ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

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夏も近い梅雨時に真冬の話書いててもいまいちピンと来ないですね…。


第三十話   Breakthrough

 天候が急速に悪化する中、全ての通信装置が使用不能になるという最悪の事態に見まわれたプラウダ対三笠女子の練習試合は、審判団とプラウダがそれぞれ試合中止の判断をするもそれを伝える手段を断たれ、打つ手がないまま時間だけが経過する状況に陥っていた。

 唯一それを視野に入れつつも未だ中止の判断をしていないラブ達AP-Girlsが、再度隊列を組み奇襲を仕掛けるべく即席の野営地で作戦会議を行なっていたのだが、その最中に一気に天候が悪化し状況的にその野営地から動く事が出来ず、今は全車の間隔をギリギリまで詰めまさに身を寄せ合ってその大暴風雪に耐えているのだった。

 

 

「何なのコレ…?雪降ってるのに雷鳴るってどういう事?瑠伽こんなの知ってる?」

 

「知らないわよ、でもこんな自然現象もあるのね…驚いたわ」

 

 

 身動きの取れなくなったラブ達は、それぞれの車両でカチューシャから支給された毛布と使い捨てカイロで暖を取りつつ脱出の機会を窺っていた。

 

 

「でもゲペックカステンの物資を全部車内に移しておいて正解だったわね」

 

「うん、鈴鹿のあの判断速さはさすがよね」

 

 

 Love Gun車内でラブと砲手の瑠伽がそんな事を話す傍で、装填手の美衣子が増設した家庭用電源に繋いだIHの卓上コンロで、鍋にあけた缶詰スープを鼻歌交じりで暖めている。

 

 

「ラブ姉、ラブ姉の気持ちも解るし私達もやる気は十分なんだけどね、さすがにこの状況では試合の続行は無理だと思うの。現にこうして身動き取れない訳だしね。カチューシャ隊長だってきっと解ってくれるし再戦の機会も必ず設けてくれると思うよ。だからね、今はコレを使うべきだと思うの」

 

「うん…そうだね……今はみんなの安全が一番だもの!迷っている暇はないわ!」

 

 

 ラブは迷いを断ち切るようにそう宣言すると、非常用タブレットの封を解き電源を入れた。

 

 

「ん…?あれ?何よコレ……?」

 

「どうしたのよラブ姉?」

 

「ちょっとこれ見て…どういう事?」

 

 

 ラブが瑠伽に見せたタブレットの液晶モニターは圏外を表示しその役を果たしていない。

 

 

「圏外ね……非常用なのに?」

 

「ちょっとそれ貸して」

 

 

 唖然とするラブと瑠伽だったが、通信手の花楓が手を伸ばしタブレットを掠め取るようにラブの手から奪い取ると何やらアレコレと調べ始めた。

 その間に美衣子が温めたスープをカップに注ぎ配り始め、それを受け取った香子は節約の為にエンジンをカットし、車内には暴風雪と時折り鳴り響く雷の音のみが聴こえていた。

 車内数ヵ所に吊るされたケミカルライトの淡い光の中、美衣子が温めてくれたスープと割り入れたクラッカーで小腹を満たしていると、花楓がそれまで調べていたタブレットをラブの手に戻しながらその結果を簡素に伝えて来た。

 

 

「タブレット自体は何も問題ないね、問題があるのは基地局辺りと見たわ。みんなも自分の携帯確認してみてよ、全部圏外になってるはずだから」

 

「え?ホントに?…ホントだ……」

 

 

 言われたラブや他のメンバーもそれぞれ自分の携帯を確認すると、やはり揃って圏外であった。

 

 

「無線も使えない、携帯端末も使えないとなると私達完全に孤立した事になるわね」

 

「マジ……?」

 

「まあ幸い食料もカチューシャ隊長から頂いた使い捨てカイロも、まだたっぷりあるから暫くはしのげるけどね。それに審判団もカチューシャ隊長達も気付いてるでしょ…問題はこの吹雪が落ち着いた時に私達が動く事が出来るかって事と、救助がすぐにここまで来られるかってのとそれが何時になるかって辺りだと私は思うわ」

 

 

 花楓の分析にラブも直ぐには言葉が出て来ず口をパクパクさせている。

 

 

「こうなると慌ててもしょうがないわ。各車間なら何とか無線も使えるし、ここは下手に動かず天候の回復を待つしかないわね」

 

 

 話し終えた花楓も美衣子からスープを受け取ると嬉しそうに食べ始めた。

 

