今回は三笠女子学園の存在理由が明らかに…。
『どうやってごまかそうかなぁ……』
「お前今どうやってごまかそうかなぁとか考えてただろ?」
アンチョビが指揮用鞭でビシッとラブを指し鋭く指摘する。
ラブは愛想良くブンブン首を振って否定するが誰も1㎜も信用する者はいない。
「えっと、何処から話そうかな~って考えてただけでぇ……」
『ウソつけ!』
全員の視線がそう鋭くツッコんでいる。
いよいよ窮地に立たされたラブはどうにか逃げ場は無いかと辺りを見回すが、座らされているのはロングソファーの角で周りを囲む様に座られ完全にNo Way Outで逃げ道は無い。
「ねぇラブ……」
いきなり隣に座っていたダージリンがラブの膝に腰掛け首に両の腕を回して来る。
そして熱のこもった視線で色っぽく見上げる様に見つめて来た。
「なになに?やっとダージリンもその気になってくれたの~♡嬉しいわ~♪」
どうにか逃げる口実にならないかとラブもすかさずそれに喰い付いたが、ダージリンが首に回した手の親指をジワジワとラブの喉に押し付け始めると少し苦しげに質問した。
「え?なに?少し苦しいんだけどダージリンはそういうプレイがお好みなのかな~?」
「おとぼけにならないで!あなた知波単の
『いきなりソコからかよ!?』
全員の心のツッコミを気付かないフリをしてダージリンは続ける。
「私すぐ後ろで見ていましたのよ、観閲行進であなたに微笑んで敬礼する絹代さんとそれに小さく両手を振り返すあなたの事を!あれは一体どういう事なのかしら?説明して下さるわよね!?」
ここでさすがに堪り兼ねたアンチョビがこめかみに指を当てつつ口を挟む。
「あのなダージリン気持ちは解るが大事なのはソコじゃない、それは後にしてくれんか?それも当事者同士で個人的にな」
ダージリンも一瞬キッとした表情になるがフンっと鼻を鳴らすと渋々ラブの膝から降りた。
「千代美ぃ…」
「アンチョビだ!それより!」
「えっと……どこから…?」
「三年前のあの日からだ!」
もう既に嫌になったといった表情でアンチョビもソファーに腰を落とす。
それを見てやっとラブも少しずつ口を開き始めた。
「えっとね…あの時は私も頭の中がグチャグチャでよく覚えてないの…でも何度か手術を受けたけど国内では難しい部分があってね…それで亜梨亜ママがアメリカのお医者さんにお願いして向こうで治療を受ける事になったの」
そこまで話すとラブは目の前のコーヒーカップを手に取り弄ぶ様に中身を揺らす。
隣に座っていたダージリンが今度は優しく先を促す様に膝に手を添える。
「それでね、アメリカに渡ってから暫くは手術とリハビリが続いたの。でもその頃は学校に行けなかったから…その代りにって亜梨亜ママの会社の研究所の先生達が私の勉強を見てくれてたんだ。でもね、周りには誰も友達は居ないし寂しくて毎日がつまらなかったの…気が付いたらもう年も変わって春になっていてみんなももう卒業してるんだって悲しくて毎日泣いてたと思う……」
ここでコーヒーを一口飲みカップをテーブルに戻し、ふと視線を周りの巡らすとその場にいる一同静かに涙を目に貯めており、何も言えずにいるとダージリンがそっと抱きしめ言葉を絞り出す。
「もういい…もういいですわ、私達のエゴをあなたに押し付けてまた辛い思いを──」
そのダージリンの言葉を遮る様にラブは続ける。
「ダージリン…ありがと……でもね、これは話さなければいけないの、そうしないと私達の空白はいつまでも埋まらないから…それでその頃かな?衛星放送でたまたま日本の局の高校戦車道特集の番組が目に入ったの。そうしたらみんなが映ってて今年のルーキー達は目が離せないって言ってて…でもその中には私はいなくって……でもね…でもね、みんなが戦車を駆る姿を見たらね、ずっとそんな気持ちが湧かなかったのにまた戦車に乗りたいって気持ちが心の中に湧いて来たの」
そう話すラブは左腕に付けられたラブの象徴である、ハートに徹甲弾のパーソナルマークのワッペンを大事そうに撫でさすり更に話を続けた。
「それからどれ位だったかな?多分夏前だったと思う…亜梨亜ママにね、もう一度戦車に乗りたい、もう一度Love Gunに乗りたいって話したんだ。そうしたらね、最初は亜梨亜ママも驚いてたけど私が本気だって解ってくれて『その決意が揺るがないなら最初の扉は私が開きましょう』って言ってくれたの。そこからは話がどんどん進んで行ってあっと言う間だったな、私もそれまで以上にリハビリも頑張れたし。それで大幅に前倒ししてこの学校もこの春に開校する事が出来たんだよ」
