ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

80 / 309
フェアプレイを尊ぶケイにはラブって相性最悪だよね……。


第三十七話   The Itukushima Witch Project

「で?どっちがどう展開するって?」

 

「うん、それならウチが反対側に行かせてもらうわ。数も少ないから移動するにも速いしね」

 

「それでいいの?」

 

「ええ、いいわ。炭鉱住宅エリアに罠張って待ってる」

 

「そりゃ怖いわね~」

 

 

 炭鉱の小島にS-LCACで一気に上陸を果たしたラブ達は、試合開始に当り双方のスタート地点を決めるべく最後の話し合いを行なっていたが、ラブとケイの二人はいともあっさりと話し合いを済ませると、冗談とも本気ともつかない事を言ってはお互いに笑っていた。

 今回戦いの舞台となるこの小島は周囲約4㎞程の島であり、最盛期には約8,000人程の炭鉱夫とその家族が暮らしており、島内には当時最先端の更に上を行く集合住宅と生活に必要な公共施設や商業施設を始め各種娯楽施設も整えられ、時代背景と照らし合わせてもその生活水準は非常に高いレベルにあったものの、石炭需要の低下と安い海外からの輸入品に押され近年まで何とか頑張ってはいたが遂にその役目を終え廃坑となり、同時に島からは人の営みも姿を消していた。

 

 

「それにしてもあれね…普通の市街地を封鎖しての戦車戦と違って廃墟…ううんまだそう呼ぶのは適切じゃない気がするわ、だってまだ人が暮らしていた匂いが残っているもの……そう言う場所で戦うのって何かちょっと切ない感じがするわ」

 

「そうね……」

 

 

 合同ブリーフィングの際にも感じて口にした事を、上陸ポイントとなった海岸から見渡した島の様子を見て改めて言葉にするラブと、傍にいて言葉少なにそれに同意したケイであった。

 

 

「それでもさ…そのお蔭で私達もこうして貴重な機会を得た訳だしね、ここは割り切って考えた方が良いと思うわ。この島もこのまま朽ちて行くんじゃなくて生まれ変わる訳だし」

 

「そうね…確かに言う通りね……ここは盛大に破壊して後の作業を楽にしてあげましょう♪」

 

 

 沈み掛けた気持ちを切り替えようとするケイの言葉と口調にラブも頷いた後にそう続けた。

 しかしそのまま視線を巡らせたラブの動きがある一点を見て静止した。

 

 

「ねえケイ…あの重機なんだけど、私あれだけは壊してはいけない気がするの」

 

 

 そう言うラブの視線の先にはカマキリのような恐竜の骨格標本のような、どこかユーモラスな雰囲気を放つ不思議な重機がぽつんと港に佇んでいた。

 

 

「確かジブローダーとか島の資料に載ってたわね……」

 

「うん、コンベアで運ばれた石炭を掻き集めたりする重機だったわ……あのね、何て言うかあのジブローダーには敬意を払わなければいけない気がするんだけど…ケイはどう思う?」

 

 

 自分達の戦車同様に物言わぬ存在ではあるが、ケイはラブが云わんとする処はよく解るのでその提案を受け入れ部隊の隊員達にもジブローダーに対する攻撃を禁止し、両軍同意の上でそのエリアを独自に交戦禁止エリアと設定したのであった。

 これにより生き残ったジブローダーは島の再開発後もそのまま残されて、島の歴史を語る存在として活用されて行く事となったのであった。

 

 

「それじゃあ私達行くわね、また後で♡」

 

 

 ラブはそう言うとケイに向かいひとつ投げキスをすると、そのまま背を向け待機しているLove Gunに乗り込むと即前進の命を下し、AP-Girlsの少女達が搭乗している5両のⅢ号J型は一列縦隊を組み砂浜を出ると、島の反対側に位置する大規模団地を目指し進んで行く。

