『おかしい!どう考えても二人の態度はおかしいわ!』
就寝前のラブとノンナの様子に何か不自然なものを感じたカチューシャは寝たフリをしてノンナをやり過ごした後、ベッドの中で募らせた不信感に独り悶々と思考を巡らせているのだった。
今日は一日ラブ達と過し、お昼寝を一切していないのに眠くなる処か頭は冴える一方だ。
『これはやっぱり確かめるしかないわね!』
意を決したカチューシャは自分以外誰もいない部屋なのに、何となく用心してベッドを抜け出すとそっと扉を開け薄暗い廊下の様子を窺った。
いつもなら何も感じる事は無いのに、今日に限ってはその廊下の暗さがやけに不気味に感じられ、カチューシャは一つ息を飲んだ後に自室からその薄闇の中に一歩を踏み出した。
「こちらが例の物よ、滞在中専用に設けたカメラで押えた動画と静止画、その全てがこのメディアに納まっているわ。確認する?」
「ええ、それは是非」
カチューシャを寝かしつけた後に隊長室に戻ったノンナの元に、こちらも用意された部屋で休んだはずのラブが訪れ、何故かそこに同席しているクラーラも交え互いに
ノンナの要望に応えラブは持ち込んだノートPCを立ち上げメディアを接続すると、ファイルを開きまずは中に入っている静止画像をスライドショーで再生させる。
「これは実に素晴らしい♪」
「ええ、同感です」
再生される画像を見ながらノンナにしては珍しくその顔に歓喜の感情を露わにし、よく見れば頬も薄っすら上気しており興奮の程が伺える。
隣に座るクラーラも同様で、ラブはさもありなんと云った風情で満足げに頷いていた。
「
「それは結構、それでは今度はそちらの物を見せて頂ける?」
「ええ、こちらがそうよ。あなたが不在だった3年の間の全記録がここにあります」
「見せて頂いて宜しいかしら?」
「勿論よ、データ化した物の写しなのでお持ちになって結構よ」
「ありがとう、では早速拝見するわ……これは素晴らしい!胸がキュンキュンするわ♪」
「ええ、そうでしょうとも」
「私もこちらに来て日は浅いものの、
「
「ええ本当にその通りだわ!」
「お褒めに預かり光栄です」
それぞれがお互いに持ち寄った物を見せ合い異様な盛り上がりを見せる頃、カチューシャが足音を忍ばせ隊長室に近付きつつあった。
「やっぱり…隊長室の灯りが付いてるわ……」
扉の下側から洩れる灯りを確認したカチューシャはいよいよ不信感の度合いを深め、更に慎重な足取りで自分が主であるはずの隊長室にそっと接近して行く。
そして扉の前に立つと中から声が漏れ聞こえて来るが、会話の内容までは分からずカチューシャはより慎重に耳を扉に押し付けてみるのだった。
「──それでは動画の方も見ましょうか。でもせっかくだから大きな画面で見たいわね」
「それならばこちらの作戦会議で使うモニターに繋いで観賞しましょう」
「では私が接続作業は私が致しましょう」
「ええ、お願いするわ
『ラブとノンナ…それにクラーラまで一緒ってどういう事!?動画観賞って何よ?』
頭の中が疑問符だらけになったカチューシャは何とか中の様子を窺おうと体勢を変え、その扉の古風な鍵穴から部屋の中を覗くと、どうにか視界を確保する事が出来た。
鍵穴から見える範囲には丁度モニターも見えており、クラーラが接続を終えラブが何やら操作しており暫くするとモニターに動画が流れ始める。
『な…ナニよコレっ!全部私しか写ってないじゃない!?コレって…コレって全部笠女学園艦に滞在した時の映像?い、何時の間にこんなもの撮ってたのよ!?』
鍵穴から見えるモニターに映るのはペイント弾戦で凛々しく指揮を執るカチューシャ、口の周りをベタベタにして学園艦カレーを頬張るカチューシャ、AP-Girlsのライブで拳を振り上げ盛り上がるカチューシャなど、どれも撮られた覚えの無い映像ばかりのカチューシャオンリーの動画であった。
「素晴らしい、全くもって素晴らしいわ
『同志ラブ!?』
「お褒めに預かり光栄だわ
