漸く恋愛戦車道本編の連載再開です。
「何?夏妃ったらまだ逃げ回ってたの……?」
上りと下りの両車線が宅地等を挟んで分離している周回コースのような交戦エリアの特性上、試合中敵味方の区別なく何度もすれ違う事になる16号戦。
ブラック・ハーツの車長鈴鹿は屋台骨を粉砕され倒壊した家屋の屋根越しに、直下に追われ逃走を続ける夏妃の背中を呆れ顔で見送っていた。
「ま、かく言う私も大して状況は変わらないけどね……」
進行方向に向き直り自嘲気味な口調でそう呟き肩を竦めた鈴鹿の背後、ラブの
中等部時代、この16号戦に限らず対戦する都度ラブに叩きのめされ鍛えられてきた猛者のみで編成された黒森峰の
しかしAP-Girlsがいつになく苦戦し何故ここまで精彩を欠くかのように見えるのかといえば、答えは拍子抜けする程単純な問題だった。
まず第一に中学時代のラブが16号戦に於て無敗を誇ろうともそれは過去の話であり、全員が経験者で固めた黒森峰と違い彼女以外は未経験者揃いなAP-Girlsでは差が出て当然であった。
そして第二にAP-Girlsが使用するパンターG型はLove Gunを除いた全車が新車だったが、工科校でのカスタマイズ後納車されてから日も浅く、慣熟前の状態では如何に彼女達でもフルに実力を発揮するのはさすがに難しいようだった。
今回の16号戦がどうしてこのような事態になったかといえば、それはひとえにエリカのフライング気味な試合申し込みに原因があったが、彼女達にとっては貴重な実戦機会なのでこれに関しては誰一人として不満を口にする者がいないのも事実であった。
「とはいえさすがにいつまでもこのまんまって訳にも行かないか…さて、どお
「私の方は特にこれといって問題はないわ、ブラック・ハーツの方もほぼアタリが付いて来た感じだし…出来ればこの手の作業は実戦投入前の慣らしの段階で終わらせておきたかったけどね……まぁ欲を言うならもうちょっと不整地走行のデータが取れたら出来たらよかったんだけど、この
ターコイズのツインテをリズミカルに揺らしながら操縦桿を自在に操る操縦手の
但しそう見えるのはあくまでも一般レベルの話であって、彼女達AP-Girlsの基準からすれば凡そ完璧には程遠いまだまだな状態にあったのだ。
「でも今回はエリ姉が魔改造パンターで乗り込んで来たからまだいいんじゃない?」
「そうね、それは否定しないわ…これがもし聖グロ相手だったら何の参考にもならない結果しか残らかったんじゃないかしら……?」
「またそういう事を言う……」
追走する6号車に照準を定めさせないようランダムにブラック・ハーツを振り回しながら、茉莉は遠慮なく思い付くままに言いたい事を言い鈴鹿は少し困ったように眉尻を下げて見せる。
「私は事実を言っただけよ?」
「そりゃそうかもしれないけどさ…聖グロにもロージーのクルセイダー隊とクロムウェルだっているんだからルクリリ様だってその辺は考えるんじゃない……?」
「え~?でもあの学校直ぐにOGが出しゃばって来るじゃない…もしこの16号戦にまで口出しされて、チャーチルやらマチルダやら投入されたらそれこそ目も当てられないと思うんだけど……?」
「それは……」
言い難い事をずけずけと言う茉莉に鈴鹿も聖グロを一応擁護したが、紅茶の園の裏事情に言及されるとさすがに彼女も言葉に詰まった。
「その点この16号戦で一番理想的な相手はやっぱペパ姉のアンツィオなんじゃない?そして次点で絹姉の知波単かな?
