ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

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先週末は三日で計四時間程仮眠を取ったのみで仕事してました。
さすがにこれ以上は無理なので、今日は代休というか臨時休業です……。


第十五話   Capocuoco Acciuga

「初めに言っとくけど何だかんだで結構ブランクもあるし、あんま期待されても困るわ……」

 

 

 今は亡き両親より贈られたピアノを前に、期待に目を輝かせるまほとアンチョビに向けて、ラブは困ったように笑いながらそう前置きするとピアノに向き直った。

 ラブが本格的に音楽にのめり込むようになったきっかけは、幼い彼女の為に両親が買い与えた小さなおもちゃのピアノであった。

 それは何処にでもあるおもちゃのピアノで決して特別な物ではなく、普通その年齢の子供に与えてもただ闇雲に鍵盤を弾いて出鱈目に音を出して遊ぶぐらいが関の山だろう。

 しかし生まれつきの天才であり多くの才能に恵まれた彼女にとっては、そのおもちゃのピアノは単なるおもちゃではなく音楽の才能を一気に開花させる起爆剤となったのだ。

 それまでにも耳に入る音を一音も外す事なく発声し、その幼さには不釣り合いな才能の片鱗を見せていたが、ピアノという()()を手に入れた事で彼女の才能は爆発的な勢いで成長して行ったのであった。

 

 

 

 

 

「千代美お嬢様、そろそろ良い頃合いかと」

 

「あ…そうですね、それではお願いします……スマンがちょっと失礼するよ」

 

 

 AP-Girlsが使用するⅢ号J型及び復活を果たしたLove Gunに関する驚愕の事実を始め、戦車乗りしかいない晩餐の席の話題はやはり戦車に纏わる話が殆どだった。

 

 

「雪緒ママ?失礼するよって千代美、一体ドコ行くつもりよ……?」

 

「大した事じゃない、直ぐ戻るよ」

 

 

 AP-GirlsのⅢ号J型にシュルツェンを装備出来ない真相を知り、戦車道が全然関係ない理由に有り得ないと頭を抱えていたアンチョビだったが、厳島家のメイド長の雪緒が彼女に何やら耳打ちすると時計を見ながら頷いてそのまま席を立っていた。

 庭園の散策から城に戻り即席のお茶会を開いて以降挙動不審なアンチョビが、雪緒に促され席を立った事をラブは訝しむが、彼女は中座する事を詫びながらもそのまま厨房へ向かうのだった。

 

 

「何やってんのよ千代美は?もしかして亜梨亜ママ何か知ってるんじゃないの……?」

 

 

 雪緒にエスコートされ振り向きもせずに厨房に姿を消したアンチョビの背中を見送ったラブは、まほが何も知らないのは確認済みであったので追及の矛先を亜梨亜に向けてみた。

 

 

「私だって何も聞いていませんよ」

 

 

 だがその亜梨亜も何も知らぬと短く答えると、後は英子と談笑しながらワインの消費に精を出していたので、ラブもその様子から聞くまでもなかったと溜息を吐いた。

 

 

「ホント何やってんだ千代美のヤツめ……」

 

 

 アンチョビが厨房に入ったからには何か料理に係わる事であろうとラブにも想像は付いたが、折角遊びに来てまでそんな行動に出る事が彼女には理解が出来なかった。

 

 

「千代美ちゃんがどうかしましたか?」

 

「え~っと……」

 

 

 亜梨亜と二人杯を重ねていた英子はアンチョビの事となると好奇心が抑えられず、彼女が不意に席を立ち雪緒と共に厨房に向かうとどういう事かと首を突っ込んで来た。

 だがラブも事情が分からないのは英子と一緒だったので、彼女の疑問に何と答えたものかと暫く考え込むと、昼間庭園散策をしてお茶を飲んで以降挙動不審だった事から順に説明していた。

 

 

「千代美ちゃんが挙動不審ねぇ……」

 

「まぁ千代美の事だから何か作りに行ったんだと思うんですけどね、結局まほにも何も言わずにいたらしいし何考えてるんだかさっぱりです……」

 

 

 彼女自身もこういう時はらりくらりと追及を躱して決して口を割らないので、あまりアンチョビの事を言えないのだがラブは不満げに口を尖らせる。

 

 

「千代美ちゃんの手料理かぁ…う~ん、初めて会った時の事を思い出すわぁ……」

 

