「ラブ……」
それまであまり口を挟まずにいた杏だが、アンチョビの推察に小さくその名を口にした。
「すまない角谷…だがラブなら大丈夫だ。私は熊本でラブの決意を聞いているし周りにはAP-Girlsや結依君達もいる。だから角谷にもラブが望んだ通り、普通の友達として接してやって欲しい。アイツな…オマエと友達になれたのが本当に嬉しいんだよ、だからこれからも宜しく頼む」
「うん…うん!解ったよ!」
杏の力強い返事にアンチョビは自身も救われた気持ちになる。
そんな観戦者達の想いを余所に、試合展開は更に激しくなり始めていた。
団地区画内ではAP-Girlsの各車がLove Gunを餌にして、討ち取らんと襲い掛かるサンダースの車両に対し、下手をすればフラッグ車であるLove Gunをも巻き込んで自滅しかねないトラップを平気で仕掛けており、その頃にはケイも今回のラブの意図に完全に気付きそのリスキー過ぎる戦術プランに寒気すら覚えたが、そこで精神的に飲まれては敗北に直結するのはケイも理解出来ているので必死に自分を奮い立たせ、いつも通りの陽気さで部隊を鼓舞し戦線を維持していた。
「しっかし自分を餌にして近付くヤツはAP-Girlsがドカン!?何考えてんのよあの子は!?」
今日何度目になるか既に解らなくなっている鈴鹿の奇襲を何とか躱し、冷や汗を拭いつつケイは見えて来たラブの手口に思わず毒づいていた。
たった今鈴鹿を退けた時も、その直前に遭遇したLove Gunの側面を叩こうとした瞬間に、頭上の団地建屋を砲撃され落ちて来たコンクリートの塊に、危うく砲身を折られそうになったのをギリギリの処で回避していたのだが、団地内に入ってからはこんな感じの遭遇戦の連続で、最初は3両毎の編成で展開させていた部隊も今は更に分断され、サンダース側もAP-Girls同様単騎駆け状態となり車両毎の連携も上手く取れず、飛び交う無線の内容からもその混乱ぶりが窺う事が出来た。
団地全体に目を向けても、AP-Girlsの徹底した間接攻撃と流れ弾により倒壊しかけたり火災を起こしている建物あり、その様はまるでどこかの国の内戦を思わせる光景となりつつあった。
アンチョビ達も団地内のあちこちでで頻発する小競り合いに単独での戦譜の書き込みが追い付かず、途中からは共同でエリアを分担する程の乱戦になりつつあった。
「ふぅ!おい、こりゃあ遠からず団地内での戦闘は不可能になるんじゃないか?いっくらなんでもさすがにちょっと激し過ぎるだろ~?」
「なんかもうラブもケイも二人揃って今回しか使えないフィールドだからって、戦闘より破壊に目的が変わっちゃってるようにしか見えないんだけど!?」
呆れた様な口調のアンチョビに対し、カチューシャのほうは自分もやりたいようなニュアンスが含まれてはいるが、そう言われても仕方がない破壊振りであった。
しかしこれは双方相手のフラッグ車を仕留めるのに躍起になっている結果であり、これまで一方的であった損害も、まだ白旗判定には至らないがラブ達にも小さなダメージは蓄積しているのだ。
そしてケイもまたこれだけ攻められながら落ちない辺りは、さすがサンダースのような強豪の大所帯を束ねるだけあり、その実力はやはり一筋縄でいくものではなかった。
また、ここで更に破壊に拍車を掛ける存在が戦列に加わる知らせがケイの元にもたらされた。
鈴鹿の攻撃により土砂に埋まり履帯が完全に外れ転輪も一部損傷し、初っ端から戦線離脱を余儀なくされていたナオミのファイアフライが応急処置を終え、漸く戦線に復帰する旨連絡が入った。
だが、それはケイにとって朗報であり凶報でもあった。
何故なら補修を終え念の為各部の点検を行った結果、最初のコンクリートの塊の直撃で旋回砲塔のターレット部分にダメージを負っていたらしく正面を向いていた砲塔は旋回運動が出来ず、哀れナオミのファイアフライは固定砲身の自走砲に成り下がっていたのであった。
