「さあ二人共ここにお坐りなさいな」
ダージリンに促され梓とペコは椅子に二人並んで座る。
ここは笠女学園艦演習場のグランドスタンドのボックス席。
紅白戦も無事に終わり、浴びたペイント弾の飛沫を流すのにシャワーを浴びるよう言われた二人だったが、お腹が空いてしまったペコがケーキを優先したいと言った為、皆と一緒にグランドスタンドにやって来たのだった。
しかしそのままではあまりに凄い状態の為、ケーキを食べる前にダージリンとアッサムにより顔に着いたペイントを拭き取られている最中なのだ。
ペコは顔を拭かれている間にもお腹がキュウと鳴ってしまい、先輩二人と梓にクスリと笑われて顔を赤らめるのがまた何とも可愛らしく見える。
グランドスタンド前の大型スクリーンと、内部の随所に設置されている高精細液晶モニターには、たった今さっき終わったばかりの紅白戦のダイジェスト版の映像が解説付きで流されており、戻って来た隊員達はケーキバイキングを堪能しつつ映像を見ながらあれこれと戦評を繰り広げていた。
「しかし凄いな、さっき終了したばかりなのにもうこんなモノが見られるのか」
「うん、映像学科の子達が試合開始と同時に順次制作始めてて今も残りを編集中よ」
「驚いたな、しかしもっと驚いたのは
「うん、ダルマイヤーよ、さすが黒森峰よく気が付いたわね~♪」
「まさかここでこれにありつけるとは思わなかったぞ」
まほはそう言うとコーヒーから立ち上る香りを吸い込み恍惚の表情を浮かべる。
そのまほの表情にラブも満足げにニコニコと頷く。
「あら、私たちの部屋には
ペコの顔のペイントを拭き取りながらダージリンはまほに得意げに声を掛ける。
「私は紅茶の事はよく解らないが何やら凄そうだな」
「ええ、私達も始めて頂いた位ですもの」
その香りと味わいを思い出したのかダージリンとアッサムはうっとりとした表情になった。
「ああ、ここにも用意しておいたから楽しんで頂戴ね~♪」
「まあ!それを先に言って下さいまし!さあ!気合を入れてサッサと綺麗にしますわよ!」
「ダージリン様、そんなに擦られては痛いです…」
「あら!私とした事がごめんなさい」
これには周りから一斉に笑いが起きダージリンも口元を押え苦笑する。
「はい、これでおしまいよ」
「ありがとうございますダージリン様」
「こちらも丁度終わりですわ」
「あ、あのアッサム先輩ありがとうございました!」
二人揃って礼を言うと梓とペコは連れだってケーキバイキングに突撃して行った。
微笑んでそれを見送った後、ダージリンは目配せでまほに合図を送るとその視線をラブに向ける。
それでダージリンの意図を理解したまほは立ち上がり仲間達に招集を掛け、グランドスタンド最上段にあるボックス席にラブを伴い移動して行く。
「始めに断っておくがこれは別にラブを責める訳ではないんだ。まずその事をラブにも、そして皆にも理解しておいて欲しいんだ」
一同がボックス席に収まるとまほがまずそう切り出し、続いてダージリンと共に今日の紅白戦が始まる直前に見た事をペコ側に居た者達に説明をし始めた。
話を聞き中学当時の記憶と比較した一同もその話の内容に言葉を失う。
「なあラブ、おまえはあの時私達が周りで声を掛けたりしたのを覚えているのか?」
言われたラブは腕を組み首を捻りつつ眉根を寄せ考え込むが、それだけで周りの者に覚えていないであろう事は充分に伝わっている。
「ん~?やっぱり集中しきっててよく覚えてないや」
首を捻ったままそう答えるラブはそれの何が悪いのかといった顔をしている。
「改めて言うがこれはラブを責めている訳じゃないんだ、私達も昔からラブの記憶力と集中力が飛び抜けている事はよく知っている。だがそれでもあそこまでではなかったはずだ、あんな事をやり出したのは一体何時位からなんだろう?」
「昔から何処に誰が居るか位は予測していたわよ?でもそれをやりだしたのは…う~ん…ヤキマで演習やり始めた頃ねぇ。何しろホラ、ウチはまだ五両しかいないじゃない?だからそれより多い相手とやり合うのに必要に迫られてって感じなのよ」
ヤキマというワードに反応したケイがまさかと言った表情でラブに問い質す。
「ま、まさかヤキマでって…まさか……」
