「う~ん……」
難しい顔で時折首を捻り、ポニーに結った緩く波打つ深紅のロングヘアーを揺らしているのは、私立三笠女子学園戦車隊隊長にして今や飛ぶ鳥落とす勢いの人気ボーカルユニットAP-Girlsのリーダーである厳島恋その人だ。
現在笠女学園艦はケイ率いるサンダースとの練習試合の為、その進路を佐世保に向けありとあらゆる航路記録を更新しつつ、太平洋上を艦のサイズを考えると有り得べからざる速度で航行していた。
その艦内、戦車隊隊長執務室のデスクの前で何やら考え込むラブが、革張りの椅子に身を預けその長く美しい脚を組み替えるとレザーが特有の軋みを上げ何とも扇情的な雰囲気が漂う。
「3戦して2敗1ノーゲームかぁ……」
隊長としてAP-Girlsの指揮を執り、三度の実戦を経験したもののここまで未だに勝ち星はない。
内容的には常に相手を翻弄し続けていたとはいえ、あくまでも結果は結果であった。
「やっぱコレが足引っ張ってるよなぁ……」
腕組みしたまま首を捻ると再び深紅の燃えるような髪も揺れる。
「う~ん……」
そして目を閉じこの日何度目か解らぬ唸り声を上げた。
それから瞑目して唸り続ける事しばし、突如として大きく目を見開いたラブは革張りの執務用の椅子から勢いよく立ち上がると、一際大きな声で意味不明な決意を口にした。
「決めた!うん、やっぱりそれしかないわ!っとなったらこうしちゃいられないわ!」
「きゃ!?」
やたら大声な独り言を言いながら、立ち上った時の勢いそのままに隊長執務室を出ようと扉を開いたラブだったが、勢いよく開いた扉の裏から悲鳴が上がり思わずその場でたたらを踏んだ。
「っと、何だ凜々子かぁ」
「何だとはご挨拶ね!それより何事よ、一人で大騒ぎして?」
「ん?何って私決めたのよ…そう、決めたの!」
「はあ?決めたって何を?ってどこ行くのよ!?」
凜々子の質問に答えにならぬ答えで返しながら足早に執務室から出て行くラブに、凜々子は話は終わっていないとばかりにその背中を追いながら言葉を投げつける。
「どこって亜梨亜ママの所に決まってるじゃない」
「さっきから答えになってないわよ!それより今日の訓練の弾薬使用許可書のサインがまだよ!」
「あ~、デスク置いといてよ~、後でするから~」
「ダメ!そう言っていつも忘れるでしょうが!」
ぎゃあぎゃあ言いながらも立ち止まらぬラブを追って、凜々子はそのまま笠女学園艦の巨大な艦橋区画まで辿り着いてしまう。
艦体との比率からするとかなり小さ目ではあるが、それでも学園艦自体が大きい為に余裕で複合ビル程の大きさがある笠女学園艦の艦橋は、本来のベースとなっているおおすみ型輸送艦の艦橋とはその外観は大きく異なり、どちらかと云えばひゅうが型護衛艦のそれに近い。
目立つところではフェイズドアレイレーダーを始め、電子装備がかなり強化されているらしくその部分だけ見れば、さながら強力な電子戦艦のようにも見えるのだった。
その巨大な艦橋区画に現在世界的企業である厳島グループの中枢機能が移管集約されつつあり、グループCEOにしてラブの育ての親でもある厳島亜梨亜のメインオフィスもその中に移されていた。
「恋、それは本気で言っているのですか?」
その日はたまたま何処にも行かずオフィスで業務に関する報告書に目を通していた亜梨亜の元に、飛び込んで来たラブから聞かされた話を亜梨亜は母として確認するように問い質した。
「うん!本気に決まってるじゃない亜梨亜ママ!だってこのままじゃ先が知れてるのが自分でも解ったんだもの、可能性があるなら賭けてみる価値はあると思うの!」
「それでも失敗した場合の事を考えると、今まで自分でも決心が付かなかったのですよね?」
「確かにそうよ…でもこの先の事を考えたら躊躇している場合じゃないわ!それにね、よく考えたら例え失敗しても今と大して変わらないんだもの、それなら可能性に賭けた方がずっといいにきまってるじゃない!ねえ、亜梨亜ママもそう思わない?」