12月であるのに拘わらず、土方仕事に履帯の巻き直しという重労働のフルコンボによって、泥塗れの汗塗れとなったナオミの無線越し声はそれ以上の疲労感を滲ませていたが、その理由は観戦エリアで中継画像を見ている者達しか知る処ではなかった。
ケイに戦線復帰の連絡を入れる前、砲塔が旋回出来ない事に気付いたナオミのキレっぷりは凄まじく、たて続けに放送禁止用語を叫びさっきので学習していなかったらしく、またしてもコンクリート片を蹴り上げ痛い思いをして飛び跳ねて回り無駄に体力を消耗し、アンチョビとダージリンに同じ感想を言われていた。
「何をやっとるんだアイツは……?」
「全く…相変わらず下品でガサツなんだから……」
因みに試合中エキサイトした選手が放送禁止用語を叫ぶのはよくある事なのだが、例え中継カメラのマイクがそれを拾っても、中継スタッフも慣れたもので瞬間的に音響担当者が中継音声をカットして、放送事故が防がれている事はあまり知られていなかった。
ナオミからのその報告にケイも思わず爪を噛み暫く考えあぐねてしまったが、ナオミにはその場に止まらせそこから指定ポイントに17ポンドを撃ち込む、云わば野戦砲としての運用に徹するよう決定を下していた。
このラブの予測射撃に対抗するような変形の観測射撃とでもいうような砲撃が行なわれた結果、17ポンドの破壊力もあり団地内は更に瓦礫の山と化す速度が加速して行くのであった。
「これはナオミが戦線復帰したと見て間違いないわね~」
サンダース側がLove Gunを見付けても即手を出さなくなった代わりに、それまでとは違う破壊力で壊された瓦礫が降り注ぐ中、それでも尚余裕で逃げ回るラブはその破壊力でナオミのファイアフライの復活を確信し、団地内に留まるリスクの計算を始めた。
「ん~、ケイ達ナオミに情報送って撃たせてる訳ね…でも高火力だけどファイアフライ1両じゃちょっとというか大幅に戦力としては足りないんじゃない?こういう場合は他の車両も火力で支援しなきゃダメよ、その辺がちょっとケイの甘い処かな?これならまだ余裕でやれるわね~」
まるで教導隊の教官のような評価を下すラブだが、Love Gunは今まで以上に激しい機動で逃げ回っているので中のメンバー達は大忙しだ。
「だからラブ姉は何処の隊長なのよ!?」
揺れる車内で身体を支えつつ瑠伽は突っ込みを入れるが、ラブは何処吹く風で至ってのんきにそれを受け流しながら砲撃の指示を出した。
「ん?だってねぇ、観測員に徹するのはいいけどそれに夢中になって隙だらけになってるんだもの。ホラ見なさい、あの一段上にいるシャーマンなんか車長が通信に夢中で自分の足元が疎かになってるわ。美衣子、榴弾装填!瑠伽は足元崩して転がしてあげなさい!よ~し…撃て!」
おそらくはナオミにLove Gunの位置情報を送るのに夢中になっていたであろうシャーマンの車長は、そのLove Gunの主砲が自車を指向している事に気付くのが遅れ足元を崩された結果、支えを失ったシャーマンは一段下の道に団地内に張り巡らされたセントラルヒーティングの配管を巻き込み、複雑な破壊音を響かせながら自車の車高程の高さを転がり落ちた。
悲鳴と落下音が収まると、舞い上がった埃の中に白旗も揚がっているのが確認出来る。
「サンダース大付属、シャーマン走行不能!」
これだけやって未だ1両もAP-Girlsを倒せぬうちに、とうとう5両目のシャーマンが討ち取られ、無線連絡により状況を悟ったケイがさすがに怒声を上げるのだった。
「バッカモーン!一つの事だけに気を取られるからそういう事になるのよ!もっと状況に気を配りなさい、相手はあのラブなんですからね!」
一方、離れた場所から砲撃を続けるナオミもまたケイ以上の苛立ちを感じ始めていた。
