ、これでいいですわ……ホラ!そこのあなた達もこっちにいらっしゃい!あれだけハードに戦えば小腹も空いてるでしょうし、汗が引いて身体も冷えて来た頃合いでしょう?迎えが来るまで時間がありますから一緒にお茶を飲みましょう」
準備万端整うなりリゼは少し離れた場所で力尽き擱座した10TPの上に座り込み、所在なさげに迎えを待っていたアーニャ達に声を掛けながら手招きをした。
「え?私達…ですか……?」
「他に誰がいますの?折角のお茶が冷めてしまいますから早くいらっしゃい、この通りお茶菓子もたっぷりありますから遠慮は無用ですわよ?」
「はぁ……」
リゼが指差す折り畳みのテーブルの上には、確かに彼女が言うようにかなりの量の焼き菓子などが並べられており、初めての体験に目を白黒させるアーニャ達は戸惑いながら招きに応じていた。
「美味しい……」
湯気を立てるティーカップを傾け深みのある赤褐色の液体を口に含んだアーニャは、鼻に抜ける香りと疲れた体に心地良い甘みに思わずホッと息を吐いた。
「それは良かったですわ、甘さは自分の好みに合わせて構いませんからね」
「あ…ハイ、大丈夫です……」
試合中のムチャクチャな操縦ぶりからは想像も付かぬリゼの優雅な振舞いと、落ち着きのある笑みに戸惑うアーニャの頬には微かに赤みが差している。
「ふふふ♪お腹も空いてるでしょ?お菓子も召し上がれ、私のお勧めはやっぱりこれかしら?」
そう言うリゼが皆に進めたのはティーパーティーには少し不釣り合いにも思える、やや大振りな鳥の形をした焼き菓子であった。
「これは……?」
「鳩…でしょうか……?」
それぞれ焼き菓子を手にした出向組の二人が顔を見合わせると、待ってましたとばかりにリゼは焼き菓子の説明を始めるのだった。
「これは私の地元鎌倉で昔から人気のサブレで、私も子供の頃から大好きでしたわ……尤も小さな頃は中々一枚食べ切る事が出来なかったんですけどね」
「確かにこれは食べ応えがあるな」
「でも素朴な優しい味ですね、紅茶にも良く合います」
それぞれがサブレを口に運んでは紅茶で喉を潤す姿にリゼも満足気に頷き、紅茶を飲み干した者にはお替りを注いでやるが、やはりその所作は洗練され育ちの良さを窺わせるものであった。
「──日本産の紅茶があるのか…それは知らなかった……」
「ええ、尤もその当時は環境が適さず日本からトルコに渡ったお茶の種は上手く育たなかったんですけどね…その後植物学者が研究を重ねトルコ北東部が茶の栽培に最適である事が解ったそうです。ただ残念ながらそこで栽培される事になったのは、日本産ではなくロシア産の種に変わってしまいましたが……」
「成程、そしてその栽培地の地名のリゼがそのまま茶葉の名になったという事ですか」
「はい、そしてそのリゼという地名が私のティーネームの由来になっている訳です」
紅茶を給仕する合間、茶飲み話として自らのティーネームの元となったリゼという茶葉にまつわる話を、彼女は掻い摘んで分かり易く説明していた。
それを聞いた者達は皆一様に感心したように頷き、感慨深げな表情でティーカップを傾けた。
「私も日本産の紅茶があるとは知りませんでした……」
「明治の頃、重要な輸出品目にすべく時の政府がテコ入れもしたようですわ……往時程ではないのかもしれませんが、静岡の丸子を始め各地で今も国産紅茶の生産は続いていますよ」
暖かい紅茶とリゼの人を飽きさせない巧みな話術に、つい先程まで戦車に乗り戦う事で高揚していた気持ちも静まり、アーニャは素直に思った事を口にしていた。
そしてリゼもそんなアーニャの呟きに補足するように説明を加え、彼女の紅茶に対する造詣の深さに皆関心する事頻りであった。
「それにしても……」
「ん?」
「どうしました?」
「あぁ、いえね…引退して卒業を待つ身の私達が、この時期にこれだけ規模の大きい試合に出られるとは思いもしませんでしたから……
既に卒業まで秒読み段階な彼女達にとって残る試合はといえば、卒業式前後に行われる後輩達主催の追い出し試合位なもので、今回のような事は異例中の異例な事であった。
「そういう事でしたか…そもそも今回の試合の発端は確か……?」
「あ~うん、私もあまり深く聞いた訳じゃないけど、ウチの
『まほちゃん……』
