ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

52 / 309
冒頭からいきなりな展開ですが、
いよいよお話しは練習試合六連戦に突入します。
第三章にしてこれが初の実戦という……。
途中P40の件はドラマCDネタ入れてみたり♪

初戦のお相手は聖グロですが、当然ダー様がラブに目一杯遊ばれます♪

なお、今回の聖グロ戦はPCでマップを見ながら読んで頂くと、
大体どこで何が起こっているかが解ると思います。


第九話   初陣

『三笠女子学園フラッグ車走行不能!よって聖グロリアーナ女学院の勝利!』

 

 

 ざわめく観客席、その観客たちの視線の先の大型モニターの中、白旗と共に濛々と黒煙を上げ笠女戦車隊フラッグ車であり、Love Gunというパーソナルネームを与えられたⅢ号J型戦車がその動きの一切を止めている。 

 コマンダーキューポラから身を晒す笠女戦車隊隊長にしてボーカルユニットAP-Girlsのリーダー、ラブこと厳島恋は腕組みをしたままポニーテールに結ったその長い深紅の髪を、時折吹き抜ける風に靡かせながら不敵に微笑んでいた。

 そのラブとは正反対に、ブラックプリンスから顔を出した勝者であるはずの聖グロの隊長ダージリンは苦々しげにその美しい顔を歪め、今にも歯軋りの音が聞こえて来そうな表情をしている。

 

 

「これはさすがに……」

 

「ああ……」

 

 

 観客席最上段、それぞれ制服は違うものの横一列に並び座っている少女の一団。

 言うまでもない黒森峰の西住まほを筆頭に、今日の笠女対聖グロの練習試合を観戦という名の偵察をする為に、いつもの面々がここ横浜は金沢工業団地の外れにあるアウトレットモールに設けられた特設スタンドに集っていた。

 この一団の中で一人異質なのはどうにか休みを確保出来た、私服姿の英子であろうか。

 今回はいつものメンツに加え黒森峰からはエリカと赤星と直下が、アンツィオからはカルパッチョとぺパロニ、サンダースはアリサ、プラウダはクラーラを、そして大洗は梓を伴い観客席に陣取ってこの一戦の行方を見守っていた。

 これは恐らく今後隊長格として笠女と戦う者達に、少しでも今のラブの戦い方を見せる為にそれぞれの隊長達の思惑によるものであろう。

 だがこの一戦を観戦した者達は一様に言葉を失い、その顔色も青ざめて表情も非常に硬い。

 但し英子のみは上総の大猪の顔ながら非常に愉快そうな表情なのが例外ではある。

 その中に在ってどうにか言葉を発した二人、まほとアンチョビも後に続ける言葉を見つけられず、再び沈黙すると信じられないといった面持ちでただ大型モニターを見つめていた。

 一癖も二癖もあり強者と恐れられられる彼女達が、何故これ程まで驚愕の表情を見せるのか?

 答えは彼女達が凝視する大型モニターの画面に広がる光景にあった。

 地獄絵図、そう呼んで差支えないであろう光景がそこには広がっている。

 流れ弾で海上に築かれた橋脚を破壊され倒壊したジェットコースター、八本の足を吹き飛ばされ動体のみが虚しく回る蛸の形の回転遊具、蒸気機関車型のロードトレインは連結したまま全ての車両が横転しその腹を晒していた。

 高さ107mの垂直落下型アトラクションもタワーが傾き、今も不気味な金属の軋む音を響かせており倒れるのも時間の問題の様だ。

 その状況下にあってガラス張りのピラミッド型のアクアミュージアムが一切損傷を受けなかったのは、奇跡以外のなにものでもないであろう。

 そんな瓦礫の山と化したテーマパークの只中で、最後は車体後部にブラックプリンスの17ポンドを打ち込まれ、その息の根を止められたLove Gunの他にも、その周辺には数両の聖グロのマチルダやクロムウェルが黒煙を上げLove Gun同様に擱座しており、動けるものもその動きは凡そ正常とは言い難い状態にあった。

