「その、何と言うか…参ったな……」
大好物の学園艦カレーを口に運ぶ手が止まってしまったまほは、立食形式でも食べ易いよう持ち手の付いたミニカップの中で徐々に冷めつつあるカレーをぼんやりと見つめ、途方に暮れた様子で溜息交じりに呟きを洩らしていた。
そしてそれはまほに限った事ではなく、エキシビションマッチに参戦した三年生達は、漂う微妙な空気に三年生同士でチラチラと視線を交わしては何処か気まずそうにしていたのだった。
「別にアンタ達が悪いとは言ってないし思ってもいないわ、ただそういう事があったという事を気に留めて置いて欲しいだけの事よ」
実際ラブの口調と声音からそういったニュアンスは感じられず、彼女の背後に控えるように佇む新設校の隊長達からもそんな気配は全くなく、全員がラブの考えに賛同しているのかこの件に関して特に口を挿む者はいなかった。
「いや、だがそうは言ってもだなぁ……」
ラブが嘘を言っていない事はまほが一番良く解っていたが、その真面目な性格故に中々ハイそうですかとは言えなかったのだ。
そしてそれは彼女だけではなく他の者達も同様であったが、中でもケイとダージリンの二人は他の者達より事態をより深刻に捉えていた。
どちらの話も特に明確に何処の誰からと言われた訳ではないが、話の内容からすればやらかしたのは自分達の所属する学校及び関係者である事は明白であり、大いに心当たりのあるケイとダージリンは頭を抱えずにはいられなかった。
急な注文に上得意を逃したくない販売業者が納車が決まっていた車両を
ケイは必要な車両の申請はしても早く納車するよう催促した訳ではないし、ましてや圧力を掛けるような真似は当然一切していない。
武田菱にわざわざ嫌味を言いに行った者も話しぶりからすると聖グロのOGで間違いないが、相当古い世代の高齢者と思われた。
これらの問題に関して当然二人に責任はないし、逆にその事で責任を問われるとしたら理不尽以外の何ものでもなく、その段階で彼女達も被害者の仲間入りと言えるだろう。
「だから今も言ったでしょ?アンタ達は悪くないって…いくら強豪の隊長だって言ったって高校生なんだもの、業者やらOGの暴走まで面倒見切れないわよ……ま、その辺に関してはこの先私というか私達の仕事になって来るんだけどね~」
「オイ、そりゃ一体どういう意味だ……?」
馬鹿にしている訳ではないが何処か自分達が子供扱いされているニュアンスをアンチョビは敏感に嗅ぎ取り、その視線は鋭く声には不審の色が混じっていた。
「千代美忘れたの?私は家元会議に名を連ねる厳島流の家元よ?」
「それは知ってるよ、けどそれとこれと一体どういう関係があるというんだ?」
ラブの口から唐突に飛び出た家元会議という単語がこの問題にどう関係するのか、話しが見えないアンチョビが疑問を呈すると、彼女と同様にラブが何を言っているのか理解出来ない者達が顔を見合わせ首を捻っている。
「大洗の快進撃以降、俄か再履修校の増加に欲をかいた販売業者が、戦車の販売価格を大幅に吊り上げて問題になったのはあなた達も覚えてるわよね?」
ラブ達もそれで苦労した話は聞かされていたのでそれは覚えていたが、まだ彼女が何を言わんとしているのか話が見えないので全員取り敢えずは無言で頷いて見せる。
「私が家元会議に参加する前から多少動き始めてはいたみたいだけど、今後はそういった問題に対して連盟だけではなく家元会議も監視して行く事になっているのよ」
「監視ってお前……」
監視などというあまり穏やかではない表現に、いずれは西住流家元となりラブと同じ席に付く事になるであろうまほも息を呑む。
「そう監視よ、でも私達家元が目を光らせるのはそれだけではなく戦車道全体に対してね…目下問題になっているのが高校戦車道と大学戦車道……特に高校戦車道はやっぱり大洗の一件……もっとはっきり言えば文科省の腐敗ぶりが尾を引いているし色々と根が深いのよ」
「…最近お母様の連盟絡みの仕事量が増えているように見えるのは、世界大会の準備だけじゃなくてそれが原因なのか……」
