ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

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常夫さん登場。

多分優しいけど筋の通った人だと思う。


第五話   火の国の父

「亜梨亜ママ!見て見て~!千代美とお揃いに結って貰ったの~♪」

 

「あら良かったわね、とてもよく似合っていますよ」

 

 

 座敷に戻ると浴衣姿で寛ぎながらしほと千代の三人で何やら話し込んでいた亜梨亜の前で、ラブはアンチョビの手でツインテールに結われた自身の髪を首を左右に振り得意げに揺らす。

 

 

「このリボンもね~、千代美がプレゼントしてくれたんだよ~♪」

 

「千代美さん、何から何まで有難う御座います」

 

「あ、いえそんな大した事ではないですから」

 

 

 丁寧に礼を述べる亜梨亜にアンチョビも恐縮しながら答える。

 

 

「それにしても…やはり着られなかったのですね……」

 

「うん……」

 

『あぁ……』

 

 

 カーゴパンツにロングTシャツ姿で戻って来た娘と共にガックリと首を項垂れる母。

 贅沢と言えば贅沢な悩みではあるが、さすがにこれは誰もフォロー出来なかった。

 その後暫くは他愛も無い話や皆にシャンプーを送る事などを話し、和やかに時間が過ぎて行ったが完全に日も暮れて来た頃に俄かに玄関の方が騒がしくなった。

 やがて廊下を走る足音が響き勢いよく襖が開くと一人の男性が座敷に飛び込んで来る。

 

 

「れん!恋!」

 

「…常夫パパ!」

 

 

 西住しほの夫にして西住姉妹の父親である西住常夫が、多忙を極める中やっと仕事を片付け帰宅するやそのまま真っ直ぐ座敷に駆け込んで来たのだった。

 

 

「全く!皆がどれだけ心配していたと思うんだ!?」

 

「ごめんなさい…常夫パパ……」

 

 

 皆の予想と違いまず叱責の声を上げた常夫であったが、その目からは滝の様に涙が流れている。

 ラブもまた大粒の涙を零すと常夫の元に駆け寄る。

 常夫もラブを抱き止めると声にならぬ声で辺り憚る事無くただ歓喜の涙を流すのであった。

 

 

「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい……」

 

「いい、もういい、帰って来てくれた…それだけで充分だ!」

 

 

 抱き締めたラブの顔を見ようと一端開放すると、嫌でもその目に飛び込んで来るラブの美しい顔に刻み付けられた傷痕。

 

 

「……!な…なんという事だ……!」

 

 

 しほから話には聞いていたものの、それを目の当たりにした常夫は膝を突きそうになった後、ラブをこの様な目に遭わせた者達に対しての怒りに打ち震え始めた。

 しかしそれを収めようとするかの如く常夫に声が掛けられる。

 

 

「常夫さん……」

 

「……亜梨亜さん!…それに千代ちゃんも!?」

 

「親子共々これまで三年の間の非礼の数々、どうかお許し下さい」

 

 

 亜梨亜は居ずまいを正し常夫に対して首を垂れる。

 

 

「あ、あぁ、これは失礼!い、いや、どうか頭を上げて下さい」

 

 

 醜態を晒したとばかりに慌てて亜梨亜の元に赴こうとするが、縋り付いたラブが中々離れようとせずオロオロするばかりだ。

 

 

「恋、控えなさい」

 

「はい……」

 

 

 亜梨亜に咎められラブもやっと常夫から離れるがその目は何処か恋する少女の様に見える。

 そしてその様子を見ていたアンチョビ達は、少し離れた場所でヒソヒソ声で会話を交わす。

 

 

『あ…ラブのヤツってもしかして……』

 

『ええ、多分そうね……』

 

『あれってやっぱりファザコン…』

 

『えぇ!?ラブ先輩が…?』

 

 

 幼い頃に両親を亡くし身近に男性も少なく、優しく頼れるのは常夫位しかいなかったとなればそれもやむなしとはいえ、再会してからこれまで見たラブの表情の中でもこれが一番インパクトがあったのもまた事実。

 

 

『それにしても…』

 

『みほってお父さん似だったのかぁ……』

 

『目元ソックリ!』

 

『でしょ?』

 

 

 少々ずれた方向でヒソヒソと盛り上がるアンチョビと英子、亜美とエリカに西住姉妹としては状況的に突っ込みたくても突っ込めず口元を引き攣らせる事しか出来なかった。

 

 

「亜梨亜さん、もうどうかその様な事はお止め下さい」

 