『日記!?今日記って言ったわよね!?前に問い質した時はただの手帳だとか言って誤魔化されたけど、やっぱり私の事を日記に付けてたんじゃない!』
「それ程でも、でもそう言って頂けて嬉しいわ…処で、興奮したせいか喉が渇きましたね、あなたはどうかしら同志ラブ?」
ノンナの目配せにラブも一つ頷き同意する。
「ええそうね、この渇きを潤すお茶が欲しい処だわ。あなたもそうよね?同志クラーラ」
ノンナとラブの視線を受けたクラーラも微笑で同意すると立ち上がる。
「それでは私がお茶を入れさせて頂きますわ」
鍵穴の視界の中からお茶を入れる為立ち上がったクラーラが消えた後も、ラブとノンナは尚も会話を続けているのだが鍵穴を覗いたままだと所々会話が聞き取り難く、カチューシャが再び扉に耳を押し付けたまさにその瞬間、お茶を入れているはずのクラーラの手により扉が開かれ扉に体重を掛けていたカチューシャはそのまま隊長室に転がり込んでしまった。
「アイタタタ……」
「あらあら?随分と可愛らしいネズミさんが飛び込んで来たわねぇ♪」
「ハッ!しまっ……って誰が可愛らしいネズミですって!?」
「こんな時間にこんな場所でどうされたのですかカチューシャ様?あまり夜更かしをされると明日の予定に響きますよ?」
「く、クラーラ!?」
「本当に…そんな事では良い隊長さんになれませんよ?」
「の、ノンナまで……あ、アナタ達こそ一体何をやってたのよ!?」
気が付けば扉は既に閉められ尻もちを付いていたカチューシャが顔を上げると、いつの間にか三人の同志がカチューシャを取り囲むように直ぐ目の前に立っていた。
「何を言っているのかよく解らないわ、ねえ?
「ええそうね
「いえ、私にも解りかねますわ
「ふ…ふふふ、ふざけるんじゃないわよ!さ、さっきの写真と動画!それに…それにノンナ!アナタやっぱり私の事を日記に付けてたのね!」
とぼけた会話を続ける三人に向ってカチューシャはそう突き付けたが、歯の根が合わず噛みまくりで全く迫力には欠けている。
だがその突き付けた内容は三人の表情を変えるには充分であり、それを聞いた瞬間三人の目がスッと細くなり瞳の光は凍り付いた色となった。
「困りましたね…さてどう致しましょう?」
「ホント困ったわね~」
「確かに困りますね……」
「あ……?」
床に座り込んだまま見上げた三人の瞳を見たカチューシャはその瞳の危険な光に凍り付いた。
「これアカンやつや…完全に目が逝ってる……」
カチューシャの瞳に絶望の色が浮かんだその時、スッとラブがカチューシャの前に膝を突き手を差し伸べ優しい声で語り掛ける。
「さあカチューシャ、そんな所に座り込んでいたら体が冷えるからこっちにいらっしゃい」
ハートを鷲掴みにするラブの優しいハスキーボイス、普通ならばそれだけで心が蕩けてしまう場面かもしれないが、今のカチューシャにとってはそれは恐ろしい悪魔の囁きにしか聞こえなかった。
「ひぃ!」
ラブの優しい声に続き短い悲鳴を上げたその直後、カチューシャはピクッと小さく跳ねたと思うとそのままカクッと糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。
「あら?どうしたのカチューシャ?」
「どうやら
「今日はお昼寝をしていないから無理もありません」
三人はそう言って笑みを交わしノンナがカチューシャを優しく抱き上げると、そのままカチューシャの部屋まで連れて行き宝物扱う様にそっとベッドに寝かせた。
『尊いわ…なんと尊い寝顔なのでしょう♡』
カチューシャの寝顔にムラムラしてしまった三人は存分にその寝顔を撮影した後、カチューシャの頬や額にお休みの口付けをして音も立てずに退室して行く。
『お休みなさい
どう考えても悪夢しか見られそうにないまるで呪詛のような言葉を残し、三人の魔女は闇の中に音も無く静かに消えて行った。
ラブが部屋に戻ると当然の如く同室の愛が、独りノートPCを開き何やらあれこれ検索していた。
「ただいま~♪アレ?愛、何見てるのよ~?」
「明日の試合会場の八甲田育成牧場周辺の情報確認……」
