『うっそぉぉぉ……』
そのとんでもない大技が炸裂した瞬間、彼女の荒っぽい性格をよく知る者達の目は大きく見開かれ、顎が落ち口はあんぐりと開きっ放しになっていた。
ラブがアンチョビ相手にガチンコ勝負を繰り広げる間、まほの下にはAP-Girlsが攻め寄り彼女を足止めすべく入れ代わり立ち代わり攻撃を繰り返していた。
中でもチーム一のパワーファイターの呼び名も高い夏妃の抵抗は凄まじく、まほが思わず舌打ちする程の執念深さで彼女を封じ込めようとしていたのだった。
しかしⅢ号で独逸戦車の王たるティーガーの相手を続けるのは無理が多く、包囲網も徐々に綻びが生じ喰い破られるのも時間の問題であった。
まほ一人だけを封じ込むだけなら何とかなったかもしれないが、敵は彼女だけではないのでさすがのAP-Girlsもそれら全てに対処する事は出来なかった。
だが後もう一押しで包囲網が破られると誰もが考えたその時、イエロー・ハーツの凛々子の意味不明な叫びが引き鉄となり事態は一変するのだった。
「マジか…マジでアレをやるのか……?」
追い詰められた様子で『マジか』を連発する夏妃だったが、そうしている間にもまほは止まってくれずブルー・ハーツ後退しながらの抵抗を続けている。
「夏妃!いつまでグズグズやってる気!?私達だって手一杯で誰もフォロー出来ないんだから、もし今ここで突破されたら夏妃の責任よ!」
「そんな事言われなくたって解ってらぁ!けど…けどよぅ……」
全くどうしてしまったのか、日頃凛々子に何か言われれば怒髪天を突く勢いで怒鳴り返す彼女が、今日に限っては歯切れも悪く視線の方も泳ぎがちだ。
『ウ~ム……あの二人はさっきから一体何を言い合いしてるんだろう?しかし大分抵抗力も落ちて来ているからここは一気に強行突破を仕掛けるか』
何やら揉めている様子の夏妃と凛々子に、ここが勝負の分かれ目と見たまほが包囲網を突破するなら今しかないと腹を決めた。
「よし今だ!囲みを突破して安斎の援護に──」
「サッサとやりなさい夏妃!チンタラやってると
「ば、バカヤロウ!何適当な事言ってやがる!」
夏妃の注意力が散漫になっていると踏んだまほが強行突破の指示を出し掛けたその時、それに被せるように凛々子の思わせ振りな叫びが辺りに響き、次いで夏妃の怒声が更なる音量で響き渡った。
『な、何だ!?な…夏妃君のあの写真とは一体……!?』
それはAP-Girls一の腹黒女と言われる凛々子が、夏妃に行動を起こさせる為のハッタリに過ぎなかったが、夏妃が大のお気に入りであるまほの耳を九〇式大聴音機のラッパのようにするには充分なネタであった。
「クッソぉ……オイ凛々子!てめぇ後で覚えてろよ!」
「ハッ!もう忘れたわ!」
続きが気になるまほが特大の聞き耳を立てる中、例え凛々子の適当な思い付きの駄ボラであっても、これ以上好きにさせては何を言われるか解らぬと夏妃は捨て台詞と共に行動を開始したが、悔し気なその目尻には薄っすらと涙が滲んでいた。
「凛々子のヤツ…マジ覚えてやがれ……おいテメェら!何時まで笑ってやがる!?こんなメンドクセェ事ちゃっちゃと終わらせっから気ぃ抜くんじゃねえぞ!?」
どう表現すべきか判断に困る微妙な空気が漂うブルー・ハーツの車内に首を突っ込み、あからさまに顔を背けるメンバー達に夏妃はドスを効かせても可愛い声で怒鳴り付ける。
「ム…なんと凄い闘気だ……ブルー・ハーツが何か仕掛けて来るぞ!総員警戒を厳にせよ!」
突撃直前凛々子の叫びでそのタイミングを逸し暫し様子見をせざるを得なかったまほは、ブルー・ハーツの車内に向け何やら怒鳴った後自分目掛けて突進して来る夏妃の様子に、野生の勘なのか何やら並々ならぬものを感じ取っていた。
「凄い突撃だ…間違いなく初めて手合わせした時より大幅にレベルアップしているな……」
突撃して来る夏妃に鬼気迫るものを感じたまほであったが、当の夏妃は怒ってるんだか泣いてるんだか自棄で笑ってるんだか実に複雑な表情をしていた。
「一体何を目論んでいる……」
ビットマンの主砲の的にならぬようフェイントを交えたランダムな機動で接近を試みるブルー・ハーツを、油断なく目で追いながら何があっても対処できるようまほは身構える。
