ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

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タイトルの割に随所で生温かったり……。


第三十九話   No Mercy

『こちらdog3、すみません…完全に足止めされて突破出来ませんでした……』

 

「こちらbutcher1、いいえ、これは見通しの甘かった私達3年生のミスよ。それで損害を出してるんだから言い訳のしようもないわ。とにかく今は生き残った車両は本隊と合流して部隊の再編を急ぎなさい、以上!」

 

 

 もう通信出来るリミットも近い為、それ以上細かい事は何も言わずそこで無線をカットした。

 

 

「てな訳で後は頼むわ…でも言いだしっぺがコレじゃあザマぁないわぁ……」

 

 

 ケイを諌めてラブに挑んだはいいが結果返り討ちに遭ってしまった3年生車長は、コマンダーキューポラ上でグッと伸びをすると、生き残った2両の同期の車長に向け力の抜けた声でそう言うと、晴れ渡った冬空に向かいふうっと息を吐いた。

 

 

「やっぱり強かったわ…でも高校で戦えるのはこれが最後になるのかな?ギリギリでも間に合って良かったよ、そう言う意味じゃケイに感謝だね……」

 

「ごめん…アンタだけみすみすやられるような状況にしちゃって……」

 

「あ~、いいってそういうのは。どの道私ら1両じゃ彼女相手にあそこまで渡り合うなんて出来なかったんだから。普通の試合であんな格闘戦なんか経験出来ないんだからさ、それをあれだけやったらお腹いっぱいだって、そう言う意味じゃ満足よ」

 

「そっか…それじゃ私らはもうひと暴れしてくるよ」

 

「おう!行って来~い!」

 

 

 明るくそう言う彼女に向かい同期の二人はラフな敬礼を投げ、本隊に合流すべく校庭を後にした。

 

 

「あっきれた、それじゃあナニ?鈴鹿ったらファイアフライの後にシャーマン2両血祭りに上げたって事?試合開始から一時間も経ってないのに?あの子もとんだ怪獣よね~」

 

「それラブ姉にだけは言われたくないと思うよ?」

 

「あ~!また瑠伽がヒドイ事言った~!」

 

「先に鈴鹿を怪獣言ったのはラブ姉でしょうが~」

 

 

 のんきにしょうもない会話をしているラブ達が今いるのは、鉄筋四階建ての集合住宅が立ち並ぶ団地区画の中心辺りの交差点の真ん中で、それも当然AP-Girlsの全車に通達してあるのでサンダースと再び接触すれば、彼女達はラブを餌にして釣りを始めるのは間違いない。

 そのLove Gunが決して広くはない交差点に佇む姿は当然中継でも映されているが、それは何ともいえない不思議な光景であった。

 人が絶え蔦に覆われ始めた団地の只中で、その場には不釣り合いな戦車上で吹き抜ける風に深紅のロングヘアを揺らすラブの姿は、見た者全てがため息を漏らす程に美しく、それは凡そ戦車道の試合中の光景とは思えない程現実離れした光景だった。

 

 

「うぅ…やっぱり本当に綺麗ねぇ……」

 

 

 サンダースのOGでありながら今は各校寄合のような状態の観戦スタンドに紛れ込み、何の因果か懐かれた笠女の生徒会長である木幡結依を腕にぶら下げた大学選抜バミューダアタックの一角のメグミは、思いがけずお近付きになれたラブの美しさに改めてそんな呟きを漏らす。

 

 

「あら~?メグミお姉さま、メグミお姉さまには私が居るじゃありませんか~」

 

「うぅ……」

 

『また厄介なのに取り憑かれて……』

 

 

 言葉尻を捉え嬉しそうに絡む結依に、メグミは完全に弄ばれておりそれを見る一同の目は限りなく生温いモノになっていた。

 

 

「フム…島自体がそれ程広くないとはいえ今回は試合展開が速いかな?この短時間で3両撃破、ナオミのファイアフライもあれではいつ戦線復帰できるか解らんし、ここまではちょっとケイが流れに付いて行けていない気がするぞ」

 