ラブの説明の途中、顎に握った右の拳の人差し指を当てたまほが硬い表情で呟くと、一方のラブはは特に表情を変える事なく淡々とした様子で一つ頷き更に話を続けた。
「そして問題は運営管理側だけではなく参加する側にもあるわ…例えばさっきの戦車の購入時のトラブルだけど、ウチやカレンの所はたまたまタイミングが悪かったで済む範囲の問題よ……けどそれでは済まされない事例も既に私達家元会議の耳に届いているの」
「それは一体……」
ラブの表情がより厳しい世界に生きる大人の顔になり口調も暗く重いものになった事で、これは相当ロクでもない話だと直感したまほの表情も自然と硬くなる。
しかし果たしてそれがどんな問題であるかまでは想像が付かず、まほを始めその場に居合せた者達は緊張した様子でラブの口元を注視していた。
「まあ簡単に言うなら妨害工作の類ね……」
「ぼ、ぼうがいこうさくぅ……!?」
だがラブの口から出た言葉はあまりに予想外過ぎたのか全員の顎が落ち、大きく口を開けたまま間抜け面を晒しラブに溜息を吐かせるのだった。
「…アンタ達揃いも揃って何て顔してるのよ……そう、妨害工作よ……戦車道のルール上
厳島流家元らしく指導者然とした態度で問うような視線を向けるラブに、全員少し戸惑った様子ながらも慎重に頷いていた。
「結構…幸いな事に全国クラスの学校でそういった行為があったという報告は上がっていないけど、それ以外……いえ、この場合それ以下と言った方がいいかしら……?」
僅かに考え込むような素振りを見せたラブは厳しい家元の顔から一転、眉間に縦皺の入った如何にも不快そうな表情になると、声音迄不快そうなものに変えて説明を続けた。
「まぁあれよ、ぶっちゃけどんぐりの背比べの低レベルな再履修組の間で、互いに足の引っ張り合いが横行しているのよ…最初は私も直ぐには信じられなかったけど、対戦前に送り込んだスパイが情報収集だけに留まらず破壊工作を行ったとかその類の話が少なからず報告されてるのよ……」
「なんだそりゃ!?破壊工作だとぉ!?」
妨害工作だけでも信じ難い処に破壊工作などという穏やかならざる言葉まで飛び出すと、さすがに口を噤んではいられずアンチョビも思わず声を上げてしまう。
「信じられないでしょうし信じたくないでしょうけど事実よ…解っているだけでも燃料に異物混入、エンジンその物や駆動系なんかに細工されたなんて事例があったわ……」
「Hey!ちょっと待ちなさいよ!それ本気で言ってんの!?っていうか本当に事実なの!?」
説明途中今度は仲間内で最もフェアプレイ精神を尊ぶケイが声を荒げるが、それを予想していたらしいラブは彼女に穏やかな顔と仕草で落ち着くよう諫めると、ハッとした顔で我に返ったケイはすまなそうに小さく頭を下げたのだった。
「残念ながら事実よ…足の引っ張り合いでは済まされない最早犯罪レベルの行為が確認されているわ……そして金銭的に余裕があって戦車道で名を売ろうと画策した学校が、ライバル校の弱体化を狙って購入しようとしていた戦車を横からかっさらうような真似をしたなんて話もあったわね……」
「それは……」
「ええ、そういう事よ……」
黒森峰とサンダースの場合はそれを意図して行った訳ではないが、結果的に笠女とパーペチュアルユニオンが購入予定だった車両を奪ってしまい、両校はその後の活動に大幅に支障をきたす結果を招いたのは既に聞かされていたので、その事でまほやケイが気に病む事はないとラブが言っていた意味をここで漸く理解したのだ。
「何という事だ…戦車道を一体何だと思っているのだ……」
日本最大にして最強流派である西住流本家の後継者であるだけに、まほは戦車道の道に外れた行為に対する憤りは誰よりも強い。
「そうね、全く以ってまほの言う通りだと私も思う……だからこそこれから先、意図的に行われたこれらの行為に対して、私達家元会議及び連盟は断固たる態度で厳しい措置を取る事になるわ」
再び家元の顔に戻ったラブは、いつも通り影の如く彼女に従う愛が差し出したグラスを受け取ると、注がれたミネラルウォーターで喉を潤し一つ息を吐く。