右に左に不規則に舵を切りながらスラローム走行するブルー・ハーツは、時折履帯から火花を散らしながら一気に距離を詰める隙を窺っているようだ。
それに対しまほの方はフェイントに釣られ無駄な機動をせぬよう慎重に指示を出し、そう易々と夏妃が懐に飛び込むのを許そうとはしなかった。
その様子は当然観戦エリアにも中継されているので、観戦客も二人の駆け引きに息を呑み事の成り行きを見守っていた。
「もうちょっとだ!あともう少しだけ砲塔を旋回させるぞ!」
普段は力技で相手をねじ伏せるような戦い方を好む夏妃が、気短な彼女らしからぬ慎重さと周到さでまほにトラップを仕掛けて行く。
如何にもビットマンの左側面を狙おうとするように、反時計回りに大きく旋回する夏妃のブルー・ハーツの動きに釣られ、まほは牽制するように砲塔を左回りに旋回させる。
「いいぞそのまま…気取られるなよ……よし今だ!行けぇ!」
隙を窺う素振りで左へ左へと旋回するブルー・ハーツを追い、ビットマンの砲塔が左へ90度程旋回すると、それを待っていた夏妃が大きく腕を振りながら作戦決行の指示を出した。
「何!?今度は何をする気だ!?」
驚くまほの目の前でブルー・ハーツがトップスピードからカウンターを当てると、反動で今度は右回りに横滑りのドリフト旋回に移行していた。
「チッ!しまった!逆を突く気か!?」
夏妃の動きを追尾していたまほはクイックターンでブルー・ハーツがその進路を変更すると、警戒していたにも拘らず早々にしてやられたと舌打ちをする。
そこから最小の旋回半径の高速ドリフトで急接近するブルー・ハーツの姿は、まほに夏妃が共倒れ覚悟の特攻を敢行するのではと疑念を抱かせていた。
「そんなまさか……!?」
まほは大いに焦っているが、実際横Gに耐えながら自分を睨み付ける夏妃の表情は悲壮感が漂い、まほも特攻を意識せずにはいられなかったのだ。
全く減速する気配のないブルー・ハーツに、もしこのまま衝突すれば例えティーガーといえども無事では済まないとコマンダーキューポラの上でまほは身構える。
「総員対衝撃姿勢!ブルー・ハーツの特攻に備えろ!」
これは嫌な予感が的中したとまほは顔をしかめ、ビットマンの搭乗員達に緊迫した声で注意喚起を促す声べく張り上げる。
そして誰もが衝突必至の状況に息を呑む中、ブルー・ハーツは神がかったドリフトコントロールで急速に速度を落とすと、衝突ギリギリの処でビットマンの鼻先に横付けするように停止していた。
両車の間隔は僅か10㎝、ブルー・ハーツの操縦手
「…な……えっ……!?」
衝撃に備え身構えていたまほも激しく揺さぶられる事を覚悟していたが、予想だにしなかった状況を前に驚き直ぐに反応出来ずにいる。
並みの選手であれば目を閉じてしまうだろう状況に瞬き一つしなかったのはさすがだが、その彼女の目には更に衝撃的な光景が飛び込んで来るのだった。
「…ん?不発……?夏妃……君?」
ゼロ距離でピタリと停止しながらもブルー・ハーツの主砲の砲口はビットマンに指向されていない上に、司令塔である夏妃は華奢な身体には不釣り合いなサイズのたわわを抱き締め俯いていた。
思いがけぬ状況にまほも何かのトラブルが発生し作戦が失敗したのかと訝しみ、目の前で俯く夏妃を凝視する。
「ど、どうした夏妃君……?」
よく見れば俯いた夏妃は小さくその肩を震わせており、それだけでまほは一瞬理性が飛びかけたが、もしや彼女が怪我でもしたのかと不安になり恐る恐る声を掛けていた。
「な、夏妃く……ふぉっ!?」
不安げ表情のまほが再び夏妃の名を呼び掛けたその時、漸く彼女は顔を上げその表情を見た途端まほは変な声を出し変なポーズで硬直していた。
「…お願い……そんな目で見ないで……」
硬直したまほが大きく目を見開き凝視する夏妃は、その言葉とは裏腹に強調するように自らの弾力抜群なたわわをギュッと抱き締め、恥ずかし気な表情で瞳をウルウルさせていたのだった。