「まあ島自体もそうだがね、道幅も狭かったり遮蔽物の多さなんかもラブに有利だわなぁ。状況的には大所帯で狭い空間に入り込んだ時に起こりがちなものだしな」

 

 

 まほとアンチョビがそう分析するのに続きダージリンも極めて冷やかに付け加えた。

 

 

「いずれにしてもケイは相当数の損害を覚悟しておいた方が宜しいでしょうね」

 

 

 そんな評価を与えられている事など露知らぬケイは、戻った車両を加え部隊を再編すると再び行方を晦ましたラブを見つけ出すべく行動を開始するようであるが、どうやら索敵範囲は団地に的を絞っているらしく、撃破された3両にナオミのファイアフライとそれに随伴している2両のシャーマンを差し引いた14両中ケイとアリサ車を除き、3両毎で小隊編成とし計4個小隊を団地に投入しラブを狩り立てる腹積もりらしいが、団地内で姿を晒しているLove Gun以外の車両は再びどこかに潜伏しており、下手をすれば分散した処を各個撃破される可能性もあった。

 

 

「それが悪手にならなければよいのだけれど……」

 

 

 再度動き始めたサンダースの布陣を見たダージリンは抑揚の無い声でそう言ったのだが、その青い瞳は怜悧ながらも僅かばかり杞憂の色も滲ませていた。

 

 

「えっと、ラブ姉が居るのはがこの辺りって言ってたわね……」

 

 

 鈴鹿はクリップボードに留めた私製らしい住宅地図にマーカーで赤点を打つと、それと周辺を見比べ腕を組み何やら策を練る表情になる。

 

 

「まあアレよね、ラブ姉なら敵が来てもすぐにすぐ動かないで厚かましくここに居座ってるわよね…順当に考えれば県道側から来る車両が一番にラブ姉を発見するとして、そうなると正面からのお見合いだからそうねぇ……シンプルにラブ姉の真後ろから一発かましてやりましょうかね?頭越しに行くか脇から抜くかはその時の成り行きで決めるとして、まあしくじってもLove Gunなら何とか避けるでしょ。取り敢えず第二ラウンドの初手はこんなもんかな?そんな訳だから茉莉、マップのこのポイントにある平屋の家屋に裏から突っ込んじゃって。そこからなら狙撃も楽だからね」

 

 

 何やらリスキー且つ不穏当な事を口走っているがブラック・ハーツのメンバーは、誰一人鈴鹿を止める者はおらず、それが当然と云ったような顔で淡々としていた。

 確かにラブは今回自分を釣り餌として行動してはいるが、ここまでやっているのは現在の処鈴鹿だけであり、実際そこまで出来るのも鈴鹿だけであった。

 非情さにおいてはチームでもダントツ、シビアな判断を求められる場面で最も持てる能力を発揮出来る鈴鹿は、今後も試合を左右する場面で暗躍する事になるであろう。

 

 

「ここかい鈴鹿?」

 

「そう、そこよ。裏側から入り込めるはずだから構わずやっちゃって」

 

「はいよ」

 

 

 鈴鹿から受け取った地図を確認した茉莉が鈴鹿にそのポイントを指し示すと、鈴鹿もそれを確認しGOサインを出し、団地内の冬枯れの草むらに潜伏していたブラック・ハーツは再び作戦行動に出るべく動き出した。

 

 

「ん?今すっ飛んで行ったのは鈴鹿?」

 

 

 背後に聴こえたエンジン音にチラリと視線を奔らせた視界の中を、高速で駆け抜けて行ったⅢ号J型を見とめたラブは、サイドハッチから後方を向いていた砲手の瑠伽に確認するように声を掛けた。

 

 

「ん~?みたいだね~、どうせまた何か腹黒い事思い付いたんでしょ~よ」

 

 

 ぼけ~っと見ていたようでいてもそこはさすが砲手と云うべきか、瑠伽は金の瞳はしっかり鈴鹿のブラック・ハーツである事を視認していたのだが、その後にいう事もまた容赦がなかった。

 

 

「んも~、またそんな事言っちゃってさぁ、仲良しさんのクセにぃ♪」

 

「黙れ脳みそ乳女」

 

