「恋がお姫様なのは生まれついての事でしょうに…ウチの子達今更何を言っているのかしら……?」
風林火山の隊長
僅か半年程の事とはいえ両親を亡くした幼いラブを熊本に引き取り、我が娘同然に育てたしほは生まれ育ち云々に関係なく、本質的に彼女がお姫様である事を解っていた。
そんな彼女からすれば、それで大騒ぎする事自体がおかしな事であったのだ。
試合の中継映像の中でラブと彼女相手にドタバタやっているまほとアンチョビの姿に、困った子達ねぇとでもいった感じのしほの表情は完全にお母さんの顔であった。
だがちゃっかりとアンチョビまでウチの子扱いしている辺りは、彼女も相当に図々しいだろう。
「この!また君は!そこをどいてくれ!」
アンチョビに絡むラブを仕留めようとするまほだったが、彼女の目論見はここ迄の処尽くAP-Girlsに阻まれ彼女は焦りと苛立ちを隠せなかった。
今も絶好のポジションからLove Gunを狙い撃つべく照準に捉えたが、最強の
Ⅲ号の50㎜では砲塔の装甲を貫く事は敵わずとも揺さぶりをかけるには充分な力があり、大きく狙いの逸れた徹甲弾は発電所跡地の敷地から飛び出すと久里浜の海に弾着し高く水柱を立てていた。
尤もまほが発射命令を出す直前、ラブがチラリと後方を振り返り口元だけで薄く笑っていたので、果たして撃っても当たっていたかは怪しかった。
「全速後退!榴弾装填!10m後退した所で3時方向の建物の壁を撃て!Love Gunと一旦距離を取る!」
まほの配慮でベルターの搭乗員は黒森峰の隊員のみで構成されていたので、アンチョビが出したオーダーは全てが何の支障もなく実行に移されていた。
「今だ撃て!」
榴弾によって破壊された発電施設の外壁の瓦礫は、アンチョビの狙い通りベルターと後を追うLove Gunの間に降り注ぎ足止めに成功していた。
『フム…さすがは黒森峰と言うべきか……しかしあれだな、よくよく考えたら実戦でラブ相手にこれだけ強力な戦車で戦うのは初めてじゃないのか……?』
黒森峰の戦車とそれを運用する隊員達のレベルの高さに改めて感心するアンチョビだが、アンツィオ入学後に限った事ではなく、彼女の戦車道の歩みそのものが慢性的に戦力不足であった。
その状況で彼女が勝ち上がる為に策を弄するようになったのは云わば必然の事だったのだが、逆にそのような環境であったからこそ彼女の才能も開花したと言えるだろう。
『けどそれでもあのLove Gun相手だと少しも気が抜けないんだから嫌になるな……』
しかし策士と呼ばれる彼女であっても、更に強くなって蘇ったLove Gunに乗るラブの相手をするのは相当に大変らしく、額に浮かんだ汗をパンツァージャケットの袖口で拭っている。
だがさすがにそんな弱音を口に出す訳にもいかず、アンチョビも胸の内で呟くに留めていた。
「よし、少し時間を稼げたな……西住の方はどうなってる?」
「現在ブルー・ハーツと交戦中だって、まあより正確に言うならブルー・ハーツ以外にも入れ代わり立ち代わり突っかかって来てるみたいだけど」
「夏妃のヤツか……」
通信手相手に状況確認を行ったアンチョビは、AP-Girlsきってのパワーファイター相手に苦戦中のパートナーは頼れぬと判断し、如何にしてラブを倒すかと頭をフル回転させるのだった。
「残弾もそう多いワケじゃなし、さてどうしたものか…ラブが
キョロキョロと忙しなく周囲を見回し状況の把握と警戒を怠らぬアンチョビは、何かトラップを仕掛けるのに使える物はないかと物色していた。
だがたった今崩した壁以外では、直ぐにトラップに使えそうな物は見付けられなかった。
何しろ激しい戦車戦が繰り広げられた結果、粗方の施設が既に破壊され尽くしていたので、目に見える範囲にある物の大半が瓦礫と化していたのだ。
「…壊し過ぎだろ、使えそうなモンがロクに残ってねぇし……まぁそれこそ地元自治体の思惑通りなんだろうけどな……」
自分達のやった事ながら徹底的に破壊された感のある光景に、これはいよいよ小細工なしで正面からやり合うしかないかと腹を括るアンチョビであった。
「えぇいしゃ~ねぇ!こっちだって伊達にティーガーに乗ってる訳じゃねぇんだ、ガチンコでやってやろうじゃないか!」