「うん、エイブラムス相手に演習してた時に試したわ。でも当るのって五割がいいトコだったわ、それももう日本に戻る直前頃になっての事だったもの」
相変わらず首を捻ったままラブが思い出しつつ話した内容に、全員が完全に絶句した。
「あ、あり得ない!現用戦車のエイブラムスにⅢ号の超長距離予測射撃を当てるですってぇ!?」
我に返ったカチューシャがそう声を上げるとノンナが青ざめた顔で更に問う。
「ラブ、一体それはどの程度離れての話だったのですか?」
「ん~っとね、ホントにもう射程ギリギリで届くか届かないか位だったと思うけど……」
その後を継いで今度はナオミも青い顔で聞く。
「そ、それを五両同時にやったのか…?」
「うん……」
答えたラブは何か悪い事したかな?といった表情で少し俯き上目使いで皆を見回す。
ダージリンはそのラブの様子に落ち着かせる様に膝の上柄のラブの手に、自分の手を重ねると極力落ち着いた声で語り掛けた。
「先程まほさんが言った様にあなたの事を責めている訳ではないのよ、ただ私達はあなたの事が本当に心配なの。あれだけの怪我を負ってここまで三年間苦しみ続けたあなたの心と身体に、あれが大きな負担となっていないか?それが原因でまたあんな状態になりはしないか?私達はそれが心配なの、もうあなたが苦しむ姿は見たくないしそんな思いもさせたくはないのよ」
「うん…ありがとうダージリン、そしてみんな。でもね私はあの子達に見せてあげたいの。あの子達の話は聞いたんでしょ?みんなここに来るまでとても酷い扱いを受けて来た子ばかりなの、どれも酷く理不尽で私はあの子達にそんな扱いをした人間を今でも許す事が出来ないわ。そんな境遇でもあの子達の心は折れる事無く、戦車道に活路を見出して歯を食いしばって頑張っていたわ」
顔を上げたラブは視線を巡らせるとグランドスタンドでケーキを堪能しつつ、映像を見ながら戦車道について語り合う大勢の少女達の姿を嬉しそうに見つめる。
「あの子達は本当に強いわ。笠女が開校するまでの間、当然私だけの力では無理だったけどリハビリを続ける間、時々日本に戻ってそういう強さを持った子達を探し続けていたの。そんな中でも本当に真っ直ぐで自分の信念を貫ける子を選び抜いて生まれたのがAP-Girlsよ。個性の強い子達だから最初はぶつかり合いも多かったわ、私も含めて掴み合いのケンカもしたしね。でもあの子達はこんな私を慕って付いて来てくれた。だから見せてあげたいし私も見たいの、あの子達の輝く未来を。あの子達は私の希望よ、導いていたつもりが支えられていたのは私の方。だからそれに応えたい、その想いが強くなった頃かな?アレが出来るようになったのは」
ラブはここで視線を戻すと一同に視線を巡らせると話を続ける。
「だから私は大丈夫。それにみんなにもああして助け出してもらってから、今まで以上によりクリアに見通すことが出来てる位だもの。」
「そうか…でも決して無理だけはしないでくれよ」
「うん、危ないと思ったら絶対にやらない、みんなにも約束する」
このラブの言葉に一同もやっと安堵の表情を見せるのだった。
「それにしても少ないとは言えあの人数であれだけの逸材を全国から探すのは大変だったんじゃない?しかも話の内容からすれば酷い親やそれに付け込む様な連中が相手だった様だし」
カチューシャはそんな人間を心底蔑む様な表情でそう言う。
ラブもまたそこはちょっと言い辛そうに答える。
「そこはまあアレよ…亜梨亜ママというか厳島の力を使ったの。そこはもうそういう連中相手だから私も割り切って亜梨亜ママを頼ったわ」
「それって…」
ちょっと嫌な予感がするといった表情でカチューシャが重ねて聞く。
「これ以上は言わせないでよ…でももう連中は法的にもあの子達に手を出す事は出来ないわ。つまりそういう事なの、まあ精々残りの人生一生怯えて暮せばいいんだわ」
ラブにしてはかなり珍しい辛辣な口調で最期をそう締めくくった。
この話に皆一様にそれまでとは違った意味で青い顔になり、やはり厳島を怒らせてはダメだとその認識を新たにさせられる話であった。
それぞれがその気分を変えるべく手元にあった飲み物に口を付けた時、それまでも賑やかだったグランドスタンドに別の種類のどよめきが生まれる。
何事かとボックス席の一同が見回すと、皆大型スクリーンを食い入る様に見つめ口々に驚きの声や称賛の声を上げているのだ。