「本当に試合出来るかしら…?それ以前に学園艦が入港出来ないと、そっちの方がヤバいわよ」
「少し波高は下がったみたいだけどまだ入港許可は下りてないわ」
「困ったわね…でも今はもう明日の為に出来る事はもう寝る以外ないか……」
愛もラブがそう言うとノートPCの電源を落とし、ラブが制服を脱ぐのを手伝い始める。
「ふう、それにしても実に有意義な時間だったわ♪」
ラブの奇行はいつもの事で慣れっこの愛だが、今日も今まで何をやって来たかの察しは大体付いているのか、いつも通りの無表情ながら制服を脱がせるその顔には『馬鹿に付ける薬はない』とでも書いてあるように見えるが、ご機嫌なラブがそれに気付く事は無さそうだ。
部屋はセントラルヒーティングで充分に暖かい事もあり例によって一糸纏わぬ姿なのだが、笠女の寮と違いベッドはシングルなのに、ラブが無理矢理愛のベッドに潜り込みギュウギュウな状態で更に抱き締めて来るので、愛は非常に迷惑そうな顔をしているがラブは一向にお構い無し処かとても満足そうな表情でさっさと寝入ってしまっていた。
かくして波乱だらけの青森一日目の夜はこうして更けて行くのであった。
「お~い!カチューシャ起きろ~!」
明けて翌朝の6時少し回った頃、12月ともなると青森の日の出は7時頃となり辺りはまだ薄暗い。
「う…ん……何よ…煩いわねぇ……」
自室の扉をドンドンと叩く音と大声で、微睡みの中から無理矢理現実世界に引き戻されたカチューシャは、眉間に皺を寄せながら煩そうに毛布を頭まで被ってしまう。
「起きて!起きてってば!も~!入るわよ!」
けたたましく扉を開き突入して来たラブは、大声でカチューシャの名を呼びながら頭まで被っていた毛布を遠慮無く引っ剥がした。
「な、ナニすんのよ!?ってラブ?……あ、アレは一体何なのよ!アンタよくもあんな動画勝手に撮って…ノンナ!?アナタもやっぱり私の事日記に書いてたんじゃない!」
「動画…?日記?ねえカチューシャさっきから一体何言ってんのよ?まだ寝惚けてんの?変な夢でも見てたんじゃない?」
たたき起こされ目の前に居るラブとその背後に佇むノンナを見止めたカチューシャは、意識が覚醒すると昨夜の事を問い質すべく声を荒げたが、キョトンとしたラブの表情と自分がベッドで寝ていた事に気が付くと酷く困惑した表情になった。
「ねえカチューシャ、ホント大丈夫?」
心配げな表情になったラブに昨夜の出来事が果たして現実だったのか自信が無くなったカチューシャは、ベッドの上で腕を組み難しい表情で考え込んでしまう。
「カチューシャ?」
「な、何でもないわ!それより何よ?人の事いきなり叩き起こして!?」
「そう!それよ!笠女の学園艦入港してるわよ!」
「え?ホントに!?」
「うん!夜中の3時頃に波が落ち着いて緊急入港したんだって!」
「それじゃあ!」
「ええ、外を見てご覧なさいよ。雪も粉雪が舞う程度でこれなら試合も出来るわ♪」
カチューシャがベッドから飛び降り窓を覆うカーテンを開けると、確かに強風も収まり舞い落ちる雪もフワフワと粉雪が漂うように降っているだけであった。
「念の為連盟に問い合わせた処、現在試合会場の確認を行っていますがこの様子ならまず試合は行えるであろうとの事です」
ラブの話を補足する形でノンナが説明すると、カチューシャは既にやる気になっているらしくどうやら昨夜の事は頭の中から抜け落ちてきれいさっぱり忘れてしまったようだ。
腕をブンブン振り回しやる気をアピールするカチューシャだが、その背後で微笑むラブとノンナの口元には、少々意味合いの違う笑みが浮かんでいる事に気付いてはいなかった。
しかしそうと決まればラブ達も落ち着いてはいられず、朝食前に先行して戦車を送り出す事になった為その準備で両校の生徒は格納庫を飛び回っていた。
今回は雪道に慣れているプラウダの輸送車で現地まで輸送する事になっており、その前に食料などの積み込みや点検などでちょっとした戦争状態になっている。
「ラブ!
