もしかすると8月半ばまでこんな感じで、投稿が遅れがちになりそうです。
読者の皆様には申し訳ないのですが、気長にお待ち頂けると幸いです。
「これでいいわ…それじゃ始めましょうかね……」
椅子に浅く腰を降ろし6弦から順に慣れた手付きでペグを回し、彼女の為だけに作られたカスタムギターであるLove Customのチューニングを終えたラブは、その作業を無言で見守っていた者達に一礼すると特にこれといった前口上もなく軽く握ったピックで弦を弾き始めた。
そしてブロンズ弦のから響く音色に合わせて、美しい唇から紡ぎ出される伸びやかで特徴的な彼女のハスキーボイスは、耳を傾ける者達を夢の世界へと誘うのだった。
「お前はいつもそうやって何かしら楽器を持ち歩いてるんだな……」
「最近はそうね…長距離移動する時は大概曲作りに時間を費やしてるし……尤も今回は最初からそのつもりだったから用意してたけどね」
どうにか長年の懸案事項であった目的を果たした厳島親子は、今回の安斎家訪問に便乗させて貰った西住親子と共に、アンチョビと母親の心のこもった手料理でもてなしを受けたのであった。
中学生にして既にラブの榴弾暴発事故で初動に当たった刑事の英子と、教導教官の亜美のお墨付きを得ていたアンチョビの料理の腕は更に上がり、彼女を仕込んだ母と共に用意していた料理の数々は厳島のトップである亜梨亜を大いに唸らせる程であった。
そしてその安斎母娘の手料理の数々を満喫しひと息吐いたラブは、心を込めたもてなしと自分の大ファンだというアンチョビの弟に感謝の気持ちを込め、携えて来た愛用のギターの弾き語りでミニライブを催したのだった。
その後ライブを終えたラブがギターを労わるように専用のクロスで手入れしていると、アンチョビは彼女が会う度常に何かしら楽器を携行している事に言及した。
それに対しラブは自分がミュージシャンである事を強調しつつも、今回の訪問でアンチョビの家族に自分の歌を聞いて欲しかった事を認めていた。
「やはりそうだったか、ありがとう…ところでそのギター……確かラブカスタムだったっけ?前に見た時とは少し違ってるよな?ホラ、その穴のトコが……」
ラブがギターを抱えてやって来た段階でアンチョビもある程度予想は付いていたのか、ラブからほぼ思っていた通りの答えが返って来ると短く礼を述べつつ一礼していた。
しかし彼女はそれに続けてミニライブの最中からずっと気になっていた事を、身を乗り出してラブが手入れをしているLove Customを指差しながら訪ねたのだった。
「あぁ、ピックガードの事?千代美はよく見てるわね、確かに以前の物とは違うわ…大分傷が目立つようになって来たから、メーカーでメンテの時ついでに貼り換えて貰ったのよ……けどその時にこのLove Customを作ってくれたマスタールシアーが…あ、マスタールシアーってのは大きなメーカーでギター作りをしてる職人さんの事ね……ギタービルダーと言った方が分かり易かったかな?とにかくその人がわざわざ私の為に事前にこの螺鈿細工のピックガードを用意してくれてたのよ……ちなみにさっき千代美は単に穴って言ったけど、正式にはサウンドホールって言うの。役割は弦の振動にボディーが共鳴して生まれた音の出口なのよ」
「ピックガード…サウンドホール……」
楽器にそれ程詳しい訳ではないアンチョビは初めて聞く専門用語にまほと顔を見合わせたが、ラブはその反応も見越していたらしくそのまま説明を続けていた。
「二人共ギターピックは解るわよね?」
ラブが元々はロングセラーのミルクキャンディーが入っていた赤い缶ケースから一枚のギターピックを取り上げて見せると、二人もさすがにそれ位は解るといった顔でラブの問いに頷いて見せた。
以前ラブ本人からオリジナルデザインの物をサイン入りで貰った事もあるし、AP-Girlsのステージで彼女達がファンサービスで投げた物を二人共何度かゲットしていたので、ギターピック自体それなりに見慣れてもいたので聞かれるまでもない事だった。
「まぁギターピックに限らず演奏方法によっては爪も当たるからね、弾けば弾く程にギターっていうのは傷が増えて行く物なのよ……もしこのピックガードがなければ、ピックや爪が当たってサウンドホールの下側部分はそれこそあっという間に傷だらけでボロボロになるわ」