 

 常夫はそう言うと今度こそ亜梨亜に頭を上げさせ、これまでの三年間の二人の労を労いラブの頭を撫でてやるのだった。

 

 

「常夫パパ……」

 

「恋…よくここまで頑張ったな」

 

 

 そこまで言った処で漸く他の者の存在に気が付いた常夫は、慌てて挨拶をするのだった。

 

 

「こ、これは大変御見苦しい所をお見せしました。西住常夫で御座います。皆様には私共の家族が大変お世話になりお礼の言葉も御座いません」

 

 

 膝を突き一礼した常夫は視線を英子とアンチョビに留めると、身体を向き直らせ再度頭を下げる。

 

 

「敷島様と安斎様でいらっしゃいますね?お二方には三年前恋の為にご尽力頂いた事、深く御礼申し上げます。また当時娘達が大変なご迷惑をお掛けした事もここにお詫び申し上げます」

 

 

 礼の言葉を述べる常夫に英子もまた居ずまいを正し言葉を返す。

 

 

「いえ、私はあくまで職務を果たしたのみで、その様なお言葉を頂くのは勿体無い事です。褒め称えられるべきはこちらの千代美さん只一人であります。お嬢様方の事ももう昔の事ですし、私も少々手荒な手段を取ってしまいましたので、どうかお気になさらぬ様お願い致します」

 

 

 毅然とした態度でそう言いつつ、英子はアンチョビの両の肩に手を掛け自分の方に引き寄せた。

 

 

「そんな…!私は突っ走っただけで英子姉さんにも周りにもご迷惑を掛けてしまったし……」

 

「またそんな謙遜しちゃって」

 

 

 微笑みながら英子がアンチョビを更に抱き寄せると、その横に居る亜美が面白く無さそうな顔をしている。

 

 

「千代美さん…そうお呼びしてもいいでしょうか?」

 

 

 名を呼ばれたアンチョビは慌てて頷く。

 

 

「ありがとう。三年前あなたが居なければ恋はその命を落としていたと聞きます。千代美さんにはどれだけ感謝してもしきれない…本当にありがとう」

 

 

 常夫はアンチョビに向け深々と頭を下げる。

 

 

「更にその恩人に対し、娘のまほが大変な乱暴狼藉を働いたとあっては、私も何と言ってお詫びをしたらよいのやら……」

 

 

 更に頭を畳に擦り付ける常夫に対しアンチョも更に慌てて手を振りながら言う。

 

 

「も、もうそれ以上は止めて下さい、あの時は仕方ないし私も悪いのですから!」

 

 

 まほはその二人の様子に過去を掘り返されひたすら小さくなっていた。

 

 

「本当に申し訳ない…しかしまほ、またやらかしたそうだな?しほさ…いや、お母さんから話しも聞いて写真も見たぞ?今度はエリカ君や恋にまで迷惑を掛けて。そんな様子ではこの間の進学の話しももう一度考え直さなければいけないな」

 

 

 常夫の厳しい言葉にまほは真っ青になり、ダラダラと冷や汗を流しながら何とか抗弁しようとするが舌がもつれるのかどうにも上手く言葉が出ない。

 

 

「そ、それは!あの…お、お父様……みほ…!」

 

 

 最後は消え入りそうな声で妹の名を呼び視線を向けるが、非情にも呼ばれたみほの方はプイっとそっぽを向き目も合わせない。

 しかしここで困った様な笑い顔でラブが助け船を出してくれた。

 

 

「常夫パパ、えっとね、それに関してはさっきみんなできっついお仕置きしたからもう許してあげてよ。まああれだけやればさすがにまほも懲りたと思うから」

 

「そ、そうか…だがしかし……」

 

 

 ぽ~っとした瞳でラブにそう言われると常夫も言葉に詰まる。

 仕方なしにまほの方へと視線を向けると、まほもまたカエルの様に平べったくなり常夫としほに向かい許しを請うのであった。

 

 

「お、お父様!お母様!どうかお許し下さい!もうしませんから~!」

 

 

 その必死さが可笑しくアンチョビ達が目を逸らす中、しほは溜め息を吐くと常夫の隣に来てそこに座るとまほに向かい静かに、しかし厳しく宣言する。

 

 

「次はありませんよ、よいですね?」

 

「は!はいぃぃ!」

 

 

 更に平べったくなるまほに困った様に再び溜め息を吐くと、今度はアンチョビとエリカとみほにも傍に来る様に促した。

 