丁度その時大型スクリーンには、昼休みに入る前のLove Gun対AP-Girlsの乱戦が流れており、激しいAP-Girlsの四両の攻撃を尽く躱すLove Gunの様子に多くの者が驚愕している。
「ウソ!?また躱した!」
「今の完全に死角から撃ってるのに!」
「この機動って島田?」
「違う、こっちの方がもっと激しいって!」
「中学の頃対戦した事あるけど、あの頃より更に激しくなってる…」
スクリーン上ではそれに引き続き午後の戦闘も流れ始め、更に激しい戦いぶりとその凄まじさにいつの間にかグランドスタンドは静まり返り全員がスクリーンに釘付けになっている。
特にラブ対愛の一騎打ちの激しさには全員が息をするのも忘れたかの様な静かさで、スピーカーから流れる砲撃音と戦車の駆動音以外の音は聴こえなかった。
そして迎えた最終局面、スピン状態からピンクハーツをLove Gunが仕留めた瞬間に、見ていた者達から再び一斉に言葉の洪水が溢れ出す。
「あ、ありえない!」
「どうやったらあの状態から当てられるのよ!?」
「Ⅲ号ってこんな加速する!?」
「信じられない……」
「この子達って厳島さん以外春まで全員中学生だったのよね……」
誰かの放った最後の一言で再びグランドスタンドはスピーカーからの音以外静寂に包まれたが、ラブのみが『
「そうだ!一年生と二年生はこれからこの厳島と戦って行くんだ、心してかかれよ!」
何故かアンチョビが得意そうに腰に手を当て声高に叫ぶ。
その目の前でドローンが撮影していた最後の場面をアングルを変えリピート再生していたのが通常再生に切り代わり、スピン状態からそのままドリフトしてピンクハーツに横付けするLove Gunがスクリーン上を流れて行く。
更にはその後Love Gunに飛び移った愛をラブが膝の上に抱き寄せ、その頬にキスをして頬擦りをしながら可愛がる姿と会話まで映されていた。
それも当然の様に何台ものドローンから角度を変え撮られたものが何度もリピートされ、ご丁寧にソフトフォーカスやらエフェクトが駆使してあり、チュッとキスする場面では『わぁお♡』なんてSEまで入り、止めとばかりにどアップのキスの瞬間にストップモーションが掛かる。
「ぬ、ぬわんだコレは~♪」
突然の衝撃的な映像にアンチョビが盛大に吹き出す。
他の者も口にしていたコーヒーや紅茶を吹いたり気管に入れて咽たりしている。
「な!な、何コレ!?ちょ!何時の間に!?こ、これナシ!ストップ!ちょ、ヤメ!やめて!止めてってば!こら~映像学科何撮ってるのよ~!お願いやめて~!!」
ボックスシートのソファーから転げ落ちたラブはわたわたと這い進み立ち上がると、スクリーンを隠そうとするかの如くブンブンと手を振るが無駄な努力であり、その間にも執拗なまでにその場面がリピートされグランドスタンド中から『きゃ~♡』と黄色い歓声が上がり続けている。
「いや~!やめて~!お願い許して~!!」
この公開処刑にラブは真っ赤な顔で頭を抱え床の上をゴロゴロのた打ち回っているが、もう一方の当事者の愛はどうかといえばいつもの無表情で平然とケーキを食べ続けていた。
そのラブの姿と映像にダージリンに至っては、ボックスシートのソファーの上に引っ繰り返り、おパンツ丸見えで両の足をバタバタさせながら涙を流し狂った様にアヒャアヒャと笑い続けている。
隣に座っていたアッサムはに眉間に皺を寄せ、嫌なモノを見たという顔でその様子を見ていた。
「いやあ、実に良いモノを見せて貰った♪」
その後もスクリーン上では各戦線の名場面が流される中、漸く落ち着いた一同が席に戻り入れ直した飲み物とケーキをテーブルに並べるが、アンチョビのそのわざとらしい一言で全員が一斉にラブから目を背け小刻みに肩を震わせている。
ダージリンだけが最初からテーブルに突っ伏しピクピク痙攣していて、笑い過ぎによる過呼吸でも起こしているらしい。
「みんなひどい……」
ラブはラブでソファーに膝を抱えて座り涙目ですっかりイジケてしまっていた。
これも日頃の行いのせいなのかそれとも皆から愛される故なのかその判断は微妙な処。
「皆の衆、アレを見たまえ!」
「皆の衆って何よ?」
アンチョビの変な呼び掛けにカチューシャが突っ込む。