「ひどっ!それどういう意味よ!?」

 

 

 仏頂面になった瑠伽は面倒そうにしてそれにはもう答えなかった。

 鈴鹿と瑠伽、AP-Girlsのクールビューティーの双璧と言われるこの二人。

 実際良く一緒にいる事も多いがチェスを指している事が多く、しかもその対局は異常にスピードが速く常に真剣で斬り結ぶような空気が漂っていて夏妃をして『怖ぇ』と言わしめる程であった。

 但しそれで二人の仲が悪い訳ではなく、公式HPで公開されている写真などでも鈴鹿&瑠伽のツーショットは非常に人気が高く、特にその大人っぽさから年下ファンの少女達は、色々拗らせて妄想を暴発させる傾向にあった。

 

 

「そんな事よりさぁ、もうそろそろサンダースも本格的に来るんじゃない?狭い分有利と云えば有利だけど、その分こっちだって逃げが利かないんだからその分指示は早めに欲しいんだからさ。何しろ操縦席からじゃホント視界悪いなんてもんじゃないんだからラブ姉頼むわよ?」

 

 

 Love Gunの操縦手でありここまで驚異的な機動を披露し続けて来た香子が、これまでの市街地戦とはかなり勝手の違う状況に少し神経質そうにラブにオーダーを突き付けた。

 

 

「…解ってるわよぅ……」

 

 

 ラブも一応無理をさせている自覚はあるらしく、口ごもりながらもそう答えた。

 そして始まったサンダースの偵察行動は、開始数分で団地中央部の小さな交差点に居座るLove Gunを発見、道幅の狭さ故一対一で正対するしかないがその条件であれば圧倒的にシャーマンが有利な為、そのまま距離を詰め戦闘状態に発展した。

 

 

「こちらchopper2、団地中央部にてLove Gun発見!他の敵影なし!交差点の真ん中に居座ってるわ!逃げないで何考えてんの!?」

 

『こちらangel1!トラップに警戒しなさい!絶対何かあるわ!』

 

 

 ケイは飛び込んで来た報告に即座にそう返したが、既に交戦状態になっているらしく距離もさして遠くない為に、その耳に直ぐに団地の谷間に響く砲撃音が飛び込んで来た。

 

 

「側面に回り込むよ!hurry up!」

 

 

 もし間に合えばLove Gunに十字砲火を浴びせる事が出来ると考えたケイは、乗機の操縦手に増速を指示しラブを討ち取るべく団地中央部への道を急いだ。

 一方Love Gunに接近しつつあったシャーマンもこれ以上は自車も危険という距離になると、砲手に対し砲撃を指示しまさに一撃をお見舞いしようとしたその瞬間、絶妙のタイミングで砲塔部に徹甲弾を撃ち込まれ、その衝撃で照準を大きく逸らされ撃ち出した徹甲弾は、右側面の団地に突き刺さりほぼ一部屋分の壁を見事に吹き飛ばしていた。

 

 

「なっ!?砲撃の瞬間を狙って!?」

 

 

 激しく揺さぶられた砲塔上でコマンダーキューポラにしがみ付いていた車長は、明らかにそのタイミングを狙っていたカウンターに戦慄を覚えた。

 

 

「な…なら一気に距離を詰めて重量差で弾き飛ばしてやれ!」

 

 

 恐怖心を無理矢理抑え込むように命令を下しシャーマンを前進させると、ここで遂にLove Gunも後退を始め、丁度その時交差点に向かう道に右折していた隊長車上のケイは十字砲火でLove Gunを仕留めるタイミングを逸した事を悟った。

 そして更に目の前の交差点にLove Gunと正対していたchopper2が進入したその瞬間、ケイ目にchopper2の左の履帯が弾け飛ぶ光景が飛び込んで来た。

 

 

「Goddamn!」

 

 

 思わずケイがそう叫んだその時、例によって視界がピンクのスモークで奪われる。

 暫くしてスモークが晴れた頃に隊長車のケイがchopper2の処までやって来ると、コマンダーキューポラ上でchopper2の車長が呆然とした顔で固まっていた。

 

 

「Hey!どうしたのよそんな顔して!?」

 