 更にはダージリンが騎乗するブラックプリンスも車体各部に凹みや傷が出来、満身創痍といった風情であり車体後部を17ポンドで撃ち抜かれた以外さしたる傷も無いLove Gunと比べると、これではどちらが勝者か解らない程くたびれて見える。

 何故?どうして?勝者でありながら歯噛みしつつラブを睨みつけるダージリン、その意識は答えを求めて時間を遡って行く、それは今から四時間程前の事──。

 

 

「お~い!ダージリ~ン!アッサム~!来たよ~♪」 

 

 

 工業団地の外れの特設スタンドが設けられたアウトレットモールで、ラブ達の到着を待ち受けていたダージリン達を目指し、飛び切りの美少女達を満載した一両の大型ハーフトラックが走って来る。

 Sd Kfz 9、マニア達の間では製造メーカーのFahrzeug-und Motoren-Werke GmbHの社名由来のFAMOの略称で呼ばれるこのハーフトラックは、本来のサンドイエローや迷彩色とは異なり、今は笠女のイメージカラーであるマリンブルーで塗装され側面にはAP-Girlsの名も大きく入れられていた。

 そのFAMOの前列シートに収まっていたラブが立ち上がり、ニコニコ顔で能天気に右手をブンブンと振る度に胸のたわわもユサユサと揺れる為、まだ朝早いにもかかわらず既にかなり集まりつつある沿道の観戦客、それも特に男性の視線がそのたわわに集中している。

 

 

「お止めなさい!あなたワザとやってるでしょ!?」

 

 

 ダージリン達の元に辿り着いたラブに、開口一番怒鳴りつけたダージリンの顔は何故か赤い。

 隣にいたアッサムはそんなダージリンに呆れつつも、現れたハーフトラックを興味深げにしげしげと見つめた後ににこやかにラブに声を掛けた。

 

 

「御機嫌ようラブ、笠女はFAMOまで所有していたんですのね」

 

「うん、可愛いでしょ~?コレ私のお気に入りなんだ~♪」

 

 

 ラブはFAMOのサイクルフェンダーをポンポンと叩きながら嬉しそうに言うが、可愛いというには些かデカ過ぎる車体を見上げつつアッサムはやはりラブの感覚は色々おかしいと思ったが、下手に突っ込むと色々面倒そうな気がしたので敢えてそこには触れないようにした。

 

 

「う~ん、それにしても結構観客多いね~、ビックリだよ~」

 

「そろそろ自分達の人気を自覚なさいな、観戦客も大半が試合後のAP-Girlsミニライブが目当てじゃないかしら?そうそう、スタンドの最上段にはよく知った顔も並んでいましてよ」

 

 

 クスクスと笑うダージリンの視線の先、特設スタンド最上段には確かにズラリと見知った顔が並んでこちらを注視しているのが解る。

 その一番端には唯一私服姿の英子の姿も見え、どうやら無事に休みが取れた様だった。

 両軍共既に工業団地両端に戦車の配置を終えており、試合開始前の挨拶の為アウトレットのスタンド前に集合した訳だが早速両校の選手同士がハグなどしており、凡そこれから戦車で戦う者同士に見えずその雰囲気は和やかだ。

 

 

「ごめんなさいね、今回は申し訳ない事をしたわ」

 

「え?何が?」

 

 

 突然謝罪の言葉を述べるダージリンにその理由を測りかねたラブは首を捻る。

 

 

「市街地戦という要望に合わせて山下エリアで市に申請を出したのだけど、そちらでは許可が下りずこの金沢工業団地を指定されたのよ。これは多分アレね、戦車道の試合に託けて落ちて来る復旧給付金で再開発を目論んでると私は見たわ。ラブの復帰初戦にケチを付ける様な形になって本当に申し訳なく思うわ…全くよりにもよってこんな色気もへったくれもない場所が試合会場だなんて……」

 

「あ、ああそういう事か。ありがとう、でも気にしないでダージリン。こっちこそ全国大会決勝仕様のフルオーダーなんて無理言っちゃってるし、更にブラックプリンスとクロムウェルまで出して貰えるなんてこれはもう感謝の言葉も見つからないもの」

 

