ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

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今回も取り敢えず会長さんが可愛いです♡
その反面ダー様は安定のネタキャラで♪


第二十八話   修羅の雪姫

「こちらに搬送後は何度かエンジンに火を入れ冷え過ぎない様にしておきました。その分燃料は補給しておきましたので問題はないと思います」

 

「何から何までありがとう、もう何とお礼を言ったらいいのか解らないわ」

 

「いえ、私達もこんなに完成度の高い戦車を扱ったのは初めてで勉強になりました」

 

 

 八甲田育成牧場のAP-Girlsスタート地点まで彼女達のⅢ号J型の搬送を担当してくれたプラウダの整備班の隊員達は、にこやかにそう告げながら試合開始に備え交戦エリアから立ち去って行った。

 既にカチューシャ達も準備を整え待機しているはずで、後はもう試合開始を告げる信号弾の打ち上げを待つのみである。

 

 

「ほ~んと一面真っ白ねぇ…これは早めにスポーツグラス掛けておかないと目がおかしくなりそう。それに雪焼け対策のファンデも正解だったわね、さすがメイク班はよく解ってるわ」

 

 

 見渡す限りの銀世界に感動半分呆れ半分といった感じのラブは、コートの内ポケットからミラーコートのスポーツグラスを取り出し早々に掛けるとその見え具合を試し始めた。

 戦車道の選手であると同時にアイドルでもあるラブ達にとって、日焼けなどは一番気を付けなければいけない事であり、今回の場合は雪焼けとサングラス着用による逆パンダ焼けだけは絶対避けなければならず、その為のメイクを出発前メイク班により入念に施されていた。

 

 

「試合はともかくさぁ、その後のミニライブが出来るかどうかの方が私は心配なんだけど」

 

 

 ブラックハーツ車長の鈴鹿が言う事は他のAP-Girlsのメンバーも抱いている不安であり、それに対してAP-Girls初の雪上戦への不安な様子は見受けられず、これは最初からその不安が無いのか或いはあっても口にする程の脅威度を感じていないのか、いずれにしても前述したライブが出来ない事態になった場合の方を重要視しているのはその表情からも明らかだ。

 

 

「いやさぁ…気持ちは解るんだけどね、もうちょっとこう何ていうの?初の雪上戦に対する不安感とかそういうのはない訳?」

 

 

 困ったような呆れたような顔をしたラブがぼやき口調で言うが、逆に鈴鹿が完全に呆れた口調でラブに対し突っ込みを入れ始める。

 

 

「あのさぁ、たった5両のⅢ号J型で天敵しかいないプラウダ相手にどうしろってのよ?こんな最初から無理ゲーなのが解ってるのにそれでもどうにかしろってなら、大洗戦同様のアレを最初っからリミット無しでカマすぐらいしか思い付かないけどそれでいいワケ?」

 

「いや、たて続けにアレやるとさすがに整備の子達も怒るからさ……」

 

 

 あまり宜しくない目付きで辛辣な事を言う鈴鹿を宥めるような口調でラブがそう言ったが、鈴鹿の方はめんどくさそうに鼻を鳴らすとラブ同様にスポーツグラスを掛けそっぽを向いてしまう。

 こうして見ると個性的且つ我が強い美少女集団のAP-Girlsを御するのは、例えラブでも苦労が多くそれなりに大変そうだが、メンバー達から見ればラブもまた同様でお互い様なようにも見える。

 そんな感じで待機するAP-Girlsとは対照的にプラウダ側の待機エリアでは、カチューシャが隊員達相手にこれからラブと戦うに当りその心構えを厳しく訓示していた。

 

 

「い~い?何があってもラブの挑発や陽動に乗ってはダメよ!そうと気付かれないうちに相手をドツボに嵌めるのはラブの得意技なんだから注意なさい!もしまんまとラブの術中にハマるなんて不始末やらかしたらシベリア鉄道で強制労働25ルーブルよ!」

 