「それって確か……」

 

 

 ラブが榴弾の暴発に巻き込まれ重傷を負った際、彼女とリアルタイムで通話中であったアンチョビは咄嗟の機転で遠隔地から救急救命の手配を行いその命を救ったが、打てる全ての手を打ち出来る事がなくなると、居ても立っても居られず後先考えずに帰省中であった実家を飛び出し一路横須賀を目指したのであった。

 そしてこの時いくつかの奇跡的な偶然が積み重なった結果、アンチョビは英子と運命的な出会いを果たし、横須賀に滞在する間彼女の部屋で世話になったのだった。

 

 

「ええ、以前お話しした通りよ…今でも千代美ちゃんが作ってくれた手料理の数々が忘れられないわ……中学生であれだけの料理スキルがある子なんてそうはいないわよね、私なんか未だに当時の千代美ちゃんの足元にも及ばないもの……尤も忙しいのを口実に、外食やら買って来た弁当や出来合いのお惣菜なんかばっかり食べてりゃ当然よね~」

 

「でも実際お忙しいでしょう?宿直もあるでしょうし、時間に関係なく呼び出されたり大変なお仕事ですよね…なのに今日は無理を言って申し訳ありませんでした……」

 

 

 昔話から転じて自分の食生活が如何に自堕落かを自嘲気味な口調で語る英子に、ラブは自分の立場を最大限利用した手口で晩餐の席に招待した事を詫びた。

 

 

「あ~、い~のい~の♪元々私の担当じゃなかったのになし崩しでやらされてた仕事だから、ホントちゃっちゃと片付ける良い口実になったんですよ……もしあのままグダグダ署にいたらきっとまたいらん仕事押し付けられて、今頃はキレてアホな上司締め上げてる頃合いだと思いますよ?」

 

 

 相変わらず怖いモノなしな無茶を言う英子だったが、この人なら本当にやるだろうとラブとまほは眉尻を下げて困ったような顔で愛想笑いをするしか出来なかった。

 しかしそんな話をしているうちに厨房からはチーズの焼ける香ばしい香りが漂い始め、それだけでもうアンチョビが何故食事の途中で中座したかがバレバレだった。

 

 

「あ~()()()()()()がするわ~」

 

「成程()()()()()か、確かにな……」

 

 

 漂うその香りにラブがやっぱりという感じでセリフを棒読みすれば、まほもまたその的確な表現に苦笑しながら厨房の方へと目を向けていた。

 そしてそれから待つ事暫し、厨房の扉が開きアンチョビを先頭にメイド達が両の手にトレイを掲げて続々と続き、一層香ばしい香りがラブ達の鼻腔を刺激したのだった。

 

 

「まぁ♪マルゲリータね♡」

 

 

 慣れた身のこなしで厨房から戻って来たアンチョビが、自分が手にしたトレイの一つを当主である亜梨亜と英子の前に差し出すと、何が出て来るのかと期待の目でアンチョビを追っていた英子は、立ち昇るチーズの香りに子供のような満面の笑みを浮かべ亜梨亜を笑わせていた。

 

 

「千代美アンタねぇ、コソコソ何やってるかと思えば夕方からずっとこの仕込みをやってたの?ったくもう、お客さんしに来た家のキッチンで何やってんのよ~?」

 

 

 チーズの焼ける香ばしい香りが漂って来た段階で大方の予想が付いた事だが、目の前にマルゲリータが並ぶとラブはアンチョビの行動力に呆れ果てた顔をしていた。

 

 

「いやだってオマエはそう言うけどなぁ、普通あれ程素敵な厨房と石窯を見たら、ピザの一枚も焼きたくなるのが道理だろう?」

 

『ならないならない』

 

 

 困ったヤツだと呆れるラブにアンチョビは相当ズレた言い訳をさも当然のように並べ立てたが、それまで面白そうにしていたAP-Girlsもさすがにこれは却下らしく、全員が口を揃えて即座にダメ出しをしていた。

 

 

「えぇ…ダメ……?け、けどあの温室のハーブも手入れの行き届いた極上品なんだぞ?特にこのバジルな、これ程良い香りのする物は滅多にお目に掛かれないぞぉ?」

 

 

 アンチョビもAP-Girlsのダメ出しは予想外だったのか上目遣いで更に言い訳を重ねるが、そうこうするうちにメイド達の手で全てのマルゲリータがテーブルの上に並べられ、彼女の言い訳が終わった時にはもう食べるのを待つだけの状態になっていたのだった。