だが彼女の放つ張り詰めた空気は何者にも口を挿む余地を与えず、グラスを愛に手渡すとそのまま話を続けるのだった。
「どんな競技であっても大なり小なり怪我を伴う事故は必ず起きる…けれど戦車道の場合その危険性は他の競技とは比べものにならない程大きいし、戦車という特殊極まりない車両と爆発物を扱っている以上、事故が起きてもその性質は他の競技とまるっきり違うわ……そしてここからが肝心、もしその事故が純粋な事故ではなく仕組まれたものであったとしたらどう?」
「…おい……オイ!」
最初から漠然とではあるがラブが何を言おうとしているか察しが付いていたアンチョビは、実際彼女がそれを口にした途端その表情を険しいものに変えていた。
「気持ちは解らないでもないけどね…まぁ日本って……日本人って未だに性善説を信じたがる傾向が強いから無理もないけど、このままこの状況を放置すれば遠からずその時はやって来るわ」
「だが……!」
ラブの懸念が解らないアンチョビではないが、やはりまだ頭が付いて行かずつい食い下がってしまうのであった。
「そうねぇ…私の事故……あの榴弾暴発が純粋な事故ではなく、私の存在を疎ましく思った何者が仕組んだものだったとしたら?」
「そ、それは……!」
このままでは埒が明かぬとラブが引き抜いた最悪な伝家の宝刀に、アンチョビだけではなく当時の騒動に関わった者達は揃って絶句する。
「今度こそ解って貰えたかしら?大体千代美達だって大学選抜戦で文科省のメガネが考え方次第とか寝言ほざいた挙句、カールなんかぶっ込んで来たせいで死ぬような目に遭ってるじゃない」
「……」
「監督する立場の人間ですら欲が絡めば平気でレギュレーションを捻じ曲げて、ためらいも無くあれだけの事をしでかすんだもの…二匹目の泥鰌狙いで戦車道を始めた連中が安易な気持ちで犯罪レベルの行為に手を出すのは想像に難くないわ……一旦そういった行為に手を染めたものは歯止が利かなくなってやる事がエスカレートするのが相場よ、最初は履帯やエンジンに細工したりする程度かもしれないけど、それで満足な結果が出なければ次はもっと過激な手段を取るようになるわ…もし主砲や弾薬に細工されて暴発したら?第二第三の私……死者が出てからじゃ遅いのよ?」
それは幾らなんでも発想が極端過ぎるとアンチョビですら思ったが、ラブは何処までもドライな態度で淡々と話し続けていた。
「さっきも言ったけどさ、日本って性善説が幅を利かせているから中々自浄作用が働かないでしょ?だからスポーツの世界でも相当に悪質な反則行為や違反行為が発覚しても、暫く活動自粛してほとぼりが覚めた頃になると禊は済んだとばかりに平気で復帰出来るのよね…これはハッキリ言って日本以外じゃ有り得ないのよ……永久追放は当たり前で、それまでに残した成績も抹消されて、普通に最初からいなかった者として扱うわよ?」
アメリカ暮らしが長かったせいかこの辺の考え方が非情なまでにシビアなラブは、逆に皆が彼女の話に顔を強張らせるのが最初は理解出来なかった。
「ま、仕方ないか…けど実際この先これらの問題が発覚した場合、それに対する処分は厳しいものになるわ……現に今も何校か永久追放にリーチが掛かってる学校はあるの……でも誤解しないでね、決してそれらの学校を見せしめにして今後の抑止力にしようとか考えての事ではないという事をね……現実にそれだけの裁定が下る位悪質な事をしているからこその判断なのよ」
果たしてラブの声が届いているのかいないのか、まさかウチの学校でも自分の与り知らぬ処でと各校の元隊長達が不安に駆られたが、家元会議及び日本戦車道連盟がそれらの行為に対して厳しい措置を取る方向へと舵を切ったのにはそれなりの訳があった。
世界大会の開催を目前に控えた状況下、世界中の戦車道関係者の注目が集まり始めているにも拘わらず、公式に記録の残る大学選抜戦に於いて文科省主導でオープントップのカール自走臼砲を使用し、搭乗する事となった選手を危険に晒した一件は非常に重く受け止められていた。
以降日本戦車道に対する国際舞台での風当たりはとても強く、日本戦車道全体に厳しい目が向けられ苦境に立たされていたのだった。
