「ち──────よ──────み──────ちゃ──────ん!」
「うえぇ─────────────────────────っ!?」
空気など一切読まぬ頭の天辺から突き抜けるような傍若無人な叫び声。
有無を言わせぬ神速の突撃で間合いを一気に詰めた声の主に抱き上げられたアンチョビは、何故この人がここにいるのかと仰天し、彼女の声に負けず劣らずな叫びを上げていた。
「あれ?千代美は……?」
「何かやる事があるとか言って、荷解きを終えたら早々に何処かに行ってしまったんだ……」
「は?何かって何?何処かって何処よ……?」
「そんなの私に聞かれたって解らないよ…こっちが何か言う間もなく、それこそあっという間に部屋から出て行っちゃったんだから……」
城の庭園を散策後リビング代わりに使っている広間で雑談していた三人であったが、荷解きがまだ終わっていないアンチョビとまほが一旦部屋に戻ると、ラブも新入生歓迎ライブの準備を任せているAP-Girlsの様子を見る為に広間を後にしていた。
それから暫くしてラブが愛を中心としたAP-Girlsのメンバー達の作成したセットリストに目を通していると、彼女の下へとメイドの一人が晩餐の支度が整ったと伝えにやって来たのであった。
メイドの報告を受けたラブは当然メンバー達と共にドイツ語でダイニングを意味する
そしてその途中城の中心に近い位置にある大階段の踊り場で、ラブは彼女と同じくメイドの知らせでEsszimmerへと向かうまほと鉢合わせしたのだ。
ところがそこには彼女と一緒にいるはずのアンチョビの姿がなく、不思議に思ったラブがその事を尋ねると返って来たのは何とも要領得ない答えだった。
「何よそれ……?」
「だから私だって解らないんだって言っただろ……」
訳が解らぬと思わずラブが眉をへの字にしながら困った目を向けると、まほもその表情に口を尖らせ面白くなさそうな目で睨み返す。
「ありゃ?二人共もう降りて来たのか…なんだオマエら、なんて顔してんだよ……」
事情がさっぱり分からず二人が階段の踊り場で冴えない表情で対峙していると、計ったようなタイミングで階段下にアンチョビが現れ、踊り場を見上げた彼女はそれぞれの顔を見比べ怪訝そうな表情で首を捻っていた。
「千代美のせいでしょうが…アンタ一体今まで何処にいたのよ……?」
「あ?なんだって?」
「何でもない…それより……」
「う~ん…もうこんな時間だったとは……」
噛み合わない会話に彼女が意図的に話を逸らしていると見たラブがその目をスッと細める中、それに気付いていないかのように振舞うアンチョビは腕時計で時間を確認する。
「えぇと…あぁ悪い悪い、別に大した用事じゃないしそれももう済んだからいいんだ……まだ時間があるかと思って一旦部屋に戻ろうと思ったんだが、ちょっとばかり遅かったみたいだな……さて、それじゃEsszimmerに行くとするか」
何処で何をやっていたのかと問い詰めようとするのをはぐらかしたアンチョビは、器用に右足の踵を軸にクルリと半回転するとそのまま元来た方へと戻って行く。
『あれで誤魔化したつもりか……』
追及の視線を避けるように一人先を行くアンチョビの背中を、ラブは細めたエメラルドの瞳で追いながらぼそりと呟きを洩らす。
しかしアンチョビはそれすらも気付かないように振舞い、全く立ち止まろうともしなかった。
「あれ?んなトコで何やってんだよラブ姉?」
「夏妃…あ、逃げた……」
階段の踊り場で立ち止まりとぼけるアンチョビ相手に探りを入れているうちに、手際よく散らかした部屋の片付けを終えたAP-Girlsが追い付いていた。
そして夏妃の声に気を取られ振り向いた隙に、アンチョビは足早に先を行きその姿は完全に見えなくなっていたのだった。
「うん、いい匂いだ♪」
なし崩し的に合流したAP-Girlsと共にあれこれ雑談しながら城の回廊を進んでいたまほは、厨房から漂って来る香りに屈託のない笑顔で微笑んでいた。
「一応まほの好物は用意するようお願いしておいたわ……」
「そうか何かすまないな…けれど久しぶりの厳島家の味を堪能させて貰うよ……どうだ君達、この城での暮らしにはもう慣れたかな?食事も美味しいから申し分ないだろう?」
「はぁ…まぁそうっすね……」
「うん?どうした夏妃君?」
AP-Girlsのメンバー達にとって今はこの厳島の城こそが帰る場所であり、まほとしても彼女達の今の暮らしぶりには少し興味があった。
しかし夏妃の何とも歯切れが悪く曖昧な返事に、まほはどういう事だと足を止めた。