 

「こういう時に食べるとさ、こんな物でもなんか妙に美味しく感じるよね♪でもさぁ、家庭用電源増設してIHコンロなんか持ち込んでるのって笠女(ウチ)ぐらいなんじゃない?」

 

「まあね、でもお蔭でこうして閉鎖環境でも加熱調理が出来るからいいわよね。さっきピンク・ハーツの霧恵がね、瑞希がココア煉り始めたって言ってたわよ」

 

「そういやクーラーボックスに牛乳なんかも入れてたっけ」

 

 

 花楓と美衣子が呑気におしゃべりしながらスープを口に運んでいるが、外は大荒れの猛吹雪が吹き荒れており、こんな時にもまたその豪胆さを発揮して危機感など微塵も感じさせずにいた。

 

 

『なんでこの子達はこうも図太くなっちゃったかな~?って、やっぱ私のせい?』

 

 

 外の荒れ具合など何処吹く風で、かしましいLove Gunの車内を見回しながらラブがそんな事をぼけっと考えていた頃、観戦エリア内の運営本部のテント内でもやっと集まりだした情報とその内容に、審判長である亜美は思わず頭を抱えているのだった。

 まずいきなり最初に飛び込んで来たのは、今回初めて導入された緊急用GPSシステムを搭載したタブレットが前日からの大雪による雪害を受けメインアンテナも物理的に破損した上に基地局その物もダウンした為、その一切の機能が使用不能になっているという情報であった。

 更にそれに付随して携帯端末も青森周辺地域で使えなくなっており、携帯による連絡も不可能となった為これらの情報もメーカーの伝令が直接赴きもたらしたものだったのだ。

 

 

「まいったわ…無線の方はどう?相変わらず使えないか……現地の審判団とも連絡付けようがないし八方塞がりとはこの事ね……」

 

 

 この状況に亜美にしては珍しい弱音がその口から洩れる。

 しかしその頭と手はラブ達を無事帰還させる為に休む事を知らず、次々と策を講じては指示を出しては昔ながらの伝令を走らせ何とか状況に対応しようとしていた。

 

 

「う~ん…やっぱり篠川さんが青森に降りられなかったのが痛いなぁ……彼女がいれば直前までの現地の様子も聞けたけど、三沢からじゃどれだけ戻るのに時間掛かるか解らないわよねぇ……」

 

 

 腕を組み周辺地図を睨み付けながら次に打つべき手を考える亜美であったが、やはり全通信機能のマヒと周辺空域に出ている飛行禁止の規制による打撃は大きかった。

 

 

「せめてヘリだけでも飛べれば最低限選手だけは撤収出来るのに…ってダメダメ!泣き言いう前に出来る事を探さなきゃ!」

 

 

 亜美は自身の両の頬をピシャリと叩くと改めて集まっている情報を整理し始めた。

 しかしそれも情報量自体が少なく直ぐに行き詰ってしまい、亜美は盛大に溜め息を吐くと文字通り頭を冷やすべく本部であるテントから外に出てその冷たい空気を吸い込んだ。

 グ~っと伸びをした後に辺りを見回せば、ほんの少し前に正式に試合の中止をアナウンスしたばかりなので、観戦会場であった青い海公園にはゾロゾロと帰って行く観戦客の列が続いており、その人の流れを整理する警備員達も忙しそうに仲間同士()()でやり取りをしている。

 

 

「まあ中止となればこんな寒い場所に何時までもいる理由はないわよね……え?どういう事!?」

 

 

 初めはぼんやりと見ていたその光景だが、亜美はそれに気付いた瞬間驚きで大きく目を見開いた後、会場警備に勤しむ警備員に駆け寄ると慌てて声を掛けた。

 

 

「ねえ!そこのあなた!そうあなたよ!それは何時から使えるようになったの!?」

 

「え!?は?な、何がですか……?」

 

 

 いきなり陸自の制服をピッチリ着こなしたスタイル抜群且つ飛び切りの美人に迫られた警備員は、真っ赤になってしどろもどろに受け答えをする。

 

 

「ソレよ!その小型無線機よ!一体何時から使えるようになっていたのかしら!?」

 

「え?ああ、このパーセンですか?何時からも何も朝からずっとですよ」

 

「えぇ!?どういう事!?」

 

「そういや今日は仕事始めて暫くしたら携帯の方は繋がらなくなっちゃいましたね、お蔭で会社の司令室との連絡取り辛くて困っちゃいましたよ……あの?」

 

