「ちょっとお待ちになって!アーニャさんでしたわね…あなた今何て仰いました……?」
エキシビションマッチの打ち上げパーティーが催されているAP-Girls専用アリーナステージでは、参戦した各校の下級生達が入れ代わり立ち代わりカラオケで盛り上がっている。
そしてその後輩達の歌声をBGMにまほを始めとする元隊長や幹部クラスの者達は、新設校の選手達と交流を深めていた。
各学校設立の経緯や創設者の理念などの説明の途中、フサリアのアーニャの口から飛び出した意外な人物の名前に面食らったダージリンは、やや裏返った声でアーニャがたった今言った事の真偽の程を問い質さずにはいられなかった。
「はい?失礼ですが一体何をお聞きになりたいのでしょう?」
「ですからね…その……彼女の事を何と仰いましたかと……」
日頃蘊蓄やら格言やら織り交ぜながら立て板に水でよく囀るダージリンが、彼女にしては珍しく何度も言い淀みながら要領を得ない質問を続けていた。
「彼女……あぁ、ヤイカ様の事ですか?はい、とても優しく美しい方ですと申し上げました」
ボンプル高校と同じくポーランドの戦車を運用し、有翼重騎兵を校名に冠するフサリア女学院高等学校は、開校前の準備段階から隊長となる事が決まっていたアーニャを戦車道チームの設立準備に関わらせ、導入する戦車の品定めなどを彼女に任せていた。
だが当時はまだ中学生でありポーランド戦車に関する知識が乏しかった彼女は、思案の末に正式にアポイントを取った上でボンプルを訪れ、ヤイカにポーランド戦車導入の際の注意点や運用に関するノウハウのレクチャーを受けていたのだ。
一方のヤイカもフサリアの創設者夫人が有翼重騎兵直系のポーランド人であると知ると、祖先の武勇伝を聞く為に足繁くフサリアを訪れるようになったという話であった。
そのような経緯もありヤイカもアーニャに相当目を掛けているらしく、彼女もまたそんなヤイカの事を慕っているように見えた。
「ヤイカ様には隊員もまだ揃い切らないうちから何かと面倒を見て頂いた上に、今も変わる事なく色々と相談に乗って頂いたりとてもお世話になっています…そして副隊長のウシュカ様もユーモアセンスのある楽しくお優しい方で、お会いする度とても良くして下さります」
アーニャの口ぶりからは彼女がヤイカとウシュカを尊敬し慕っている様子が窺えるが、ダージリンを始めヤイカをよく知る者達の耳には途中から彼女の話は届いていないようだった。
特にダージリンの場合は学校同士の関係上その関わりが深く、アーニャの彼女に対する人物評価に紅茶と間違えてウスターソースでも飲んでしまったかのような顔をしていた。
「ヤイカさんが優しく美しい…そりゃ確かに……でも……」
何やらうわ言のように呟くダージリンをアーニャは不思議そうに見ていたが、不意に大事な事を思い出したような顔で再び口を開いていた。
「そうでした…この試合が終わり母港に艦が帰港したら、ヤイカ様が試合の話を聞きに来て下さると仰っていたのを思い出しました……今回は良い結果を残す事が出来たので、私もヤイカ様にお会いしてご報告するのが楽しみです」
高貴な猛禽を思わせる特徴的な瞳で精悍な顔立ちのアーニャは、美少年と見紛う凛々しさで周囲を魅了する美少女であった。
一見するとスイーツな世界とは無縁に思える程ストイックな印象を与えるアーニャが、ヤイカの話をする時だけ恋する少女の顔を見せる事に気付いたケダモノ達は、あの濃いメンのヤイカとアーニャのカップリングに倒錯的な妄想を膨らませ、悶々としながら彼女の浮かべる微笑に見入っていた。
『あのヤイカとこの
「オイ、オマエ等…今一体何を良からぬ妄想膨らませてたか言ってみろ……」