「つまりこの学校はラブの為に創られたって事なのか……?」
余りにも話のスケールが大き過ぎ、日頃クールなナオミが若干顔を引き攣らせつつ聞く。
「あの、別にそう言う訳ではないんだけどね、元々学校を創る計画はずっと前から進んでて、その頃には学園艦も殆ど完成していたし。ただその大元はね、小さな頃に私が言った事が関係してるらしいんだけどね……」
「それってどんな事言ったのよ?」
ここで少し言葉を濁すラブにカチューシャが少し身を乗り出して聞いて来た。
「え~っとね、ホント小さい頃の事なのよ、将来の夢とかをね…その、親や周りから子供って聞かれたりするじゃない?」
「まああるわよね、それでなんて?」
「いやまあだからホント小さな子供の言う事なのよ…その…戦車に乗ってお歌を歌うのって…」
ラブはそう言うと顔を赤らめ恥ずかしそうにその身を小さくする。
『え゛……!?』
これにはさすがに一同揃って目を見開いて絶句してしまった。
「だからホント子供の言う事だったんだってば~」
「す、すると何か!?こ、この学校は子供の頃のお前の夢を叶える為に創られたって事なのか!?」
アンチョビも口角をヒクヒクさせつつそう尋ねるのがやっとだ。
「いやね、だからたまたまそういうタイミングになっちゃっただけなのよ、そもそも芸能科も私達の歌唱部…まあ平たく言えばアイドル活動だけどそれだけじゃなくて、舞台芸術や日本の伝統芸能なんかも力を入れててね、それらを世界レベルに広める土台作りの場としての教育機関作りをするっていうのが、学校創設に当っての亜梨亜ママというかグループの基本理念なのよ」
「それにしたってオマエ……」
「まあ確かにね…それとね、これからの厳島流の事もあったしね」
「それは一体どういう事ですの?」
まだ信じられないといった顔をしつつもアッサムが聞いて来る。
「んっとね、昔も話したと思うけど厳島流って身内だけで継承して来たでしょ?でもそれも今戦車に乗ってるのは実質私だけなの。亜梨亜ママも子供の頃の私に手解きしていた頃以降、もう殆ど乗っていないのよ。今はグループの最高責任者で忙しいし、他の親族も同じ様にグループのビジネス一辺倒で厳島流のいの字も無い状態なの。だけど私はそれが悲しかったの、このままいつか私の大好きな厳島流が消えてしまうのが。そう思っていたら亜梨亜ママがね、『それならばいつの日か身内に限らず厳島の門戸を開いて
「そ、それってやっぱりラブお姉ちゃんの為にこの学校創ったって事なんじゃ……」
西住流直系のみほもさすがに言葉が震えている。
「それでそのね…」
『まだ何かあるのか!?』
一同が揃って唾を飲み込む。
「アメリカに居た頃に亜梨亜ママが時間を作って私に最終的な指導をしてくれたのよ、それでこの笠女に入学する直前に親族会議が開かれて満場一致で私が厳島流の家元を襲名したの」
『え゛ぇ゛ぇ゛────────────っ!!!!!!』
これにはとうとうその場に居たラブ以外の全員がソファーから転がり落ち、頭には見えない白旗が揚がっている。
「イタタ…こ、腰が……」
「きょ、今日一番の直撃を喰らいましたわ!」
「Goddamn!す、脛を打ったわ!」
「ば、ばばばば、バカモノ~!それを先に…!」
「精神的大粛清だわ!」
「ふぇぇ!じゅ!十代の家元ぉ!?」
「お、お母様が知ったら!」
「☆ДΩШって※◎⊆∥▼!!!」
もう最後は誰が何を言ってるのか解らない状態になっているが、これだけの爆弾を投げ込まれたらそれもまあ無理なからぬ事ではあるのだが。
その後どうにか全員がソファーに這い上がったが、すっかり荒くなった息を整えるのに途轍もない苦労を強いられている様子だった。
そんな中で息も絶え絶えながらまほがラブに言う。
「ゼェ、ゼェ…ら、ラブよ…オマエ私らをどんだけ振り回せば気が済むんだ……?」
「何もそんな驚かなくたっていいじゃな~い」
『戦車道やってる者がコレに驚かなくて何に驚くんだ!!!!!』
とうとう全員がブチ切れて一斉にラブをどやし付けた。
「だってぇ……」
「そうよ…そうですわ…この子は昔っからこういう子でした…わ!!!」