「母港の大湊駅で早朝の清掃奉仕25日ですね」

 

 

 定番であるノンナのフォローも入りつつカチューシャの訓示は続き、その内容からは如何にカチューシャとノンナがラブを恐れているかが伝わるものの、その一方では二人の表情は実に嬉しげでありこの一戦をどれ程待ち望んでいたかも窺えるのであった。

 それぞれの思惑を余所に時間は進み、打ち上げられた信号弾の炸裂音が試合開始を告げる。

 

 

「とにかく!決してラブに踊らされる事の無いよう頼れる同志と共にプラウダらしく戦いなさい!」

 

「Ураааааааа!!」

 

 

 気合充分ノンナの歌うКатюшаと共に重厚な陣形を組み進発するプラウダの戦車隊。

 その一方でラブ達も八甲田の雪原に踏み出すが、やはりたった5両のⅢ号J型のみでは天敵揃いのプラウダ相手では大いに分が悪い。

 だが、にも拘らずAP-Girlsからは悲壮感といったものは一切感じられず、むしろその逆に全員揃ってどこか面白そうにしている雰囲気すら見受けられる。

 ともすればそれは傲慢と取られるかもしれないが、AP-Girls、もっと云えば厳島流相手に数の論理が通用しない事を知っている者の目には、それですら控えめに映るやもしれない。

 

 

「今日はね、仕込みの後は退くタイミングさえ外さなければ何やってもいいからね。各車自分達の試したい事どんどんやってみよう。でも無駄にやられるのはダメよ、何がしかの成果を持ち帰る事が出来ればそれでおっけ~よ。ただこのコンディションだから無理は禁物、いつも以上に引き際には気を付けて。私からは以上よ」

 

 

 AP-Girlsの5両のⅢ号J型が大洗戦の時と同様の極端に間隔の狭い楔形隊形で雪原を突き進む。

 ある程度圧雪してあるとはいえ、この路面状況でその車両間隔は狂気の沙汰といえるのだが、AP-Girlsは全く躊躇する様子もなく平然と隊列を維持し続けていた。

 観戦エリアの大型モニターでそれを見ていた者達の間に、大洗戦の再現かと動揺が奔る。

 しかしその中に在って一番最初にその恐怖の洗礼を受けた杏だけが他の者達と反応が違った。

 

 

「成る程ねぇ、ああしている時のラブは本当に綺麗でカッコいいんだなぁ♪」

 

 

 杏は両の頬を押えながら、モニターの中を深紅のロングヘアーを靡かせ疾走するラブの姿にうっとりとした表情で見入っている。

 確かに一面白銀の世界にラブの深紅の髪が靡く様はとても美しく杏の言う事はよく解るのだが、今日の可愛らしい装いで恋する少女のように、そのロリフェイスとロリボイスでそんな事を言われるとその破壊力はハンパなく全員そちらの方にドキドキしていた。

 

 

『角谷が可愛過ぎて辛い!』

 

 

 試合そっちのけ、全くもって救い難いケダモノの群れであった。

 中でも特にケイが過剰に反応しており、アンチョビが見抜いた通り杏に対して並々ならぬ想いをその胸に抱いているようであり、アンチョビがメモを取る手も休まる事が無い。

 

 

「い、いかんいかん、試合に集中せねば……」

 

 

 ぼけ~っと杏に見入っていた者の中で珍しく辛うじて理性が残っていたまほが、頭を左右にブンブンふった後に意識してモニターに目を向け状況の分析を始める。

 

 

「今回もラブのリクエストとはいえ、遮蔽物もロクにない雪原で一体どう戦うつもりなのか…足元狙いの履帯切りを仕掛けるだろうが、聖グロの時のように跳弾させて腹を撃つとかも無理だしな。さて、ラブは今回どんな手を用意しているのやら……」

 

「そうだみほ!結局あのピンポイント砲撃はレオポンにどの程度のダメージを与えていたんだ?」

 

 

