ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

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果たして今回は誰が何をおあずけにされるのでしょうw


第九話   おあずけ!

『それにしてもコイツらはホントよく食べるな…まぁかく言う私も長い事似たような連中を面倒見てたから、あまり偉そうに人の事を言えんが……』

 

 

 ひっきりなしに大小様々な船舶が行き交う水上交通の要衝浦賀水道。

 この浦賀水道を眼下に望む小原台の頂にそそり立つドイツ風の巨城は、海運業を中心に財を成した厳島家の当主が築いた城であり、東京湾に出入りする船乗り達にとっては馴染み深いランドマーク的存在であった。

 その厳島の城の奥深く、美しく手入れの行き届いた中庭に面したドイツ語でダイニングルームを意味するEsszimmer(エスツィマァ)と呼ばれる広間では、朝から軽めの昼食を挟んでフィジカルトレーニング続けていたAP-Girlsが、ラブが用意したおやつのパンの山相手に旺盛な食欲を見せていた。

 そしてその豪快な食べっぷりに呆れ甘食を口に運んでいた手を止めていたアンチョビであったが、口に出さず心の中で呟いていた通り彼女もアンツィオで似たような連中の面倒を見ていたので、彼女達にその事でどうこう言うのは躊躇われたようであった。

 とはいえシュビムワーゲンの助手席を塞ぐ程の量はあったパンの山を、まるでコマ落としの動画でも見るような勢いでAP-Girlsが消費して行くので、これはさすがに食べ過ぎだろうとアンチョビは待ったを掛けたのだった。

 

 

「あのな、オマエ達も食欲があるのは大いに結構な事だが、さすがにそれは食べ過ぎだと思うぞ?もういい加減その辺で止めておかんと太るぞ…ラブみたいにおっぱいだけがな……」

 

『ぐっ!』

 

 

 最初こそ私達は大丈夫とでも言いたげな顔をしていたAP-Girlsであったが、警告の最後でアンチョビがぼそりと一言呟いた途端、次から次へとパンを口元に運んでいた彼女達の手が一斉にピタリと止まったのであった。

 

 

「ち、千代美!?」

 

 

 アンチョビのあまりの言い草に信じられぬと耳を疑うラブは、驚いた顔のまま固まってしまい手にしていた食べかけのシベリアをポトリと手元の皿の上に落とす。

 

 

「まぁそれは冗談だが、ものには限度があるんだから程々にしろよ?いくら運動量が多くてカロリーの消費量が桁違いだと言っても、それで体を壊しちゃ元も子もないんだからな」

 

 

 特にアンチョビも怒っている訳ではないが、アンツィオ時代はこの手の小言を言うのが日常であったので、彼女もついドゥーチェをやっていた頃の癖が顔を出したようだ。

 

 

「千代美!い、今アンタ何て言った!?」

 

 

 だが酸欠金魚宜しく口をパクパクさせながら目を白黒させていたラブは、AP-Girlsが互いに顔を見合わせながら次のパンに伸ばしていた手を引っ込めると、それで我に返ったようにワナワナと震える指先をアンチョビに突き付け立ち上がっていた。

 

 

「お前は何をそんなにいきり立ってんだ……?」

 

「誰がおっぱいデブですってぇ!?」

 

「誰もそんな事言っとらんだろうが……」

 

「たった今千代美が言ったじゃない!」

 

 

 アンチョビが最後に付け加えた一言でAP-Girlsがパンを口に運ぶ手が止まり、その瞬間彼女達が言われた事を肯定したと感じたラブはこの裏切り者共めとメンバー全員を睨み付けた。

 

 

「だからコイツらを睨んでどうする…あのなラブ、私が何も知らないとでも思ってるのか……?」

 

「何よ急に?言ってる意味が解らないわ……」

 

 

 テーブルの上のパンと自分の胸元を見比べるAP-Girlsを睨むラブに呆れたアンチョビは、仕方のないヤツだと溜息交じりに奥の手を使うのだった。

 

 

