ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

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今日はちょっと変則でこんな時間に投稿です。


第三十一話   深紅の眠り姫

「蝶野教官!それでは先に進発します!」

 

 

 八甲田で雪に埋もれつつあるラブ達を救出すべく、亜美は各方面に伝令を飛ばし救助の為の手筈を整えると、自らも現地に赴くべくその準備に掛かっていた。

 その亜美の前に軽快な駆動音と共に陸自が誇る最新鋭戦車の10式戦車が現れた。

 いつもであれば亜美が収まっているその10式のコマンダーキューポラには、今は審判員の一人の高島レミが収まっており、亜美の命を受け八甲田に先行するに当りこうして声を掛けて来たようだ。

 

 

「ええ、気を付けて!みんな、頼むわね!」

 

「ああ大丈夫だ亜美、任せておけ!」

 

 

 レミと10式の搭乗員に亜美が声を掛ければそれぞれが敬礼しつつ答え、亜美もまた答礼を以ってそれに応えると、10式のエンジンが再び唸りを上げ亜美の前から走り去って行った。

 原因は判明したものの通信機能の殆どは未だ回復しておらず、猛吹雪の影響により航空戦力の投入も出来ぬ為にこうして陸路伝令を走らせる事が最速の連絡手段である現在、レミに自身の愛機を託すのが最良と判断した亜美は走り去る10式を見送ると、自身も現地で絶対に必要になるであろう戦力を確保する為にある人物の元を目指すのであった。

 そして亜美達が手探りながらも行動を開始したその頃、ほぼ視界ゼロの激しい吹雪の中それに負けぬ精神力で底抜けなポジティブさを発揮し、脱出のタイミングを窺っていたAP-Girlsの少女達にもある変化が表れ始めていた。

 

 

「そこまでやるんだったらさぁ、いっその事メタル要素をもっと強くした方があの曲の場合いいんじゃないかなぁ?あの曲は愛をメインに押し出すんだし愛もその方がやり易いんじゃない?」

 

「う~ん…それもどうかなぁ?」

 

「うん、あまりそのイメージで固め過ぎるのもちょっとねぇ……」

 

 

 目下Love Gunの車内では、次のアルバム作りの為の意見をぶつけ合っていた。

 意見の方はかなり熱く盛り上がっているのだが、やはり吹雪の中長時間動かずにいる為車内温度もかなり低下して来てケミカルライトの淡い光の中でも、吐く息の白さが目立っている。

 いつまでこの状況が続くかも解らず、凍結防止の為に時々エンジンに火を入れてはいるが基本的に燃料節約の為にエンジンを切っている時間の方が長く、全員カチューシャから支給された毛布と使い捨てカイロで寒さに対抗しているのであった。

 この状況はLove Gun意外の車両も大体一緒なのだが、Love Gunのみが他の車両とは違う特殊な問題を抱えており、ここに来て遂にその問題が顔を出してしまったのである。

 

 

「でも愛を前面に出すならさ、それ位やっちゃった方が受けると思うけどラブ姉はどう思う?」

 

「…う、うんそうだね……」

 

「……ラブ姉?」

 

 

 話を振った瑠伽はラブの反応が鈍い事に直ぐに気付き、砲手席からラブにすり寄るように近付くと躊躇せずラブの額に手を当てた。

 

 

「少し熱出てる…痛むのね?やっぱりこの寒さはラブ姉にはキツいか……誤魔化すのは無しよ、第一そういうの私達には通用しないからね?花楓、ランタン付けてくれる?」

 

 

 瑠伽に頼まれた花楓がキャンプ用の電池式ランタンを付けると、それまでより数段車内が明るくなりどうにか互いの顔色も確認が出来た。

 花楓にランタンを近付けてもらいラブの顔を覗き込むと、その顔色は雪焼け対策メイクをしているも拘らず透き通る程に白く血色というものが感じられなかった。

 

 

「ラブ姉、()()のね?」

 

「…うん……」

 

「もっと早く気付くべきだったわ…ごめんねラブ姉」

 

「ううん…大丈夫だから……」

 