「笠女学園艦での生活も現実味に欠けますが、この城での生活はそれ以上ですから……」
「凛々子君……」
すると日頃は何かと夏妃に当たりの強い凛々子が、どう答えたものかと思案顔の彼女に変わり自分達がこの城での暮らしをどう思っているかを答えていた。
「そりゃあ有名ですから私達も厳島の名とこの城の存在は知っていましたよ…けどさすがに自分達がここに住む事なるなんて思いもしませんでしたから……ましてラブ姉の下で戦車に乗るようになるなんて普通想像します……?」
「そりゃあ…まぁなあ……」
「アンタ達ね…まほもそれで納得すんな……」
凛々子に続いて鈴鹿が補足した事で何となく彼女達が言わんとする事をまほも理解出来たが、やはりというか一人ラブだけが面白くなさそうであった。
「いやオマエそうは言うがな、カチューシャだって最初はテーマパークか何かだと思ってたし、この城を見て普通は個人の家だとは中々考えられないと思うぞ?どうせお前の事だから、私が初めてここに来た時の事だって覚えているんだろ……?」
「それは……」
今より遡る事十数年前、熊本を訪れたラブと初めて対面したまほは遥かに発育の良いラブを勝手にずっと年上のお姉さんと思い込み、舌ったらずな喋りで『恋おねえしゃん』と呼んでは夢中でその後を付いて回っていた。
そのまほが今度は横須賀の厳島の城に来る事になった時、当然彼女は大好きなラブおねえしゃんの家に遊びに行くと聞いて大はしゃぎだった。
ところが西住家所有のバートルが城のヘリポートに到着し、開け放たれたサイドハッチから元気よく飛び降りたまほは、目の前にそびえるお伽話に出て来るような城をビックリ顔で見上げながら、『間違えて遊園地に来ちゃった!』と叫び出迎えのラブを大笑いさせたのだ。
「…懐かしいわね……」
「やっぱり覚えてるじゃないか…とにかくそういう事だ……普通こんなデカい城が個人所有だなんてまず信じないし、人が住んでるなんて夢にも思わないだろう……それ以前に大概の人はカチューシャみたいな事を考えるのが普通だと思うぞ?」
まほとAP-Girlsのやり取りに最初は渋い顔をしていたラブだったが、彼女が自分の幼少期の可愛い失敗を引き合いに出した事で昔を思い出しその口元を微かに歪ませていた。
「人の家を何だと思ってるのよ?大体熊本のまほの家だって人の事言えないと思うんだけど?」
まほには笑いを堪えているのがバレバレだと解ってはいたが、それでも一応不愉快そうな態度で西住家も大概であると主張したのだった。
「確かにウチの道場やら宿舎やらは広いかもしれん…だが実家自体はこの城程広くはないぞ?少なくとも子供が自宅で迷子になるような事はないからな……」
「アンタだって下らない事覚えてるじゃない……」
互いに幼い頃の恥を晒した事で、ラブとまほは仏頂面のまま回廊を進んで行った。
「やっぱこの二人ってよく似てんだな……」
「そうね……」
見た目の印象とその雰囲気以上に、内面的に二人が似ている事を改めて実感した夏妃の呟きに、一見興味のなさそうな表情ながらも凛々子は素直にそれを肯定していた。
「あれ?安斎のヤツ先に行ったと思ったらあんな所で何をやっているんだ……?」
何かを誤魔化すような、不自然極まりない態度で一人先に行ってしまったアンチョビの後を追うようにEsszimmerまでやって来たラブ達であったが、その入り口で再び雪緒と何やら話し込む彼女の姿をまほも不信そう見ていた。
実質今日が初対面である二人が親密に話す姿にさすがのまほも違和感を感じたが、残念ながら彼女がそんな事を考えていられる時間はそう長くはなかった。
「ん?何だ……?」
幼少期より西住流の後継者として育てられ、どのような局面にあっても些細な変化も見逃さぬよう鍛え上げられた彼女の五感は、天変地異の前触れをいち早く察知する野生動物のようにその異変に気付いていたのだった。
「あら?いらっしゃったよう──」
ほぼ同時にラブもその異変に気付き表情を緩めて何かを言いかけたが、彼女が全てを言い切るより前にそれは彼女達の目の前を一気に駆け抜けていたのだった。
地響きのような足音と共に急接近して来た耳を劈くような叫び声が、ドップラー効果を残し迷うことなく只一点を目指して突進して行く。
そして猪突猛進の勢いで自分目掛けて来襲するその存在に驚いたアンチョビが、その尋常ではない雰囲気に意味不明な悲鳴を上げる。
「千代美ちゃん♪千代美ちゃん♪千代美ちゃ──────ん!」