アンチョビが諦めの境地に達しベルターの搭乗員達が呼吸を整えた処で、狙い澄ましたようにアンチョビが作った瓦礫の山を迂回したラブが追い付いて来た。
「ち────────よ────────み────────♪」
「だからお前は一々人の名前を拡声器を使ってまで大声で呼ぶなぁ!」
ラブ相手に言うだけ無駄だと頭では解っていても、アホの子ふりをして自分の名前を大声で叫ばれれば、さすがにアンチョビも怒鳴り返さずにはいられなかった。
「迎撃するぞ!Love Gunの変則的な動きに惑わされて無理に付いて行こうとするな!真正面から受け流せ!黒森峰一軍の実力を存分に見せ付けてやれ!」
『jawohl!』
アンツィオを率いて来たアンチョビがそれを言うのもおかしな話だが、クセの強い連中を束ねて来たあって、彼女はアジ演説で人を乗せるのが実に上手かった。
「あれ……?千代美が黒森峰顔になってる…なんで……?」
『黒森峰顔って何よ……?』
まともな神経の持ち主であればティーガー相手にここまで近寄らないであろう距離まで接近しているにも拘わらず、ラブが緊張感の欠片も感じられぬ調子で意味不明な事を口走れば、Love Gunのメンバー達も彼女に即ツッコミを入れる。
並みの選手であればそんな無駄口を叩く余裕など皆無な状況下にあっても、彼女達AP-Girlsはボケたりツッコんだりを平気でやっている辺り、揃いも揃っておかしいとしか言えないだろう。
「読めねぇ~、こういう時の千代美が何考えてるかマジで読めねぇ~、やっぱ千代美って宇宙人だわぁ……」
『ドゥーチェもこのおっぱいにだけは絶対宇宙人とか言われたくないよな……』
即興でトラップを仕掛けようにも使えそうな物が見当たらず、策士らしくラブ相手にからめ手で掛かる事を諦めたアンチョビは、騎乗するティーガーと搭乗員を信じ正攻法で戦う事を選択していた。
しかし策士同士散々腹の探り合いを繰り返して来た上に、アンチョビ好きを拗らせ深読みが過ぎたラブは、そのアンチョビがネタ切れして正攻法の勝負に出た事に全く気付いてはいなかった。
強力無比な火力と高い実力を誇る搭乗員を頼りに正面からラブを迎撃する態勢を取るアンチョビが、ラブの目には何か策を弄するように見えてしまうのは何とも皮肉な事だが、結果的にはこれが原因でラブの最初の突撃はやや消極的なものになるのだった。
「ダメだ!考え過ぎておっぱいが萎みそうよ!」
『アンタやっぱその無駄にデカい乳でモノ考えてんのか!?』
「無駄にデカい言うな!」
一切の状況をわきまえずにボケをかますラブに、いい加減我慢の限界を超えたLove Gunのメンバー達が一斉に罵声を浴びせれば、キッとなったラブが肩を怒らせ怒鳴り返す。
「とにかくねぇ!相手はあの千代美なのよ!?絶対何かとんでもない手を使って来るに決まってるの!迂闊に飛び込んだら絶対痛い目見るわよ!?だからあなた達も気を引き締めてかかるのよ!」
ベルターの搭乗員達に檄を飛ばしその闘争心を煽るアンチョビの様子を見事に勘違いしたラブは、それでも尚突撃そのものを止めようとはしなかった。
「来るぞ!徹甲弾装填!一撃目はLove Gunの右側面ギリギリの路面を狙え!Love Gunをこのベルターの左側に受け流す!」
本格的に加速して突っ込んで来るLove Gunから目を逸らす事なくアンチョビは矢継ぎ早に指示を出し、ベルターの搭乗員達も眼光鋭くその指示に黙々と従っている。
「初弾発砲後操縦手は反時計回りで超信地旋回を開始、やり過ごしたLove Gunがターンするまでの間に180度回頭を終わらせるぞ!装填手はそれまでの間に徹甲弾を再装填、最速で頼む!」
『jawohl!』
バカ騒ぎをするラブとは対照的なアンチョビの鬼気迫る指揮ぶりに、観戦客達も息を呑み成り行きを見守っていた。
「よし止めろ!」
トップスピードこそ遅いがその重量故に履帯を軋ませ火花を散らしながら数メートル滑走したティーガーが停車すると、砲手はアンチョビが指定したポイントに狙いを定める。
「右…左、左……右、今だ撃て!回頭開始!」
