「この脳筋共が厳島のプリンセスに何て事やらせてんのよ!サッサと仕事に戻りなさい!」
ベースと笠女の間を取り持つ連絡将校のアビゲイル中尉は、ラブ達が席を立った後も暫くの間同僚とランチがてら打ち合わせをしていたが、その打ち合わせが終わってもまだマッハ1が動いていない事を不審に思い駐車場まで様子を見に来たのだった。
結果三人がむくつけき海の男共に翻弄される場面に出くわし、その光景にキレたアビーは片っ端からゴツイ尻を蹴飛ばして回り強制的に撮影会をお開きにしていた。
「あの中尉が来なけりゃどうなっていた事か……」
「アビゲイル中尉と言ったか…なんか上官の尻にも平気で蹴りを入れてなかったか……?」
嘗ては横須賀鎮守府の敷地であったヴェルニー公園内にあるコーヒーショップのテラス席で、アンチョビとまほは昼食後の駐車場での一幕を思い起こしていた。
『どうも私の周りにいる大人の女性はやたらタフな気がするのは気のせいだろうか……?』
それが例え上官であろうがお構いなく一切容赦せずに男共の蹴り飛ばすアビーの勇姿に、二人の目には亜美や英子の姿がダブって見えていたようだ。
「どうした安斎……?」
「何でもない…それより西住、お前こそどうした……?」
「いや、別に大した事じゃない……」
この時二人は同時に同じ事を考えていたがそれを口にするのは失礼な気がしたので、互いに言葉を濁しその事に気が付く事なく話は有耶無耶になったが、アンチョビもまほも自分達がその予備軍である事を全く自覚していなかった。
「ハァ~、折角のお休みだったのに結局何も出来なかったわ……」
『……』
テラス席でお茶をしながらひと息つく間ラブはこれ見よがしに幾度も溜息を吐き、その後は延々同じような愚痴を零し続けていたが、二人は示し合わせたように無言を貫きそれに関する事は何も言おうとはしなかった。
何故なら今のラブには何が地雷ワードになるか解らないのでないのでうっかりした事が言えず、自ら率先して地雷原に足を踏み入れるような真似はしたくななかったのだ。
「…私のせいじゃないわよ……?」
『だから何も言ってないじゃないか……』
しかし二人が黙っていれば黙っていたで面白くないラブは、充電の為に機関を回し濛々と水蒸気を吐き出すおやしお型の潜水艦を凝視したまま、自分には一切非がない事を主張していた。
めんどくせぇヤツだと内心頭を抱えたい二人だったが、もしここで何か言ってしまえば事態は更に面倒な事になるので、アンチョビとまほは徹底して無言を貫いたのだった。
「フン…それで誤魔化せると本気で思ってるの……?」
二人の態度にスッと目を細め鼻を鳴らすラブだったが、かと言ってそれ以上嫌味を言うつもりもないらしく不満そうながらもそれきり口を噤んでいた。
「…しかしまたあんな場所にマッハ1を置いて来て大丈夫なんだろうか……?」
ラブが口を噤んでから暫し時間が経過しその間ちびちびとカップの中身を消費していたまほは、一旦お伺いを立てるようにアンチョビに目配せをした後、小さく深呼吸してからずっと気になっていた事を口にした。
「…それならアビー中尉が連絡将校権限で基地中にマッハ1への接近禁止令を発令してくれたから何も問題ないわ……」
「基地中にって…いくら将校と言ったって中尉にそれだけの権限があるって凄くないか……?」
ベースに隣接するショッピングモールの敷地内にあり、横須賀港を一望出来るコーヒーショップに来るに当たり、ラブはショッピングモールにほぼ直結する歩行者しか通る事の出来ないとても小さなゲートを、笠女に支給される特別なパスを使用して通り抜けていたのだ。
しかし歩行者専用のゲート故にマッハ1は基地内に置いて来ざるを得ず、ラブは件のアビー中尉に依頼し一番近くにある駐車場の使用許可を取り付けていたのだった。
だがいくら基地の外れとはいえ、徒歩通勤者や買い物に出るには都合のいいゲートなので利用者も多く、そこにマッハ1を置いて行くとなると帰る際にまた先程の二の舞になるのではとまほも危惧していたのだ。