「え?ああ、ごめんなさい」

 

「もういいですか?それでは私はこれで…あ、そういえば運営本部の周りだけ極端に無線の繋がりが悪いですね。その周辺の警備担当者だけは直接声を掛けないと業務連絡も出来ないんですよ」

 

 

 そう言うと警備員は亜美に軽く会釈をして会場警備の仕事に戻って行く。

 亜美はそれに気付かず何やら考え込みその場に立ち尽くしている。

 

 

『どういう事なの…?無線が通じないのは交戦エリアと本部だけ?でも観測機も通じなかったわ…何がどうなってる?あの警備員の小型無線と私達の違いは……本部の周辺だけ通じない、確かそう言ったわね?今までこんな事は一度も無かったのに何故今回に限ってこんな事態に…ダメ!落ち着いて考えなさい!何か今までと違う事があるはずよ!』

 

 

 亜美は眉間に皺を寄せ難しい顔になったまま無意識のうちにテントに戻って行った。

 一方交戦エリアである八甲田育成牧場でも再び激しくなった吹雪の中、KV-2の戦線復帰を諦め試合の中止を決断したカチューシャ達がどうにか牧場入口まで一時撤退を果たしたものの、一切の通信が通じず牧場最深部に居るであろうラブに連絡が着かない事で、カチューシャの表情は非常に険しいものとなりその雰囲気は二つ名の地吹雪のカチューシャそのままの姿となっている。

 

 

「全くどうなってるの!?未だに無線も携帯も使えないままだなんて!」

 

 

 雷は幾分収まっては来た感じもするが、吹雪き方は一層激しくなり雲も厚く暗くなる一方だ。

 しかしこの悪条件下でもさすがプラウダと言うべきか、カチューシャの指揮下人海戦術であっと言う間に雪濠を掘りかまくらを作り上げ、この後ラブ達の救出作戦の橋頭保となる臨時の野戦司令部を築くと、今度は腹が減っては戦は出来ぬとばかりにボルシチ作りに精を出していた。

 

 

「いい?無線の呼び掛けも続けるのよ!携帯とGPSの方も定期的に確認するのも忘れちゃだめよ!」

 

 

 完成したかまくらの中で広げた折畳み式のテーブル上に、一面の雪原では大雑把な位置確認程度の役にしか立たないであろうが一応地図を広げると、カチューシャとノンナにクラーラも加わりラブ達が果たしてどこにいるのか予想を立てながら吹雪が収まるのを待っていた。

 

 

「たったの2kmよ?いや、実際にはラブ達もそんなに離れた場所には行ってないはずよ?それがこんなにも遠く感じるなんて思いもしなかったわ……」

 

 

 大暴風雪の中その視界の悪さは数メートルの移動にも困難を伴い、迂闊に動けば二重遭難は確実で経験値の高さからそれをよく理解しているカチューシャ達は、焦りを感じてはいても無謀な行動に出る事はなく冷静な判断が出来ているようである。

 

 

「ええ…カチューシャ様、私も今日程雪の恐ろしさを感じた事はありません……ですがラブの判断力の高さは私達もよく解っていますから、今はそれを信じて私達もその時の為に備えておきましょう」

 

 

 暴走しそうになる感情を抑えて言葉を交わすカチューシャとノンナ、その二人の脇に控えるクラーラは、そんな二人の為に熱い紅茶を淹れ始めた。

 カップを満たす紅茶の香りにカチューシャとノンナが思わず溜め息をひとつ吐いたその時、かまくらの外が俄かに騒がしくなり、ボルシチ作りの指揮を執っていたはずのニーナとアリーナの二人が雪だるまを連れてかまくらに入って来た。

 

 

「カチューシャ様、お客様連れて来たじゃ」

 

「お客様?こんな時に何を言って…に、ニーナ!アリーナ!?」

 

 

 二人が連れて来た雪だるまが視界に入った瞬間カチューシャは言葉を失い、滅多な事では感情を面に出さないノンナも驚きに目を丸くしていた。

 

 

「驚かせてすみません、でもやっと合流出来ました」

 

「あなた!!」

 

 

 雪塗れの外套のフードを下ろし顔を露わにしたのは審判員の一人、稲富ひびきであった。

 

 

「稲富さんでしたね、でも一体何処からどうやって来られたのですか?」

 

 

 真っ先にショックから立ち直ったノンナがひびきに声を掛けると、彼女も冷え切った身体を自分で抱き締めさすって暖めながらそれに答えた。

 

 