ランダムにフェイントを入れながら急接近するLove Gunであったが、アンチョビは路面を凝視してコンディションを見極めると、Love Gunの取りうる進路を予想し彼女の狙ったコースに誘導すべくベストなタイミングで砲撃命令を下していた。
もしLove Gunの操縦手の香子がこの一撃を回避出来なければ、そこで試合が終わった可能性がある程タイトな狙いの砲撃であったが、それを回避してみせた香子の操縦技術も確かだった。
この辺りはさすがLove Gunを任されるだけの事はあると誰もが認める技量だったが、今回はその香子の腕の良さをアンチョビに逆手に取られていた。
初弾を回避した香子はアンチョビの狙い通りベルターの左側ギリギリに躊躇する事なく飛び込むと、そのまま背後を取るべく一気に駆け抜けて行く。
だがその段階でベルターの操縦手はLove Gunを追うように超信地旋回を開始しており、駆け抜けたLove Gunがスピンターンで180度回頭した時には、ベルターの主砲が既にLove Gunを捉えていた。
「撃てぇ!」
ラブが攻撃命令を出すより早く先手を取ったアンチョビの命を受け撃ち出された徹甲弾は、砲口に広がる火球を残しLove Gun目掛け一直線に飛んで行く。
一見直撃必至な一撃であったが、有り余るパワーにモノを言わせヘビのように右に左に車体を揺らしながらLove Gunがスネークダッシュしていたので、微妙に狙いの逸れた徹甲弾は砲塔の左側面にヒットするとそのまま斜めに跳弾し後方を走る発電設備の配管を何本か圧し折っていた。
だがそれでもLove Gunの砲塔側面に描かれたハートを貫く徹甲弾のパーソナルマークは、焦げ跡も生々しく上下に分断されていたのだった。
「…やってくれたわね千代美…今日は一発も喰らうつもりなかったのに……」
彼女の予想を上回る速さでアンチョビが迎撃した結果、ラブは攻撃のタイミングを逸し仕切り直す為に一旦距離を取らねばならなかった。
後退しながら身を乗り出し被弾個所を確認した彼女は、自身の象徴であるパーソナルマークが切り裂かれたのを認めると、微かに口元を歪め低いトーンで忌々し気な呟きを洩らしていた。
もしこの場にアンチョビが居合せその様子を目にしていれば、得意げにフフンと鼻を鳴らし会心の笑みを浮かべていたのは間違いないだろう。
「よし行ける!ヤツの鼻っ柱圧し折ってやったぞ!」
後退したLove Gunを見逃さぬよう監視を続けながらも、見事カウンターを決めた事で気を良くしたアンチョビは左の手の平に右の拳を打ち付けニヤリと口角を吊り上げていた。
『やっぱりだ…私が予想を外さなければ黒森峰の一軍選手は、例え重いティーガーでも充分Love Gunのスピードに対応出来る……』
奇策を用いなくともラブに対抗出来る状況に、さすがのアンチョビも嘗て経験した事のない高揚感を感じ興奮を隠せないようであった。
「は~、あのクソ重たいティーガーでラブ姉の突撃に超信地旋回で対応するとはねぇ…さすがはドゥーチェってトコかしら……?ねぇみほ、アンタはあの場面であの対応出来る?」
「う~ん…
ラブ対アンチョビの手に汗握る一瞬の攻防に観戦エリアは沸き返るが、一般観戦客と違いこの先ラブと相対せねばならぬ現役選手達はそう素直に興奮などしてはいられなかった。
「ふ~ん、それは大洗の隊長の見解?それとも元黒森峰の副隊長としてのものかしら…あ、あるいはあれか……ラブ姉の一番弟子としての感想って線もあるわね~♪」
「うぇぇ…一番弟子言うのやめてぇ……」
幼少期ラブにいいようにあしらわれ数々のイタズラを仕込まれたみほは、エリカに人の悪い笑みでラブの弟子扱いされカエルが潰されたような呻き声で力なく抗議の声を上げる。
「まぁドゥーチェもさすがにそこまでティーガーの足回りの弱さに詳しくないだろうし、だからあの場面であれだけ派手に振り回したんだろうけど…しかしよく先輩達も何も言わずに指示に従ったもんよねぇ……やっぱり嗅覚でここが自分達の勝負処だと嗅ぎ分けたって辺りかしら?」
「ウ~ム、他校の事だから詳しくは解らないけど、
エリカの少し無責任な調子の呟きを受けて、クセの強い先輩に相当苦労させられて来たルクリリが自嘲気味な笑みを浮かべている。