そんなまほの不安に対し、ややぶっきらぼうな口調ながらその心配は無用だと言ったラブが事情を説明すると、連絡将校のアビー中尉に与えられた権限の大きさにアンチョビも驚きを隠せなかった。
だがこれは相手が未成年者である事を考えれば間違いが起こらぬようにするために当然の配慮であり、それ故に担当将校であるアビー中尉も遠慮なく全力で上官の尻を蹴飛ばす事が出来たのだった。
尤も未成年者相手の配慮以前に本国での経済的な貢献度も高く、政財界に絶大な影響力を持つ厳島の機嫌を損ねてはならぬという、極めて政治的な判断がなされた事も大きかっただろう。
「まぁ私達が未成年な事もあるし、米軍もハラスメントにはとてもナーバスだから過剰反応気味になるのも仕方ないんだけどね……」
「そうなのか……」
日本がまだまだハラスメントに甘い国であるが為に、アンチョビもその徹底ぶりに驚きながらも今ひとつピンと来ない様子で曖昧に頷いていた。
尚、この時ラブは厳島家への配慮に関しては意図的にぼかしていたので、二人がその点に気付く事はなかった。
「う~ん…それにしてもあんな所にゲートがあるとはなぁ……子供の頃から何度も来てる場所なのに今まで全然気が付かなかったなんて……」
もうモデルの真似事をしなくても済むと知り安堵したまほは、広いベースに車はおろか自転車すら通れぬゲートが存在する事に驚いている。
「パッと見ゲートに向かうウッドデッキからじゃ行き止まりにしか見えないし、確かに隠し通路っぽいかもね……けど通退勤の時間帯や昼時なんかは結構人通りが多いのよ?徒歩通勤で汐入駅を使ってる人で、ベース内の職場の位置によってはメインゲートよりこっちの方が近いもの」
「成程そうだったのか」
「お昼休みになると迷彩作業服姿の人達があのゲートから、ショッピングモールのスーパーの食料品売り場にお弁当なんか買いに来てるわ」
「ほお…けどそれは横須賀ならではな光景かもな……」
「そうね、けれどこの横須賀じゃそれが日常だもの」
戦車道をやっている以上は二人も一般人より
特にドゥーチェ・アンチョビの場合、試合の際に着用していたパンツァージャケットがパンツスタイルと長靴の組み合わせだったのでそれは尚更だった。
しかしそれでも日常的に軍服を街中で見かけるのが普通の事だと言い切るラブに、改めて横須賀が海軍の町である事を実感する二人であった。
「それが日常か…そういう事がサラッと言えるのは横須賀市民ぐらいかもしれんなぁ……」
「あら?
「あ~、けどまぁそういうもんか……」
自衛隊及び米軍が駐屯駐留している街であれば規模の差こそあっても、大体何処も似たり寄ったりではないのかという些か大雑把なラブの持論に、顔を見合わせた二人も極端過ぎないかと思いながらも曖昧な表情で頷いていた。
「あ…けどカチューシャとノンナの……プラウダの母港の大湊はどうなんだ?港というか基地周辺は商業施設も少なくて相当大変だと聞いたぞ?それであまりに不便過ぎるから大湊だけじゃなくて青森港も母港化して、結局はその青森港をメインに使ってるんだったよな……?」
カチューシャとノンナ曰く、基本的に衣食住に困る事もなく寧ろ魚介類などは非常に新鮮で素晴らしく美味しいが、店が閉まる時間が極端に早く公共交通機関が壊滅的で、遊びに行こうと思うとその容赦ない現実に絶望感に打ちひしがれる事になるらしかった。
因みにもし母港に帰港した際上陸して映画でも見ようと思ったら、映画一本分ぐらいの時間を掛けて車で移動する事になるとカチューシャとノンナは死んだ目で語っていたという。
『あぁ……』
基地の街とはいえやや特殊なケースをアンチョビが持ち出すとラブとまほの顔から表情が消え、唇から絞り出された声には鬱の色が滲んでいた。
「気が滅入る話ね……」
「スマン……」
一日楽しく遊んで過ごす予定がふいになった挙句にダメ押しで暗い話を聞かされたラブは、憂鬱そうに溜息を洩らしその原因になったアンチョビも済まなそうに肩を落としていた。
「あ~あ…これはもう完全に遊びに行く時間ないわね……今やってる映画もイマイチそうだし、ボウリングも春休みだから混んでるだろうし……残るはショッピングとゲーセンぐらいか……」
