それでもどうにか投稿出来てホッとしてます。
「やれやれ…実にエライ目にあったな……」
「あぁ、全くだ……」
横須賀港に面したコーヒーショップの二階にあるテラス席。
以前にも訪れた事のあるテラス席で、グランデサイズのカップを前にアンチョビとまほが何とも冴えない表情で脱力している。
二人の虚ろな視線の先、横須賀港でも最古参の設備であるドライドッグでは、航海から戻ったばかりらしいタイコンデロガ級のミサイル巡洋艦が大掛かりな整備を受けているのを始め、そのすぐ隣では出航に向け充電を開始した海上自衛隊のおやしお型潜水艦が盛大に蒸気を上げ、軍港である横須賀港ならではな光景が展開していた。
「う~ん、
くたびれた様子の二人のぼやきが聞こえているはずなのに、その声が全く聞こえていないかのように振舞うラブは、港内の横須賀地方総監部側に停泊する巨艦を眺めながら呑気に呟いていた。
しかしベースに間借りする形で横須賀を母港にしているだけあって、ラブは極自然に二隻の巨艦の停泊位置を船舶の繋留位置に割り当てられたバースコードで表し、自分達を無視して何を言い出したかと胡散臭げな目を向ける二人をムッとさせる。
『コイツ自分が悪いとはこれっぽっちも思ってないだろ……?』
『…だろうな……けどそれはいつもの事だし……』
あからさまな態度で自分達の声をスルーしてとぼけているラブをアンチョビは横目で睨むが、こういう時に何か言っても糠に釘でラブには通用しないのが解っているまほは諦め顔だった。
そもそもここまで疲労感を覚える事になったのも、その発端が自分にある事を解っていたまほもあまりラブに強い事を言えなかったのだ。
「まぁあんな事になるとはさすがに私も思いもしなかったけどな……」
自分を睨むアンチョビの鋭い視線を受け流すラブの涼しい顔に、まほは溜息交じりの呟きを洩らしながら、フードコートの駐車場での騒ぎを思い出す。
ぼんやりと考え込むまほが再び視線を港に向けると、その目の前をキングストン級の高速哨戒艇が港内の制限速度を大幅に逸脱した速度で、星条旗を激しくはためかせながら駆け抜けて行った。
『そうそう、表のパーキングのMach 1の周り、ちょっと凄い事になってるわよ』
日本人にはややヘビーな昼食と、デザートのゲテ甘なアイスクリームをどうにか駆逐し三人がフードコートの席を立とうとしたそのタイミングで、途中から同席していた連絡将校のアビー中尉が含みのある笑みと共に駐車場の方を指差し、何やらご神託めいた事を言っていたのを思い出したラブは困ったように笑いながら真紅の髪をワシャワシャさせていた。
「あ~、注目を集めるとは思ってたけどここ迄とは思わなかったわ~」
「なんじゃコリャ……?」
「これは一体何の騒ぎだ……?」
フードコートの前を横切る
そのいっそむさ苦しいと言っていい光景に苦笑するラブの隣で、状況が飲み込めずアンチョビとまほは只呆然としている。
「ウ~ム…どうやらこれは正真正銘71年式のMach 1のようだぞ……」
「オイオイ、マジもんの429CJだってか!?」
「凄いな…
ウィンブルドンホワイトと呼ばれる塗色に半艶の黒のストライプ、ボンネットに書き込まれた429 RAM AIRのレタリングを読み取ったベテランの海兵が唸れば、年の近そうな海軍の迷彩作業服が驚いて目を剥き、相当な車好きらしい軍服の男は毎年ハロウィンウェークにラスベガスで行われる、世界最大の自動車パーツの見本市や、有名なゴルフコースで開催されるコンクールとオークションを引き合いに出しながらMach 1を凝視していた。
「昔オヤジが乗ってたんだよなぁ…当然俺も乗るつもりでいたけど、ハイスクールに入学して最初の週末に買い物に行ったマーケットのパーキングで、横転事故を起こしたトレーラーのコンテナと隣に停まってたピックアップのサンドイッチでその夢もThe Endさ……」
「Oh……」
「Jesus……」
階級章からすると准将らしき白髪交じりの将校が、しみじみとした口調で遠い過去の悲劇を語って聞かせると、話に聞き入っていた者達は一斉に胸の前で十字を切る。
「フルレストア済みのようだが、おそらくはトリムの類もメッキ加工し直してあるぞ……」
「ねぇ大佐…もしこのMach 1がオークションに出品されたら、最終的に一体どれ位の値が付きますかね……?」