「あ…隊長、その…伏兵にやられました……」

 

「Why?Love Gunじゃなくて!?」

 

「はい…その背後の平屋の家屋内に伏兵がいました……でも問題なのはそこじゃなくてその砲撃なんですよ!完全にLove Gunの真後ろから撃ってるんですよ?それも完全にLove Gunの砲塔の側面掠らせてこっちの履帯切ってるんですよ!?信じられません彼女達はフレンドリーファイアが怖くないの?しかもフラッグ車なのに全然躊躇せずタイミングぴったりで撃つなんて!」

 

「Chill out!落ち着きなさい!」

 

 

 少し語気を強めた事でハッとした表情になり冷静さを取り戻しはしたが、やはりその表情からは明確に恐怖心と云った色は消えず、ケイも対応に苦慮したものの今回ラブ達の取っている行動の一端がおぼろげながら見えて来た気がしたが、それは俄かには信じられないものであった。

 

 

「危ないなぁ…今の完全に掠ってただろ~?」

 

「…さっきケイを挟撃した時にも気になったんだがな、互いに僚車が射線上にいてもお構いなしに撃ってた気がするんだが……」

 

「それにしてもまた鈴鹿だろ?今日は大暴れだな」

 

 

 隣同士話し合うアンチョビとまほであったが、その距離は寒いからという理屈では済まされない程に近く、ぴったりと寄り添う姿は完全に恋人同士のそれだ。

 最近その辺に対する注意力が下がって来ているらしく、周りにはネタを提供し放題になっているのだが本人達は全く気付いておらず、ダージリンを喜ばせるだけになっていた。

 

 

「うぉ!?あの二人ってそうだったんだ!」

 

「そうですよ~♪ですから私達ももっと……ね♡」

 

「あぁ…しまった……」

 

 

 会話する二人、朴念仁のまほはともかくアンチョビの表情から微妙な恋心のそれを感じ取ったメグミは、思わずそんな事を口走ってしまったがそれは自身の隣にいる結依を刺激するだけで、結果結依が更なるスキンシップを求めてその身を擦り寄せる口実を与えただけであった。

 

 

「ごらんなさいよ、あれは掠ったなんて可愛いもんじゃないわ!」

 

 

 カチューシャがそう指摘して指差す先のモニター内には、疾走するLove Gunが捉えられているが、その砲塔の右側面にははっきりそれと解る焦げた擦り傷が刻み付けられていた。

 

 

「ラブ……何を考えている?」

 

 

 少し険しい視線をモニターに送るまほの呟きに、アンチョビはそっとその手をまほの手に重ねると、大丈夫だというようにその赤い瞳をまほの瞳に向けるのだった。

 

 

『この二人もいよいよホンモノね』

 

 

 周りを囲むケダモノ達は生温い目でそんな二人を見守っている。

 

 

「うは~!さすが鈴鹿、ほんと容赦ないわ~!」

 

「だからそうするよう仕向けてるのはラブ姉でしょうが!」

 

 

 砲塔に出来た焦げた擦り傷を見下ろしながらラブが云ったセリフに、瑠伽が寝言を言うなとばかりに速攻で突っ込みを入れる。

 これまで試合前にラブが示した方針通り処かそれ以上の行動している鈴鹿のブラック・ハーツだが、今は一休みといった風情でナオミのファイアフライを攻撃した工場敷地に舞い戻り、その工場建屋の影で砲塔後部のゲペックカステン(荷物箱)から取り出したクーラーボックスに詰め込まれていたスイーツと、その場で淹れたコーヒーで英気を養っている最中だった。

 

 

「一応今さっき見て来た感じだと損傷した転輪に応急処置してる状態だから、履帯巻き直して動けるようになるまでまだそれなり時間掛かると思うよ」

 

 

 増設した家庭用電源に繋いだIHコンロでお湯を沸かしている間に、ナオミ達の様子を偵察に行っていた通信手の芹香は、一口サイズのチョコレートケーキを飲み込んだ後、香り立つコーヒーの苦みを堪能しつつそう報告をした。

 

 