自身もアーニャを美少年扱いして妄想垂れ流しにしていたのを棚に上げ、悶々としたアホ面を並べるケダモノ達をラブは据わり切った目で睨み付けた。
「なんかステージの上すげぇ事になってるけど大丈夫か……?」
一人一人が順番で歌っていてはとても希望者全員が歌い切れないので、独自に各校混成でグループを編成して熱唱する一、二年生達は、背後の巨大なバックスクリーンに映し出される自分達の姿にテンションMAXで盛り上がっていた。
「あ~、まぁ私らAP-Girlsが大人数で暴れ回っても大丈夫なように作ってあるから問題ないけどね…だけどこんなにステージ上がりたがる子が多いとはさすがに私も思わなかったわ……」
よくよく考えればリハーサル以外ではステージ上の様子を直接その目で確認した事のなかったラブは、自分達の曲を拳を握り締め絶唱する集団をステージ下で半口開けて眺めていた。
その集団の中には立場や何より性格的な理由から各校の現隊長達の姿はなかったが、幹部クラスや主力選手の姿はそれなりにあり、元隊長達もラブ同様半口開けてステージを見上げていた。
「う~ん…ウチのペパロニ辺りが真っ先にステージに上がりそうな気がしたんだが……今日に限って一体どうした……?」
調子に乗って何かやればやったで雷を落とすアンチョビであったが、ステージ上にペパロニの姿がない事が却って落ち着かないのか、身勝手にも腑に落ちんといった顔でキョロキョロし始めた。
「…何言ってるのよ千代美……ペパロニさんならここに来てからず~っとウチの給養員学科の子達と、次のコラボメニューの事で作戦会議やってるじゃないのよ……」
「ぬぁ……!?」
「呆れた…千代美アンタ全然気付いてなかったの……?稼げるうちに稼いでおかないと肝心の全国大会で金欠とかマジ洒落になんねぇってペパロニさん言ってたわよ……?」
「うぐぐ……」
この時アンチョビは今日の売り上げが空前のものである事まだ知らなかった訳だが、その売り上げがあって尚アンツィオの台所事情が火の車である事に変わりはなかった。
幸いその事で思考が後ろ向きになる者はチーム内に一人としていなかったが、戦車道に集中出来る環境を残してやれなかった事は、卒業を目前に控えたアンチョビにとっては心残りとなった。
「あら、今度はウサギさんチームね…ってな~に?あの梓の腰の腰の引けようは……」
唸るアンチョビに呆れヤレヤレと肩を竦めたラブがステージに目を向ければ、そこには丁度順番が巡って来たらしい大洗最強の怖いもの知らず集団、ウサギさんチームの姿があった。
しかし笠女留学でたわわ化して以降チーム内ですっかり
「しょ~がないなぁ……ちょっと梓!あなた仮にもAP-Girlsのメンバーなんだから、そのステージに上がった以上はもう少ししゃんとしなさいよね~!」
「え!?や、いつく……ラブ姉!それは留学してた時だけの事でしょ!?」
危うく厳島先輩と言いかけた梓はそれが地雷ワードである事を寸での処で思い出し、慌ててラブ姉と呼び直したが地獄耳の女王はそれを聞き逃してはおらず、口元を僅かに引き攣らせながらステージ上で狼狽える梓に嫌な予感しかしない笑みを浮かべて見せた。
「Hey!Rosy!」
「はいですの!」
アッサムと合流以降、愛玩動物状態でずっと彼女にモフられ目を細めていたローズヒップであったが、ラブにAP-Girlsのリーダー厳島恋の声でその名を呼ばれた途端クワっと猫のように目を見開くと、目立たぬよう隠れて食事を楽しんでいたオレンジペコを小脇に抱えダッシュでステージ上に駆け上がって行った。
「ろ、ローズヒップさん何をするんですか!?」
「ペコこそ何を言っているんですの!?