「そう言って貰えると助かるわ。でも本当に宜しいの?20対5ではあまりにも差があり過ぎでしょう?言ってくれればいくらでも数の調整は出来ますわよ」

 

「うん、ありがと。でもウチはまだ当面この状態で戦わなければならないから、少しでも早く多勢に無勢の状況に慣れさせたいのよ。何と言ってもウチは高校戦車道での実戦経験がゼロだから」

 

 

 廃艦騒動の余波を受けて文科省の不手際により、戦車道履修許可の下りていなかった笠女戦車隊はほぼこの一年を棒に振る形になり、ここまで対外試合が出来ず実戦経験が圧倒的に不足していた。

 ラブからその事実を聞かされ、それを知っているだけにそう言われてしまえばダージリンとしても否は無く、むしろ積極的にAP-Girlsの経験値のアップに力を貸すつもりであった。

 

 

「ダージリン様、もう間も無く両校挨拶の時間になりますので集合をとの事です」

 

「あら、ペコさんおはよう♪今日は宜しくね~」

 

「お、おはようございます厳島様、こちらこそ宜しくお願い致します」

 

 

 ラブに飛び切りの笑顔で声を掛けられたオレンジペコは、頬を朱に染めてドギマギしながら挨拶を返すが、その様子を見たダージリンが早速ペコをイジリ始めた。

 

 

「あら?ペコ、そんな処をスタンドにいる梓さんに見せてもいいの?それともアレかしら、他の方と親しくしている処を見せ付けて、嫉妬心を煽ってより自分に恋い焦がれさせるおつもり?ペコも随分と恋愛のテクニシャンでしたのねぇ」

 

「ダージリン様!?もう!今日は試合中に紅茶を淹れてあげません!」

 

「あ、じょ、冗談よペコ!ね?」

 

 

 両手を合わせペコのご機嫌を窺うダージリンの姿に声を上げて笑うラブ。

 その様子をスタンド最上段で見ていた一部の者にも変化が起こった。

 

 

『ブフォ!』

 

 

 熊本の西住家滞在時にラブとアンチョビのダジペコのモノマネ攻撃を受けた、まほとみほとエリカに英子が一斉に噴き出し掛けたのだ。

 怪訝な顔をする他の者を余所に揃って顔を背ける四人、仕掛けた側のアンチョビは人の悪いニヤニヤ笑いで頭の後ろで手を組み何も知らぬとばかりにそっぽを向いている。

 そんな状況など知る由もないラブとダージリン達は集合場に向け歩を進め始めていた。

 

 

「それにしてもラブ、さすが厳島、商魂逞しいですわねぇ」

 

 

 そう言うアッサムの視線の先、特設スタンド周辺には笠女給養員学科ケータリング班による、学園艦カレーの店が出されており既に多くの観戦客が並んでいるのが見える。

 

 

「それを言うならアッチでしょ」

 

 

 ラブが指差す方向、笠女の出店の対面にはちゃっかりとアンツィオがイタリアンの出店を展開して()()の獲得に精を出しており、こちらも行列が出来て中々の活況を呈していた。

 

 

「いつのまに……」

 

「ん~、なんかね~、誰かに壊されて観閲式直前にやっと直ったP40の修理代が予想以上に掛かっちゃって、その分稼がなきゃならんって千代美が言ってたよ~」

 

「ぐっ…!」

 

 

 他意は無くアンチョビから聞いたまま答えるラブの言葉にダージリンの言葉が一瞬詰まる。

 

 

「ま、まあ賑やかなのは良い事ですわ……」

 

 

 ダージリンの反応に、『ああ、壊したのはコイツか』と納得するラブであった。

 

 

「みなさんおはよう、今日は宜しくお願いね♪」

 

 

 ラブの復帰六連戦の審判長を買って出ている亜美が、審判団を従え両軍の選手の前にやって来た。

 最初はにこやかな表情で現れた亜美であったが、ダージリンとそれに影の如く従うオレンジペコの姿を見た瞬間電撃を受けた様に硬直してしまった。

 

 

「おはようございます、蝶野教官。こちらこそ宜しくお願い致しますわ…あの?教官、どうかなさいましたか?どこかお加減でも宜しくないのでしょうか?」

 