大分陽も傾き移動時間が惜しいラブは、コーヒーショップが隣接するショッピングモール内で出来る事を指折り数え始め、実行可能なプランのショボさに一人溜息を吐く。
「ゲーセンかぁ…ゲーセンねぇ……ゲーセン、ゲーセン……ん?ゲーセン?」
思い付くプランがどれもパッとせず渋い顔をするラブだったが、何か気になる事があるのか考え込む表情で彼女はブツブツと暫く呟き続けていた。
「あ、そっか!その手があったわ!」
「ど、どうした急に……?」
しかし突然何を閃いたのかラブが表情を一変させて大きな声を出すと、その豹変ぶりに驚いたアンチョビはビクッと祖に身を震わせた。
「そうよ!折角おめかししてんだからゲーセン行ってプリクラ撮るわよ!」
「プリクラぁ!?」
そして驚くアンチョビをスルーしたラブは椅子を蹴倒さんばかりの勢いで立ち上がると、大きく目を見開きグッと右の拳を握り一方的な決定事項を通達する。
だがその急展開に全く付いて行けないまほは、何を言い出したのか理解出来ずにポカンと大口を開けた間抜け面を晒していた。
「そうと決まれば話は早い、パッパとメイクを直してゲーセンに行くわよ!」
「お、おい…プリクラとメイクに何の関係が……」
こういう時遊び慣れていないまほはラブの思考回路の回転の速さに付いて行けず、プリクラを撮る前に何故化粧直しをする必要があるのかと混乱している。
「そうか…これが今日の本命という事か……」
一方まほと違ってラブの突飛さに抗体のあるアンチョビは、天を仰ぎぼそりと呟くと何処か達観した様子で事態をすんなりと受け入れていた。
「…となるとお風呂に用意してあったメイクセットも、これを見越しての事だったのかね……?」
着替えと一緒にプレゼントされていた化粧品一式をポーチから取り出したアンチョビは、入学祝と称してお洒落させられた理由はこの為だったのかもしれないと独り結論付けたのだった。
「さっきも思ったんだけど、ど~にもぎこちないわねぇ~」
アンチョビに追従するように化粧品をテーブルに並べ、慣れぬ手付きで化粧直しを始めたまほを観察していたラブは、その危なっかしいまでの手際の悪さに只々呆れていた。
「し、仕方ないだろ…お前と違ってまだ私はお化粧に慣れてないんだから……」
震える手で紅を引こうとするまほに待ったを掛けるようなラブの指摘に、口紅を持つ手を止めたまほは手鏡に映る自らの唇を睨み付けながら面白くなさそうな顔をする。
「卒業前に学校でメイクの講習会とかなかったの?」
「そういうのは普通大学生の就活が始まる頃にやるもんじゃないのか?」
まほ程不器用ではないがラブ程手慣れていないアンチョビが、使い終えたばかりのチークブラシをケースに戻しながら真顔で指摘した。
「そお?笠女じゃ入学すると直ぐに基礎講座始めるけど?」
「笠女が特殊過ぎんだよ…特にオマエの場合は中学の頃からモデルやってて慣れてるからな……」
「え~?私なんかウチのメイク班に比べたら足元にも及ばないわよ~?」
「だから笠女が特殊なんだって……」
普通科のない専門性の強い学科極振りな学校なだけに、笠女には世界に通用するメイクアップアーティストを要請する学科もあり、ラブ達はすっかりそれが普通だと思っていた。
「そんな変かしら……?ま~いいわ、私が今から手本を見せるからその通りにやってごらんよ」
「あ~ラブよ、今から西住にそれやらせると確実に日が暮れるぞ……?」
「う゛……」
戦車道に係わる事以外は壊滅的なまでの不器用さを発揮するまほに、高度な女子力を必要とするメイクのレクチャーする大変さをアンチョビに指摘されたラブは、餅を喉に詰まらせたような呻き声を上げて頭を抱える。
「し、仕方ないから今日は私がやってあげる…千代美、これからはこの女子力ゼロなポンコツの躾、マジ頼んだわよ……?」
「わ、解った……」
アンチョビもまほを今のまま放っておくと先々困った事態が生じる事を理解したのか、まほの唇に紅を引きながらぼやくラブの言葉に神妙に頷いていた。
「良い出来だわ…あ、そうか……うん、なんか閃いたかも……」
「何だ?何を閃いたって……?」