「さぁな…こんな新車がタイムスリップでもして来たような状態のMach 1は、本国でもどこを探したってまず出て来ないだろうからな……そんなシロモノに一体幾らの値が付くかなんて、俺なんかじゃとても想像も付かんよ……」
喧々諤々、突如現れた漢のアメリカンドリームを前に年齢や階級や所属に関係なく、ゴツイ軍人達が仕事そっちのけで熱く意見を交わしている。
「あ~あ…まぁこんだけビッカビッカのミントコンディションのMach 1が目の前にあったんじゃ無理もないか……
車業界で新車同然の状態を示す業界用語を口にしたラブは、へにょっと眉尻を下げ苦笑しながらもこのままではいつまで経っても帰れないので、意を決してMach 1を取り囲むマッチョ共が形成する筋肉の壁の間に突入して行った。
「あぁ失礼…っと君は……いや、これはお嬢さん何故ここに……」
まるで新車にしか見えないマッハ1にすっかり気を取られ、声を掛けられるまで彼女の存在に気が付かずにいた人垣の外側にいた将校は、特徴的なハスキーボイスに振り向くと声の主がラブである事を知り驚いた様子で目を丸くしていた。
「あの~、車に乗りたいんでそこを通して頂けます?」
「え?車…車ってまさかこのMach 1はお嬢さんの……?」
今やベースに勤務する者で知らぬ者はいない存在であるラブの突然の登場に驚く将校であったが、彼女が何を言っているかひと呼吸分間を置いて漸く理解した将校は、ラブとマッハ1を交互に見比べ更に驚いた様子で間抜け面を晒す事になった。
「はい、正確には亜梨亜ママ…いえ、母の車なんですけど……それであの……」
「これは重ね重ね失礼…しかし成程それで合点が行きました、このMach 1はQueen Ariaの所有する車でしたか、ならこれ程状態がいいのも納得です……オイ貴様ら!Princess Loveのお通りだ、さっさと道を開けんかこの馬鹿者共め!」
暫く呆けていた将校は新車のようなマッハ1の正体が亜梨亜のコレクションであると知ると、それでやっと正気に戻り何度も頷いた後に道を塞ぐ兵卒や下士官達をどやし付けた。
「いや…何もそこまでしなくてもいいんですけど……」
彼女には紳士的な態度で接していた将校がそれとは対照的な荒っぽさで交通整理を始めると、その落差の激しさに閉口したラブは困ったように呟きを洩らした。
しかしそうしているうちにも目の前の筋肉の壁はモーゼの海割り宜しく左右に分かれ、ラブ達は居並ぶ海軍と海兵隊の車バカ達の間を引き攣った笑顔で通る羽目になったのだった。
「あ、どうも……」
その状況の何とも形容し難い心地悪さに腰の引けたラブは、アンチョビとまほを従え暑苦しいまでにフレンドリーな笑顔の海の男達の間を通り抜けたが、彼女がどうにかマッハ1の下へと辿り着いた頃にはその所有者が亜梨亜である事はその場にいる全ての者達の知る処となっていた。
「おい、ラブ……」
「ナニ……?」
「私の耳がおかしいのかさっきの人がお前と話している時、亜梨亜おば様とお前の名におかしな呼称が付いていたように聞こえたんだが…それとも単に英語があまり得意ではない私が聞き間違えただけだろうか……?」
「…耳鼻科の受診をお勧めするわ……」
「……」
猫背でヘコヘコと何度も頭を下げながら人垣の間を進むラブの後を追ったアンチョビは、ラブと将校のネイティブな英語の会話の殆どが聞き取れなかったが、途中厳島親子の名に奇妙な呼称が付けられている事だけは聞き逃さなかった。
ただ彼女も英語のヒアリングにあまり自信がなかったので、敢えて遠回しな聞き方でカマを掛けてラブの反応を窺っていた。
すると長年彼女とはハッタリをかまし合って来ただけにラブも顔には出さなかったが、言い返した一言は辛辣さに欠けいつものような切れ味はなかった。
だがそれでもここでボロを出さずにこの場を乗り切れば何とか誤魔化せると踏んだラブは、徹底してしらを切り通す事に決めジッと無言で自分を見つめるアンチョビから目を逸らしたが、残念ながら彼女の目論見はその後直ぐに呆気なく外れたのだった。
「あれ?何か私達包囲されてないか……?」
ラブがアンチョビの視線に気付かないふりをしてマッハ1の鍵を手にすると、それまで彼女の後ろを逆らう事なく付いて来ていたまほが、ぐるりと周りを見回しながらぼそりと呟きを洩らした。