 

 事情を知らぬダージリンが気遣う様に亜美の顔を覗き込む。

 その拷問の様な仕打ちに助けを求める様に視線を彷徨わせラブと目が合った瞬間、ラブはほんの一瞬ではあるが熊本で見せたあの偽ジリンの決め顔をして見せた。

 

 

「ぶふっ!」

 

 

 破壊的な笑いの発作に亜美の腹筋が激しく波打ち肩が小刻みに震えている。

 

 

『ぶははははははは!』

 

 

 亜美が必死に襲い掛かる笑いの発作に耐えていたその時。遠く特設スタンド上段からどうやら耐え切れなくなったらしい英子の爆笑する声が聴こえて来た。

 

 

『英子!後で覚えてらっしゃい!』

 

 

 釣られて笑いそうになるのを堪える亜美に、更なる追い打ちをけるダージリン。

 

 

「あの?本当に大丈夫でいらっしゃいますか?救護テントの方に行かれた方が…?」

 

「ご、ごめんなんさい大丈夫…よ。さ、さあ時間が押さない様始めましょう……」

 

 

 何とか立て直した亜美の言葉に従い、審判団が両校選手に整列するよう促す。

 

 

「それではこれより聖グロリアーナ女学院対三笠女子学園の試合を始める。一同、礼!」

 

『宜しくお願いします!』

 

 

 挨拶の終了と共に両軍一斉にそれぞれのスタート地点に向かうべく、乗って来ていた兵員輸送車両に乗り込んで行く。

 

 

「それじゃあダージリン、アッサムまた後でね~♪」

 

「ええ、私以外の相手にやられぬよう祈っているわ」

 

 

 ダージリンの含みのあるもの言いに、ラブもニヤリと笑い二人に向かい二本指の敬礼を投げると踵を返し立ち去って行く。

 

 

「さあラブ、久し振りにあなたの本気を見せて頂戴」

 

 

 立ち去るラブの背中を見送りつつ独りそっと呟くダージリン。

 その目はスッと細まり瞳には危険な光が宿っている。

 

 

「うっは~♪背中に気持ちいいくらいなんか刺さって来るわ~」

 

「何よ?」

 

「なんでもな~い♪いいわ出して!」

 

 

 ダージリンの殺気のこもった視線を背中に感じつつ、ステアリングを握りながら問い質す鈴鹿の声をはぐらかし、FAMOに乗り込んだラブは出発するよう号令をかけた。

 その後は作戦を話すでもなく他愛も無い話に終始する事暫し、ラブ達の乗るFAMOは笠女スタート地点である産業振興センター近くの福浦橋交差点に到着した。

 FAMOを待機していた整備科の生徒に任せると、AP-Girlsのメンバー達はいつも通りの円陣を組み屈み込むとリーダーであるラブの号令を待つ。

 

 

「いい?当初予定通り行くわよ?Love Gun以外は現地点砲撃ポイントより指示に合わせての第一段階の威嚇射撃後は福浦の金属団地まで移動、敵本隊の福浦侵攻まで指定ポイントの工場建屋内に潜伏、その間にLove Gunはきっちり隊列を組むダージリンの背後から奇襲を仕掛けるわ。後は徹底的に挑発しながらど真ん中ブチ抜いて引っ張って来るからそれが見えたら行動開始よ。工場だろうが倉庫だろうが好きに使って構わない、徹底的に疲れさせてあげて。でも道路自体は直線で構成されてて隠れる場所は無いから気を付ける事。並木と幸浦は逃げ場が少ないからね、この福浦まで何とか引っ張り込むよ。ここの碁盤の目の区画を活かして敵戦力を少しでも削ぎ落とす!五両仕留められれば御の字ね、決して私は無理は言ってないわ、あなた達ならそれが出来る。後はあそこに本隊を引きずり込んだら最終段階よ、例の作戦を実行して。それまではなんとしても生き残る事。さあ、あなた達の力を私に示してちょうだい…それじゃあ行くよ!」

 

 

 ラブの最後の言葉に合わせ全員の肩に力が入る。

 

 

「AP-Girls!Get ready! Get set!」

 

Go for it!(やっちまえ!)

