『お互い忙しい日なのに、こんな朝っぱらからスマン……』
黒森峰の卒業式当日、同じくこの日卒業式を迎えるアンツィオに通うアンチョビは、申し訳なさそうにまほが電話に出るなり開口一番そう切り出したが、彼女の声は何処か困っているようで、何かトラブル発生したのかと心配になったまほも自然と硬い口調で受け答えしていた。
「ああ問題ない大丈夫だ…それよりどうした、何かあったのか……?」
『いや実はな、つい今しがたラブから私宛に小包が届いてな……』
「ナニ?小包だって!?」
『そうなんだ、ビジネスヘリって言うのか?何かやたら派手な青い足の速そうなヤツが下りて来たな思ったら、直ぐに寮内の放送で私が呼び出されたんだわ…で、寮監の所に行ったら厳島の宅配会社の人が待っててな、ラブから私宛の小包を直接手渡されたんだよ……』
驚いたまほの口から飛び出した小包の一言に、思わず身を乗り出したエリカは大きく目を見開いたまほと顔を見合わせる。
「そ、それでその小包の中身というのは……?」
あまりのタイミングにまさかと思いながらも、頭の中のどこかで多分そうだろうと何となく考えていたまほは、最も気になっている小包の中身について質問していた。
『それなんだが、かなり精巧に細工された徹甲弾型のペンダントでな…この形状はどう見てもパンターが使う75㎜だと思うんだが……』
やはりそうかと思いながらアンチョビの話を聞いているまほに比べ、彼女の話しぶりからその内容が凡そ察しが付いているとはいえ、また聞きのような状態ではエリカにはいまいち話の全容が見えなかった。
なのでエリカはまほの肩を指で軽くトントンすると、ハンドサインで通話をスピーカーホンに切り替えるよう頼んでいた。
『それと薬莢部分にだな──』
「Kameradenの刻印ですか?」
『おわ!?何だ今の声!エリカか!?』
てっきりその場にいるのがまほだけだと思っていた処に、突然エリカの声が割って入った事で不意を突かれたアンチョビは驚いたが、それ以上に丁度話そうとしていた刻印の事を先に言われもっと驚いていたのだった。
「済みません、勝手ですが聞かせて頂きました…それでドゥーチェ、薬莢部分に刻まれている刻印はKameradenで間違いないですか……?それと後もう一つ、ペンダントトップを吊るすバチ環の部分のデザインがラブ姉のパーソナルマークになってませんか?」
『何でそれを…ってそうか、西住の所にも届いていたか……いや、私に贈って来たんだから当然西住にも届いていると考えるのが普通だよな……これ多分ラブからの卒業祝いなんだと思うんだが、如何せんメッセージカードの一枚も入ってないだろ?だから私もちょっと判断に迷ってなぁ……んで報告も兼ねて電話させて貰った訳だが、その様子からするとどうやらエリカの方が事態を正確に把握しているようだな?』
最初は驚いていたアンチョビも、エリカが贈られて来たペンダントトップについて詳しく言い当てた事で、話す相手を彼女中心にした方が良さそうだと判断していた。
「まぁ正確にとは私も言い切れませんが、届いたのはラブ姉からの卒業祝いで間違いないと思います…まず間違いなくオーダーで作った物ですし、大分前から計画していたんだと思います……」
『そう、それなんだよ…私もこりゃ殆ど一点物に近いオーダーメイドの品だろうと思ってな……あとな、エリカに刻印と言われて思い出したんだが、よく見たら薬莢の底部に小さくSV999の刻印があるんだよ……これって確か純銀である事を現す表示だったよなぁ……?』
『ホントだ……』
アンチョビに言われてまほがペンダントトップを逆さにして覗き込むと、そこには確かに極小さくだがSV999の刻印が刻まれており、まほとエリカは同時に同じセリフを呟いていた。