まほの唇に口紅とグロスを重ねて艶めかしい艶を出し、その仕上がりに満足し悦に入っていたラブは、不意に何かを思い付いたらしくそれがそのまま口から駄々洩れしていた。
「ん~、今はナイショ……まぁ後で分かるから楽しみに待ってなさい♪」
「何だそりゃ?」
相変わらず一人勝手に盛り上がるラブにアンチョビは胡散臭そうにするが、その程度でラブが口を割るはずもない事は承知していたので、面倒になった彼女はそれ以上追及しようとはしなかった。
後日大学近くの新居に戻り入学準備そしていたアンチョビとまほの下に、入学祝の名目で厳島のブランドのメイクボックスが届いた。
まほと二人で開封した小包の中身を見たアンチョビは、ラブが楽しみに待っていろと言ったのはこの事かと直ぐに気が付いたが、見るからに高そうなメイクボックスを果たしてそのまま受け取っていいものかと暫く悩まされたのだった。
だが念の入った事に小包の送り主の名義は亜梨亜になっていたので、二人にはとても断る事など出来ず素直に受け取る以外の選択肢は残されていなかった。
尚このメイクボックスは仲間達全員に贈られており、全員が二人と同様にビビりながらも素直に受け取っていた事が後日判明した。
「だからまほ…証明写真じゃないんだからプリクラで直立不動とか止めてよ……」
時計と睨めっこでメイクを仕上げた後、その派手さで注目を浴びながらアンチョビとまほを引き連れショッピングモールに突撃したラブは、辿り着いたゲーセンでプリクラを撮り始めて早々に頭を抱える羽目になっていた。
「そ、そんな事言ったって私はうひゅ──」
「だからその仏頂面を止めて笑えと何度言えば解かるのよこの石頭は……?」
鉄は熱いうちにと幼少期から西住流の後継者としてしほに打たれて来たまほは、ちょっとやそっとでは抜けない程硬いクルップ社の鋼並の堅物に鍛え上げられていたので、プリクラを撮るのに笑えと言われてもハイそうですかと笑える程器用ではなかった。
そんなまほに業を煮やしたラブが身長差にモノを言わせて彼女のほっぺ左右に引っ張るが、その程度でまほの鉄面皮が柔らかくなる程西住流は甘くはなかった。
「やっぱ西住連れてプリクラは根本的に無理があったんじゃないか……?」
「……」
三人揃ってお洒落した事で無意識のうちに舞い上がっていたラブは、ここでやっと自分が初歩的なミスを犯した事に気が付いたのであった。
例えどれだけバッチリとメイクを決めようとも、まほは何処まで行ってもまほである事に変わりはなく、いきなりプリクラを撮る為に可愛く笑わせようというのが土台無理な話だったのだ。
特に今日はゲーセンに来る前にベース内でいい加減無理をさせていたので、とっくにキャパシティ超えていたまほにはもう可愛く笑えるような余力は残されていなかった。
「どんだけ不器用なのよコイツは……?」
さすがにラブもまさかこれ程とは思っていなかったようで、気をつけの姿勢で顔を強張らせるまほの姿に絶望的な想いで天を仰いでいた。
「そもそもアレだ…こうなる事はここに来るまでに気が付きそうなもんだがなぁ……」
コーヒーショップからゲーセンに来るまでの間に、ショッピングモール内の事なので当然多くの買い物客とすれ違う訳だが、地元一の有名人であるラブがいればそれらの人々の目は嫌でも彼女に集中する事になる。
しかし暗黙の了解という訳ではないが、地元の人間は不用意に彼女に声を掛けたりサインを求めるような事はせず、笑顔で手を振ったり会釈したりする程度でラブのプライベートタイムを阻害するような事はしなかった。
ところが残念ながらよそ者にはそのローカルルールは通用せず、アイドルグループAP-Girlsのリーダー厳島恋がいる事に気が付けば黙って見過ごす事など出来るはずもなく、サインの一つも貰おうと駆け寄って来る者も一人や二人の話ではなかったのだ。
だがこの時詰めかける者達を阻んだのは他ならぬまほであり、彼女の試合中に放つ寄らば撃つオーラと鋭い眼光がラブを窮地から救っていたのであった。
そんな一幕もあっただけに、どうしてこうなったと頭を抱えてしゃがみ込んでしまったラブの背中に、アンチョビも困ったもんだと力なく首を左右に振っていた。
