陥落間際のベルリンもかくやという程破壊され尽くした発電所跡地の其処此処で、国籍もクラスもバラバラな戦車達が黒煙を上げながら力なく擱座している。
ラブ率いるAP-Girlsが新設校リーグ戦を制した記念に開催された異色のエキシビションマッチも、いよいよ大詰めを迎えようとしていた。
新設校連合と三年生連合は激戦の末にその戦力の半数近くを失い、残存する戦力も損耗著しく活動限界に達しつつあった。
そしてそれは戦車だけに限った事ではなく、それを操る選手達もまた疲労し、煤に塗れた額に滲む汗をパンツァージャケットの袖で拭ったり肩で息をする者なども多く、試合は終盤の最も苦しい時間帯に突入していた。
だがそんな地獄の一丁目の只中に、凡そその場にそぐわぬ間抜けなラッパの音が鳴り響いている。
更にはそラッパの音が轟く度に怒号とも悲鳴ともつかぬ声がその後を追い、今や発電所跡地はシュールなカオスになり果てていた。
近しい者達の間で認めないのは本人だけと言われる目立ちたがりなラブが、挑発のみならず自己の存在を誇示する際に多用する騎兵隊の突撃ラッパは、彼女との戦闘経験がある者達にとってはある意味Love Gun以上に頭の痛い存在であった。
その突撃ラッパも高らかに彼女のコスプレをする晶とAP-Girlsを引き連れたラブは、やりたい方だとはこの事かという勢いで暴れ回り誰にも手が付けられなかった。
『やられちゃった~、ゴメンね~』
相変わらず微塵も申し訳なさが感じられない屈託のなさでナカジマが、無線に向かいレオポンが走行不能となり白旗判定を受けた事を総大将のまほに報告している。
まほやアンチョビと行動を共にしていたレオポンチームだったが、自分達までラブのターゲットにされるとは思っていなかったらしく、気が付けばいつの間にか彼女が仕掛けたトラップに引っ掛かっていたのだった。
巧妙且つ自然に逃げ足を調整するLove Gunを追えると錯覚させられたレオポンチームは、奥の手の音速の貴公子で一気にその距離を詰めたまでは良かったが、彼女達が追ったのは一瞬の隙を突いて入れ替わった晶のパンターであった。
しかしそれに気付く前に後ろを取られたレオポンは、Love Gunに一撃で機関部を粉砕されあえなく討ち取られてしまったのだ。
「あぁクソ!してやられた!」
亜美の撃破判定コールとナカジマからの報告を耳にしたアンチョビは、策の一つとして温存していたレオポンのダッシュ力を潰されてしまい、当てが外れた彼女は苦虫顔で忌々し気に砲塔の装甲を拳で叩いていた。
試合開始前の下馬評ではいくらラブとAP-Girlsが桁外れの強さを誇るとはいえ、新設校の一年生だけでは一癖も二癖もあり海千山千な強豪の三年生相手はさすがに厳しいであろう、という意見が大半であった。
だが蓋を開けてみれば試合のイニシアチブは常にラブの手中にあり、互角と表現するのも躊躇われる下馬評とは真逆の展開で、新設校連合に三年生連合が翻弄され続けていたのだ。
ラブが手を回し新設校と戦う上で参考になりそうな情報を秘匿した事もあり、相当やり難い試合になりそうだと予測していたアンチョビも、まさかここ迄とは考えていなかったのか危機的な状況に焦りの色を隠せずにいた。
何しろダージリンとカチューシャが討ち取られた上に、暴走中のサンダースコンビは全く当てにならず、残存戦力を束ねたノンナは生き残っているエニグマのヤークトパンターや未だ全車健在な風林火山に行く手を阻まれており、組織的な戦闘など期待出来ないとなれば仕方のない事だろう。
「今はとにかくラブとエニグマの隊長をどうにかせんと話にならん、西住のヤツもおちょくられ過ぎて冷静な判断なんざ期待出来ん状態だからな……」
レオポンを討ち取り一旦距離を取ったラブ達であったが、それで一安心など出来るはずもなく打開策の見出せないアンチョビは独り爪を噛むのだった。
「残弾3発か……」
執拗に絡んで来るナオミを鬱陶しく思いながらも中々彼女を退ける事が出来ず、追われるように徐々に部隊から孤立して行ったパーペチュアルの隊長のカレンは、途中からナオミのファイアフライを消耗させるべく意図的に撃ち易くなるように立ち回っていた。
しかし自身の駆るファイアフライの徹甲弾の残弾が3発となると、さすがにナオミ相手にそんな手を使うのも限界だった。