「散々人を泣かせておいてオチがコレか……」
こめかみに青筋浮かべたダージリンに続きアンチョビがぐったりしたまま力無く呟く。
「ラブお姉ちゃん…もう他に無いよね!?」
「みほまでそんな怖い顔でぇ…」
「洗いざらい白状しようか!?ラブお姉ちゃんのそういう処は信用出来ないの!」
「もう無いわよ~」
全員が疲れ切った表情でソファーに座り直しているが一様にその髪は乱れている。
ラブはその様子を上目使いで伺いつつおずおずと口を開く。
「もう…いいよね?」
一同からあまり宜しくない視線が帰って来てラブはまたその身を小さくした。
そのラブに片方解けてしまったリボンを結び直しつつアンチョビが更に質問する。
「まあ…それはいい、いや良くないが…とにかく事情は理解した。だがな、春に開校していながら何故これまで何処にも姿を現さなかったんだ?オマエとあのAP-Girlsなら、例え五両とはいえ全国大会でも結構いい処まで行けたんじゃないか?それになんだ、厳島の財力なら更に戦力の増強だって可能だろうに。その辺はどうなんだ?」
「あ~、それはね…文科省…学園艦教育局が関係しているのよ」
「それはどういう事だ?」
「えっとまずね、学校自体はそれまでの準備もあって前倒しでも春からの開校許可は下りてたの、連盟への登録と防衛省、この場合は陸自の弾薬使用許可も取れてたんだけどね。でも肝心の戦車道の履修許可が下りなかったのよ。これはね、みほの居る大洗の廃校騒ぎ…ううん、大洗以外で既に廃校になってしまった学校も含めた一連の騒動の余波だったみたいなの」
「なんだそれは?」
「うん、あの眼鏡の教育局長、辻っていったっけ?あの男は早くから廃校に向けて動いてたらしくて、それに意識が向き過ぎてその分他の事が疎かになっていたのね。内部でも問題視されてたみたいだけどああいう世界は下からそれを追及する事は中々出来ないし、上は上で甘い汁吸ってるから何があっても黙認していたみたいだし…そんな訳で平たく言うとウチの事は忘れられてほったらかしにされてたって事なのよ、何度も履修許可の申請してたのにね……ホントお金って怖いわ」
この呆れた話に一同開いた口が塞がらないがそれでもどうにか先を促した。
「それで開校してからも許可が出ないと公式戦はおろか練習試合も出来ないし…それで国内に居てもしょうがないから、伝手を頼って学園艦ごとアメリカに行って向こうで訓練したりしてたのよ」
「その伝手というのは一体?」
訝しむ表情のノンナが問うと少しだけ言い難そうにラブは答える。
「米海軍
『なっ!』
飛び出た名前にダージリンとアッサムが揃って驚きの声を上げた。
「笠女の地上施設ってね、間借りというかベースの中にあるのよ。だから一応桟橋もベースの外れに造らせてもらったの、勿論費用はウチで出してるんだけどね。それでという訳でもないんだけど笠女って半分アメリカンスクールみたいな存在なの。あ…そのキャンベル少将がね、宙ぶらりんで途方に暮れてる時にね、『それならアメリカ本土で訓練すればいい』って亜梨亜ママに助け船を出してくれたって訳なのよ」
「What's!?まさか…!」
ケイが嫌な予感がすると言った顔で声を上げた。
「うん、ケイの想像は当ってると思うわ」
「じゃあ!?」
「そう、私達ヤキマに居たの」
ヤキマトレーニングセンター(通称YTC)、あるいはヤキマファイアリングセンター(通称YFC)。
日本ではヤキマ演習場と呼ばれるワシントン州はヤキマ群にある米軍最大の演習場である。
その広さは324,000エーカー(約13万ヘクタール)と言われており、日本の陸上自衛隊もヤキマにて国内では行えない演習を実施しているのだ。
東富士も広大とは言え噴進弾など最大射程の長い物は全力で撃てない、通常弾でさえ減薬して使っていると言われている。
何しろ墳進弾などは東富士から全力で撃った場合軽く熱海にまで到達する射程を誇るのだから。
「YTC!really!?」
「うん、本当よ。そこでずっと訓練していたのよ、時々あっちの陸軍さんが暇潰しだ~!って私達の訓練相手してくれる事もあったわ」
「なんて羨ましい話なの!」
ナオミまで興奮気味に言うがラブの顔色は何故か冴えない。
「Ⅲ号みたいな小っちゃいので砂漠中エイブラムスなんかに追っかけ回されてみなさいよ、堪ったもんじゃないわ…イギリスから訓練に来てたチャレンジャーにもやられたわ……」