「誰が
「うふふふふふ♪さすがロージーはよく解ってるわねぇ、それでこそAP-Girlsのメンバーよ!」
テンパって二連発で地雷を踏み抜いたオレンジペコにこめかみの辺りをピキピキさせたラブは、彼女に呼ばれただけでその意を酌んで行動して見せたローズヒップを賞賛する。
「待って!ペコさん逃げないで!」
「あああ梓さん!?手を!その手を離して下さいまし!」
「さあさあお二人共!ボヤボヤしてないでポジションに付いて!曲がスタートしますわよ!」
逃げようとするオレンジペコと引き留めるのに必死な梓の間に割って入ったローズヒップは、スクラムを組むようにがっしりと肩に腕を回し二人を離そうとはしない。
「ですからローズヒップさん!勝手に話を進めないで下さい!」
「私を置いて行かないでペコさん!」
「さ、二人共早くこれを付けて!」
「こ、これは!ローズヒップさん!い、いつの間にこんな物を!?」
「ペコさん一人で逃げちゃイヤぁぁぁ────っ!」
「二人共私の話を聞いて下さい!」
二人を捕縛したローズヒップがそれぞれの顔の前に振って見せたのは、AP-Girlsがステージで使用しているワイヤレスインカムだったが、彼女が手にしているのはLove Gunメンバー専用のモデルで、マイク部分がLove Gunのパーソナルマークになっている物であった。
おそらくはローズヒップがステージに駆け上がる前に、ラブが横を駆け抜ける彼女に手渡したであろうワイヤレスインカムを見たオレンジペコは、自分に待ち受ける恐ろしい事態に顔色を変え一層必死に逃走を図ろうとしていた。
しかし一向に自分の話を聞こうとしない二人にオレンジペコも思わず声を荒げたが、傍から見れば三人の噛み合わないやり取りは完全にトリオ漫才のソレであった。
『コイツ等スゲ~面白れぇ~』
今やステージ上にいる事も忘れ、アリーナ中の視線が自分達に集まっている事にも気付かず騒ぐ三バカトリオは、笠女短期留学中に膨らんだたわわをぎゅうぎゅう押し付けながら揉め続けていた。
『チッ…一年坊主の分際で……』
下手なコントより遥かに面白い三バカトリオのお笑いステージを最初こそ笑っていた三年生達であったが、おしくら饅頭でムニュっとなったりユサユサ揺れる一年生らしからぬ三人のたわわな重装甲に、悔しそうに舌打ちしながら微妙に目を逸らすのだった。
だがそんな事をやっているうちに予約されていた曲のイントロが高音質なステージの音響機器から流れ出し、カラオケボックス宜しく取り揃えられた鳴り物のタンバリンやマラカスをノリノリで鳴らすウサギさんチームに煽られ、三人はなし崩しでステージのセンターで歌い始めていた。
果たしてその反応がパブロフの犬なのかは解らないが、短期的とはいえラブに鍛えられた三人はイントロが終わる頃にはその表情が一変し、本家本元のAP-Girlsとは行かないまでも素人とは思えないキレキレの歌とダンスパフォーマンスを披露していたのだった。
「Wow…ラビットがあそこまでやるとは思わなかったわ……私が言うのもなんだけどさ、あの子真面目過ぎなトコがあるし何より性格的に地味じゃない?そのラビットが一体どんな仕込みをしたらあんな派手な真似が出来るようになるワケ?」
大学選抜戦に於いて中隊長としてあさがお中隊を率いたケイは、彼女の指揮下で勇戦し大洗の首狩り兎の名に恥じぬ大物喰いぶりを発揮した梓が大のお気に入りだった。
そんな彼女は梓をラビットと呼び、何かに付けてちょっかいを出してはその反応を見て面白がっていたので、ステージ上でオレンジペコとローズヒップと共にパフォーマンスを繰り広げる梓を、如何にも驚き呆れたような顔で見上げていた。
「何よ、何が言いたいのよ~?ケイはあんな梓はイヤとか言うんじゃないでしょうね~?」
「ふふん♪」
ジトッとした目でケイを嫌味っぽく詰問するラブだったが、よく見ればその目は笑っている。
そしてケイもまたラブが自分の考えなどお見通しなのが解っているらしく、鼻で笑いながらもやぶさかではないといった感じの笑みを浮かべて見せると、そのままステージに向き直りパフォーマンスを続ける梓に向けて指笛を鳴らすのだった。