「お前さん去年黒森峰と対戦した時、試合前に大盛りのタイピーエンを三杯平らげて、ブラウスの胸のボタン二つ弾き飛ばしたそうじゃないか?」

 

 

 昨年の秋にラブの帰還後、立て続けに行われた六連戦の最終戦の直前、熊本入りしたラブ達はまほやエリカ達を始めとする黒森峰の主力選手達と共に、市内の人気店に名物のタイピーエンを食べに行った事があった。

 しかしこれより数日前、アンツィオ戦と女性にとって避けて通れぬあの日が重なりすっかり消耗し切っていたラブは、身体の求めるままにお替りも含め大盛りのタイピーエン三杯をスープの一滴も残す事なく完食していたのだ。

 すると同席しそのボリュームを知っている黒森峰の地元組は彼女の食べっぷりに驚愕していたが、食べ進むうちにみるみる血色の悪かったラブの顔色が目に見えて回復し、あまりの常軌を逸した回復ぶりに彼女達は一層驚かされたが、この程度の変化などほんの序の口に過ぎず彼女達が真に驚く事態はこの後やって来たのだった。

 久しぶりの熊本の味を心行くまで堪能し大満足でラブが席を立とうとしたその時、彼女にとっては悲劇、それ以外の者達にとっては喜劇と呼ぶしかない事件、ボタン暴発事件が発生したのだ。

 大盛りタイピーエン三杯を完食して一気に養分を吸収し、満腹ならぬ満乳状態となったラブの胸のたわわなシュベーレ・グスタフは高乳圧を回復すると、極めて高い射速でブラウスの胸のボタン二つを誤発射してしまったのだ。

 

 

「あ、あの時は…ちょ!何で千代美がそれを……!?まほ!アンタまたいらん事喋ったわね!?」

 

 

 その場にいなかったアンチョビがボタン暴発事件を知っていた事に狼狽したラブは、即座にまほを情報の漏洩源とみなし糾弾の矛先を彼女に向けたが、名指しされた当事者であるまほは自分じゃないと血相変えて首を左右にブンブンさせてそれを否定していた。

 

 

「あぁ、情報源は西住じゃない、エリカから聞いたんだ」

 

「はぁ!?エ、エリカさん……!?」

 

 

 ラブは最重要機密事項を洩らしたのが目の前のポンコツ(まほ)ではなく、自分のお気に入りの後輩の筆頭のエリカであった事に大いにショックを受けていたが、彼女のそんな様子など気にする素振りも見せずにアンチョビは追い撃ちを掛けに行った。

 

 

「最近は西住の嫁同士情報を交換する機会も多くその時にな……」

 

『西住の嫁!?』

 

 

 人に言われれば怒るクセにこういう時だけ都合良くそれを口にするアンチョビに、怖いもの知らずで鳴らすAP-Girlsもさすがに驚いて目を剥く。

 だがアンチョビの西住の嫁発言の直後、ボン!っと何かの弾ける音に我に返ったAP-Girlsが音のした方へと目を向けると、そこには耳まで真っ赤にしたまほが『あの』とか『その』とかうわ言のように呟きながらワタワタする姿があった。

 

 

「とにかくだ、何をどうすりゃそんな事になるのかは知らんがな、そういう事があったなら尚更自嘲するのが普通じゃないかと思うのだが違うか……?」

 

「夜通し宴会やって寝過ごした食道楽の首魁に言われたくないんだけど!?」

 

 

 ひた隠しにしていた恥ずかしい秘密をアンチョビに知られていたのが余程悔しいのか、ラブも全国大会前夜の失態を引き合いに出したが現状でそれを言っても負け惜しみにもならず、実際アンチョビもそれを鼻で笑いながら軽く受け流していた。

 

 

「フン…アンツィオがおバカな失敗をするのは今に始まった事じゃないからな……それよりだ、いくら桁違いに運動量が多いと言っても、菓子パンやら何やら食べ過ぎてニキビ出来てもいいのか?いくらメイクするにしても、お前達的にはそれが一番マズいのと違うか……?」

