ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

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いよいよラブとみほの対決となりますがまずは前哨戦から。

しかし家元は何しに来たんだか…。




第十八話   水面下の火花

 辺り一帯に轟く轟音と共に、大洗サンビーチ海水浴場に向って6頭のモンスターが迫って来る。

 大洗女子学園対私立三笠女子学園の戦車道練習試合当日の早朝、それに先立ちここサンビーチでは、笠女所有の超弩級上陸用舟艇S-LCACによる強襲揚陸パフォーマンスが行なわれていた。

 時間の方もまだ8時を回った程度にも関わらず、サンビーチはS-LCACの威容を一目見ようと集まった見物客で埋め尽くされ、その眼前で繰り広げられる脅威的なパフォーマンスに見物客からも非常に大きなどよめきが巻き起こっているのであった。

 

 

「うおぉぉ!スゲぇもん見たぁ!」

 

「なんじゃこりゃあ!?」

 

「マジでけぇ!」

 

 

 揚陸前には洋上で6艇のS-LCACがその巨体を自在に振り回し、ブルーインパルスさながらのフォーメーションを組んでのアクロバット繰り広げ、その最後に6艇横並びで一気にサンビーチに揚陸し、集まっていた多くの見物客に圧倒的な存在感を誇示していた。

 揚陸後も全6艇の艇長がヘルメットを脱ぎ、背後に全搭乗員を従え観客達に一斉に敬礼すると辺りはより一層大きな興奮に包まれる。

 何しろ6名の艇長以下、居並ぶ搭乗員全員が飛び切りの美少女達であり、更に特筆すべきポイントとして、皆一様にその胸のエアクッションが見事なまでにたわわに膨らんでいるからだった。

 

 

「うおぉぉ!スゲぇもん見たぁ!」

 

「なんじゃこりゃあ!?」

 

「マジでけぇ!」

 

「いやあさすがのS-LCACのど迫力に見物客も圧倒されておりますねぇ♪」

 

「あの反響は少し方向性が違うと思うぞ秋山さん……」

 

「あははははは……」

 

 

 どうやらS-LCAC以外目に入っていない優花里に対し、朝早くから無理矢理沙織に引っ張り出された麻子は、いつも通りの眠気とズラリと並ぶたわわを自身の胸元と見比べたせいで、仏頂面で突っ込みを入れているがそれもいまいち優花里には通じていない様だった。

 みほとしては何ともフォローのしようが無く、乾いた笑いと共に頬をぽりぽりするのみだ。

 昨日のうちに、ラブから試合前にS-LCACの揚陸パフォーマンスを行なう事を聞かされていたみほは、表向きは見物という事にして、実際にはラブが何かやらかさないか不安だった為あんこうチームを引き連れこうしてサンビーチにやって来ていたのだった。

 

 

「おお、1号艇と2号艇のハッチが開きました!皆さん降りて来ますよ~!」

 

「聞いちゃいないな……」

 

 

 実際麻子の言う事など耳に入っていない様子の優花里は、S-LCACの搭乗員達が敬礼後に散開し作業を始めると意識は完全にそちらに向いてしまっている。

 そしてその優花里が注視する中、1号艇からは5両のⅢ号J型が、2号艇からはFAMOの愛称で呼ばれるSd Kfz 9ハーフトラックと2両の90式戦車回収車が降ろされて来た。

 

 

「おおぉ~!なんと笠女はFAMOと90式戦車回収車まで保有していたのでありますかぁ~!」

 

「んも~!ゆかりん興奮し過ぎだよ~!」

 

 

 沙織が諌めるもすっかり鼻息荒い優花里を止めるのはこれが中々難しい。

 サンビーチに乗り入れたあんこうの上で騒ぐみほ達を余所に、S-LCACの搭乗員達はテキパキと作業を終わらせると早々にS-LCACの撤収準備に掛かっていた。

 

 