「いや、さすがにそこまでじゃないし、第一クラーラ隊長もアレは持ち込まないでしょ……?」
交戦エリア内のトンネルは全て3.8mの天井高が確保されているので、全高3.24mのKV-2も問題なく通り抜ける事は可能だった。
しかし少しでも砲身を振り上げていたりすれば、茉莉の言うようにトンネルの入り口で引っ掛かってそのまま後ろに引っ繰り返るのは確実だった。
「まぁアレよ、私としては操縦桿を握る甲斐があるなら相手は何処でも構わないけどね」
「茉莉はそれでいいかもしれないけどさ、私や雅は接敵回数こそ多いけど砲撃の機会が思ったより少ないのが困りもんだわ…でももっと困りもんなのは撃ち合いの殆どが近接戦闘だから、せっかくの
「え?私は小中とずっと75㎜相手にしてたから特に問題ないけど?」
「ねぇ瑠奈、それに雅…二人揃っていきなり横から口出しといて言う事はそれだけ……?」
シェイクダウンもそこそこに実戦投入と相成ったパンターG型の使用感を問われたのに対し、言いたい事を言う茉莉に便乗したのは砲手の
「…アンタ達がいつも通りだってのはよく解ったわ……」
「ちょっと鈴鹿、こっちの問題はもっと重大なんだから一緒にしないで貰える……?」
「何よ芹香まで?無線機にそんな違いはないでしょうに……?」
何だかんだと言いながら問題なく新生ブラック・ハーツを運用するメンバー達。
自分も同じ穴の狢である事を棚に上げた鈴鹿は彼女達をバケモノでも見るような目で見たが、無線機相手に他車の状況と位置関係をモニターし続けていた通信手の
「あぁ、始めに言っておくけど通信関連の機器には何も問題ないわよ?私がそっちの方に関しちゃ完璧なのは鈴鹿が一番よく解ってるでしょ?」
「……」
すると自分の仕事に不備がある訳なかろうと自信たっぷりに言い切る芹香の態度のデカさに、鈴鹿ももう何も言う気が起こらないようだった。
「ま、確かに鈴鹿の言う通りよっぽどハズレな個体でもない限り、無線機なんてどれもそう代り映えしないのは事実だしね…後はプラウダ戦の時みたいなレアな事態にでもならなければ幾らでもやりようはあるのよ……で、その無線機なんかより問題なのは車両変更に伴い丸ごと新型に更新されたPA機器の方なの……正直ドタバタやってる最中にコレを細々とイジってどうこうするとかあんま考えたくないわ……」
「どういう事かしら……?」
PA機器とはマイクやアンプを始めミキサーやスピーカーなどといった音響機器の総称であり、加えてそれらの機材を扱うエンジニアもPAと呼ぶ事もあった。
試合中に歌う事で呼吸を合わせより高度な連携攻撃を可能とするAP-Girlsの場合、他校ではまず有り得ない音響機器を車載し運用している為、戦闘に直接的に関わる事のない通信手がPAとしての役割も兼務していたのだった。
芹香の言うようにAP-Girlsにとっては確かにPA機器は非常に重要な装備であったが、車長としてブラック・ハーツを指揮する鈴鹿としては武装よりまず先にそっちかという気がしないでもなかった。
しかし芹香はそんな鈴鹿の考えなど気にも留めず、自らが担当する新しい機材の問題点を次々とあげつらい始めた。
「今回からより扱い易くって事でタッチパネルが導入されたけど、一言で言うならこれはダメね」
「幾ら何でも一言過ぎない?具体的にはどうダメなのよ……?」
ブラック・ハーツのメンバー達は意見を交換する場面に於いて、傾向的に思った事をオブラートに包まずストレートに言うタイプ揃っていたが、時として発言自体が端的過ぎてディスカッション自体が成立しないケースが見受けられたのであった。
「具体的も何もそのまんまなんだけど、まあいいわ…まず第一に薄暗い戦車内であの液晶画面はないわね……輝度は目一杯下げてるけどあの明るさはずっと見てたら絶対目をやられるし、いざって時に目が慣れなくてマズい事になるわよ……」
これも他チームではまずない事だったが、AP-Girlsの場合車長に何か不測の事態が起きたり昼食を取ったりする間通信手が代役を務める事があるので、芹香はその際液晶画面のせいで影響が出る可能性があるのではと危惧していたのだ。
「それと今までは旧来のアナログ式の卓だったから直感で微調整が可能だったけど、このフルデジタルの液晶タッチパネルだと微妙で曖昧なコントロールが効かなくなるのよ…この問題は私以外の連中も今頃文句垂れてる頃合いだと思うわ……」
「メーカーの親切心が仇になったか……」
狭い戦車内で戦闘中邪魔にならぬよう、より省スペース化を図るべく音響機器メーカーが新たに試作したタッチパネルであったが、実戦の場面でそれを使う立場にある芹香達通信手からすればこれはあまり使い勝手の良い物ではなかったようだ。