カチューシャとノンナが台車で持って来たのは大量の使い捨てカイロと毛布だった。
「え、こんなに?いいの?」
「持っていて損はないわ!積めるだけ積んで行きなさい!あと食料は大丈夫?足りない物があったら言いなさいよ、直ぐにウチで用意させるわ!」
「ありがとうカチューシャ、もうこれで大丈夫だと思うわ。それにしても今回は戦車の輸送までして貰って本当に助かるわ」
「それを言ったら私達が会場に向かう時には、そっちでヘリを出してくれるんだから言いっこなしよ。今回は観戦エリアと試合会場の距離があるから、ヘリが飛べれば大助かりね」
「昨日のコンディションだとさすがにヤバいけどね~。一応ウチのスーパースタリオンはカスタムで全天候能力はかなり強化してあるから今日位なら問題ないわ」
「それは頼もしいわね。さあ、準備が済んだら後の事は整備班に任せて私達は朝ごはんにしましょ。腹が減っては戦は出来ぬって言うじゃない、しっかり食べて試合に臨むのよ!」
朝食と全ての準備を済ませると両校の選手達は、青森港に隣接する観戦エリアである青い海公園までは近い事もあり徒歩でゾロゾロと移動して行く。
幸いな事に降雪は更に弱まっており、これなら試合にもさして影響はなさそうである。
観戦エリアとなる青い海公園には青森県観光物産館アスパムもあるが、今日はプラウダの試合に合わせ1時間早く営業を開始したらしく既に観戦に訪れた客達の出入りが始まっている。
「うひゃ~、大洗も寒いけどさぁ、こりゃあその比じゃあないねぇ」
制服の上から淡いピンク色のダウンのベンチコートを羽織りミトンタイプの手袋をし、耳には白ウサギみたいにもふもふなイヤーマフをした大洗女子学園の生徒会長は、ほわっと吐き出した息が真白くなるのを見てそんな事を言う。
青い海公園の設けられた特設スタンドには、ラブ対カチューシャの戦いを観戦すべくいつもの顔がズラリと並んでいるが、今回はその中に大洗戦後すっかりラブと仲良くなった角谷杏の姿もあった。
「私達が全国大会でプラウダと戦った時より更に寒いみたいですね」
杏の隣に座るみほがそれに頷き同意しているが、他のいつもの面々は何故ここに角谷がという疑問をあからさまにその顔に浮かべている。
だが疑問に思いつつも今日の杏の出で立ちが、制服の上に重ね着しているだけとはいえ私服姿であり、制服とパンツァージャケット姿しか見た事のない者達の目にはとても新鮮に写っていた。
「角谷さんがいらっしゃるなんて珍しいわね、どういう風の吹き回しかしら?」
真っ先にダージリンが杏に声を掛けたが、その目には淑女らしからぬ好奇の色が浮かんでおり、今日のダージリンはそれを隠そうともしておらず、無遠慮に杏の様子を頭のてっぺんからつま先までじっくりと観察するように見つめていた。
「きしし♪まあちょっとねぇ」
杏も杏でいつもと変わらぬ人を食った笑いでダージリンの探りを軽く受け流す。
ダージリンもまたその返しに軽く笑い、取り敢えずはジャブで様子見といった処なのだろう。
『いつもとは随分雰囲気が違う気がするけど服装だけが理由ではないわね……』
ダージリンが杏の様子を観察している処に、例によって外貨獲得の為に出店の展開の指揮を執っていたアンチョビが戻って来た。
「あれ?なんで角谷がいるんだ?」
「いよ~チョビ子♪」
「だからチョビ子と呼ぶな!…ん?あれ?おい角谷、オマエ今日はひょっとして化粧してるのか?」