「あ、ホラ、厳島さん達も降りていらっしゃいましたわ」

 

 

 華の言葉に再び1号艇の方に目を向けると、丁度ラブを先頭にAP-Girlsのメンバー達がS-LCACからサンビーチに降り立った処であった。

 みほ達もそれを見てあんこうから飛び降りるとラブ達の元に駆け寄って行く。

 

 

「ラブお姉ちゃん!」

 

「は~い♪みほ、おはよ~」

 

 

 ラブが返事を返す背後ではS-LCACが轟音を轟かせエアクッションが膨らむと、6艇が一斉に後退し再びフォーメーションを組み見物客の拍手と歓声の中、派手な機動を見せつつ笠女学園艦へと帰投して行くのだった。

 

 

「朝っぱらから騒がしくしてゴメンね~」

 

「ううん、それはいいの。ラブお姉ちゃん達が来てくれたおかげで、昨日からお客さんがいっぱい来て大洗の商店街の人達もとっても喜んでくれてるから」

 

 

 全国大会と大学選抜戦の覇者大洗と人気急上昇中のAP-Girlsの対戦は、予想以上に世間の耳目を集め既に大分寒くなって来ているにも関わらず、前夜からの徹夜組の観戦客も多数出ており、臨海大洗鹿島線を運行する鹿島臨海鉄道も昨夜から臨時列車を増発し観戦客のピストン輸送を行っていた。

 

 

「そお?それならいいんだけど何か却って迷惑掛けちゃったかな~って思ってね」

 

「そんな事無いよここに来る途中も早くから出店出してる人達からお礼言われた位だから」

 

「なら良かった♪」

 

「うん、それにね観戦エリアの学園艦カレーの出店も、もう既に行列が出来てたよ♪」

 

「あら~、もう?」

 

「うん…ただね……」

 

「あ…もしかして千代美のトコ(アンツィオ)も?」

 

「当り……」

 

「やっぱり千代美は抜け目ないなぁ」

 

 

 今回も聖グロ戦の時同様、アンツィオがちゃっかりと外貨獲得の為にイタリアンの出店を展開しており、笠女学園艦カレーの店同様好評を博し行列が出来ている様だった。

 ラブとみほは陣頭指揮を執るアンチョビを思い浮かべ、クスクスと笑うしかなかった。

 

 

「それじゃあラブお姉ちゃん、私達もあんこうをスタート地点に戻してから両校挨拶の観戦エリアに向かうからその時にね」

 

「ええ、解ったわ」

 

 

 みほ達はあんこうに乗り込むと、エンジン音を響かせ砂浜に履帯跡を残して去って行く。

 一方のラブ達もまた作業班との打ち合わせの後、鈴鹿の操るFAMOに乗り込むと一路観戦エリアである港中央公園目指しサンビーチを走り出した。

 

 

「う~ん、西住殿、笠女はよくこの短時間でⅢ号全車を完全に修理してこられましたねぇ……」

 

「うん、そこはやっぱり厳島の力かな?車両数が少ないのもあるけれど、やっぱりそういう部分では黒森峰やサンダースをも上回っているんじゃないかと思うの」

 

 

 大洗の集結ポイントに向かう道すがら、実質聖グロ戦から中三日で大洗戦に臨む笠女に対し、優花里はその短期間でⅢ号の修理をして来た事に驚きの声を上げていた。

 みほとしては開校前から人材集めを徹底的に行い、入学した段階でも既にそれなりのレベルにあった者達を、短期間でそれが可能な処まで引き上げている事に脅威を感じている様だ。

 いずれにしてもその笠女、即ちラブとの戦はもう目の前まで迫っており、みほの口元も自然と引き締まり心の中には言い様の無い圧力が掛かり始めていた。

 

 

「いよ~ダージリンお疲れ様だったなあ♪」

 

 

 観戦エリアの港中央公園に設けられた特設スタンドに、どこかからかう様な調子のアンツィオ高校戦車隊隊長であるドゥーチェ・アンチョビの声が響く。

 