「それはそうですが……本当にそれでいいのですか?」
ラブの言う事に理解を示しながらもあくまでも慎重な姿勢を崩さない亜梨亜だが、特に咎められる事もなくここまで付いて来てしまった凜々子は一連の親子の会話を聴き真っ青になっていた。
「勿論よ!私としては年が明けて新設校のルーキーリーグが始まるまでに何とかしたいの」
「……解りました、それではドクターにアポイントを取ってみましょう…今はクリスマス休暇に入ったりしてないかしらねぇ……」
「それじゃあ亜梨亜ママ手配の方宜しくね♪」
何でもない事のようにお気楽にそう言ったラブが亜梨亜のオフィスを後にしようとした時、それまで完全に沈黙していた凜々子が忘れていた呼吸を再開したように慌ててラブに声を掛けた。
「ら、ラブ姉!?今の話本気なの!?」
「あ、凜々子居たんだっけ~」
「居たんだっけ~、じゃない!とぼけるな!」
「別にとぼけてなんかないわよ~」
「だから!」
「うん、本気よ~。だけどこの事はまだ誰にも言わないでね~、特に愛は心配して大騒ぎするに決まってるから絶対にナイショにしててよね~♪」
「いっ…言える訳ないじゃにゃい!」
「にゃい?凜々子可愛い~♡」
「うるさい!噛んだだけよ!」
成り行きとはいえ実際とんでもない話をいきなり聞かされてしまった凜々子は、頭が真っ白になりその日の戦車道とステージの練習は今一つ身が入らなかった。
そしてその翌日無事佐世保に辿り着いた笠女学園艦は、ニミッツ級空母を原型とするサンダース大学付属高校の学園艦の隣で係留作業が行われていた。
青森から佐世保までノンストップの航行としては、やはり大幅に航路記録を塗り替えた笠女学園艦であったが、リアルタイムで更新される位置情報を見た学園艦運航に携わる者達からは、その記録は永久に更新不可能と言わしめる程の快速ぶりであり、途中追い抜かれたある学園艦の艦長曰く『あっと言う間に追い付き、あっと言う間に追い越し、そしてあっと言う間に見えなくなった』と言っておりその快速ぶりは既に各方面で噂になりつつあるのであった。
「しっかしウチに比べりゃ小さいとはいえさぁ、この図体で自力接岸しちゃうんだからこれはもう呆れるしかないわよね~」
空母型の学園艦のサイズとしては最大クラスであるサンダースに比べ、笠女学園艦は大洗より更に小さく潜水艦型を覗けば就航している学園艦の中では最小サイズであった。
しかしそれでもこのサイズの艦がタグボートの支援を一切受ける事なく、自力で入港する事はやはり驚異的な事であり、ケイが言うまでもなく港湾関係者も驚きの目でそれを見守っていた。
そしてそうこうするうちに接岸作業も終わり舷梯が展開され始めると、艦上から見下ろす形でそれを見物していたケイ達も桟橋に降りて行くのであった。
「ふ~ん、これが三笠女子学園の学園艦なのね~」
そう言いながらケイの隣に立ち、桟橋から純白の笠女学園艦を見上げる一人の女性。
濃いめのブラウンのストレートロングの髪を風に揺らすのは、大学選抜の中隊長にしてバミューダアタックの一角を占め、このサンダース大付属のOGでもあるメグミその人であった。
「ど~でもい~けど何でメグミがここにいるのよ~?」
めんどくさそうに言うケイは、その表情もまた露骨にめんどくさそうである。
「え~?何よその言いぐさは?仮にも先輩に向かってさ~」
「f●ckin!先輩ってのは朝っぱらからゴリ押しで、こうして押し掛ける人の事かしら!?」
「酷っ!いくら何でも先輩にその言い方酷くない!?」
「うっさい!いきなり押し掛けてラブに会わせろとか我儘言ったのは何処のどいつよ!?」
