自分でも予期しなかった登場人物が独り歩きを始めてしまいました。
これは今後も活躍しそうな気がして来ました。
困った事にまだ当分の間お話に戦車が出て来ません。
名古屋を出発して暫くして車窓へと目をやれば外はすっかり暗くなって来ている。
それでもまだ横須賀へはそう遅い時間にならずに着けるだろう。
そうだ、お母さんが持たせてくれたメロンパンを食べよう。
思えば今日は少し寝坊して朝昼兼で軽く食べたきりだった。
この数時間ですっかり消耗した体に紅茶とメロンパンの甘さが何よりも有難い。
少しづつメロンパンをかじりながら恋の事に思いを馳せる。
アイツは…ラブは本当にふざけたヤツだ。
同い年と思えない位の美人で初めて会った時は本当にドキドキした。
とても背が高くてスタイルが良い…特にあのおっぱい!
少し私に分けてくれと真剣に思う事がよくある。
モデルもやっていると聞いてファッション誌を見て、大人のモデルさんと並んで何の違和感も無く一緒に写っているのを見た時は本当に驚いた。
そしてあの甘いハスキーボイス。
練習試合の後に行った打ち上げのカラオケでみんなウットリしてしまった。
それだけでも凄いのにビックリする位に頭も良い。
臨中の副隊長に県内の学力テストでも常にトップだと聞かされた時最初信じられなかった。
だってそうだろう?いっつもヘラヘラしてて、ちょっとでも油断してれば物凄く下らない悪戯を仕掛けて来たりするんだから。
そんなヤツが戦車に乗れば滅法強くて、あの黒森峰の西住もいつも苦戦させられている。
だからラブを見ていると神様は不公平だなんて思ってもしまう。
でもそんなラブの事を私は、私達戦車道の仲間達は好きなのだ。
仲間想いで優しくて、伸び悩んでる選手には、それが例え対戦相手でも何の惜しみも無く持てる知識と技術をレクチャーしたりする。
いつも陽気で楽しそうにしていて実際人生を心底楽しんでいるんだと思う。
そんな雰囲気のままあっけらかんと、自分には両親が居ないと聞かされた時、私にはラブに掛ける言葉が見つからなかった。
でもそんな事を気にもせず何でも無さそうにしていたラブ。
しかしそんなラブが今は苦しんでいる、ただ独り闘っている。
今は一刻も早くラブの傍に行ってやりたい。
と、そこまで想いを巡らせて来たその時、千代美はある事実に気が付いた。
「……しまったぁ!!」
思わず絶叫して席から立ち上がってしまう千代美に周りの乗客も何事かと視線を向ける。
「あ……スミマセン、スミマセン」
慌てて周りに頭を下げ再び座席に腰を下ろす。
ラブは、アイツは一体何処の病院に搬送されたんだ!?
横須賀に駆け付ける事で頭がいっぱいで肝心な事を忘れていたじゃないかぁ!
どうしよう?消防に事情を言って教えてもらうか?
いやダメだ、そんな個人情報教えてくれる訳が無い。
横須賀の病院をしらみ潰しに聞いて回るか?
いや!病院だって同じ事だ!
そもそも搬送されたが横須賀市内の病院だけとは限らないじゃないかぁ!!
どうしようどうしようどうしよう!!!
そんな考えで頭の中が全速力のハムスターの様にグルグルグルグル回っているうちに、新幹線はとうとう品川駅に到着してしまう。
「あぁぁ…降ります!降ります~っ!」
荷物を抱え転がり落ちる様に慌ててホームに降り立つ千代美。
「あ、危なかったぁ!危うく東京駅まで行っちゃうとこだったぁ…でもホントどうしよう?」
肩で息をしながら狼狽えて居る時サイレントにしてある携帯がサブバッグの中で振動しているのに気が付き取り出してみると見知らぬ番号が液晶に表示されている。
046って何処の市外局番だ?末尾の0110って…確か警察の使う番号だ!
これってもしかしたら!