 

「千代美うるさい……」

 

「ア・ン・チョ・ビだ♪」

 

 

 やさぐれた様な声音のダージリンに切り捨てる様に名前で呼ばれるも、アンチョビは一向に堪えた様子もなくお決まりのセリフを更に面白そうに節を付けて歌う様に言うのだった。

 

 

「おい、大分疲れてる様だが大丈夫か?」

 

 

 まほがかなり草臥れた様子のダージリンとアッサムを気遣って声を掛けたものの、当の二人は胡乱な目付きでまほを見た後力無く短めに答えるだけだった。

 

 

「…何でもありませんわ……」

 

「そ、そうか……」

 

 

 まほもまだ何か言いたげであったがその二人の様子に後に続く言葉を飲み込む。

 何が二人をここまで疲れさせているかといえば、ラブとの一戦の後ダージリンとアッサムがラブと幼馴染である事を知ってしまったアールグレイにより、ここに来るまでの間連日ラブに会わせろとお願いという名の強要を受け続けて来たのが原因であった。

 その執拗さには辟易としつつも、多忙を極めるラブの事を考えるとそれは中々に言い出し辛い事であり、言ってしまえばラブの事だから何としてでも願いを叶えようとするのが目に見えているだけに、ダージリンとアッサムにとっては非常に頭の痛い問題であった。

 今回二人は次期隊長及び副隊長候補という事でルクリリとオレンジペコを伴って現れたが、その二人もまた集まっている一同から視線を向けられるとふるふると首を左右に振るだけで、何があったかは答えようとせず、それを見たアンチョビ達も肩を竦めるしかする事が無かった。

 

 

「しっかしアイツらもホント暇人よね~、他にやる事無いのかしら?てかさぁ、こんなにホイホイ試合見に来てていいワケ?あんなんでちゃんと卒業出来るのかしら?」

 

「そこはホラ、他校の偵察は戦車道のレギュレーションで認められてるし、単位として認められる上に欠席扱いにはならないから」

 

 

 試合前の挨拶の為に集まった両校の選手達の中でラブとみほは時間まで立ち話中だが、見上げたスタンド最上段には前回同様にいつものメンツが揃っている事と熱心さに、半ば呆れながらその様子を半口開けて眺めている。

 

 

「そりゃ~それ位私だって知ってるわよ~。だけどアイツら本気でこの6連戦全戦見に来る気かしら?だとしたら呆れる通り越していっそ感心するわ」

 

「あははははは……」

 

 

 みほ自身もそのうちの一人なので力無く笑うしか他は無かった。

 かくして役者は揃いいよいよ戦いの火蓋が切られる時も迫って来て、審判団本部から今回も審判長を務める亜美が審判団三人娘の篠川香音と高島レミに稲富ひびきを引き連れやって来た。

 

 

「皆さんおはよう、今日も宜しくね」

 

「蝶野教官おはようございます、こちらこそ宜しくお願い致します」

 

 

 ラブが挨拶を返しそれに続いてみほも挨拶をしようとすると、亜美が軽くそれを制しながらみほとラブそれぞれに目配せをして、スタンドに視線を向け面白そうな顔で話し始める。

 

 

「来てるわよ♪…まほさん達の居るスタンドの反対側の端っこに」

 

「ほえ?だ、誰がですか?」

 

 

 みほが訳が解らないといった顔でまほ達が居る場所から横に視線を走らせたその先、同じくスタンド最上段の反対端に居る目立たぬ様にしているつもりで逆に目立つ二人連れを発見した。

 

 

「うえぇ…何やってるのよ……」

 

「ぶっ!しほママと菊代ママ!?アレで変装してるつもり~?バレバレ過ぎでしょ~」

 

 