「さすがにこれ以上は厳しいか…潮時ね……」
ここまでは致命弾は全て回避するも度重なる被弾による車体へのダメージの蓄積は無視の出来ないもので、カレンのファイアフライは満身創痍で最早戦闘力も殆ど残ってはいなかった。
「あわよくばとも思ったけれどやはりこういった場面では経験値の差が出るか…さすが全国大会常連ってトコね……けどこちらも経験値をそれなり稼げたから収支はギリギリでプラスかな……?」
特に何かしがらみのある相手ではないのでカレンは至ってドライに状況を分析していたが、もう一方の当事者であるナオミは少々事情が異なっていた。
ファイアフライ同士で対戦してみたいと一方的に突っかかって行ったナオミであったが、彼女も相手にここまで粘られるとは思ってもみなかったのだ。
彼女とて端から舐めてかかった訳ではなかったが、やはり新設校の一年生が相手という事で何処かに慢心があったのだろう、それが結果的にこの状況を招いていたのだ。
ナオミも強敵相手に手応えを感じながらも、同時に一年生相手に勝ち切れない事に相当な苛立ちを覚えそれが態度にも表れていた。
だが彼女が何よりも腹を立てていたのは己が体たらくに対してあったが、その腹立ちを上手く自己処理する事が出来ず彼女のメンタルはちょっとしたイライラの悪循環を起こしていたのだ。
しかしそれでもスナイパーとしての高い資質を持ち合わせているナオミは、この勝負の勝者が自分ではない事も直感的に理解していた。
「も~何なの~?マジしつこい~」
高校生にしては中々にけしからん容姿に加えその裏表のない陽気な性格も相まり、オープン且つフレンドリーな校風で鳴らすサンダースで隊長を務めて来たケイは、同校を象徴するような存在として内外で高い人気を誇って来た。
だが戦車道における彼女のスタイルはその派手な背景とは真逆に、正々堂々フェアプレイを貫くどちらかと言えばやや古風で正統派なものであった。
そんな彼女の性格を知ってか知らずか、事前にラブにレクチャーを受けたかは定かではないが、メイプルは的確にケイのツボを突く挑発を繰り返していた。
そしてその挑発は見事に功を奏しケイから冷静さを奪い取ると、メイプルは以降優位に事を運びケイの手駒を削る事に成功していたのだった。
但しその挑発の上手さが災いしたのか或いは彼女が調子に乗り過ぎたのかは定かではないが、怒髪天を突いたケイにメイプルはその後延々と付け狙われる結果を招いていた。
「ちょっとどうすんのよ~?もう徹甲弾残ってないよ~」
鬼の形相で自分を付け狙うケイにぶ~たれるメイプルに、たった今カウンターで撃ち返した徹甲弾が最後の1発である事を装填手が告げる。
「どうするって聞くまでもないでしょ~?」
「あ、開き直った」
「別に開き直ってないわよ、榴弾は何発残ってるって?」
「2発」
「焼け石に水ね~」
「ついでに燃料の方もあまり残ってないよ」
「……」
右に左に逃げ回る指示を出す合間に器用に肩を竦めて見せるメイプルだが、その表情に危機感はまるで感じられず車内の空気も彼女同様緩いままだった。
「まぁ試したい事は粗方試せたし戦果も上げた……何より
カナダ文化を取り入れたクワイエットレボリューションで初代隊長を任されるメイプルは、自分達の使用するベアとグリズリーがコピー戦車と揶揄される事を快く思っていなかったらしく、この一戦でサンダースを手玉に取った事で大分溜飲を下げていたようだった。
「でも私このまま終わるつもりもないのよね……榴弾が2発?もう一泡吹かせるにはそれで充分よ」
一見して虫も殺さぬようなゆるふわ女子高生なメイプルだが、その実態は癖のある隊員達を束ねるしたたかで狡猾な戦車乗りであった。
「ナオミ!」
『お前まだカタを付けてなかったのか!?』
「そっちこそ!」
それぞれがターゲットを仕留めようと躍起になって追い回す最中、ケイとナオミは偶然にも発電所のど真ん中ですれ違っていた。
「Hey!これ以上一年生相手に手こずるのはマジで恥晒しよ!?」
『言える立場かよ!』
すれ違った直後互いにまだケリを付けていない事に驚きなじり合いを始め掛けた二人だったが、カレンとメイプルが即座にタッグを組んで反転攻勢に出た事でギリギリそれを踏み止まっていた。