慌てて着信ボタンを押し電話に出てみる。
「もしもし?」
『あ、もしもしこちらは安斎さん、安斎千代美さんの携帯番号で宜しいでしょうか?』
「ハイ、ハイ!私が安斎千代美です!」
『あぁ、繋がって良かったわ、私は横須賀警察署捜査課の
張りのある声が耳に飛び込んで来る、今の千代美にとってその声は天から届く救いの女神の声に等しかった。
『突然の事で申し訳ありませんが救急の通話記録から、厳島さんの件でお電話させて頂きました。いくつかお聞きしたい事があるのですが今お時間は宜しいでしょうか?場合によっては名古屋からという事なのでそちらにお伺いしたいのですが』
「あ、あの…実は私今…その…品川駅に居るんです!」
『えぇ!?』
事情を掻い摘んで説明する千代美。
『それはまた随分思い切った事したわねぇ、でも搬送先の病院までは解らないでしょ?』
見事に図星を突かれる。
「はい…それでその、それを新幹線に乗ってから気が付いて、どうしようか考えてるうちに品川に着いちゃって困ってたトコにお電話頂いたんです」
千代美の行動力に半ば呆れつつも敷島はこれからどうすべきか指示を出す。
『分かったわ、今品川なら京急ね、この時間ならまだ快特があるか…下り線の快特…快速特急に乗って横須賀中央まで来て頂戴、それなら乗り換え無しで直ぐにこちらに来られるわ、ただし乗り過ごさないよう気を付けて、戻るのが大変になるから』
「はあ……」
『それで横須賀中央に着いたら西口改札口に来てね、頃合いを見て迎えに行くわ』
「それでしたら連絡先を…」
『大丈夫』
「え?」
『あなたの事なら解るから大丈夫よ』
「それは一体…」
『詳しい事はまた後で、今は一刻も早くこちらに来たいんでしょ?』
「はい、解りました、それでは後程、失礼致します」
電話を切ると気を入れ替え千代美は京急の連絡通路を目指し移動を開始した。
指示通り京浜急行の快速特急に乗って驚いた。
その名の通り驚く程速くて停車駅も少ない。
それなのに別料金も取られる事はなかった。
実際聞いていた通りあっと言う間に電車は横須賀中央に着いてしまった。
指定された西口改札口を抜け周囲を見回す千代美に、ダークグレーのビジネススーツにベリーショートの髪型が良く似合う女性が声を掛けて来る。
「あなたが安斎千代美さんね、私が先程電話でお話しした横須賀警察署の
「あ、ハイ、私が安斎です、お忙しいのにすみません」
「いいのよ、気にしないで」
「はあ…あの、でもなんで私の事が分かったのですか?」
「んふふ、だってあなたもそれなりに有名人じゃない、何度となく月刊戦車道であなたの名前と写真を目にしているわ」
「あ……」
「さあ、今はとにかく車に乗って頂戴、話はそれからよ」
迎えがパトカーだったらちょっとイヤだなと思ったけど、幸い来ていたのはセダンタイプの普通乗用車の覆面パトカーで少しほっとした。
「安斎さんは私と一緒に後ろに乗りましょう、あ、シートベルトを忘れずにね」
後部座席に一緒に乗り込みシートベルトの装着を確認すると、敷島さんがドライバー役の刑事さんに車を出すよう指示する。
「いいわ、伊藤君出してちょうだい」
「はい、了解です」
車列の合間に覆面パトカーが滑り込み駅のガードを潜り三叉路の右折レーンに進む。
「私もね高校まで戦車道をやっていたのよ」
「え?」
「私、知波単に居たのよ、これでも三年の時には隊長を務めさせてもらっていたわ」
「え゛?え゛ぇ゛ぇ゛~!?」
思わぬ処で衝撃的な事実
「えぇ、毎日ひたすら吶喊していたわ」
「は、はぁ…」
「それにね、私は臨海中のOGでもあるの」
「!」
「だから厳島さんは私にとっては可愛い後輩よ……」
若干敷島刑事の声のトーンが落ちる。
「そ、それでラブの、いや恋は今何処の病院に居るんですか?」
「あら?あなた達仲間内ではラブって呼んでるんだ…そうね予定変更、伊藤君悪いんだけど署には戻らず一度新港総合病院に寄ってくれる?」
今度は無言で頷く伊藤刑事。
覆面パトカーはそのまま病院に向け夜の横須賀市街を進んで行く。
「あの…ラブは今どんな状態なんでしょうか…?」
正直これを聞くのはとても怖い。
「私達も初動からそのままなので詳しい事はまだ何も…でもとても危険な状態な事だけははっきりしているの、でもね安斎さん、あなたが冷静に対処していなかったら厳島さんは間違い無くあの場で命を落としていたわ」
予想は付いていた事でも改めて聞かされると全身が硬直してしまう。
思わず握りしめた膝の上の拳に、察した様に敷島がそっと手を乗せ優しく包んでくれる。
「だから安斎さん、あなたは自身の行いに誇りを持っていいの、そして今は厳島さんの強さ、心の強さを信じて彼女の無事を祈りましょう」
「ハイ…」
ぎゅっと瞑った目じりからひとすじの涙が零れ落ちる。
拳に重ねられていた敷島の手が今度は優しく千代美の頭をひと撫でする。
「あなたも強い子なのね、さあ、もう少しで病院に着きますからね」
その言葉に顔を上げ前を見るとフロントウィンド越しに、大きな総合病院の建物が夜の闇の中に照明に照らし出され少し不気味にそびえ立っているのが見えて来た。
敷島刑事は今後も是非使いたいキャラクターになりました。
それと書いてて気になったんですが、
新幹線は時期的にこの頃品川に留まる様になってたのかな?
次の投稿はまた週末ぐらいかそれとも週中頃に出来るかな…?