アンチョビとそういう関係になって以降すっかり性の暴走戦車と化しているまほであったが、基本がクルップ製の鋼より尚お堅い育ちの箱入りのお嬢様であるが故に、凛々子曰く失笑モノな夏妃の棒演技であってもうぶな彼女には充分効果のある色仕掛けなのであった。
「ぐっはぁ!!」
初手合わせ以来のお気に入り、例え何度アンチョビの前でやらかしシバかれようとも夏妃の可愛さに鼻の下を長くしてしまうまほは、彼女の渾身の色仕掛けに簡単に屈していた。
夏妃のお色気ポーズをゼロ距離射程で直視した結果、徹甲弾すら弾くと仲間内で揶揄される面の皮の厚さを誇るまほは鼻から鮮血を噴出すると、バックドロップでも喰らい吹き飛ぶようにエビ反りに仰け反ぞるのだった。
「な、何というけしからん…これはお持ち帰……いやいや!その……ひ、卑怯だぞ夏妃君!」
赤のブラウスに黒いパンツァージャケットの組み合わせなのでパッと見目立つ事はないが、豪快に袖口で鼻血を拭ってしまったまほは、口の周りを真っ赤にしながらも必死に誤魔化そうとしていた。
「ご、ごめんなさい……」
「ぐふぉっ!!」
意味不明な事を口走ったまほが非難めいた事を言った途端、自分のやった事の恥ずかしさに耳まで真っ赤にした夏妃は項垂れ両手で顔を覆い、消え入りそうな弱々しい声で謝罪するのだった。
しかし見た目の可愛らしさで言えばチーム一な夏妃の恥じらう姿の破壊力は凄まじく、再び不意打ちを喰らったまほはお替りの鼻血を噴射しながら轟沈させられていた。
この前代未聞のおバカなコントのような状況に、その区画で激戦を繰り広げていた新設校と三年生連合の選手達は呆けた顔で戦う事を忘れていたが、唯一の例外はやはりAP-Girlsであった。
身体を二つに折り声も出せぬ程に笑い転げる凛々子と、口元を引き攣らせながらも懸命にポーカーフェイスを維持しようとする鈴鹿、愛に至っては露骨に顔を背け小刻みに肩を震わせていた。
コマンダーキューポラ上で姿の見える三人以外の者達も、車内で遠慮なく笑ったりしている辺りチーム内でもとことん容赦がなかった。
「一旦後退するよ……?」
「……」
ビットマンの操縦手は目の死んだ能面のような顔で一応はまほに確認したが、夏妃の二度の不意打ちに昇天したまほからの返答はない。
それでも一応は確認したからねと肩を竦めた操縦手は、AP-Girlsを刺激せぬようゆっくりと後退を始め、他の三年生連合の車両もそれに倣い一旦矛を収めるのだった。
「中継全部録画予約しておいて良かった……」
「けどあの夏妃があんな顔するとは……」
「ヨダレ拭きなさいよ」
「でもエリカさん…アレっていいのかな……?」
「何で私に聞くのよ……?」
それまでの緊張感は何処へやら、誰も想像だにしなかった夏妃の大技に騒然となった観戦エリアであったが、悶々としつつも初期ショックが収まると、夏妃が使った前代未聞の色仕掛けが果たしてルール上許されるのかどうかで首を捻っていた。
しかし今ここでわざわざルールブックを紐解き確認する気になれない一同の視線は、自然と運営本部のテントにいるはずの審判長である亜美へと向けられるのだった。
『だから私に聞かないで……』
虚ろな目で中継映像を見ていた審判長の亜美は、テントの幌越しに突き刺さる無数の視線とその意味を察したのか疲れた顔でぼそりと呟きを洩らしていた。
職務上ルールは熟知している亜美だったが、その彼女にしてもこのような事態はこれまで経験した事がない上に、ルール上も色仕掛けがいかんなどという規定は何処にも記されていなかった。
なので亜美は審判長という立場にありながらも、この試合が公式戦ではなくエキシビションマッチであるのを良い事に、夏妃の色仕掛けの黙認を決め込んでいたのだ。
『あれも恋お嬢さんの仕込みなのかしら……?胃が痛い……』
色々な意味で問題児揃いな女子高生に翻弄される我が身をを恨めしく思いながらも、表面的には何もなかったふりを必死でしながら仕事を続けるのだった。
「何だか急にアッチは静かになったわね~」
アンチョビとの一騎打ちにウキウキなラブであったが、例え何かに集中していたとしても彼女の意識のアンテナは常に全体へと向けられていてその異変にも気付いていた。
「