 ネタ帳に何やら書き連ねていたアンチョビだがまほの呟きに頭を切り替えると、前回の大洗戦で見せたピンポイント同時弾着砲撃がレオポンの正面装甲にどれ程の打撃を与えたか聞いて来た。

 これは他の者達にとっても重大な関心事であり、それに対するみほの返答に周りの目と耳が一斉に集中するのだが、みほも果たして言っていいものか逡巡し視線を杏に向けた。

 杏としては廃校騒動で世話になった者達に対し隠し事をするつもりはなく、みほに向け微笑みながらひとつ頷いて見せそれを答えとした。

 

 

「まあ何というか即白旗が揚がらなかったのが不思議な状態でした」

 

 

 いともあっさりと結論を述べるみほと、その答えにギョッとする一同。

 問題児とはいえ100㎜を誇るレオポンことポルシェティーガーの前面装甲を、ラブの編み出した戦法が白旗寸前まで追い込んでいた事実は一同を黙らせるのに充分な破壊力があった。

 

 

「私のブラックプリンスは艦に帰投後、輸送車から降ろした瞬間その衝撃で白旗が揚がったそうですわ……試合内容から言ってもあれは結局私の惨敗というのが正解でしょうね」

 

 

 沈黙を破りダージリンの口から零れた言葉は更なる破壊力を持っていた。

 

 

「そ、それは本当の事なのか……?」

 

「こんな嘘をついて何か得な事があるかしら?」

 

 

 まほの言葉に些かトゲのある声でそう返すダージリン。

 

 

「一撃で倒せずとも、塵も積もればって事か……」

 

 

 みほと一緒に、ついでとばかりに白状したようなダージリンからもたらされたその結果にアンチョビは腕を組み頭の中で情報を反芻するように唸る。

 だが一同がそうしている間にも両軍の間隔は狭まって、もう互いの存在を認識出来て高火力なプラウダには、命中させれば確実に致命弾を与えられる距離に接近していた。

 しかし近付きつつあるAP-Girlsの極端な密集隊形を見たカチューシャの表情は、俄かに険しいものとなり発する声も厳しくなっている。

 

 

「あの密集隊形!いきなりアレをやろうっていうの!?」

 

 

 緊張の度合いが高まるプラウダに対し数で圧倒され、且つアンダースペックであるⅢ号J型しかいないにも関わらず、コマンダーキューポラからその身を晒すAP-Girlsの各車の車長は、ミラーコートのスポーツグラスでその目は見えないが、口元には余裕の笑みを張り付け前進を続けている。

 この段階で既にプラウダ側は精神面でAP-Girlsに飲まれつつあり、それはノンナの部隊に対する圧力を以ってしても抑える事が出来ず、ノンナも不本意ながら交戦エリア内におけるラブの精神的な支配力の高さを認めざるをえなかった。

 だがノンナ達がその高いプレッシャーに抗おうとする中、やはりラブは皆の予想の遥か斜め上を行くふざけているとしか思えない行動に出る。

 ラブが車内から例の校名入り拡声器を取り出し構えると共に、車載スピーカーから大音響で高らかに鳴り響く突撃らっぱの音色。

 しかしその鳴り響く旋律はいつもの騎兵隊のそれではなく旧帝国陸軍の突撃らっぱであり、それに続くラブの叫びもまた明らかに知波単の隊長絹代のモノマネだ。

 

 

「吶喊!」

 

 

 ラブの叫びと共に増速したAP-GirlsのⅢ号J型は、あっと言う間にプラウダの隊列に接近するとその間に飛び込み好き勝手に暴れ始めた。

 

 

「な!?ふざけたマネを!」

 

 

 解っていながらも早速やられてしまったカチューシャが対応すべく指示を出すが、雪上で大集団となると即応するのも難しく、フレンドリーファイアのリスクが高く迂闊に撃つ事もままならない。

 

 

「早速やられたか……」

 

「ああ、しかし……」

 

 