「香子、エンジン掛けて、少しでも車内を暖めよう。美衣子、また何か少し食べ易そうな物温めてくれる?ラブ姉に少し食べさせてから痛み止めの強い方飲ませたいんだ」

 

「レトルトの玉子粥があるよ…言い難いけどこういう事もあるかと思って用意してたんだ」

 

「さすがね、それじゃ頼むわ」

 

 

 香子がエンジンに火を入れ電源が使えるようになると、美衣子がIHコンロに鍋を掛け玉子粥を温め始め、瑠伽はパンツァージャケットのベルトに付けているポーチから()()()()のピルケースを取り出し飲ませる薬の用意をしている。

 

 

「そろそろ愛が気付いてこっちに来るとか騒ぎ出ししそうだから釘刺しとくか……」

 

 

 相変わらずノイズが激しいが、近ければ何とか使える無線機でピンクハーツを始め各車に向かいラブの事を伝え始めた通信手の花楓だが、その時には案の定予定外にエンジンを始動したLove Gunとラブ自身の異変を肌で感じ取っていた愛が、ピンク・ハーツ車内でLove Gunに移乗すると言い出して他のメンバーに抑え込まれ説教喰らって不貞腐れている処であった。

 

 

「全く予想通りとはいえしょうがない子だよ…ラブ姉を想う気持ちは解るけど、それは私達もみんな一緒なのは愛だって解ってるでしょ?」

 

『……解ってる』

 

「なら今は私達に任せな、ハッチの開け閉めだけでも車内温度が下がってラブ姉に負担掛かるだろ?これから薬飲ませて少しでも休ませるから今は大人しくしてな、いいね?」

 

『解った……』

 

 

 花楓に無線越しに諭された愛も不承不承な感はあるがどうにか納得したようで、Love Gunのメンバーにラブの事を託すと無線交信を終えた。

 

 

「ラブ姉、下に降りようか?ゆっくりでいいからね」

 

 

 そのままだと崩れ落ちそうなラブを、狭い空間で苦労しつつも瑠伽が支えながら砲塔バスケットの床面に敷き詰めた毛布の上に蹲るように座らせた。

 

 

「瑠伽、お粥温まったよ。でも自力じゃ食べられそうにないね……」

 

「美衣子ありがと、後は私がやるわ」

 

 

 カップに移されたお粥とスプーンを受け取った瑠伽は、ラブの隣に身を寄せ合うように座り込み少しずつスプーンですくったお粥を冷ましながらラブの口元に運ぶ。

 

 

「さあ、ラブ姉これ食べて薬飲もうね」

 

 

 既に無言で瑠伽にされるがままのように従うラブ。

 事故から三年を経て今もなお不意に顔を出す後遺障害の数々と、それに苦しみ続ける彼女とってAP-Girlsの少女達は心と身体の両方を支える重要な存在でもあった。

 しかしこれ程までに少女達がラブに対して献身的に行動し続ける理由とは、それまでにラブから与えられた無償の愛情に応えたい、ただそれだけが原動力となっているのだ。

 

 

「うん、頑張ってもうひと口食べようか、これで最後だよ」

 

 

 辛そうにしながらも何とかお粥を完食したラブに、薬を飲ませた瑠伽はそのままラブを優しく抱きしめそっとその背中をさすり続ける。

 

 

「ラブ姉寝た?」

 

 

 小声で聞いて来る美衣子にひとつ頷いて答える瑠伽。

 薬を飲み瑠伽に抱かれる事数分後、窮屈な体勢ながらも薬が効いて来たのと抱かれている事で安心したらしいラブは静かな寝息を立て眠りに付いていた。

 

 

「強い薬だからね…効く分こうして眠気も強いみたいだけど……」

 

 

 自分の腕の中で眠り続けるラブの寝顔を、少し悲しげな顔で見つめる瑠伽。

 日々気丈に振る舞い自分達を導く無敵の女王。

 しかしその仮面の下は、自分達と何も変わらぬ処か事故により重いハンデを背負わされた少女であり、実態を知れば何としてでも守ってやりたいと庇護欲を掻き立てられる存在だ。

 

 