ここまで黒森峰を率いて来た西住流の次代の頭首をまほちゃん呼ばわりするのを、実態を知らぬアーニャは面喰った様子で聞いていた。
しかし強豪校に身を置くだけあって付き合いも長い三年生達は、特に動じる事もなく普通に会話を続けている。
「楽しんでますね……」
「今更何言ってんのよ?そっちのちびっ子隊長だって似たような扱いでしょ?」
「それはまぁ……」
「その点
『
話の流れに乗ったリゼが何かを言いかけると、それを遮り出向組の二人が計ったようなタイミングで声を揃えダージリンをディスる。
だがそれを聞いたリゼも目が笑っている辺りは、初めからそれを狙っての事なのだろう。
例え隊長といえどもそれは戦車道という枠の中に限った事であり、そこを離れてしまえば同じ三年生でしかなく、増して現役を引退してしまえば一層そういった関係性は希薄になって行く。
「ま、私の場合まほとはクラスも同じだし、中等部処か小学校から一緒だったからね……そもそもが私も西住流の道場に通って戦車道を始めたから、子供の頃からしほ先生の指導を受けてた分当然彼女の事もよく知ってるって訳よ」
「そうでしたか、ではいずれは道場の方へ?」
「いや、地元へ戻れば私みたいな通いの門下生はそれこそごまんといるからね。だって同期の隊員には所謂ご近所さんが結構な人数揃ってるわよ?それが全員西住の看板背負うとかそれこそ有り得ないって……いずれにしたってそんなのは大学を出てからの話で、私も一応はプロでやってみたいとは思ってるしね~」
卒業を控えた三人の話は、いつの間にか高校卒業後処か大学を卒業してからの事にまで及んでいて、まだ高校一年生のアーニャにとって遥か未来の話にしか思えなかった。
「大学…プロ……」
このまま戦車道を続ければいずれは見えて来る道かもしれないが、新設校の一年生隊長として今日まで奔走しラブのこじ開けた全国大会へ向けて豆戦車のみで突き進まんとする彼女には、やはりまだそこまで考える余裕などありはしなかった。
「あら御免なさい、まだあなた達には先の話ですもの、ピンと来ませんわよね」
口元に手を当て難しい顔で考え込んでしまったアーニャの様子に気付いたリゼが、つい自分達の話に夢中になってしまった事を詫びる。
リゼは余程しっかりと躾けられたのか相当に気配りが上手であり、その穏やかな物腰と相まって増々育ちの良いお嬢様なのではと疑問を抱かせるのだった。
『ウ~ム…この極自然なお嬢様然とした振舞い……もしかしてマジもんでお嬢様なのだろうか?だが戦車に乗っている時とのギャップがな……ダメだ、増々解らん』
『リゼは戦車に乗ると人が変わるタイプなのかもしれません……』
アーニャ相手に優しい先輩ぶりを発揮するリゼの姿に、二人は果たしてどちらが彼女本来の姿であるか解らなくなりヒソヒソするのだった。
しかしリゼはそんな二人を他所に、アーニャ達の為にお替りの紅茶を注いだ。
「それにしてもアーニャさん、あなたは中々に見処がありますわ。さすが新設校で初代の隊長を任されるだけの事はありますわね……そうですわ、アーニャさん。あなた高校を卒業したら私達が進学する大学にいらっしゃらない?あなたなら即戦力として直ぐに一軍入り出来ると思いますわ」
「ハイ……?」
アーニャのティーカップに紅茶を注ぎながら唐突にリゼが放った言葉の意味が飲み込めず、アーニャは頭の上に特大サイズのクエスチョンマークを浮かべていた。
「コラコラちょっと待て!」
「そうですよ、話が唐突過ぎてアーニャさんも困っているではないですか」
リゼのギャップの激しさに、果たしてどちらが本当の彼女なのかヒソヒソやっていた二人は、まだ高校一年生のアーニャを自分の進学先にスカウトし始めたリゼを、何を言い出すのかと面喰った顔で諫め始めた。
「あら?お二人共何を仰るの?将来性のある後輩に進むべき道を示してやるのは、先に立つ者の大事な責務ですわよ?」
紅茶を給仕する手を止める事なく二人に反論するリゼの表情は真面目であり、その様子から本人が至って本気で言っている事が誰の目にもよく解った。
「あのなリゼ…そういうのは実際大学に行ってからの話で私らはまだ高校を卒業してすらいないんだぞ?それにさっきと言ってる事が矛盾しているのに自分で気付いてないだろ?」