「成程、そういう役割があったのか」
それまでそれが何の為に存在しているかさえ知らなかっただけに、ラブの説明を受けたアンチョビは目を丸くしながら何度となく頷いていた。
「う~む…しかし螺鈿細工だって……?確か貝殻から作るんだったよな?楽器にそんな物を使って装飾するとは驚きだ……」
「まほや千代美が知らないのは無理ないけど、楽器の装飾に螺鈿細工を使うのは割とポピュラーな事なのよ?特に和楽器なんかじゃよく見かけるわね」
「そうなのか?」
螺鈿細工といえば硯箱のような工芸品しか思い浮かばなかったまほは大分驚いていたが、ラブはそんな彼女の為に具体的な楽器の名前を出してイメージを掴み易くしてやるのだった。
「そうよ?例えばそうねぇ…琵琶やお琴に三味線……篠笛なんかにも螺鈿で装飾を施した物があるわね……今度時間がある時にでもパソコンで画像検索してみるといいわ、それこそ目を見張る程美しい螺鈿細工を施した楽器の画像が大量に見つかるわよ」
「そうか……」
戦車道一筋に生きて来た自分と違い、多岐に渡る分野に精通するラブの事を彼女は純粋に凄いと思うのであった。
「フム、成程ね…しかし風に舞い散る桜の花びらとはまた随分と細かい細工だな……」
「私はとても気に入っているわ…同じ螺鈿の装飾でも、もっと派手な物もあるのよ……けど私の為に作られたLove Customに関してはこれが一番合っていると思ってるのよ」
ラブがうっとりと微笑みながら抱き抱えたLove Customを撫でる姿に、ドキリとしたアンチョビであったが、ピックガードの螺鈿細工に目を戻した彼女はある事に気付くと再び驚きに目を丸くしたのだった。
「ん?あれ…おいラブ……よく見たらこの舞い散る桜の花びらの何枚かは、ハートマークになってるじゃないか……しかもそのうちの一枚はオマエのパーソナルマークになってるぞ!」
「何だって!?…本当だ……」
驚くアンチョビの指摘に身を乗り出しピックガードを覗き込んだまほも、アンチョビが指差す桜の花びらが自分達が贈ったパーソナルマークである事を自分の目で確認すると、その細工の見事さと小ささに驚愕したのであった。
「ほ~んと千代美はよく見てるわねぇ……」
思いがけぬ所で発揮されたアンチョビの観察眼の高さに、ラブは驚き半分呆れ半分でただ苦笑する事しか出来なかった。
「え~?それじゃまほはもう熊本へは帰らないの~?」
「いやそうじゃない、お父様とお母様は仕事があるから今夜のうちに熊本へ帰るが、私は残ってマンションで荷解きの続きをせねばならないんだ」
「私も行きたい!」
「は……?」
ミニライブを終えて暫くの間はラブを中心に取り留めのない話に時間を費やしていたが、安斎家を辞する時間が近づくと話はそれぞれの今後の事に及んでいた。
その流れでまほが熊本に直ぐには戻る事なくこのままこちらに残る事を知ると、ラブは目の色を変えてその話に喰い付いていた。
「あのなぁ、お前は急に何を言い出すんだぁ?」
ラブが何を考えているかアンチョビには凡その察しが付いてはいたが、それでも彼女はラブのその場の思い付きによる突飛な言動に呆れざるを得なかった。
「何って今言った通りよ?」
「だから行ってどうするんだと私は言ってるんだ」
「どうするって部屋を見たいに決まってるじゃない、そんな事も解らないの~?」
やっぱりかと思いつつもその子供っぽい彼女の発想に頭痛を覚えたアンチョビは、偉そうに胸を反らすラブの姿に力なく首を左右に振りながら溜息を吐いたのだった。
「駄目だコイツ…おいラブよ……部屋を見たいって言うがお前も亜梨亜おば様も忙しいんじゃないのか?言っとくがウチからマンションまではバスと電車乗り継いで行くから結構時間掛かるんだぞ?大体今夜だって取り敢えずマンションに行くだけで、荷物整理は明日からやるんだから一緒に行ったって直ぐ寝るだけ……それもまだ寝具やら揃い切ってないから雑魚寝だぞ?そもそもがお前も曲作りやらレコーディングやらで忙しいから、今日中に帰る予定だとさっきも言ってたよな?」
今回安斎家を訪問するにあたり厳島と西住の両家は、それぞれが所有するバートルとオスプレイで厳島の中部地区の拠点となるビルのヘリポートまでフライトし、そこからは社有車である大型ワンボックスで一緒にやって来ていたのであった。