 

 

 年頃故いくらケア対策を取っていてもニキビの問題は一般的な同世代より重要であり、アンチョビの指摘の前にラブもぐうの音も出ず、それ以上は何も言い返す事が出来なかった。

 

 

「何も私も食うなとは言わん…ま、何事も程々にって事だ……」

 

 

 彼女とてAP-Girlsが体力勝負な事は重々承知していたのでその分厳しい事を言ったが、それは食べる事に妥協しないアンツィオ出身のアンチョビだからこその一言だった。 

 

 

 

 

 

「これは……」

 

 

 おやつタイムの終了後外出着のままであったラブは着替えの為に愛を伴い一旦自室に戻り、まほとアンチョビも荷解きもまだであったので二人揃って宛がわれた部屋に入っていた。

 辿り着いた部屋には雪緒配下のメイド達の手で既に二人の荷物が運び込まれていたが、入室するなりアンチョビはそのお伽話の世界に迷い込んだような室内の様子に言葉を失っている。

 

 

「どうした安斎……?」

 

「どうしたってオマエ……」

 

 

 幼少期から何度となくこの城を訪れお泊りをしていたまほは慣れているのか、部屋に一歩足を踏み入れた途端呆然と立ち尽くすアンチョビの顔を不思議そうに見ていた。

 無論アンチョビも入城した時からある程度の事は覚悟していたつもりであったが、実際に自分の目で見た城内は尽く彼女の想像を遥かに超えていたのだった。

 

 

「西住…お前はこの部屋を見て何とも思わないのか……?五つ星のホテルなんて私は知らないが、おそらく世界一のホテルだってこの部屋の凄さの前にはその足下にも及ばないんじゃないのか……?」

 

「あ~そういう事か…う~ん、勿論何とも思わない訳じゃないが、この部屋は城の中じゃごく普通の部屋だぞ……それと私だって五つ星のホテルがどんな所かは知らないけど、派手さで言ったら多分そっちの方が上なんじゃないかな?これはお母様やお父様が言っていた事なんだが、この城はその規模の割に基本的に質素らしいんだ」

 

「これで質素……」

 

 

 まほの説明をどこか上の空な様子で聞きながら室内を見回すアンチョビは、自分の考える質素とは大きくかけ離れたその光景に開いた口が塞がらない。

 

 

「何が言いたいかは何となく解るよ…多分お父様とお母様が言っているのは、確かに一見豪華に見えるけど、この厳島の城は決して華美ではなく全てがセンス良く纏められているという事なんだと思うんだ……実際私もこの城から成金趣味的なものは一切感じた事はないしな……」

 

「そいうものなのか……」

 

 

 彼女も全てが納得行った訳ではないが、アンチョビもこの厳島の城全体に漂う落ち着いた雰囲気と心地良さは感じていたので、まほの言う事は何となく理解出来た。

 

 

「さて、取り敢えず私達も着替えないか?いつまでのこの恰好のままじゃさすがにちょっと落ち着かないからからな」

 

「そうだな…けど私もまさかこのスーツを大学の入学式前に着る事になるとは思わなかったぞ……」

 

 

 事前に畏まった事のないよう連絡は貰っていたが、しほと亜梨亜の思惑がどうであれ今回の訪問はあくまでも高校卒業と大学進学の報告が目的なので、二人は事前に話し合い大学の入学式に備えて新調していたスーツを着用する事に決めていたのだった。

 

 

「さすがにもう私服でいいよな……?けど夕食の時とかはどうしたらいいんだろう…やはりドレスコードとかあるのかな……?」

 

 

 脱いだスーツのジャケットが皺にならぬようハンガーに掛けながら、用意して来た着替えの中から何を着るべきか考えていたアンチョビは、自分の服が果たしてこの城で過ごすのに相応しい物かどうかが気になり始めていた。

 

 