 まほとアンチョビが言葉を交わす中、向けた視線の先ではこめかみに怒り皺を浮かべたダージリンが、ラブに対して呪詛の様な言葉を吐き出し続けていた。

 

 

「それは一体何ですの?誰の許しを得て…私の……絹代さんのモノマネなど…F●ckinな……」

 

 

 隣に座るアッサムは『あ~もうメンドクセェ』といった顔をしており、他の者達は顔を背け絡まれないよう必死だ。

 

 

「笑うなよ…ゼッタイに笑うなよ……」

 

「い…いや、そうは言うがしかし……」

 

「何かっ!?」

 

『いえ別に……』

 

 

 鋭いダージリンの声と危険な目付きにそう誤魔化すが、皆揃ってお腹のお肉がプルプルしており中々に辛そうな状況に追い込まれているようだ。

 

 

「まあ其れは措いといてさ、あの状況は確かに飛び込んじゃった方が楽だよねぇ」

 

「うん?それはどういう事だ角谷?」

 

 

 こめかみをピク付かせるダージリンは取り敢えず放っておいて、まほは杏に言葉の意味を聞く。

 

 

「ああ、ええと西住…姉……」

 

「ん…西住でいい」

 

「でも妹さんを西住ちゃんって呼んでるしね~」

 

「それならまほと呼んでくれればいい」

 

「う~ん……じゃあ…まほちゃんとか?」

 

『まほちゃん!?』

 

 

 こういう時、このメンツの喰い付きはとても速い。

 まほは手遅れと思いつつ、肩を落としながらも杏に力無くお願いをした。

 

 

「その…まほで頼む……」

 

「そう…?」

 

「それでだな……」

 

「え?ああそうか…まあ経験者は語るってヤツだよ」

 

「経験者?」

 

「まほちゃ…まほも当事者じゃない、忘れたの?全国大会決勝で私が何をやったかを」

 

「あぁ……」

 

 

 あのおちょくり作戦で翻弄された事を言っているのに思い至ったまほは、火力面で大きく劣り絶対数も大幅に足りないラブ達は、大洗とよく似た存在である事に今更ながら再認識させられた。

 尤もみほが奇策を用いるようになった元凶こそ、今目の前のモニターの中で暴れ回っているラブであり、そういう意味ではどちらがオリジナルになるかの判断はまほとしては正直微妙な処だ。

 

 

「実際どうしようもなかったっしょ?」

 

「まあ確かにな…全てに於いてしてやられたというのが正直な処だ」

 

 

 そう語るまほの目の前で、今は着実にプラウダがラブにしてやられつつあった。

 AP-Girlsがプラウダの隊列の間を走り回り時折り砲声も轟くが、それらは全てAP-GirlsのⅢ号J型が放ったものであり、接触しかねない程の近接戦闘で僚車との間隔も狭くプラウダ側は一発も反撃が出来ず、ただ嵐が通り過ぎるのを待つような有様だ。

 しかしそれも潮時というものをよく心得ているラブの仕込みが徹底しているとみえ、暫く好き勝手に暴れていたのが示し合わせたように一斉にいつものピンクスモークを焚き文字通り煙に巻くと、てんでんバラバラにアウトレンジへとトンズラしているのであった。

 

 

「ふう…話には聞いていましたが本当にみほさん以上ですね」

 

 

 やっとAP-Girlsがぶちまけたピンクスモークが晴れ落ち着きを取り戻したプラウダの戦車隊が被害状況を確認する中、観閲式の頃はちょうど本留学の手続きで帰国中だった為、今回がラブとの戦闘が初体験のクラーラはひとつ息を吐いた後その感想を口にした。

 そしてコマンダーキューポラから見下ろす冬季迷彩の車体には、ドギツいピンクの塗料がべったりと付着しておりこれはどうやら聖グロ戦でもラブが使用したペイント弾によるものと思われ、見れば同様のドギツいピンクがカチューシャのT-34/85とノンナのIS-2更にKV-2にも撃ち込まれ、雪原に在ってその色は異彩を放っていた。