「結構なダメージだったみたいね、いっそあれで白旗揚がってりゃもっと楽だったのにな~」

 

 

 一見強欲な事を言っているように聞こえるが、たった5両のⅢ号J型で20両のシャーマン相手に大立ち回りを演じねばならない彼女達にとって、それは偽りのない気持ちなのであろう。

 

 

「もうちょっと高火力なら行けただろうね」

 

「まあ来年までの我慢だねぇ……」

 

「うん、このⅢ号より信頼性低い車両とかちょっと勘弁だよな」

 

「だね、戦車でこれ程の機動が出来ると思わなかったし、自分でもそんな事が出来る様になるとは夢にも思わなかったし…やっぱラブ姉って凄いよね……」

 

 

 こんなちょっとした会話から如何に彼女達がラブを慕っているかが伝わって来るが、日頃の会話を聞いていると彼女達も揃ってツンデレなのかと思わせるものがあった。

 そしてブラック・ハーツが一息付いていたその頃、Love Gun以外の3両が本格的にサンダースに対しゲリラ戦を仕掛け始め、まるで3両がローテーションでも組んだように現れては消え攻撃して来る為に、サンダースの各車も休む間がなく相互の連携が大きく乱れ精神的な消耗も無視出来ないものとなり、隊長のケイも一時撤退を意識し始めていた。

 だがケイがそう考える度、絶妙のタイミングでLove Gunが現れては挑発行動と徹底した間接攻撃を仕掛けて来るので中々実行に移すことが出来ず、人員の疲れと車両の細かなダメージが中継を見る者の目にも明らかだった。

 

 

「試合開始2時間でこの消耗ぶりは相当ね……」

 

「ええ、この短時間でこんなに疲れた顔を見せるケイなんて初めて見ますわ……」

 

 

 ダージリンとアッサムが心配した風に言っているがその表情は予感的中といった処だ。

 実際モニターに映るサンダース側の車両は、AP-Girlsが廃墟となった鉄筋の団地を使い間接攻撃を続けた為、降り注ぐコンクリート片やその他諸々のお蔭で埃塗れの小傷だらけ、ダメージ自体は大した事がなくとも、精神的には折れそうな隊員も多数見受けられる状態だ。

 休憩を終えたブラックハーツが戦線復帰するとその状況は更に悪化し、サンダース側の姿は敗走を続ける三方ヶ原の戦いの徳川軍が如き様相を呈していた。

 

 

「ダージリンの所もそうだがな、基本的にサンダースのスタイルは厳島流とは相性悪いのは解ってた事だけど、ここまでとは正直思わなかったぞ……」

 

 

 自分の学校の名前が出たダージリンも不本意そうではあるがそれを認め、発言の元であるアンチョビに目を向けると、そのアンチョビも困ったような呆れたような表情でワシャワシャと頭を掻いており、ここまでケイがラブに振り回されるとは思っていなかったのは事実なようだ。

 

 

「それにしてもこれはちょっと一方的にやられ過ぎですわね……」

 

 

 ダージリンがそう評価を加え溜め息を吐いた瞬間、またしてもサンダース側から討ち取られる車両が出てしまうのであった。

 戦車の足止めにはならない程度の障害物を弾き飛ばしつつ、団地内の狭い通路をLove Gunを追って激走していた1両のシャーマンの上に、Love Gunすら巻き添えになりかねないタイミングでたまたまそこに通り掛かったイエローハーツとピンク・ハーツが放った榴弾により、破壊された団地上層部より落下したコンクリートの大きな塊が、戦車砲の砲身を直撃し根元からへし折ってしまったのだ。

 更に勢いが付いていた為に折れた砲身とコンクリート片に乗り上げたシャーマンは、数m片輪走行を続けた後に団地にめり込む形で横転してしまうのだった。

 激しい破壊音と埃が収まり姿を現したシャーマンからは虚しく白旗が揚がっており、観戦エリアではまたしても落胆の声が上がるのであった。

 

 

「言ってる傍からこれか……」

 

「これで4両目……いくらなんでもちょっとなぁ……」

 

 