「そろそろ一度エンジン切るね」

 

「うん……」

 

「吹雪収まらないね……」

 

「そうだね……」

 

 

 幸い痛み止めが効いたラブが眠りに落ち、香子がエンジンを切ると聴こえるのは吹き荒れる猛吹雪の音だけで今も厳しい状況は何も変わらない。

 しかしラブに厳島流の教えを受け鍛えられたAP-Girlsの少女達は、この絶望的な状況に在ってなお何一つとして諦めては居なかった。

 

 

「私が居りながらこの様な事態を引き起こした事、お詫びのしようも御座いません」

 

 

 亜美が深く頭を下げる前には、三笠女子学園最高責任者にしてラブの育ての親でもある厳島亜梨亜の姿があった。

 

 

「亜美さん、決してあなたのせいではないのですからどうか頭を上げて下さい」

 

「ですが亜梨亜様……」

 

「それよりどうかあの子達の事を宜しくお願いします」

 

「は、はい!それでは装備の方をお借り致します!」

 

 

 亜美が敬礼する亜梨亜の背後には、笠女所有の強化改良型の90式戦車回収車が2両と施設作業車が1両にビッグブルこと75式ドーザも2両控えていた。

 八甲田にラブ達の救助に向かうにあたり、亜美は亜梨亜に急ぎアポを取ると90式戦車回収車の借用を依頼した処、こうして受領する為笠女学園艦の停泊する桟橋を訪れた時には、強力な支援車両まで用意して亜梨亜が待っていたのであった。

 そして挨拶もそこそこに、亜美自身は青森駐屯地の第9師団から借り受けた高機動車のステアリングを握り、90式戦車回収車他の車両をを先導しながら桟橋を後にした。

 だが桟橋を出ないうちに高機動車の前に飛び出した人影に、亜美は雪道で急ブレーキを踏まされたが幸い低速だったこともあり人身事故は避ける事が出来た。

 

 

「ちょっと!危ないじゃない!」

 

「やっと追い付いた~!」

 

「え?あなた!?」

 

 

 飛び出した人影に思わず声を荒げた亜美であったが、その影の正体に今度は驚きの声を上げた。

 

 

「ちょ!篠川さん!?一体どうやってここまで来たの!?」

 

 

 影の正体は、搭乗していた観測機の銀河が天候悪化により、青森空港に降りられず三沢空港に降りる破目になった篠川香音その人であった。

 

 

「もう完全にお財布が空っぽになっちゃいましたぁ!」

 

 

 亜美が掛けた言葉に答えず、肩で息をする香音はそう叫ぶとその場にへたり込んだ。

 

 

「篠川さんしっかりして!」

 

 

 高機動車の運転席から飛び降りた亜美は香音を抱え上げると、そのまま高機動車に戻り助手席に押し込み時間が惜しいのでそのまま出発し話は道中に聞く事とした。

 

 

「先程は失礼しました……」

 

「落ち着いた?」

 

「はい、もう大丈夫です」

 

 

 亜美に高機動車の助手席に乗せられた香音の膝の上で、半分ほど飲み干したスポーツドリンクのボトルの中身がユラユラと揺れていた。

 

 

「それで一体どうやってこちらに戻って来たのかしら?」

 

「はい、私だけでも情報を持って戻ろうと思って、三沢基地から七戸十和田駅までタクシー飛ばしてそれでそこから最初に来た新幹線に飛び乗って新青森に出て、その後はまたタクシーを飛ばして青森港まで戻りました……」

 

「それでお財布が空っぽか…ごめんね、八甲田から戻ったら直ぐに精算してあげるからね」

 

「はい…それは構いません、それよりもどういう状況なんでしょう?私が本部に戻ったら撤収作業に入っていて教官が港に行かれていると聞いて、それで追い掛けたら私もそのまま……」

 

「ホントごめんね……」

 

 

 吹雪の中を進む高機動車のステアリングを握る亜美は、八甲田まで向かう道すがらここまでの経緯を香音に説明し、同時に香音が上空から見ていたラブ達の状況を聞き出していた。

 

 