 島内では県道も整備されていて嘗ての住民達も車を使用していた為、思いの外道路網はしっかりしているので、車に比べ足の遅い戦車であってもすぐに目的地に到達してしまう。

 故に両軍の激突は試合開始後比較的早い段階から想定されており、スピード勝負の電撃戦が予想されてはいるがそれはラブの動き次第という条件付きの予想であった。

 試合開始に向け動き始めた両軍の様子を、米軍佐世保基地内の観戦エリアで見守る一同はアレコレ予想を立てているがそれらが全てラブを軸に考えられている事に、同じ観戦スタンドにいるメグミとしてはやはり驚きを禁じ得ないのであった。

 それはラブが不利とういう発想ではなく、ラブがどこまでサンダースの戦力を削ぎ落とすか、或いはどれだけラブがケイを翻弄するかという点に論議は集中し、誰もそれを疑っていないのだ。

 

 

「誰も最初から厳島さんが負けると思っていない処が凄いわね……」

 

「まあウチの隊長も怪獣みたいなモンですからねぇ…あ、おっぱいは完全に怪獣ですね~♪」

 

 

 メグミの驚きに自分の学校の隊長であるラブに対し、結構酷い事を言ってのける結依であった。

 

 

「結依ちゃん……」

 

 

 返答に困ったメグミであったが、結依の方は違う事に反応し目を輝かせはしゃいでいる。

 

 

「あ♪メグミさん今結依()()()って呼んでくれましたね?嬉し~♡」

 

 

 どう見てもエスコート役を口実に、メグミとのデートを楽しんでいるようにしか見えない結依であるが、本人もそれを隠そうとしない辺りはさすが笠女の生徒会長を務めるだけあり相当の大物だ。

 完全に結依に翻弄されるメグミの様子を、いつの間にか全員が嬉しそうに注目している事に気付いてはいたがそれでも結依を止める事が出来ないメグミであった。

 自分が完全に深みにはまっている事を自覚しているもののそこから抜け出す事が出来ず、また当のメグミもその努力はしておらず、それはメグミが既に結依の可愛さにやられている証拠だった。

 

 

「ほう…なるほど……」

 

 

 何がなるほどなのかよく解らないが、例によってアンチョビはその様子をメモ帳に書き付けていたり、他の者もちゃっかり写メや動画を撮影している辺り抜け目がないとしか言いようがない。

 しかしそんなバカな事をやっている間にもラブ達が島の反対側のスタート地点に到着し、随伴した給油車両が審判員立会いの下ここまでに消費した分の燃料を補給、その車両達も順次撤収しS-LCACに収容され小島から離脱するといよいよその瞬間が訪れる。

 小島の上空で観測機の銀河が旋回行動を始めると同時に、打ち上げられた信号弾の破裂音が響く。

 

 

「Go ahead!」

 

「Tanks move forward!」

 

 

 両軍の隊長が前進を指示、エンジンが唸りを上げ履帯が軋み鋼鉄の猛虎が目を覚ます。

 AP-Girlsを率いるラブがここまで戦って来た戦績は3戦して2敗1ノーゲーム。

 ラブ本人は実質3連敗と思っているが、直接砲火を交えた者達のその評価は全くの逆である。

 曰く全く勝った気がしない、或いはいいようにやられた。

 特に初戦で激しくやり合ったダージリンの聖グロ戦車隊の被害は甚大であり、未だ修復の終わらぬ車両も多くその有様は確かに勝者のそれとは程遠かった。

 

 

「ケイ、あなたのフェアプレイを貫く精神は尊いわ……でも今あなたの目の前にいるのは、それだけではどうにもならない相手である事を解っていて?」

 

 

 まるでケイに言い聞かせるかの如く呟くダージリンの青い瞳は、冷たい光を放っている。

 様々な想いを胸にその試合の行く末を見極めようとする者達の目の前で、まず最初に動きを見せたのは他ならぬラブであった。

 試合開始を告げる信号弾の炸裂直後に即発砲したLove Gunから放たれた徹甲弾は、極端な山なりの弾道を描いた後、大学選抜戦と同様アリサが搭乗するM4A1にほぼ直上から襲い掛かった。