「しょうがねぇなぁ…お~い西住ちょっとこっち来い……よし、そしたらそこに立て……」
いつまでもそうしていても埒が明かぬ上にまた人が集まってしまうと考えたアンチョビは、どうしてよいか解らず顔を強張らせたまま棒立ちで途方に暮れるまほを手招きすると、そのまま次に撮るつもりだったプリクラの幕の中に引っ張って行く。
「おいラブ、オマエもいつまでそうしてるつもりだ?サッサとこっちに来んか」
「どうするつもりよ……?」
起死回生を狙ったプリクラも当てが外れ、グダグダなまま春休みが終わると悲観するラブを呼び付けるアンチョビを、今更何が出来るとラブはいじけた目で見上げる。
「いーから早く来い…オマエはそこに立て……で、私はこっちな……」
まほを中心に据え両側から彼女に密着するように立ち位置を決めたアンチョビは、胡散臭げな顔をするラブを放置して次々と指示を出し行く。
「立ち位置はよさそうだな……よし、そしたら西住は腕を組め」
「え?可愛いポーズ取らなくていいのか……?」
「い~から早くやれ」
「あ、あぁ解った……」
一体何をさせられるのかと戸惑うまほであったが、アンチョビにせっつかれた彼女は言われるままに腕を組むと、次の指示を聞き逃さぬよう耳をそばだてた。
「うん、それでいい…そしたらそうだな……試合中思いがけぬ強敵、ラブみたいな強敵に出くわした事を想像して笑ってみろ……」
「な、何だって……?」
「西住……?」
突然何を言い出すのだと裏返った声で問い質そうとするまほだったが、アンチョビ声のトーンが低くなると慌てて彼女の指示に従おうと瞳を閉じ、言われた通りの状況を脳内で再現した。
轟く砲声に飛び交う徹甲弾、硝煙立ち込める戦場を履帯を軋ませ電撃戦を展開するまほのティーガーⅠの前に、単騎立ちはだかるLove Gunとそのコマンダーキューポラ上で不敵に微笑むラブの姿。
それはあくまでも頭の中に思い浮かべた妄想でしかなかったが、強敵を求める戦車乗りなら燃えずにはいられないシチュエーションに俄然まほの血は滾りその身は歓喜に打ち震える。
「どうだ西住……?」
「フ…フフフ……逃がしはせんぞ!Panzer Vor!」
「ふ…単純なヤツめ……おらラブ!オマエもアホ面しとらんと試合中の女狐顔で笑わんか!」
「め、女狐!?」
言われるがままに妄想を膨らませたまほが引き攣った半端な笑い顔を一変させ、ガチンコ勝負の修羅場で彼女が見せる闘争心剥き出しの笑みを浮かべると、すかさずアンチョビはラブにも同じように笑って見せろと無茶振りをした。
そして目を白黒させるラブに早くしろと急かしながら、自身も口角を吊り上げ狡猾な策士の顔を作り、手早くタッチパネルを操作して撮影準備を進めた。
それは普通に可愛く笑えないまほの不器用さを逆手に取ったアンチョビの作戦だった。
普通に可愛く笑えないなら得意な不敵な笑みを浮かべさせればいい。
咄嗟にそう判断したアンチョビの奇策は功を奏し、見事彼女の狙い通りの笑みを浮かべたまほを中心に地獄のプリクラ撮りは始まったのであった。
「ちがう…何かが決定的に違う……」
フレームをとっかえひっかえ盛りに盛って凝りに凝った撮影を繰り返し、ラブの手元には物凄い数のプリントアウトしたシールが並んでいる。
だがそれらの戦利品を前に、ラブは死んだような目で口の端を小さく震わせていた。
可愛いフレームにキラキラなエフェクトとお約束な落書きの数々、それだけ見れば仲良し三人組の休日の一コマに見えなくもなかったが、アンチョビの奇策のせいでそれはプリクラとは似て非なる代物と化していたのだった。
いっそフレームがコマンダーキューポラであったらしっくり来る凶悪極まりない三人の笑み。
後にその禍々しい代物を目にした者達が、口を揃えて呪い札と称したシールは再びラブに頭を抱えさせたのであった。
「いや、どうしてどうして、これは中々の傑作じゃないか♪」
「千代美アンタね……」
「何だラブ、何か気に入らない事でもあるのか?」
シール片手に明らかに面白がっているアンチョビをラブが睨むが、アンチョビの方は全く動じた様子もなくニヤニヤと笑い続けている。