実は密かにAP-Girlsにどハマりしていたメグミは、今回サンダースとAP-Girlsの練習試合があるのを知り、ダメ元で申し込んでいた高倍率のチケットを見事ゲットしていたのだ。
そして更にケイとナオミがAP-Girlsのリーダーであるラブと古い馴染みであるのを知るに至り、憧れのラブに会いたい一心で、こうして形振り構わずOG特権を振りかざし笠女学園艦の入港に合わせ押し掛けたかと思うとケイとナオミを振り回していたのだった。
かなり早い時間に現れたメグミに叩き起こされたケイとナオミの目付きはかなり悪い。
お蔭で今朝二人に出くわした隊員達は気の毒にもビビりにビビりまくっていた。
「ったく…なんで私まで……」
ケイとナオミはこの調子で先程から文句を言い続けているが、メグミはひとりウッキウキでラブが現れるのを待っているのだが、そもそも接岸して早々にラブが現れる保証などなかった。
ケイとナオミの二人は、聖グロのダージリンとアッサムと同様こういう事でラブに負担を掛ける事を最も警戒していたのだが、今回のメグミのように直接行動に出られるとどうにも防ぎようがなく非常に頭が痛い問題であった。
故に二人はとしてはラブに連絡を入れる事をせず、こうして桟橋で待ちぼうけさせる事がせめてものささやかな抵抗だった。
しかし二人の気遣いも虚しく係留作業に当っていた笠女船舶科の生徒が二人の存在に気付き、艦橋を通じてラブに二人が桟橋に居る事が伝わってしまった為、数分後にはラブが舷梯を駆け下りて来る事になってしまい、それが一層二人の気持ちを重くさせてしまうのであった。
「ケイ!ナオミ!何よ、そんなトコで待ってないで直ぐに連絡くれればよかったのに~」
深紅のロングヘアーを靡かせ駆け寄って来たラブは、たて続けに二人をハグすると少し弾んだ呼吸を落ち着かせるようにひとつ深呼吸をして改めて二人に到着の挨拶をしようとした。
「凄いホンモノ!ホントに背高っ!そしてホントにデッカ!アズミ惨敗だわ!」
メグミはラブの胸元のたわわをガン見しながら騒いでいる。
「ケイ?…こちらはえっと……」
すっかり舞い上がり一人興奮するメグミに戸惑うラブがケイに説明を求める視線を向けると、ケイとナオミの二人が心底すまなそうな表情で力無く項垂れていた。
そして盛大に溜め息を吐いたケイが、吐き出すようにメグミの紹介を始めるのだった。
「おはよラブ…朝っぱらから済まないわね……彼女はメグミ、サンダースのOG…まあ私達の先輩ってトコね。今は大学選抜チームでパーシングに乗りながら中隊長やってるわ……なんかAP-Girlsの熱烈なファンらしくてね、ラブに会いたくてこうして朝も早よから押し掛けて来たって訳よ……ラブ、ほんとゴメン……」
めんどくさそうに紹介したケイをグイッと押し退けラブの前に進み出たメグミは、胸の前で手を組み目を輝かせうっとりとした表情でラブを見つめ他は一切見えていないようだ。
「あぁ…ホント素敵……まさにラブお姉さまよねぇ♡」
「お姉さまって…ラブは私達と同い年!メグミの方が年上でしょうが!」
こめかみにバッテンを浮かべたケイがメグミをどやし付けるが、完全に舞い上がっている彼女の耳には届いていないようで、独りどこか違う世界に行っている。
「始めまして、厳島恋と申します。どうぞ宜しくお願い致します」
「ああぁ!なんて素敵な声♡」
都合のいいメグミの耳には、ラブの声だけは届いているようだった。
「あの…?メグミさん……ああそうか……」
ここに来てラブの中で、目の前に居る今日はカジュアルな女子大生らしい私服姿のメグミの事が、大洗戦のバミューダアタックの一人であるメグミと一致したようだ。
「え?私の事ご存じなの!?」
ラブの反応に驚きの声を上げるメグミだったが、続くラブの呟きに凍り付く事になる。
「メグミさん…大洗戦でみほ達の事いじめてくれちゃった大学選抜チームのメグミさんか……」
「え゛……!?」