「メーカーの人もまだベータ版で問題点は随時改良して行くと言っていたけど、これは改良でどうこう出来る問題じゃないわ…戦車道みたいなアナログの権化的環境じゃ半端にデジタル化するより、昔ながらのダイヤルやらが並んでた方が使い易いって事よ……」
どんな世界でも長く続けていれば古くなった機材を更新する場面が必ず訪れるが、可能であるなら使い慣れた物を少しでも長く使い続け、いきなり環境が変わる事態は避けたいという芹香の考えがその発言の中に明確に表れていた。
「そうなのよ、この新しいインカムも微妙に耳に当たって結構気になるのよね」
「私は装填中に何度か落っこちそうになったわ」
「確かに音質は前のモデルより格段に向上してるけどハードの方は問題アリね…出来ればガワのデザインは変えずに中身だけ変えて欲しかったわ……」
「ああもう、凡そ試合中の…それも追撃を受けてる最中の会話とは思えないわ……ったくどうしてウチのチームはこう図太い神経の持ち主が揃ってるんだか……」
いくら芸能科に属してアイドル活動している身とはいえ、強豪中の強豪黒森峰のエリートチームに追われる最中にもかかわらず直接戦闘には関係のない機材に関する不満が噴出する車内の状況に、車長である鈴鹿は溜息交じりのボヤキを洩らす。
「あのさぁ、いつもエグイ手を使って相手に歯軋りさせてる鈴鹿に言われたくないんだけど?」
「そうね…腹黒さで言ったらラブ姉といい勝負だし……」
「それ本人の前で言ったらラブ姉泣くわよ?」
「そもそもその鈴鹿のせいで私らまで同類に見られるのが納得行かないのよね……」
AP-Girlsきっての策士と呼ばれその腹黒さはラブをも凌駕すると噂される鈴鹿のボヤキに、似たような思考のブラック・ハーツのメンバー達が口々に彼女をディスり始める。
「あ~もう解ったわよ…そっちの問題は帰ってからメーカーにお願いするしかないんだから、今は試合に集中しなさいって……」
試合開始からそれなりに時間が経過し、メンバー達が実戦レベルでどの程度新しいブラック・ハーツに慣れたか見極めたい鈴鹿だったが、結果は彼女達の神経の図太さが再認識出来ただけであった。
図々しさに掛けては天下一品、それが例え黒森峰相手であっても何ら変わる事はなかった。
「チッ!逃がした!」
「さすがにAP-Girlsも脇道の使い方が最初の頃より上手くなって来たわね……」
「うん、愛ちゃんのAP-Girls副長の肩書は伊達じゃないわ……」
鼻血騒ぎから戦線に復帰して早々に愛のピンク・ハーツと遭遇戦を演じていた小梅は、計3発を発砲するもその全てを躱された挙句にフェイントへの対応が遅れ、脇道に飛び込んだピンク・ハーツをみすみす取り逃がしていた。
「…今の3発も結局見切られてたっぽいし、そろそろ勝負に出なきゃいけない頃合いかもね……」
小梅が車長を務める2号車の砲手は黒森峰でもエースクラスの腕前だけに、ピンク・ハーツの回避機動がそれまでとは違う事をその目と撃った感触で感じ取っていた。
「…とは言っても一筋縄じゃ行かない連中だから……特にチーム一のL玉の親分がね~」
「L玉ってあのね……」
ついさっき裏乳の破壊力に屈した恨みか、操縦手はラブのたわわを玉子か玉ねぎの如くL玉呼ばわりして小梅を脱力させるが、彼女もAP-Girlsが本領を発揮し始めた事は充分理解していた。
「取り敢えず隊長に報告しとくわ…小梅は用心して周りを見といて、逃げたと見せ掛けて襲撃とか連中なら平気でやるからさ……」
「了解……」
無線機に向かい隊長車を呼び出し始めた通信手の言に従いエリカへの報告は彼女に任せて、小梅は油断なく周囲へと警戒の目を向けたのだった。
「小梅姉が見切りを付けるの早くて助かったわ……」
「この手のローカル色の強い特殊ゲーム程経験値がモノを言うからね、その辺の判断が出来る相手だからフェイントも効果があったんじゃないかしら……?」
フェイントを絡めてどうにか隙を作り脇道に飛び込んで難を逃れたピンク・ハーツの車内、砲手の
「とはいえ毎度毎度こう上手く行くとも限らない、いくら菜々だって限界はあるわ……」
「まだ行ける…けどさすがに黒森峰のエース相手は他の相手より疲労度が違うわね……」
しかし通信手の
「こっちの手の内も大分研究されてるだろうからまあこんなもんだろうけどね…それでも機動力重視の黒森峰がこれ程とは正直ラブ姉も見通しが甘かったんじゃない……?」
「まぁ今回の試合自体が奇襲みたいなもんだから仕方ないけど、確かにそれはあるかもね……」