「グスン…なによぅ…まだ私を晒し者にするっていうのぉ?」
ラブは膝を抱えて拗ねたままアンチョビに文句を言う。
「そうではない、アレだアレ」
アンチョビは背中越しの方向を親指で指し示す。
皆がその方向に視線を向けると梓とペコが、仲良く手を繋ぎ少し離れたパーテーションで仕切られたボックスシートに入って行くのが見えた。
「あら!これは見逃せませんわ♪」
突っ伏して視線だけ向けていたダージリンがガバっと起き上がる。
『復活するの早っ!』
そう内心でダージリンに突っ込みつつも全員既に顔がワクテカだ。
「私も紅白戦の企画を立てた甲斐があるってものだわ~♪」
ラブも嬉しげに拳を握りしめている。
『コイツも復活早っ!』
でもハッキリ言って誰も二人の事言えないと思う。
「こうしてはいられない、先輩として
アンチョビがそう言うや一同はいそいそと立ち上がると、足音を忍ばせ電撃作戦の如きスピードで梓とペコが入って行ったボックスシートに近付くと、パーテーションの裏側に全員が耳を押し付け中の二人の会話を聴こうと必死で、その表情は目をギラつかせ最高にゲスいただのデバガメのそれだ。
凡そ隊長格の威厳の欠片も見えない姿で全員がパーテーションに張り付いている。
「よく聴こえませんわ……」
「これを…」
そう言いながらノンナが皆に何時の間に持って来たのか、ケーキバイキングのドリンクバーのガラスコップを手渡して自身も早々に使っている。
『この子もこんな…子でしたわね……』
胸中そう思いながらも口には出さずダージリンも有難くコップを使用する。
『…今日は…だから…梓さん…勝利……ご褒美……』
『え?…そんな…んぐ……』
『…ウフフ…うん…』
『…ペコ…ちゅぷっ……』
漏れ聴こえる会話に全員がクワっと目を見開きその鼻息は荒い。
「まあ!まあ!まあ♡」
「ええい!このままでは埒が明かん!」
アンチョビはそ言うや床に腹這いになると左手にメモ帳、右手にペンを持った状態で脚だけで器用に音も無く匍匐前進でボックスシートの影に近付いて行く。
「アイツあんな器用な事が出来たのか」
「真面目な顔で何アホな感心してるのよ!」
カチューシャがヒソヒソ声で器用にまほを怒鳴り付ける間にも、アンチョビは前進を続けしかも更に器用な事にその状態でメモ帳に何やら高速で書き連ねている。
そしていよいよシートの影に辿り着くと、警戒しつつそ~っと覗き込み始めた。
「アンチョビさん!な、中の様子は!」
みほが目を爛々と輝かせ小声でアンチョビに問い掛ける。
だが声を掛けられたアンチョビは、突然腹這いの状態から音も立てずにコケるという更に恐ろしく器用なまねをして見せるのだった。
「一体どうなってますの!?」
辛抱堪らんといった感じでダージリンはアンチョビに問うが、顔だけ振り向いたアンチョビは眉毛をへにょりと下げその状態でヤレヤレのポーズをして見せる。
訳が解らぬと痺れを切らした一同が中をそ~っと覗き込むと、今日の大役に余程疲れたのであろう梓とペコは、寄り添って座った状態でお互いもたれ掛り静かに寝息を立てているのだった。
「あらまあ何て可愛らしいこと♡」
ラブは身悶えながらクスクスと笑うダージリンに続いて言う。
「ピュア過ぎてヨゴレの私には眩し過ぎるわ!」
『自覚あるんだ!』
ラブに口には出さずに突っ込みつつも全員が写メを撮りまくっている辺り全員同類だ。
「さて、いつまでもこのままという訳にはいきませんね」
アッサムがそう言いながら二人を起こしに掛かるがむにゃむにゃ言うだけで中々起きない。
仕方ないとばかりにナオミとノンナにアッサムは目を向けるとお願いねとばかりに抱き上げる仕草で二人を宿舎まで運ぶように頼むのだった。
頼まれた二人も軽く肩を竦めた後、小柄な二人を軽々と抱き抱えると並んでその場を後にする。
「私達もそろそろ引き上げるとするか」
「そうね、まだ明日もあるしさすがにシャワーが浴びたいわ」
まほとカチューシャの会話を切っ掛けに一同も宿舎に引き上げる。
グランドスタンドでも丁度ダイジェスト映像も終わりケーキも綺麗に食べ尽くされると、長かったその日の一大イベントも終わりを告げるのだった。
一度だけ頂き物でダルマイヤーのコーヒーを飲んだ事があるけど美味しかったです。
でも値段見ると自分で買うのは気が引けます。