『フ~ム…ローズヒップ君はともかく澤君やオレンジペコ君は、こういう時率先して行動するタイプではないように思うんだがなぁ……AP-Girlsにしてもそうだが、どうもここっていう場面になると豹変するというか……これはラブの…厳島流の指導方法と何か関係があるのだろうか……?』
騒ぐケイ達を一歩引いた位置から見ていたまほだったが、ステージ上でドタバタのコントを演じていた三人が歌い始めた途端、それまでとは表情が一変し引き締まった瞬間を見逃していなかった。
『う~ん…これだけでは判断材料に乏しいな……そのうちお母様辺りに聞いてみるか……』
この時はまほ自身もあまり深く考えての事ではなかったが、彼女が気付いた梓達の変化こそが厳島流特有の常軌を逸した強さの根幹に係わる重要なポイントであった。
だが今のまほは前述の通りそこまで深くこの変化について考えていなかったので、アンチョビに取り分けた料理の盛られた皿を渡されると彼女の意識はそちらに向かっていた。
「Good grief!ったくもう!いっくらなんだってさぁ、アレはちょっとにやり過ぎなんじゃない?」
周囲から散々煽られ結局は三曲連続でハード目なAP-Girlsのナンバーを歌わされた三人は、額に汗を浮かべ肩で息をしながらステージを降りていた。
だが三人がステージで暴れる間、激しく揺れる彼女達のたわわにすっかり目が死んでしまったケイは、黒森峰が持ち込んだ麦ジュースを煽りながらラブに絡み続けていたのだった。
「あのねぇ…一年生相手に何を僻んでんのよ……?」
「うっさい!」
それまで八九式中戦車の紙装甲といい勝負だった三人が、ほんの数日笠女に留学しただけでティーガーⅡ並みの重装甲と化した事でケイの自尊心は木っ端微塵に粉砕されていた。
故に図星を突かれたケイはキッとなった顔で牙を剥きラブに噛み付いたが、噛み付かれたラブの方は面倒そうに手をヒラヒラ振って向けられた矛先をいなそうとした。
しかしそれでも執拗に絡むケイにうんざりしたラブは一層面倒そうに溜息を吐くと、何処か投げやりな感じで悪魔の囁きを洩らすのだった。
「あ~もう煩いのはどっちよ~?ならいっそアンジーを
「いや、アンジーは存在そのものが奇跡だからそれはいいわ!」
その派手な容姿と裏腹に意外とそっち方面が奥手なケイは、ラブの暗躍で大洗の元ロリ会長角谷杏と一線を超える関係を結んでいた。
しかしぶっちぎりなカチューシャ程ではないにしても、本当に高校三年生なのかと疑問符が付くレベルの発育具合の杏に夢中になるだけあってケイは彼女の希少性を充分理解していたので、杏のちっぱいをたわわ化させようかというラブの提案は真顔で即座に却下していた。
「コイツはぁ……」
その反応の速さに呆れたラブが死んだ目で周囲に視線を彷徨わせると、それまでの二人のやり取りを静観していたノンナの凍てつくような青い瞳と目があった。
だがその瞬間ノンナはラブが何かを言う前に、周囲が凍り付くブリザードのノンナの異名そのままの顔になると、胸の前で絶対的な拒否を表明するように腕をクロスさせてバツ印を作っていた。
「この
『オマエが言うな……』
ケイにしてもノンナにしても、
「ふん…人が折角大幅に感度アップしてあげようかと思ったのにさ……」
「え……?」
「ちょっ……!」
ケイとノンナに冷たくされて拗ねたラブが捨て台詞を残しプイっと背を向けると、ものの見事にそれに釣られた二人はその背に向けて狼狽えているのが丸解りな声を洩らしてしまう。
だがラブはそれに気付いているはずなのに一切振り向く素振りを見せる事なく、ステージを降りたばかりの三人の下へとスタスタと向かっていた。
「チッ……!」
「クッ……!」
上手くやり込めたつもりでもこういう時はやはりラブの方が何枚も上手であり、ケイもノンナも立ち去る彼女の背中を悔しそうに見送る事しか出来なかった。
やっとヤイカ登場……まぁ名前だけですけどw
この先もそんなストーリーに絡む事はないと思いますけど……多分ww
でも私はあの濃いキャラが結構好きですwww