『でな、オーダー物でサイズがライフル弾位はある純銀製となると、こりゃあもうそう安く作れるシロモノとはとても思えなくてな…果たしてこんな高価な物をまだ高校生の私が受け取っていいものか相談したくて電話した訳なんだが……』
しかしその直後にアンチョビがまほと全く同じ事を心配して似たような事を口走ると、話を聞いていたエリカは妙に可笑しくなりクスリと笑ってしまったのだった。
『ん?何だ、私何かおかしな事言ったか……?』
「ああドゥーチェごめんなさい、そうじゃないんです……」
謝罪をする一方で軽い笑いを堪えつつエリカが視線をまほへと向ければ、そこには複雑で微妙な表情でどうぞとばかりに両掌で差し出す仕草のまほの姿があった。
その仕草と表情に今度は本当に吹き出しそうになったエリカは、咄嗟に彼女に背を向けるとアンチョビの為にまほにしてやったのと同じ話を聞かせたのだった。
『う~ん…成程話は解ったがそれでもやっぱり気が引けるというかなぁ……』
電話の向こうで難しい声で唸っているアンチョビは、まほと違い自分でもある程度予想が付いていたようで話は早かったが、やはりまほと同様分不相応ではないかと躊躇していた。
だがそんな彼女に対してエリカは、まほから聞かされているはずのクマのヌイグルミの一件を持ち出し、まだ抵抗があるらしいアンチョビを説得に掛かっていた。
「まあお気持ちは解りますけど、今言った通りなのであまり固辞するのもどうかと思いますよ?とにかくここはラブ姉の気持ちを一番に考えるのが得策かと…でないと……」
『でないと……?』
エリカが話の途中で敢えてひと呼吸分溜を入れると、思わず釣られたアンチョビは彼女の最後の一言を復唱し息を呑んだのだった。
「…でないとドゥーチェもまほ姉みたいにクマのヌイグルミにされますよ……?」
「ふぁっ!?」
何か深刻な事態でも起きるのかと身構えたアンチョビも、まさかエリカからそんな下らない事を言われるなどと思ってもみなかったので、予想外の事態に変な声上げ同時に何かが引っ繰り返る音を盛大に立てていた。
そして聞こえた変な声とガタンという音に、思わず何事かとエリカは携帯を覗き込んだのだった。
「どうかしましたか……?」
『な、何でもない!大丈夫だ!』
携帯を手にしていないのか少しアンチョビの声に被さってガタガタと何かを動かす音が聞こえ、エリカと一緒に携帯を覗き込んでいたまほも妙な顔をしている。
「何やってんだアイツは……?」
椅子かテーブルでも引き摺っているような音しか聞こえず、これはどういう事だろうと視線で問うまほに、エリカもまた私に聞かれても困りますとばかりに肩を竦めていた。
『イタタタタ…ったくもう何を言い出すかと思えば……スマン待たせた……解ったよ、ここは素直にエリカの忠告に従う事としよう』
卒業後は直ぐに大学でのチーム立て直しの準備に入らねばならず、それこそやらなければならない事が山積みなアンチョビは忙しい時の厄介事を回避する為にも、エリカの言うようにラブからの卒業祝いを黙って受け取る事に決めたのだった。
「なんか色々済まないな……」
『いや構わんさ…しっかしなぁ、ラブのヤツといい
「ん?何かあったのか?」
身内であるラブのちょっとした暴走に巻き込んだ事をまほは謝罪したが、事情さえ判ればそれでいいとアンチョビはあまり気にせぬようにと軽く受け流した。
しかしその後の彼女の呟きの意味が解らず、まほは少し怪訝そうにしていた。
『あぁいや、大した事じゃないんだ…まぁ大学に行くようになったら嫌でも見る事になるからその時にでもな……』
「そうか……?」
何を言ってるんだと思いつつもここでアレコレ詮索しても無駄だろうと、まほはまた後で連絡するなどと挨拶を交わし電話を切ろうとしていた。