故に明日も普通に仕事がある大人達は今日中に帰らなければならず、ラブだけが残るというのはどう考えても無理がある話にしか聞こえず、アンチョビも面倒な事になったと説得に掛かっていた。
「ね~亜梨亜ママ~、私今夜まほと千代美のマンションに泊まってく~!」
「聞いちゃいねぇ……」
しかしながら当のラブはアンチョビの説得に端から耳を貸さず、大人同士談笑していた亜梨亜に自分だけ勝手に予定を変更して泊って行くと言い出したのだった。
「でさ~、帰る時二人のマンションまで一緒に乗っけてって欲しいんだけどいいよね?あのワンボックスなら千代美一人くらい増えても余裕でしょ~?」
「勝手に話を進めるな!って何だ西住……?」
ラブ相手に悪戦苦闘する最中、不意にまほに肩の辺りをツンツンされたアンチョビは、無言で無駄無駄と顔の前で手をヒラヒラさせるまほの悟ったような表情に肩を落としていた。
そしてそうこうするうちに亜梨亜は携帯で豊田市内の営業所で待機している送迎の社用車のドライバーに連絡を入れており、ラブの御一泊はなし崩し的に決定していたのだった。
「亜梨亜おば様……」
結果的にラブを丸投げされてしまったアンチョビが、携帯で迎えの手配をする亜梨亜の方へと目を向けると、目が合った亜梨亜は娘を宜しくとばかりに一礼し彼女に止めを刺していた。
厳島の人間は総じて人を上手く使う事に長けているが、そんな事以前にこの人はやっぱりラブの母ちゃんだと彼女の言動から痛感させられたのだった。
「危ない危ない!私一番肝心な事を忘れてたわ!」
「今度は何だ……?」
亜梨亜の手配した迎えの車がもう間もなく到着するという頃になって、ラブは突然片付けたばかりのギターケースを開くと何やらごそごそと探し始めていた。
「あぁ良かった…ちゃんと入れてたわ……」
急遽ラブ達の迎えの車に同乗して新しい住処となるマンションに向かう事となったアンチョビは、事前に用意していた身の回りの物を詰め込んであるデイバックを片手にラブの背後から何事かと彼女の手元を覗き込んでいた。
「あ…おい……ちょっと待てそれは!」
アンチョビが覗き込んだラブの手元、彼女がギターケースから取り出した三枚のカードはアンチョビも何度か利用した事がある最近すっかり見慣れた物であった。
待てと言うアンチョビの声などまるで聞こえぬかのように、手にしたサインペンで彼女が次々と記名しているカードは、以前サンダース戦の際メグミに付与したのを始めライブの際仲間達にラブが自らの権限で発行している最強のフリーパスカードLOVE'S VIPだった。
「うん、これでおっけ~♪」
「これでおっけ~じゃない!何考えてんだ!?そんな高価なチケットをポンポン気前よくばら撒いちゃダメじゃないか!」
以前アッサムがラブ率いるAP-Girlsのあまりの人気度の高さから、自分達に支給されるLOVE'S VIPが市場に出た場合果たしてどの程度の値が付くか試算した事があったが、その際提示された途方もない金額にその場にいた全員が腰を抜かした記憶も新しいアンチョビは、ラブが自分の家族全員分の為のLOVE'S VIPを用意していた事に酷く慌てていた。
「あのさぁ…これまでも再三言ったように、このパスはメンバー全員に与えられた枠の分はそれぞれの裁量で自由に発行していい事になってるの……千代美だってあの専用アリーナの広さは解ってるでしょ?特別なゲストの為のスペースだって十分余裕があるし、そこに千代美のご家族全員招待するぐらいど~って事ないわ」
「いやいやいや!ダメだダメだダメだ!生な話をして悪いが、このパスがもし市場に出たらどんな値が付くか知らないオマエじゃないだろう!?いくら何でもそんなシロモノをホイホイ家族全員分受け取る訳には行かん!」
アンチョビとて鬼ではないので大学が始まって落ち着いたら、ラブのファンである弟をAP-Girlsのライブに連れてってやるぐらいの事は考えていたが、さすがにこれは高価に過ぎて受け取る訳に行かぬと強めの口調で固辞しようとしたのだった。
「えっと…やっぱりいつ使ってもいいようにしておかないとダメよね……」
「おい!」
しかし尚もラブはアンチョビの言う事に耳を貸さず、カードにサインしたのに続き更に何か書き込み始めていた。
「ん~っとそっか…こうすれば問題ないわ……」
「待つんだラブ!それは──」