何故なら砲撃の為の指定座標が送り続けられているという事は、今も尚Love Gunが健在という事にほかならず、それは自分がラブを仕留められていない証明であったからだ。
だがその胸中では、見えぬ相手に一切のサポート無しに超長距離から直撃弾を浴びせる、ラブの一種異能の力といってもいい能力に畏怖の念も抱いていた。
そしてまた舞い込んだ砲撃要請に応じ徹甲弾を撃ち出したが、その後も同様に要請が来るという事は未だ戦果が上がらぬ証であった。
「ここはもういい!お前達も団地に行って本隊に加勢しろ!」
「ですが砲塔の旋回が出来ないファイアフライだけでは危険過ぎます!」
戦線復帰後もそのまま護衛として残っていたシャーマン2両の車長達は、もし再び襲撃を受けたらいくらファイアフライといえど砲塔が旋回出来なければ、例えⅢ号相手でも太刀打ち出来ずに撃破される可能性があるのでその場を離れようとしない。
「おい!お前ら!」
「あんな狭い団地にこれ以上戦力投入しても的になりに行くのと一緒ですよ!」
「ぐっ……!」
実に的確な逆ネジを喰らって言葉に詰まるナオミだったが、そのナオミにきっちり言い返したシャーマンの車長は、更に可能性の高い予想を突き付けるのであった。
「それにこれだけ砲撃加えてれば、ファイアフライが復活したのだってバレてますよ。となれば絶対最初に襲撃して来た車両なりが、再襲撃して来たって不思議じゃないですからね。その時はこの状態のファイアフライでどうやって対抗するんですか?」
「むぅ……」
今日は良いトコ無しですっかり頭に血が上っていたナオミもさすがにぐうの音も出ず、引き続き護衛付きで無線の指示に従っての砲撃を続ける事になったが、後輩車長の指摘は図らずもそのすぐ後には現実のものとなるのだった。
ナオミ達は現在襲撃されたポイントから少し坂を上り、ブラックハーツが襲撃に使った廃工場の駐車場に移動しておりそこを砲撃の拠点として活用していたのだが、同一ポイントから砲撃を繰り返していればいずれ位置を割り出されるのは当然の事である。
しかしその少し前に団地内での戦闘にも若干の変化が起き始めていた。
それまでは逃げ回るラブを餌に、AP-Girlsの4両がLove Gunを討ち取るべく寄って来るサンダースの車両を釣り上げるのが主体であったが、ここに来てLove Gunが積極的にケイのフラッグ車に絡み始め、それに対してはアリサのM4A1が必死の防戦に当っていた。
「何でこんな狭い場所であんなに自由自在に動けるのよぅ!?」
撃てば躱され撃たれれば当る状況に既に涙目のアリサは、それでも何とか文字通りフラッグ車の盾として役目に徹していた。
「アリサ!そこをどきなさい!私が直接決着を付けてやるわ!」
『No,ma'am!』
「No,ma'am!ってアンタねぇ!?」
『聞けません!もうすぐ増援が来ます!今動けば相手の思う壺です!』
「チッ!」
アリサの指摘に思わず舌打ちしたケイだが、それに反論する事は出来なかった。
そしてそうしている間にも僚車からの無線連絡が入り2両がすぐ近くまで戻っており、アリサは地図を確認して少し後退した場所にある比較的広い空地で合流しそこを防衛拠点とする事とした。
ケイを促し移動したその空地は島内で最後まで営業していた飲食店の目の前にあり、小学校も見渡せる上にナオミのポジションからも狙いを付け易い場所にあった。
幸いアリサ達が到着した時には既に増援の2両も先に空き地に入っており、これならここから反転攻勢に出る事も可能と思われた。
だがここで幾つかのミスが重なった結果、サンダース側は一気にその戦力をダウンさせられる事態に陥り観戦エリアも騒然とする事になるのだった。
まずファイアフライの復活に真っ先に気付いた鈴鹿が、Love Gunに意識が集中し過ぎたサンダースの索敵網の穴から抜け出すと、工場区画から冬枯れの急斜面を駆け上り背後からファイアフライに襲い掛かりその時の動きであっさりと砲塔が旋回出来なくなっている事が露呈してしまった。