 二人を見付けたラブも思わず笑い出した二人の出で立ちはといえば、西住流のスーツはいつもの事として、下に着ているブラウスも黒ならスーツの上にはどう見てもSS将官な黒のロングコートな上に、色の濃いサングラスを掛けているとなれば逆に目立つ事この上なく、更にしほが西住流戦闘オーラを全開で放出している為、周りの席も空席が出来てこれで目立つなという方が無理というものだ。

 恐ろしい事にしほは真剣にこれで目立たずバレないと思っている様であり、何だかんだ言ってしほもまたかなり特殊とはいえお嬢様育ちな側面が垣間見える。

 隣に座る菊代に関しては完全に面白がってやっているのが明らかで、この人もまた色々と問題がある気がするが、これ位でないと西住家の女中頭など勤まらないのかもしれない気もする。

 ラブは二人のその様子を無責任にゲラゲラと笑っているが、娘であるみほの方は頭を抱えその場にしゃがみ込んでしまっていた。

 

 

「んも~!お母さん恥かしいからヤメて~!」

 

「ぷ……それでは始めましょうか…両校整列!」

 

 

 笑いを堪えながら亜美が号令を掛けると、大洗と笠女双方の選手達が向かい合って整列する。

 ここまで来るとそれまでの雰囲気とは打って変わって全員その表情は引き締まり、いよいよ戦う者の顔付きとなって会場全体も緊張感に包まれ始めて行くのが分かる。

 

 

「それではこれより大洗女子学園対三笠女子学園の試合を開始します。両校礼!」

 

『宜しくお願いします!』

 

 

 会場からも拍手と大洗に対する声援が巻き起こり、横浜で行われた聖グロ戦以上にAP-Girlsにとってはアウェイ感が強かったが、彼女達はさしてそれを気にする様子も無くスタート地点に移動すべくここまで乗って来たFAMOに搭乗して行くのだった。

 最後に残ったラブは、みほに対して手を差し出し挑発的な笑みを浮かべながら、宣戦布告する様な口調で語り掛ける。

 

 

「こうしてみほと指揮官同士として戦うのは実質これが初めてね、尤も()()()()として戦う事になるとは私も夢にも思わなかったけど。今日はAP-Girlsの恐ろしさ、たっぷりと味あわせてあげるから楽しみにしてるといいわ♪」

 

「私もだよ、ラブお姉ちゃん……」

 

「ええ、それじゃあまた後でね…ってそうそう、今日はノックは無しだから安心していいわよ♪」

 

「うん…解ったよ、それじゃあね」

 

 

 握手を交わした後、ラブは蠱惑的な笑みと共に投げキスをして去って行く。

 それを見送ったみほも踵を返し仲間達の元に歩んで行くと、その様子を見守っていた優花里が隣に並び、歩きながらたった今生じた疑問を投げかけた。

 

 

「西住殿、今のは一体どういう意味でありましょうか?ノックをしないと仰られていましたが?」

 

「え…?ああ、中学時代はラブお姉ちゃんは隊長だったけど私は一つ下な分、指揮官同士として直接戦った事が無いって事だよ。私も副隊長だったけど、隊長はあくまでお姉ちゃんだったし、そのお姉ちゃんとラブお姉ちゃんも指揮官として戦った回数はそんなに多くはなかったの…3年で隊長になって夏の全国大会の前にあの事故が起きてラブお姉ちゃんが居なくなっちゃったからね……でも確かにあの事故が無ければ私とラブお姉ちゃんが指揮官同士として戦う事は無かったはずなんだよ。それと狙いが何かは解らないけど、ラブお姉ちゃんがああ言ったら絶対やらないから安心していいよ」

 

「あ…その…そうでありましたか……」

 

「ああ、うん、大丈夫だよ。ありがとう優花里さん」

 

 

 触れてはいけない部分に触れてしまったかと焦る優花里だったが、みほがもう既にその話題で心を乱す様な素振りが無い事に少しホッとしつつ、話題を変える様に努めて平静に話を続ける。

 

 