「はい、私達審判団の地上観測班は、この八甲田育成牧場の荒川側で中継用のドローン映像をモニターしながら試合の監視を行っていたのですが、途中で無線と携帯が一切使えなくなり、中継に使われていたドローンも制御不能になって最後は全て墜落したようでした」

 

「どうぞ」

 

「あ、ありがとうございますクラーラさん…あぁ♪温かくて美味しい…生き返るわ……」

 

 

 クラーラが淹れた熱い紅茶を口にすると、ひびきの顔に赤みが差し表情も解れて来た。

 

 

「それで、その後は?」

 

「はい、その後は我々も試合続行は不可能と判断し、何とか本部と連絡を取ろうとしたのですが通信機器の一切が使用不能なままでどうにもならず、仕方なく撤収を開始したのですが我々のハーフトラックではここまで来るのが限界でした」

 

「ちょっと待って!なんで私達がここに居るって解ったのよ!?」

 

 

 カチューシャの疑問は尤もだが、種明かしは至極簡単であった。

 

 

「ドローンが全て墜落したのはプラウダがこちらまで撤退した後ですから。その情報を元に私達もここまで来る事が出来たんですよ」

 

「え…?という事は稲富さん、アナタもしかしてラブ…AP-Girlsの所在も把握してるの!?」

 

「はい、仰る通り把握しています。ええと、この地図にマークしても宜しいかしら?」

 

「ええ!構わない、お願いするわ!」

 

「では失礼して…ええと彼女達も全車再集結してこの辺り……あれは12号機からの映像だったから…うんそうね、この辺りで間違いないと思います」

 

 

 ひびきは地図上の一点に赤ペンでバツ印を書き込むと、改めてその一点を指差した。

 

 

「大体この辺りで間違いないと思います。彼女達はこの辺りを戦車で地均しして、即席の野営地を築いていました。その後何処にも移動していなければ、今も全車一緒にここで吹雪が収まるのを待っているはずです」

 

「やっぱりそんなに離れてないじゃない…ざっと1.5㎞ってとこね……」

 

 

 地図上に記されたプラウダの築いた野戦司令部のポジションと、ひびきが書き込んだマークの距離を目測で読み取ったカチューシャは、数字をを口にする事でその距離の近さを改めて実感した。

 これが通常の試合中であればそれはあっと言う間に会敵してしまう距離であるのに、今のカチューシャ達にとってはそれが途轍もなく遠く思えギリギリと歯噛みする程もどかしく感じていた。

 ここまで撤退する間も所在の解らぬラブ達に無線に呼び掛け続け、反応の無いタブレットも何度となく確認し続けて来た。

 しかしひびきの情報を元に大凡の居場所は特定出来た今もその手はラブに届かない。

 

 

「ラブ……」

 

 

 カチューシャは激しい吹雪で見えぬ先、ラブがいるであろう方向にその視線を彷徨わせた。

 亜美やカチューシャ達が現状打破の方法を模索する頃、ラブ達は持ち前の明るさと逞しさを発揮して、極限状態下にあってもその状況を楽しむかのようにそれぞれの車内で過していた。

 歌声が響く事もあれば、聖グロ戦以降彼女達がはまっているファイフリコーダーの音色が聴こえたりと、ストレスなど全く感じていないかのように見える。

 

 

「瑠伽♪ん~♡」

 

「だからわたしゃもうラブ姉とはポ♡キーゲームはやらないよ!」

 

「ん~!」

 

「やらないって言ってんでしょ!帰ってから愛とやれ愛と!」

 

「…だって愛ってこういうの全然相手してくれないんだもん……」

 

「マジでやったのか……」

 

 

 ラブに関してはポジティブさの方向性が若干おかしい気もするが、それぞれがラブに見い出されAP-Girlsのメンバーとなるまでの境遇と比べれば、この程度の事はどうという事はないとでも思っているのか、並の神経であれば耐えられないようなこの状況でこうしていられる彼女達の強さはこの先様々な場面で見る事になるだろう。

 精神的な強さと言えば責任者である亜美もまた特筆すべき強さを誇ってはいるが、さすがに今回ばかりはいつものようには行かず渋い表情を見せる事も多い。

 今は先程から引っ掛かっている何かが解らずモヤモヤしたまま腕を組み、目の前の地図と無線機の間を何度も視線を行ったり来たりさせている。

 

 

「この本部テント周辺だけ無線が通じないってどういう事……?」

 

 

 頭の中も先程から同じ思考が回っており、かなり煮詰まってる様子だ。

 