「そんな…まさかこのタブレットが無線の妨害をしていたなんて……」

 

「うぎゃあ!香音ちゃん!それ持って来ていたの!?捨てて!早く捨てて!」

 

「きょ、教官!前見て前ェ!」

 

 

 香音が書類入れから取りだしたまさかのタブレットを見て亜美は絶叫し、香音も蛇行する高機動車にパニックを起こす。

 

 

「この!この!この!」

 

 

 事故る寸前で高機動車を止めた亜美は、路肩のアイスバーンの上でゲシゲシと涙目でタブレットを踏み付けその息の根を止めんと必死である。

 

 

「し、死ぬかと思った……」

 

 

 別の意味で涙目の香音の前に、鼻息も荒いまま戻って来た亜美は慌てて優しい表情を取り繕うと、まるで何事も無かったように再び高機動車を八甲田に向け発進させた。

 

 

「もう限界よ!」

 

「カチューシャ様落ち着いて下さい」

 

「私の事じゃないわよ!」

 

「え?」

 

「ラブ達の事を言ってるの!実質初の雪上戦で心身共にこれ以上は持たないわ!」

 

 

 突如爆発したカチューシャを諌めようとしたノンナであったが、その爆発の理由を聞かされたノンナも思わず考え込んで沈黙してしまう。

 確かに日常的に高緯度の海域を巡りその手の訓練をよくやっているプラウダと、創設間も無く経験の浅い笠女とではこの過酷な状況への対応力も大きな差があるだろう。

 しかしそのような問題以前にカチューシャは、先程から言葉では表せぬ漠然とした、所謂『嫌な予感』というものをラブに対して感じており、その予感は今の状況からすれば見事に的中していた。

 

 

「ですがカチューシャ様、この状況で捜索や救助に動いても、二重遭難の可能性が高く隊の者を危険に晒す事になってしまいます」

 

「解ってるわよ!解ってるからもっと早く中止の判断を下せなかった自分に怒ってんのよ!」

 

 

 やはりカチューシャは何処まで行ってもノンナの敬愛するカチューシャであった。

 だがカチューシャの言う通りラブ達も限界に近いであろう事は事実であり、早急に何らかの手を打たねば取り返しのつかない事態に陥る可能性は刻一刻と高まっている。

 

 

「せめて無線が通じれば……」

 

 

 各車が交代で無線の向こうのAP-Girlsに呼び掛けを続けているが、相変わらず返って来るのはノイズのみで求めている返事は返って来ない。

 カチューシャ達が無線が通じぬ理由を知るまでには、まだ今少し時間が掛かるのだった。

 そしてカチューシャ達がもどかしい思いで時を過ごしていた頃、亜美率いる救助隊の隊列は、市街地を抜け八甲田育成牧場の手前にある市の霊園とゴルフ場の入り口付近まで到達していた。

 この辺りからいよいよ積雪も深くなり、先頭を亜美の高機動車から笠女の75式ドーザの2両に交代し、文字通り75式ドーザが切り開いた道を慎重に付いて行く事となった。

 

 

「それにしても笠女はよくビッグブルなんか持ってましたね」

 

 

 高機動車の助手席に収まる香音は、目の前の雪道を力業で雪を押し退け突き進む75式ドーザの後姿を見ながら、隣りでステアリングを握る亜美に感心したように話し掛けた。

 

 

「ああ、何でも艦上の演習場のレイアウトを頻繁に変えるのに必要なそうよ」

 

「色々凄い学校ですよね…私もそれなりの件数の試合の審判をこなしましたけど、笠女って今までのどの学校とも違う感じがしますよね。何ていうんですかね?学園全体が隊長の厳島さんを中心に回ってるっていうか…まあ実際とても綺麗な方ですし、女王様って感じでそれが当然って思わせるのも凄いなって気もしますけど……」

 

「それ、大体当ってるわ」

 

「え……?」

 

 

 亜美もまた75式ドーザの後姿を見守りながら、香音の言った事を苦笑しながら肯定した。

 そして差しさわりの無い範囲で笠女の成り立ちに付いて説明すると、話を聞くうちに香音の表情は驚きで変化して行き、亜美は内心その変化を見て楽しんでいた。

 