「先日の聖グロ戦は動画を何度も見ましたが、やはり厳島殿は行動に出る時一切躊躇といったものが見られませんね。幸い大洗の戦闘エリアには使われると恐ろしい事になる施設はありませんが、それでもどんな手を使って来るか解らないからそこが一番の不安要素でしょうか」

 

「うん、そうだね。私も色々検討してみたけど、過去の戦譜や記憶を掘り起こしても結局大した対策は立てられなかったよ。ラブお姉ちゃんは人を踊らせるのが得意だけど、人に合わせて踊るのも上手いから。とにかく乗せられない様に気を付けて戦うしかないなぁ……」

 

「確かに…数と火力面ではこちらが有利なのですがねぇ……」

 

「うん、でもラブお姉ちゃんはそれが額面通りに通用する相手じゃないから」

 

「ええ、そうですよね……でも超長距離予測射撃をやらないと宣言したのは何故でしょうね?」

 

「それは本当に何故なのかは私にも解らないの…でもラブお姉ちゃんは私達を相手に何かを試しているのは間違い無いと思うんだ」

 

「試す…でありますか?私達をでありましょうか?」

 

「ううん、断言は出来ないけど多分AP-Girls…いや自分自身をだと思う」

 

「はあ……」

 

 

 考えれば考える程不安要素ばかりが増える気がして、二人はそこでその思考を中止した。

 

 

「お~い!みぽり~ん!ゆかり~ん!行くよ~!」

 

「う~ん!今行く~!」

 

 

 二人が来るのを待ちきれない様に叫ぶ沙織の声に、みほと優花里は顔を見合わせ頷くと歩調を早めチームメンバーに追い付くと、九五式小型乗用車やら寄せ集めの車両に分乗し、大洗女子の試合開始待機地点に向け移動を開始した。

 一方のラブもまたそれを肩越しに見送ると、ドライバー役の鈴鹿にFAMOを出す様促しAP-Girlsの試合開始待機地点である大洗海浜公園の駐車場へ向け走り出す。

 

 

「さ~て、どうしようかねぇ?」

 

「出たよ…あのさぁ、試合開始直前になってから作戦考えんの止めてくんない?」

 

 

 FAMOのステアリングを握る鈴鹿は、うんざりした顔でラブに向かって毒づく。

 

 

「失礼ね~!人の事行き当たりばったりみたいに言わないでくれる~?」

 

「違うのかよ?」

 

 

 後列シートに収まる夏妃も仏頂面で鈴鹿に続く。

 飛び抜けた柔軟性が少数精鋭の厳島流の一つの特徴だが、ラブの場合はそれが更に数段高いレベルで作戦面に反映される為、それを実行するAP-Girlsの少女達からすればそう言われるのも仕方無いのだが、ラブも出来ない者にオーダーを出す程酔狂ではないので、そういう意味でもAP-Girlsのメンバーで居るには非常に高いレベルの技量が必要であると窺える。

 

 

「何よみんなして~!大体私だってちゃんと作戦というか方針はしっかり考えてあるわよ~。だけどみほの相手するにはセオリーが通用しないのはみんなだって解ってるんでしょ~?あの子は西住流の突然変異種で普通が通用しないし私だって大変なんだからね~!」

 

『オマエが言うな』

 

「うぅ…みんな酷い……とにかく!当初予定通り!指示が出るまでその通りやるの!」

 

 

 一斉にお約束な突っ込みを入れられたラブは、ぷうっと頬を膨らませると声を大きくしてメンバー達の突っ込みに反抗する様に指示を出した。

 それでも全員『あ~ハイハイ』状態で聞いているのでラブは更に頬を膨らませているが、一緒に前列シートに収まっている普段滅多な事では表情を見せない愛の口元に、今は珍しくほんの少し楽しげな笑みが浮かんでいる。