「フム…これはお気に召さなかったか……お~い西住ちょっと来い」
「ま、まだ何かあるのか……?」
慣れぬ事の連続にさすがに疲れた様子のまほはアンチョビに手招きされると、今度は何をやらされるのかと警戒し身構えながら彼女の下へとやって来た。
「いや何大した事じゃない…ただラブがイマイチさっき撮ったプリクラが気に入らんようでな、撮り直すからもうちょっと付き合えや……」
「撮り直し……」
撮り直しと聞いた途端ショックを受けたまほは、酷使して疲れ切った頬に手を当て絶望したように呟き立ち尽くしていた。
「まぁそう難しく考えるな…そうだなぁ……うん、ちょっと想像してみろ……」
困ったヤツだと苦笑するアンチョビに促され、再びまほが瞳を閉じる。
するとそれでいいと頷いたアンチョビは、少し考えてからまほをペテンにかけ始めた。
「いいか西住、オマエは今熊本にいる…長い航海から戻り、久しぶりに帰港した熊本の実家の玄関前にお前は立っている……」
アンチョビに言われるまま瞳を閉じ、まほは熊本の実家の玄関に立つ自らの姿を思い浮かべる。
「…出迎えに現れた菊代さんに促され、お前は玄関を上がるとそのまま長い廊下を抜け座敷に向かう……そして座敷に足を踏み入れると、そこには家元がお前の帰りを待つ姿があった……」
瞳を閉じアンチョビの声に耳を傾けていたまほだったが、しほの名が出た途端ピクリと右の眉が吊り上がり口の端も僅かに歪ませていた。
「…だからそこで嫌そうな顔するなよ……」
あくまでも想像上の話にも拘わらず露骨に拒否反応を示すまほにアンチョビは困った顔をするが、それでもそこで投げ出す事なく彼女は話し続けた。
「いつも通りの帰郷の挨拶にいつも通り応える家元…だが西住、お前はとっくに気付いていた……屋敷に入る前から辺り一帯に漂っていたスパイシーな香りの正体に……そう、家元はお前の帰郷に合わせ用意してくれていたのだ、西住の大好物お母様のカレーをな……」
ラブも呆れる驚異的な単純さを発揮するまほは、今にも涎を垂らさんばかりに溢れた唾液をゴクリと飲み込み、そのタイミングを逃さずアンチョビはここぞとばかりに畳み込んだ。
「姿勢正しく正座する家元の傍らには寸胴鍋、そして西住の目の前には家元自らよそってくれた特製のカレー…勿論大盛りでお替りし放題だぞ……」
ツッコミどころ満載というかツッコミどころしかないアホな事極まりない手口だが、アンチョビが使えば効果覿面らしくまほは今回もあっさりと彼女の術中に陥っていた。
「何だ西住やれば出来るじゃないか…うん、実にいい笑顔だ……ほれラブよ、今のうちだぞぉ?」
大好物のしほ特製のカレーを思い浮かべたまほは、それまでの引き攣った顔が嘘のようにカパ~っと口を大きく開けて屈託なく笑う。
それは僅かな期間とはいえ、ラブが熊本で暮らしていた当時によく見た笑顔。
みほを含めた三人で夕暮れ間際まで散々遊び回った懐かしい日々。
遊び疲れてお腹が空いて漸く帰り着いた屋敷に漂うその香りは、それだけでまほを最上級の笑顔にする魔法の香り。
たった今まほが見せる笑顔はしほがカレーを作った時だけに彼女が見せた笑顔で、子供のようというより子供の頃のままの能天気な笑顔に、ラブは今年一番の脱力感と疲労感を覚えたのだった。
「…もういい……」
長く深い溜息を吐いたラブはすっかり遊ぶ気をなくし、面白そうに笑うアンチョビは一本取った気分でそのまま撮影ボタンを押したのだった。
実際にまほをプリクラに連れて行くと、証明写真みたいになりそうな気がしますw
一般人が開放日以外にベースに出入りするには、免許証とその記載印字票か住民票の写しの他パスポートなどが必要です。
私の場合はパスポートがあるのでそれを使っていますが、実際ゲートから向こうはアメリカなのでパスポートを使うのが一番合理的な気がします。
今回作中大湊の事を酷く描写していますが、その昔まだオンラインショップなどがまだ全然普及していなかった頃、大湊に赴任が決まったオタ友に頼まれて月一ぐらいで新刊コミックやグッズなどを送っていた事がありました。
でも大湊は確かに水産物が非常に新鮮で非常に美味しかったですね~。