「新学期が始まったら出来るだけ早めに中部地区でのツアーも行えるよう調整するつもりですが、さすがに直ぐに直ぐという訳には行きません…ですのでパスカードの使用期限は無制限、ご都合の宜しい時にいつでも使えるようにしておきました……それと回数制限もありませんので好きな時に好きなだけお使い下さい」
使用期限の欄の書き込みを見たアンチョビがその内容に血相を変え止めようとしたが、それを遮ったラブはフローリングの上にちょこんと正座すると、三枚のカードを目の前に並べて三つ指を突き口上でも述べるように補足の説明をしていた。
「お、おいラブ……お前一体何をやって──」
「ねぇ千代美…あの日あなたの機転がなかったら今の私はなかったのよ?もしあの時助かっていなかったら、私が
「それは……」
ラブとアンチョビの間でこの手の問題が生じた時、命の恩人という絶対的な存在であるアンチョビに対して、彼女はしばしばこういうもの言いをする事があった。
彼女にとってこれは云わば伝家の宝刀であり、傍目には些か卑怯なやり方だがこう言ってしまえばアンチョビもラブにあまり強く言い返す事が出来なかったのだ。
「千代実……」
「…何だ……?」
実際ラブの抜いた伝家の宝刀を前にアンチョビはそれ以上何も言えなくなっていたが、ラブはそこで表情を和らげ若干控えた声でその名を呼んだ。
「近くで見れば決して気分の良いものではないのに、弟さんもご両親も私の傷痕の事で何も言わないし接し方も全く変わらなかったわ…ありがとう……」
「うちの家族は人間を表面だけで見るような事はしないぞ」
「そうよね…ごめんなさい……」
ラブとてアンチョビの家族がそのような偏見を持つような事はないと頭では解ってはいたが、今回が初対面という事や弟の年齢を考えると不安を抱かずにはいられなかったようだ。
「いや、私も配慮が足りなかった…事前に伝えておくべきだったな……」
自身ではそれが原因で心を病む事はもうないと周囲にアピールしてはいたが、やはり周囲の反応は気になるらしくその辺を慮ってやれなかった事をアンチョビは済まなそうにしていた。
「ううん、そんな事ない…千代美の家族は私の思った通りの人達だったわ、本当にありがとう……」
しかしラブもまたアンチョビが常に自分の事を気遣っていてくれることは充分に解っているので、彼女の真摯な態度に静かに一礼してその気持ちに応えたのだった。
「しかしラブよ、お前何だってワザワザ制服なんて着て来たんだ?もっと楽な服装で来りゃあいいものを自分でも堅苦しいだろうに……」
「何でって千代美、正式なご挨拶の席に私服って訳には行かないでしょ?私はまだ
「あ~ハイハイ」
迎えの車が到着し厳島と西住の両家が安斎家を辞する段になって、アンチョビはラブが到着した時からずっと気になっていた疑問をぶつけていた。
だがラブはそれが当然といった顔でそんな事も解らないのかと呆れる素振りを見せ、次いで芝居がかった仕草で胸を反らすとその胸に左手を添えながら反論していた。
しかしアンチョビもラブが高校生の所を強調したのを聞き逃してはおらず、面倒そうな表情でそれを軽く受け流したのであった。
「何よ~?」
「別に何でもない」
如何にも含む処のありそうなアンチョビの態度にラブは面白くなさそうに頬を膨らませるが、彼女はそれすらもスルーして相手をしようとはしない。
「ウソつけ…腹に一物処か二物三物ありそうな顔してるクセに……」
そんな彼女の態度にラブは一層頬を膨らませて見せるが、過去あの手この手で丁々発止やり合って来た仲なので、アンチョビもその程度の挑発に釣られて感情をその面に出す事はなく、もう一つ気になっていた重要な事を質問したのだった。
「…ところでだ、お前マンションに泊まるのはいいが着替えとか持って来ているのか……?確か来て早々に今日は日帰りだって言ってたよな?先に言っておくが、ウチにゃお前が着られるような物はただの一枚だってないからな……?」
「あ……」
それは彼女にとっても盲点であったのかアンチョビの質問の形を借りた指摘を前に、ラブの不貞腐れたような表情は一変し相当に間の抜けたものへと変わっていた。
「やっぱりな…どうにも行き当たりばったりだからそんな事じゃないかと思ったんだ……」
予感が的中した事にアンチョビは呆れながら脱力するが、諦めの悪いラブは何か策はないかと独り視線を宙に彷徨わせている。