 まるで遠足に向かうバスの様な騒がしさを辺りに振り撒きながら、美少女満載のFAMOが目的地の大洗海浜公園の駐車場に辿り着くと、既に5両のⅢ号J型戦車は整備班による点検も終え整然と並んでAP-Girlsの少女達が乗り込んで来るのを今や遅しと待ち構えている。

 一方大洗の方も試合開始待機地点である大洗海岸の町営駐車場に到着し、各チームそれぞれの戦車に搭乗して試合開始に備えていた。

 あんこうのコマンダーキューポラに収まったみほが周囲に視線を走らせると、丁度正面両側には全国大会優勝記念エキシビジョンマッチの際に、プラウダのKVたんに大穴を開けられた2軒のホテルが建っており、それからまださほど時間は経過していないのにその後の波乱の日々を考えると、何処か感慨深いものを感じてしまうのだがこれから対戦する相手はある意味では、いや確実にあの島田愛里寿以上の怪物、飛ぶ鳥落とす勢いのアイドルにして厳島流家元のラブであり、みほは頭を振って感傷的な思考を頭から追い出し目の前の戦いに集中する様意識すると、咽頭マイクを押さえあんこうの両翼に並ぶ僚車に向かい無線をオープンにした。

 

 

「各車作業をしながらで構いませんから聞いて下さい。もう間も無く戦闘開始になりますが、まず今日は本人がそう宣言しているので最初にLove Gun及びAP-Girlsからのノックは無いので安心して下さい。ただこれは油断しろと言っている訳ではありません、相手のラブお姉…厳島恋はハッキリ言って怪物です。それは笠女学園艦滞在時と先日の聖グロ戦の映像を見て皆さんも解っている事と思います。それでも敢えて言わせて貰います、絶対に油断をしない様にと。彼女は何処からでも仕掛けて来ます。常に周囲を警戒し連絡を密に少しでもおかしいと感じたら即報告し、冷静に対処する事を心掛けて戦いましょう」

 

 

 みほは無線をカットするとふぅっとひとつ息を吐き、あんこうメンバーの視線に気付きコマンダーキューポラから車内に戻った。

 

 

「みほさん、いくらなんでも怪物は言い過ぎな気が致しますわ……」

 

 

 華はみほのラブに対する表現にみほらしくないものを感じ、窘める訳ではないがついそんな事を口にしてしまうのだった。

 しかしその実華自身も砲手としてあの超長距離からの砲撃には惹かれるものがあり、実際何度か挑戦してみたものの、凡そ簡単に真似出来ない尋常ならざる技である事も理解はしている。

 だがそれでも今のもの言いはみほらしさに欠ける気がして敢えて口にしたのであった。

 

 

「うん、ごめんね華さん…それでもやっぱりそれ位言っておかないとラブお姉ちゃんは駄目な相手なんだ……3年ぶりに見たラブお姉ちゃんの実戦は、もう昔のそれじゃなかったんだよ。笠女学園艦で見せた戦いぶりは、あれでもまだラブお姉ちゃんにとっては遊びの粋を出ていなかったんだ…それ位に聖グロ戦で見たラブお姉ちゃんは衝撃的だったんだよ。正直今回は私もどう戦ったらいいか見当も付かない、あれは私の…私達西住流が知っている厳島流とは別次元に達していたから」

 

「西住殿……」

 

「大丈夫だよ優花里さん、例えそうであっても戦いたい相手である事には変わりはないから」

 

 

 みほが慎重さは求めても、臆病になる事を求めていないのは皆理解出来るので、みほの腹が決まっているのであればそれに従うのみでその結束力が揺らぐ事は無い。

 あんこうのメンバー達が頷き合うのを確認したみほは、再びコマンダーキューポラから顔を出すと咽頭マイクを押え、改めて待機する各車に作戦概要を通達する。

 

 