 

 

「これはどうやらマーキングをされたようですね」

 

「マーキング…ですか?」

 

「次の攻撃の時の視認性を上げる為にペイント弾を使ったという事でしょう…私達は選ばれたのですよ……ラブの獲物としてね」

 

 

 ノンナらしからぬ自虐的なもの言いに軽い驚きを覚えたクラーラだが、そのノンナの表情はと云えばどこか楽しげに見えそちらの方が驚きは大きかったが、滅多に見る事が出来ぬものを見た気がしてクラーラは何だかえらく得した気分にもなっていた。

 だが隊長であるカチューシャの方はそうもいかず、大好きなKVたんを悪趣味なピンクにされた事にブチ切れておりそれを宥めるのに少々時間を取られた。

 

 

「またあの悪趣味なピンク……」

 

 

 その色に良い思い出のないダージリンは忌々しげに吐き捨てる。

 

 

「あれは攻撃目標を絞って短期決戦でも仕掛けるつもりか……」

 

「そうは言ってもⅢ号じゃキツい相手ばかりだぞ」

 

 

 思い出し怒りで何やらブチブチ言ってるダージリンはスルーして、アンチョビとまほは状況分析ををしながら互いの意見を交わしている。

 

 

「肉薄すればヘッツァー改造前の38tでも結構何とかなったけどね~」

 

「Yes!あれはexcitingだったわアンジ―♪」

 

 

 全国大会のプラウダ戦で杏が見せた戦いぶりを思い出したケイが、親指を立てウィンクをしながら賛辞を贈ると杏も照れたような笑みでそれに応える。

 他の者達もそこで改めてこれまでに大洗が残した戦績とその保有戦力との差の激しさを考えて軽い眩暈を覚えたが、みほという特別な存在を抜きにしてもその人材は特異中の特異とも云うべき逸材が揃っており、それこそが大洗の強さの源である事は皆充分に思い知らされていた。

 

 

「なあ角谷、砲手としてはみほのトコの華を除いたら、オマエが大洗で一番なんじゃないか?」

 

「いやいや~、わたしゃそんな大したもんじゃないよ~。アヒルさんチームの佐々木もいるしウチで命中率悪いのは()()ぐらいだしねぇ……」

 

 

 最後は微妙な表現と表情になりながらも杏が言った事をみほも補足する。

 

 

「先日の大洗戦の後、皆で温泉に入った時にラブお姉ちゃんが言ってました。自分のキャリアの中で正面から防盾に直撃弾を当てたのはアヒルさんチームの佐々木さんが初めてだって…もっと高火力の砲だったなら試合もそこで終わってたとも言ってました」

 

 

 そのみほの話はラブをよく知る者達にとっては一種の爆弾のようなものであり、全員を絶句させるには充分な内容の話であった。

 今までラブが防盾に当てられた事がなかったという事も、あけびがそれをやってのけたという事もそのどちらの事実もインパクトは大きかったのだ。

 

 

「隊列を立て直してラブを追うわよ!履帯痕がある限り逃げ切れないんですからね!」

 

 

 会敵早々好き放題ラブ達に引っかき回されたプラウダ側も、漸くカチューシャの怒りも収まり次なる行動に出るべく乱された陣形の再編にかかっていた。

 幸いペイント弾で()()された以外はさしたる損害出ておらず、現在は見事にバラバラに散っていったAP-Girlsの履帯痕をどのように追うかノンナが思案中であった。

 

 

「あまり分散して追うのは避けたいですね、それこそがラブが狙う処なのは明らかですから」

 

「そもそも追うという段階でもう相手の策に乗る事になりますよね」

 

 

 交戦エリアのフィールドマップと見渡す限りの雪原を比較しつつ、5両のⅢ号J型が逃走した方向を確認するノンナとクラーラは、早くもラブの術中に陥っている事を自覚していた。

 

 