「それなら何も問題ない…如何にこの城が大きいとはいっても、あくまでもここはラブの家なんだからそこまでする事はないよ……亜梨亜おば様もさっきはいつも通りビジネススーツ姿だったけど、おそらくは私達が来るギリギリまで仕事をしてたんじゃないかな?多分夕食の時には亜梨亜おば様も普段着に着替えてると思うんだ」

 

「そうなのか……?」

 

 

 身内のまほとは違い数える程しか亜梨亜と顔を合わせた事のないアンチョビには、彼女の凛としたビジネススーツを身に着けた姿以外は今ひとつピンと来ないのだった。

 

 

「まぁ私服とは言っても、そこはやはり亜梨亜おば様だから凄いお洒落だぞ?私が思うにラブがお洒落になったのは亜梨亜おば様の影響が大きいと思うんだ…何しろアイツがモデルのアルバイトをやってたのは、最初に亜梨亜おば様がその話を持って来たからだしな……」

 

「え?そうだったのか……?」

 

 

 中学時代その大人顔負け処かトップモデルも裸足で逃げ出すプロポーションと美貌を武器に、大人向けのファッション誌でモデルのバイトをやっていたのは周知の事であったが、そのきっかけに付いてはこれまで聞いた事がなかったので、アンチョビもまほからそれを聞き驚きに目を丸くする。

 

 

「あれ?何だ安斎は知らなかったのか?あのファッション誌を刊行していた出版社も、ラブが着ていた服のブランドも全て厳島のグループだからてっきり知っているものかと……」

 

「いや、今初めて知ったぞ…けど確かに考えてみれば、中学生が自分でそう簡単にあんなアルバイトを探したり引き受けたり出来ないもんな……そうかそいう事だったのか……」

 

 

 ラブがモデルをやっていた経緯を初めて知ったアンチョビは、成程なぁなどと呟きながら着替えを再開したが、ミニのタイトスカートのホックにを外すべく手を掛けた辺りで、何となくではあるが背後のまほの目がチラチラと自分のお尻の辺りを見ている気配を感じていた。

 

 

「……?」

 

 

 しかしだからといって着替えを中断する訳にも行かず、アンチョビは気が付いていないフリをしてそのままスカートを脱ぎに掛かった。

 

 

「おぉ……」

 

 

 後ろ手にホックを外しファスナーを降ろしたアンチョビが、いよいよスカートを脱ぐべく少し屈むと抑えた小声ながらもまほの口から感嘆の声が漏れる。

 

 

『コイツは……』

 

 

 その声で凡その事を察したアンチョビは小さくまほに聞こえぬよう溜息を洩らすと、そのまま着替えを広げたベッドの端に腰を降ろし、敢えて挑発するような動作でストッキングを脱ぎ始めた。

 

 

「ぐふっ!」

 

 

 すると今度は堪え切れぬようにまほが妙な呻き声を洩らし、そのタイミングでクルリと振り返ったアンチョビはしまったという顔をする彼女の目をじっと見据え、慌てて視線を逸らそうとするまほに溜息交じりの声で詰問を始めていた。

 

 

「あのな西住…お前は着替えもせずさっきから一体なにをやっとるんだ……?」

 

「い、いや!私は別に何も……」

 

「とぼけるな、私が何も気付いていないとでも思ったか?」

 

「そ、それは……?」

 

「西住……?」

 

 

 ベッドの端に腰を下ろしたままストッキングも脱ぎ、身に着けているのはブラウスとインナーのみという極めて扇情的な姿のままアンチョビは腕と脚を組むと、まほの反応を試すように意図的に重ねた右足の爪先を上下に揺らして見せた。

 すると彼女の思った通りまほの視線は揺れる爪先に合わせ上下移動を繰り返し、やはりそうかと確信したアンチョビは遠慮なく盛大に溜息を吐いたのだった。

 

 

「はぁ~!西住ぃ…お前はさっきから何をジロジロ私の脚ばかり見ているんだ……?」

 

「べ、別に私はそんなつもりじゃ…そ、その……だ、だって安斎はパンツァージャケットのアンダーが乗馬パンツだったし、制服もミニスカートだったけどその下は白タイツだったじゃないか……」