だがまさにまほが電源ボタンに指を伸ばしかけたタイミングで、今度はエリカの携帯が制服のポケットの中でけたたましく着信音を鳴り響かせた。
「失礼、誰よこんな時間に…はぁ……?」
アンチョビのような緊急な内容ならいざ知らず、まだ早朝と言ってもいい時間帯に電話をかけて来る相手など心当たりのないエリカは、ポケットから取り出した携帯の液晶画面に表示された発信者の名に思わず間の抜けた声を上げていた。
「…ダージリン先輩?何で私に……?聖グロも今日が卒業式だったわよね……」
互いに番号とメアドの交換はしていたが、実際ダージリンが自分に電話を掛けて来たのはこれが初めてで、それが選りにも選って卒業式当日である事を不審に思ったのであった。
しかしだからといってそれが着信を無視する理由にならず、用件が厄介事でなければいいがなどと考えながら着信ボタンに指を掛けたのだった。
「はい、逸見です……」
『あぁ良かった、やっと繋がったわ…おはよう逸見さん、こんな忙しい日の朝早くからごめんなさいね……ねぇ、もしかしてお近くにまほさんいらっしゃらない?先程から何度か電話したけどずっと話中で繋がらないのよ……』
エリカが電話に出るなり立て板に水で一気にそれだけ言ったダージリンは、漸くそこで口を噤みエリカに発言の機会を与えていた。
「それは申し訳ありません、実はドゥーチェと電話中で少し長引いてまして……」
『アンチョビからですって……?そうでしたか…ではそちらが終わり次第私の携帯に掛けるように伝えて頂けるかしら……?』
「畏まりました、ですが何か急ぎのご用件でしょうか?でしたら先に用件を私の方から伝えておきますが如何しますか……?」
ダージリン相手という事あってかエリカも言葉を選びながら話を進め、まほの代理として最低限の話を聞き出そうとしていた。
『…あなたなら話しておいても特に問題なさそうですわね……実はつい今しがた私とアッサム宛てにラブから宅配で小包が届きましたの』
「ああ成程、そういう事か……」
ダージリンが自分とアッサム宛てに小包が届いたと言った直後、全てを悟ったエリカは無意識のうちにポツリとそう呟きを洩らし、それを聞き逃さなかったダージリンは間髪入れずにそれはどういう意味かと問い質していたのだった。
『もしもし?今の成程とはどういう意味なのかしら?逸見さん、あなた一体何を知っていらっしゃるの……?』
大概の者であれば逃げ出しそうなダージリンのねちっこいもの言いを前にしても、動じない処か自分の考えに没頭しているエリカは、まるでスルーでもするようにダージリンの追及に即答する事はなく、頭の中を整理でもするように独り呟き続けるだけだった。
「…って事はだ……他の人達の所にも同じ物が届いていると考えるのが自然よね……」
『ちょ、ちょっと逸見さん……エリカさん!?もしもし!聞こえてます!?』
「あ~済みません、そのまま少しお待ち頂けます?」
『はいぃぃ!?』
用件を伝えてからこっち殆どほったらかしに近い扱いを受けるダージリンは、更なるぞんざいな扱いに電話の向こうで面喰らっていたが、そんな彼女の様子などお構いなしにエリカはこれから起こる事態に備え行動を開始していた。
「まほ姉にドゥーチェ、ちょっといいですか?今私の携帯にダージリン先輩から電話が掛かって来ているのですが──」
この状況であれば話が筒抜けな方が手っ取り早いと判断したエリカは、自分の携帯もスピーカーホンに切り替え、まほとアンチョビも含めた全員にラブの想いを代弁して伝えたのだった。
『そう…やはりそういう事でしたのね……』
ダージリンもアンチョビ同様にある程度は予想していたようだが、事ある毎にラブに下らないちょっかいを出していた彼女は、その分常に後ろが気になるレベルで疑り深くなっていたのであった。