 砲塔に直撃を喰らい激しく揺さぶられるM4A1の車内で、状況から即座に何が起こったか理解したアリサは何故自分が狙われたか理解出来ず思わず悲鳴を上げてしまった。

 

 

「ひぃぃぃ!なんで私!?」

 

「あっはっはっはっは!それは小細工するなよって警告よ!」

 

 

 いきなりのノックに動揺するアリサに対しケイは笑いながらそう忠告したが、試合開始早々にラブが試合の主導権を握りに来た事に内心歯軋りをする想いであった。

 コマンダーキューポラから顔を出し被害状況を確認したアリサは、白旗こそ揚がらなかったものの大きく凹みの出来た砲塔上部を見て青い顔をしている。

 そして観戦エリアのサンダース陣営のスタンドでも、いきなり見せ付けられたラブの大技に悲鳴とも感嘆ともつかぬ声が巻き起こっていた。

 

 

『Shit!いきなりやってくれるじゃない!これでやられた経験のない子達は警戒心ばかり強くなって動きが鈍くなるのは確実ね……』

 

 

 自身も中学時代始めてラブと相対した頃に、これでやられて自滅した経験があるだけにいくら口で言っても頭が追い付かないのはケイも解っているので、後はもう体で覚えさせるしかなくそれまでにどれだけの損害が出るか考えると頭が痛かった。

 因みにこの時のラブは、団地区画にある小学校の裏山の神社に続く急階段にLove Gunを乗り上げさせ、極端な仰角を稼ぐ事で高弾道による予測射撃を敢行していた。

 距離にして約1㎞の予測射撃はラブにしてみれば、相手が見えない事は別にして短距離射撃でしかなくその難易度は決して高いものではないようで、あの異常な集中した姿は見せずむしろ鼻歌でも歌うような調子で砲撃を行なっていた。

 しかしそれでも試合開始時の居場所を特定し、そこから数秒後の移動目標の到達ポイントを予測し直撃弾を与えるなどという芸当はやはり普通ではないと言わざるを得ない。

 

 

「んふふ~♪取り敢えずはこんなもんかな~?これ以上アリサさん苛めるとナオミが怖いからね~、あの解り易いツンデレ怒らせて、17ポンドで後ろからfu●kされたら堪ったもんじゃないし」

 

 

 下品且つ下らない事を言うラブを、Love Gunのメンバー達もいつもの事ながら白い目で見つつも口には出さず心の中で罵倒していた。

 

 

『このゲスなヘンタイおっぱいが!』

 

 

 尤もその程度の事を直接言っても通用するタマではない事は、全員よく解っているので下らない事で無駄にエネルギーを消費しないよう口に出さないだけであった。

 

 

「まあこれで警戒して進撃速度が落ちるとしても、この距離じゃたかが知れてるしね~。でもまああの子達ももう配置に付いてるだろうし時間稼ぎとしては妥当かな?」

 

 

 今回試合前にラブからAP-Girlsへの課題は厳島の基本である単騎駆けであったが、更に今回上乗せする形で課されているのは味方をも利用する事であった。

 これは如何なる状況下にあっても生き残る為にどこまで非情になれるかを見極めるものであり、自分だけでも生き残り目的を完遂する為には味方ですら利用する、傍から見れば正直かなりエグい内容のオーダーであるかもしれなかった。

 しかし既に厳島流の真髄を理解しているAP-Girlsの少女達は躊躇する事無くそれに従っており、春から此処までの短期間に彼女達をここまで鍛え上げたラブはやはり只者ではなかった。

 だが今回のそのオーダーは実質敵味方お構いなしに自車が生き残る為に好きにやれと言っているに等しく、それに付き合わされるサンダースには気の毒としか言いようがない。

 

 

「今のナニ……?」

 

 

 AP-Girlsの試合の方を見るのは今回が初めてであるメグミは、中継映像とはいえラブが行なった完全に曲芸の域にある射撃を見てポツリと一言そう呟いた。

 