ティーガーを駆るアンチョビ相手にご機嫌なラブは、直撃コースに乗っていたはずの一撃を華麗に躱す片手間に、呑気にもそんな事を考えていた。
「ふふ♪けどやっぱり千代美と戦うのは楽しいわ……」
楽し気に呟きを洩らすラブだったが、彼女の顔には何処か少し寂しげな色が浮かんでいる。
このエキシビションマッチがアンチョビ達と同じ高校生として戦う最後の試合であり、それに対する想いが表情に現れていたのかもしれないが、彼女自身がそれに気付いているかは解らなかった。
「でもあの
踊るようにLove Gunを振り回しアンチョビを翻弄するラブは、相当に精神が高揚しているのかスポーツゴーグルの下の瞳を歓喜に煌めかせると、恍惚の笑みを浮かべ淫靡に下唇を舐めて見せた。
「……!あのヤロウ…ギアを上げやがったな……」
ラブの放つ殺気がそれまでとは違うものに切り替わった瞬間、アンチョビは敏感にそれを感じ取り鋭い視線でラブを睨み返していた。
そして始まった火の出るような鍔迫り合いは際限なく加熱して行き、その熱気は観戦する全ての者に伝播して行くのだった。
熱に浮かされ興奮する
「何でそれを避けやがる!?」
「相変わらずなんて
「この!チョロチョロすんじゃねぇ!」
「読まれた!?何でそこで気付くのよ!」
「うわ!あぶねっ!無茶すんな!」
「ちょ!何考えてんのよ!危ないじゃない!」
技には技、策には策で応酬する二人の戦闘は激化の一途を辿り、あまりの展開の速さにその行き付く先は誰にも予想する事は出来ない。
だが息吐く暇もない二人の攻防がいつまでも続くはずもなく、必ず終焉を迎える時がやって来るのだった。
「砲塔そのまま!1時方向に超信地旋回!徹甲弾装填!」
正面装甲に限らずあらゆる装甲厚が通常の戦車とは比較にならぬティーガーは、高い射速を誇るパンターの主砲でも馬鹿正直に攻めるだけでは射抜けない。
故にラブも何とかウィークポイントである足回りを中心に攻略を目論むが、アンチョビもその辺は心得ているのでそう易々と側面や背後を取らせてはくれなかった。
右に左に変則的に舵を切り隙を突こうとするラブと必要最小限の動きでそれに対応するアンチョビの攻防は、まるで互いの手の内を読み合う名人同士のチェスようだ。
「やるわね…けど少し反応が遅くなってる、大分操縦手も疲れて来てるわね……」
アンチョビの出す指示に遅れる事なく、Love Gunに隙を突かれぬよう鈍重なティーガーを振り回す黒森峰の隊員の技量も只事ではないが、やはりその重量が災いし操縦手の反応はラブが指摘する通り徐々に遅れ始めていた。
「ラブ姉、あんま長引かせると後々面倒よ?」
「えぇ解ってる、そろそろね……」
まだこの後まほの相手をせねばならぬ事を砲手の瑠伽が暗に仄めかせば、ラブもアンチョビから目を逸らさずその指摘に答えていた。
燃料と弾薬の残量から考えてもこれ以上アンチョビの相手を続ける訳に行かず、ラブも最後の勝負に出る事を決意したのだった。
「解ってるね?一気に行くよ!?一撃で決める!」
僅かに考え込む素振りを見せたラブは思考回路をトップギアに叩き込むと、アンチョビを倒すべくLove Gunに鞭を入れ怒涛の攻勢に転じて行った。
「来たか!右、左右!っと見せかけて左だぁ!」
フェイントにフェイントを重ね突撃して来るLove Gunの挙動を瞳だけ動かし追っていたアンチョビは、ラブが最後のフェイント後に左右どちらから仕掛けて来るかを完璧に読み切っていた。
「人間誰しも癖の一つや二つ必ずあるんだよ!」
ラブの動きを読んでいたアンチョビは予め操縦手にLove Gunの予測進路を指定し、彼女の突撃に先んじてベルターを超信地旋回させていた。
「よし捉えたぁ!」
凶悪な笑みを浮かべ口角を吊り上げ叫ぶアンチョビの視線の先、最強の
全てはアンチョビの読み通りの完璧なタイミング、観客の誰もがこの逃れようのない状況に試合終了のコールを予感するのだった。
くっころの女王凛々子は試合後に酷い目に遭うだろうなぁw
まほもチョビ子にまた深い溜息吐かれるだろうしww
さて、ラブ対チョビ子も果たしてどんな決着の付き方になる事やら……。