「まあちょっとねぇ♪」
目を丸くするアンチョビを余所に再び杏は受け流す様に笑う。
しかしそのやり取りまで杏の微妙な変化の理由に気が付かなかったダージリンも合点がいったのだが、実際杏の化粧はそれ位ナチュラルでそうと言われなければ解らない程度に抑えたものだが、それでもパッと見の雰囲気を極自然に変える位にはしているようだ。
ここに至って他の者もチラチラと杏の様子を改めて窺い見ると、成る程確かに言われないと解らないが薄っすらと施された化粧により、杏のロリフェイスがいつも以上に可愛く見えていた。
『角谷ってこんなに可愛かったのか……』
再認識させられた杏の可愛さに一同のうちなるケダモノがムラムラし始めた頃、丁度試合前の両校挨拶の為に観戦エリアにAP-Girlsとプラウダの選手達が現れ、その一団に在って一際目立つ存在であるラブは、登場すると同時に会場全体の視線を一気に集めてしまう。
「やっぱり一際目立つねぇ…でもあれだけ綺麗な
杏がスタンド上から現れたラブを見つめていると、ラブもまた目敏くスタンドの一団に紛れる杏を見つけ、来る事を知らされていなかったのかその目を大きく見開き驚いている。
「ほい、ちょっとゴメン通してもらうよ~」
座っているスタンドの人並みの間をすり抜けた杏は、軽い足取りでスタンドを降りて行くと、その勢いのままラブの元に駆け寄って行く。
「え~?杏が来てるとは思わなかったよ~♪」
「にひひ♪ラブを驚かせようと思ってさ」
「うん、驚いたよ~!でも応援に来てくれたの?嬉しいよ~♪」
「あまり無理はしないでおくれよね」
「うん、でも頑張るよ~♪それじゃあ行くからね!」
「が~んばれよ~♪」
他の者はそっちのけで盛り上がり親密さを見せ付けるラブと杏。
その意外過ぎる組み合わせに、置き去りにされた皆の胸中も様々だ。
『えぇ?杏?ラブ?何時の間にそんな関係に?』
『なんだろう?この胸のドキドキは?』
『この組み合わせって合法なのか非合法なのか……』
『Why?アンジ―どういう事よ!?』
『フム、ケイのヤツはやはりそういう事か…でなけりゃ廃校騒動であそこまで手を貸したりしないよなぁ……これは中々のネタが手に入ったかもしれんぞ~♪』
「あの!ラブお姉ちゃんと会長さんはそういうのじゃないんです!」
悲喜交々、色んな妄想やら何やらが飛び交う中、唯一事情を知るのはみほ達大洗の者だけであり杏から聞かされた経緯をみほが皆に説明すると、ラブの友人関係に関しては仲間内では周知の事実であるので、話を聞いた瞬間全員が自分達の邪な妄想に思わずシュンとなってしまい、説明したみほもさすがに対応に困った。
「あれ、どうしたの西住ちゃん?何かみんな様子が変だけど……」
戻って来た杏は全員が瞳をうるうるさせて自分を見つめて来るのを不気味に感じつつ、引き気味にみほに聞いてはみたものの、そのみほも返答に困ったらしく答えは酷く曖昧なものだった。
そんな外野の騒ぎを余所に審判団と合流したラブ達は、正式に試合を行なう事が可能であるとの通達を受け、それに先立ち全員参加の試合前ブリーフィングに入っていた。
「──以上が基本的な注意事項ですがこれはいつもの事で皆よく理解してますよね?」
『ハイ!』
「宜しい、では次はコレね……」
審判長を務める亜美はほぼ毎回行なう注意事項の説明の後、8インチ程のタブレットを胸の前に掲げるとそれが何に使われる物かの説明を始めるのであった。