ただこれらの問題は日本だけに限った事ではなく、海外に於いてもライバルチームに対する妨害工作や八百長など、それこそ例を挙げればキリがない程の不正行為が横行していた。
だがここで大きな差が生じるのは、ラブが先程も口にした問題発生後に自浄作用が働くか働かないかという点であった。
やはりアメリカや欧州などの
そしてこの家元達の意を受けた連盟も漸くその重い腰を上げ、今後悪質な行為が確認された場合厳しい措置を取る事を決定したのだった。
尚、この厳しい対応は学生戦車道に対してのみ取られるものではなく、間もなく発足するプロリーグに対しても例外なく適用される事になっていた。
現にプロリーグに関する協定は全て見直しが計られ、問題のある部分は順次改定されつつあった。
新設校リーグ戦の笠女対エニグマの試合終了後、中継の解説者として現地を訪れていた実業団チーム関東車輌の監督、
『ちょっと薬が効き過ぎたかしら……?まぁここにいいる連中に関しては、その辺の事で私もあんま心配してないんだけどね~』
深刻な顔で考え込む一同を前にラブもまた家元の仮面を外す事はせず、独り頭の中だけでそんな事を考えていた。
しかしいつまでもそうさせておくのも可哀そうに思えて来たラブは、表情と口調もいつもの気の抜けたものに戻して彼女達の緊張を解きに掛かった。
「ふぅ…ねぇあなた達、何をそんなに難しい顔で考え込んでいるのかしら……?これって普通にしていれば何も問題ないし心配する必要もない事よ?少なくとも私はここにそんな問題を起こす人は一人もいないと思ってるんだけど違う……?」
ここで家元から困った妹達だと呆れるお姉さんの顔へとシフトチェンジしたラブは、それだけで硬くなっていた空気を和らげ漂う不穏な空気も一掃していた。
この辺のコントロールの巧さも彼女の指導者としての資質の一つであり、クセの強いAP-Girlsに言う事を聞かせるのにも役立つテクニックなのだろう。
「そりゃあ私だって黒森峰に…いや、今日の試合に参加した学校にそんな愚かな事に手を出す者はいないと信じているけどだな……」
「なら何も問題ないじゃない…まぁ私も悪かったわ、長々と色々不安になりそうな話をしちゃって……さ、こんな話はこれでオシマイ……折角楽しい試合をした後なんですもの、食事もみんなで楽しみましょ……それとね、今日は食事だけじゃなくてステージの方に大人数でも一緒に歌えるカラオケシステム用意してあるから、歌いたい子はどんどんステージに上がっていいわよ~♪」
根が真面目なだけに表情の硬さが抜けないまほに色々一度に言い過ぎたかと反省したラブは、意識して彼女の緊張感を解くように軽い態度で振舞い始めると、周囲にもよく聞こえるよう大きな声で話しながらステージを指差していた。
すると耳聡くこの提案を聞き付けた一年生を中心とする後輩達が色めき立ち、あっという間にステージ下に集まり順番を決める為のじゃんけん大会を自主的に始めたのだった。
「ちょっとお待ちなさい!」
「あら~、そんなステージ上がりたかったんだ……」
暫くは呆気に取られていたが我に返るなり制止しようとするダージリンの声も聞かず、ステージ下には各校の後輩達が続々と詰めかけて行く。
さすがにここ迄とはラブも予想していなかったのか、引き攣り笑いを浮かべ頬をぽりぽりしながらどうしたものかと思案していた。
「う~ん…こんな事なら何かセットでも用意しておけばよかったわねぇ……」
まだ明日のライブの為のセットも展開していないステージには大型のバックスクリーン以外目立った物は存在せず、その殺風景なステージとカラオケの順番を巡って熾烈なじゃんけん大会を繰り広げる一、二年生達を交互に見比べ、苦笑いのままそんな事を呟くのだった。
学生時代にやっていた競技でも実際耳を疑いたくなる話や、
自身でも体験した普通なら信じられないような事態もありました。
某大学のアメフトでの一件なども、その最たるものだと私は思います。
ああいった行為で怪我させられたり、不利益被る側は堪ったもんじゃないですよね。
はい、私も経験者です。