「成る程!それで団地に来ないでここから野戦砲の真似事してたって訳ね!」
たった1両のⅢ号J型に護衛も含め翻弄されている事に、ナオミは歯が軋む程怒りを露わにしていたがそれは主にこの事態に至る原因を作った自分に対してであり、それ故に一層焦りが強くなり対応を鈍らせる事になっていたが今のナオミにそれに気付けというのは少々酷かもしれない。
そして更に驚くべき事にケイの本隊と対峙するラブをほったらかしにして、ピンクとイエローとブルーの3両までが団地区画を飛び出すと、極端に間隔の狭い一列縦隊で県道を駆け下りブラック・ハーツに振り回されるファイアフライを強襲したのだった。
「オイ!ふざけるなよ!」
飛び込んで来た3両を見て、たった5両のチームのAP-Girlsがフラッグ車であるLove Gunを包囲網の中に残し、ファイアフライ1両に戦力を集中させて来た事に一種の戦慄を覚えた。
そしてその3両は駐車場に侵入した瞬間即座に隊列をピンク・ハーツを軸にした楔形に変更すると、ブラックハーツの牽制でそちらにナオミ意識が行った隙を狙い背後から機関部に3両同時のピンポイント砲撃を敢行、例え3両のⅢ号J型とはいえ脆弱な背後から撃たれればひとたまりもなく激しい衝撃と爆発音の後、炎と黒煙と共にナオミのファイアフライは白旗を揚げ戦線を離脱した。
更に護衛に付いていたシャーマン2両も暴れ回るブラック・ハーツに翻弄され続ける中、一瞬ではあるが掴んだ挟撃のチャンスに撃ち込んだ徹甲弾は、ブラックハーツを貫くはずが僚車に突き刺さり悪夢のフレンドリーファイアとなり白旗を揚げさせてしまった。
ドリフト旋回でその攻撃を躱していたブラック・ハーツは、思いがけない同士討ちに硬直したもう1両のシャーマンを逃すはずもなく、旋回の勢いそのまま背後を取ると至近距離から背後に徹甲弾を撃ち込みそれこそ瞬きするような間に2両のシャーマンの息の根を止めていた。
「な…一体……ち、チックショーッ!!」
ファイアフライの車内にナオミの絶叫が響いた頃、観戦エリアはその一瞬の攻防の結果に静まり返り、その静寂の中審判長の亜美の冷静な声のコールだけが聴こえていた。
「サンダース大付属、ファイアフライ並びにシャーマン2両走行不能!」
淡々と突き付けられた現実にサンダース陣営の観戦スタンドに動揺という名のざわめきが戻った頃、別のスタンドでは動揺とは違う、呆れやら突っ込みやらそんな声が飛び交っている。
「あの子ら全員ラブほったらかしでナオミのファイアフライ潰しに行ったのか……」
「これラブが知ったら絶対いじけるぞぉ~」
「あなた何を嬉しそうに言っていますの?」
「そういうオマエだって顔が笑っているじゃないか」
「しかし真面目な話これで8両撃破されて12対5よ!」
「ね…ねえ、あなた達は単独で包囲の中に残された厳島さんの事が心配じゃないの……?」
さすがにメグミがアンチョビ始め全員が、ラブを気遣うでもなく論議をしている事にさすがに驚いてそう聞いてみたのだが、揃って何を今更という表情になり同時にこう答えたのだった。
『全然』
「えぇ!?」
「いや、だってこの程度で討ち取れるタマなら私ら昔っから苦労しませんでしたって」
代表して答えたアンチョビのあまりの言い草にメグミは言葉を失うが、全員ラブ相手に普通じゃあり得ない負け方を経験しているので、この程度の状況ではまだラブを討ち取れない事はよく解っているのだが、その経験のないメグミには理解出来ないのも無理はない。
「まあ一度機会があったらラブと対戦してみるといいんじゃないかしら?」
ニヤニヤ笑いで面白そうにカチューシャがけしかければ、メグミの腕にぶら下がっていた結依が下から覗き込むようにしながらまたとんでもない事を言う。