 

「信じられない…本当に厳島さんの為に創られた学校だったなんて……」

 

「まあそれが全てではないけれど、事実である事にも違いはないしね」

 

「ふう…私みたいな普通の高校生にはスケールが違い過ぎます」

 

「あら?でも彼女も自分じゃ至って普通の女子高生だと思ってるんだけどねぇ」

 

「え~?でも厳島さんってとても大人っぽいし、実際その…あのスタイルだし……えっと…あの宝石みたいな瞳で見つめられると何ていうか身体の芯が熱くなるっていうか…ああぁ~!私一体何言ってるんだろう!?」

 

「あはははは♪ナニナニ?香音ちゃんも厳島さんの事が気になるんだ??良かったらこの亜美お姉さんが相談に乗るよ~?」

 

「な、な、ナニ言ってるんですか蝶野教官!?」

 

 

 熊本の西住家滞在時にラブのたわわに色々やらかしている亜美は、その時の事を思い出しちょっと内なるケダモノが目覚めた状態で香音を弄り始める。

 

 

「いやね、あなた達審判員は立場的にお硬く見られがちだしお姉さんとしては心配な訳よ。だから香音ちゃんにも、そんな内に秘めたる想いがあるのが解って私も嬉しいのよ♪」

 

「何訳の解らない事言ってるんですか!?ちゃんと前見て運転して下さい!」

 

 

 真面目に抗議する香音だが、その顔は既に真っ赤になっているのであった。

 姦しい高機動車の車内を余所に、75式ドーザは黙々と除雪をしながら突き進んで行く。

 ラブ達の居る八甲田育成牧場まではまだ今少し時間が掛かるだろう。

 そしてこの時同じ審判員の高島レミを乗せ先行した10式は、遂にプラウダが構築した野戦司令部を発見しカチューシャ達と合流を果たしていた。

 

 

「ひびき!あなたここに居たの!?」

 

「え?レミこそ何でここに!?」

 

 

 思わぬ場所で再会を果たした二人は驚きつつもその顔は嬉しそうである。

 

 

「でも驚いたわ、レミが10式で現れるなんて完全に想定外ってヤツよ」

 

「ゴメン、今はそれ処じゃないの。大至急プラウダの各車に搭載されている非常用のタブレットを、全て回収しなければならないの。ひびきも手伝ってくれる?」

 

「それは一体どういう事!?」

 

「詳しい事は後で説明するから今は急いで!」

 

「う、うん解ったわ!」

 

 

 二人は協力しカチューシャやノンナに声を掛け、全車から問題のタブレットを回収すると一纏めにして雪の上に直接積み上げた。

 

 

「ちょ、ちょっと!こんな事しちゃっていいワケ!?」

 

「構いません、如何なる手段を用いてでも破壊する様蝶野教官から指示を受けています」

 

 

 足元に積み上げたタブレットを前に、レミはかまくらの中に集まった者達に大雑把ではあるがこのタブレットが今回の通信障害を引き起こしている元凶である事を説明した。

 最初は半信半疑であったのだが話を聞いて行くうちに皆表情が険しくなって行き、カチューシャがキレるのはいつも通りの事であったが、やはり最大の恐怖を振り撒いたのはノンナの凍れる怒りであり、その怒りが一気に放出された際にはカチューシャはガクブルで涙目になっていた。

 

 

「そういう訳でバッテリーを抜かないと完全に息の根を止められないのですが、如何せん専用工具がないと裏蓋が外れないので壊してしまうのが手っ取り早いという事です」

 

「解りました、それでは早急に破壊しましょう…跡形も残らぬように……」

 

「の、ノンナ!?」

 

「クラーラ、私のIS-2をこちらに回して貰えますか?」

 

「承りました」

 

「だから何でこんな時ばかり流暢な日本語で話すのよ!?」

 

 

 カチューシャ置き去りで話は進み、未だ激しい吹雪の中クラーラの操縦で本部となっているかまくらの前にIS-2が回されて来た。

 

 