「このタブレットが今回から試験的に導入されるGPSシステムの情報端末となります。これはあくまでも緊急時のみに使用が許される、試合参加全車両の位置が表示される情報端末です。使わなければそれに越した事はありませんが、万が一の事態が発生した場合にはこのタブレットで互いの位置の確認や誘導、救助の為の重要な位置情報が得られます。それ故にこのタブレットを試合で索敵の為に使用する事はこれを固く禁じます。念の為各車搭載前に専用ケースに入れ封緘されていますので、緊急事態以外でこれを破った場合は試合で使用したと判断され失格処分が下されるので、取り扱いには充分に注意して下さいね。尤も電源を入れた段階で情報が発信されるから、非常事態発生と見做されて試合の中断もしくは中止になると思うけどね」
以前からテストはされていたと噂はあったが、今回は厳冬の八甲田での試合という事で連盟としても丁度良い機会と判断したらしく実戦でのテストを兼ねた導入に踏み切ったようである。
「確かにコレの出番がないに越した事はないけどねぇ……」
亜美の掲げるタブレットを前に、どちらかというとあまり嬉しそうには見えない表情でラブがそう言うのは、やはり非常事態前提で考えられたシロモノであり自分達がその実験台にされる事への抵抗感からではあるのだが、その一方安全性の向上という面ではラブ自身過去の事故の事があるし、カチューシャもまたみほが黒森峰を去る切っ掛けとなる事故の当事者の一人である為、二人共部隊の安全な運用と試合の進行を求められる指揮官として協力は惜しまないつもりであった。
「そうね、まずは何事もなく試合が進行する事が大前提ね」
亜美もまたラブとカチューシャ心情は解るので、二人の渋い顔に苦笑いしつつも試合前の全体ブリーフィングの締めに掛かるのであった。
「交戦エリアの中心となる八甲田育成牧場周辺には、早朝から圧雪車を投入してある程度の地均しはしてあるわ。でもそれ以外の場所は気を付けてね、うっかり埋もれると掘り出すの大変よ」
最後は少し笑いも入れつつ注意喚起を行った亜美は全員に向け敬礼をすると、ブリーフィングの為に借りていたアスパム内のイベントスペースを後にした。
この後は両校挨拶が済めば、港に突き出た広い桟橋で待機する笠女所有の6機のスーパースタリオンで先行させた戦車の待つ八甲田育成牧場を中心とした交戦エリアに空路で移動、双方がそれぞれの待機ポイントで準備完了後にいよいよ試合開始となる手筈だ。
「なんかもう昨日のあの荒れ模様が嘘みたいな変わりようねぇ……」
そう言いながらラブが見上げた空は、雪もほぼ止んで確かに前日悪天候が嘘のように穏やかな状況になりつつあった。
「昨日のアレが異常だったのよ、でも近年ああいう荒れ方が増えてるのも事実ね」
観戦エリアでの両校挨拶に向かう道すがらカチューシャもそれに答えたが、ホームでラブを迎えての試合が無事開催出来る事への安堵感が大きい事がその表情からも垣間見える。
「まあとにかくやるからには全力でやらせてもらうわ!そのつもりでかかってらっしゃい!」
「うふふ♪そうね、私も色々試したいしそうさせてもらうわ~」
気分を変えるよう挑発的にカチューシャがラブに言い放つと、ラブもまた意味有り気な妖艶な笑みを浮かべ何やら含みのある言い方でそれに返し、カチューシャは藪を突いて蛇を出した心境になり背中を伝う冷たいものに思わず顔をしかめてしまった。