 

「いつもと違う事……非常用タブレット…タブレット?」

 

 

 何かが繋がりそうで繋がらないもどかしさの中、視界の隅でそれは起こった。

 タブレット端末初の実戦投入となる今回はメーカーからもエンジニアが派遣されて来ており、そのエンジニアが持ち込んでいたノートPCとタブレットをケーブルで繋ぐと何やら作業を始めたのだ。

 

 

「それは一体何をやっているのですか?」

 

 

 その時は亜美も何となくただ聞いただけであった。

 しかし切っ掛けとはどんな処に転がっているか解らず、今回もこれが事態の大きな突破口になるとはこの時は亜美も夢にも思わなかったであろう。

 

 

「あぁ、これですか?これは基地局がダウンする前に他の端末から送られて来たデータを解析する為にコピーしている処ですよ」

 

「えぇ?どういう事ですか?他の端末からのデータって、戦車に搭載されている端末は電源を切って封緘を掛けてますよ?」

 

「いえ、あの電源はあくまでも使用する場合のみの電源で、位置情報は設定された時間毎にこの本部にある親機に向けデータを送るようになってるんですよ。完全に機能停止させるにはバッテリー抜かないと止まらないですね」

 

「ちょっと待って下さい!それじゃあ基地局がダウンするまでの位置情報は、その端末に届いているという事ですか?」

 

「ええそうです、溜め込んだ情報を30分毎に送信する様設定しているので、試合開始から何回かは位置情報が送られて来てますよ」

 

 

 それを聞いた瞬間今まで目の前で情報を求めて右往左往していたのに、この目の前に居るエンジニアは亜美が喉から手が出る程欲していた情報を持っていたにも拘らず、亜美に聞かれる今の今まで黙っていた事に激しく眩暈を感じると共に、力いっぱい張り倒したい衝動に駆られるのであった。

 

 

「その位置情報全て今直ぐ見られるようにして下さい!」

 

「はあ?」

 

「はあ?じゃありません!早く!」

 

「はぁ……」

 

 

 エンジニアの空気の読めなさにこめかみをヒク付かせながらも、亜美は努めて穏やかに言ったつもりであるが状況が状況だけにどうしても語気は強くなっている。

 亜美にせっつかれたエンジニアがノートPCのモニターに表示させた画像データには、試合開始前から基地局が完全にダウンするまでの間の両軍各車の移動経路が点と線で表示され、タイムテーブルと照らし合わせてみるとそれはまだ亜美の知らぬ情報ではあったが、最後のポジションはギリギリのタイミングで再集結したAP-Girlsがひと塊の点で表示されていた。

 

 

「よし!これならこの情報を元に救助隊を動かす事も出来るわね!」

 

 

 亜美がやっと希望が持てる情報を得て拳を握りしめた瞬間、またしてもエンジニアが空気を全く読まぬタイミングで亜美に声を掛けた。

 

 

「あの~、もういいですかねぇ?一度つないだままの端末外して診断に掛けたいんですが……」

 

「え?ああ…どうぞ……」

 

 

 ちょっとイラっとしつつも大人の対応でノートPCと繋がったままのタブレット端末を、エンジニアの手元に戻す亜美だったが、その直後のエンジニアの行動で決定的な出来事が起きた。

 

 

「えっと…データの吸い上げは完全に終わってるな……うわ…バッテリー殆ど残ってないし……」

 

 

 電源の乏しい環境での作業の為、そのままでは途中でバッテリー切れとなると判断したエンジニアが、一度タブレットの電源を落とすと専用ツールで裏のカバーを外し、更に中に在る隠しスイッチを操作してタブレット本体からバッテリーを取り外したまさにその時それは起こった。

 直ぐ傍で無線機に向かい諦める事無く呼び掛けを続けていた審判員がトークボタンから指を離すと、それまで同様酷いノイズ音がスピーカーから出ていたのだがエンジニアがバッテリーをタブレットから外すのと同時にその耳障りな音が嘘のように綺麗さっぱり消え去った。

 

 

「え!ナニ?どういう事!?」

 

 

 突然の事に驚きの声を上げた審判員だが、直ぐ傍で一部始終を目撃した亜美は今まで頭の中でバラバラなまま引っ掛かっていた事が一気に繋がり思わず大きな声を上げたのだった。

 

 

「そうか!そういう事か!」

 

 

 その亜美の声に驚いたエンジニアは、自分が何か悪い事でもしたのかとオドオドとした態度と表情で亜美の様子を窺うが、テンパった頭では次の亜美の指示には直ぐに従うことが出来なかった。