 

 

「さ、話は後だ、冷めないうちに食べてくれ」

 

 

 ラブにそれ以上何か言われないようアンチョビがやや大げさに両腕を広げて見せると、待ってましたとばかりにAP-Girlsがマルゲリータに手を伸ばし、話はそこで有耶無耶になってしまった。

 

 

「アンタ達は~」

 

 

 最近ではすっかりアンツィオといい勝負だと認識されているAP-Girlsの食欲は、そのリーダーたるラブでも止める事は不可能であり、彼女もそれ以上何かを言うのを諦めていた。

 

 

「本当に美味しいわ……」

 

「ええ、千代美ちゃんの作る物は何でも美味しいですが、このマルゲリータは特に絶品ですな♪」

 

 

 アンチョビの勧めるままにマルゲリータを口にした亜梨亜は、その絶妙な火加減で焼き上げられた濃厚な味と香りに思わず溜息を吐き、英子も千代美ちゃん愛を炸裂させ手放しで絶賛する。

 

 

「これ程美味しいマルゲリータを頂くと、やはりワインもそれに相応しいイタリアの物が欲しくなるわ…ねぇ雪緒、確か辛口の白があったわよね……」

 

「はい、こちらにご用意して御座います」

 

「あら、そう……」

 

 

 長く厳島に仕えるメイド長の雪緒は城主の考えなどお見通しらしく、亜梨亜が少し顔色を窺うようにおねだりをした時には、彼女が望むイタリアの白を既に用意していた。

 

 

「英子さんもこれで宜しいかしら……?」

 

「は!遠慮なく頂きます♪」

 

 

 幼少期から厳島に仕える使用人に全てを見透かされ恥じらいに頬を染める亜梨亜は、共犯者を求めるように英子にも用意されていたワインを勧め、程良くご機嫌になり始めた英子も実によい顔で敬礼しながらそれに応えた。

 アンチョビがマルゲリータの仕込みを始めた段階で用意していたのか、程良く冷やされたイタリア物の白ワインが注がれたグラスで二人が乾杯し直すと、Esszimmerの高い天井にグラス同士が触れ合う涼やかな音色が響いていた。

 

 

『さっきまで飲んでいたドイツワインも相当高そうだったけど、あのイタリアワインは…って、英子姉さんもホントに遠慮なく豪快な飲み方を……』

 

 

 亜梨亜と英子の賞賛の言葉にこそばゆい思いをしながらも、ラブとまほにも冷めないうちにとマルゲリータを勧めていたアンチョビは、いつの間にか雪緒が用意していたワインがイタリア産の中でも最高級の部類である事に驚き、その価値を知ってか知らずか豪快にグラスを傾け満足気にマルゲリータを消費する英子に絶句していた。

 だが二人が自分の話題を酒の肴にし始めたので、いつまでもそうしていられなかった。

 

 

「先日千代美さんのご実家にご挨拶に伺った際もご馳走になりましたが、お母様の仕込みの素晴らしさが垣間見える手際の良さでしたわ」

 

「なんと!千代美ちゃんのご実家に!?」

 

 

 榴弾暴発事故が発生した当時心労が祟り倒れたアンチョビの事にしか頭が働かず、彼女の実家への連絡が自分の不手際で後手に回った事を思い出した英子は僅かに頬が硬直したが、千代美ちゃんの実家という魅惑の響きに瞬時に復活した。

 

 

「はい…大変お恥ずかしい話ではありますが、ご存じの通り事故後直ぐに親子揃ってアメリカに逃亡致しましたので、遅まきながら当時のお礼の為にご実家に伺わせて頂きました……」

 

「そうでありましたか…して千代美ちゃんのお母様とは一体どのような方で……」

 

 

 アンチョビが心労で倒れたその夜に電話で話したきりの英子としては、やはり彼女の母どのような人物か気になるようであった。

 好奇心丸出しで身を乗り出す英子の只ならぬ様子に、思わぬ方向へ話が転がり慌てたアンチョビはそれ以上飛び火せぬよう必死だった。

 

 

「英子姉さんも止めて下さ──」

 

「それがもう千代美そっくりでとっても可愛いお母様でしたよ~♪」

 

「なんですとぉ!?」

 

 