「そうですよ、それこそ捕らぬ狸のなんとやらではないですか……大体私達だって大学入学後に即一軍の座を掴めるかどうかなんて解らないんですよ?」
先走りも甚だしいリゼにすっかり呆れ気味な二人が更に彼女を諫めにかかるが、逆にリゼは二人以上に呆れた表情を浮かべると胸を反らし、まるで決定事項でも告げるように言い放つのだった。
「まぁ!お二人共寝言は寝てからにして下さいまし。私達の実力を以ってすれば、入学して即一軍入りは間違いなしですわ!」
ともすれば傲慢且つ身の程知らずな発言と取られ兼ねないものだったが、三人共高校入学以降今日まで只の一度も一軍の座を他者に譲った事はなく、進学する大学にも推薦の特待生枠での入学なので彼女が豪語するだけの実力は有していたのだ。
「あの…お話の様子からすると皆さんの進学先はもしかして……?」
「あらあら、またまたうっかりしていましたわ、一番肝心な事をお話ししていませんでしたね。そう、私達三人は同じ大学への進学が決まっていますのよ」
実は今回のエキシビションマッチへの参戦に当たり、この三人のクルセイダー2号車への配置が決まった背景にはその辺の事情が関係していたのだった。
「お~い、頼むから入学早々に目を付けられるような言動はくれぐれも慎んでくれよな……」
「言うだけ無駄な気もしますが……」
「随分と失礼な言われようですわね…ですがこの三人が組めば怖いモノなしな気が致しますわ……私たちの進学する大学にクルセイダーはあったかしら……?」
『それだけはご勘弁を……』
何処までもフリーダムに突っ走るリゼの妄想に二人は疲れた様子で肩を落とし、アーニャ達一年生はポカンとした顔で三人のやり取りを傍観するだけであった。
「あ…あの突撃ラッパは……」
リゼの
「どうせまたラブが
「またそんな言い方を……」
Love Gunに搭載された外付けスピーカーが奏でる騎兵隊の突撃ラッパは、ラブが生真面目なまほをおちょくる際に多用する云わば定番のアイテムであった。
中学までは地元でという希望で黒森峰に中等部から進学しなかったラブであったが、寂しさの隠せないまほはラブの通う臨海中学相手に練習試合や合同練習を頻繁に行っていた。
故に中等部から黒森峰に籍を置く者達にとっては、この騎兵隊の突撃ラッパの旋律は非常に馴染み深いものであったのだ。
「…でもそれも今日が最後ですわね……そしてそれは私達も同じ事……」
苦笑する出向組の二人に続き感情を押さえてリゼが洩らした呟きに、二人は即座にその言葉の意味する処に気付いて真面目な表情となった。
彼女の言葉の意味を直ぐには理解出来なかったアーニャ達であったが、ひと呼吸置いてリゼが何を言っているかに気付くとハッとして神妙な面持ちになっていた。
「
それまでの優雅なお嬢様の雰囲気とは一転リゼの顔に悲し気な影が差すと、その影にアーニャ達一年生は去り行くリゼ達と残されるラブの悲哀の一端を垣間見たのだった。
「こんな事を私達が言うのはおこがましい事なのは解っています…そしてあなた達にこんなお願いをするのが筋違いである事も……ですがそれでもあなた達に
「はい、解っています」
「え……」
近しい者達だけでないラブを知る同期の者達全ての想いを代弁するようなリゼであったが、その辛そうな表情にアーニャは皆まで言わせる事なく彼女の気持ちに応えていた。
「確かにお身内の方々や皆さんの代わりがそう簡単に務まらない事は解っています。ですがそれでも私達新設校連合全員でラブ姉を支え、いつか必ず皆さんの背中に追い付くよう努力するのでどうかご安心下さい」
「アーニャさんあなた……」
猛禽を思わせる鋭くも澄んだ瞳に真摯な光が宿り、リゼが瞳を潤ませアーニャをそっと抱き締めれば出向組の二人もまたその光景に目尻に光る物を拭う。
本人の知らぬ処で彼女を慕う者達が心を通わせ新たな絆が育まれるが、それもまたラブがこれまで一切見返りを求める事なく自分の持てる全てを振り撒いて来た結果であった。
彼女達がいれば大丈夫、卒業を控えた三人は目の前の若い猛禽の真っ直ぐな瞳に何の疑いもなくそう確信し、自分達も何の憂いもなく巣立てると安堵するのだった。
「ちょっと!私の出番がまたないんだけど!?」
前書きで述べた通り今回は戦闘は一休みですが、
話の中には幾つかの伏線が蒔かれています。
それが何なのかは言いませんが直ぐバレそうな気もw