 まほとアンチョビもそれ以上の言葉が続かない。

 だがそこに居る者達は皆、これはもしかしたらと云う考えが頭に浮かんでしまうのであった。

 

 

「姐さ~ん!アンチョビ姐さ~ん!」

 

「おお、ぺパロニこっちだ!スマンな今日は店を任せっぱなしにして」

 

「いや、今日は限定特別メニューっスからね!他のヤツだけに任せらんないっスよ!ってな訳でランチの出前持って来たっス!」

 

「イヤ、重ね重ねスマンなぺパロニ!」

 

「いいって事でさぁ!ささ、皆さん笠女とのコラボの新メニュー試してみるっスよ~♪」

 

『笠女とのコラボぉ!?』

 

 

 空気が重くなり掛けた処に何時ものコック姿で現れたぺパロニが、この6連戦ではお馴染みになりつつあるアンツィオ名物のイタリアンランチの振る舞いを届けに現れたのだが、サラッと言った言葉に反応した一同が揃って素っ頓狂な声を上げた。

 そして次々ぺパロニから手渡される容器からは、蓋越しでも解るスパイシーな香りが中を見なくともそれが何であるかを激しく主張していた。

 

 

「安斎…コラボってまさか……」

 

 

 まほは一応確認するようにアンチョビの方を向くが、その大好物の匂いに早くも喉をゴクリと鳴らしており、それを見たアンチョビも二カっと大きく笑うのだった。

 

 

「ウム、最近すっかり打ち解けてるウチと笠女給養員学科の諸君と共同で開発した海軍カレーパスタだ!是非とも試して感想を聞かせてくれ給え!ウチのパスタもカレーに合うよう作った生パスタで、笠女のカレーの方も同様にレシピを変えてあるんだよ」

 

『いつのまに…恐るべしアンツィオ…恐るべしドゥーチェ・アンチョビ……』

 

 

 一同もうそれ以上の事は言えず手渡されたランチパックを見つめているが、よく見れば蓋には両校の校章がプリントされており、その食への徹底ぶりに圧倒されていた。

 

 

「さ、冷める前に食べた食べた!」

 

 

 アンチョビに促され一斉に食べ始めたが、もう一口目から全員の目の色が変わり夢中で食べている処を見ると、どうやらこれはヒット商品間違いなしと見て良さそうだ。

 

 

「うん♪これは行けるぞ安斎!」

 

「本当、カレールウもパスタに絡み易く仕上げているのですね」

 

「この辛めのルウを半熟目玉焼きがマイルドにしているのが秀逸よ!」

 

「パスタのもっちり感もカレーにぴったりだね♪」

 

「でもこれはもうイタリアン関係ない気がしますが……」

 

 

 様々な感想が飛び交う中、アッサムがポツリと言った事に、アンチョビと出前に来ていたぺパロニはじめ数名のアンツィオの隊員達が一斉に笑い出した。

 

 

「あっはっは!それを言ったらアンツィオ名物鉄板ナポリタンだってなぁ♪」

 

 

 元々が名古屋の喫茶店生まれのメニューであり、突っ込み処満載なまさに鉄板ネタであった為思わず笑い出したアンツィオ組だが、訳が解らぬといった者達の為にアンチョビが解説してやると思いがけないトリビアだったのか、しきりと感心され却ってアンチョビ達が困惑する事になっていた。

 思いがけず美味しいランチにありついたメグミもそのレベルの高さに感心し、逆に大学選抜の合宿の食事がお粗末な事を痛感させられ、その事をここに居る者達は進学すれば招聘される事は確実なので覚悟するよう通告する程だった。

 しかしそんな風にランチを堪能しながらも、目はしっかり試合をチェックしている辺りはさすがというべきかもしれない。

 

 

「それにしてもこの連戦に続けて出店して信じられない位稼いだようですけど、もうP40の修理代ぐらいはどうにかなったのではなくて?」

 

 

 やはり自分のやりたい放題でアンチョビを泣かせたことに疾しさを感じているらしく、偉そうにしながらも気になっていた事を聞くダージリンだった。

 

 

「アレの分はもうちょっとだな、それにちょっと買い物をしたからその分もあってな」

 