 ところがアンチョビが話題を変えるよりも早く、好機到来と口を挿んだラブがオクタン価の高い燃料をぶち込み、英子の千代美愛タコメーターは瞬時にレッドゾーンに突入したのだった。

 

 

「恋…大人の女性に対して可愛いとは何です……?」

 

「え~?だって本当の事じゃない、お父様も超の付く美形だし、ご両親にお会いして千代美が何でこんなに可愛いのかやっと納得が行ったわ♪」

 

「ほう、成程!是非その辺の事をもうちょっと詳しく!」

 

「英子ねぇさ~ん……」

 

 

 こういう時亜梨亜が窘めてもラブがそう簡単に口を閉じるはずもなく、英子もそれに同調してガッツリ喰らい付いて離そうとしない上に、まほまでもが肯定ペンギンと化して首を上下にブンブンさせてアンチョビを閉口させる。

 

 

「それに千代美ったら自分そっくりな弟君がいる事まで隠してたんですよ~?」

 

「ち、千代美ちゃんそっくりな弟君ですとぉ!?」

 

 

 アンチョビ愛をすっかり拗らせ彼女に関するネタであれば見境なくスッポンと化す英子は、アンチョビの弟が彼女にそっくりであるという特上のネタを耳にするや、大きく目を見開き一層鼻息を荒くしていた。

 

 

「あ!オマエはまた余計な事を!」

 

 

 ゲストの英子にサービスのつもりなのか、ラブの口から自分の個人情報が大盤振る舞いでポンポンとバラされる事にアンチョビがキレる。

 

 

「しゃ、写メでよければここに……」

 

「うは────!確かにこれはそっくりだ♡」

 

「にしずみぃ!オマエもかぁ!」

 

 

 だが事態はそれで止まらず、まさかのまほの裏切りで弟の写真まで英子に見られてしまったアンチョビは、背後から撃たれるとはこの事だと頭を抱えテーブルに突っ伏していた。

 

 

「いやぁ、素晴らしい料理と最高のお酒を頂いた上に、こんなにも楽しくお喋りまで出来て今日は実に良い日になりましたよ♪」

 

 

 英子の前で丸裸にされたような心境のアンチョビを他所に、当の英子はご機嫌で亜梨亜相手に三度ワイングラスを掲げて見せたのだった。

 

 

 

 

 

「それにしても本当に千代美さんは料理上手なのね、その年であれだけのマルゲリータを全て手作り出来るなんて本当に驚きだわ」

 

「そんな…今日頂いたお料理に比べたらお恥ずかしい限りです……」

 

 

 何だかんだで大いに盛り上がった宴も終盤となり、デザートと共に供されたコーヒーを前に亜梨亜は改めてアンチョビの料理スキルを賞賛する。

 しかしアンチョビも厨房の一角を借りてマルゲリータの仕込みをする間、厳島家の料理人達の洗練されたプロの技を目の当たりにしていたので、謙遜ではなく自分の腕などまだまだ子供の域を出ていないと痛感したばかりだったのだ。

 だが現実には厳島家の料理人達も仕事に合間にアンチョビの手並みはじっくり観察していたので、下ごしらえを終えた彼女が一旦部屋に引き揚げた後は、口々にその手際と料理センスの良さを賞賛していたのだ。

 

 

「そんな事は御座いませんよ?実際仕込みを終えられた千代美お嬢様が厨房からお部屋に戻られた後、厨房では料理人達の間で千代美お嬢様の手際の良さにちょっとした騒ぎになっていたのですから」

 

「えぇ?そんな大袈裟な……」

 

 

 テーブルを巡りお替りのコーヒーを給仕していた雪緒は、その合間にアンチョビが知らない厨房での一コマを語って聞かせ、それに驚いた彼女は一層恥ずかしそうにモジモジしていた。

 しかしそんなアンチョビの年相応な反応を好ましく思う雪緒は、給仕の仕事を再開しながら穏やかな笑みをその面に浮かべていたのであった。

 

 

「う~ん、私もちょっとは千代美ちゃんを見習って食生活改めなきゃなぁ…今のまんまじゃ刑事(デカ)部屋のオッサン連中と同類だし、何より身体に悪いわよねぇ……」

 

 

 可愛いアンチョビが褒められてまほと似たような表情で喜んでいた英子であったが、ふと我に返った彼女は自分の荒んだ食生活が気になり考え込んでしまう。

 