 

「まずは千代美さん、お話はまほから聞きました。手腕を買われて特待生での大学進学との事ですがさすがですね、やはりって…ううんそうじゃなくて…ええとその何と言うか千代美さん…本当にこの子でいいのかしら?」

 

 

 そのしほのフェイントめいた突然の変わり様に全員ゆっくりと倒れる。

 しかししほは構わず話し続ける。

 

 

「お恥ずかしい話ですしよく御存じの事だとは思うのですけど、何しろまほはこの通りの子でしょ?我が娘ながら戦車道以外では、鈍いわズレてるわで却ってご迷惑なのではと心配で心配で──」

 

 

 一気にそう話すしほの言葉に、アンチョビはクスクスと笑うと姿勢を正し語り掛ける。

 

 

「家元…いえ、お母様。私もまほがいてくれたら心強いです。まほが一緒ならアンツィオでは辿り着けなかった処に行く事が出来ると思います。ですからどうかまほの進路の件、お許しを頂けないでしょうか?私からも是非お願いしたく思います」

 

「安斎……」

 

 

 アンチョビの発言にまほも真剣な表情になり両親に向かい頭を下げる。

 

 

「それに実は勝手だとは思ったのですが、オファーを頂いている大学の学長に私が入学する条件としてまほの件を打診した処、二つ返事でOKを頂いているんです。大学側としても願ったり叶ったりで、まほが来てくれるのであれば私と同条件で迎えたいとの事でした」

 

『え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!?』

 

 

 付け足しの様に飛び出したアンチョビの爆弾発言に一同仰天し目を剥く。

 恐るべき策士、ドゥーチェ・アンチョビの真髄を見せ付けられ、家元であるしほと千代は言葉を失い口をパクパクさせていたが、突如割って入る様に豪快な笑い声が座敷に轟いた。

 

 

「あっはっはっはっはっ!最高だわ千代美ちゃん!さすが私が見込んだだけの事はあるわ!」

 

 

 痛快そうに笑いながら膝を打つ英子のその表情は上総の大猪のそれだ。

 

 

「ちょ!?英子!」

 

「いいじゃないか亜美!こんな痛快な話そうそうないだろうが!」

 

「英子姉さん……」

 

 

 英子はなおも笑いながら亜美の背中をバシバシ叩く。

 

 

「あれが噂の上総の大猪なのね……」

 

 

 豹変した英子に呆然として呟いたしほは、そこでハッとしてアンチョビに問い質した。

 

 

「え、ええと千代美さん、今の話は本当なの?」

 

「はい、本当です。ですので後はお許しさえ頂ければ、私の方から大学側に連絡して簡単な面接と手続きをするだけで済む様になっています」

 

 

 外堀を埋められるとはこういう事かと、しほはぼんやりと思うのであった。

 

 

「しほさん、これはもう……」

 

「え?ええ、常夫さん…千代美さん本当に宜しいんですか?」

 

 

 常夫に促されたしほは、アンチョビに改めて問う様に声を掛ける。

 

 

「はい!私はお許しを頂けるのであれば、まほと一緒にこの道を進みたいです!」

 

 

 真っ直ぐ前を見て高らかにそう宣言するアンチョビの姿を見てを見て、しほは常夫と頷き合うとアンチョビに向き直り夫婦揃って頭を下げた。

 

 

「それでは千代美さん、まほの事をお願いしてもいいだろうか?」

 

「はい!」

 

 

 目を輝かせて返事をしたアンチョビに常夫に続きしほも礼の言葉述べる。

 

 

「千代美さん、本当にありがとう。まほの事、宜しくお願い致します。もしまた曲がった事をしたらその時は一切遠慮はいりません、徹甲弾の的なりなんなりにしてやって下さい」

 

「い、いや…それはさすがに!でも…有難う御座います!」

 

「安斎…!お父様!お母様!有難う御座います!」

 

「しっかりやるのですよ、この先いい加減な事は一切許しませんからね?」

 

「ハイ!」

 

 

 このやり取りを見ていたラブは、にぱ~っと顔を輝かせ声を上げそうになったが、亜梨亜にお尻をつねられ慌てて両の手で口を塞ぐのだった。

 

 

「ふぅ…千代美さん、出来るだけ早いうちに千代美さんのご両親の所にご挨拶に伺いたいので、御都合の宜しい日を聞いておいて頂ける?」

 

「え?あ、イヤ、そんな気を使って頂かなくても……」

 