 

「だから……?」

 

 

 まほが何を言いたいのかも大体想像が付いたが、それでも敢えてアンチョビは短くだが先を促し早く白状しろと睨み付けた。

 

 

「だ、だから!安斎の……安斎の生脚をもっとじっくりと見たかったんだよぅ!」

 

「あのなぁ……」

 

 

 ほぼ100%予想通りの答えが返って来た事でやはりそうだったかと脱力したアンチョビは、目の前で懇願するように跪き彼女の生脚を凝視するまほの姿に頭を抱えたくなっていた。

 だがそうしているうちにもまほの目は血走り鼻息もどんどん荒くなり始めたので、このままでは西住製重戦車まほ型に一気にベッドに押し倒されると判断したアンチョビは、先手を打ってケダモノ化し始めているまほに釘を刺しに行った。

 

 

「少し落ち着け、今更何言ってんだこのアホたれが……」

 

 

 とっくにそういう関係になり肌を重ねた回数もそれなりあるにも拘わらず、目の前で着替えるアンチョビの生脚にムラムラしているまほに押し倒されぬよう警戒しつつ、言葉を選んで目の前の重戦車の頭に上った血を下げようとしていた。

 

 

「そりゃ私だって西住に求められるのは嫌じゃないさ…けどそれも時と場合によるのが解らないか……?いくら何だってこんな日のあるうちから勢いに任せて迫られても、私はさすがにその気になれないよ……大体これから城内を案内してもらうのにだぞ、もしそんな事している最中に誰かが呼びに来たらお前はどうするつもりなんだ……?」

 

「う゛……」

 

 

 実際着替えが済んだらラブの案内で城内を見学するつもりだったアンチョビは、もしその前に一戦交えたのがバレたらどんな事になるか考えるのも恐ろしかった。

 特にラブはその手のニオイに恐ろしく敏感なので、こちらがどんなに上手く取り繕っても確実に見破って根掘り葉掘りされるだろうと彼女は確信していたのだ。

 

 

「いいか?私だって鬼じゃないし、西住とそういう事をするのは嫌じゃないんだ……」

 

「あ、安斎!」

 

 

 ケダモノを落ち着かせようとあれこれ言ったアンチョビが最後に付け足した一言と、気恥ずかしさから僅かに赤みが差した彼女の頬は却ってまほを欲情させてしまったが、即座にアンチョビはそれに待ったを掛けたのだった。

 

 

「だから今は我慢だと言ってるんだ!夜になったら西住が満足するまで存分に相手してやるから!」

 

「あぁぁあんざいぃぃぃぃ!」

 

「その妙な声を出すなといつも言ってるだろうが!」

 

 

 我ながら何という事を言っているのかと、気恥ずかしさから耳が熱くなるのを自覚するアンチョビであったが、その言葉で俄然やる気になるまほにイラついた彼女もつい声を荒げていた。

 

 

「ったくもうホントにコイツは……とにかく今はおあずけだ!いいな!?」

 

「…はい……」

 

 

 放っておけばたった今言われた事も忘れて吶喊してきそうなまほに業を煮やしたアンチョビは、ベッドから勢いよく立ち上がり右手の人差し指をまほの鼻の頭に突き付けると、まるで言う事を聞かないおバカな犬でも躾けるように強い口調でおあずけを喰らわせたのだった。

 

 

「疲れた…おい西住、窓を開けて外の空気を入れるから少し頭を冷やせ……」

 

 

 まだ着替えも終わっておらずとても人様の前に出られる格好ではないが、自身も火照った顔と頭を冷やしたくて、アンチョビはバルコニーに面した大窓を開け放つ。

 

 

「ふぅ…やはり春とはいってもまだ風は少し冷たいな……って、え…これは何という絶景だ……」

 

 

 入室した時からそれを見越してかレースのカーテンが引かれていたので、直ぐに着替え始め外の景色を見る余裕もなかったアンチョビは、風を入れるつもりで開けた窓の外に広がる光景に絶句してその場に立ち尽くした。