そして二人も急ぎ態勢を整えると、カレンとメイプルを迎え撃つべく身構えるのであった。
だがこの時二人はまだ気付いていなかったが、カレンとメイプルにとってはこれが実質最後の攻撃であり、後の事など考える必要がない程燃料弾薬共に残ってはいなかった。
「そう…残弾数は似たようなものね……それにしてもしつこくて本当に嫌になるわ……」
「マジ何なのあの人達?ラブ姉に聞いたのと全然違わない?」
あまり感情を表に出さないタイプのカレンが珍しく溜息交じりに愚痴を零すと、メイプルもいつもと変わらぬ調子ながらもそれに同意している。
経験値を稼げたのはいいが、執念深く自分達を付け狙うケイとナオミに、カレンとメイプルの二人もいい加減嫌気が差していたようだ。
しかし燃料と弾薬が底を突きかけている二人は、それもこれで終わりとばかりに最後の特攻を試みようとしていたのだ。
特に燃料が残り少ないメイプルのグリズリーは、先程からガス欠症状が出始め時折エンジンが咳き込み始めていた。
「いよいよ燃料が限界だから先行くね~、こっちに残ってるのは榴弾だけだし目晦まし仕掛けるから後は宜しく~」
後のない状況にも拘わらずメイプルの口調には緊張感など欠片も感じられないが、余程燃料に余裕がないのかメイプルは言うだけ言うと返事も待たずに突撃を開始していた。
「あれは途中で止まりそうね…でもこちらも言えた状況じゃないのは一緒か……」
ナオミ相手に燃料と弾薬を相当量消費していたカレンのファイアフライも限界が近く、その姿はどこか死期を悟った巨象を想起させるものがあった。
「来る!ナオミ!?」
「あぁ解ってる、あれは本気だ……」
真正面からメイプルのグリズリーが小細工なしの一直線で突撃し、それを盾にしてカレンのファイアフライも追走する。
その様子から両車共に後の事など一切考えていないのを直感的に感じ取ったケイとナオミは、それが最後の特攻であると気付き緊張した面持ちで身構えた。
「やっぱりシャーマンよりフットワークが良い……」
履帯の変更を始め幾つか独自の改良を施されたグリズリーは、僅かながらもケイの体が覚えているシャーマンの機動性を上回るらしく、彼女は覿面苦虫顔になっていた。
「何を今更!来るぞ!」
ケイに怒鳴り返しながら照準を覗き込んだナオミも、グリズリーを盾にされファイアフライを直接狙う事が出来ず思わず舌打ちをするのだった。
「チッ!平気で味方を盾にしやがる!コイツ等ホントに一年生かよ!?おいケイ!早くあのカナディアンシャーマンを何とかしろ!」
どうしてもファイアフライを仕留めたいという我欲を押さえられないナオミは、つい盾となるメイプルのグリズリーの排除をケイに押し付けてしまう。
そしてケイもまた散々おちょくってくれたメイプルを、自らの手でやり込めたいという欲求を抑え切れずナオミの要求に従ってしまった。
だがこのケースでは高火力なファイアフライが盾の排除の任に当たるのが筋であったが、困った事にこの時二人はその辺の判断を誤る程頭に血を上らせていたのだった。
盾となるグリズリーが榴弾を放った後そのまま体当たりを敢行、そこにカレンが17ポンドを撃ち込めばケイとナオミもまず只では済まないだろう。
二人の判断の誤りはそのリスクを大きく跳ね上げるものであったが、幸か不幸かメイプルのグリズリーにはこの作戦を成功させるには燃料が僅かに足りなかった。
「撃てぇ!」
最も効果のあるタイミングで目晦まし替わりの榴弾を放ちケイとナオミの視界を奪ったメイプルは、そのまま一気に体当たりする為に突撃の命令を下した。
「よ~し!そのまま突っ込めぇ!ってアレレ~?」
彼女の命令に従い操縦手がエンジンに鞭を入れた直後、その命令とは逆に燃料が底を突いたグリズリーはみるみるうちに失速して行った。
「カレンごめ~ん!ちょっと足んなかった~!」
メイプルが追走するカレンにそう叫んだ直後、彼女のグリズリーはケイのシャーマンによって迎撃され後一歩の処で力尽きたのだった。
「充分よ…後はこちらが……」
失速後ケイの一撃を喰らいハーフスピンして止まったグリズリーの陰から、満を持したようにカレンの駆るファイアフライが飛び出す。
「やっと出やがったな!」
それを待ち構えていたナオミがカタを付けようと鼻息も荒く牙を剥くが、眉一つ動かす事なくカレンはそれを受け流す。