「ねぇ亜梨亜ママ…もしかして私の着替えの用意とかは……」
「ありませんよ、日帰りの予定なのに用意する訳がないでしょう?」
もしかしたらと一縷の望みを掛けるように上目遣いで亜梨亜を見やったラブであったが、返って来た返事はにべもなく娘をどん底へと突き落とすものだった。
「そ、そうだ!もしかしたらこういう時の為にItsukushima Oneに私の予備の着替えが──」
「積んである訳ないでしょう」
「うぐぐ……」
ないと言われても尚往生際悪く食い下がろうとするラブの苦しくも子供じみた発想を、母である亜梨亜は表情一つ変える事なくバッサリと斬って捨てる。
「け、けど亜梨亜ママはいつ泊り仕事になるか分からないから、常に必要最低限の用意はしてあるって言ってたし!」
「それは私の場合仕事なのだからに決まっているでしょう?」
そこまでしてお泊りがしたいのかとアンチョビとまほが呆れる中、何か策はないのかと足掻くラブを亜梨亜は実に軽くあしらっていた。
「じゃ、じゃあ何処かのお店に寄って着替えを買えば……」
「なぁ、ちょっといいか……?」
「…何よ千代美……?」
あまりの諦めの悪さに呆れて事態を傍観していたアンチョビであったが、ラブが着替えを何処かで調達すればと言い出した途端つい口を挿んでいたのだった。
「オマエは今どっかで着替えを買えばと言ったよな?後学の為に一つ聞きたいんだが、オマエの衣類のサイズは普通にその辺で売っている物なのか……?」
「う゛……」
まほとアンチョビの新居にお泊りがてら遊びに行きたい一心で現実を見失っていたのか、自らの致命的な失言に漸く気が付いたラブは短く呻いたきり半口開けて固まっていた。
「それではこれにて失礼させて頂きます……さ、まほちゃんと千代美さんも迎えの車の方へどうぞ、予定通りマンションまで送らせて頂きますからね」
ラブがアンチョビに止めを刺されているうちに彼女の両親に挨拶を済ませていた亜梨亜は、ラブのお泊りこそなくなったが約束通り二人をマンションまで送るつもりだった。
「そうだ!せめてお部屋だけでも見てく!」
「いい加減諦めなさい、今日はもう真っ直ぐ横須賀に帰りますよ?」
「…先に乗ってる……」
ノンナを軽く10㎝は上回る高身長のラブが大きく項垂れ猫背でトボトボと車に乗り込んで行くのを見送ったアンチョビは、その背中を見送るうちにある事に気付き意見を求めるべく傍にいるまほに耳打ちしていた。
「なぁ西住…亜梨亜おば様は初めからこうなる事が解ってた上で、敢えてラブのヤツを掌の上で躍らせてたんじゃないのか……?」
「……」
「いくら恋が規格外とはいえ、所詮はまだ二十歳に満たぬ小娘…夜叉姫様に抗うなどまだまだ力不足もいいとこよ……」
「お、お母様!?」
小声とはいえ本人を前に答え難い事を聞くなと渋茶でも呑んだような顔をするまほであったが、予想外にもしほが辛辣極まりない評価を下しアンチョビ共々目を白黒させていた。
だがこれでラブの行き当たりばったりなお泊り計画はあえなく完全に頓挫し、まほとアンチョビは安心して翌朝から引っ越し作業の続きに取り掛かれる事になったのだった。
「えっと…それじゃあ行って来ます……明日一日やれば粗方作業は終わると思うけど、細々した日用品の買い物なんかもあるから様子によってはもう一泊してくるかも……ん?どうした?」
予想しろというのが無理な展開に暫くぼんやりしていたアンチョビだったが、いつまでもそうしている訳に行かないのは彼女も解っていたので、軽く頭を振ってから明日以降の予定を両親に伝えようとしていた。
ところがその途中で弟の様子が少しおかしい事に気付いたアンチョビが彼の顔を覗き込むと、その目は迎えの車の後部座席で項垂れるラブを熱っぽく見つめていたのだった。
「お、おい……」
「あれが僕の新しいお姉さん……♡」
「うがあぁぁぁ!」
嫌な予感程よく当たるのは世の常、弟の様子に不穏なものを感じたアンチョビが正気に戻そうとするより先に彼の口から最も恐れたセリフが飛び出し、頭を抱えたアンチョビはツインテが解けそうな勢いでわしゃわしゃと髪を掻きむしったのだった。
何だかんだでラブの育ての親だけあって亜梨亜も色々おかしいw
尚、チョビ子の弟のセリフは初期の設定の頃からこれだけでしたww