 

 

「アナタ、もう一度タブレットにバッテリーを繋ぎなさい!」

 

「え?えぇ?えぇ~!?」

 

「速く言われた通りにしなさい!聴こえないの!?」

 

「は、はいぃぃぃ~!」

 

 

 もたつきながら必死にタブレットにバッテリーを繋いだエンジニアに、即電源を立ち上げる様促す亜美だがすっかりビビったエンジニアは手元が震え中々スイッチを入れられずにいる。

 

 

「蝶野教官まさか……」

 

「ええ、どうやらそのまさかよ…見てなさい……」

 

 

 エンジニアがやっと隠しスイッチを操作して電源を入れて暫くすると、それまで静かになっていた無線機が再び盛大にノイズを撒き散らし始め、事ここに至って漸くその場に居る者全員が何が起こっているのかを理解したのであった。

 

 

「そんな…まさかこのタブレットが!?」

 

「ええそうよ、このタブレットが無線の電波の送受信を妨害していたのよ…全くとんだジョーカーがいたものだわ。まさか選手を守る為に導入した物が逆の仕事をするとは思いもしなかったわよ」

 

 

 信じられないといった表情の無線担当者に亜美は頷いて見せた後、メーカーのエンジニアに出来るだけ早急に開発責任者に連絡を取るように伝えた。

 亜美は再びラブが連盟の試験導入した機材の犠牲になりつつある事に、三年前を思い出し怒りに頭の芯が熱くなるのを覚えたが、今ここで自分が冷静さを失ってはならぬと自らに強く言い聞かせ、次なる策を講じるべくひとつ短く、しかし強く息を吐くと審判員の高島レミを自分の元に呼んだ。

 

 

「高島さん、あなたに私の10式を預けます。まずあなたには先行して交戦エリアの八甲田育成牧場に行ってもらいます。このデータを元に牧場入口付近にいるであろうプラウダと合流して下さい。そして手段は問いません、全てのタブレットのバッテリー部分の破壊を行なって下さい。私も救助隊を編成後、この本部を閉鎖し後を追います」

 

「そんな!タブレットの破壊なんてムチャクチャだぁ!」

 

 

 亜美のレミに対する指令を聞いたエンジニアが、それまで感情的にならぬよう押えていた亜美の努力を全て無にする悲鳴交じりの抗議の声を上げた瞬間、遂にその怒りが爆発した。

 

 

「下らない寝言を言うのはどの口だ!そもそも電波障害対策も万全ではない代物を持ち込んだのは誰か!?早急に開発責任者に連絡を取るよう言ったはずだ!人命に係わるこの事態にそれすらせずそんな所で何をやっている!?後で貴様にも責任問題を問う事になるがそれでいいか!?」

 

 

 朝から飛び切りの美人である亜美をチラチラ見ては鼻の下を伸ばしていたエンジニアだが、その亜美が激怒し見せた鋭い切れ味に再び悲鳴を上げると転がるようにテントを飛び出して、携帯が通じぬ状況下そのまま会社に連絡を入れるべく走り去って行った。

 

 

「全くだらしない……さあ高島さん、のんびりしている時間はないわ。さっき言った通り行動して下さい。大丈夫、私の10式の搭乗員も猛者揃いだから信頼してくれていいわ」

 

「はい!それでは先行して八甲田に向かいます!」

 

 

 レミは亜美に敬礼をすると進発準備をすべくテントを飛び出して行く。

 その後亜美自身も救助隊を編成すべくテントを出たが、そこで正式な試合中止のアナウンス後に再びスタンドから降りて来たまほ達と遭遇した。

 

 

「蝶野教官!」

 

「皆さん…少しの間待っていて下さいね。私はこれから恋さん達を()()()行って来ますから」

 

 

 亜美は努めて冷静に飛び切りの笑顔を見せ、皆の頼れるお姉さんとしてそう言うと集まって来た者達に背を向け立ち去って行った。

 市街地に降る雪も一層強くなり、亜美の背中も直ぐにその中に溶け込んで行く。

 やっと見付けた突破口、それは針孔程の小さな物だが、亜美は見逃す事なく捉えてみせた。

 吹雪の中を進む亜美の瞳には、最早一切の迷いは見られず強い光が宿っているのだった。

 

 

 




亜美さんの10式の乗員も相当ヤバそうですよねw

大洗に現れた時もF-40ペチャンコにしたのに平気そうだったし……。

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