『だからダージリンはあれこれと勘ぐり過ぎなのよ…けどまあそれも身から出た錆ですわね……』
『何ですってぇ!?』
エリカが説明を始めるとダージリンもまた携帯をスピーカーホンに切り替えていたらしく、エリカが話し終えるのを待っていたアッサムは、呆れ混じりな口調で小馬鹿にしたようにダージリンを窘めるのだった。
「とにかくそういう訳ですので、お手元に届いたペンダントは何も言わずに黙って受け取る事をお勧めします…これでもしまたいらん事を言ったら、それこそラブ姉に一生恨み言を言われるネタを提供する事になりますよ?」
ラブが全員に卒業祝いとしてペンダントを贈ったと結論付けたエリカは、話の最後でダメ押しの如く釘を刺すのを忘れておらず、それぞれラブの機嫌を損ねた経験がありヘソを曲げた時の厄介さは身に染みていたので、彼女のその一言は充分に効果があったようだ。
「それではこれで切らせて頂きますね、多分この後直ぐにケイ先輩とノンナ先輩辺りから電話が掛かって来ると思いますので」
ケイはともかくとしてプラウダはカチューシャではなく、ノンナから電話が掛かって来るであろうと予測している辺りは実によく解っているなと、一連のやり取りを黙って聞いていたアンチョビも内心可笑しくて仕方がなかった。
だがそれに関しては彼女も特段触れる事はなく、取り敢えずバッサリと言ってのけたエリカに敢えて無責任な事を言ってそのまま先に電話を切ったのだった。
『あ~解ったよ、それじゃ面倒な事は全部エリカに任せたぞぉ~』
「……」
それに対して彼女も色々言いたい事はあったが、ここでそれを言っても時間の無駄にしかならないので、エリカは黙ってそれを聞き流し今はチラリとまほの事を睨むに留めていた。
「その…済まんエリカ……」
何とも居心地悪そうするまほは極短く消え入りそうな声でそれだけ言ったが、彼女が頭を下げるか下げないうちに再び携帯の着信音が鳴り、エリカの予想通りの展開である事に絶句したのだった。
『本当に良い読みをしていらっしゃる事…それでは私達もこれにて失礼させて頂きますわ……』
エリカが通話を終えるより先にケイからの着信があった事で、ダージリンもエリカの予想通りの展開になった事を知り、毒気を抜かれたような口調でそれだけ言うと終了ボタンを押していた。
そしてアンチョビに続きダージリンも通話を終えると、それで我に返ったまほは液晶画面の発信者の名を確認しながら着信ボタンを押していた。
「…今度はケイか……はいもしもし、待たせたな……」
『Aww!や~っと繋がったわ!朝っぱらから随分と長電話してたみたいだけど、もしかしてアンチョビからのモーニングコールってヤツぅ?だとしたら妬けるわね~、今度私もアンジーにお願いしてみよっかな~?』
「あのな…それでその朝っぱらから電話して来た用件は何だ……?」
相変わらず開けっぴろげ過ぎで身も蓋もないケイの言動に顔をしかめるまほであったが、彼女が着信早々にスピーカーホンにしていたので通話内容はエリカにも全部聞こえていた。
故に彼女はケイのおバカ丸出しな与太話とまほのしかめっ面に、笑いを堪えるのにえらい苦労させられたのであった。
『Oh!そうだったわ!お互い今日はクソ忙しい日なのにゴメンね~。実はさぁ、ついさっきの事なんだけど──』
「ラブから徹甲弾のペンダントが届いたか?」
『What's!何でまほがそれを知ってんのよ!?』
「あ~、そのままちょっと待ってろ……」
ケイに皆まで言わせず話を遮ったまほの視線の先では、計ったようなタイミングで着信ランプが点滅を始め、次いで最近エリカがダウンロードしたばかりのAP-Girlsの新曲の着メロが鳴り始めた。
「ああ、やっぱりノンナ先輩からですね……」