今回もAP-Girlsを率いるラブの要望によりプラウダ側が全国大会決勝仕様のフルオーダーの超ハンデ戦であり、普通に考えればその大き過ぎる戦力差に不安を覚える者はそういないはずだ。
だが相手がラブとなるとその常識が一切通用しない事はカチューシャも解っており、聖グロと大洗戦で見せた中学時代の記憶の遥かに上を行くバケモノぶりを考えると、この戦力でも不安を覚えカチューシャにしてもノンナにしてもその事実が恐ろしかった。
「さあ、それでは始めましょうか」
亜美とその背後に控える審判団を挟み対峙する形で居並ぶ両軍の選手達は、その声が上がるのを今や遅しと待ち構えており、両者の間には既に見えない火花が飛び散っているような緊張感が漂う。
「それではこれよりプラウダ高校対三笠女子学園の試合を開始する。両校礼!」
『宜しくお願いします!』
毎度お馴染みの光景の後、両校の選手は拍手の中ヘリに搭乗する為移動を開始する。
ラブとカチューシャとノンナがスタンド前を通り過ぎる時、杏がラブに向かい元気に手を振っており、それを嬉しそうに見たラブは去り際に投げキスでそれに応じると、杏は両の頬に手を当て小首を傾げ嬉しがっており、その可愛い様にラブの笑顔も蕩けそうなものになっていた。
「ラブ…アンタ何時の間に……」
「ん~?」
「ま、まあいいわ…とにかく全力でかかってらっしゃい!ボッコボッコにしてやるんだから!」
「んふふ~♪お手柔らかにね~」
まだ事情を知らないカチューシャとノンナはその二人のやり取りに唖然とするが、試合開始前で時間も無い事からこれに関する『取り調べ』は試合後のお楽しみと決め、搭乗するヘリに向かう脚の運びを速めるのだった。
それから程無くして両校選手を乗せ青森の港の空に舞い上がった6機のヘリが、八甲田に向け飛び去ると観戦エリアにもいよいよかと緊張感が漂い始める。
ラブを見送った後スタンドに座り直した杏もまた、思えば戦車道の試合を観戦するのも誰かを応援するのも初めてであり、緊張感と不安感からか膝の上の手を思わずキュッと握りしめてしまうのだが、その手にみほが落ち着かせるようにそっと自分の手を重ねると、優しくその目を覗き込みながら声を掛けた。
「会長さん大丈夫です、ラブお姉ちゃんはとても強い人ですから」
「ウム、カチューシャにしてもノンナにしてもお互いをよく解ってるからな……それとな角谷、その何というかみほから聞いたのだがラブとの事…その、上手く言えんのだがありがとう……」
みほに続きまほも杏に声を掛けたのだが、後に続く言葉はまほらしく不器用なものであった。
それでも気持ちは伝わったらしく、杏も少し下がり眉毛になりながらも微笑でそれに応える。
何とはなしに落ち着き和やかな空気がその場に漂い始めた頃、交戦エリアの様子を中継する観戦者向けの大型スクリーンの中は俄かに慌しい空気になり、それで両校の選手を乗せたヘリが現地に到着した事が観戦者達にも解り観戦エリアの空気も一気に張り詰めたものになって行く。
厳冬の青森、雪深き八甲田に熱い風が吹き荒れるまで後もう少しだ。
会長にはこのまま可愛い路線を突っ走って貰いましょうかねぇ?
しれっとチョビ子もなんか言ってるし♪
それにしても大暴風雪の八甲田とか絵に描いた様に危険ですね…。