 

「ああ、今のはですね──」

 

 

 さすがにこういった場面でまでおふざけを入れる事は誰もせず、まほが代表してラブの超長距離予測射撃に関しての説明をメグミにしてやるのであった。

 

 

「そんな事が可能なの…って今目の前でやってたけど…あらゆる事が桁外れなお姫さまね……」

 

「本人曰く相手になり切って考え行動を予測し、その場所を頭の中に忠実に思い描きそこに砲撃を加えるだけだとラブは以前言ってましたね」

 

 

 まほに続きアンチョビが補足説明を入れる頃には、メグミの顔色はすっかり青くなっていた。

 

 

「そりゃあ理屈ではそうかもしれないけどさ……」

 

「前半に関しては一種のプロファイリングのような事を事前にやってるみたいですね。さすがに情報ゼロの相手には無理だと本人も言ってましたから。只アイツの地図丸暗記能力は確かに常軌を逸してると思いますけどね……」

 

「は?地図丸暗記?」

 

「ええ、そうです。ラブは地図を見ると数分で等高線一本に至るまですべて暗記出来るらしいです。それを元に頭の中に試合会場全体を立体的に思い描きそれを合わせてあの砲撃に繋がる訳です」

 

 

 最早完全に理解の範疇を超えているラブの能力に、メグミの頭はパンク寸前であった。

 

 

「メグミお姉さま大丈夫ですか?」

 

「え?ええ、大丈夫よ…あ、ありがとう結依ちゃん」

 

 

 フリーズし掛けていたメグミの耳に結依の声が届き鼻腔をコーヒーの香りが擽った。

 気が付けば持参していたらしいポットから紙コップに注がれたコーヒーが、メグミの目の前に差し出され、その良い香りがメグミの意識を覚醒させていた。

 

 

「んん?この香りはもしや!?」

 

「うふふ♪さすが西住隊長、お察しの通りダルマさんですよ、一杯いかがですか?」

 

「おお!それは是非頂こう♪」

 

 

 嬉しそうにカップを受け取るまほだが、自分と一緒に茶トラケッテンクラークの後部に積まれていた荷物はこれであったかとメグミはこの時になって理解したのであった。

 

 

「他の皆さまもどうぞ~♪」

 

 

 カップにコーヒーを注いでは順次回して行く結依であったが、ダージリン達聖グロ組と目が合うとにっこりと微笑み違うポットを取り上げて見せた。

 

 

「淹れたてでないのと紙コップで申し訳ないのですが、宜しかったらこちらをどうぞ」

 

 

 差し出された紙コップをダージリンが受け取ると、その手の中のカップからは覚えのある香りが立ち昇って来て思わず顔が綻ぶダージリンである。

 

 

「まあこれは♪」

 

「ええ、そうです♪お気に召して頂けましたか?」

 

 

 笠女滞在時に堪能し帰り際にお土産にも分けてもらった祁門(キームン)の極品の茶葉の香りに、ダージリンの横にいたアッサムも気付いたようで笑顔になった。

 聖グロの中でも実は左程紅茶に明るくないルクリリも、さすがにその味と香りにうっとりする辺りはそれだけのクオリティである証明かもしれない。

 

 

「ふう……しかしそれだけの実力がある厳島さんが、あの事故に遭わずあなた達と一緒に進学していたら今の高校戦車道もどうなっていたのかしら……?」

 

「ラブは…本来であれば私と一緒に黒森峰に来るはずでしたから……」

 

 

 メグミはその少し寂しさを湛えた表情にハッとした。

 目の前にあった約束された輝ける未来を、奪われたまほ達の悲しみがそこに垣間見えたのだ。

 もしあの事故が起こらず順当にラブがまほと共に黒森峰に進学していたら?