『は!?今の声エリカ!?ってか何でスピーカーホン……?』
賑やかな事に変わりはないがそれでも立て続けに予想外の事が続き、何が起こっているのかとケイは電話の向こうで挙動不審になっている。
「お待たせしました逸見です…はい、そうです……それはタイミングが悪かったですね……」
ノンナと話しながら手探りで通話をスピーカーホンに切り替えたエリカは、携帯を応接セットのローテーブルの上に置いていた。
『そうでしたか…それで何度掛け直してもずっと話中だったのですね……普段なら少し待って掛け直すのですが、何分こちらも卒業式が控えているので時間に余裕がなく、急ぎ確認したい事があったのでこうして逸見さんの携帯に掛けさせて貰った次第です』
「問題ありません、それでノンナ先輩がご確認したい事というのは、ラブ姉が贈ったペンダントの件で宜しいでしょうか?」
『逸見さんあなたっ!?』
『ノンナぁ!?』
滅多な事で感情を表に出す事のないノンナが珍しく動揺し上ずった声を上げ、その声が聞こえたらしいケイは素っ頓狂な声を上げまほも驚いた顔で目を丸くしている。
『おそらくはそういう事だろうとは思っていましたが、やはりそうでしたか……』
『Hmmm……そりゃエリカの言う事だから間違いないとは思うけどさ~』
アンチョビと聖グロの二人にしてやったのと同じ説明を受けたノンナとケイは、それぞれに対照的な反応を示していた。
「まぁケイが疑いたくなる気持ちも解らんでもないがな……」
ダージリン程ではないが根が真っ直ぐなケイもラブには散々オモチャにされて来たので、やはり相当に疑い深くそんな彼女にまほも同情気味だった。
『でしょ~?さっきもナオミがこれはラブのヤツが卒業前に最後のトラップ仕掛けて来たんじゃね~かとか言い出すしさ…それで終いには非破壊検査に掛けた方がいいとまで言い出したのよ……?』
『ちょっと待てや!非破壊検査云々はケイが言い出したんだろーが!』
『全くあなた達という人は……』
『何よノンナ!そういうそっちはどうなのよ!?』
『こちらはシベリアのタイガより心の広いカチューシャ様が、届いて早々首に下げて得意げに寮内を練り歩いていますがそれが何か……?』
『子供か……』
これまでの経緯から同情的なまほと違い、好き勝手に酷い事を言う二人にノンナは蔑みの混じった冷たい声で呆れて見せ、それに食って掛かるケイのせいでスピーカーホンを使った三元中継はただの電波の無駄遣いになりつつあった。
『…これ本人が聞いたら何て言うかしら……?』
自分が懇切丁寧に説明したにも拘らず、ラブからの卒業祝いを巡り言いたい事を言う連中の言葉に眉を顰め呆れるエリカであったが、全てはラブのこれまでの行いに原因があるので彼女には同情する気持ちはこれっぽっちもなかった。
「あー皆さん、色々思う処はあるようですが、取り敢えず私がご説明申し上げた事はご理解頂けたと思っても宜しいでしょうか?」
『え……?』
『あ……』
これ以上この状況を放っておくと、それこそただの言い合いになって時間だけを浪費する事になりそうだと判断したエリカは、敢えて慇懃な態度で会話に割って入り不毛なやり取りを強制終了させる手に出ていた。
「何分今日は卒業式やら退艦式やらの行事の予定が目白押しなので、それ以上は後で個別にやって頂く訳にいかないでしょうか……?正直今日は私達在校生の方が忙しいので、私もそろそろ朝食を摂りたいんですよ」
『Sorryエリカ……』
『申し訳ありません……』
実際時間の方は相当経過していたので、本格的にヤバい事になる前に朝食を済ませたいエリカとしては、例え先輩相手でもここで甘い態度を見せる訳には行かなかったのだ。
だが結果として彼女のその強い態度が功を奏し下らない言い合いもそこで終わり、頭の冷えた二人もエリカに謝罪しつつこの件で余計な事を言ってラブを刺激しない事を約束したのだった。