 

 

「ど、どうした安斎……」

 

「どうしたって西住…この景色だよ……浦賀水道が一望じゃないか……」

 

 

 大窓を開け放った体勢のままその場で固まってしまったアンチョビに、何事かと不安になったまほが背後からおずおずと声を掛けると、それで漸く我に返った彼女は目の前の絶景を指差し驚きの表情でまほに向き直った。

 

 

「え…あぁそうか、初めてなら確かに驚くのも無理はないよな……」

 

 

 まほにとっても久しぶりの眺めであり懐かしさの方が強かったが、幼少期初めてこの城を訪れた当時の事を思い出したまほは驚くアンチョビに大きく一つ頷いて見せた。

 

 

「今の季節になると春霞で若干視程も悪くなるが、冬の空気が冷たい頃はもっと凄い眺めになるんだ…それとやはり朝夕の日の出日の入り前後の時間帯の眺めが美しくて見逃せないんだよな……」

 

「う~ん、それは確かに凄そうだな…ん?あれ……?おい西住、アレはもしや……」

 

 

 まほの解説に耳を傾けながら目の前の絶景に見入っていたアンチョビであったが、春霞の中目の前の房総半島に同化していた巨大な存在にその時になって漸く気が付いたのだった。

 

 

「ん?あ~成程、知波単の学園艦か…春霞のせいで見事に背景に溶け込んでるじゃないか、これは私も今の今まで気が付かなかったな……フム、横から見ると初期の三段式空母だった頃の赤城を原型にしているのが良く解るなぁ」

 

「そうか…考えてみりゃ卒業と新入学の季節だから大概の学園艦は母港入りしてるんだよな……しかし学園艦ってのはこうして見るととんでもなくデカいなぁ、今更だが我々はつくづく凄い環境で暮らしてたんだって思い知らされるよ……」

 

「知波単の学園艦も大型の部類だから特にそう感じるんだろう…だが安斎の言う事もよく解るよ、かく言う私も黒森峰在学中は海の上で暮らしてる実感は一度も持てなかったしな……」

 

 

 アンチョビとまほはぼんやりと房総半島を背景に浮かぶ巨艦の姿を眺めながら、つい何日か前まで自分が暮らしていた古巣に想いを馳せていた。

 

 

「わ!?な、何だこの音は!?」

 

 

 だが二人が思い出に浸るのも束の間の事で、突然室内に鳴り響いた謎の音に驚いたアンチョビは何事かとキョロキョロと部屋の中を見回していた。

 

 

「おぉ懐かしいな、まだこれ現役で使ってたのか…安心しろ安斎、これは内線電話の呼び出しのベルの音だよ……ちょっと待ってくれ今出るよ……」

 

「内線電話だってぇ……?」

 

 

 まほが足早に進む先にアンチョビが目をやれば、確かにベッドサイドの凝った意匠のサイドボードの上でアンティークな飾りにしか見えないダイヤル式の電話機が、コロコロと古めかしいベルの音を響かせていたのだった。

 

 

「やっぱ普通じゃない…ラブもそれに順応してる西住もな……」

 

 

 育った環境が違うと言えばそれまでだが、アンチョビは改めてラブとまほが自分には理解出来ないレベルのお嬢様である事を実感したのであった。

 

 

 




大き過ぎる学園艦は浦賀水道通る事は出来ませんw
ですがそこは今回もパラレルという事でどうかひとつww

大変申し訳ないのですが、来週も仕事の影響で投稿をお休みする事になりそうです。
またしてもコロナの影響で同業者がダウンしてしまいまして、
他の同業者と協力してそのフォローをしている最中です。
多分来週の中頃から再来週の頭辺りがピークになりそうなので、
次回投稿分の原稿の校正をする時間が取れそうにありません。
毎週読んで頂いている読者の皆様には申し訳ないのですが、
その辺の事情をご理解頂けると幸いです。
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