ラブの呟きでメグミが固まった瞬間、ケイとナオミは逆襲のチャンス到来とばかりに二人して両側からメグミに肩を組むと、実に人の悪い笑みを浮かべ連携して一気に畳み込んだ。
「ラブはあの西住姉妹と親戚よ」
「え゛ぇ゛!?」
「そうよ、幼い頃から姉妹同然に育って来たの」
「そんな……!」
「一時期は一緒に暮してた事もあるのよ」
「ウソ……」
「西住流とラブの厳島流は姉妹のような関係の流派なのよ~」
「……」
「そしてラブが現厳島流の家元なのさ」
「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛~!」
両側からステレオで流れ込む情報に、何かラブの中に自分の悪いイメージがどんどん構築されて行くような感覚に陥ったメグミは頭を抱え絶望的な呻き声を上げた。
「あ、あれはその…上からのお達しで仕方なく……」
「仕方なくカールやらT28なんかも使ったと……」
「あ゛ぁ゛ぁ゛!だからそれはぁ……!」
完全に涙目というか涙の粒をぽろぽろ零しながら、メグミは両の耳を塞ぎイヤイヤをするように激しく首を左右に振った。
一方のラブもうっかり天然で呟いてしまい、その結果ケイとナオミに弄られるメグミを暫くの間呆気に取られて見ていたが、完全に取り乱すメグミの声にハッとして助け船を出すのだった。
「ああぁ!ごめんなさい!つい…もう気にしていないから大丈夫ですよ!それよりわざわざ会いに来てくれるなんてありがとうございます」
ラブは頭を抱えしゃがみ込んだメグミの手を取ると、立ち上がらせながらそう声を掛けた。
エグエグと子供のように泣いていたメグミも、間近に迫るラブの美しい瞳にぽ~っと頬を赤らめるとピタリと泣き止んだ。
「グス…その…嫌われてない……?」
「嫌うなんてそんな、熱心に応援して頂いて嬉しいです♪」
泣いたカラスがもう笑う、そのラブの言葉でメグミの顔がぱ~っと笑顔になった。
その様子をケイとナオミの二人は甘いといった顔で見ているが、ラブは気付かぬふりをしている。
「うぅ…良かった……」
明るい笑顔にはなったが声の方は力が抜け消え入りそうなメグミだった。
「今回のライブには来て頂けるんですか?」
しかしラブの一言で途端に元気を取り戻すメグミだった。
「ええ!今回は見事チケットをゲット出来たわ!」
ショルダーのドラムバッグから取り出したネット予約の当日引換券を誇らしげに掲げるメグミ。
ラブが見るとそれは一般席でも若干後方の席のようであった。
それでも嬉しそうにしているメグミを見て何か思う処があったのか、パンツァージャケットのベルトに付いているポーチから一枚のカードを取り出すと、今日から最終日までの日付けと自身のサインを入れ、同じポーチから取り出したIDカードホルダーに差し込むとそれをメグミに手渡した。
受け取ったメグミがホルダーの中身を見ると、そこにはLOVE'S VIPと書かれたフリーパスカードが入っており、よく見ればネックホルダーのストラップにも、AP-GirlsとLoveの名が入っておりラブ専用のものである事が解る。
「コレって……?」
戸惑うメグミにラブは微笑みながら手渡したカードの説明を始めた。
「これは私のプライベートゲスト専用のIDカードです。メンバー全員支給分は個人の裁量で配布する事が許されているので気にせずにお使い下さい。今日から三日間、私のゲストとして全てのサービスが最優先で受けられるので存分に楽しんで下さいね♪ライブの方もこのIDで関係者招待席で見る事が出来るので、入場は一般ゲートではなく専用ゲートの方に回って下さいますか?」
ラブの説明に驚き大きく目を見開くメグミだが、その横で今度はケイが大きく声を上げた。
「いくら何でもそれはダメよ!そんな事をしていたらキリがなくなるわよ!?」