「あ~朝っぱらか疲れたわ~」
「ホント済まなかったなエリカ……」
「あぁもういいですよ…まほ姉は式が始まるまで他の卒業生の方達とのんびりしてて下さい、私は取り敢えず朝ごはん食べて仕事始めますから……」
最後の最後までエリカに厄介な仕事をさせてしまい心底済まなそうにするまほであったが、エリカの方は慣れっこだといった調子でソファーから腰を上げると、ヒラヒラと手を振りながら寮の食堂目指してサッサと立ち去って行ったのであった。
『あ~もうホントにメンドクサイったらないわ……これはマジでラブ姉にはそれなりの見返りを用意して貰わなきゃ割に合わないわよね~』
食堂に向かう道すがら、制服のポケットに入れっ放しになっている今日の予定表を取り出しタイムスケジュールを確認していたエリカは、頭の中では愚痴交じりにそんな事を考えていたのだった。
「
全国の主だった学校が卒業式を迎えたこの日、まほ達もまた無事卒業式を終え謝恩会を始めとする幾つかの卒業祝いの行事の後、いよいよ学園艦に最後の別れを告げる退艦式を迎えていた。
「ありがとうエリカ…エリカには何から何まで本当に世話になったな……」
「何です今更……?」
既に卒業式も済ませたまほ達は黒森峰の生徒ではなく私服に着替えて退艦に備えていたが、見送る在校生達は退艦式の伝統であるディアンドルを身に着け別れの場に臨んでいた。
「もうそんなに虐めないでくれ……」
「ふふふ♪冗談ですよ」
肘に掛けていた花籠から門出や飛躍などという言葉が花言葉であるスイトピーと、希望や前進という言葉が花言葉のガーベラをメインにあしらったミニブーケを取り出して手渡しながら、エリカはやや人の悪い笑みを浮かべて笑っていた。
「そうか…後の事はエリカに任せる……エリカになら安心して全てを任せる事が出来る……今日まで本当ありがとう、これからはエリカが思うように存分にやってくれ」
「お任せ下さい、失った王座はこの私が必ず奪還してみせますのでご安心下さい」
エリカが身に纏う可愛らしいディアンドルには凡そ不釣り合いな殺伐としたセリフだが、それを聞いたまほは満足げに大きく頷くと右手を差し出し、二人は力強い握手を交わしそれを別れの挨拶としたのであった。
彼女達の周りでも先輩後輩達が様々な想いを胸に別れの挨拶を交わし、いよいよやって来たその時に何ともセンチメンタルな空気が辺りには漂っていた。
そしてまほ達卒業生が一歩一歩思い出を懐かしむように長い舷梯を下り終え陸に降り立つと、学園艦自身が最後の挨拶をするように力強く長い汽笛を二度三度と鳴らしたのだった。
私立三笠女子学園の各校舎の屋上はそれぞれ学科毎に趣向を凝らした四季の花々で彩られ、生徒達にとっては昼休みなどの時間を過ごすのにうってつけの憩いの場であった。
しかし新設校故に現在の処一年生しかいない為に卒業式のない笠女は、既に終業式を終えていたので学校にいるのは部活の生徒位で普段のような活気は感じられず、屋上庭園も殆ど人影はなく寂しさを感じる程に静かであった。
だがラブの属する芸能科の本校舎屋上だけは少々様子が異なり、時折風に乗りアコースティックギターの弦を弾く音が聴こえていた。
まほ達が卒業を迎えたその日、屋上庭園の中央の白く塗られた可愛らしい印象のガゼボと呼ばれる西洋風東屋の下、柵と一体の作り付けのベンチには只一人ラブがギターを爪弾く姿があった。
いつもであれば全身に負った傷痕を隠したいという思いもあり、制服をキッチリ着込んでいるラブであったが、今日の彼女は上着を脱いで袖も捲り上げ、リボンタイも解きボタンも外し胸元の深い谷間を露にしていたのだった。