「しかしそれ以外の選択肢がないのもまた事実、ですが全てを追う必要も無いでしょう。何なら決め打ちでどれか一つだけを全軍で追うのもありですね」

 

 

 ノンナはそう言った後に周囲にグルリと視線を巡らせるが、スモークを多めに散布してその隙に逃走を果たしたAP-Girlsの姿は伸びる履帯痕の先に窺う事は出来ない。

 

 

「全軍で…ですか?」

 

「ええ、迂闊に戦力を分散させればその分ラブにはやり易くなるでしょう。尤も彼女の場合は敵戦力が多かろうが少なかろうが全く意に介さず仕掛けて来ますけどね」

 

 

 クラーラは聞けば聞く程浮き彫りになるラブの化物ぶりに驚かされるのだが、まだ直接体感していないその真の強さを推測するには少々データ不足で難しかった。

 

 

「それで実際追うとすればどの履帯痕を追いますか?」

 

「現在我々のいる、この小畑沢の奥に伸びるモノを全軍で追いましょう」

 

「それは何故?根拠は?」

 

「KV-2を傾斜地に入れたくありません…引っ繰り返って埋まったら後が大変でしょう」

 

 

 予想外の答えにクラーラは思わず吹き出してしまったが、このノンナの危惧はこの後現実のものとなりその復旧は困難を極め、彼女達は途轍もない苦労をする事になるのだった。

 

 

「ではそのようにカチューシャ様に進言して追撃戦に移りましょう」

 

 

 クラーラの言葉に頷いたノンナが部隊を再編中のカチューシャにその方針を伝えると、彼女もそれを了承し隊列を組み直した部隊に進発の命を下すのだった。

 

 

「で、どっちに進んでるのよ凜々子?」

 

「ラブ姉の予想通りほぼ真っ直ぐね」

 

 

 プラウダの全軍が奇襲を受けたポイントから再進発して行く姿を監視する目があった。

 雪の小山の上に突き出た二つの目玉は、どこかカニの目を連想させるドイツ製の砲隊鏡だ。

 スモークで目眩ましをして遠くに行ったと見せ掛けた後、スモークが完全に晴れぬうち即別ルートで反転し、混乱するプラウダの部隊のすぐ近くの圧雪されていない雪の小山に半ば埋もれる形にイエロー・ハーツを突っ込ませた凜々子は、そこから今の今までずっとプラウダの様子を監視し続けていたのだが、このAP-Girlsの少女達の図々しさは、もう筋金入りと言っていいだろう。

 プラウダの行方を聞くのはオリーブグリーンの瞳にブルージュのセミロングストレートの髪を、シュシュで束ねたイエロー・ハーツ操縦手である花邑紗英(はなむらさえ)だ。

 砲塔の上に立てた三脚上の砲隊鏡を覗き込んだまま答えた凜々子は、その進む方向を見極めた後に砲隊鏡から目を離しこの後の動きを考える。

 

 

「凜々子としてはどうしたいのよ?単騎駆けで真後ろから一気にぶち抜く?凜々子がそう望むなら私はそれに沿うようにいくらでも暴れて見せるけど?」

 

「夏妃じゃあるまいし止めてよ」

 

 

 黙っていればお嬢様然とした凜々子だが、その口から出る言葉は辛辣で容赦が無い。

 ブルー・ハーツのメンバー、特に夏妃に対しては常日頃からその言動に対し容赦のない言葉を浴びせているが、その言葉と裏腹に二人の相性は非常に良く故に周りから弄られる事も多いのだ。

 

 

(ねい)!ラブ姉呼び出して」

 

「ん……ハイよ」

 

「ホントに回線繋いだだけじゃない!コールぐらいしなさいよ!」

 

 

 ルーズハーフアップにした暗めのオレンジのロングヘアの通信手、高御堂寧(たかみどうねい)は気だるげな瑠璃色の瞳で凜々子の首元の咽頭マイクをジッと見るのみで後は何も言わない。