ケイの言う事は尤もであるが、ラブは優しげに微笑むと小さく首を振りそれを押し止めた。
「ありがとう、でも大丈夫よ。こういう時の為に使う枠なのよ。大事な友達の先輩でしょ?だったら私にもこれぐらいさせてよ」
「けど……」
「その代わりと言ってはなんですけど、そちらのチケット宜しいですか?」
ラブはメグミから一般席チケットの引換券を受け取ると、少し離れて携帯で何処かに連絡し何やら手続きを始め、暫くすると戻って来てメグミに告げるのだった。
「コチラのチケットは、私の権限でキャンセル手続きさせて頂きました。大丈夫、まだキャンセル待ちがいっぱいだからあっと言う間に売れちゃいますよ♪あ、メグミさんの口座には直ぐに返金されますからね、キャンセル料は掛かりませんからご心配なく」
「え?でもそんな……」
「一枚のチケットで二重に料金取れませんから、それにお渡ししたパスもお金を頂く物ではないので本当に気にせず存分に楽しんで下さいね」
厳島の桁外れの太っ腹さと予想外の事態に呆然とするメグミ。
「ああ、そうだ。メグミさん三日間宿泊先はお決まりなんですか?」
「え?ああ、決まってるというかケイの部屋に転がり込むつもりだったから……」
「これだもの!」
メグミの図々しさに軽くイラっとするケイだったが、ラブはクスクスと笑いながらもメグミに再び渡したパスの説明を始めた。
「それでしたら本艦のゲスト用の宿舎にお泊り下さい。先程言ったようにそのパスにはあらゆるサービスが受けられる権利が付与されていますので。勿論全てにおいて料金を頂く事はないので御安心下さい。お荷物はそれだけですか?」
「え?ええそうです……」
「それならこのまま私と一緒に乗艦してしまいましょう。その方が手続きも簡単に済みますから」
もう展開に付いて行けず呆然と流されるままのメグミと、自分達も笠女滞在時に使ったあそこかと宿舎と呼ぶにはやたら豪華な施設の事を思い出すケイとナオミの二人。
「そうだ、みんな朝ごはんは?」
「いや、さすがにまだよ…何しろホントに寝てるトコに強襲されたからね……」
「その…ゴメン……」
「それじゃあ二人も一緒にウチに来て一緒に朝ごはん食べましょうよ~♪」
「なんだ、ラブもまだ食べてなかったのか?」
ナオミがそういうとラブは笑いながら答える。
「いやあ、丁度朝練終わった処で連絡貰ったのよ~」
「ああ、それでパンツァージャケットだったのか」
「そ、そういう事よ。さあ行きましょ、もう学食も全開で営業してる時間よ」
三人を引き連れ向かった学食では、ラブの言う通り既に笠女の生徒達が旺盛な食欲を示しており、その広さと賑わいを経験済みのケイとナオミと違い初体験であるメグミは驚いて固まっている。
「基本バイキングスタイルなので好きなものを好きなだけ食べて下さいね~♪」
メグミにトレイを渡しつつ、ラブも自分のトレイを取ると列に並んで行く。
「こ…これが学食?これが朝ごはん……?」
「そうよ、これが笠女…厳島の朝ごはんよ」
自分達も慣れた手付きでおかずをトレイに盛り付けつつ、呆然とするメグミの呟きに答えたケイは、メグミのトレイに自分も取った厚焼き玉子を盛り付けてやった。
「あ…ありがと……それにしても見た目だけでもやたら豪華ね……」
並べられた朝食メニューのおかずの数々を見たメグミは、大学選抜の合宿や遠征先での食事と頭の中で比較してみたが、この学食の方が遥かにレベルが上に感じられたのだ。
そしてあれこれ盛り付けたおかずで満たされたトレイを手にメグミは再びラブ達と合流すると、手近な空いているテーブルに付き四人揃って朝食を頂き始めた。
「美味しい…とても美味しいわ……これが学園艦の学食だなんて信じられない……」
「まあサンダースはどうしてもやる事がアメリカンだしねぇ」
「確かになぁ……」
メグミの呟きにケイとナオミも苦笑しながら答えた。