「あの、手配しましょうか?」
「…心の準備が出来てないからいいわ……」
「そうですか…でも仰って頂ければいつでも手配致しますわ♪」
「……」
『また厄介なのに取り憑かれて……』
メグミの様子にもう全員ニヤニヤが止まらない。
『なあ、あの人例の宿舎に泊まってるんだろ?』
『LOVE'S VIPなら当然そうでしょうね』
『って事はだなぁ……』
『そうか!今夜辺り……』
『多分あの部屋に変わってるんだろうなぁ……』
『ほんっと下世話なんだから!』
『オマエ、よだれ垂れてるぞ?』
『まあ何にしてもお楽しみの夜になるのは間違いない』
「全部聞こえてるわよ!」
あからさまに聴こえるようにヒソヒソ話をしていたケダモノの集団はゲラゲラ笑い、抱き締めた自分の腕をグイグイと自慢のたわわに押し付けアピールしてくる結依の様子に絶望的な気分になる。
『そりゃあこんなケダモノ集団相手じゃね、
既に精神的に汚染されつつあるメグミの脳は、おかしな結論に辿り着くようになり始めていた。
しかしそんなアホな事をやっている間にも試合の方は目まぐるしく展開しており、ナオミ達を討ち取ったAP-Girlsは4両で隊列を組むと全速力で団地にとって返し、Love Gunが単騎暴れ回っている空き地目指し鋭い槍となり突き進んでいる。
途中それを阻止すべく立ちはだかろうとしたシャーマンは4両からたて続けに砲撃を受け、左の足回りを根こそぎ吹き飛ばされ白旗を揚げる事になった。
その際シャーマンが放った徹甲弾は受けた衝撃で明後日の方向へ飛んで行き、皮肉にも嘗ての坑道へと向かう連絡通路上に掲げられていた、すっかり掠れてはいるものの『ご安全に』と書かれた看板の支柱を破壊して落下させていた。
「後1両で半数が撃破か……」
まほの言葉が重く響く。
ダージリンが相当数の損害が出るであろう事は指摘していたが問題はもう一つあり、それはここに至るまでに掛かった所要時間にあった。
「ああ、だがこの試合恐ろしくペースが速いぞ……小さな離れ小島という事もあるんだろうが、今回はAP-Girlsが仕掛けるタイミングが尽く私の予想を上回ってるんだ」
アンチョビが顎に手を当て難しい表情をしている処を見ると、これは既に次戦アンツィオの母港清水でAP-Girlsを迎え撃つシュミレーションで頭がフル回転しているのかもしれない。
「ほんっとあの子達って薄情よね~!ハイ!香子medium left!瑠伽撃て!」
空き地で更に2両増えたサンダースの増援車両からの攻撃を躱しつつ、ケイのフラッグ車の盾となり防戦に努めるアリサのM4A1を排除すべく激しい攻撃を続けるLove Gunのコマンダーキューポラ上で、共用の無線回線から流れる通知によりラブもナオミのファイアフライと支援車両2両をAP-Girlsが討ち取った事を知ったのだが、その様子からどうやら全車がそちらに行っていた事を悟り、Love Gunのメンバーに指示を出しながらその合間にボヤキも入れていた。
「だからそうなるよう仕組んだのはラブ姉だって何回言わせんのよ!?」
今回は直接ラブを餌に寄って来る敵を討つのではなく、そちらに戦力が集中しだした隙を狙いまんまとファイアフライを討ち取って見せたAP-Girls、特にここまでの流れを作り続けて来たブラック・ハーツの車長である鈴鹿の狡猾さは群を抜いていると言っても過言ではないだろう。
一年生にしてここまで出来るかと問われればあのオレンジペコですら口をつぐみ、梓などは盛大に首を左右にブンブンするだろうが、各隊長達は改めてこの一戦でラブとそれ以上に鈴鹿に対して警戒心を厳にし、後輩達にもそれをきつく言い含めるのであった。
「でもだからって普通フラッグ車ほったらかしにする~!?撃て!」
ボヤいて突っ込まれてを繰り返しながらも攻撃は躱し砲撃の手も休めない。