まほの呟きにラブがチラリと背後を一瞥するとたった今通り過ぎたマッチョの門は既に閉ざされ、マッハ1を中心とした十重二十重の筋肉の壁が再び形成されていたのだった。
「気のせいよ…二人共早く乗って──」
マッチョな海の男が作る逃げ場のない重包囲陣の中心で、内心マズい状況だと思いながらも平静を装ったラブがそこまで言いかけたその時、最もラブに近い場所にいた陽気で怖いもの知らずな兵卒の一人が携帯片手に恐れていた事を言い出したのだった。
「
ヤンキーらしい屈託のない笑顔でマッハ1を指差しながら携帯をかざしていた兵卒は、断られるとは思ってもいないらしくカメラを起動すると、隣にいた同僚に携帯を手渡し身振り手振りを交えてマッハ1をバックにラブとのツーショット写真を撮るよう頼み始めた。
そしてそれが呼び水となり方々からプリンセスにお願いの声が次々と上がり、あっという間にお姫様のデフレ状態が発生しいよいよ言い逃れが出来なくなったのだった。
「今やっぱりプリンセスって言ったよな……?」
「フム、どうやらラブとマッハ1と一緒に記念写真を撮りたいと言っているようだが……」
さすがにこれだけプリンセスと連呼されると、英語のヒアリングに自信のないアンチョビでも聞き取れたらしく、目を逸らすラブの背中をロックオンしたまま隣のまほに質問を投げていた。
一方のまほもドイツ語程英語は得意ではなかったが、兵卒の身振りからある程度察しが付いたらしく少し考えてからそれに答えていた。
『チッ…まほのヤツ余計な真似を……』
お姫様呼ばわりとお姉様呼ばわりされる事に抵抗がある彼女は、それをネタにされる事を極度に嫌がっていたので、ベースの軍人達から親子で女王と姫扱いされている事だけは何としてでも隠し通したかったのだが、ものの見事にまほがその願いを粉砕してしまったのだった。
「クイーンとプリンセスねぇ……何だラブ、オマエやっぱお姫様だったんじゃないか」
「最初から解ってたクセに白々しい……」
まほの空気を読まない発言を追い風にそれまでの疑いの眼差しと探るような表情から一変、口角をキュっと吊り上げ鬼の首を取ったような人の悪い笑みを浮かべたアンチョビは、この機を逃す事なく的確な痛打をラブに浴びせていた。
これがダージリン辺りなら浮かれて小躍りしている足下を掬ってやる処だが、こういう時に隙を見せる程アンチョビは甘くないので、ラブも苦虫顔で皮肉を言う程度の反撃しか出来なかった。
「オ、オイ…何かみんな携帯構えて迫って来てないか……?」
「そうね……」
若い兵卒の一言を皮切りにラブ達を囲む軍人達が次々と携帯を取り出し始め、その異様な光景に気圧されたまほも息を呑み、既に逃げ道がない事はラブも解っていた。
帰港の度ベースに降りるとAP-Girlsのメンバー達は記念撮影を求められる事も多く、彼女達は可能な限り気さくにそれに応じて来たが、アンチョビの前でいつものようにノリノリでポーズを決めるのは出来れば避けたい事態だった。
「
これが戦車道の試合であれば百折不撓を掲げる厳島流家元らしく徹底抗戦を貫き、最後の最後まで足掻いて見せただろう。
しかし残念な事に状況は完全に詰んでいたので、さすがの彼女も観念したのか映画やプロレスの興行のタイトルで使われたりするフレーズを口にして逃げ道がない事を認めていた。
だが珍しく諦め顔の彼女の目の前に不意に現れた救いの神のふりをした悪魔は、その耳元に何とも魅力的なプランを囁いたのであった。
『コイツらも巻き添えにしてやる……』
たった一日とはいえ自由に過ごせる貴重なお休みのはずが結局は戦車に乗った挙句、ランチまでベースのフードコートのジャンクになってしまいラブは地味に不満を溜め込んでいた。
そして止めに予定外のファンサービスまでする羽目になった彼女は、その腹いせに二人も記念撮影のモデルにする事を思い付くと、言葉巧みに携帯を構える軍人達を唆したのだった。
「え…?アレ……ちょ!?」
アンチョビとまほが聞き取れぬ早口でラブが何やら捲し立てると、如何にもヤンキーなリアクションと共に歓声を上げた軍人達が二人を取り囲みあっという間にマッハ1の前に立たされていた。
「な、何だオイ、これは一体どういう事だ!?」
「え~いぴぃぴぃとさえずるな喧しい!黙って私の言う事に従って日米親善のお役に立てぃ!」