 

「英子姉さん…それはちょっと問題が違う気が……」

 

 

 アンチョビも英子の忙しさを知っているので、これに関してあまり強くは言えなかった。

 

 

「わ、私もこれからは安斎に少しづつ教えて貰うつもりです……」

 

「いいなぁ…私も千代美ちゃんのお料理教室に通おうかしら……?」

 

「二人共……」

 

 

 だが英子に追従したまほまがしおらしい顔でしおらしい事を言うと、今度は英子がそれに乗っかってアホな事言いだしてしまい、脱力したアンチョビは疲れた顔で大きく肩を落としていた。

 

 

『…けど私も今夜のメニューはレシピが知りたいなぁ……そうすればラブが言ってた西住の好物も正確に味が再現出来るだろうし……』

 

 

 この日の晩餐のメニューは堅苦しいものではない一種のアラカルトスタイルの無国籍料理であり、ラブの要望でまほの好物も多く用意されていたので、アンチョビにとっても彼女の好みをより詳しく知る良い機会であった。

 アンチョビも一度自分で食べればある程度は味付けなどは再現出来るが、より忠実に作る為にはやはりレシピが必要だと考えていた。

 

 

『ご安心下さい千代美お嬢様、今宵の料理のレシピは料理長に用意させてありますので』

 

『雪緒さん……!?』

 

 

 ところがアンチョビがそんな事を考えながらコーヒーの満たされたカップに手を伸ばしたその時、いつの間にか背後に立っていた雪緒に思いもよらぬ耳打ちをされ、驚いた彼女は慌てて振り向き目一杯見開いた目で雪緒の顔を見上げていた。

 

 

『後程お部屋の方にお届け致しますのでご活用下さい』

 

『雪緒さん…あ、ありがとうございます……』

 

 

 ビックリ顔で自分を見つめる彼女の視線に柔和な笑みで応えた雪緒にどうにか礼を述べたアンチョビであったが、頭の何処かで厳島のメイド長恐るべしなどと考えていたのだった。

 

 

 

 

 

「う~ん…こんな風にピアノを弾くの久しぶりだからさすがに緊張するわ……」

 

 

 いつも通りのその間延びした口調からは微塵も緊張など感じられないが、ピアノの前に腰を降ろしストレッチのように両手をグーパーさせるラブはブツブツとそんな事を呟いていた。

 まほの願いを聞き入れ晩餐の後にピアノを弾いてやる約束をしていたラブは、まさか全員が付いて来るとは思っていなかったので、さすがに面喰らった様子でピアノの置かれたリビング代わりの広間を見回していたのだった。

 

 

「英子さん、申し訳ないけどもう少し付き合って頂ける……?」

 

「はい、それはもう喜んで♪」

 

 

 ラブがピアノを弾くと知り是非自分も聴かせて欲しいと願い出た英子は、それならばと亜梨亜に誘われ第二ラウンド(梯子酒)に突入していたが、対面のソファーに収まった亜梨亜が掲げて見せた酒瓶が意外過ぎて内心で少し驚いてもいた。

 

 

『フム…亜梨亜様がバーボンを召し上がられるとはね……とはいえアレも相当な逸品で私や亜美みたいな地方公務員がおいそれと口に出来る物ではなさそうだな……』

 

 

 バーボンと言えばコーンを原料とするアメリカ生まれのウィスキーだが、ビールと掛け合わせるボイラー・メーカーなどというろくでもないカクテルもあるせいか、その印象は西部開拓時代の野蛮な男の酒というイメージが強いだろう。

 だが英子の見立てによると、今目の前にあるバーボンは若い公務員ががそうそう手が出せるシロモノではないはずで、亜梨亜が掲げるボトルは正にその類のバーボンであった。

 

 

「長くアメリカにいたせいかすっかりこの味に馴染んでしまって…お口に合えばいいのだけど……」

 

「亜梨亜様がバーボンとは少々意外でしたが、成程そういう訳でしたか…では遠慮なく……」

 

 

 勧められるままに亜梨亜がショットグラスに注いだバーボンを呷った英子は、その喉が焼けるような感覚以上に強く口内に広がる芳醇な香りに驚き思わず唸っていた。

 

 

「う、美味い…これ程美味いバーボンがあったとは……」

 

「お気に召して頂けたようで嬉しいわ♪」

 

 