「買い物?それは一体なんだ?もしかして次の試合に何か関係あるのか?」

 

「ふふん♪それはその時のお楽しみだ!」

 

「おい、そんな勿体ぶらなくてもいいじゃないか」

 

「まあいいじゃないか、今はラブとケイの試合に集中しよう」

 

 

 またしてもアンチョビにはぐらかされたが、お腹も満たされた一同が再度試合の中継に集中し始めた頃、激しい追撃を受けていたLove Gunにちょっとした変化が起こっていた。

 団地の中を余裕で縦横無尽に逃げ回りながらカウンターアタックを繰り返していたLove Gunだが、突如スモークを焚くとダッシュで距離を稼ぎ鉄筋八階建ての建物の影に飛び込んだ。

 中継の映像の方は幸いそこもカバーされており、停止したLove Gunサイドハッチが開き通信手の花楓が這い出すと、ゲペックカステンから何やら小型のクーラーボックスらしき物を取り出し再び車内に戻って行く姿がモニターに映し出されていた。

 

 

「ん?ありゃ一体何をやってんだ?」

 

「さあ?クーラーボックスか何か引っ張り出してたな……あ、見つかったぞ」

 

 

 発見されるやサイドハッチも締まり切る前に再び逃げ出したLove Gunだが、いくらも走らぬうちにラブが車内に引っ込むと、変わって先程も荷物を取りに出て来た通信手の花楓がコマンダーキューポラからぴょこっと顔を出し、追撃して来るシャーマンににこりと笑って手を振るとそのまま車長席に収まり当たり前のようにLove Gunの指揮を執り始めたのであった。

 

 

「あれは花楓さんでしたわね…一体どういう事ですの?」

 

「彼女通信手だったわよね!?」

 

「なんか普通に指揮してる……」

 

 

 突然の事に驚く一同の前で花楓が指揮を執るLove Gunは、ラブが指揮を執るのと遜色なく逃げ回りしっかりお返しとばかりにカウンターも決めて見せており、見る者を更に驚かせていた。

 

 

「う~ん、花楓君の指揮能力は相当だぞ……」

 

「ああ、しかしこの交代にどんな意味が…ん?彼女おにぎり食べながら指揮執ってないかぁ?」

 

「フム…確かにそんな様子だが……」

 

「あ……そういう事かぁ……」

 

 

 何に気付いたのかアンチョビは力なくそう言うと、みるみる気持ちが萎んで行くように見えた。

 

 

「あ、安斎?一体どうした!?」

 

 

 まほの問い掛けに何とも渋い表情のアンチョビは、言い難そうにしながらも皆に注目され仕方なくといった感じに何が起こっているのか説明を始めた。

 

 

「そのな、あれはラブに車内で食事を取らせているんだよ」

 

「でも花楓さんも指揮執りながら食べてるわよ?」

 

「うん、ラブはハンデのせいでそれが出来ないんだと思う。片手が塞がるのはラブにはリスクが高いと思うんだ。それとな、コッチが重要な事なんだがここまでして食事を取らせるのは薬の時間の問題があるんじゃないかと思うんだよ。笠女滞在時に試合中に無理矢理昼休みにされたの覚えてるだろ?アレも結局ラブに決まった時間に薬を飲ませる為の措置だったんじゃないかと私は見てるんだよ、食後何度か見たがラブはかなりの種類の薬を服用していたからね…多分それが理由だと思う……」

 

 

 アンチョビの読みに一同も何も言えず、笠女の生徒会長である結依も無言でメグミの腕に縋ったままなのはそれが肯定の印なのか。

 暫くすると再びバトンタッチをしてラブがコマンダーキューポラに収まり何事もなかったように指揮を執り始めた。

 見る者戦う者、それぞれの想いを余所に試合も最終局面に向け一気に加速して行く。

 勝利の女神はどちらに微笑むのかそれはまだ誰にも解らない。

 そう、勝利の女神自身にもまだ……。

 

 

 




サンダースのコールサインはそれっぽく考えたつもりですが……。
butcherだけはバルジから借りて来ました♪

それにしてもチョビ子は何を買ったのかなぁ?

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