「それはちょっとイヤかも……」
ケイも我が身に置き換えて想像したのか嫌そうな顔をする。
「あの頃ヤキマじゃ一列縦隊組んで走ってると、陸軍さんから子ガモ小隊なんて呼ばれてたっけ」
その呼び名にみほがクスリと小さく笑う。
「ソコなんだよ、さっきも聞いた様にⅢ号以外にももうちょっと何とかならなかったのか?」
身を乗り出しアンチョビが再びたずねるがラブは再び渋い顔をする。
「Ⅲ号は元々国内調達していたの、向こうで他を探しても良かったけどアフターサービスとか色々考えると後々面倒になるしねぇ…勿論元々調達予定はあったんだけどね……」
そう話しながらラブはみほとまほの顔をチラチラと見ていた。
「私達がどうかしたか?」
みほと顔を見合わせた後まほが聞いて来た。
「そのね…言い難いんだけど大洗と黒森峰が関係してるんだ……」
「どういう事だ?」
「AP-GirlsがⅢ号に慣れて来た頃にパンターG型を2両導入する予定だったの。それ以前から仮押さえはしてたんだけど、ちょうどその頃に大洗の快進撃が始まってにわか履修校が増えだしたじゃない?それでね、業者が便乗値上げ始めて当初価格より大幅に上乗せした金額提示して来たのよ。そりゃウチは恵まれてる方だけど、年度予算ってモノがあるしもう見合う価格じゃなくなってたのよ…それでね躊躇してたら大学選抜との一戦の後にね…黒森峰が言い値で買ってっちゃったの…二両共……」
「あっ!!」
まほには心当たりがあった、思い切りあった…。
そう、それは大学選抜との戦いを終え帰投してからの事、カールに吹き飛ばされたパンター二両は当初予想以上に損傷が酷く、急遽二両のパンターを購入していたのであった。
「そんな…!じゃあウチに来たあのパンター二両は……!」
「うん…笠女が仮押さえしてたやつ……」
ちょっとショボンとしたラブを見たみほとまほは、大慌てで立ち上がると米つきバッタ宜しくペコペコ頭を下げ始めた。
『ゴメンナサイゴメンナサイ!姉妹揃ってゴメンナサイ!!』
「あ、ああこっちこそゴメンね、二人は何も悪くないわ。最近やっと連盟始め関係各組織が過剰な便乗値上げに対して動き出したからもうじき落ち着くと思うから」
「お姉ちゃん…」
「うん……」
「私の言い方が悪かったわ、ホント二人共気にしないで」
「ああ、しかし…」
「大丈夫よ、何とかなるから」
「そうか……」
ここで話を切り替える様再びアンチョビが聞く。
「そういう事情もあったか。だがラブ、あのⅢ号も只事じゃないぞ、確かに相当訓練も積んで来た様だがそれだけじゃあの動きは無理だ。一体何をやったんだ?」
「あ~、それはそんな特別な事はしてないのよ、所謂『魔改造』なんてしてないわ。横須賀に陸上自衛隊高等工科学校があるのは知ってる?あそこはね文科省の管轄外なの。それで高校の卒業資格を取得するのに…まあ笠女も普通じゃないから無理があるけど、普通高校と提携して高卒資格を取るのよ。それを利用してウチとも提携してもらってその見返りに技術供与をお願いしてるの」
「あの手この手だな…で?具体的には?」
「最初に言った様に難しい事じゃないの。普通戦車買ったらどうする?まず使ってみて、問題点を洗いだして規定範囲内で改造したりはするよね?でもウチでは最初から全部見直したの。部品一つ一つもね、噛み合わせとかあるでしょ、そういった部分を徹底的に。それこそ鏡面仕上げとかそんなレベルで。でも元々が古い設計思想だから限界はあるわよね、そういう部分は現代の工作技術で材質を置き換えたり造り直して部品精度も上げたりしたの。勿論それは規定を逸脱しない範囲でやってるわ、後多少の改造もしてるけどね。そうして組み上げた戦車はどうなると思う?ギリギリの改造しなくたって存分に力を発揮してくれるわ。だから笠女はね、隊員も戦車もちょっとやそっとじゃへこたれないの」
「それはもう充分普通じゃないぞ…むしろ普通じゃそこまで出来ん事だろ……」
話を聞いてアンチョビの顔色も青ざめている。
三笠女子学園の、いや、改めて感じるラブの、厳島恋の底の知れなさに。
う~ん、なんか色々とんでもない事になって来たなぁ…。
因みに作中登場する工科学校はそんな事する科はありませんw
なお、今週あまり投稿出来ないかもしれませんが宜しくです。