そしてそれに続きラブが話した事にまた驚く事になった。
「笠女って普通科のない専門色の強い特殊な学校なんですけど、かなり体力勝負なトコがあるんですよ。だから学校としても生徒の食事に関しては重要視していて一日三食学食で食べられるようにしています。でもこの食事も指導員が付いているとはいえ、給養員学科の生徒達が作ってるんですよ」
「え?ここって新設校よね?全員一年生でしょ!?」
メグミは大きく目を見開き驚きの声を上げる。
「はい、仰る通り本校にはまだ一年生しか在籍していません。でもハッキリ言ってウチは超の付くスパルタ教育なので一年でこのレベルに達しています。尤も入学段階でそれなりのレベルに達していないと、とても付いて行けないのも事実ですけど。特に給養員学科の生徒の場合、他の生徒に食事を供給してそれが成績に反映されますからとても意識が高く、それ故に給養員学科は笠女最強の学科とも呼ばれてるんですよ」
最後は笑い話にするようにしてラブは説明を終えたが、自分の高校時代と比較してあまりにかけ離れた世界の話に思えたメグミは、目の前の朝食に集中する事にした。
そしてあらかた食べ終え精神的に落ち着いて来た頃、メグミはどうしても気になっていた事をラブに質問するのだった。
「あの…さっきケイ達がラブ…厳島さんと西住姉妹が親戚だと言ってたけど…その……」
「ああ、その事ですか?本当ですよ。まあ親戚といってもかなり遠縁なんですけど、西住流と厳島流の創始者同士がとても仲が良かったらしく、それ以降両家の関係は血筋以上に深い繋がりになっています。私達の世代もまほと私が同い年だしみほも年が近いですしね」
「それで……でも一緒に暮してたっていうのは?」
メグミがこの質問を放った瞬間必然的にその話題に触れなければならない為、ケイとナオミはハッとした表情になったが、ラブは大丈夫といった穏やかな表情で話を続けた。
「私は幼い頃に両親を事故で亡くしているのですが、母の双子の姉が私を引き取るまでの半年程の間、私は熊本の西住家でまほ達と一緒に暮していた事があるんです」
「……!その…ごめんなさい!」
「ああ、気にしなくても大丈夫ですよ。私にとってはとても良い思い出ですから♪」
にこやかにそう返したラブにメグミは恐縮して頭を下げた。
しかしラブは気にせずもう一つメグミが聞きたいであろう事についても話し始めた。
「この三笠女子に入学して戦車道をやるにあたり、身内のみで継承して来た厳島流の親族会議が開かれて、満場一致で私が家元になる事が決められちゃったんですよ。まあ近年は皆家業が忙しく戦車道に関わっていたのが私だけなのが一番の理由なんですけどね~」
最後は困ったもんだと云うような笑い話にして話を締めたラブは、気を利かせてナオミが取って来てくれた食後のコーヒーの立ち昇る香りに満足気に頷いてみせた。
「色々と大変なのね…うわ!ちょっと!このコーヒー味も香りも只事じゃないんだけど!?」
ラブに倣って何気無くコーヒーに口を付けたメグミは、思わず驚いて声を上げてしまう。
「これはこの間と同じアレだろ?」
「ん~?そうよ同じよ~」
自身もその香りを楽しみつつ聞いたナオミに事も無げに答えるラブ。
訳が解らないといった顔をするメグミに、ケイがコーヒーを一口啜った後に解説してやる。
「これドイツのダルマイヤーよ、でしょ?」
「うん、そうよ~」
ケイがラブに一応確認すると、ラブもざっくりと肯定した。
「うそ…学食でダルマイヤー……」
「だって厳島だもの」
呆然とするメグミにもう慣れたといった風のケイがあっさりと言い放つ。
尤もそのケイもそれに慣れつつある事に若干恐怖を感じているようではあった。
「あれ?ラブ姉こっちに居たんだ」