 

 

「全くこのめんどくさがりが!……ラブ姉、こちらイエロー!ラブ姉の予想通りプラウダは全軍そのまま小畑沢方面へ直進したわよ!」

 

「…了…解……それは…けど凜々子…今どこにいるの……よ?」

 

「私?イエロー・ハーツは襲撃ポイントから後方へ離脱したと見せ掛けて、その後直ぐステップバックして吹き溜まりの雪の小山の影からずっとプラウダを監視してたわ」

 

「凜々…子も図々しいわ……ね~」

 

「ラブ姉にだけは言われたくないわよ!それより電波状況悪いわ、そちらはちゃんと拾えてる?」

 

「こっち…大分ノイズ…で良くないわね」

 

「了解、状況は一緒みたいね。まあ取り敢えずはそんな状況よ、後は好きにやるわ」

 

「了…解……」

 

 

 無線交信を終えた凜々子は、その感度の悪さに渋い顔になると通信手の寧に視線を送る。

 

 

「機器の問題じゃないわ…原因は解らないけど聴いてた感じじゃメリ3ってトコね」

 

 

 今の無線の状況を、最近ではあまり使われない無線の受信感度を表す五段階の表現方法で真ん中の、雑音混じりながら聴き取れるレベルを示すメリット3と判断した寧は、それまでの気だるげな雰囲気とは打って変わって鋭い視線になると無線機の微妙な調整を続けている。

 

 

「故障じゃなければいいけどね…寧はそのまま様子見ててくれる?」

 

「ん、了解」

 

 

 再び砲塔上で砲隊鏡を覗き込んだ凜々子は、遠ざかりつつあるプラウダの隊列に対しLove Gunを始め各車が何を仕掛けるか思いを巡らせる。

 ここからはそれぞれのアドリブの応酬による筋書きの無いセッションとなり、隊長であるラブにさえ何が起こるか解らない状況が待っている。

 普通の戦車道のチームであればそのようなチーム運用はあり得ないが、彼女達AP-Girlsにその普通などという概念は存在せず、そのような考えは彼女等には足枷でしかない。

 

 

「まあ何やるにしてもウチの火力じゃ出来る事も限られてるしねぇ……」

 

 

 そう言いながらも凜々子の目は砲隊鏡を通して一番の大物、街道上の怪物KV-2を追い続けており、見つかれば只では済まない距離からの偵察行動といいこれからやろうとしている事といい、そのお嬢様な外見とは裏腹な胆の座り方と過激さだ。

 

 

「距離的に一番近いのはこのイエロー・ハーツだと思うけど、だからといってそれで一番槍とか勘弁して欲しいわね。単純馬鹿の夏妃が真っ先に仕掛けそうなのに、こういう時に限って慎重になるから腹立つわ……多分側面からの急襲狙ってるとは思うけど…ああ、居た思った通りだわ」

 

 

 砲隊鏡を覗いたまま凜々子は状況分析しつつ悪態も付いているが、しっかりと仲間の行動パターンも把握しているのはさすがといえよう。

 

 

「何だかんだ言って夏妃の事よく解ってるよね~」

 

「愛してるんだよね~」

 

林檎(りんご)緋色(ひいろ)!何か言った!?」

 

『別に~』

 

 

 意味有り気にニヤニヤ笑いで凜々子を弄るのは、琥珀の瞳に濃い緑のクセのある猫っ毛をゆるふわアップにした砲手の村瀬林檎(むらせりんご)と、良く動く悪戯っぽい翡翠の瞳とその名の通りの緋色のセミロングの髪を組み紐でポニーに結った装填手栗原緋色(くりはらひいろ)のコンビだ。

 

 

「黙りなさい!全く…こんな時まで連携して……」

 

 

 凜々子は眉を吊り上げブツクサ言いながら砲隊鏡を片付けると、休む間もなく次の指示を出す。

 

 