 もしそうであれば恐らくはみほの一件も回避され、黒森峰の連覇も途切れなかったであろう。

 それはつまりその後の大洗の廃校もそのまま何事もなく執り行われ、今のこの状況も起こり得ないという事であり、その事実にメグミは軽い眩暈を覚えるのであった。

 だが歴史に、時間の流れに『if』はなく今があるだけだ。

 

 

「あの音はラブ姉がやったか……」

 

「まああのタイミングでやれるのはラブ姉しかいないしね~」

 

 

 港から団地区画に通じる県道沿いに建つ、島内唯一の簡易郵便局の裏手にあるボーリング場の建屋を力任せにを背後から突き破り内部に潜伏しサンダースを待ち構えるブラック・ハーツの車内では、車長である鈴鹿の呟きに通信手の焦げ茶の瞳と同色のセミロングをソフトウルフにした少女、伊澤芹香(いさわせりか)がたった一発轟いた砲声から状況を読み取っていた。

 

 

「ケイ隊長の本隊は私らの通ったルートで来るだろうね、時間的には後3分ってとこかな?奇襲は一発勝負で隊長車に仕掛けるんでいいのかい?」

 

 

 クルクルとよく動く紅い瞳、ゴールドアッシュに跳ねの大きいグレージュショートの砲手、雪村瑠奈(ゆきむらるな)は面白そうに聞いて来る。

 

 

「そうね、私達の初手としてはそれでいいと思う」

 

 

 瑠奈にそう答えた鈴鹿は壁越しに姿は見えないが、確実に迫って来るであろうサンダースの本隊に狙いを定め奇襲を仕掛けるタイミングを計っている。

 AP-Girlsのメンバー中、容姿性格共に最もクールと言われている鈴鹿であるが、隊としての副長はあくまでも愛である事に変わりはないが、それ以外の場面ではこの鈴鹿がチームの取り纏めをする事も多く、全員が『ラブ姉』と慕うラブ以外では皆のお姉さん役を務める事も多いのであった。

 また戦車道においても、チーム内で最も与えられた役割に徹する事が出来るのが彼女であり、非情かつ狡猾ともいえる判断も下す事が出来る中々に得難い人材なのであった。

 このサンダース戦でもこの後アンチョビも舌を巻く策士ぶりを発揮し、居並ぶ強豪の隊長達を唸らせる活躍を見せる事になるのだ。

 

 

「やっぱ今も鈴鹿はファイアフライは海沿いから来て狙撃って線で考えは変わらない?」

 

「ええ、だからサンダースは隊長が囮になりつつも私達を団地から引き摺りだして、今度は定められたポイントに押し込んで17ポンドで仕留めに来ると私は踏んでるわ」

 

 

 再びの瑠奈の問いにはっきりとそう言い切る鈴鹿の答えに、瑠奈も満足そうに頷く。

 

 

「なら初手でケイ隊長の出端を挫いた後は、当然そっちにも仕掛けるわよね?」

 

「さあ?それはどうかしら?」

 

 

 明らかに砲手としてナオミのファイアフライとやり合いたがっている瑠奈を、わざとらしくはぐらかしながらも否定してはおらず、こんな場面で味方に対しても駆け引きを楽しむ鈴鹿は相当に胆が据わっていると云えるであろう。

 

 

「っと、言ってる傍からいよいよおいでになった様ね…(みやび)、徹甲弾装填用意!茉莉(まつり)は砲撃と同時にエンジン始動して全力後退!反撃喰らう前にずらかるよ!」

 

 

 接近するサンダースのエンジン音とアスファルトを削る履帯の音に気付いた鈴鹿が、矢継ぎ早に指示を出すと、ターコイズのロングをツインテにした操縦手の藍坂茉莉(あいさかまつり)は淡い緑の瞳に楽しげな光を宿しながら右手の親指を立て、明るいピンク髪をサイドから複雑に編み込んだギブソンタックの装填手月島雅(つきしまみやび)も徹甲弾を手にしながら、やはり面白そうにその菫色の瞳を輝かせている。