そしてその胸元には仲間達とお揃いのドッグタグと共に、卒業祝いとして贈った白銀の徹甲弾のペンダントが輝きながら揺れているのが印象的であった。
ラブはLove customと呼ばれる彼女の為にオーダーメイドで作られた、特別なアコースティックギターの弦を先程から散発的に弾いていた。
傍らに置かれたノートを見るとどうやら曲作りの最中なようであったが、今彼女がぽつりぽつりと弾いているのはパンツァーリートであり、一見するとどうやら曲作りに行き詰まり気分転換しているようにも見えた。
ところがよく見るとラブの表情は何処か心此処に在らずな印象で、弦を弾く指も自動的に動いているように感じられたのであった。
「恋…ここにいたのね……」
「愛……?」
ラブが作曲の手を止めパンツァーリートを爪弾き始めてから果たしてどれ位の時間が経過したのか、彼女がふと我に返るとその目の前にはいつの間に来ていたのか愛の姿があった。
「ボイトレの時間…忘れてたの……?」
「忘れてないわ…ちゃんとアラームセットしてるもの……」
「そう……」
ラブを探していた愛に悪びれた風でもなく顎で示した先には携帯が放り出されていたが、果たして本当にアラームがセットされていたかその状態では確認が出来ない。
もし二人の事情を知らない第三者が今ここにいれば、あまり仲が良くないのかと思う程に素っ気ない会話に聞こえたかもしれないが、愛がラブを想う気持ちは誰よりも強くラブもまた愛の事を盲目的に深く愛していたのだ。
「もういいの……?」
「構わないわ…粗方曲の構想は纏まってるから……」
愛が現れた事で無意識にギターを弾いていた手が止まったラブは、そのままギターをケースに収めると携帯をポケットに落とし込み開きっ放しのノートとペンも片付けていた。
しかし今彼女が閉じたノートにはろくにコードも書き込まれておらず、果たして本当に曲の構想が纏まっているかは怪しかった。
だが愛もその事について特に追及する事もなく、無言で彼女が機材を片付けるのを待っていた。
「さ、いいわ行きましょ……」
「ええ……」
ギターケースとノート類を入れたクリアケースを手にしたラブが立ち上がると、はずみで大きく揺れた徹甲弾のペンダントが春の午後の陽射しにキラキラと輝きを放つ。
そして立ち上がったラブが三段程の東屋の階段を下りたその時、辺り一帯の空気を震わせるような低音の汽笛が風に乗り彼女の耳に届いたのだった。
「あぁ…終わったのね……」
彼女の耳に届いたのは卒業式の為に横浜港に帰港中の聖グロの学園艦が、退艦するダージリン達を見送る為に鳴らしたものであり、その巨体故汽笛もまた余裕で横須賀迄届く程に大きかったのだ。
時計を見るまでもなくその時が来た事を悟ったラブが空を見上げると、今度は横須賀の対岸にある房総半島側から更に大きな汽笛が連続して聴こえ、ラブはそっと目を閉じその音に聞き入っていた。
「そう…あちらも無事に済んだのね……」
聖グロに続き汽笛をならしたのは千葉を母港とする知波単の学園艦であり、聖グロと同様今日が卒業式であった知波単も、問題を起こしかけた辻のシンパ達を無事卒業させる事が出来たのだった。
「恋…行くわよ……」
「ええ、解ってる……」
愛に促され彼女の後を追うラブであったが、まほ達が巣立ち再び独りとなる彼女の背中は、やはりどこか寂しさを纏っているように見えた。
しかし彼女にとって戦いはこれからが本番であり、その足取りに弱々しさなど微塵も感じられず、切れ長な目には見る者を射竦める程強い光が宿っていたのだった。
『待ってなさい…私は必ずそこに行くわ……』
どうしてもチョビ子達をメインに絡めるので、
彼女達が卒業するまでを描く第四章はシリーズ最長となってしまいました。
次回から新章に突入ですが、またドタバタになるので宜しくですw