「こちらあんこう、試合開始後囮部隊のあんこう、アヒルさんとウサギさん、カモさんとアリクイさんは市街地に突入して索敵行動に入ります。但し相手は単騎駆けが得意な厳島流なので、遭遇時は連絡の上即時撤退する様に、くれぐれをもこちらから仕掛ける事の無いように注意する事。敵フラッグ車発見後はあんこうが囮となってゴルフ場1番ホール奥にレオポン、カバさんにカメさんで構築した待ち伏せ部隊の前に敵フラッグ車を引き摺り込みます。囮部隊の突入ポイントはゴルフ場の管理事務所側からとします」

 

『それなんだけど西住ちゃ~ん、カメとアリクイのポジション入れ替えられないかな~?』

 

 

 作戦概要の通達を終えると、杏が無線でポジションチェンジの打診をして来た。

 

 

「会長さん、それは何故でしょう?」

 

『ホラ、ヘッツァーの方が脚が早いし小回りも利くから索敵には向いてるっしょ?』

 

『ぼ、ぼく達もそうして貰った方が助かるかにゃ?』

 

 

 杏の提案にねこにゃーも賛同の声を上げる。

 

 

「…了解しました、それではカメさんとアリクイさんのポジションを入れ替えて作戦を実行します」

 

 

 杏の真意は測りかねるが杏の言う事も尤もだと思いみほもそれを了承した。

 

 

「会長…?」

 

「まあいいじゃない…厳島ちゃんとの約束もあるしね……」

 

 

 杏の突然の申し出に困惑の声を上げる桃を制する様にそう言ったが、後半は消え入る様に言ったので柚子と桃の二人には聞こえていない。

 

 

「さてと…か~しま~、ポジション変われ~」

 

「えぇ!?」

 

 

 試合開始前から砲手席に収まろうとする杏に桃は仰天するが、柚子の方は何かを察している様だ。

 そして杏とのやり取りを終えたみほの頬を海から吹いて来た風が心地良く撫でた時、遂に試合開始を告げる信号弾の破裂音が辺り一帯に響き渡りその時が来た。

 

 

「皆さん慎重かつ冷静に、相手に飲まれる事無く踊らされない様に私達のやり方を忘れずに戦いましょう。それでは皆さんの幸運と健闘を祈ります……パンツァー・フォー!」

 

 

 みほの号令と共に大洗チームが町営駐車場を進発し、港中央公園でモニター観戦する者達からも拍手と歓声が沸き起こり、その雰囲気は俄然盛り上がって行く。

 駐車場を出た大洗チームは二手に分かれ囮部隊は市街地へ、待ち伏せ部隊はゴルフ場クラブハウスに向かってそれぞれ履帯を軋ませ走って行く。

 敬礼をしながらゴルフ場に向かう待ち伏せ部隊に答礼を返しつつその後ろ姿を見送る。

 

 

「厳島殿はやはり単騎駆けで市街地の遭遇戦狙いでありましょうか?」

 

「うん、ノックをしてこない以上それが基本戦術になるとは思うんだけど…狭い路地を高速で走り回って相手を翻弄するのはラブお姉ちゃん得意中の得意だから」

 

「それに付き合ってこちらも分散するのはリスクが高いですよね」

 

「そうだね、AP-Girlsはこれまでの情報だけでも個々の戦闘能力が物凄く高いのが解ってる。でもそれ位しないとラブお姉ちゃんを釣り上げる事は出来ないから」

 

「こちらとしては、如何にして想定しているポイントの待ち伏せ組の高火力の前にAP-Girlsを引き摺り出せるかどうかに掛かっていますね」

 

「うん、その為にもこちらはあまり突出せず早めに会敵したいけど、こればかりは相手の動き次第だからどうにも出来ないね」

 

 

 みほと優花里がこの先の作戦展開を真剣な顔で話し合う中、激戦必至のラブとの一戦は今ここに不気味なほど静かに幕を開けたばかりだ。

 

 

 




連休中にある程度目途を付けようと思ったけど、
戦闘シーンの書き直しばかりやってます…。

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