 全員が楽しそうにしているのに一切声を発しないのは、壁越しで視覚情報が一切なく音だけが頼りの攻撃で鈴鹿の耳の邪魔にならぬようする為で、瞬時に全員が同様に判断できる辺りは、このブラック・ハーツも搭乗員の連携が極めて高いレベルで取れている事を表していた。

 

 

「雅…徹甲弾装填せよ……」

 

 

 瞳を閉じて聴こえて来る音のみに集中している鈴鹿は、その音を頼りに指示を出す。

 それに従う雅の手で徹甲弾が装填されると鈴鹿はいよいよその瞬間のタイミングを計り始める。

 

「…そう、そのまま……もう少し…よし!撃て!」

 

 

 鈴鹿の号令と共に撃ち出された徹甲弾が紙のようにボーリング場の壁を突き破り、そのままの勢いでケイのシャーマンに襲い掛かり見事前面装甲に直撃した。

 当然Ⅲ号J型の主砲ではシャーマンの前面装甲を抜く事は出来ないが、直撃すればその衝撃は凄まじいものであり、その瞬間中の者達は激しくシェイクされる事になる。

 

 

「Jesus!!」

 

 

 揺さぶられる車内にケイの思わず出た叫びが響き、観戦エリアでも再び悲鳴が上がる。

 アリサへの奇襲に続き、今度はフラッグ車でありケイの乗り込む隊長車まで襲撃された事に対しサンダースの隊列に動揺が広がっている。

 そしてその間に鈴鹿の指示通り砲撃直後にエンジンを始動させた茉莉が、ブラック・ハーツを再びボーリング場の壁をぶち抜いて後退させると、機転を利かせた芹香がお約束のピンクスモークを焚きサンダースの視界を奪い、文字通り余裕で煙に巻いて姿を消していたのであった。

 

 

「今のは鈴鹿君のブラック・ハーツじゃなかったか?」

 

 

 どピンク一色に覆われたモニターを見ながら、まほがポカンとした顔で呟いた。

 

 

「彼女は恐ろしく手際が良いですね、仕掛けるタイミングもよく解ってる感じです」

 

 

 まほの呟きに即反応したのは聖グロのルクリリであった。

 彼女は横浜でAP-Girlsと相対した際、鈴鹿にトラップを絡めた奇襲を受けその手際と引き際の良さを身を以って経験しており、その発言は説得力がとても高かった。

 発言者が他ならぬルクリリである事にまほも成る程と頷くが、その後に続くルクリリの聖グロの淑女らしからぬ発言に思わず苦笑を漏らすのだった。

 

 

「まあぶっちゃけおっそろしく狡猾な子ですよ、来年を考えると頭痛いわぁ」

 

「ぷっ…そうか大変だな……」

 

 

 ダージリンは何か言いたそうな顔をしていたが、まほはそれには気付かないふりをした。

 

 

「サンダースも大所帯だけに黒森峰同様ラブを知る者も多いが、それでもたて続けに先手を取られると警戒心ばかり強くなって動きは鈍くなるわなぁ。それに今回は前の2戦と違って隊列は組まない厳島本来の単騎駆けで行くようじゃないか、こりゃあケイのヤツも下手を打つと総崩れになるぞ。奴さんがそれに気付いてればいいが、そうでなければサンダースはとんでもない事になるな」

 

 

 アンチョビのファーストインプレッションとでもいうべき発言は、早くもサンダース不利を指摘するものであるが、誰もそれを否定する者はいなかった。

 元々が圧倒的少数派でありラブの登場まで流派としては実質表舞台から姿を消していた厳島流を知る者は少なく、その傾向はラブより上の世代程顕著でありメグミなどはその典型であった。

 

 

「まだ少ししか見ていないから何とも言えないけど、厳島流が単騎駆けで強さを発揮するタイプでも島田のそれと違うのは私にも解るわ。でもその強さがどれ程のものなのか、現段階ではまだよく解らないわね……」

 

 