「今更何を言っても始まらないわ…エリカさんならそれ位の下準備をして来て当然……そして今回尽く後手に回っているのは私達がパンターに慣れ切っていないのと、いつも通り恋が適当なのが原因なんだから……」
シビアに現状分析をする霧恵と菜々に比べ彩華と瑞希の二人は何処か他人事のような事を言うが、コマンダーキューポラ上の愛はツンデレを発揮してエリカのみを高く評価していた。
『このツンデレめ…にしてもこの能面、何でかエリ姉にだけはよく懐いたのよね……』
ピンク・ハーツのメンバー達にしてみればとっくに一線を越えたにも拘らず、相変わらずラブ相手となるとツンデレなまま素っ気ない態度を取り続けるのが理解出来なかった。
「…けどもう私達もいい加減慣れて来たからこれ以上好きにはさせない……」
日頃人前で滅多に感情の起伏を見せる事ない愛だが、ひとたび戦車に搭乗すればその小柄な容姿からは想像も付かない闘争心を発揮し、どれ程相手が強かろうと臆する事なく戦いを挑むのであった。
「フム…これ以上好き放題させるのは今後の為にも宜しくないわねぇ……けど……ん~♪さすが私のエリカさん♡よくこの短期間でこれだけのチームを作ったもんだわ」
「誰が誰の何だって……?」
入念に下準備をして来たエリカが率いる黒森峰相手にAP-Girlsは精彩を欠き、飛び交う無線交信の中身はどれもあまり芳しいものではなかった。
本来であればこの状況にAP-Girlsのリーダーたるラブは眉の一つもしかめる場面であったが、事態を自分に都合よく脚色して拡大解釈した彼女は戯言をほざいて瑠伽に軽く睨まれていた。
「何よ瑠伽~?私を完膚なきまで叩きのめして屈服させる為に準備して来た、エリカさんの私への愛の深さが解らないの~?」
「また訳の解らん事を言い出したよこのドM女は……」
彼女が撃たれて喜ぶ筋金入りのドM女である事はAP-Girlsメンバーであれば誰もが知る既定の事実だったが、さすがにここまで色ボケた寝言を試合中に吐かれると一番傍にいる砲手の瑠伽は堪ったものではなかったようだ。
「誰がM女よ……?」
「鏡見た事ないの……?下らない妄想垂れ流してる暇があったらこの状況何とかしなさいよ」
「いつも思うけど瑠伽って色々失礼よね……」
瑠伽に一刀のもとに切り伏せられたラブは不服そうに口を尖らせるが、時計を一瞥した彼女もまた試合がターニングポイントを迎えつつある事は解っていた。
「誰が言わせてんのよ誰が……?」
「…解ってるわよ、16号戦でこれだけ時間が経過してるのに一両もリタイアしていないのは私だって記憶にないもの……けどだからこそよ?その事実がエリカさんが如何にこの一戦に懸けているかの証明になるとは思わない?そしてそれはつまりエリカさんがそれだけ私の事を想ってる証だと私は思うの……あ~♪今ここにエリカさんがいたらギュ~ってハグしてあげるのになぁ~♡」
「もうその辺にしとけこのド変態……」
試合中にも拘わらずコマンダーキューポラ上のラブは我が身を抱き締めクネクネと身悶え始め、毎度の事とはいえ一度火が付くと止まらぬ彼女の妄想機関車ぶりに瑠伽はうんざりしていた。
「…ハグ……そうか、そうよ!どっかにエリカさんの抱き枕とか売ってないかしら!?」
「ダメだこの変態……ねぇ美衣子、その徹甲弾ラブ姉の口に突っ込んで黙らせるから貸して」
「いやよ勿体ない……」
留まる事を知らぬ良からぬ妄想にラブはだらしなく口元を歪め、その度を越した変態ぶりに瑠伽は握り締めた拳を震わせながら容赦の欠片もないセリフを吐く。
そして瑠伽の本気とも冗談とも付かぬその要求に装填手の美衣子は大事そうに徹甲弾を抱え、ばっちい事を言うなとばかりに舌を出してその要求を拒絶した。
「…そうね、これだけの愛情を示して貰ったんだもの……それに応えるにはやはり熱い抱擁と情熱的な口付けが必要よねぇ……♡」
だが瑠伽と美衣子の散々な言われようも何処吹く風、コマンダーキューポラに納まるラブは独り陶然とした様子で寝言を呟き続けていた。
しかしこの時彼女の足下にいる二人にその表情は見えず、火花を散らす鍔迫り合いに狂喜するラブの瞳に鬼火が燈っている事に気付いてはいなかった。
コロナ対応で仕事が忙しければ仕方がないとはいえ、ここまで投稿が遅れ執筆時間も取られるとさすがにストレスも溜まりますね。
それでも徐々にではありますが自分の時間も確保出来るようになり、何とか連載の再開に漕ぎ付ける事が出来ました。
最後の方でやっとラブも目が覚めたようですが、やっぱどこか危ない感じですw
今期は不覚にもおにまいに萌えてしまいました…えぇ、かえでちゃんは特にww