「えぇぇ英子ねぇさんが何でここに────っ!?」
可愛い妹分千代美Loveな大猪、敷島英子突然の登場に訳が解らずアンチョビもすっかり気が動転しているのか、その声は完全に裏返っている。
そんな彼女をガッチリと抱き抱えた英子は乱入して来た勢いもそのままに、ヒールの踵を器用に使ってその場でクルクルと回転しアンチョビに逢えた喜びを表していた。
「──ほ…ねぇまほ、アンタ大丈夫……?」
「え?あ、あぁ…だ、大丈夫だ問題ない……」
これはいよいよ完全に壊れただろうと思わずにはいられないハイテンションで、胸に抱き抱えていたアンチョビを嬉々とした表情で高い高いする英子の姿に、初対面で拭いようのないトラウマを植え付けられたまほは思考停止したかのように固まっていた。
しかしラブの声で現実世界に引き戻され大丈夫と答えたまほであったが、そのやや青ざめて見える顔色の様子からとても大丈夫そうには見えなかった。
「なんで
「さぁね、私に聞かれたって知らないわよ」
不思議がる夏妃に凛々子はいつものようにつっけんどんに答えたが、彼女と他のAP-Girlsのメンバー達も訳が解らず戸惑った表情で英子の狂態を傍観していた。
厳島の城の最深部、滅多な事では近しい者以外立ち入る事が許されぬ聖域とも呼べるこの場所で、誰もが何故と思わずにはいられない英子の登場であったが、彼女をここに引き入れる切っ掛けを作ったのは意外にも彼女を天敵と恐れるまほであった。
それは庭園の散策から城に戻り、厨房の片隅を借りた小さなお茶会の後の事。
立ち去りかけた厨房に突然舞い戻ったアンチョビが、メイド長の雪緒相手に何やら話し込んでいた僅かな間の事だった。
「なぁラブ、今夜の夕食の席に敷島さんを…英子さんを招待する事は出来ないだろうか……?勿論突然の事だから仕事で来られない可能性も高いが、もし来てもらえれば安斎のヤツも喜ぶと思うんだ。折角横須賀に来てるんだし、挨拶もしないで帰るのもどうかと思ってね…それに大学が始まってしまえば私達も早々こちらに来る事も出来ないと思うしな……」
「まほアナタ……」
二人の間に何があったかは再会してから知った事であったが、まほが英子に対して抱えている苦手意識が今も強い事はラブもよく解っていたので、彼女の突然の提案にはさすがにラブも驚きを隠せないようであった。
「その…ダメかな……?」
それは彼女としても相当に勇気のいる提案であったので、驚きのあまり直ぐに反応出来ずにいたラブの様子をまほは表情を強張らせながら窺っていた。
「ラブ……?」
「あ…ゴメンまほ、ちょっと突然の事で驚いちゃって……でも、それは素晴らしいアイディアだわ!早速英子さんが来られるかどうか聞いてみよっか♪」
「オイオイ!いくらなんでもまず亜梨亜おば様に許可を取らないとマズいんじゃないのか?」
いきなり携帯を取り出しアドレス帳を検索し始めたラブに驚くまほであったが、彼女は躊躇する事なく目当ての番号の短縮ダイヤルをタッチしていた。
「いいのいいの、亜梨亜ママには私が後で言っておくから…それに時間が時間だから善は急げってヤツよ……あ、もしもし──」
まほが呆気に取られているうちに相手が出たらしくラブは直ぐに話し始めたが、この時彼女が電話したのは英子の携帯ではなく、英子が勤務する横須賀警察署だったのだ。
何故そんな回りくどい手を使ったかのかといえば、それはまほの仕事が忙しければ来られないかもしれないがという一言が切っ掛けであり、署の方に厳島の名で話を通せば御意見無用で英子も大手を振って来られるだろうと考えての事であった。
最近では署内処か警視庁全体で英子を厳島お抱え刑事と公認している節があり、ラブもそれを見越した上で電話をしている辺り実に狡猾と言えよう。
だが実際彼女の取った手段は非常に効果的で、厳島の名で敷島刑事にご相談したい事があると伝えるとその回線は即座に英子に回されて、何事かと電話に出た英子も『家に千代美が遊びに来ているので、英子さんもご飯を食べに来て下さい♪』というラブの誘いに即答で了解していたのだ。
「本日はお招き頂き誠に有難う御座います」
『何という変わり身の早さ……』
相当に胆の据わった者でも確実に委縮するだろう程現実離れした厳島の城。
その厳島の本丸の城内にあっても、恐れ知らずの強心臓を誇る英子はいつも通り以上にポンコツぶりを発揮し、彼女に負けず劣らずな強心臓揃いのAP-Girlsを唖然とさせていた。