二人に限らず強烈な隊長揃いだった世代の後輩達は、ルクリリが最後に言った一言で揃って彼女と似たような微妙は笑みを浮かべるのだった。
「けどその筆頭は何と言ってもあの人…だよなぁ……」
『……』
周囲の反応に苦笑しながら腕を組み中継映像に目を向けたルクリリだが、画面が切り替わった途端何故か突然言葉に詰まっていた。
急に顔を赤らめた彼女の視線の先、一番大きなメインモニターには何やら指示を出しながら後退するラブの姿が映し出されていたが、何をトチ狂った寄り過ぎたカメラは彼女の規格外のたわわをドアップで映し、画面一杯に特大のアハトアハトがユッサユッサと揺れていたのだ。
「目に焼き付いちゃったじゃないか……」
カメラは直ぐに切り替わったが、時既に遅く後輩達は全員赤面してモジモジしながら俯いていた。
「何というしつこさだ!初対戦した時の比じゃないぞ!」
ラブがアンチョビと激突する間AP-Girlsは入れ代わり立ち代わりまほに襲い掛かり、彼女がアンチョビの援護に向かおうとするのを妨害し続けていた。
特にブルー・ハーツの夏妃の攻勢は凄まじく、笠女学園艦内のペイント弾戦で一騎打ちを演じた事で彼女の強さをよく知るまほは、実戦経験を重ねた事でより一層強くなった夏妃に手を焼いていた。
おそらくはそれがラブの指示なのだろうが、AP-Girlsは本気でまほを倒そうとしておらず足止めのみに終始し、まほもそれに気付き相当に苛立っていたのだ。
だがそこは経験値に勝るまほの事、苛立ちながらもAP-Girlsの足止めに抗い続け、後少しで彼女達の包囲網を突き崩し突破出来そうだった。
「マズい抜かれるわよ!抑えなさい夏妃!」
夏妃がまほを抑える間他の車両に対応していた凛々子は、まほのビットマンに押されジリジリ後退するブルー・ハーツの姿に焦った様子で声を張り上げていた。
「解ってるよ!だからこうしてやってるだろうが!」
機動力に勝るとはいえⅢ号でティーガーの相手をする負担は大きく、夏妃が必死で対応しているのは凛々子もよく解っていた。
それでもまほに包囲網を突破されては元も子もないので、夏妃に対する凛々子の口調もつい荒いものになっていたのだ。
「もう一度押し戻すぞ!何としてもここを通すな!」
AP-Girlsだけではなくその場にいた新設校連合も全車交戦中だったので、現状では残念ながら誰も夏妃の援護に回る事は出来なかった。
夏妃にもそれがよく解っているので凛々子に怒鳴り返してもそれ以上の無駄口を叩く事はなく、まほを封じ込める事に集中していた。
そこからも暫くの間は一進一退の攻防が続いたが、やはり夏妃のブルー・ハーツのみではまほのビットマンの相手を続けるのは限界だった。
「そうだ夏妃!あれよ!あの手を使いなさいよ!」
夏妃の闘志とは裏腹に押される一方となり包囲網が破られるのも時間の問題であったが、何を思ったのか凛々子が突然大声を上げたのだった。
「ハァ!?このクソ忙しい時に何言ってやがる!?」
防戦に手一杯な夏妃は訳が解らず怒鳴り返すが、凛々子はそれに構う事なく被せるように更に大声で叫ぶのだった。
「アンタこそ何言ってんのよ!?あれだけ練習したのに忘れたとは言わせないわよ!」
それまで怒りの感情も顕に眉間に皺を寄せていた夏妃だったが、凛々子が何を言っているのかに気付いた途端口元を引き攣らせて怒鳴っていた。
「バ、バカヤロウ!あ、あれを今やれってのか!?」
「バカはどっちよ!?今やらないでいつやるってのよ!?」
日頃の彼女からは考えられない程激しく動揺する夏妃に、何処かで聞いたようなフレーズを凛々子が叩き付けると、進退窮まった様子の夏妃は頭を抱え呻き声を上げていた。
「う゛ぅ゛…マジかよ……」
「夏妃早くなさい!これはアンタにしか出来ないのよ!?」
尚も他に手はないかと思考を巡らせようとする夏妃に、凛々子は容赦なく追い撃ちを掛けた。
「マジか…マジか……マジか──────っ!!」
何が彼女にそこまで躊躇させるのかは謎だが、夏妃は頭を抱えたまま声を限りに絶叫していた。
試合もいよいよ大詰めですが夏妃は果たして何をやらされるのか……?
あの嫌がりようからするとロクでもない事なのは確かなんでしょうけどねw