「撃てるのは後一発…ならば狙う相手は考えるまでもない……」
つれなくもナオミをスルーしたカレンが砲撃の命令を下したのと、ナオミが発砲したタイミングはほぼ同時であった。
だがナオミの一撃がカレンのファイアフライの正面装甲を貫いたのに対し、カレンの放った17ポンドはナオミに向けられてはおらずケイのシャーマンに撃ち込まれていたのだった。
2両を同時に相手にする事が出来ない以上どちらかに狙いを絞らざるを得ない訳だが、この時のカレンの選択はナオミにとっては実に辛辣なものであった。
彼女はここまで執拗に自分を追い回して来たナオミをターゲットから外し、既に引退しているとはいえサンダースの隊長であったケイに砲口を向けていたのだ。
尚、彼女が放った一撃は惜しくもケイのシャーマンを討ち取る事は出来なかったが、車体側面に描かれたサンダースの校章を丸ごと抉り取っており、ナオミと同様にケイのプライドをぼっきりとへし折っていた。
無線からはメイプルのグリズリーとカレンのファイアフライが走行不能になったという事実のみがコールされるが、勝者であるはずのケイとナオミの顔は屈辱に歪んでいた。
ケイも発砲直前にグリズリーが失速した事は気付いておりその原因も把握していたし、ナオミもまた自分がターゲットにされなかった大方の理由を察していた。
例え認めたくはなくとも、一年生相手に勝たせて貰ったというのがケイとナオミの共通した認識であり、白旗を揚げるグリズリーとファイアフライを前にサンダースコンビの表情は何とも冴えない。
「やられたわね……」
「……」
後味悪い事この上ない勝利に憮然とした表情のケイの呟きに、仏頂面のナオミはまるでそれが聴こえないかのように押し黙って何も答えない。
一見サバサバしていてあまり物事を引き摺らないタイプに見えるナオミだったが、スナイパーとしてのプライドはそれなりに高く、故にこの
ケイも付き合いが長いだけに彼女がどれ程自分に対して腸を煮えくり返しているかよく解っていたが、まだ試合は続いておりいつまでもそのままという訳にも行かず、歯軋りしながらカレンを睨むナオミに頭を切り替えるよう促すのだった。
「悔しいのは私も一緒よ……でもナオミはいつまでそうして
「…解ってるよ……」
「解ってるなら行くわよ?いつまでもこんなこんな所でグズグズしてたらそれこそラブの──」
いつまでもひと所に留まり呑気に構えていたらラブの的になる、ケイが自身の怒りを堪えながらナオミそこまで言いかけたその時、それを遮るように聞き覚えのある特徴的なハスキーボイスで、如何にも人を小馬鹿にしたようなふざけた笑い声が辺りに轟いた。
「プ~クスクス♪ちょっとマジで信じらんない♪」
『なっ!?』
声のした方にケイとナオミが目を向ければ、一体いつからそこにいたのか崩れた壁の陰にLove Gunが停車し、コマンダーキューポラ上のラブがわざとらしく右の掌で口元を隠しながら、最高に人の悪い笑みを浮かべ二人の事を笑っていた。
「ら、ラブ!?」
「お、お前いつからそこに!?」
驚く程の至近距離にLove Gunが停車していた事に驚くケイとナオミだったが、そんな二人のリアクションに満足した様子のラブは彼女達の質問に一切答えようとはしなかった。
「いやいやさすがにコレはないわ~」
「ちょっとラブ!あんた一体さっきから何を言って──」
「カッコわる♪」
「何ですって……?」
またしても話を遮り嘲るように笑いながら、ラブの放った一言にケイの声のトーンが急降下する。
だがそれでもラブは二人を挑発するようにわざとらしいプ~クスクスを乱発するので、遂に堪忍袋の緒が切れたらしいケイのこめかみに特大サイズの怒りのバッテンが浮かび上がった。
「ラブあんたねぇ!」
「あらやる気?いいわ、相手してあげるからかかってらっしゃい♪」
挑発を続けるラブにケイがブチギレ声を荒げた途端、それまで可笑しくて堪らないといった感じで笑っていた彼女の表情が一変し、キュっと目を細め獲物を追い込む女狐の笑みに変わっている。
全てを見透かす九尾狐の笑みの前に、ケイとナオミは凍り付き身動き一つ出来なくなっていた。
これで新設校連合の隊長も半分が戦線離脱しましたが、
まだ誰一人諦める事なく士気が衰える事はありません。
何よりラブが一番試合を楽しんでいますからねw