「ニーナ、さっきボルシチを作る時に使った業務用ビーツの空き缶を此処に……」

 

 

 ノンナから指示が出る度に皆テキパキと動き、ノンナの要望に応えて行く。

 ニーナが持って来た一斗缶サイズの空き缶に、回収したタブレットを詰め込み100m程先に置いて来るように言うと、ニーナとアリーナが無言で作業を行い目印になるよう空き缶の周りに松明まで立てて戻って来た。

 

 

「御苦労さま、それでは後の始末は私が付けます」

 

 

 そう言うやノンナはIS-2に乗り込むと砲塔をタブレットが詰め込まれた空き缶に指向、そして一瞬の間の後に122mmが火を噴き、轟音と共に撃ち出された榴弾が空き缶諸共タブレットも粉微塵にこの世から消滅させてしまった。

 

 

「何考えてんのよ!?あんなモノ相手にIS-2の122mm使うなんて!」

 

「カチューシャ様、完璧を期すにはこれ位やって当然かと思います」

 

 

 あまりの事に声を上げたカチューシャだったが、ノンナの全く笑っていない目を見て硬直した。

 

 

「これで少なくとも後からこちらに向かっている蝶野教官とは無線で連絡が取れるはずです」

 

 

 レミの言葉で我に返ったカチューシャがT-34/85の無線機から共用回線で呼び掛けると、撃てば響く様に返って来た亜美の声は、聞こえた瞬間にはいっそ懐かしいとすら感じてしまうものだった。

 

 

『良かったわ、無線が繋がるという事は高島さんが無事そちらに到着したのね?』

 

 

 亜美の声には安堵の色が混じっているのが感じられ、どれ程亜美が自分達の事を心配していたかが伝わって来る声であった。

 

 

「教官、話は高島さんから聞きましたが、現状の我々の装備ではラブ達の救出は困難です」

 

『ええ、ですからその為の装備と共に今そちらに向かっているからもう少し待っていて下さい』

 

「了解しました」

 

 

 カチューシャが無線交信を終え外に出ると、やはりまだ吹雪は激しいままであった。

 

 

「良かった…熱の方は下がったみたいよ……」

 

 

 窮屈な体勢で自身をクッション代わりにしてラブを支え続けて来た瑠伽は、そっとラブの額に手を当て先程より熱を感じなくなった事に安堵の表情を見せた。

 ラブもまたその顔から当初のような険しさが消え、今は穏やかな表情で眠り続けていた。

 瑠伽は腕の中で豊かに波打つ深紅の髪を慈しむようにそっと撫でつけると、ラブの表情はより安心したような心地良さげなものとなっていった。

 

 

()()()薬が効いてくれたみたいね……」

 

「うん…いつもこうならいいんだけど……」

 

「まあ飲まずに済めばそれが一番だけどね……」

 

 

 瑠伽に抱かれ眠るラブの姿を見つめながらそっと言葉を交わす香子と美衣子と花楓。

 通常は常に愛がラブに影の如く付き従い身に周りの世話をしているが、戦車に乗っている間は愛もピンク・ハーツを任されている為Love Gunの搭乗員達が共同でラブの世話をしていた。

 これはラブがお嬢様にありがちな何も出来ない少女だからという訳ではなく、驚異的な回復を果したとはいえ、小出しなものが殆どではあるが今回のような事態が発生する頻度が比較的高く、そのサポートもAP-Girlsの少女達にとっては重要な役割なのだ。

 そしてこれは周りにそうとは悟られぬようひた隠しにする、ある意味ではAP-Girlsにとっての最重要機密であり、その機密保持に関して彼女達は手段を選ばぬ傾向が見られた。

 そんな三人に見守られ眠り続ける深紅の眠り姫だが、香子と美衣子と花楓は落ち着いて来た事に安堵すると同時に別の想いも胸に抱いていた。

 

 

『だけど今回の瑠伽は役得だよね、後でラブ姉の移り香クンカクンカしてやる……』

 

 

 結局の処AP-Girlsの少女達は、全員揃ってラブの事が好き過ぎるのであった。

 

 