 

 

 いつもの円陣にいつもの掛け声、だがその掛け声と共にAP-Girlsの少女達はその表情も動きも全てがまるで催眠術にでもかかったかの様に一変する。

 黙っていれば凡そ戦車道などという荒っぽい世界に身を置くとは思えない美少女達。

 それが一度ラブの号令を聞くや眼光鋭い屈強な戦車乗りに変貌し、臆する事無く激しい闘いの中にその身を投じて行く。

 

 

「ready…Shout of starting the engine!(目を覚ませ!雄叫びを上げろ!)

 

『Yeaaaah!』

 

 

 ラブの号令に呼応し上がる鬨の声と共に、眠れる五頭の猛獣が目覚め、咆哮を上げた。

 そして今はただ戦の始まりを告げる号砲が上がるのを待ち、その身を震わせている。

 ラブもまた腕を組み、その美しい瞳を閉じてその時が来るのを待つ。

 それから待つ事暫し、空を切る音と共に上空に信号弾が炸裂し戦の火蓋は切られた。

 

 

「Tanks move forward!」

 

 

 AP-Girlsの少女達が駆る五両のⅢ号J型戦車が唸りを上げ一斉に動き出す。

 その中Love Gunだけが突出し一気に加速すると一直線に眼前の直線道路を走り去って行った。

 残った四両もまた各砲撃ポイントに向け分散して行く。

 

 

「香子!幸浦一交差点を右折するまで全開で行くよ!ダージリン達が鳥浜を出るまでに、何としても目標ポイントに辿り着く!いいね?向こうは大所帯でブラックプリンスに合わせるから脚も遅い、とにかく作戦第一段階は先にポイントを抑えられるかどうかがカギだからね!」

 

「誰に言ってるのよ?こんな真っ直ぐな一本道でこのLove Gunが後れを取るなんてあり得ない!」

 

「いいね!よく言った!任せたよ!」

 

 

 トップスピードで疾走するLove Gunのコマンダーキューポラからその身を晒し、深紅のロングヘアーを靡かせるラブは口角を吊り上げ恐ろしくも美しい笑みを見せる。

 一方その頃鳥浜際奥に位置する東京入管横浜支局前の交差点を、ダージリンの前進の号令と共に進発した聖グロ戦車隊は、ラブの予想通りこれから通過するアウトレットに集まる観戦者の手前もあり、ブラックプリンスに歩調を合わせ整然と隊列を組んだまま侵攻を開始していた。

 

 

「宜しいのですか?ダージリン様」

 

「何がかしら?ペコ」

 

「いえ、いくらなんでもさすがにこれではゆっくり過ぎではないかと。せめて斥候のクルセイダ―だけでも先行させた方が宜しいのでは?」

 

「周りをよくご覧なさい、ペコ。応援に駆け付けて下さった地元の方達の期待を裏切るおつもり?戦車戦だけではないのですよ、あの方達はこの美しい隊列も含めて、我が聖グロリアーナを見ておられるのです。常に優雅、そして強く、それこそが我ら聖グロリアーナの戦車道。決してそれを忘れてはなりません。」

 

 コマンダーキューポラ上で気品ある笑みを絶やさず沿道からの声援に応え、優雅に手を振りながらもペコに教えを説くダージリン。

 

 

「申し訳御座いませんダージリン様」

 

 

 ペコもまた襟を正す様にそれに応える。

 

 

「いいのよ。それにね、あのラブの事です、単騎駆けで先行車両に奇襲を仕掛けるなど得意中の得意、迂闊に斥候など出せばみすみすラブに撃破スコアを献上する様なものですわ」

 

「そうですね、その可能性は75%と普通ではあり得ない高確率が、過去のデータから算出されています。まだ現段階でローズヒップを動かすのは得策ではありません」

 

 

 車内に持ち込んだ愛用のノートPCでこの先の戦闘をシュミレートしつつ、はじき出された数値に呆れながらも、過去の経験と記憶とも照らし合わせたアッサムもその可能性を肯定した。