だが晩餐の時間となりこの城の現当主である亜梨亜が姿を見せると、それまでの狂乱ぶりは何処へやらでさすが知波単出身と思わせる最敬礼で招待を受けた事への礼を述べ、最早瞬間芸の域に達している変わり身の早さでAP-Girlsを一層呆れさせていた。
「こちらこそ急な事で申し訳御座いません…何分娘から話を聞いたのが日も暮れてからの事でしたので……ですが私ももっと早くにこの事を考えておくべきでしたわ……」
亜梨亜もあのバカ騒ぎに気付いていないはずはなかったが、そんな事などおくびにも出さず彼女は英子相手に大人の対応を見せていたのだった。
「いえいえ、丁度私も埒のあかない取り調べ中でしたのでね、恋お嬢さんからお誘いは巻きを入れて犯人を締め上げる良い切っ掛けになりましたよ、おかげでサッサと仕事を切り上げて残業を回避出来たので実に良いタイミングでありました♪」
『国家権力がそれでいいのか……?』
亜梨亜相手にしれっと結構とんでもない事をのたまいながら快活に笑う英子に、厳島親子以外の者達は本気で疑問を感じずにはいられなかった。
「ふふふ♪英子さん、今回英子さんを招待しようって言い出したのはまほなんですよ?折角横須賀に来たのに英子さんに会わずに帰るんじゃ勿体ないだろうって」
「なんとっ!?」
「えぇ!?ホントか西住!?」
呆れるしかない英子の自供を亜梨亜と共にニコニコ顔で聞いていたラブだったが、彼女の感謝の意が自分に向けられるとここぞとばかりに今回のサプライズを仕掛けたのがまほである事をばらし、その意外過ぎる事実にアンチョビと英子はほぼ同時に驚きの声を上げたのだった。
「お、おいラブ…何も今それを言わなくてもいいじゃないか……」
あくまでも自分はそれを提案しただけで実際晩餐の席に英子を招待したのはラブだったので、まさか彼女がそれをこの場で口外すると思っていなかったまほは、やや裏返った声で苦情めいた事を言いながら目を白黒させている。
「何言ってるのよ?そもそも私の起こした事故が原因でまほにも苦労掛けたんだもの…そのまほがこうして英子さんを招待しようって言い出して私感動したのよ……?」
「感動ってお前な……」
確かにまほにも内心これを機にトラウマを克服しようという思いがあったのは事実だったが、ラブに面と向かって感動したとまで言われるとどう反応してよいか解らず、腕を組んでウンウンと頷くラブの意味不明なドヤ顔に頭を抱えたかった。
「西住がそこまで私の為に考えていてくれたとは……」
「だ、だから安斎までそんな目で私を見ないでくれ!」
昔から思い込みの激しいラブが勝手に先走って、話を際限なく膨らませるのはよくある事だったが、口元にギュッと握った両の拳をあてて感動に潤んだ瞳で自分を見つめるアンチョビに、まほは今度こそ本当に頭を抱えて悶え始めていた。
「う~む…こうも心憎いサプライズを思い付くとは、中々どうして可愛い所があるではないか……」
その一方で完全に一本取られたとばかりに感慨深げに幾度となく頷いていた英子は、アンチョビの熱の籠った視線に身悶えるまほの表情をジッと見つめていた。
「しかしよくよく考えてみればあれだな…あの千代美ちゃんが伴侶として見初めた相手なのだからそれも当然と言えば当然の事か……どれ……」
「うわぁぁぁ!助けてくれあんざいぃぃぃ!」
それはまほにとって人生最大の恐怖を感じた瞬間であった。
殆ど誤解の積み重ねで思いもかけぬ事態に陥っていたまほは、この時英子の存在を完全に失念し無防備な背中を彼女に晒していたのだった。
そんなまほを背後から不意に抱き締めた英子は、まるで拾った仔猫にでも接するように彼女の張りのある健康的な頬に頬擦りを始めていたのだ。
初対面で頭に血の昇ったまほを力技でねじ伏せて以降、英子は彼女ににとって最強の天敵であったが、英子自身は特に過去の事でまほを嫌ったりするような事はなかった。
だがまほにしてみれば榴弾暴発事故の際一件は未だに何処かで負い目を感じている失態であり、今回は一大決心でトラウマの克服に挑んだ訳であった。
しかしその結果は予想の斜め上処の話ではなく、上機嫌な英子にモフられたまほは初対面の時以上の恐怖を味わい新たなトラウマを植え付けられたのだった。
「英子ねぇさん……」
『この人絶対ワザとやってる』アンチョビも英子の思いもよらぬ突然の行動に、さすがにこの時ばかりはそう考えざるを得なかったようであった。
週末の飛び込み仕事でまた投稿が遅れました。
英子はこれからもずっとまほの天敵っぽいなぁw
この人書いててホント楽しいけど出る度にどんどん壊れて行くww