「75式ドーザと施設作業車まで持ってたなんて…なんでこの学校は現用の防衛装備品をこんなにいくつも装備出来るのよ……」

 

 

 猛吹雪の中前照灯を煌々と灯し、積もった雪を掻きわけ現れた車両群を見たカチューシャは、車両に描かれた校章旗であるZ旗を見てそれが何処に所属する車両か即理解すると、またしても涙目になり愚痴も口を突いて出てしまうのであった。

 

 

「まあ…厳島ですからね……」

 

 

 ノンナも一つ溜め息を吐くと一言そう言うだけにとどめた。

 

 

「カチューシャさんお待たせしたわね!騎兵隊の到着よ♪」

 

「はいぃぃ?」

 

 

 現れた亜美は妙にテンションが高く、どうやらここまでの道中を香音弄りに費やしケダモノ成分をたっぷり補充したようでそれまでの疲弊ぶりが嘘のように回復していた。

 

 

「ひびき!レミ!」

 

『香音!?』

 

 

 審判員三人娘も再会を果たし、ここにいよいよAP-Girls救出に向け役者も揃った印象だ。

 

 

「良く戻って来れたわね」

 

「お蔭でお財布が空っぽになっちゃった……」

 

「苦労したんだねぇ……」

 

「さあ三人ともこちらにいらっしゃい、地図とあなた達の情報を照らし合わせて厳島さん達の正確な居場所を特定しましょう」

 

 

 亜美に促され三人も野戦司令部であるかまくらに入ると広げられた地図を前に作戦会議は始まり、それぞれの情報を元にラブ達の居場所にアタリを付けそれをノンナが地図に書き込んで行った。

 更にそこに至るまでに最適なルートを選定し救助プランを煮詰めて行った。

 

 

「それじゃあ基本はこのプランに則って進めましょう、接近すればどうにか無線が繋がる可能性も上がりますから呼び掛けをしつつ前進します。但しこの気象条件だと方向感覚の消失による遭難も注意しなければなりません、互いに連絡を密にして事に当って下さい」

 

「さあ、作戦が決まったら決行前に腹ごしらえよ!」

 

 

 カチューシャの合図と共にかまくらの中に、ニーナ達が作っていたボルシチの大鍋と、ザヴァルノイという独特の酸味のある麦芽で作られた黒パンが運び込まれて来た。

 

 

「しっかり食べなきゃ馬力も出ないわよ!」

 

 

 カチューシャ自ら器によそっては配り始めたボルシチは、吹雪の中除雪しながらここまで来た笠女の施設学科の生徒達にも好評で、それまで悲壮感すら感じられた彼女達のテンションも上がり、ここはカチューシャの味方を鼓舞するタイミングの絶妙さが際立つ事となった。

 

 

「前進!」

 

 

 笠女から借り受けた施設作業車に乗り込んだ亜美が号令を下すと、その前にいる2両の75式ドーザが排気管から黒煙を盛大に吹き上げ前進を始める。

 前進と後退を繰り返しながら、大量に積もった雪を押し退け75式ドーザが道を切り開く。

 その後続ではプラウダの車両が入れ代わり立ち代わり走り回り、出来上がった通り道を踏み固め降り続く雪に道が埋まらぬよう地道な作業を繰り返している。

 作業指揮車となった笠女の施設作業車の背後に続くT-34/85の車内では、カチューシャが無線を笠女使用の周波数に合わせ必死の呼び掛けが続いていた。

 

 

「ラブ!聞こえる!?私よ、応えなさい!」

 

 

 相変わらず応答はないがカチューシャは構わずにそのまま続ける。

 

 

「いい?よく聞きなさい!非常用に支給されたタブレットを破壊するのよ!そのタブレットが無線の妨害をしている元凶よ!もう一度言うわ、非常用タブレットを破壊しなさい!」

 

 

 カチューシャは休む事無く無線に向かい呼び掛けを続け、支援車両達も道を造り続ける。

 もう目と鼻の先にラブが居る、今はその想いだけが彼女達を動かす原動力だ。

 

 

 




今回はかなり審判の三人を話に絡ませる事が出来て満足してます♪

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