全てにおいて桁違いな笠女に呆然としているメグミの背後から、ラブに向かって掛けられた言葉にメグミが振り向けば、そこには声を掛けた鈴鹿を先頭にAP-Girlsのメンバー全員がズラリと並んでおり、どうやら彼女達も朝練後に朝食を取っていたようで手にはそれぞれ空になったトレイを持っていて、丁度それを返却しに立った処のようであった。
「ああみんな、丁度いいわ。紹介するわ、こちら今回私のLOVE'S VIPとしてご招待したメグミさんよ。ケイとナオミの先輩で大事なお客様だからみんなも失礼のないようにね」
「うそ!?AP-Girlsのメンバーが全員!やっぱりみんな可愛い~♡」
突然現れた彼女達にメグミはすっかり舞い上がりハイテンションではしゃいでいる。
トレイを先に返却して戻って来たAP-Girlsは代わる代わる挨拶をしては握手をして行き、目をハートにしたメグミは興奮し過ぎて倒れるのではとケイをハラハラさせていた。
完全に舞い上がってしまったメグミは気付いていなかったが、挨拶を交わしあの大学選抜でバミューダの一角を占めるメグミであると認識したAP-Girlsのメンバー達は、途中興味深げな眼で彼女を見ておりラブはちょっと困ったような顔をしていた。
「はぁ~♡もうホント夢みたい…ラブお姉さまに会えただけじゃなくて一緒にご飯まで食べて、更にAP-Girlsメンバー全員と握手まで出来るなんて♪」
ちょっと違う世界に逝っちゃってるメグミは本人を目の前に、『お姉さま』と呼んでしまった事に気付いていないが、AP-Girlsのメンバー全員がラブから目を逸らし肩を震わせていた。
まあ実際ラブに届くファンレターの殆どが、年齢に関係なく私のお姉さまになって下さいといった内容で、どちらかというと年上の方がその傾向が強くラブは微妙な表情になっていた。
「さ、さあそれじゃあ宿舎の方にご案内しますね。いつまでも大荷物を背負ったままでは疲れるでしょ?その後でサンダースにご挨拶に伺いますから取り敢えずそこまでご一緒しましょう」
「ラブ、本当に済まないわね……」
至れり尽くせりメグミをもてなすラブに、ケイとナオミは自分達の先輩の事でラブの手をここまで煩わせてしまった事に恐縮しているが、ラブは笑顔でそれを止めると改めて二人に偽る事なく自分の気持ちを伝えるのだった。
「私ね、大事な友達の為に役に立てるのが本当に嬉しいのよ♪だから本当に気にしないでね」
「ありがとう……ラブ」
ケイとナオミの二人はその言葉を有難く受け取る事した。
しかし二人は同時に、今もラブが自分の周りから人がいなくなる事を無意識のうちに極端に恐れているであろう事も読み取り、密かにその胸を痛めているのであった。
「メグミ、ちょっといい?」
宿舎に移動し部屋の豪華さに驚きながら荷解きするメグミに対し、一緒に部屋に来たケイとナオミは少々硬い表情と声で話し掛けた。
「ん?なに?」
「あのね、これから話す事はラブに言って欲しくないし他言無用な事だけどそれを守って貰える?」
「え?何よ急に?」
「よく聞いて、これは大事な事なの。もし守って貰えないなら私達はこれ以上あなたがラブに近付く事を認める事は出来ないわ」
ケイの只事ではない物言いと表情にメグミも思わず身構えてしまう。
しかしその悲しみの色も滲ませた二人の真面目な表情に、メグミは何かを感じ取り自身も極めて真面目な表情となると、無言で頷きケイとナオミに対し誠意を表して見せた。
「3年前の榴弾暴発事故はメグミも覚えているわよね?」
メグミの決意を見て取ったケイの口から、ラブの過去と今そして未来に係わる話が今改めて語られ始め、その内容にメグミはラブが如何に大きなものを背負わされているかを知る事となる。
サンダース編突入です♪
やっぱ最終的にはたわわ対決になるんかな~?
しかしアズミ惨敗とかメグミさんいきなり容赦ないですねw
冒頭のラブの決意は一応この先の布石になります。
それが何かはこの6連戦が終わってからという事になってます。