 ダージリンがその様な会話がなされている様子など、外には微塵も感じさせぬ笑みを保ったまま手を振り続け聖グロ戦車隊の隊列は粛々と、しかし確実に前進を続けている。

 

 

「ヨシ取った!まだダージリンは見えない!右折するよ、減速して!履帯痕を残さないように注意!」

 

 

 ここまで全速力で疾走して来たLove Gunは、信号に幸浦一の表示の付いた交差点に到達すると大幅に速度を落とし、履帯の跡で行動を気取られぬよう細心の注意を払って交差点を右折、その後再加速すると見つかる前に目的地である工場敷地にLove Gunを滑り込ませた。

 

 

「よっしゃ~♪ここまでは順調だね、風もいい感じに海側から吹いてるし。それじゃ早速次の段階に行こっか。香子、方向転換して砲撃後直ぐ飛び出せるようにしといて。美衣子は装填準備、榴弾の次に即徹甲弾撃つからね、最短で頼むわよ。花楓は愛達に威嚇砲撃の指示出しタイミングに気を付けて、この作戦の成否はそれに掛かってるから頼むわよ。瑠伽…ってさすがね、もう照準合わせしてるんだ…距離は約700m、うん大体おっけ~ね方向は完璧……ん~、気持ち仰角取ろうか…うん、それでヨシ、準備完了!後はダージリン達の交差点通の過を待って第一弾の臭い玉作戦を決行するよ…あ!アレの準備も忘れずにね!」

 

「臭い玉作戦て……」

 

 

 ウッキウキで指示を出したラブに向かい、気乗りしない表情で心底嫌そうな声で瑠伽はぼやく。

 これからやろうとする事がどれ程の事態を引き起こすか想像するだけでも吐き気がするらしく、瑠伽はこんな馬鹿げた作戦を立案実行するラブを宇宙人を見る目付きで見ていた。

 

 

『どうしてこの人はこんなくっだらない事ばっか次々思い付くんだろ?』

 

 

 思っても口には出さないがそれは他のLove Gunの乗員も同じ様で、瑠伽と同様の目付きでラブを見ているが当のラブ本人は全く意に介した様子には見えない。

 

 

「さて、それじゃ私は聖グロが通過するまでゲートの所で監視して指示出すから後宜しく!」

 

 

 ラブは何かを手にコマンダーキューポラから抜け出すと数m先の門柱まで小走りに移動し、その陰に身を隠しダージリンがやって来るのを一人息を殺し静かに待つ。

 その状態で待機する事暫し、やがて戦車道の試合の為操業の止まった工場地帯に、履帯がアスファルト上を進む特有の音が複数聴こえて来た。

 ラブに代わりコマンダーキューポラから顔を覗かせる通信手の花楓に向かい、ラブは左手のハンドサインでターゲットの接近を知らせる。

 その間にも履帯がアスファルトを削る音は確実に接近を続け、やがて露払いのローズヒップ率いるクルセイダ―隊を先頭に進軍する聖グロの戦車隊がラブの視界に入って来た。

 その後も続々と交差点に侵入し通過して行く戦車の群れ、その中団にはダージリンが騎乗するブラックプリンスの姿も見え、周囲はルクリリ麾下のマチルダ隊が固めており堂々の布陣で進軍中だ。

 やがて殿も交差点を通過しその姿が見えなくなると、ラブは再びハンドサインで花楓に攻撃準備を指示しそれを受けた花楓も無線で待機中の愛達にその旨を伝える。

 

 

「愛、お客さん達が来たよ、攻撃準備!」

 

『了解』

 

 

 無線機から即応した愛の声で了解の声が返ると、花楓は再びラブの手の動きに集中する。

 緊張の一瞬、楓の瞳にラブの攻撃開始を指示するハンドサインが映る。

 

 

「撃て!」

 

 

 ここに今、後に戦車道史上最凶の嫌がらせと称される事になる『臭い玉作戦』が発動され、ダージリン以下聖グロリアーナ戦車隊が阿鼻叫喚の地獄を体験する時間の幕が上がるのであった。

 

 

 




臭い玉作戦…いったいラブは何をやらかすのか……。

因みに私はハーフトラックが大好きです♪

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。