「そうは行きませんよ、ねぇ?常夫さん」

 

「あ?ああ、これだけの事でご挨拶の一つもしなかったら、それこそ失礼極まりない話だよ」

 

「ハア……」

 

 

 今度はアンチョビがえらい事になってしまったと内心狼狽える番であったが、かくしてここにアンチョビとまほの進路の問題は一応の決着を見たのであった。

 一つの大問題を解決し安堵したしほは、今度はエリカに向かい手を突いた。

 

 

「エリカさん、当家の…西住流のゴタゴタに巻き込んで、あなたには本当に辛い思いをさせてしまいました。本当に御免なさい……」

 

 

 しほはエリカの手を優しく握るが何処かその仕草は戸惑いが見える。

 

 

「…でも…この子でいいの……?」

 

 

 そう言った後にオロオロとした態度になりエリカの様子を窺うしほ。

 エリカもまたしほの言わんとする処が解るので苦笑しつつも答えた。

 

 

「はい、家元。私はみほと出会えて本当に良かったと思います」

 

「……!」

 

 

 言葉が出ないしほは思わずギュッとエリカを抱き締めた。

 

 

「い、家元!?」

 

「お母さんダメ~!」

 

 

 みほが間に割って入った為そのまま三人畳の上に横倒しになり、ここで我慢の限界を超えたラブがはしゃぎ出し他の者も釣られて笑い、なし崩しに難しい話も打ち止めとなった。

 常夫も一頻り笑った後に、ラブとまほとみほの三人に自分の元に来る様に声を掛けた。

 

 

「やっと…やっと再び娘三人が揃った…!」

 

 

 喜びに声を震わせながら、常夫は大きく腕を広げ三人を纏めて抱き締める。

 

 

「きゃ~♪常夫パパ♡」

 

「ふわぁ!」

 

「お、お父様!?」

 

 

 驚く娘達に構わず抱き締め続ける常夫。

 

 

「常夫さんったらもう……」

 

 

 微笑みながらそれを見守るしほに、そっと菊代が歩み寄って来た。

 

 

「奥様?」

 

「あぁ、そうね菊代お願いするわ」

 

 

 タイミングを計っていたであろう菊代の声に、しほも頷くと常夫に目配せをする。

 それを受けた常夫も一つ頷き娘達を解放すると、座敷に居る者達に向かい声を掛けた。

 

 

「それでは皆様これより恋と亜梨亜さんの帰還を祝い、細やかながら一席設けさせて頂きますのでどうかおかけになってお待ち下さい」

 

 

 常夫の挨拶を合図に祝いの膳が、菊代を始め使用人達の手で次々と座敷に並べられて行く。

 膳の上には西住の紋の入った塗の器が並び、熊本の名物料理の数々が盛られている。

 

 

「うわぁ!凄いなぁ♪コレはどうやって作るのかなぁ?」

 

「お料理上手な千代美ちゃんとしてはそっちが気になるのね♪」

 

「千代美ちゃんの手料理をまた食べたいわぁ♡」

 

「オマエにはあれ一回で充分だ」

 

「な!?英子!」

 

「も~、だからお二人共止めて下さいよ~」

 

「でもアンツィオの試合後の振る舞い料理は本当に美味しかったです」

 

「そういえば千代美のとこの隊員達と、笠女(ウチ)の給養員学科の子達は頻繁に連絡取りあってレシピ交換したりしてるみたいね~?」

 

「ああ、この間お世話になって以来、すっかり料理で意気投合しちゃってなぁ」

 

 

 そんな会話を交わしている間に膳もすっかり並び、道場の関係者や使用人達も今日ばかりは座敷に集まり宴席の準備も万端整った様だ。

 

 

「それでは常夫さんお願い致します」

 

「いや、こういう場合はしほさんが──」 

 

 

 続きを言い掛ける常夫をしほは無言で留めると、常夫も観念したのか無言で一つ頷き、グラスを手に立ち上がり乾杯の音頭を取るのであった。

 

 

「お集まりの皆様、もう皆が解っている事なのであれこれ語るのは無しにしましょう。亜梨亜さん、恋、お帰りなさい…二人の帰還を祝して乾杯!」

 

『乾杯!』

 

 

 唱和する声と共にグラスの重なる音が響き和やかな雰囲気で祝いの時間が幕を開けた。

 

 

 




う~ん、恐るべきチョビ子の政治手腕。
この後も進学にあたり更にその手腕を発揮する模様。

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