訳が解らず悲鳴交じりに説明を求めるアンチョビとまほだったが、そんな声など無視したラブは二人にビシッと右手の人差し指を突き付けると、理不尽極まりない命令を下すのだった。
そして自身もマッハ1の前に颯爽と立ちはだかると、向けられたレンズを意識して次々とポーズを決めて見せた。
すると軍人達の歓声と共にパシャパシャとシャッター音が連続して鳴り響き、二人も朧気ながら漸く何が始まったのか理解したようだった。
「お、おいラブ……」
「何ボヤっとしてんのよ!?早く私のやった通りにポージングしなさいよ!」
「えぇ!?」
中学時代にアルバイトとはいえ大人向けのファッション誌のモデルを経験していた上に、今はアイドルとしてレッスンを受けているラブは、一部の隙もない完璧なポーズを決めながら狼狽えるまほを手厳しく叱責する。
「わ、私達を巻き込むなぁ!」
ニカっといい顔で携帯を片手に進軍して来る軍人達に引き攣った愛想笑いを浮かべながら、レンズに向かいにこやかにポーズを取るラブにアンチョビも切羽詰まった声で抗議していた。
しかし残念ながらその声は目が全く笑っていない笑顔のラブには通用せず、無言でポーズを取るよう圧を掛ける彼女にスルーされたのだった。
そしてなし崩しに始まったグダグダな撮影会は、ラブの仕切りでグダグダなままいつ果てるとも知れずグダグダと続くのだった。
「ハイまほ!今度は目線をアッチに向ける!千代美もいつまで仏頂面してるつもり!?」
「腹いせかよ…自分が一番ノリノリじゃねぇか……大体その服もこうなる事が最初から解ってて選んだんじゃないのか……?」
まほと一緒にラブを真似てポーズを変えたアンチョビは、ラブの立ち位置から死角なったタイミングで彼女の背中に向かって愚痴を零す。
入浴後に三人が揃って着替えたのは、実質ラブの為に用意されたブランドであるLove's Berry製の衣服だったが、ラブが自らチョイスしたのは厳島の青を基調としたコスプレ感満載の軍服風ゴスロリ膝丈のワンピースで、金ボタンと
更に彼女の日本人離れした比率のスラリと長い脚を包むのは、バックシームの黒い網タイツに厳ついデザインのワークブーツという最強の組み合わせだった。
「何よ……?」
「何でもねぇよ……」
その小声の呟きは聞こえないはずだったが、チラリと彼女を一瞥したラブの冷ややかな視線と詰問するような一言に、にアンチョビもポーズを変えながらぶっきらぼうに短く言い返すのみだった。
「…つ~か何でここの連中はアイツの格好にツッコミの一つも入れないんだ……?」
「何でって…そりゃあ相手がラブだからじゃないのか……?」
「あのな……」
自分とまほの物に比べラブが選んだゴスファッションのドレスは、日常で着るには相当に勇気のいる代物であったので、アンチョビとしてはその事で誰一人何も言わないのが不思議だった。
しかし彼女が漏らした疑問に、必死にラブのポーズを真似るまほがその合間にさもそれが当然とでも言ったように答え、内心それが解っていたアンチョビは何も反論する事が出来なかった。
「日本に来たらこうして可愛いジャパニーズガールと写真を撮るのが夢だったんだ」
「Oh!それは噂に聞くリョウテニハナというやつだな?」
『それ微妙に意味が違うから……』
一体いつの間に来ていたのか、海軍と海兵隊の広報までもが一眼レフを構えるラブ達をモデルにしたマッハ1の撮影会がひと段落すると、いよいよお待ちかねの記念撮影タイムに突入し軍人達のテンションは最高潮に達していた。
肩を抱いたり腰に手を回したりは序の口で、腕の太さが自慢な黒人の海兵はアンチョビとまほを両腕にぶら下がらせて悦に入りその微妙な勘違いでラブを脱力させる。
「このカオスは一体いつまで続くんだぁ……?」
「私に分かる訳ないだろ……」
笑顔を作る事がこんなに重労働だとは思わなかったと音を上げるアンチョビに、引き攣った笑顔が張り付いて表情を変えられなくなったまほは投げやり気味に答える。
こんな事ならLove Gunに乗りたいとか、ベースのフードコートに行きたいなどと言わなければよかったとまほは後悔したのだった。
「私は悪くないわよ!」
泣き言を言いながら自分をチラ見するアンチョビとまほに、さすがに少し疲れて来たらしいラブもキレ気味に強い口調で言い返していた。
71年式マッハ1なんて状態悪くても軽く8ケタ行くんじゃね……?
高校卒業すると月間戦車道からグラビアモデルの依頼とかないかな?