 確かに試合も始まったばかりではそれも無理の無い事で、ラブ達にしてもこの程度は事はジャブにもならないほんの軽い挨拶ぐらいの事でしかないだろう。

 しかしある事を思い出したまほは、悪戯っぽくクスリと笑うとメグミにはそのイメージからは想像も付かないであろう話を聞かせるのだった。

 

 

「戦車道の流派としての力関係はともかくとして、島田流家元は厳島流先代家元に対して全く頭が上がらないようですよ。我が母でもある西住流家元と共に、その御前では二人揃ってこれ以上はないくらいに平べったくなっていましたからね」

 

「ええぇぇ~!?」

 

 

 その人間関係とその経緯を知らぬメグミは驚きの声を上げ、その現場に居合わせそれを目撃した者達は、その時の事を思い出し困った顔で笑っていた。

 まほがメグミにそうなった理由、夜叉姫亜梨亜伝説の一端を語って聞かせると、俄かには信じられぬといった顔でそれを聞いていたが、同時に頭に浮かんだ素直な疑問も口にしていた。

 

 

「そんな事が……でも厳島さん…恋さんのお母様…ええと双子の姉と聞いたけどやはり綺麗な方なんでしょ?意外とと云うか厳島CEOの姿って表には出て来ないのよね……」

 

 

 戸惑いつつもメグミが口にした事に、周りの者達から一斉に微妙な笑いが起こる。

 

 

「そのまんまですよ」

 

「え……?」

 

「亜梨亜おば様とラブの生みの親であり亡くなられた麻梨亜おば様……そしてその娘であるラブはそっくりそのまま生き写しですよ……いや…亜梨亜おば様は更に妖艶で一緒に居るとそれだけでドキドキするくらい美しい方ですけどね」

 

「そんなに?そっくり?ドキドキするくらい?」

 

「私は初めてお会いした時、状況が状況だったから腰抜かしたけどな~」

 

 

 当時を思い出したアンチョビが懐かしげに語ったが、そこにはどうしても一抹の悲しみが含まれてしまうのは仕方の無い事であろう。

 

 

「まあ大分話が逸れてしまったけど、今日の試合を見てもらえば厳島がよく解ると思いますよ」

 

 

 まほがそう話を纏めた処で、ケイ達の本隊に奇襲を掛けその後煙に巻いて姿を消した鈴鹿率いるブラック・ハーツが、既に転進し読み通り海沿いに県道を侵攻して来るナオミのファイアフライと、随伴する車両群に対し奇襲を掛けるべく移動する姿が映し出されていた。

 

 

「もうあんな所に…本当に行動が早いな…この分だとまだナオミのヤツも気付いてないだろ……」

 

 

 腕組みでその様子を見ながら分析を続けるアンチョビは、次は自分達が戦うだけにいつも以上に細かな処まで観察に余念がないように見えた。

 スモークで一瞬視界を奪ったその隙に、ケイ達の目の前を堂々と横断し選炭工場区画に侵入すると高く伸びた雑草に紛れ工場建屋の間を進み、ナオミ達が進む県道に隣接する工場施設の傍に先回りする形で到達していた。

 

 

「さて、今度はファイアフライだけど直接狙うか間接攻撃で行くかどうするかねぇ……」

 

「ねえ鈴鹿、あれなんかどうよ?」

 

 

 サイドハッチから顔を出していた瑠奈が指差した物を見た瞬間、鈴鹿の美しいその顔にいっそ凶悪と言っても差支えのない凄惨な笑みが浮かんだ。

 

 

「あらいいじゃない、おあつらえ向きだわ♪」

 

 

 ラブをしてエグいと言わしめる、ブラックウィッチ鈴鹿の脳内に黒い謀が今鎌首を擡げ始めた。

 

 

 




今回でやっとAP-Girlsのメンバーが全員出揃いました…時間掛かったなぁ……。
ブラック・ハーツ通信手の芹香だけはだいぶ前にちょこっと出てたんですけどね。
でも年度が替わればまたメンバー増えるんだよなぁ……。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。