 女だてらにストレートのバーボンを平気で呷る猛者そうそうおらず、日頃あまり感情の起伏を見せぬ亜梨亜も英子という同志の登場に思わず頬を緩めていた。

 

 

「あ~も~、亜梨亜ママも程々にしてよね~」

 

「大丈夫ですよ恋お嬢さん、これこの通りちゃんとチェイサー()も用意してありますから」

 

「そういう問題じゃないんですけど……」

 

 

 飲み干したショットグラスに変わりよく冷やされた走水の湧き水が満たされたグラスを掲げ、彼女の後輩である絹代のようにカンラカンラと豪快に笑う英子に、これは何を言っても駄目だ諦めたラブは大袈裟に溜息を吐きながらピアノに向き直った。

 

 

『さて…何から弾いたものか……さすがにもう賑やかな曲を弾く時間じゃないし、ノクターン辺りが無難かしら……けど最近ピアノ曲なんてちゃんと弾いてないからステージより緊張するわね……』

 

 

 戦車道の試合中の緊迫した場面やAP-Girlsのステージ等、並の人間なら足がすくむような場面に於いても滅多な事では彼女が緊張している事を気取られる事はなく、実際ラブのそんな姿を見た事がある者は皆無に近かった。

 だがピアノを前に考え込む彼女の背中が、今までに見た事もない空気を纏っている事に気が付いたアンチョビは、まさかと思いながらも違和感の正体を確認すべくその背中に声を掛けた。

 

 

「おいラブ……」

 

「ナニ……?」

 

「まさかと思うがオマエ緊張してるのか……?」

 

 

 楽譜相手に頭の中でセットリストを作成中だったラブは、アンチョビの声音が明らかに探りを入れて来ていると感じ、ついつっけんどんな口調で短く返していた。

 しかし相手も策士のアンチョビでありその程度で怯むはずもなく、案の定ラブの反応から確信したような顔で追い撃ちを掛けて来たのだった。

 

 

「…私が緊張しちゃ悪い?人前でピアノ弾くのって緊張するのよ……?」

 

 

 するとラブも誤魔化しが効く相手ではない事を嫌という程解っているので、不承不承と書かれた顔で緊張している事を認めたのだった。

 

 

「いや、誰も悪いとは言ってないだろ…ただお前が緊張する理由が見当たらないからどういう事だと思ってだな……だってあれだけデカいステージでAP-Girlsを従えて歌ったり踊ったりしてるお前がだぞ、ピアノ弾くぐらいで何をそんなに緊張するんだよ?熊本で電子オルガンだっけ?アレも弾くの難しそうなのに余裕で弾いてたじゃないか……それとダージリンから聞いたぞ?聖グロに短期留学した時も例の紅茶の園で一曲やってあのローズヒップを泣かせたそうじゃないか?」

 

「…それとこれとは別なのよ……」

 

「何が別なんだ……?」

 

「……」

 

 

 ダージリンに対してはあのお喋りめと思いながらも、アンチョビの追及にもあまり明確な事を答えないラブに、まほと顔を見合わせたアンチョビは訳が解らなそうにしていた。

 だがそれ以上追及したとしても何も答えは得られないだろうと判断したアンチョビは、楽譜と睨めっこをするラブの背中にそっと肩を竦めたのだった。

 

 

「フム…とかく芸術家は気難しいと聞くが、これがそうなのだろうか……?」

 

「私に聞かれても困る……」

 

 

 こういう時に決まって飛び出すまほの生真面目な言動に脱力感を覚えるが、今答えた通り彼女にも極めて複雑なラブの心理面の全てを理解する事は出来なかった。

 

 

『そもそもアイツは芸術家じゃないだろ…アイツ自身が芸術品じゃないか……』

 

 

 まほには私に聞くなと答えておきながらも胸の中でそんな事を考えていたので、気恥ずかしさからなのかアンチョビの頬は僅かにだが赤みが差していた。

 

 

 




ドゥーチェ・アンチョビってよく考えたらドゥーチェはイタリア語なのに、
アンチョビは英語なんですよね~。
イタリア語でアンチョビはAcciuga(アッチューガ)かAlice(アリーチェ)と呼ぶそうで、今回のタイトルでは何となく響きが可愛いので後者を選びました。

結局チョビ子が厨房でごそごそやっていたのはマルゲリータの仕込みでしたが、
やっぱ何を作っていたかはバレバレでしたかね?
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