「紗英、エンジン始動!仕掛けるよ!林檎と緋色は榴弾のピンポイント連射で行くから準備して!初弾は隊列前方に牽制、以降は連射で怪物の足元抉りに行くからね!私達が動けば他も一斉に動くから大丈夫よ、最高のステップを決めて見せて頂戴!」

 

 

 凜々子の指示が出ると即行動に出るイエロー・ハーツのメンバー達も、狭い車内では全員その見事な胸もたわわが邪魔そうながら動きには一切無駄がなくあっと言う間に攻撃態勢は整った。

 

 

「寧、無線の方はその後どうかしら?」

 

「ノイズの量が増えてるね…でもまだ大丈夫」

 

「そう…そっちは任せるわ……紗英、そのままゆっくり後退して後ろの斜面で仰角を稼ごう…うん、もう少し……ヨシ、ストップ!」

 

 

 傾斜に負けぬよう凜々子はコマンダーキューポラで身を支えながら、そこからは見えぬ相手に直前までの状況を頼りに疑似的な予測射撃の準備を始めた。

 

 

「うん、この角度なら直上からに近い砲撃が出来るわね。林檎、仰角2度上げ…左にチョイ振れる?うんいいね、緋色、榴弾装填!」

 

 

 きつい傾斜にも負ける事無く全員が確実に指示通りの作業をこなす。

 AP-Girlsの中に在ってイエロー・ハーツのメンバーは群を抜いた辛抱強さを誇り、重要な局面におけるミッションの達成率はダントツの数字を出している。

 それが良く表れていたのが聖グロ戦で八景島に渡る橋を破壊した場面で、4両のマチルダに集中砲火を浴びながらも最後まで諦める事無く砲撃を続け、見事橋の破壊に成功して辛抱強さとその容姿からは想像も付かぬタフさを見せ付けていた。

 

 

「もう少し…あともうチョイ……」

 

 

 凜々子は瞳を閉じ頭の中に描いたフィールドで砲撃タイミングを計っている。

 

 

「そう、そうよそのまま……ヨシ、撃て!」

 

 

 雪原の傾斜面で仰角を稼ぎ打ち上げ花火宜しく撃ち出された榴弾は、極端な弾道を描いた後に凜々子の狙い通りプラウダの隊列の鼻先に弾着し、一拍置いて爆発すると辺りにボコボコと雪の塊を降らせ見事にプラウダの足止めに成功していた。

 そしてそれに計ったように正確なタイミングで、プラウダの進行方向右側面と正面奥から牽制の砲撃が始まり完全にプラウダをその場に釘付けにする。

 

 

「ふうん…右側面は鈴鹿で正面最奥からはやっぱラブ姉よね。愛は…あぁ出て来た……成る程突出しようとする車両にカウンター喰らわせて回ってるのね…ふん、夏妃も珍しく我慢して待ってるって事は私が何をしようとしてるか解ってるのね」

 

 

 驚くべき事に凜々子は瞳を閉じたまま聴こえて来る音の方向で状況の判断をしているらしく、その口ぶりもその判断に間違いはないとでも言いたげな程自信に溢れていた。

 

 

「いいわ夏妃、それならこの()()()()があなたに大活躍の舞台を創って差し上げますわ」

 

 

 そう言い放つと実に楽しげな表情になった凜々子は再び砲手の林檎に砲撃ポイントの指示を出し、装填手の緋色にはサディスティックな笑みで容赦ない命を下す。

 

 

「さあ緋色、馬車馬におなりなさい!あの街道上の怪物とやらに土下座をさせるわよ♪」

 

 

 

 黙っていればお嬢様、口を開けばドSの女王。

 例え相手がラブであろうがお構いなしの礼儀正しき毒吐き女。

 辛辣なる凜々子の本領が、遂に発揮される時がやって来たのだ。

 

 

 




暑くなって来たのに真冬の話とか書いてると、
いまいちイメージが膨らませにくいですね…。

この先時々まほは、ちゃん付けで遊ばれる予感♪

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