歯軋りするケイの前で盾として立ちはだかるアリサのM4A1は既に満身創痍のボコボコで、それこそもう指で突いても白旗が飛び出すのではという程の様相を呈していた。
「やっかましい!ラブ姉はもう大人しく指示だけ出してろ!」
凡そ一対多数の戦車戦を繰り広げる最中と思えぬラブと瑠伽の会話であった。
「何なのよアレはぁ!?」
逸るケイを諌める為大見得を切った手前必死にラブの攻撃を凌いでいるが、数的に圧倒的優位にあるにも拘らず守勢である事がアリサは未だ信じられず、更に接近戦であるが故にラブ達の馬鹿騒ぎもダダ漏れで聞こえておりそれがまた更に信じられなかった。
「でも…なんて綺麗な人なの……」
クルクルとドリフトを多用しサンダースの攻撃を踊るように躱し続けるLove Gun上で、深紅の髪を揺らしながら回転するラブが、目が合う度にニッコリと微笑んだり投げキスを決めて来たりする度にアリサの心拍数は跳ね上がっていた。
そして今ももう何発目になるか解らないが撃ち込んだ徹甲弾が躱され、スピンするLove Gunから可愛らしい笑顔を向けて来たラブとアリサの目が合った瞬間、その可愛い笑顔が一瞬にして凄惨と表現するのが一番しっくり来るかもしれない凄まじい笑顔に豹変した。
「え……!?」
虚を突かれた驚きと共にアリサのM4A1を突如激しい衝撃が貫いた。
「な…一体ナニ!?」
驚くアリサの横に例の間抜けな音と共に白旗が飛び出した。
無線の共用回線からも自車の行動不能を告げる無情のコールが響くが、それでもアリサは何が起きたのか解らない、より正確に言うのであれば信じられないのであった。
Ⅲ号J型にM4A1の正面装甲を抜かれるなどそう簡単に受け入れられる事実ではない。
だが現実としてアリサのM4A1は正面装甲に穿たれた穴からは、それが夢ではない事を示す黒煙が立ち上っている。
「あぁ、とうとうやったか……何発目だ?」
「4発目だよ……まあアリサは何が起こったか理解出来んだろうなぁ」
「全く高い授業料だこと……」
「よく考えたら大洗でやったアレはコレの延長線上にあるシロモノね!」
「完全に私達実験台ですね……」
「でも言い出したのは……」
「私達ですわ……」
全員が溜め息を吐きラブのバケモノぶりにゲンナリした顔になる。
「どういう事?あなた達何を言っているの?」
自分の腕に押し付けられる結依のたわわに意識が行っててしまい、先程からあまり試合に集中出来ていないメグミの質問に、ニヤニヤしつつも皆で何が起こったのか説明してやるのだった。
「そんな…ホントに?」
「ええ、ラブなら出来ますよ。カウンターで反射的に撃ち返している風を装って、その実正確に同一のポイントに撃ち込み続け、今回は4発目でM4A1の正面装甲を抜きました」
俄かには信じ難い話であったが、最後を締めたまほの顔からはニヤニヤ笑いは消えていて、黒森峰の隊長の顔になっていたのでその内容に嘘がない事はメグミにも解っていた。
「でもあの状況下で果たしてそんな事が可能なの……?」
「現に今目の前でラブのヤツがやって見せたじゃありませんか。単騎駆けが基本の厳島、いわばあの状況が厳島流にとっては最強の状態ですから。そんな厳島にはあの程度だと、特に難しい技でも何でもない事らしいですけどね」
理解は出来ても納得行かは別の話であり、それはまほも理解しているので改めてラブの厳島流について極めて簡素にではあるが説明してやると、そこで困ったもんだといった感じの笑顔ををメグミに見せてやり、自分達も昔散々ラブにやられた経験がある事を暗に示していた。
「はぁ…何にしてもやっぱり凄いお姫さまねぇ……」
溜め息の後そう感想を口にしたメグミの腕を、結依はニコニコしながら更にたわわにグイグイするのだが、これ以上はちょっと危険な気がしてやんわりとではあるがメグミは結依を窘めた。
「結依ちゃん、今は試合中だからこれ以上は後でね……」
「
「あぅ……」
「いやあさすが大学選抜、墓穴を掘るのもカール級とは大したもんだ」
カールには色々あるアンチョビがおちゃらけ切った声と仕草で言うと全員がどっと受け、メグミは独りガックリと肩を落とすのだった。
「アリサ!」
「隊長!ここは一旦引いて下さい!直ぐにAP-Girlsがやって来ます、ここは残存戦力を集めて体勢を立て直して下さい!」
アリサのM4A1が撃破された事で遂にサンダースはその戦力の半数を失った事になり、『ひょっとして』『もしや』といった声が俄かに現実味を帯び始め、観戦エリアも騒然となっている。
ショックから立ち直ったアリサがケイに向かいそう叫んだ時、他の車両からの攻撃を躱して踊り回っていたLove Gunが、またしてもピンクスモークを噴出してサンダースの視界を奪いその間に一気に空き地から逃走して行った。
「今度は何処に行こうってのよ!?いいわ!必ずぶっ倒してやるんだからね!」
拳を振り上げケイがそう叫んだ頃には、既にLove Gunは何処かへと姿を消していた。
そしてそれに合わせAP-Girlsもまた隊列を組んだまま団地区画から撤収し、Love Gunと合流すべく走り去って行くのであった。
戦闘が一段落した処で、観戦エリアでは分担して作成中のここまでの戦譜を一旦まとめる作業が行われており、この辺りの仕事の速さもさすがと言う他はないだろう。
「こことここ…後はここでも……これで間違いないですよね」
「それにここでも一発撃ってますわ、ここでは以上ねみほさん」
「あ、そっか…ありがとうございますダージリンさん」
「う~ん、やっぱりこりゃあボチボチだろ?」
「そうね、他の車両ももう同じはずよ!」
「うむ、AP-Girlsは全車残弾一桁と見て間違いなさそうだな……」
「さすがに5両だと厳しいわね……」
それぞれがまとめた集計を元に出された結論にメグミも難しい顔になったが、それに対してはアンチョビがまた何とも微妙な表情で説明をするのであった。
「いやいや、それこそ何を仰るですよ。ラブが怖いのはここからですよ、なあ?」
アンチョビに話を振られた一同は、全員何か嫌な思い出でもあるのか一斉に嫌そうな顔をする。
「厳島は例え弾切れになっても諦めませんよ」
「え゛……?」
それこそ俄かには信じ難い話にメグミも言葉に詰まる。
「ラブのヤツは中学時代、弾切れの状態になってから試合に勝った事もあるんですから」
「え゛ぇ゛……」
「因みに…やられたのは私です……」
「ウソ……」
苦虫を噛み潰したような顔でまほが言った事にメグミも耳を疑ったが、そのまほの表情がそれが事実である事を継げており、その内容に関しては怖くてメグミも聞く事が出来なかった。
「あら、全車揃ったようですわね」
「この様子だと海岸を決戦の地に決めたって感じね!」
ダージリンとカチューシャがそう指摘する視線の先には、最初に上陸した海岸に程近い戸建て住宅が立ち並ぶ区画に5両で隊列を組むAP-Girlsの姿が映っていた。
半数にまで撃ち減らされたサンダースは、ケイの指示により先程の空き地から移動した小学校の校庭に現在残存する全車が集結しつつあった。
一方でAP-Girlsもまたカチューシャの指摘通り海岸を決戦の舞台と決めたらしく、島内唯一のガソリンスタンドの跡地の隣から一列縦隊のまま海岸に雪崩れ込んで行く。
そしてそのまま波打ち際まで進んだ処で隊列を一列横隊に移行、そこから180度転回して海を背にする形で全車綺麗に横並びで停止した。
その後はまだケイ達が自分達を見付けるまでに時間が掛かると見越しているのか、全メンバーが車外に姿を現し冬晴れの空の下穏やかな表情で海を見つめていた。
彼女達の目に映る海は何処までも深く濃い蒼に輝いている。
戦闘は次回で終わり、その後は果たしてお風呂回になるのか?